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登録商標「キューピー文字」無効審決取消請求事件:東京高裁平成12(行ケ)387号.平成13年5月30日判決(棄却)〔13民部〕

〔キーワード〕 
不正競争、広義の混同、不正の目的、公序良俗

 

〔事  実〕

 

 被告(キューピー株式会社)は、「キューピー」の片仮名文字標章からなり、指定商品を商標法施行令別表(平成3年政令第299号による改正前のもの)による第31類「調味料、香辛料、食用油脂、乳製品」とする商標登録第763185号(昭和38年5月16日出願、昭和 42年11月27日設定登録、その後更新、以下「本件商標」という。)の商標権者である。
 原告(A)は、本件商標の登録無効審判の請求をし、特許庁は、平成10年審判第35271号事件として審理した結果、平成12年8月29日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年9月27日、原告に送達された。
 本事件は、この審決に対する取消訴訟である。

 

〔判  断〕

 

1 取消事由1(不正競争防止法2条1項2号の不正競争)について
(1) 被告は、本件商標が登録された昭和42年当時は、現行不正競争防止法が施行されておらず、不正競争防止法2条1項2号に相当する 規定が存在しなかったことを理由に、本件商標が同号に違反するとの原告の主張は前提を欠く旨主張するが、商標法46条1項5号は、商標登録がされた後において、その商標登録が同法4条1項7号に掲げ る商標に該当するものとなっているときを商標登録の無効事由とする旨規定するところ、原告の主張は、現行不正競争防止法が施行されている現在において、本件商標の使用が不正競争防止法2条1項2 号に規定する不正競争に当たるから、本件商標が商標法4条1項7号 に該当し、ひいては同法46条1項5号に規定する無効事由があることを主張するものと解されるので、以下、この点について判断する。
(2) 商標法46条1項1号ないし3号は、これら商標登録を拒絶すべき 事由をそのまま商標登録の無効事由としており、これらの事由の存否は、原則として、登録査定時を基準として判断されるのに対し、同項4号及び5号の無効事由は、商標登録後に生じた事由を商標登録の無効事由としているものである。ところで、商標法等の一部を改正する法律(平成8年法律第68号)による改正(以下「平成8年改正」という。)前の商標法(以下「旧法」という。)においては、商標権の更新登録の出願がされたときには、登録商標が旧法19条2項 ただし書に該当するときは更新登録が拒絶され(旧法21条1項1号)、旧法19条2項ただし書には、旧法4条1項7号(現行法と同じ。)に規定する公序良俗を害するおそれがある商標が、他の公益的事由に該当する商標とともに、更新登録が拒絶されるべきものとして規定され、さらに、これら公益的事由に該当することは、旧法48条1項1号において、更新登録無効審判の事由としても規定されていた。平成8年改正は、更新登録に際し、旧法21条に規定するような実体的 審査を行わないこととし、更新登録無効審判の制度も廃止したが、他方、旧法48条1項に規定されていた、その商標を登録することが 公益的事由により好ましくない、旧法19条2項ただし書各号に掲げ る商標に該当するものについては、その事由が登録後に生じた場合であっても登録の無効事由としたものと解される。
 このような平成8年改正の趣旨に照らすと、商標法46条1項5号の 無効事由は、更新登録においてこれらの事由が実体的審査の対象から外され、また、更新登録無効審判の制度も廃止された際に、これらの事由の公益的性格にかんがみ、登録後の無効事由として新たに規定されたものと解するのが相当である。
(3) これに対し、商標法4条1項10号及び15号の事由の存否は、平成8年改正の前後を通じ、規定する事由の存否を、登録査定時に加え て登録出願時をも基準として判断するものとされ(平成8年改正の 前後を通じ同法4条3項)、一般の登録拒絶及び無効の事由よりも早い時点をも基準時としているのであって、もとより後発的な無効事由として規定されてはいない。
 また、平成8年改正において、不正の目的をもって他人の周知の 商標を使用するものが同法4条1項19号として規定されたが、同号の無効事由は、同項7号のような後発的な無効事由としては規定され なかっただけでなく、同項10号及び15号の事由と同様、登録査定時に加えて登録出願時をも基準として存否の判断がされ(同条3項) 、他の登録拒絶及び無効の事由に比べてより早い時点も基準時とされているのである。そうすると、平成8年改正は、登録拒絶及び無 効の事由として新設された同項19号の事由を、同項10号及び15号の事由と同様の性質を有するものとして新設したと解するのが相当である。
 このような平成8年改正の内容に照らすと、同項19号の事由につ いて、旧法4条1項7号に規定されていた公序良俗違反の一類型であ ると解することは相当でない。
(4) 不正競争防止法2条1項2号は、「自己の商品等表示として他人 の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用・・・する行為 」を不正競争と規定し、同項1号は、「商品等表示」とは「人の業 務に係る・・・商品又は営業を表示するものをいう」と規定している 。他方、商標法4条1項10号は、他人の周知の商標と同一又は類似の商標で商品又は役務が類似するものについて、同項15号は、他人の周知の商標と同一又は類似の商標で他人の商品又は役務と混同を生ずるおそれがあるものについて、いずれも登録を受けることができない旨規定する。
 また、不正競争防止法2条1項1号に規定する「混同を生じさせる 行為」は、他人の周知の商品等表示と同一又は類似のものを使用する者が自己と他人とを同一営業主体として誤信させる行為のみならず、両者間にいわゆる親会社、子会社等の関係又は同一の表示の商品化事業を営むグループに属する関係が存在するとの誤信(以下「広義の混同」という。)を生じさせる行為をも包含し(最高平成10年9月10日一小判・裁判集民事89号857頁)、商標法4条1項15号に規定する「混同を生ずるおそれ」も、広義の混同を生ずるおそれを包含すると解すべきである(最高平成12年7月11日三小判・民集54巻6号1848頁)。したがって、その使用が不正競争防止法2条1項1号に 規定する不正競争に当たる商標は、同時に、商標法4条1項10号又は15号により登録を受けることができない。
 ところで、不正競争防止法2条1項2号に規定する著名な商品等表 示は、同項1号に規定する周知の商品等表示にも当たるから、他人 の業務に係る商品又は役務と同一又は類似のものに使用される場合には商標法4条1項10号により、他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがあるものについては同項15号により、いずれも商標登録を受けることができない。
 そうすると、その使用が不正競争防止法2条1項2号に規定する不 正競争に当たる商標が登録されるのは、その使用が他人の業務に係る商品又は役務と広義の混同を生ずるおそれがない場合に限られることとなるが、他人の著名な商品等表示を使用してもなお広義の混同を生ずるおそれすらないことは極めてまれであり、また、不正競争防止法が事業者間の公正な競争等の保護を目的とする(同法1条 )のに対し、商標法が商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図ること等を目的としており(同法1条)、両法がその目的を異に することにかんがみれば、その使用が不正競争防止法2条1項2号に 規定する不正競争に当たる商標であっても、広義の混同を生ずるおそれが全くない場合には登録されることとなるが、このような事態が不合理であるとはいえない。
(5) そうすると、商標法は、その使用が不正競争防止法2条1項2号 に規定する不正競争に当たる商標については、商標法4条1項10号、15号又は19号の規定に該当する場合に登録拒絶及び無効の事由とすることにより、その登録を規律することを意図していると解するのが相当であって、その使用が不正競争防止法2条1項2号に規定する 不正競争に当たる商標が一律に商標法4条1項7号に該当し登録拒絶 及び無効とされるべきものと解することはできない。したがって、これと異なる見解に立つ原告の主張は、本件著作物の名称である「キューピー」の商品等表示該当性について検討するまでもなく、採用することができない。
(6) 原告は、登録出願に係る商標の審査において具体的な判断に必要な証拠が入手しにくいとしても、審判においては、個別的な審理がされ、個々具体的な判断のされることが予定されている旨主張するので、この点につき判断する。確かに、無効審判においては、口頭審理の原則及び職権審理の方式(商標法56条1項において準用す る特許法145条1項、150条、153条等)が採られ、民事訴訟法の多くの規定が準用されているけれども、商標法46条1項1号は、同項2号 ないし5号とは異なり、「その商標登録が・・・第4条第1項・・・の規定 に違反してされたとき」と規定し、4条1項各号に規定する、商標登録を受けることができない事由をそのまま商標登録を無効にすべき事由としているから、同法は、これらの事由について、審査の段階においても、審判におけるのと同様の認定判断を審査官が行った上で登録査定又は拒絶査定をすべきことを要請していると解すべきである。
 また、いったんされた商標登録が無効審判において無効とされることは、当該商標を巡る法的安定性を害し、出願人と第三者の双方に耐え難い不利益をもたらすから、このような事態をできるだけ避けることが望ましく、審査と審判とで認定判断の内容等が異なることを前提とする原告の上記主張は、採用することができない。
2 取消事由2(不正の目的)について
(1) 商標法4条1項7号に規定する公序良俗を害するおそれがある商 標には、その構成自体がきょう激、卑わいな文字、図形である場合及び商標の構成自体がそうでなくとも、指定商品又は指定役務について使用することが社会公共の利益に反し、又は社会の一般的道徳観念に反するような場合が含まれ(東京高昭和27年10月10日判・行政事件裁判例集3巻10号2023頁。商標法4条1項7号に関する現行の商標審査基準も同旨である。)、さらに、その使用が不正な意図をもってされ、国際信義又は公正な取引秩序に反する場合もこれに当たると解される(東京高平成11年3月24日判・判時1683号138頁、同平成11年12月22日判・判時1710号147頁)。
(2) 本件において、原告は、本件商標の登録出願当時、我が国においてキューピー人形が大流行しており、被告が本件著作物の名称の著名性にただ乗りしたと主張する。しかし、上記1のとおり、商標法4条1項7号に規定する公序良俗違反の事由は、一般の登録拒絶及 び無効の事由と異なり、公益的理由に基づくものとして、同項1号 ないし3号の事由等と共に後発的無効事由としても規定されている のであるから、このような同項7号の趣旨にかんがみると、上記(1)のように、同号に規定する公序良俗違反とは、社会公共の利益、社会の一般的道徳観念、国際信義又は公正な取引秩序に反することをいうものと解するのが相当である。
 これを本件についてみると、原告が公序良俗違反として主張する事由は、要するに、被告がローズ・オニールの創作した著名な本件著作物の名称を冒用して本件商標の登録を受けた行為が商品又は役務に関する取引上の秩序に反するというものであり、公正な取引秩序に反することをいう趣旨であるとしても、その実質は、取消事由1において主張する、その使用が不正競争防止法2条1項2号に規定 する不正競争に当たる商標であることをいうものにほかならない。
 確かに、その使用が同号に規定する不正競争に当たる商標であって、本件商標の登録出願当時からこのような事情が継続しているものであれば、本件商標の登録が商標法4条1項10号、15号又は19号、46条1項1号の規定に基づき無効とされることはあり得る。しかし、商標法4条1項7号に規定する公序良俗を害するおそれがある商標と は、上記のとおり、商標の構成自体がきょう激、卑わいな文字、図形である場合及び商標の使用が反社会的なものをいうのであって、単にその使用が不正競争防止法2条1項2号に規定する不正競争に当 たることは含まれないのであり、他に本件商標が商標法4条1項7号 に規定する公序良俗を害するおそれがある商標に当たることを根拠付ける格別の事情を認めるに足りる証拠はないから、本件商標の同号該当をいう原告の主張は採用することができない。
(3) なお、原告は、被告が、その使用が不正競争防止法に違反する本件商標について自ら登録を受けながら、これを引用して他人の商標登録を妨害していることが商標権の濫用に当たり、登録後の事情においても本件商標の使用が公序良俗に反すると主張するが、この点が審判手続において現実に争われ、かつ、審理判断された形跡のないことは、審決の理由に徴して明らかであるから、審決の違法事由として主張することは許されない。
 付言するに、本件商標の登録に無効事由が認められない以上、原告主張の被告の上記行為は、本件商標について商標権を行使したというものにすぎず、商標権の濫用ないし公序良俗違反に当たるということはできない。

〔研  究〕

1. この事件で、原告は、被告の本件商標の登録は、現行不競法2 条1項2号に該当するものであるから、商標法4条1項7号の公序良俗 に違反して登録されたものと主張したが、判決は、前者は商標法4 条1項10号及び15号に相当する規定であるから、原則としては私益 的規定であるのに対し、後者は公益的規定であると説示した。この違いは、拒絶又は無効の判断時点が、前者では出願時及び登録査定時であり、後者では登録後であることから明らかであると説示した。
2. 漫画キャラクターの名前には著作権が存しないとの通説からか、本事件ではキューピーの「図形」事件と異なり、著作権問題は出なかったようであるが、原告の立場としてはキャラクターとその名前とは不可分一体の関係にある(最高平成2年7月20日二小判「ポパイ・マフラー」事件)(1)ことから、本事件においても名前と絵とのキャラクターとしての不可分一体性を根拠に、著作権問題を展開してもよかったであろう。

[牛木理一]


 (1) 拙著「キャラクター戦略と商品化権」270頁参照