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競走馬名パブリシティ権第2事件:東京高裁平成13年4931号平成14年9月12日判決(民6)<控訴棄却>



〔キーワード〕

パブリシティ権、人格権、物のパブリシティ権、顧客吸引力

 


〔事  実〕


 一審敗訴の原告(23名)のうち、20名が控訴した本件は、控訴人らが、その所有する各競走馬の名称を使用して家庭用ビデオゲームソフトを製作し、販売等する被控訴人の行為は、いわゆる「パブリシティ権」の侵害に当たるとして、被控訴人に対し、同ビデオゲームソフトの製作、販売、使用許諾等の行為の中止、および、同行為に基づく損害の賠償を請求した事案である。
 原告は、控訴審で次のように主張した。
(1) パブリシティ権
 控訴人らは、その所有する本件各競走馬について、その馬名・形態等から想起される競走馬としての顧客吸引力を利用して、商品を製作し、あるいは、対価を得てその商品化を許諾するなど、経済的利益ないし価値を排他的に支配する財産的権利であるいわゆるパブリシティ権を専有するものである。
 著名人は、その氏名、肖像から生ずる顧客吸引力を利用して、これを商品の宣伝・広告等に利用させるとの経済的利益ないし価値を排他的に支配する財産的権利、すなわち、パブリシティ権を有するものと認められている。
 このパブリシティ権の本質は、顧客吸引力にあるから、その権利が生じ得る場合を、人に限定する必要はなく、競走馬という物であっても、顧客吸引力がある場合には、その物の所有者にパブリシティ権が認められるべきである。このパブリシティ権は、所有権や人格権に基づくものではない、これらから独立した権利であり、人格権と同じく、明文の規定はないものの、実定法上の権利である。
(2) 人格権
 原判決は、著名人の氏名、肖像についても、その人の評価・名声等を低下させると評価される限りにおいて、人格権を侵害することになる、と判示している。しかし、著名人の氏名、肖像を経済的に利用したからといって、通常、その人の評価・名声を低下させることはない。したがって、原判決の論理によれば、第三者が著名人の氏名、肖像を、その評価、名声を低下させない態様で使用する限り、人格権の侵害は生じ得ないから、これを自由に使用することができることになる。このような考え方が失当であることは、明らかである。著名人の氏名、肖像を経済的に利用すること自体に対する権利をパブリシティ権というのである。
(3) 知的財産権各法
 原判決は、著作権法、商標法、不正競争防止法等の知的財産権各法によって保護されないものは、法的保護の対象外である、と判示する。しかし、その価値ないし利益が社会的に容認され、法的保護に値するのであれば、知的財産権各法によって保護されないものでも、法的保護の対象とすべきである。

 

〔判  断〕

 

 当裁判所は、控訴人らの請求は、いずれも理由がないから、棄却すべきものである、と判断する。その理由は、次のとおり付加するほか、原判決の「第3 当裁判所の判断」(ただし、原判決12頁3行ないし10行を除く。)のとおりであるから、これを引用する。
1.著名人のパブリシティ権について
 自然人は、もともとその人格権に基づき、正当な理由なく、その氏名、肖像を第三者に使用されない権利を有すると解すべきであるから(商標法4条1項8号参照)、著名人も、もともとその人格権に基づき、正当な理由なく、その氏名、肖像を第三者に使用されない権利を有するということができる。もっとも、著名人の氏名、肖像を商品の宣伝・広告に使用したり、商品そのものに付したりすることに、当該商品の宣伝・販売促進上の効果があることは、一般によく知られているところである。このような著名人の氏名、肖像は、当該著名人を象徴する個人識別情報として、それ自体が顧客吸引力を備えるものであり、一個の独立した経済的利益ないし価値を有するものである点において、一般人と異なるものである。自然人は、一般人であっても、上記のとおり、もともと、その人格権に基づき、正当な理由なく、その氏名、肖像を第三者に利用されない権利を有しているというべきなのであるから、一般人と異なり、その氏名、肖像から顧客吸引力が生じる著名人が、この氏名・肖像から生じる経済的利益ないし価値を排他的に支配する権利を有するのは、ある意味では、当然である。著名人のこの権利をとらえて、「パブリシティ権」と呼ぶことは可能であるものの、この権利は、もともと人格権に根ざすものというべきである。
 著名人も一般人も、上記のとおり、正当な理由なく、その氏名・肖像を第三者に使用されない権利を有する点において差異はないものの、著名人の場合は、社会的に著名な存在であるがゆえに、第三者がその氏名・肖像等を使用することができる正当な理由の内容及び範囲が一般人と異なってくるのは、当然である。すなわち、著名人の場合は、正当な報道目的等のために、その氏名、肖像を利用されることが通常人より広い範囲で許容されることになるのは、この一例である。しかし、著名人であっても、上述のとおり、正当な理由なく、その氏名・肖像を第三者により使用されない権利を有するのであり、第三者が、単に経済的利益等を得るために、顧客吸引力を有する著名人の氏名・肖像を無断で使用する行為については、これを正当理由に含める必要はないことが明らかであるから、このような行為は、前述のような、著名人が排他的に支配している、その氏名権・肖像権あるいはそこから生じる経済的利益ないし価値をいたずらに損なう行為として、この行為の中止を求めたり、あるいは、この行為によって被った損害について賠償を求めたりすることができるものと解すべきである。
2.競走馬のパブリシティ権について
 控訴人らは、その所有する本件各競走馬について、その馬名・形態等から想起される競走馬としての顧客吸引力を利用して、商品を製作し、あるいは、対価を得てその商品化を許諾するなど、経済的利益ないし価値を排他的に支配する財産的権利である、いわゆるパブリシティ権を専有するものである、このパブリシティ権の本質は、顧客吸引力にあるから、その権利が生じ得る場合を人に限定する必要はなく、競走馬という物であっても、顧客吸引力がある場合には、パブリシティ権が生じ得るものというべきである、このパブリシティ権は、所有権や人格権に基づくものではない、と主張する。
 しかし、著名人のパブリシティ権は、前述のとおり、もともと人格権に根ざすものと解すべきであるから、競走馬という物について、人格権に根ざすものとしての、氏名権、肖像権ないしはパブリシティ権を認めることができないことは明らかである。また、控訴人らが本件各競走馬について所有権を有し、所有権に基づき、これを直接的に支配している(民法206条)ということはできるものの、単に本件各競走馬の馬名・形態が顧客吸引力を有するという理由だけで、本件各競走馬の馬名、形態等について、その経済的利益ないし価値を排他的に支配する財産的権利であるパブリシティ権を有している、と認め得る実定法上の根拠はなく、控訴人らの主張を認めることはできない。
 顧客吸引力を有するものの保護一般については、商標法に基づく保護、不正競争防止法に基づく保護等が検討されるべきである。しかし、本件において控訴人らがしているパブリシティ権についての主張は、これらの法律に基づく保護を求めるものではなく、単に本件各競走馬の馬名が顧客吸引力を有するものであることのみを根拠として、各競走馬の所有者に、その馬名を使用する排他的権利を認めるべきである、とするものである。本件各競走馬の所有者に、物の直接的な支配権である所有権と離れて、このような権利を認めることが、現行法の解釈としてできるものではないことは、上述したところから明らかというべきである(仮に、社会情勢の変化等により、このような権利を認める必要が生じていると考える者があるとしても、権利として認めるべきか否か、認めるとしてどのような形で認めるべきかは、立法的手続の中で幅広く社会の意見を集約した上で、決するにふさわしい問題であるというべきである。)。
3.以上のとおりであるから、控訴人らの主張はいずれも理由がなく、控訴人らの本訴各請求を棄却した原判決は相当であり、本件各控訴は理由がない。
〔研 究〕
1.この高裁判決は、パブリシティ権の本質を自然人のもつ人格権に由来するものであることを明らかにし、著名人の場合は一般人とは違い、その氏名や肖像が一個の独立した経済的利益ないし価値を有することになり、これは排他的に支配する権利であると説示していることは、きわめてわかり易い。
 けだし、パブリシティ権の発生はプライバシー権の存在を認めたことに始まり、プライバシー権の侵害は自然人の有する人格権への侵害となるからである。
 その点、原告(控訴人)の主張は、競走馬の肖像に対してではなく、名前だけに対するパブリシティ権の主張であったから、保護対象は、自然人に相当する馬自体ではないところが違う。
 人間の肖像に相当する馬の顔というものは、それぞれ殆ど特徴がなく、一般人にとっては区別のつかないものだから、人間各自に認められる人格権に相当する馬格権というものは存在しない。したがって、馬の顔を見ても一般人は、その馬の名前を言い当てることは不可能だ、たとえGTクラスの競走馬であっても。
 ところが、その馬に例えば「ハイセーコー」という名前を馬主がつけ、GTクラスの競馬レースに優勝し、その名前が馬の写真(プロマイド)に記載されていると、一般人でもはじめて「ハイセーコー」という名前の馬であることを知ることができる。
 馬格権はないが、その馬がGTクラスのレースに出て著名になると、その名前自体に自然に顧客吸引力が発生し、一般人の注目も引くことになるから、商人はその名前を使って商品やサービスを売ることを企画する。これが、馬にもパブリシティ権またはこれに類似する保護利益を考える契機となる。
 GTクラスの競走馬の名称を保護する法律と権利は何か、という争点に対して、今回の東京高裁の判決は一つの答えを出したのである。
2.ところで、筆者は東京地裁平成13年8月27日判決に対して紹介〔H−5〕した中で、原告の主張の法的根拠の弱さを批判していたが、やはりこの点が高裁においてもついに明確に主張されなかったようである。〔第1−4、H−4参照〕
 今回の控訴審判決に対しては上告されることになろうが、そうすると、名古屋高裁判決に対する上告審と並行して審理されることになろう。
 明確に言えることは、GTクラスの競走馬名のような著名な馬名は、他人の商品やサービスに使用されて販売促進による商業的利益を取得するための媒体となり得ることは確かであるにせよ、その保護法益を、即「パブリシティ権」と称呼して考えることは、「商品化権」と同様、わが国の現行法制化においては無理である。

[牛木理一]