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2018年4月1日



 
近 況 雑 感

1.意匠権による営業上の利益の侵害に係る訴えは、被告の普通裁判籍の所在地の裁判所の管轄に属することは民訴法第4条の規定に定められているところ、同じ東京高等裁判所の管轄下にある東京地方裁判所にも、その訴えを提起することができるとの民訴法6条の2の規定を適用して「地方裁判所の移送申請書」を新潟地方裁判所三条支部へ提出しましたところ、この申請が平成30年3月5日に認められ、被告代理人である私らは東京地裁に移送するとの決定通知を受けたのです。

 私は弁護士と共に提出した前記移送申請書に添付した書面は、今から15年以上前に東京地裁が発行した意匠権侵害訴訟についての「東京地裁提言」です。この「提言」は、拙著「意匠権侵害」(経済産業調査会刊 2003年)の「付録資料」として添付していますが、これを本欄においても添付しますので、ごらん下さい。➡東京地裁提言

 また、民訴法6条の2の規定には「それぞれ当該各号に定める裁判所にも、その訴えを提起することができる。」とあるとおり、事案によっては、地裁としては、東京地裁か大阪地裁かへの移送を許可することができるので、当事者は、意匠権,商標権等の侵害訴訟についても事案内容によっては諦めずに、能力と経験のあるいずれかの地裁へ移送を検討してよいと思います。(「エマックス」事件は大分地裁から始まりましたが、もしこれが大阪地裁に移送されていたならば、互いに矛盾した判決がなされることなく、別の判決がなされていたかも知れないのです。F−65参照)

 反対に、別事件では被告側が、東京地裁への移送の「地方裁判所の移送申請書」を新潟地裁新発田支部へ提出したところ、この申立には理由がないと却下の決定が2月8日になされたことも、原告代理人の私らは体験したところです。

 

2.さて、わが国においては、4月1日といえば、新年度が開始する日となりますところ、私が本欄を2002年1月に発行してから15年以上経過することから、今年は新しい企画で、私の主張や論説を発表したいと思っていますところ、私が日本弁理士会に弁理士登録をしたのは、1960年4月2日(第6381号)であるのを思い出すとともに、弁理士としての業務と研究者としての研究とを継続して来た者であることを、誇りに思うのであります。

 実務と研究とを永年併行してきた理由は、実務においては、新開発された発明・考案・意匠に係る創作をいかなる範囲に保護するかを学んだことと、研究では何人も探求しなかった未開拓の保護分野について深く考えることに生甲斐を覚えたからです。深く考えるとは、事象の本質を考えることであり、究明することです。

 さらに言うならば、例えば職務発明をめぐる中村修二対日亜化学工業(株)事件の裁判例の紹介において論じましたが、「発明力よりクレーム力」のテーマこそ、弁理士の職務であるということです。どんなに高レベルの発明であったとしても、これを「広いクレーム」によって囲まなければ高価値は生まれないのです。それを生み出すのは弁理士の頭脳であり、職責なのです。

 そこで、私は本欄の4月1日号を機縁に、今から約50年前に「パテント」誌に連載した論文「インダストリアルデザイン―その美と保護の研究ー」を、9回に分けて掲載してみたいと思います。この内容については、2005年に出版した論文集「デザイン キャラクター パブリシティの保護」(悠々社)にも発表していますが、お持ちでない方のために本欄において転載するものです。➡第1.5 特別論文

 この論文は、今日読み直してみても削除の余地のない内容であり、さらに深く本質的究明を続けることを私に促している基礎的な研究論文なのです。 

 

 

3.本欄において以前にも紹介しました「全国空襲被害者連絡協議会」(全空襲連)は、会長の鳩山邦夫さんが死去した後、ようやく新会長に私も知っている河村建夫(自民党・現衆議院予算委員長)さんが就任され、久しぶりの会合が3月8日(日)に衆議院第一議員会館第一多目的ホールで挙行されました。

 この会には何人かの国会議員も参加されましたが、全空襲連の関係者からは「もう待てない。ただちに空襲被害者救済を」とアピールされたのです。今年3月10日は東京大空襲から73年ですから、日本政府としては国民への救護金の支払いが必要な時期はとっくに過ぎているのです。

 

4.今月号においても、有名なロックミュージシャンの死をお知らせしなければなりません。元「ザ・ベンチャーズ」のリードギタリストのノーキー・エドワーズ(81才)さんです。このバンドは1965年に4人のプレーヤーで来日しました。ドラムスのメル・テイラー、ベースギターのボブ・ボーグル、サイドギターのドン・ウィルソン、それにノーキーの4人です。当時作曲されていたダイヤモンドヘッド、パイプライン、10番街の殺人などは今日でも演奏されていますが、ノーキーはギタリストとして「ザ・ベンチャーズ」のリーダー格でした。

 彼は、独立してからはよく1人で来日しており、加山雄三や寺内タケシらと共演していましたが、フィルモア主催のライブショーに出演し顧客を集めていましたし、フィルモアが商標権を有していた「モズライト」ギターを愛用していました。

 なお、当時のメンバーは全員変わりましたが「ザ・ベンチャーズ」は毎年初夏になると来日し、約3か月間、全国でジャパンツアーを展開していますが、今年はノーキーの追悼企画も検討されているとのことです。ちなみに、メル・テイラーとボブ・ボーグルはすでに故人となり、テケテケサウンドのドン・ウィルソンは3年前に引退しました。

 以下の写真は、朝日新聞からの転載ですが、4人が持ってプレーしているギターはいずれも「モズライト」です。(F−4,17,18参照)

     

               (2018年3月19日 朝日新聞夕刊 3頁)

 音楽評論家の萩原健太さんが、やはり朝日新聞に「ノーキーのギター 衝撃と憧れ 日本ロックの起点」と題して書いています。「それでもギターは最高だ。なんとも未完成なところがいい。弦をずり上げて音程を変えても、調弦を好きにいじっても、指で弾いても、ピックを使ってもOK。隙だらけ。が、その隙のおかげで演者が独自性を発揮できる。思い入れを注入できる。そんな隙を逆手に取りすべて可能性へと転じてきたのが、ノーキー」だったというのです。そして最後に、萩原さんは、ロックにおけるギターの復権を切に願うばかりです、と結んでいます。(朝日新聞2018年3月26日 夕刊 3頁)

 この願いは、今日のゼスチャーだけのエアーギターの流行に対する批判でもあります。

 

 加山雄三さんが長年使用しているクルーザー「光進丸」が、4月1日夜、係留中の西伊豆町の漁港で出火し、全焼したというニュースが発表された。この漁港は堂ヶ島海岸の近くにあり、堂ヶ島に在る「加山雄三ミュージアム」には、前記ノーキーから贈呈されたというブルーカラーのモズライトギターのオリジナルが展示されているのです。(4月3日追記) 

 

5.今月の「裁判例研究コーナー」では、次の4件について紹介します。

 

(1)出願商標「 立体形状(くい)」拒絶審決取消請求事件:知財高裁平成30年

   1月15日(4部)判決<請求棄却>➡G−250

(2)登録商標「図形標章」商標権侵害差止等請求事件:東京地裁平成30年2月

   28日(民29部)判決<請求棄却>➡F−70

(3)登録商標「ゲンコツコロッケ」無効審決取消請求事件:知財高裁平成30年

   3月7日(4部)判決<請求認容>➡G−251

(4)出願意匠「アクセサリーケース型カメラ」拒絶審決取消請求事件:知財高

   裁平成30年3月12日(4部)判決<請求棄却>➡B1−62

 

 

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