H-7

かえでの木事件:東京地裁平成14年(ワ)1157号平成14年7月3日判決(民29)<棄却>
 

〔キーワード〕
かえでの木の所有権、写真撮影、立看板、パブリシティ権、付言

〔事  実〕

 本件は、かえでの木を所有する原告Aが、同かえでの木の写真を掲載した書籍を出版、販売等した被告ポプラ社に対し、かえでの木の所有権に基づき上記書籍の出版等の差止めを、被告ポプラ社及び上記書籍に掲載された写真を撮影した被告Bに対して、かえでの木の所有権侵害による不法行為に基づき損害賠償金の支払を求めた事案である。
(1) 原告は、長野県北安曇郡池田町14458番1の土地(以下「本件土地」という。)上に、高さ約15メートルの巨大なかえでの木(以下「本件かえで」という。)を所有している。(池田町ホームページ
(2) 被告ポプラ社は、図書及び雑誌等の出版等を業とする株式会社であり、被告Bは、フリーカメラマンである。
(3) 平成7、8年ころに本件かえでの美しさが新聞で報道されたため、本件かえでを観賞するために多数の観光客が訪れるようになった。
(4) 原告は、平成12年7月ころ、個人が楽しむ目的以外で、本件かえでを撮影すること及び撮影した映像を使用することについては、原告の許可が必要である旨の看板(以下「本件看板」という。)を設置した。
(5) 被告Bは本件かえでを多数回にわたり撮影し、被告ポプラ社は、平成13年11月、同写真を掲載した別紙書籍目録記載の書籍(以下「本件書籍」という。)を出版した。なお、本件書籍に掲載された本件かえでの写真の例として、別紙「本件かえでの写真」がある。
 争点は、次の2点であった。
@ 原告は、被告らに対して、本件かえでの所有権に基づいて、本件書籍の出版等の差止め及び本件書籍の回収を請求することができるか。
原告は、本件かえでの所有権侵害の不法行為に基づいて、被告Bが本件かえでの写真を撮影し、被告らが本件書籍を出版したことについて、損害賠償を請求することができるか。
A 損害賠償はいくらか。

〔判  断〕

1.争点(1)について
(1) 事実認定
 証拠(並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、これに反する証拠はない。
ア. 原告は、本件かえで及び本件かえでが生育している本件土地を30年以上前から所有していた。本件かえでは高さが15メートルほどの大木であり、その美しさがマスコミで紹介されたこともあって、「大峰高原の大かえで」として有名になり、数多くの人々が本件かえでを見物に訪れ、自由に写真撮影をしてきた。原告は、本件かえでの管理をし、その保全に努めてきたが、その根本が踏み固められたりしたことにより、本件かえでが危機的な状況に陥っていることが分かり、その保全の必要性を痛切に感じた。
イ. 原告は、平成12年4月ころ、本件かえでの保全のために、営利目的で本件かえでを撮影し、撮影した映像を使用することについては、原告の許可を得ること、許可を得て本件かえでを撮影等した者に対しては、金銭的援助を求めることを決めて、同年7月には、本件土地上に、「根を踏まない、枝を折らないなど樹を大切にして下さい。本件かえでに対する私有地での撮影及び映像使用の権利は所有者にあります。撮影した映像を個人が個人として楽しむ以外は撮影、使用許可を得て下さい。無断で公に使用することはできません。」と記載した看板(本件看板)を設置した。原告がこのような措置を採ったことにより、原告に対して、本件かえでの撮影とその映像の使用許可を求め、同許可を得た上で撮影等をした者もいた。
ウ. 被告Bは、平成元年ころ、本件かえでを見て感動を覚え、それ以来、原告が本件看板を設置する以前、長期間にわたって、本件かえでの撮影を続け、平成7年3月には、写真集「かえでのきのいちねん」(株式会社学習研究社出版)を発表した。さらに、原告は、本件かえでを撮影した写真を掲載した本件書籍が被告ポプラ社により出版されることが決まったため、平成12年11月ころ、原告に本件書籍を出版することを連絡したところ、原告から、本件かえでの映像の使用許諾を得ることを要求されたが、被告らは、原告が要求した許可手続を経ることなく本件書籍を出版した。本件書籍は、本件かえでを被写体とした写真集であり、本件かえでをテーマにした被告Bの執筆した短い文章が、写真とともに掲載されている。
(2) 判断
ア. 本件かえでの所有権に基づく本件書籍の出版差止めの可否
原告は、本件かえでを撮影した写真を複製したり、複製物を掲載した書籍を出版等する権利は、本件かえでの所有者たる原告のみが排他的に有すると主張して、被告らの本件書籍の出版行為等の差止めを求める。
 しかし、所有権は有体物をその客体とする権利であるから、本件かえでに対する所有権の内容は、有体物としての本件かえでを排他的に支配する権能にとどまるのであって、本件かえでを撮影した写真を複製したり、複製物を掲載した書籍を出版したりする排他的権能を包含するものではない。そして、第三者が本件かえでを撮影した写真を複製したり、複製物を掲載した書籍を出版、販売したとしても、有体物としての本件かえでを排他的に支配する権能を侵害したということはできない。したがって、本件書籍を出版、販売等したことにより、原告の本件かえでに対する所有権が侵害されたということはできない。
したがって、原告の上記主張は、主張自体失当である。
イ. 本件かえでの所有権侵害の不法行為の成否
(ア) 原告は、本件かえでを撮影し、その写真を掲載した本件書籍を出版、販売等したことにより本件かえでの所有権が侵害されたとして、不法行為に基づく損害賠償を求める。
 しかし、前記アで判示したように、本件かえでを撮影し、その写真を掲載した本件書籍を出版、販売等したことにより、原告の本件かえでに対する所有権が侵害されたということはできない。また、本件全証拠によっても、被告Bが、本件かえでの枝を折るなど、本件かえでの所有権を侵害する行為を行ったと認めることはできない。したがって、原告の上記主張は理由がない。
(イ) 不法行為の成否について、付加して判断する。
 本件において、被告らから原告に対し、本件損害賠償請求の根拠について求釈明がされ(答弁書第3、2項)、これに対して、原告は、本件かえでの所有権侵害に基づく請求である旨釈明し(原告第1準備書面第1、2項)、請求に係る原告の被侵害利益は、本件かえでの所有権であると明言している。しかし、原告の釈明にかかわらず、念のために、被告Bの撮影態様等が、本件かえでの所有権以外の法的利益を害すると評価されることにより、不法行為を構成するといえるか否かについても進んで検討する。
前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおりの事実が認められる。
a.本件かえでは高さが15メートルほどある大木であって、その美しさがマスコミで紹介されたこともあって、数多くの見物客が観賞するために、本件土地に自由に立ち入っていたこと、原告が本件看板を設置した平成12年7月ころ以前において、原告は、これらの立ち入りを問題としたことはなかったことに照らすならば、原告は、同時期以前は、本件かえでを観賞するために平穏な態様で本件土地へ立ち入ることを一般に容認していたものと認められる。
b.その後、原告は、本件かえでの状態を憂慮し、その保全を図るため、営利目的での撮影について、条件を付けて認める方針を立て、同年7月に、本件土地上に、「根を踏まない、枝を折らないなど樹を大切にして下さい。本件かえでに対する私有地での撮影及び映像使用の権利は所有者にあります。撮影した映像を個人が個人として楽しむ以外は撮影、使用許可を得て下さい。無断で公に使用することはできません。」と記載した看板(本件看板)を設置した。    
このような看板の設置によって、同年7月ころ以降は、原告が、本件かえでの根を踏む等の本件かえでの生育に悪影響を及ぼす行為や、営利目的で本件土地に立ち入って本件かえでを撮影する行為について制限を設けたたことが、本件土地に赴いた者の間では周知されるようになった。しかし、本件看板を設置した後においても、観光客が、本件かえでを観賞したり、本件かえでを私的な目的で撮影したりすること、そのために本件土地に立ち入ることについては、何ら禁止をしていなかった。
c.被告Bが本件書籍に掲載した本件かえでの写真を撮影したのは、本件看板が設置されるより以前の時期である。本件全証拠によっても、被告Bが、本件看板の設置以降、本件土地に立ち入って本件かえでを撮影したことを認めることはできず、また、本件かえでの生育等に悪影響を及ぼす可能性のある行為をしたことも認めることはできない。
 上記の経緯に照らすならば、第三者が、原告が本件看板を設置した以降に、本件かえでの生育に悪影響を及ぼすと考えて原告が明示的に禁止した行為を行うために本件土地に立ち入った場合には、原告の本件土地の所有権を侵害する不法行為を構成することは明らかであり、本件土地の所有権侵害行為と相当因果関係を有する範囲の損害を賠償すべきことになる。
しかし、上記のとおり、本件看板を設置した後に、被告Bが、そのような行為をしたことは認められないから、被告Bの原告に対する不法行為は成立しない。その他、本件全証拠によるも、原告の法的保護に値する何らかの利益を侵害したことも認められない。
(3) なお、付言する。
原告は、本件かえでの所有権に基づき上記の各行為を阻止できない限り、本件かえでを保全することができない旨述べる。しかし、原告が、本件土地上に所在する本件かえでの生育環境の悪化を憂慮して、本件かえでの生育等に悪影響を及ぼすような第三者の行為を阻止するためであれば、本件土地の所有権の作用により、本件かえでを保全する目的を達成することができる。既に述べたとおり、現に、原告は、本件土地への立ち入りに際しては、本件かえでの生育等に悪影響を及ぼす可能性のある行為をしてはならないこと、許可なく本件かえでを営利目的で撮影してはならないことを公示しているのであるから、第三者が上記の趣旨に反して本件土地へ立ち入る場合には、原告は当該立入り行為を排除することもできるし、上記第三者には不法行為も成立する。また、本件土地内に、美観を損ねないような柵を設けること等によって、より確実に上記目的を達成することもできるというべきである。
2.以上のとおりであり、原告の本訴請求はいずれも理由がない。 

〔研  究〕

1.この事件において、原告は、自分の土地に樹立している巨大なかえでの木の所有権者であったことから、その木を撮影した者が出版した本の差止めを請求したが、その法的根拠は「木の所有権」に基づくものであった。
 すると、原告の請求は、かえでの木が有する「パブリシティの権利」に基づくものではなかったから、いわゆる「物のパブリシティ権」については、直接問題にならなかった。
 これに対し判決は、「所有権は有体物をその客体とする権利であるから、本件かえでに対する所有権の内容は、有体物としての本件かえでを排他的に支配する権能にとどまるのであって、本件かえでを撮影した写真を複製したり、複製物を掲載した書籍を出版したりする排他的権能を包含するものではない。そして、第三者が本件かえでを撮影した写真を複製したり、複製物を掲載した書籍を出版、販売したとしても、有体物としての本件かえでを排他的に支配する権能を侵害したとしても、有体物としての本件かえでを排他的に支配する権能を侵害したということはできない。したがって、本件書籍を出版、販売等したことにより、原告の本件かえでに対する所有権が侵害されたということはできない。」と判示し、原告の主張は失当と判断した。

2.しかし、本件のような場合、果たして、このような所有権の考え方で解決できるのだろうか。巨大な「かえでの木」自体は、土地に付属する不動産の一部かも知れないが、写真撮影した「かえでの木」は、その著名性から、観光スポットとして集客力を発揮しているpublicity valueを有するものであるから、それ自体、一種の無体財産といえる。
 そうすると、写真の撮影者は、私用では問題ないものを、あえて出版社に提供して写真集を出版させて販売させたことによって、その対価は得ており、出版社は本の販売によって利益を得ているのだから、「かえでの木」の所有者は、他人の商業的利益のために無断で利用されたことに対し、不当利得を返還せよと請求しても、けっして不当ではないと思う。
 被告Bによる写真撮影は、原告Aによる立看板の設置前であったとしても、写真の出版は設置後であるから、商業的利益を得る目的での出版であってみれば、看板設置の時間的前後差は、その手段と目的の関係は、実質的に変わりない事情と考えてよいのではないだろうか。

3.そこで思い出すのは、「物のパブリシティ権」をめぐる競走馬の名前の事件である。この控訴事件は、名古屋と東京の各裁判所で争われたが、H−4H−5を開いていただければ、事案内容がわかる。
 また、次の訴訟事件が参考になるだろう。いずれも拙著「キャラクター戦略と商品化権」の495頁以下に紹介している。
 (1) 「広告用ガス気球」事件(東京高昭和52年9月28日判・棄)
 (2) 「長尾鶏」事件(高知地昭和59年10月29日判・棄) 
〔後日談〕

 この判決をした東京地裁民事29部の飯村敏明判事は、判決から1年経った平成15年6月23日(月)の朝日新聞13面の「法廷から」の欄で、次のような「判決文の余白 生きる」の見出し記事を掲載されているが、これによって、判決としてはやや異例と思われた最後の「付言する」の意味が明らかになったといえる。
 

 

 


「判決文には普通、必要最小限の内容だけが書かれる。負けた当事者がどうすればよいか、第三者が判決をどのように読むべきかなどが書かれることはない。しかし、時には、一言でも触れた方が、当事者の納得が得られ、第三者の誤解を避けるのに役立つ場合もなくはない。
 このような事件があった。原告は牧場用の所有地内にカエデの木を見つけて大切に管理、保全し、15メートルの美しい大木に育てた。マスコミで紹介されるや、多くの観光客が訪れるようになった。一方で、枝が折られたり、根元の土が踏まれたりした。
 ある写真家が四季折々のカエデを撮影し、写真集にした。根元で遊びまわる子どもたちの写真もあった。
 原告は「写真公表でカエデを傷める者が増える」と考え、カエデの所有権侵害を理由に写真集の出版の禁止などを求める裁判を起こした。
 しかし、所有者は、カエデを傷める行為をやめるよう要求できても、カエデを写した写真集の出版まで止めることはできない。物の所有者にはそのような権利がないからだ。裁判所がそう説明すると、原告は困った顔をする。もし負ければ、判決を読んだ者は何をしても許されると誤解する、裁判を起こしたことが逆効果になる、本当に困った、と言う。
 そこで、判決に、短い文章ではあるが、次のように付け加えた。原告の請求は認められないけれども、原告が、カエデの生育環境の悪化を防止しようとするのであれば、所有地内にさくを設けるなどして目的を達することもできる。第三者が原告の所有地に入って何をしても許されることを意味する判決ではないという趣旨も書き添えた。結局、この判決は確定した。」

 この最後に言われている「結局、この判決は確定した。」とあるのは、かく付言することによって、原告はたとえ敗訴したとしても、納得することができたから、控訴しなかったのだろう、と言われているといえる。
 なお、前記新聞記事の同頁には、当時、端緒についたわが国の法科大学院(ロースクール)について、70校余が開設準備をしていて「粗製乱造」の懸念がある旨の見出しが出ている。
[牛木理一]