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「ポパイ」商標権侵害第3事件:大阪地昭和58年(ワ)27号 昭和59年2月25日判決(認容)(1)、大阪高昭和59年(ネ)1803号昭和60年9月26日判決(原判決変更)(2)、最高昭和60年(オ)1576号平成2年7月20日判決(上告認容)(3) 

原告(原審脱退被控訴人):大阪三恵(株)
被告(控訴人):河村商事(株)(上告人:(株)アルプス・カワムラ(旧河村商事(株))
参加人(被上告人):(株)松寺
〔事  実〕
 一.1. 原審脱退被控訴人(一審原告)は、商標登録第536992号の商標権の商標権者であったが、昭和59年4月17日に被上告人に譲渡し、同年7月30日その移転登録がなされた。被上告人は、この移転登録に伴い、本件が原審に継続中の昭和59年9月4日、原審脱退被控訴人の上告人に対する一切の損害賠償権を譲り受けた。
 上告人は、一審判決別紙目録(二)記載の乙標章及び同目録(三)記載の丙標章を付した、マフラー(以下「被告商品」という。)を、昭和57年暮までの間販売していた。
2. 本件商標は、「POPEYE」の文字を上部に、「ポパイ」の文字を下部にそれぞれ横書し、その中間に、水兵帽をかぶって水兵服を着用し顔をやや左向きにした人物がマドロスパイプをくわえ、錨を描いた左腕を胸に、手を上に掲げた右腕に力こぶをつくり、両足を開き伸ばして立った状態に表された、文字と図形の結合から成るものである。
 被告商品の乙標章は、マフラーの一方隅部分に「POPEYE」の文字を特殊なロゴタイプで横書きにして表し、丙標章は、マフラーにつけられた吊り札に、帽子をかぶって水兵服を着用、顔をやや左向きにして口を閉じた人物が、口にマドロスパイプをくわえ、上げた右腕に力こぶをつくって描かれ、その下部に右上り斜めに前記乙標章と同じロゴタイプの「POPEYE」の文字を表わした、図形と文字の結合から成るものである。
3. 漫画キャラクターの「ポパイ」は、1929年(昭和4年)1月17日、エルジー・クライスラー・シーガーが新聞「ニューヨーク・ジャーナル」に連載を開始した漫画「THE THIMBLE THEATER」に登場した。
 1932年(昭和7年)、マックス・フライシャーにより映画化されることによって、常にマドロスパイプをくわえ、ほんれん草を食べると超人的な腕力を発揮して相手を打ち倒す片目の水兵「ポパイ」は、強烈な個性を持った人物像(キャラクター)として、日本を含む世界中の人々に親しまれ出した。1938年にシーガーが死去した後も、別の作家に承継され、1976年当時の作家は3代目のバット・サゲンドルフである。その間、映画、テレビなどを通じて「ポパイ」の人物像は日本を含め、全世界に定着した。
4. 米国法人のキング・フィーチャーズ・シンジケート・インコーポレーテッドは、漫画「THE THIMBLE THEATER」の著作権者であるが、同社は1943年(昭和18年)12月31日、親会社のザ・ハースト・コーポレーションに対して右著作権の独占的利用権を許諾し、同社の一部門であるキング・フィーチャーズ・シンジケート・ディヴィジョンは、1981年(昭和56年)4月6日、コンセプト社に対し、マフラーを含むスポーツ用品にポパイ漫画のキャラクターを複製することを許諾した。上告人(被告)は昭和56年夏ころから昭和57年12月中旬までの間、コンセプト社が右許諾に基づいて製造した被告商品マフラーを仕入れて小売店に販売した。
二. 一審においては、原告が本件商標権に基づいて、被告に対し、被告商品の販売の差止と損害賠償を求めたところ、大阪地裁は、その販売の禁止を命じ、損害賠償として140万円の支払いを命じた。
 原審においては、本件商標権等を譲り受けた被上告人(参加人)が原審で当事者参加し、本件商標権に基づく被告商品の販売差止と損害賠償を上告人(被告)に求めた(原告は訴訟から脱退した。)のに対し、大阪高裁は、被告商品の販売の差止と損害賠償の請求を一部認容した一審判決を変更し、108万5,100円とその遅延損害金の支払を求める部分を認容し、その余を棄却した。

 

〔最高裁の判決〕

 

 被上告人は、乙標章は、商標としての機能を備えて使用されていて、かつ本件商標に類似しており、しかも、単に「ポパイ」の漫画の主人公の名称を英文で表したものであるから、「ポパイ」の漫画から独立した著作物性がなく、著作物の複製とはいえないことを理由に、乙標章につき本件商標権に基づいてその侵害を理由に損害賠償を求めることが、本件商標権の行使に当たるとして、本訴請求をしている。
 しかし、前記事実関係からすると、本件商標登録出願当時既に、連載漫画の主人公「ポパイ」は、一貫した性格を持つ架空の人物像として、広く大衆の人気を得て世界に知られており、「ポパイ」の人物像は、日本国内を含む全世界に定着していたものということができる。そして、漫画の主人公「ポパイ」が想像上の人物であって、「POPEYE」ないし「ポパイ」なる語は、右主人公以外の何ものをも意味しない点を併せ考えると、「ポパイ」の名称は、漫画に描かれた主人公として想起される人物像と不可分一体のものとして世人に親しまれてきたものというべきである。したがって、乙標章がそれのみで成り立っている「POPEYE」の文字からは「ポパイ」の人物像を直ちに連想するというのが、現在においてはもちろん、本件商標登録出願当時においても一般の理解であったのであり、本件商標も、「ポパイ」の漫画の主人公の人物像の概念、称呼を生じさせる以外の何ものでもないといわなければならない。
 以上によれば、本件商標は右人物像の著名性を無償で利用しているものに外ならないというべきであり、客観的に公正な競業秩序を維持することが商標法の法目的の一つとなっていることに照らすと、被上告人が、「ポパイ」の漫画の著作権者の許諾を得て乙標章を付した商品を販売している者に対して本件商標権の侵害を主張するのは、客観的に公正な競業秩序を乱すものとして、正に権利の濫用というほかない。
 これと異なり上告人の権利の濫用の主張を排斥した原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違反は判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、以上によれば、乙標章に関する被上告人の本訴請求は理由がないことが明らかであるから、被上告人の本訴請求のうち原判決認容部分は棄却されるべきである。
〔研 究〕
1. 商標権者だった被上告人は、前記「ポパイ」第2事件において、アンダーシャツのメーカーを相手にした大阪地裁における商標権侵害訴訟で、アンダーシャツの胸部にポパイの絵や文字を表した行為は意匠的な使用であって、本来の商標としての使用ではないから、商標権の侵害とはいえないと、請求棄却の判決を受けている(大阪地昭和51年2月24日判)。
 この事件で被告は、自分は著作権者から使用許諾を得て製造していた生地メーカーから生地を仕入れて製造販売した者であるから、著作権に基づく適法な行為であり、その限りにおいて商標権の効力は及ばないとの抗弁もしていた。しかし、裁判所は著作権の関係に触れることなく、専ら本来の商標の使用といえるか否かについて考え、原審脱退被控訴人敗訴の判決をした。
 このように、かつてアンダーシャツ事件において、大阪地裁が被告の著作権に基づく抗弁について判断を示さなかった残り火がくすぶりつづけ、こんどはマフラーに飛び火して燃え上がったのである。その意味で、前記ポパイ第2事件の判決に対する豊崎教授の批判は正鵠を得ていたといえる。
2. 昭和58年、原告(原審脱退被控訴人)は、マフラーのメーカーの被告(上告人)を商標権侵害として大阪地裁に訴えた。
 そのマフラーは、1.片隅部に「POPEYE」のロゴ文字だけをワンポイントマーク風に表わし(乙標章)、また2.ポパイの絵と前記ロゴ文字とを組合わせたタッグを付けていた(丙標章)。これらの表示にはそれぞれ、C表示と、K.F.S.または King Featurers Syndicate Inc. の記載があった。
 大阪地裁は、前記1.については、キャラクターの名前は著作物でないから著作権を援用することを認めず、その使用は商品の出所表示・品質保証機能を備えた商標の使用といえるからとして商標権侵害を認めたが、前記2.については、キャラクターの絵と「POPEYE」の文字とが一体になり、文字部分を含む全体が著作物の複製物となるところ、この商標権は出願日前に発生した著作権に抵触するから、著作物の複製物である2.の場合には商標権の効力は及ばないとして商標権侵害を認めなかった。
 大阪地裁はまた、漫画のキャラクターとは、原著作物を通じ又は原著作物から流出して形成された原著作物そのものから独立して歩き出した抽象的概念であるから、それ自体は著作物性をもたないといいながら、原著作物の著作物性はその絵のみならずその人物像といったものにも及ぶから、キャラクターの特徴を備え一見して同一と見られるものは、著作物の複製といえると考えた。
 この大阪地裁判決に対する控訴審において、被告は大阪高裁に一審判決の再考を促したが、商標権侵害の考え方と結論は変わらなかった。
3. そこで、被告は上告したところ、最高裁はこの上告を理由ありと認め、自判したのである。
 この事件では、上告理由は三点あったが、最高裁が採用したのは第三点の民法1条3項の解釈適用に関する法令違背の点であった。
 本件のような著名な漫画キャラクターを、その著作権者に無断で商標登録することはわが国では古くからあり、著作権者から許諾を得て商品化しているライセンシーに対し、商標権を行使してロイヤリティの請求をしている。
 しかし、このような商標権の行使は商標法29条によって制限されているし、そのような商標権を商標法46条1項1号(4条1項7号該当)の規定によって登録無効にするまでもなく、民法1条3項の権利濫用の禁止規定に基いて阻止することができるとしたことを宣言したこの最高裁判決は、その後の商標権をはじめとする工業所有権をめぐる訴訟事件ではたびたび援用される判例となっている。
4. ところで、上告理由の第二点には、もう一つ重要な問題提起があった。それは、連載漫画に登場するキャラクターのニックネームである「POPEYE」・「ポパイ」の名前についての著作権の主張である。
 前記判決の引用部分は、被上告人が、乙標章について、漫画「ポパイ」に登場する人物の名前には、「ポパイ」漫画から独立した著作物性がないことを理由に、乙標章に対しても本件商標権の効力が及ぶと主張したことに対する判示であるから、「ポパイ」の人物像を直ちに連想するという「POPEYE」の文字である以上、その文字が乙標章に見られるような特殊なロゴであるか否かにかかわらず、キャラクターの名前自体の著作物性を容認しているものと解してよいのではなかろうか。その意味で、この最高裁判決の考え方は、従来の通説を一歩踏み出しているものと著者は理解したい。(4)この点について、菊池武弁護 士は、本判決は答えていないといい、「一、二審共、ポパイの名称自体には著作物性がなく、商標法29条を援用できないと判示していることに対し、本判決も特に異を唱えなかったことになろうか。」(5)といわれるが、果してそうだろうか。
 判決は、「漫画の主人公『ポパイ』が想像上の人物であって、『POPEYE』ないし『ポパイ』なる語は、右主人公以外の何ものをも意味しない点を併せ考えると『ポパイ』の名称は、漫画に描かれた主人公として想起される人物像と不可分一体のものとして世人に親しまれてきたものというべきである。」という。そして、「乙標章がそれのみで成り立っている『POPEYE』の文字からは、『ポパイ』の人物像を直ちに連想するというのが、現在においてはもちろん、本件商標登録出願当時についても一般の理解であったのであり」と認定する。
 これからわれわれが理解できることは、漫画キャラクターの「ポパイ」の人物像とその名前とは不可分一体のものであり、人は、名前を聞けば即座に彼の人物像を想起できるのだから、少なくとも、キャラクターの名前はその人物像と一体のものとして著作権による保護があり得るということであろう。(6)
5. 本件において、最高裁をして、原審脱退被控訴人(原告)の商標権に基づく上告人(被告)に対する権利行使が、権利の濫用に当たるといわしめた最終法益は、「ポパイ/POPEYE」という漫画キャラクターとその特異な名前が含有する著作物の存在にあるといえるのではないか。同判決は、そのような判示を避け、公正な競業秩序を保護するという客観的な法益をあげているが、それによって直接利益を受けるのは著作権者自身であり、それを商品化するための契約をしているライセンシーである。
6. この最高裁判決は、商標権侵害の主張が権利の濫用に当たると解された最初の事件である。これについて、塩月秀平最高裁調査官(現東京高裁判事)は、「現今、商標権にあっては、新たな社会的要求に適応すべき要請が高まっていることからすると、本判決において、商標権の行使が権利の濫用に当たるとされたことの意義は決して少なくはない。」(7)といわれている。
 なお、意匠権の行使が権利の濫用に当たるとされ、旧不正競争防止法6条の 適用が排除された最高裁判決として「NFLシンボルマーク」第3事件(最高昭和59年5月29日判)がある〔第7章第2節(1)〜(3)参照〕。


注 
(1) 無体裁集16巻1号138頁
(2) 無体裁集17巻3号411頁
(3) 民集44巻5号876頁
(4) 玉井克哉「著名な漫画のキャラクターを使用した商標権と権利侵害」ジュリスト908号95頁,
(5) 菊池武「別冊ジュリスト著作権判例百選(二版)」38頁
(6) 「題号」について、加戸守行:著作権法逐条講義(三訂新版)21頁.阿部浩二:著作権とその周辺164頁
(7) 塩月秀平「商標権侵害の主張が権利の濫用に当たるとされた事例」法曹時報44巻3号101頁.最高裁判決の裏付けとなったと思われる学説としては、「ポパイ事件の解決としては、侵害が成立することは一応やむを得ないものと認め、あとは権利濫用理論にもとづいて商標権者の請求を棄却することが妥当ではなかったか。」と主張した渋谷達紀「登録商標権の保護範囲」豊崎光衞追悼記念論文集394頁がある。

[牛木理一]