意匠権侵害-理論と実際

(財)経済産業調査会 刊  ISBN4-8065-2699-1  定価¥12.000税別



 


「はしがき」から

われわれが「意匠」について考えるとき、常に念頭にあるのは意匠法であり、同法の「意匠」の定義であります。意匠法は2条1項で、「この法律で『意匠』とは、物品(物品の部分を含む)の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって、視覚を通じて美感を起させるものをいう。」と規定しています。
 すると、意匠とは、人間の創作において、左脳と右脳の2つの領域にわたる活動範囲をもっているものであることがわかります。「物品(物品の部分を含む。)の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合である」とは、主として理性が支配する左脳の対象となるものであり、「視覚を通じて美感を起させるもの」とは、主として本能ないし感性が支配する右脳の対象となるものであります。この事実は、同じ産業上の創作保護法とはいえ、特許法の発明と実用新案法の考案とが、創作程度の差こそあれ、「自然法則を利用した技術的思想の創作」という専ら理性が支配する左脳の対象となるものと違うところです。
 では、右脳の対象となる保護作品には他に何があるかといえば、絵画、彫刻、彫塑、書などの美術の著作物があります。これらの作品を保護する著作権法2条1項1号は「著作物」を定義して、「思想又は感情を創作的に表現したもの」で、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」と規定しています。このうち、一般論的に言うならば、思想を創作的に表現する文芸、学術の作品は理性を支配する左脳の対象となり、感性を創作的に表現する美術、音楽の作品は感性ないし本能を支配する右脳の対象となりましょう。
 しかし、文芸、学術の作品でも、その表現は主として言語や数字などを媒体としてなされるとしても、その内容は本能や感情の流れに満たされて表現されるものもあります。また、美術、音楽の作品でも、その表現は主として形態や色彩やメロディや演奏などを媒体としてなされるとしても、その内容は理性との間に悟性をもって論理的に組立てられて表現されることも多いのです。
 意匠は、前記のように感性が支配する右脳の対象となる点では、美術作品と共通の創作領域をもっていることは明らかですが、意匠は工業的に生産され日常使用される物品への表現物である他律性が重要な成立要件となる点で、すべてから自由な表現物である自律性が成立要件となる美術作品とは異質のものであります。
 では、意匠の類否判断とはどういう作業かといえば、感性が対象から触発されて得たものを、悟性によって論理的に思考して決める作業であるといえます。だからこそ、意匠の類否を決めるための普遍的な基準の定立が必要となるのであり、この思いは意匠権侵害事件において顕著に現われます。
 私は、1993年に『判例意匠権侵害』を発明協会から出版しましたが、この著書の内容は、「意匠権侵害問題の本質」と題した第1篇と「意匠権侵害の裁判例」と題した第2篇とを含むものでした。これは、意匠権侵害の裁判事件に焦点を当てることによって、侵害訴訟の実体と侵害裁判所の考え方に接近し、これに理論的な解明を与えようとしたものでした。
 そこで、本書においても、総論と各論に分けた旧著のスキームを踏襲し、意匠権の侵害事件で起る諸問題を解明するために、侵害の前提となる登録意匠の実体を理解することから始めました。その意味で、意匠権侵害の諸問題を実際に理論を絡めて議論することによって、知的財産法における意匠法の存在意義と意匠権侵害の実体を自然に理解することができる基本書的な役割も果そうとしています。
 本書においては、旧著の裁判例100選の中から50件削除し、過去10年間に蓄積された新裁判例を60件追加し、合計110件を選定しています。また、旧著で議論した「論説」を見直し、気付いた部分を修正しています。
 本書で選定した各裁判例の「論説」においては、当該訴訟で問題となった個別の事案について考えるのみならず、その事案と同類の事件の裁判例に及んだり、対立する裁判例と比較したりしていますから、個別の裁判例を読むだけで、巾のある学習をすることができるようにしています。かくすることによって、意匠権侵害の問題を総合的に考えることができると思います。
 本書は、弁理士、弁護士、企業実務者、弁理士試験挑戦者及びデザイナーなどの方々に広く読まれ、意匠法における意匠権の侵害問題を根底から理解することができたと評されるものを提供したいと考えながらまとめた次第です。


目 次

T意匠権侵害の理論
1.知的財産法の体系 
2.意匠法の存在意義 
3.意匠の登録要件 
4.意匠権の発生・効力・存続期間
5.意匠権の範囲 
6.登録意匠の意義
7.意匠権侵害の意義 
8.意匠の物品性 
9.物品の部分意匠 
10.意匠の類似とは何か 
11.意匠の混同とは 
12.意匠の創作体の把握
13.意匠権侵害の土俵 
14.登録意匠の構造 
15.物品の基本的形態 
16.登録意匠の要部と公知・周知の関係 
17.全部公知・周知の登録意匠 
18.侵害意匠と公知・周知意匠の関係 
19.類否判断と美感 
20.類否判断と印象 
21.類否判断と注意 
22.類否判断と混同 
23.意匠の類否判断の商標的思考 
24.類否判断と創作 
25.意匠の機能的形態 
26.登録意匠と類似する意匠の関係 
27.事実認定と類否判断 
28.意匠権侵害と登録意匠の創作力の関係 
29.意匠の類似と創作力の関係 
30.類否判断の人的基準 
31. 新規性欠如の登録意匠の範囲 
32. 創作力欠如の登録意匠の範囲 
33. 学 説 等 
34.侵害裁判所における登録無効の判断 
35. 侵害裁判所の傾向 
36.図面の不一致と意匠権侵害の成否 
37.意匠権侵害と過失責任 
38. 意匠権の効力の制限 
39.意匠法の保護法益 
40.デザインのよりよき保護のために 


U 意匠権侵害の裁判例(物品分類別)
A.1 ハム事件(東京地判昭55.8.20)

B.1 手袋事件(東京地判昭54.3.12)
 2 手提袋事件(千葉地判昭55.1.28)
 3 保温着事件(名古屋地判昭58.6.24)
 4 ヘアーブラシ事件(大阪地判昭59.2.20)
 5 ヘアカーラー用クリップ事件(東京地判平4.6.15)
 6 手さげかご事件(大阪地判平9.7.31)

C.1 物干用竿掛事件(東京地判昭46.8.30)
   2 スプレーガン事件(東京地判昭48.9.7)
   3 はたき柄事件(大阪地判昭48.11.28)
   4 菓子焼き器事件(東京地判昭55.3.5)
   5 物干器具事件(大阪地判昭56.10.16)
   6 ふとん干器事件(静岡地判昭56.11.17)
   7 蒸し器事件(名古屋地判昭59.3.26)
   8 電話機カバー事件(東京地判昭59.5.30)
   9 洗濯くず捕集器事件(東京地判平5.4.23)
 10 鑑賞魚用水槽事件(東京地判平5.9.24))
 11 消火器収納用具事件(大阪地判平11.10.19)
 12 せいろう中敷き事件(東京地判平14.8.22)

D. 1 机事件(大阪地判昭46.12.22)
   2 学習机事件(大阪地判昭46.12.22)
   3 ロッカー事件(大阪地決昭55.7.17)
   4 衣裳ケース事件(大阪地判昭59.6.28)
   5 照明用グローブ事件(岐阜地判昭61.3.10)
   6 ルーフベンチレーター事件(東京地判平5.8.30)
   7 建物用扉の把手事件(大阪地判平8.12.24)
   8 クッキングテーブル事件(大阪地判平9.12.25)
   9 実演用ワゴンテーブル事件(東京地判平11.10.29)
  10 据付台事件(大阪地判平13.4.10)
 11 自動洗髪機事件(大阪地判平13.7.12)
 12 ラック用カバー事件(東京地判平13.8.30)
 13 座いす事件(東京地判平14.8.28)

E.1 ぬいぐるみ事件(東京地判昭58.6.3)
 2 ぶらんこ事件(名古屋地判昭60.7.29)

F.1 包装用さげ手事件(東京地判昭50.10.29)
  2 即席ラーメン容器事件(大阪地判昭54.5.23)
  3 包装袋用ホック事件(大阪地判昭56.1.28)
  4 籾袋事件(大阪地判平4.1.30)
  5 脱臭剤容器事件(大阪地判平6.7.19)
  6 包装用罐事件(大阪地判平10.9.3)
  7 包装用かご事件(大阪地判平12.9.12)
  8 鶏卵包装用容器事件(大阪地判平13.4.5)

G.1 船舶用巾木事件(大阪地判昭47.3.31)
  2 自動二輪車事件(東京地判昭48.5.25)
 3 ホイールナット事件(大阪地判昭62.1.26)
 4 自転車用幼児乗せ荷台事件(横浜地判平2.3.28)
 5 自動車用ホイール事件(横浜地判平3.12.25)
 6 荷役クランプ事件(東京地判平10.10.30)
 7 乗用自動車事件(大阪地判平13.2.20)
 8 トラックの荷台扉開閉用ハンドルの掛金事件(東京地判平13.11.30)

H.1 自動車用アンテナ事件(東京地判昭49.12.11)
 2 電線保護カバー事件(大阪地判昭59.4.26)
 3 端子金具事件(東京地判平5.4.14)
 4 装飾用電球ソケット事件(東京地判平11.8.27)
 5 減速機事件(東京地判平15.1.31) 

J.1 測量柱事件(大阪地判昭57.1.26)
 2 測量杆事件(大阪地判昭57.4.30)
 3 磁気治療器事件(大阪地判昭58.7.29)
 4 スノーポール事件(大阪地判昭58.12.9)
 5 警告灯事件(大阪地判平3.6.28)
 6 視力測定車事件(山口地下関支判平3.6.24)  
 7 身長計事件(大阪地判平6.7.13) 
 8 輸液容器事件(大阪地判平10.9.22)
 9 医療用酸素濃縮機事件(東京地判平11.11.30) 

K.1 綛繰用舞輪事件(名古屋地判昭42.11.18)
 2 穀類選別機事件(和歌山地判昭55.11.17)
 3 鋸用背金事件(神戸地判昭56.12.25)
 4 豆乳仕上機事件(名古屋地判昭59.3.26)
 5 リーマ事件(大阪地判平2.5.31)
 6 繊維テープ溶断ロール事件(岐阜地裁判平3.11.27)
 7 のこぎり事件(神戸地判平5.4.28)
 8 車両用ブリッジ事件(大阪地判平5.6.29)
 9 クランプ事件(大阪地判平5.8.24)
 
L.1 道路用境界ブロック事件(大阪地判昭46.10.29)
 2 道路用安全さく事件(大阪地判昭47.3.29)
 3 消火栓ブロック等事件(大阪地判昭55.12.19)
 4 地中出入式柵柱事件(東京地判昭58.3.28)
 5 かわら事件(福岡地小倉支判昭62.9.18)
 6 鉄骨用吊り足場等事件(1)(大阪地判昭63.1.19)
 7 鉄骨用吊り足場等事件(2)(東京地判昭63.12.23)
 8 鉄骨用吊り足場等事件(3)(東京地判平1.2.27)
 9 かわら事件(大阪地判平2.3.6)
 10 フェンス事件(金沢地判平2.4.26)
 11建築用板材の連結具事件(千葉地判平4.12.14)
 12コンクリート型枠締結具事件(東京地判平5.3.25)
  13護岸用ブロック事件(奈良地判平6.6.29)
 14瓦止め釘事件(大阪地判平6.7.5))
 15金属板事件(大阪地判平7.10.31)
  16足場板用枠事件(東京地判9.12.12)
 17かわら事件(東京地判平10.8.27)
 18擁壁用ブロック事件(東京地判平11.5.31)
  19羽子板ボルト事件(東京地判平11.8.27)
  20建築用埋込みボルト事件(京都地判平13.8.2)
  21インサート器具事件(東京地平14.9.27)
  22建築用柱取付足場事件(大阪地判平14.11.26)
  23作業用足場事件(東京地判平15.4.30)

M.1 車輪用ナット事件(東京地判昭52.2.16)
 2 織物地(セーター)事件(大阪地判昭55.3.31)
  3 織物地事件(京都地判平5.2.18)
  4 運搬用回転車事件(大阪地判平6.11.24)
  5 細幅レース地事件(神戸地判平8.9.9)
 6 細幅レース地事件(神戸地判平9.9.24)
 7 ゴム紐事件(東京地判平9.4.25)
  8 バルブ用筐体事件(東京地判平14.6.28)

その他
 1 先使用権の抗弁(汗取バンド)事件(東京地判平3.3.11)
 2 職務意匠の補償金請求(建築金具)事件(東京地判平4.9.30)
  3 補償金請求(包装用容器)事件(大阪地判平6.7.21)
  4 異議申立棄却決定に対する取消請求事件(東京地判平8.8.30)
 5 信託財産(組立て屋根)事件(東京地判平13.2.16)
  6 意匠権等移転登録請求事件(東京地判平13.2.16)

資料
  東京地裁提言「意匠権侵害訴訟の審理」