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競走馬名のパブリシティ権事件:最高裁平成13(受)866、867平成16年2月13日2小判決〔一破棄自判、一棄却〕

 

〔キーワード〕 
物のパブリシティ権、ゲームソフトへの有名競馬名の使用、無体財産権、不法行為、社会的慣習・慣習法
〔事  実〕
1 原審が適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 平成13年(受)第867号事件上告人ら・同第866号事件被上告人ら(以下「1審原告ら」という。)は、原判決の別紙一覧表の「馬名」欄記載の各競走馬(ただし、番号7、8、36を除く。以下「本件各競走馬」という。)を所有し、又は所有していた者である。
(2) 平成13年(受)第866号事件上告人・同第867号事件被上告人(以下「1審被告」という。)は、ゲームソフトの製造販売を業とする株式会社である。1審被告は、1審原告らの承諾を得ないで、本件各競走馬の名称を使用した第1審判決の別紙目録記載の家庭用及び業務用の各ゲームソフト(商品名・ギャロップレーサー、ギャロップレーサーU。以下「本件各ゲームソフト」という。)を製作し、販売した。
(3) 本件各ゲームソフトは、プレイヤーが騎手となり、登録されている競走馬の中から選択した馬に騎乗し、実在の競馬場を模した画面においてレースを展開するという内容のものである。本件各ゲームソフトに登録されている競走馬の名称は、ほとんどが実在の競走馬の名称であり、本件各競走馬の名称の使用状況については、前記一覧表の「使用状況」欄記載のとおりである。
(4) 本件各ゲームソフトのうち、家庭用のギャロップレーサーのパッケージの裏面には「実在の競走馬が1000頭以上も登場」との記載があり、そのパンフレットには「騎乗可能な馬は1000頭以上。この中にはトウカイテイオー・・・といった名馬たちはもちろん」との記載があるが、上記のトウカイテイオー以外には、本件各競走馬の名称が、本件各ゲームソフトの宣伝広告等に使用された形跡はない。
2 本件は、本件各競走馬を所有し、又は所有していた1審原告らが、本件各競走馬の名称等が有する顧客吸引力などの経済的価値を独占的に支配する財産的権利(いわゆる物のパブリシティ権)を有することを理由として、1審被告に対し、1審被告が1審原告らの承諾を得ないで本件各ゲームソフトに本件各競走馬の名称等を使用したことにより上記財産的権利を侵害したと主張して、本件各ゲームソフトの製作、販売、貸渡し等の差止め及び不法行為による損害賠償を請求する事案である。
3 原審は、前記事実関係の下で、次のとおり判示し、1審原告らの各差止請求を棄却し、損害賠償請求については、1審原告らのうちの14名(以下「14名の1審原告ら」という。)の各請求の一部を認容し、その余の1審原告らの各請求を棄却した。
(1) 競走馬の名称等には、著名人の名称等が有するのと同様の顧客吸引力を有するものがあり、そのような場合には、その名称自体等に経済的価値がある。この競走馬の名称等が有する経済的価値を保護するためには、商標法、不正競争防止法等の現行の知的財産関係の法律が認める権利や救済方法だけでは不十分であり、競走馬の所有者は、競走馬の名称等が有する経済的価値(無体的価値)を独占的に支配する無体財産権(物のパブリシティ権)を有するものと解すべきであって、これを保護しなければならない。現に、競走馬の所有者が、ゲームソフトを製作し、販売する会社との間で、その所有する競走馬の名称等の使用を許諾するにつき、使用料の支払を受ける旨の契約を締結している例があることからも、現在、競走馬等の物のパブリシティ権を一定の要件の下に承認し、これを保護するのを相当とする社会的状況が生まれているというべきである。したがって、顧客吸引力を有する競走馬の名称等を第三者がその所有者に無断で使用するなどして上記の無体財産権を侵害した場合には、不法行為が成立し、損害賠償請求権が発生する。
(2) もっとも、上記の無体財産権は、現段階においては、排他性を有する権利とまではいえないから、差止請求を認めることはできない。
(3) 本件各競走馬のうち、中央競馬のいわゆるG1レースに出走して優勝した競走馬19頭については、その名称に顧客吸引力があると認められるから、これらの競走馬を所有し、又は所有していた14名の1審原告らは、上記各競走馬の名称が有する経済的価値を独占的に支配する無体財産権を有する。したがって、1審被告が本件各ゲームソフトに上記各競走馬の名称を無断で使用したことは、上記無体財産権を侵害した不法行為を構成するから、1審被告は、14名の1審原告らに対し、損害賠償責任を負う。
[主  文]

 

1 原判決のうち、平成13年(受)第866号事件上告人の敗訴部分を破棄し、同部分につき、第1審判決を取り消す。
  同部分に関する平成13年(受)第866号事件被上告人らの請求をいずれも棄却する。
2 平成13年(受)第867号事件上告人らの上告を棄却する。
3 第1項に関する訴訟の総費用は、平成13年(受)第866号事件被上告人らの負担とし、第2項に関する上告費用は、同第867号事件上告人らの負担とする。

 

[判  断]
  4 原審の上記判断のうち、上記3(2)については結論において是認することができるが、その余の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 1審原告らは、本件各競走馬を所有し、又は所有していた者であるが、競走馬等の物の所有権は、その物の有体物としての面に対する排他的支配権能であるにとどまり、その物の名称等の無体物としての面を直接排他的に支配する権能に及ぶものではないから、第三者が、競走馬の有体物としての面に対する所有者の排他的支配権能を侵すことなく、競走馬の名称等が有する顧客吸引力などの競走馬の無体物としての面における経済的価値を利用したとしても、その利用行為は、競走馬の所有権を侵害するものではないと解すべきである(最高裁昭和58年(オ)第171号同59年1月20日第二小法廷判決・民集38巻1号1頁参照)。本件においては、前記事実関係によれば、1審被告は、本件各ゲームソフトを製作、販売したにとどまり、本件各競走馬の有体物としての面に対する1審原告らの所有権に基づく排他的支配権能を侵したものではないことは明らかであるから、1審被告の上記製作、販売行為は、1審原告らの本件各競走馬に対する所有権を侵害するものではないというべきである。
(2) 現行法上、物の名称の使用など、物の無体物としての面の利用に関しては、商標法、著作権法、不正競争防止法等の知的財産権関係の各法律が、一定の範囲の者に対し、一定の要件の下に排他的な使用権を付与し、その権利の保護を図っているが、その反面として、その使用権の付与が国民の経済活動や文化的活動の自由を過度に制約することのないようにするため、各法律は、それぞれの知的財産権の発生原因、内容、範囲、消滅原因等を定め、その排他的な使用権の及ぶ範囲、限界を明確にしている。
 上記各法律の趣旨、目的にかんがみると、競走馬の名称等が顧客吸引力を有するとしても、物の無体物としての面の利用の一態様である競走馬の名称等の使用につき、法令等の根拠もなく競走馬の所有者に対し排他的な使用権等を認めることは相当ではなく、また、競走馬の名称等の無断利用行為に関する不法行為の成否については、違法とされる行為の範囲、態様等が法令等により明確になっているとはいえない現時点において、これを肯定することはできないものというべきである。したがって、本件において、差止め又は不法行為の成立を肯定することはできない。
(3) なお、原判決が説示するような競走馬の名称等の使用料の支払を内容とする契約が締結された実例があるとしても、それらの契約締結は、紛争をあらかじめ回避して円滑に事業を遂行するためなど、様々な目的で行われることがあり得るのであり、上記のような契約締結の実例があることを理由として、競走馬の所有者が競走馬の名称等が有する経済的価値を独占的に利用することができることを承認する社会的慣習又は慣習法が存在するとまでいうことはできない。
(4) 以上によれば、1審原告らは、1審被告に対し、差止請求権はもとより、損害賠償請求権を有するものということはできない。
5 そうすると、14名の1審原告らの損害賠償請求を一部認容した原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、原判決中1審被告の敗訴部分は破棄を免れない。1審被告の論旨は理由がある。そして、前記のとおり、上記損害賠償請求は理由がないから、その一部を認容した第1審判決を取り消した上、同請求の全部を棄却すべきである。
また、1審原告らの差止請求を棄却すべきものとした原審の判断は結論において正当であり、1審原告らの論旨は採用することができない。なお、その余の請求に関する1審原告らの上告については、上告受理申立ての理由が上告受理の決定において排除された。
6 そこで、1審被告の上告に基づいて、原判決中1審被告の敗訴部分を破棄し、同部分につき、第1審判決を取り消した上、同部分に関する14名の1審原告らの請求を棄却することとし、1審原告らの上告は、これを棄却することとする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
[論  説]
1.名古屋高裁は、競走馬の馬名のパブリシティ権は、競走馬についての所有権ではなく、競走馬の有する無体的価値を支配の対象とする無体財産権であり、所有権とは別個のものであるから、競走馬の死亡によりその競走馬についての所有権が消滅したとしても、それに連動して競走馬の馬名についてのパブリシティ権が消滅すると解する必要はない。そのため競走馬が死亡したとしても、その競走馬にかかる顧客吸引力が存続している限り、パブリシティ権は消滅することなく存在し続けることがあり得るから、このパブリシティ権は、競走馬などの物の消滅した時点における所有者に帰属すると解すべきであるとした。この考え方は、実在人物に死後のパブリシティ権の存続を認める立場と共通する。(牛木「キャラクター戦略と商品化権」410頁)
この控訴審判決において最も注目される判断は、物についてのパブリシティ権を「その物の有する無体的価値を支配の対象とする無体財産権」であると明確に民法上の位置づけを与えたことである。物についても実在人物と同様に、顧客吸引力を有するからこそ第三者は使用するのであるから、一審判決も控訴審判決も一定の基準(具体的には相違はあるが)を提示したうえで、競走馬名に対してもパブリシティの価値の存在を理由に、パブリシティ権の成立を明確に承認したことは意義深いことである。

2.同じ馬主らがアスキーを相手に、同社のゲームソフト「ダービースタリオン」における競走馬の名称の使用に対し、パブリシティ権に基く損害賠償を請求していた東京地裁−東京高裁における事件では、いずれの判決も物のパブリシティ権の成立を否定し、請求棄却の判決をしていたので、馬主側が上告していた。これに対して最高裁は、2月13日、上告を棄却しかつ不受理とする決定をした。
したがって、前記「ギャロップレーサー」に対する名古屋地裁−高裁の判決が、最高裁によって破棄されたことは、結果的には、東京地裁−高裁の判決の妥当性が認められたことになったが、最高裁は物のパブリシティ権の根拠を、馬主の有する所有権の観点だけにおいて考えたようである。
これについて名古屋高裁は、G1のような重勝レースに優勝した馬の有名性を認め、そのような競走馬の名称自体が有する保護法益を広く無体財産権としてとらえ、それは民法709条(不法行為規定)によって保護に価いする財産的利益と考えたのである。このような利益ないし権利を、パブリシティ権と呼ぶかどうかは別の問題であろう。

3.最高裁判決は、物のパブリシティ権を保護する法令はわが国に存在しないことを理由としているが、民法709条の規定の拡張解釈は不可能ではなく、司法裁判所に法の創造ないし進歩の精神を期待する国民の利益を考えるならば、人が創作し有名にした特殊な競争馬の名称が有する財産的価値を保護することは、今日の裁判所の使命といえるのではないだろうか。
したがって、最高裁による今回の名古屋高裁判決に対する破棄判決に対しては、不満である。

4.本件については、このHPにおいて、次のものが関係するから、参照されたい。
(1)名古屋地裁・高裁関係→第1−9,第2H−4
(2)東京地裁・高裁関係→第2H−5H−6

[牛木理一]