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競走馬名事件:名古屋高裁平成12年(ネ)144号平成13年3月8日判決 (一部変更、控訴棄却)(1) 

〔キーワード〕
パブリシティ権、パブリシティ価値、顧客吸引力、無体財産権,差止請求権

 

〔判示・認定事項〕 

  1. 著名人ではないが、中央競馬又は地方競馬に出生する競走馬に対する名声、社会的評価、知名度等が生じ、これが著名人におけるのと同様の顧客吸引力を有し、また現に競走馬の名前、肖像権をゲームソフトで使用する会社との間で一定額の使用許諾料の支払いを受ける胸の契約を締結しているから、現在、著名人に限らず競走馬等の物のパブリシティ権を一定用件下で承認し、保護するのを相当とする社会状況が生まれている。
  2. 競走馬等の物の名称等に顧客吸引力が生じるのは、そのもの事態が持つ名声、社会的評価、知名度等によるものであり、これによって生じる顧客吸引力のもつ経済的利益ないし価値を支配する権利をものの所有者に対して承認するのが物のパブリシティ権であるから、必ずしも所有者とその所有物との関連性が宣伝、広告等の中に示されている場合に限定される必要はない。
  3. 物のパブリシティ権は、有体物を排他的に支配の対象とする所所有権ではなく、その物の有する無体的価値を支配の対象とする無体財産権であり、その無体財産権の内容、その成立、存続又は消滅、権利の帰属等の要件を物の所有権に関連させて把握しているにすぎないから、所有権と無体財産権とを混同するものでも、所有権概念を不要に拡張させるものではない。
  4. 現在、著名人の氏名、肖像その他の顧客吸引力のある個人識別情報の有する経済的利益ないし価値(パブリシティの価値)を排他的に支配するパブリシティ権が社会的に承認されており、このパブリシティ権に対する侵害行為がなされたときは不法行為に基づく損害賠償請求のみならず、当該侵害行為の差止や侵害物の廃棄を求めることが許されると解する が、社会状況の変化とともに、競走馬などの動物を含む著名な物の名称等が、著名人の氏名、肖像の有する顧客吸引力がもたらす効果と同様の効果をもたらすことが認識され、これが物のパブリシティ権として承認され、保護されるようになった。  しかし、著名人のパブリシティ権は、著名人のプライバシー権、肖像権を含む人格権と密接な関連があることから、パブリシティ権に基づく差止請求が承認されているが、物のパブリシティ権は、物の所有者の人格権等と関連するものではなく、その物の顧客吸引力という経済的利益と関連するものであり、著名人に関するパブリシティ権と同じように扱うことはできないから、現段階では、不法行為に基づく損害賠償が許されるだけであり、物のパブリシティ権に基づく差止請求を認めることは相当でない。
  5. 競走馬の馬名のパブリシティ権は、競走馬についての所有権ではなく、競走馬の有する無体的価値を支配の対象とする無体財産権であり、所有権とは別個のものであるから、競走馬の死亡によりその競走馬についての所有権が消滅したとしても、それに連動して、右競走馬の馬名についてのパブリシティ権が消滅すると解する必要はない。右競走馬が死亡したとしても、その競走馬にかかる顧客吸引力が存続している限り、パブリシティ権は消滅することなく存在し続けることがあり得るのであり、このパブリシティ権は、競走馬等の物の消滅した時点における所有者に帰属すると解すべきである。
  6. 本件各競走馬のうち、G1レースに出走して優勝したことがあり、その名称に顧客吸引力があるということができるが、その余の馬の名称には顧客吸引力があるということはできないから、その名称を無断で使用されたとしても、パブリシティ権の侵害となることはない。したがって、控訴人は、本件各競走馬のうち、G1に出走して優勝したことのある馬については、損害賠償義務がある。

 

〔判  断〕

 

一 競走馬の馬名等について、いわゆる「パブリシティ権」が認められるか。権利の性質、内容と成立要件及び存続期間について
2 当事者の当審主張に対する判断
 (一) 控訴人の当審主張1(一)について
 控訴人は、現行法の下においても、馬主は、自己の所有する競走馬の馬名を商標法に基づいて登録することによって第三者による馬名の無断使用を防御できるから、未だ社会において成熟しているとはいえない物のパブリシティ権を新しい権利として承認する必要はない旨主張する。
 しかしながら、商標法によって商標として登録した馬名が保護されるのは、登録した商標を自己の業務にかかる商品又は役務について使用する場合に限られるのであって、本件のように競走馬の馬主が競走馬の有する名声、社会的評価、知名度等から生じる顧客吸引力という経済的利益ないし価値を支配し、これを利用しようとするときには、必ずしも有効とはいえないことが明らかである。そして、芸能人、プロ野球の選手、著名なプロスポーツ選手について、その氏名、肖像の有する顧客吸引力という経済的利益ないし価値を支配するものとしてパブリシティ権が承認されており、このような著名人ではないけれども、中央競馬又は地方競馬に出走する競走馬についても、いわゆる重賞レースなどにおいて優勝する競争に強い競走馬そのものに対する名声、社会的評価、知名度等が生じており、それが著名人におけるのと同様の顧客吸引力を有していることは公知の事実であり、証拠及び弁論の全趣旨によれば、現にこのような競走馬の馬主が競走馬の馬名、肖像等をゲームソフトで使用するについてゲームソフト製作販売会社との間で一定額の使用許諾料の支払を受ける旨の契約を締結したりして、右馬名のもつ顧客吸引力から経済的利益を得ようとし、又は得ている状況にあることが認められる。そうすると、現在、著名人に限らず競走馬等の物のパブリシティ権を一定の要件のもとに承認し、これを保護するのを相当とするような社会状況が生まれているというべきである。
 以上のとおり、馬主が有する競走馬の有する名声、社会的評価、知名度等から生じる顧客吸引力という経済的利益ないし価値を保護するには、商標法による保護のみでは十分とはいえず、一定の要件のもとに物のパブリシティ権を承認してこれを保護する必要があると解するのが相当であるから、控訴人の右主張は採用できない。
 (二) 控訴人の当審主張1(二)について
 控訴人は、物のパブリシティ権が成立するのは、その権利の帰属主体である物の所有者が宣伝、広告等において明示、黙示に当該商品を推薦していると観念される場合、すなわち所有者とその所有物との関連性が宣伝、広告等の中に示されている場合に限定され、そうでない場合には、物のパブリシティ権は承認されるべきでない旨主張する。
 しかしながら、競走馬等の物の名称等に顧客吸引力が生じるのは、物の所有者の属性等に左右されるものではなく、その物自体がもつ名声、社会的評価、知名度等によるものであって、これによって生じる顧客吸引力のもつ経済的利益ないし価値を支配する権利を物の所有者に対して承認するのが物のパブリシティ権であるから、必ずしも所有者とその所有物との関連性が宣伝、広告等の中に示されている場合に限定される必要はないというべきである。
 したがって、控訴人の右主張は採用できない。
 (三) 控訴人の当審主張1(三)について
 控訴人は、「物のパブリシティ権が一方では所有権でなはく物の無体的価値を支配の対象とする無体財産権であるとしたうえで、他方で物自体の名称等によって生じるために所有権に付随する性質を有し、所有権を離れて観念することができないものとするのは、所有権の中に無体財産権を含めることになって所有権と無体財産権とを混同させるか、又は所有権概念を不当に拡張させることになる。」旨主張する。
 しかし、引用にかかる原判決「事実及び理由」第四の一の 1ないし5判示のとおり、物のパブリシティ権は、有体物を排他的に支配の対象とする所有権ではなくその物の有する無体的価値を支配の対象とする無体財産権であるところ、その無体財産権の内容、その成立、存続又は消滅、権利の帰属等の要件を物の所有権に関連させて把握しているに過ぎないものであって、所有権と無体財産権である物のパブリシティ権とが別個のものであることは明らかであり、所有権と無体財産権とを混同するものでも、所有権概念を不当に拡張させるものでもない。
 したがって、控訴人の右主張は採用できない。
 (四) 控訴人の当審主張1(四)及び被控訴人らの当審主張2について控訴人らは、「現段階において、物のパブリシティ権に基づく侵害行為の差止めをも承認すべきである。そもそも経済的側面に着目した権利であるパブリシティ権について、人と物とでパブリシティ権の内容に差異を認めることは論理一貫せず、著名人のパブリシティ権について差止めを承認するのであれば、同様に物のパブリシティ権についてもこれを承認するのが相当である。そうでないとすると、金銭賠償をすれば足りるとする悪質な侵害者に利益を与えるだけであって、権利の実効性が大きく損なわれる。また、本件について差止めを承認したとしても、本件各ゲームソフトの中からパブリシティ権を侵害している馬名のみを削除すれば、本件各ゲームソフトの製作販売は可能であるから、侵害者に過大な負担を強いることにはならない。」旨主張し、控訴人も、「差止請求権を有しない物のパブリシティ権を承認することは、物のパブリシティ権をして差止請求を不可欠の要素とする排他的支配権であるとすることと矛盾する。」旨主張する。
 しかし、引用にかかる原判決「事実及び理由」第四の一の1ないし5判示のとおり、現在、著名人の氏名、肖像その他の顧客吸引力のある個人識別情報の有する経済的利益ないし価値(パブリシティの価値)を排他的に支配するパブリシティ権が社会的に承認されており、右パブリシティ権に対する侵害行為がなされたときには、不法行為に基づく損害賠償請求が許されるのみならず、当該侵害行為の差止めや侵害物の廃棄を求めることが許されると解されているところ、社会状況の変化とともに、中央競馬又は地方競馬に出走する競走馬などの動物を含む著名な物の名称等が、著名人の氏名、肖像の有する顧客吸引力がもたらす効果と同様の効果をもたらすことが認識されるようになり、これが物のパブリシティ権として承認され、保護されるようになったものであるが、著名人に関するパブリシティ権は、その著名人のプライバシー権、肖像権を含む人格権と密接に関連するものであることから右パブリシティ権に基づく差止請求が承認されているところ、物のパブリシティ権は、物の所有者の人格権等と関連するものではなく、その物の顧客吸引力という経済的利益と関連するものであり、著名人に関するパブリシティ権と同じように扱うことはできない。物のパブリシティ権は、現在の社会状況の下で新しい権利として承認されるようになったものではあるが、その侵害行為に対する差止めが許されることによって、第三者に予期しない多大な犠牲を強いるおそれもあり、他方、物のパブリシティ権の侵害に対しては、不法行為に基づく損害賠償が許されることによって右侵害による経済的損害を回復することが可能である。以上の諸点を考慮すれば、現段階では、物のパブリシティ権に基づく差止請求を認めることは相当でないというべきである。
 したがって、控訴人及び被控訴人らの右各主張は採用できない。
 (五) 控訴人の当審主張1(五)について
 控訴人は、「競走馬が死亡したときは、その死亡後には、死亡した馬の最終所有者は右競走馬の馬名についてのパブリシティ権を有しない。そうでないとすれば、所有権に付随する権利と解されている物のパブリシティ権が本体である物の所有権よりも強く保護されることになってい不合理である。」旨主張する。
 しかしながら、引用にかかる原判決「事実及び理由」第四の一の1ないし5判示のとおり、競走馬の馬名についてのパブリシティ権は、競走馬に対する所有権ではなく競走馬の有する無体的価値を支配の対象とする無体財産権であって、所有権とは別個のものであるから、右馬名についてのパブリシティ権についてその無体財産権としての内容、その成立、存続又は消滅、権利の帰属等の要件が競走馬の所有権に関連させて把握されているにすぎないから、競走馬の死亡によりその競走馬に対する所有権が消滅したとしても、それに連動して、右競走馬の馬名についてのパブリシティ権が消滅すると解する必要はない。右競走馬が死亡したとしても、その馬名にかかる顧客吸引力が存続している限りパブリシティ権は消滅することなく存在し続けることはありうるのであり、その場合、右パブリシティ権は、その対象である競走馬等の物の消滅した時点における所有者に帰属するものと解すべきである。
 したがって、控訴人の右主張は採用できない。
二 本件各ゲームソフトにおける本件各競走馬の馬名等の使用がパリシティ権侵害といえるか。
 この点についての認定、判断は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決56頁8行目冒頭から71頁6行目末尾までと同一であるから、これを引用する。
1 原判決の訂正
 (二) 同64頁4行目冒頭から9行目末尾までを次のとおり改める。
「(八) 本件各競走馬は、いずれも日本中央競馬会が開催する中央競馬に複数回出走したことがある馬であり、本件各ゲームソフトの発売時点においていわゆる重賞レース(G1、G2、G3を含む。)に出走したことがある。本件各競走馬のうち、別紙一覧表の「G1」欄に○の記載のある馬は、G1レースに出走したことがあり、同表「優勝」欄に○の記載のある馬はG1レースに出走して優勝したことがある。
(三) 同65頁7行目及び67頁1行名にいずれも「G1レースに出走したことがある」とあるのを「G1レースに出走して優勝したことがある」と改める。
(四) 同67頁2行目末尾の後に改行して次のとおり加える。
「ところで、被控訴人らは、本件各競走馬のうちG1レースの出走馬はもとよりG2及びG3レース出走馬も大衆がマスメディアを通じて認識し、これに関心、好感、憧憬等の特別の感情を抱くことがあるから、これらの馬についてもパブリシティ権が承認されるべきであると主張する。
 しかしながら、右認定の事情並びに中央競馬に出走しようとする競走馬は日本中央競馬会に、地方競馬に出走しようとする競走馬は地方競馬全国協会にそれぞれ登録することが必要であるところ、右各登録に際しては、有名な馬の名称と同じ又はこれと紛らわしい馬名での登録は許されないものとされており、中央競馬のG1レース及び地方競馬指定交流競争のG1レースの各優勝馬、又はこれに準ずる中央競馬の重賞レース及び地方競馬指定交流競争のG2及びG3レースの各優勝馬が、有名な馬として扱われているいること等の諸事情を総合すれば、競走馬がG1、G2又はG3レースに出走したことがあるという事実のみをもってその競走馬に顧客吸引力があると認めることは相当でなく、本件では、それ以外に顧客吸引力があると認めるに足りる事情の主張立証はないから、被控訴人らの右主張は採用できない。」
(五) 同70頁11行目冒頭から71頁6行目末尾までを次のとおり改める。
「5 以上のとおり、本件各競走馬のうち、別紙一覧表の「優勝」欄に○の記載のある馬はG1レースに出走して優勝したことがあり、その名称に顧客吸引力があるということができるが、その余の馬の名称には顧客吸引力があるということはできない。したがって、右G1レースに出走して優勝したことがある競走馬は顧客吸引力を有するものとして、その名称を無断で使用したときにはパブリシティ権の侵害となるというべきである。」
三 損害額について
1 前記のとおり、控訴人が、被控訴人らの承諾なく、本件各ゲームソフトにおいて本件各競走馬の馬名を使用したものであるところ、本件各ゲームソフトにおける本件各競走馬の馬名の使用状況は原判決別紙一覧表の「使用状況」欄記載のとおりであり、本件各ゲームソフトにおいて使用されている本件各競走馬を含めた馬の頭数は同表の「使用馬数」欄に各記載のとおりであることは当事者間に争いがない。したがって、控訴人は、本件各競走馬のうち、G1に出走して優勝したことのある馬について、損害賠償義務があるというべきである。
2 そこで、控訴人が本件各ゲームソフトを製作販売することによって被控訴人らに生じた損害について検討する。
(一) 控訴人が、別件契約において、本件各ゲームソフトに登場する馬のうちの一部の馬主との間で、製品上代の3パーセントのロイヤリティを、本件各ゲームソフトに登場する馬数で除した金額に、使用馬名に応じた金員を支払う旨の合意をしたことは前記判示のとおりである。そして、証拠及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、平成11年3月16日株式会社アバンティーとの 間において、同社の管理する競走馬16頭の名称等を家庭用ゲームソフト「ギャロップレーサー3」に使用することの許諾を受け、同社に対し許諾使用料として製品上代の3パーセントのロイヤリティの金額を、右ゲームソフトに登場するすべての馬数で除した金額に、登場する当該馬数を乗じた金員を支払う旨の契約をしたこと、その他にも、株式会社アバンティーは、平成9年11月ころから、平成12年7月ころまでの間、自己の管理する競走馬をゲームソフトに使用することを許諾する旨の数件の契約をゲームソフト製作販売会社との間で締結しているが、その場合の許諾使用料の算定の基礎となるロイヤリティの額は製品上代の4パーセントないし5パーセントとされていることが認められる。
(二) 右(一)の事実に、本件各ゲームソフトに本件各競走馬の名称を使用したことによる本件パブリシティ権をめぐる紛争は、右各契約締結の時より以前に生じたものであることなどの事情を合わせ考えれば、控訴人が本件各ゲームソフトを製作販売することによって被控訴人らに生じた損害は、別件契約の内容に準じて製品上代の3パーセントのロイヤリティの金額を、本件各ゲームソフトに登場する馬数で除した金額に、被控訴人らの各使用馬名に応じた金員とするのが相当である。
(三) 被控訴人らは、右損害が控訴人による違法な権利侵害によって生じたものであるから、別件契約において許諾使用料を算定する基礎とされている製品上代の3パーセントの金額ではなく、その倍額の6パーセントの金額を基礎にして損害額を算定すべきである旨主張するが、右に判示した本件紛争の発生した時期、経緯等に鑑みれば、被控訴人らの右損害は右(二)に判示した限度で認定するのが相当であり、被控訴人らの右主張は採用できない。
3 したがって、被控訴人らの損害額は、別紙一覧表の「優勝」欄に○の記載のある馬について、同表の「使用状況」欄に○の記載のある家庭用、業務用、ベスト版の各ソフト毎に、同表の「一頭当たりの損害額」を乗じて得た額の合計額で算定される。
 なお、前記のとおり、本件各ゲームソフトが発売された当時、既に他に譲渡されたことによって被控訴人らにその馬の所有権が存在しないものについての損害賠償は認められない。
 右のとおり計算した各被控訴人の各損害額は、別紙一覧表「裁判所認定損害額」欄記載の各金額のとおりである。
四 以上によれば、被控訴人K競走馬株式会社、被控訴人株式会社S、被控訴人M、被控訴人株式会社K、被控訴人T及び被控訴人Fを除く被控訴人14名の請求は、別紙一覧表「認容額」欄記載の各金額について理由があり、遅延損害金については、同表「販売総数」の集計末日である平成10年11月26日から発生するものと解して、右各認容額に対する同日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、右被控訴人14名のその余の請求並びに被控訴人K競走馬株式会社、被控訴人株式会社S、被控訴人M、被控訴人株式会社K、被控訴人T及び被控訴人Fの請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきである。
〔研 究〕
1. 本件の控訴審判決においてもっとも注目される判断は、物についてのパブリシティ権を「その物の有する無体的価値を支配の対象とする無体財産権」であると、明確に民法上の位置づけを与えたことである。そして、このような無体財産権は、物の所有者に承認されるものであることを明言した。
 しかし、同判決は、このような法的性質を有する物のパブリシティ権は、一定の要件下で承認し保護するのが現在の社会状況であると解するとともに、この一定の要件とは顧客吸引力の具備を基準とすると解しながら、競走馬の名前のパブリシティ権の発生をG1レースで優勝した馬に限定したことは疑問である。この点は、一審判決がG1レースに出走した馬であれば、優勝の有無は問わないと判示したことと異なり、一審判決を変更した部分である。
 しかし、このような控訴審判決の考え方による基準の出し方は一方的であり、説得力に欠けるし、このような基準をもって社会状況と考えたとすれば、競馬ファンという社会状況下では、G1レースに出走するほどの馬であれば、一度も優勝経験が無くても著名な馬名であるといえるし、G2レースでは何度も優勝した実績をもっている馬もいる。
 しかし、被告(控訴人)が競馬のゲームソフトにおいて、実在する多数の競走馬の名前を使用したのは、競馬ファンにとってそれらはすべて顧客吸引力を有する名称であるからであろうし、それらを使用することによって商業的利益を得ようと意図したからであるから、ゲームに登場した競走馬の名前はいずれもパブリシティ権を取得していると解してよいのである。したがって、一審判決がG1レースの出走馬に限定したことにすら疑問視されていたのに、控訴審判決ではさらにしぼりをかけて、その優勝馬に限定したことは、一層の疑問を抱かざるを得ない。
 競走馬の名前のような物についても顧客吸引力が具備されていることは今日の社会状況であることを認識していながら、パブリシティの権利の適用に制限を加えようとする考え方は、法的妥当性を欠くといわざるを得ないだろう。
2. とはいうものの、物についても実在人物と同様に、顧客吸引力を有するからこそ第三者は使用するのであるから、顧客吸引力に強弱の差をつけず最大限の法的保護を認めるべきであるとする私の考え方と共通するものである。(2)したがって、一審判決も控訴審判決も一定の基準を提示した上で、競走馬名という物に対してもそのパブリシティ・バリュウの存在を理由にパブリシティ権の成立を明確に承認したことは、きわめて意義深いといえる。
 これに対して、物のパブリシティ権を否定する論者はいかに反論されるだろうか。(3)
 また、もし上告されたのであれば、最高裁の考え方が注目されるのである。
 ただ、一つだけ注文をつけるとすれば、いずれの判決でも、パブリシティ権の由来はプライバシー権にあり、純粋に人格権とはいえないプロッサーのいう第4の類型である財産的側面に注目したものであり(4)、動物その他の非人物にも第4類型に該当する財産的利益を生ずるものがあれば、実在人物に対するパブリシ ティ権に「準ずる」権利として同性質の無体財産権を承認してよいとする理論構成をとれば、物のパブリシティ権の成立により強い説得力をもったといえる。けだし、パブリシティ権の由来をよく知れば、人格権としてのプライバシー権(肖像権,氏名権を含む)が発生源であり、これをそのまま非人物に適用することにためらいがあるからであり、それが物のパブリシティ権の成立を否定する論者の理由の一つとなっているからである。
3. ところで、控訴審判決も一審判決と同様に、損害賠償の請求だけを認容し、差止請求は認容しなかったことにより、実在人物のパブリシティ権に対する不法行為とは考え方を区別している。その理由を、控訴審は、物のパブリシティ権は物の所有者の人格権と関連するものではないことを挙げたが、実在人物のパブリシティ権自体もまた、人格権とは直接関連するものではないから、この理由は通らないのではないか。両審とも「現段階」では差止め請求を否定し、将来は肯定する含みのあることを匂わせていることを考えると、あえて人格権と関連づけて否定したことは無駄な理由であろう。
 実在人物についてと同様に、物についてのパブリシティ権の成立を認める以上、それに対する侵害行為に対する差止め請求を認めることは、損害賠償の請求を認めることと同様に重要な法的判断であると考える。
4. 控訴審判決は、競走馬が死亡した後のパブリシティ権の存続性について、競走馬の馬名のパブリシティ権は、競走馬についての所有権ではなく、競走馬の有する無体的価値を支配の対象とする無体財産権であると解する立場から、「競走馬の死亡によりその競走馬についての所有権が消滅したとしても、それに連動して、右競走馬の馬名についてのパブリシティ権が消滅すると解する必要はない。したがって、右競走馬が死亡したとしても、その競走馬についての顧客吸引力が存続している限り、パブリシティ権は消滅することなく存在し続けることがあり得るのであり」と判示するが、この考え方は、実在人物の死後のパブリシティ権の存続を認める私の立場と共通する。(5)
 これに対して、実在人物の死後はパブリシティ権も消滅すると解する論者はどう考えるであろうか。(6)

[牛木理一]


(1) 一審判決については、牛木「キャラクター戦略と商品化権」 517頁(2000)。また、HP第1−4を参照されたい。
(2) 牛木旧「商品化権」303頁(1980)
(3) 伊藤真「物のパブリシティ権」田倉記念論文集507頁(1996) 、 内藤・田代「パブリシティ権概説」116頁(1999)
(4) プロッサー説については、牛木前掲新著385頁。
(5) 牛木前掲旧著246頁、牛木前掲新著410頁
(6) 牛木前掲新著412頁以下には、大家重夫,土井輝生両先生の消滅説を紹介している。