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中田選手の書籍出版事件: 東京地裁平成10(ワ)5887号.平成12年2月29日判決(一部認容)、東京高裁平成12(ネ)1617号.平成12年12月 25日判決(棄却)

〔キーワード〕
パブリシティ権、プライバシー権、公表権、複製権

 

〔判示・認定事項〕 

  1. 著名人を紹介,批評する目的で書籍を執筆,発行することは、表現・出版の自由に属し、本人の許諾なしに自由にできるから、書籍の題号や装丁にその氏名,肖像を用いることは当然であり、原則として本人はこれを甘受すべきであるから、本件書籍の出版行為が原告のパブリシティ権を侵害するということはできない。
  2. 原告に関する私生活上の事実は、一般人の感性を基準として、公開を欲しない事柄で一般の人々に未だ知られていないものは、公表されたことによって重大な不快感を原告はおぼえるから、本件書籍にこれらのものを掲載したことは、原告のプライバシー権を侵害することになる。
  3. 詩を掲載した中学の卒業文集は300部以上配布されたことから、公表権の侵害とはならないが、本件書籍に詩を掲載した行為は、著作権法上許された引用といえないから、複製権の侵害となる。
〔事  実〕
 この事件は、現在、イタリアのプロサッカーリーグのセリエ Aに所属するチームで活躍している中田英寿選手について、その出生からワールドカップ・フランス大会の本大会出場直前までの半生を、数々の私生活上のエピソードを交えながら描いた書籍が、平成10年3月に発行・販売されたことが問題となった。この書籍には中田選手の肖像を撮影した写真23点が計21頁にわたって掲載されていたが、書籍の出版等に関して、本人は取材や事前通知は一切受けていなかったし、氏名や肖像を使用することは許諾していなかった。
 そこで、中田選手が原告となり、出版社を相手に本件書籍の発行の差止めと損害賠償請求を求めたのであった。
 この事件の争点は次の5点であった。
(1)被告の行為は、原告のパブリシティ権を侵害するか。
(2)被告の行為は、原告のプライバシー権を侵害するか。
(3)被告の行為は、原告の著作者人格権(公表権)を侵害するか。
(4)被告の行為は、原告の著作権(複製権)を侵害するか
(5)被告らの行為により、原告が被った損害の額。

 

〔判  断〕

 

1. パブリシティ権の侵害について
1. 本件書籍は、その題号の主要部分として原告の氏名が表紙及び背表紙に大書され、表紙中央部には原告の全身像のカラー写真が大きく表示され、しかも冒頭部分と本文中の随所に原告の写真が掲載され、原告の氏名と肖像写真を利用し、購入者の視覚に訴える体裁となっていた。
 他方、表紙、背表紙及び帯紙並びにグラビア頁に利用された原告の氏名と肖像写真は、文章部分とは独立して利用され、原告の氏名等が有する顧客吸引力に着目して利用さていると解することができるものであった。
2. しかし、このような態様で原告の氏名、肖像が利用されたのは、本件書籍全体としてみれば、その一部分にすぎないものであり、原告の肖像写真を利用したブロマイドやカレンダーなど、その殆どの部分が氏名、肖像等で占められて他にこれといった特徴のいない商品のように、当該氏名、肖像等の顧客吸引力に専ら依拠している場合と同列に論ずることはできない。
 また、著名人について紹介、批評等をする目的で書籍を執筆、発行することは、表現・出版の自由に属するものとして、本人の許諾なしに自由にこれができるもので、そのような場合には、当該書籍がその人物に関するものであることを識別させるため、書籍の題号や装丁にその氏名、肖像等を用いることは当然あり得るから、このような氏名、肖像の利用については、原則として、本人はこれを甘受すべきである。
3. 本件書籍における原告の氏名、肖像等の使用は、その使用の目的、方法、態様を、全体的かつ客観的に考察すると、原告の氏名、肖像等のもつ顧客吸引力に着目して、専らこれを利用しようとするものであるとは認められないから、仮に法的保護の対象として「パブリシティ権」を認める見解を採ったとしても、被告らによる本件書籍の出版行為が原告のパブリシティ権を侵害するということはできない。
 したがって、パブリシティ権侵害を根拠とする原告の請求は理由がないと判断された。
2. プライバシー権の侵害について
1. 他人に知られたくない私生活上の事実、情報をみだりに公表されない利益ないし権利である「プライバシー権」は、個人の生活に不可欠な人格権として法的保護の対象となる。そして、プライバシー権の侵害があるというためには、公表された内容が、1.私生活上の事実又は私生活上の事実らしく受け取られるおそれのある事柄で、2.一般人の感性を基準として他人への公開を欲しない事柄で、3.これが一般に未だ知られておらず、4.その公表に よって被害者が不快、不安の念をおぼえるものであることを要するとした。
2. 原告は、プロサッカー選手になる以前の行動や出来事、当時の写真は原告の私的な事柄であるから、一切公表したくないという基本的な考え方を持っている。プロになる以前の自分のことが勝手に公表されることを快く思っていず、それについては取材を受けても話をしたことがなかった。
3. 本件書籍の記述及び掲載された写真等のうち、原告がプロ サッカー選手になった以降の原告に関するもの、プロサッカー選手になる以前の事項であっても、ジュニアユース等の日本代表選手として活躍した様子や、中学校及び高等学校のサッカー部での活動状況に関しては、少なくともその一部は新聞、雑誌等で報道された事項である。また、プロサッカー選手であるという原告の立場を勘案すれば、これらの事項は、一般人の感性を基準として公開を欲しない事柄であるとまではいえない。したがって、本件書籍中のこれらの記述は、プライバシー権を侵害するものでない。
4. ところが、原告の出生時の状況、身体的特徴、家族構成、性格、学業成績、教諭の評価等、サッカー競技に直接関係しない記述は、原告に関する私生活上の事実で、一般人の感性を基準として公開を欲しない事柄で、かつこれらは一般の人々に未だ知られていないものである。そして、これが公表されたことによって、原告は重大な不快感をおぼえている。
 したがって、本件書籍にこれらのものを掲載したことは、原告のプライバシー権を侵害するものである。
5. また、プロスポーツ選手については、その活動の模様がマスメディアで報道され、その私生活上の事実に対しても一般市民が関心を抱くものであるから、その職業を選択した以上は、私生活上の事実についても、一定の範囲では公表されることを包括的に承諾しているといえるにしても、プロになる以前の事柄に関しては、当該スポーツ分野における活動歴等を除く私的事項についてまで公表されることを、一般的に承諾しているということはできない。
 そして、私生活上の事実を公表されないという利益は、社会的評価の向上又は低下とは関係しないものであるから、本件書籍によって原告に対する社会的評価の低下がもたらされることがないとしても、そのことを理由にプライバシー権を侵害しないということもできない。
3. 著作権(複製権)の侵害について
 さらに、サッカーという競技に直接関係のない中学3年時に書いた原告の詩は、書いた原本を写真複製する方法で全文が掲載されているもので、本文の内容とは関連をもって引用されたものでもないから、著作権の侵害が成立する。
4. 損害賠償額について
 裁判所は、原告は被告に対し、著作権侵害によって被った財産的損害とプライバシー権侵害によって被った精神的損害について、賠償を求めることができるとし、財産的損害については185万 円、また精神的損害については200万円とそれぞれ算定し、合計 額385万円の支払いを、本件書籍の発行,販売の中止とともに認 めた。
〔研 究〕
1. この事件で裁判所は、原告をめぐるパブリシティの権利への侵害の成立は認めなかった。その理由は、本件書籍中に掲載されている原告の氏名や肖像写真は全体の一部分であり、ブロマイドやカレンダーのような、専ら原告の顧客吸引力に依存しているものと同列に論じられないし、また表現・出版の自由(憲法条項)に属するものであるとしている。そして、書籍におけるこのような氏名や肖像写真の利用は、「原則として」甘受すべきであるという。
 しかし、1人の有名スポーツ選手を素材とした人物紹介の書籍を出版することは、プロマイドやカレンダーの販売と同じように、彼又は彼女の「パブリシティ・バリュウ」に目をつけ、多種の写真を使ってこのような書籍を作って販売すれば金儲けになると考えた被告の行為に対し、表現・出版の自由というだけですべて解決できるのか疑問である。
 原告の著名性を考えるならば、原告についての書籍を出版することによって財産的利益を得るのは専ら被告であって、原告には財産的利益は何もないことになる。ということは、裁判所は、被告に対し、原告のパブリシティ権を侵害したことによっても損害賠償の命令をすべきではなかっただろうか。
2. この事件の判決は、有名人のプライバシーの権利の侵害の成立を認めたが、これはたとえ有名人であろうともプライバシーがあり、その権利は十分保護されるものであることを言明している。
 また、中学生が書いた詩であっても著作権が成立し、それに対する無断複製は著作権侵害となることを言明したのである。
 この判決に対しては控訴された。

〔控訴審の判断〕 
 当裁判所も、被控訴人の控訴人らに対する請求は、原判決が認容した限度で理由があると判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決「事実及び理由」欄の第3の2「争点 2(プライバシー権の侵害)について」、同4「争点4(複製権の侵害)について」及び同5「争点5(損害の額)について」のとおりであるから、これを引用する。
1. プライバシー権の侵害について
 確かに、表現の自由は民主主義社会において極めて重要な意義を持ち、民主政治の基盤を成すものであるが、その保護の観点から、どの程度、範囲において個人にプライバシー権の制約を受忍させることを正当化することができるかを考えた場合に、被控訴人のようにプロサッカー選手として公衆の関心の対象となっている個人に関する情報を公表する行為と、国会議員等の公職者やこれらの候補者に関する情報のように、国民の政治的意思決定の前提となる情報を公開する行為とを同列に論ずることはできないのであって、控訴人らの右主張は失当というほかはない。
 証拠によれば、本件書籍以外にも、プロサッカー選手の半生やその考え方等を紹介した書籍が多数出版されているが、その大部分は、当該選手がインタビューに答えたり、自身の文章を載せるなどしてその出版に協力しているものであること、例外的に本人の承諾なく出版販売が企画された「ミスターJリーグ武田修宏」と題する書籍については、当該選手からパブリシティ権に基づいて書籍の出版販売頒布の禁止等を求める仮処分が申し立てられた(もっとも、右申立ては被保全権利の疎明を欠くとして却下された。)ことが認められる。右事実に照らすと、本人の同意を得ることなく、プロサッカー選手の私生活上の事実を公表する伝記本の出版をすることが、社会通念上一般に許容されているとは到底いうことはできない。
 本件書籍には、被控訴人の出生時の状況、身体的特徴、家族構成、性格、学業成績、教諭の評価等に関する記述が含まれていることは前示(原判決37頁2行目から行末まで)のとおりであり、 その内容が、控訴人らの例示する犯罪歴等を含む記述ではないとしても、私事性の強い被控訴人の私生活上の事実であることに変わりはなく、一般人の感性を基準として公開を欲しない事柄に属するというべきである。
 プロサッカー選手としての個人が同時に私生活を営む一私人でもある以上、選手としての身体能力、精神力、技術力、判断力等の要素は、同人のすべての身体的、人格的な側面と関連するから、このような事項を公表してもプライバシー権の侵害は成立しないものとすれば、事実上プロサッカー選手には保護されるべきプライバシー権がないというに等しいこととなるが、そのような広範なプライバシー権の制約を受忍させるべき合理的な根拠は見いだせない。
2. 著作権(複製権)の侵害について
 本件詩の掲載頁の下部に「中学の文集で中田が書いた詩。強い信念を感じさせる。」とのコメントが記載されており、また、証拠によれば、本件書籍には、被控訴人の強い精神力、信念を印象付ける記述が多く存在し、その全体の基調の一つともなっていることは認められるが、本件詩については、被控訴人の自筆による原稿が写真製版によりその全文をそのまま複写する形で掲載されていること、本件書籍の本文中に本件詩について直接言及した記述が一切見られないこと等の前示の認定をも考慮すると、右のような事実から、本文と本件詩の主従関係において、前者が主、後者が従と認めることはできない。
 そうすると、本件詩の掲載が著作権法32条1項にいう「引用」 に当たるということはできず、被控訴人の著作権(複製権)を侵害するというべきである。

[牛木理一]