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 出願商標「秘書士」拒絶審決取消請求事件:東京高裁平16(行ケ)206平成16年9月30日判(認)

〔キーワード〕 
「士」、国家資格・民間資格、公序良俗、社会的相当性、周知称号

 

〔事  実〕


 
 原告Aは、平成12年11月8日に、「秘書士」の文字から成る商標について、第41類「教育」を指定役務として出願したところ、拒絶査定を受けたので、不服の審判請求をした。しかし、特許庁は「請求は成り立たない。」との審決をした。 

 

〔審決の理由〕


 
 「広辞苑」第5版(1998年11月11日発行),集英社国語辞典(1993年3月30日発行)によれば,末尾に「士」の付された語の通常の意味は,「一定の資格・役割をもった者」,「一定の資格を持った人」といったものであり,その用語例として,「弁護士」,「栄養士」,「学士」,「代議士」,「公認会計士」等が挙げられていることが認められる。ここにいう一定の資格に何が含まれるかについては,格別の制限が付されていないから,形式的には,国家資格(法令に根拠を有するもの),民間資格(それ以外のもの)のいずれをも含み得ることになる。しかし,末尾に「士」の付された名称の中で,一般国民にとって接する機会が多く,一般国民にとって知られている度合いの大きいものの多くは,上記「弁護士」,「栄養士」,「公認会計士」,「学士」をはじめ,税理士,建築士,不動産鑑定士,土地家屋調査士,司法書士,行政書士など国家資格に係るものであり(なお,前記「代議士」は,衆議院議員の俗称であって,法令に基づく名称ではないが,衆議院議員が法令に基づく地位であることは明らかであるから,国家資格に係る名称であることに変わりはない。),しかも,その状態が古くから続いてきていることは,当審において顕著である。
 また,末尾に「士」の付された名称のうち,国家資格に係るものは,国家が,公共の福祉その他政策上の目的のために,国民の職業選択の自由を制限してでも,一定の能力を有すると判定された者に限って一定の地位ないし権限を付与する必要があると認めて法令をもってそのように定めたものであり,そのために,国家資格に伴う地位ないし権限は,必然的に対世的かつ排他的なものとなる。これに対して,民間資格は,上記のような必要に基づくものでも,法令に根拠を有するものでもなく,対世的かつ排他的な地位ないし権限の付与を伴うものでもない。このように,国家資格と民間資格とでは,一般国民に対して現実に果たしている役割の重要性において比較にならない相異がある。
 これらの事情の下では,一般国民は,末尾に「士」の付された名称に接した場合,一定の国家資格を付与された者を表していると理解することが多いとするのが相当である。
 そこで,これを「秘書士」の文字よりなる本願商標についてみるに,文部科学省認定の職業技能検定の一つとして「秘書技能検定」があり,この検定は,秘書の仕事,例えば,文章や話し方の技能,スケジューリング,ファイリングなどの事務処理,情報機器の操作技術,対人関係処理などの知識と技能等秘書職務に必要なスキルを評価する公的資格であって,この検定による資格を取得することで就職はもとより異動や転職の際の参考資格として評価されることから,女性に人気のある資格として知られており,現に継続して運用されているものである。
 そうすると,本願商標に接する取引者,需要者は,これよりは上記「秘書技能検定」のほかに,秘書職に関する国家資格が存するかの如く誤信する場合があることは否定できないところであるから,本願商標に独占権を付与し使用することは,国家資格等の制度に対する社会的信頼を失わせ,国民の信頼を害し,社会公共の利益に反するものといわざるを得ない。
 したがって,本願商標が商標法4条1項7号に該当するとして本願を拒絶した原査定は妥当であって,取り消すことはできない。

〔判  断〕

 本願商標は,その出願に至る経緯の観点から検討しても,また,国家資格等との誤認を生ずるおそれの有無の観点から検討しても,「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」(商標法4条1項7号)に当たるということはできないものであるから,本願商標が同号に当たるとの本件審決の判断は誤りである。その理由は,以下のとおりである。
1 本願商標の出願に至る経緯について
(1) 証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 本願は,原告個人名により出願されているが,実質的には,多数の大学,短期大学からなる団体である教育協会の出願に係るものである。教育協会が法人格を有しないことから,その代表者である原告の個人名により本願が出願されたものである。
 教育協会は,短期大学における秘書教育の充実等を目的として,昭和48年8月,短期大学11校により設立された。当初の名称は,「短期大学秘書教育懇談会」であったが,その後,「全国短期大学秘書教育協会」,「全国大学・短期大学実務教育協会」等の名称を経て,現在は,「全国大学実務教育協会」の名称となっている。加盟校は増加し続け,平成15年には,大学56校,短期大学224校合計280校となっている。
 教育協会による「秘書士」の認定は,昭和50年3月から始まった。教育協会は,秘書士称号認定に関する規程を定めており,そこでは,「秘書士」の認定は,大学・短期大学において,秘書実務の基本技能を身に付けることや,オフィスの組織や情報の流れを理解することなどを教育目標とした上,秘書学概論,秘書実務の必修科目4単位以上のほか,「人間行動・情報」関連分野2単位以上等合計16単位以上の選択科目を履修した者が受けることができること,大学・短期大学は,秘書学概論,秘書実務等の専任教員を配置し,一定のカリキュラムに従って教育を行わなければならないこと等が定められている。秘書士の累計認定数は,平成15年3月31日現在,30万8197人に上っている。
 教育協会は,秘書士等の称号認定のほか,秘書教育の研究会・研修会の開催,秘書教育年報の発行,秘書教育に関する概説書の発行,秘書業務に関する実態調査,秘書教育に関する国際交流事業等の活動を行ってきた。
 なお,検定協会は,教育協会の賛助会員となっている。また,教育協会と検定協会は,相互に顧問を出し合っている。
イ 一方,秘書技能検定は,文部科学大臣の認定を受けて,検定協会が実施する技能審査である。検定協会は,昭和47年3月に文部大臣の許可を受けて設立された。検定は,現在,秘書の資質,職務知識,一般知識,マナー・接遇,技能の5領域について,1級,準1級,2級,3級のレベルに分けて行われ,検定に合格した場合は,当該級合格の資格が与えられる。検定は,昭和48年から始まり,平成15年度までに72回行われている。受験者は,累計500万人を超え,合格者も,累計255万人を超えている。
(2) 以上の認定事実によれば,@本願商標は,実質的には,教育協会の出願に係るものであること,A教育協会は,多数の大学,短期大学から構成される団体であって,検定協会設立の約1年半後の昭和48年8月に設立されてから現在まで約31年間にわたり,秘書教育の充実等を目的とする多様な活動を続けてきた団体であること,B教育協会は,上記活動の一環として,秘書技能検定の始まった2年後である昭和50年から現在まで約29年間にわたり,秘書学概論,秘書実務等の一定の科目を履修した者について,「秘書士」の称号の認定を与えてきたものであり,その累計認定数は,30万件以上に上ることが明らかである。
 そして,上記ABの事情によれば,教育協会の行ってきた「秘書士」の称号認定は,秘書技能検定の規模には及ばないものの,30年近くの長期間にわたって相当の量的規模により行われてきたものであるから,秘書教育の関連分野における取引者,需要者の間において,秘書技能検定と並んで周知となっていたと認められる。
 これらの事情に照らせば,教育協会の代表者である原告が,実質的には教育協会のために,「秘書士」の文字からなる本願商標につき,「教育」を指定役務として商標登録出願をしたことは,その行為の目的,態様に照らして社会的に相当なものということができる。したがって,本願商標は,その出願に至る経緯に照らせば,「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」(商標法4条1項7号)に当たるということはできない。
2 国家資格等との誤認を生ずるおそれの有無について
(1) 前記1のとおり,文部科学大臣の認定を受けて実施される秘書技能検定に合格することにより得られる公的資格は,「秘書技能検定試験1級,準1級,2級,3級合格」というものである。そこで,本願商標と上記公的資格の類否について検討する。
 本願商標は,「秘書士」の文字からなるところ,全体がわずか3文字のみから構成され,一連に表記されており,その語義上も一体のものと理解されることからすれば,その全体が取引者,需要者の注意を惹く要部であると認められる。一方,上記公的資格は,「秘書技能検定試験1級合格」等というもので,12,3文字から構成される比較的長いものであり,また,その語義上も,「秘書技能検定(試験)」「1級」「合格」等いくつかの部分に区切ることができるものであり,さらに,前記認定のとおり,秘書教育の関連分野において,秘書技能検定が周知であることも考慮すると,「秘書技能検定」の部分が取引者,需要者の注意を惹く要部であると認められる。
(なお,被告は,本願商標及び上記公的資格の双方とも,その要部は「秘書」の部分である旨主張する。しかしながら,上記のとおり,本願商標及び上記公的資格において,「秘書士」,「秘書技能検定」という部分は,その語義上,一体のものとして理解されることが明らかであるから,「秘書」の部分のみが取引者,需要者の注意を惹く要部となるとは認められない。)
 そこで,「秘書士」と「秘書技能検定」の語を対比する。外観については,前者は3文字,後者は6文字であるから,長さを異にし,「秘書」の文字を共通にするものの,残りの文字はすべて異なり,後者には「士」の文字も含まれていない。称呼については,前者は「ひしょし」という3音の称呼を,後者は「ひしょぎのうけんてい」という9音の称呼を生じ,「ひしょ」の部分を共通にするものの,他の音はすべて異なる。
 そうすると,両者の外観,称呼上の相違点は大きいといわざるを得ないところ,観念については,前者は,秘書に関する一定の資格との観念を生じ,後者は,秘書としての技能についての検定という観念を生じるから,いずれも秘書実務の基本的技能を身に付けることを前記認定や検定の内容とするものという意味では共通する点があることを考慮しても,外観,称呼,観念の全体を総合すると,「秘書士」と「秘書技能検定」の語が,一見紛らわしく誤認を生じるほど類似するものということはできない(前記1のとおり,教育協会の行ってきた「秘書士」の称号認定が,秘書教育の関連分野における取引者,需要者の間において,「秘書技能検定」と並んで周知となっていたことも考慮すれば,尚更である。)。
 したがって,本願商標は,文部科学大臣の認定を受けて実施される秘書技能検定に合格することにより得られる公的資格と誤認を生ずるおそれがあるものということはできず,この観点からも,本願商標が,「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」(商標法4条1項7号)に当たるということはできない。
(2) なお,被告は,「本願商標をその指定役務に使用したときは,取引者,需要者をして,公的資格である秘書技能検定の他にも,秘書職に関する国家資格等が存するかの如く誤信せしめる場合があるから,本願商標を登録することは,国家資格等の制度に対する社会的信頼を失わせ,国民の信頼を害し,ひいては社会公共の利益に反するものである。」旨主張する。
 しかしながら,一般国民が,末尾に「士」の付された名称に接した場合,一定の国家資格を付与された者を表していると理解することが多いと一般的にはいうことができても,本件においては,前記1のとおり,教育協会の行ってきた「秘書士」の称号認定が,秘書教育の関連分野における取引者,需要者の間において周知となっていたことや,前記(1)のとおり,「秘書士」と「秘書技能検定」の語が類似していないことを考慮すれば,本願商標をその指定役務に使用しても,取引者,需要者をして,秘書技能検定の他に,秘書職に関する国家資格,公的資格が存するかの如く誤信せしめるものということはできないから,被告の上記主張は理由がない。
3 以上のとおり,本願商標が商標法4条1項7号に該当するとの本件審決の判断は誤りであり,この誤りが本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,本件審決は取消しを免れない。

〔論  説〕

1.原告は個人名ではあるが、法人格を有しない団体「全国大学実務教育協会」の代表者であり、加盟校は現在280校の多きになっているところ、昭和50年3月から使用をはじめた「秘書士」の称号認定などをすることを目的とした団体であるという。
  わが国にはまた、?実務技能検定協会という文科大臣が許可した団体があり、秘書技能検定を行って資格を与えている。この検定協会は前記教育協会の賛助会員となっており、両協会は相互に顧問を出しているという。

2.このような事実を背景に裁判所は、本願商標「秘書士」について検討し、この称号の認定業務を30年近くやってきているから、この名称は秘書教育の関連分野の取引者・需要者間に周知となっていると認定した。そして、「秘書士」の商標出願は、その目的,態様に照らし社会的に相当なものと認定した。すると、本願商標が商標法4条1項7号に規定する「公序良俗を害するおそれがある商標」には該当しないと判断したが、妥当であろう。
  次に、裁判所は、前記「秘書技能検定」と「秘書士」とが類似する商標かどうかを検討し、両者はその外観,称呼,観念の全体を総合すると、誤認を生ずるほどに類似するものとはいえないと認定した。すると、本願商標は前記「公序良俗を害するおそれがある商標」には当たらないと判断したが、妥当であろう。

3.かって、「特許管理士」なる一見資格表示の登録商標が存したが、弁理士会からの無効審判請求によって登録無効の審決及び判決を受け、最高裁で確定している。この事件では、弁理士業務との誤認・混同を与えたという証拠などがあり、社会的相当性がないと認定され、商標法4条1項7号が適用された。

[牛木理一]