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登録商標「キューピー図形」無効審決取消請求事件:東京高裁平15(行ケ)192平成15年10月29日判決(認容・審決取消)

〔キーワード〕 
役務の混同、混同の判断基準(出願時+登録査定時

 

〔事  実〕


 
 原告(荒牧運輸株式会社,東京都調布市)は、第39類「貨物自動車による輸送」を指定役務として、平成4年4月6日に出願し、平成9年1月31日に設定登録された商標登録第3248687号に係る登録商標の商標権者である。
 被告ら(キューピー株式会社,東京都渋谷区/旧株式会社キューピー流通システム・現株式会社キューソー流通システム,東京都調布市)は、原告登録商標に対し、平成11年10月29日に登録無効審判の請求をしたところ、特許庁は平成15年3月28日に、無効とするとの審決をした。

 

〔審決理由の要旨〕


 
 本件商標は、全体としてキューピー人形の一態様を表したもの、すなわち、キューピー人形を主要な構成要素とする商標であって、「キューピー人形の図形」よりなる引用商標(別紙「(2)引用A商標」欄記載のとおりの構成である。)とは、キューピー人形と認識される点において共通の印象を看取され得るものである。また、引用商標は、被告Aの業務に係るマヨネーズなどの調味料を表す商標として取引者、需要者の間に広く認識されていて、被告Aは、引用商標を含む様々な形態の「キューピー人形の図形」よりなる商標を使用した経緯がある。さらに、被告Aは、食品の分野のみならず他の分野の業務に係る商品及び役務も取り扱っており、被告Aの関連会社である被告Bは本件商標の指定役務と同一の貨物自動車による輸送を行っている。以上の事情を総合すると、本件商標をその指定役務に使用した場合、それに接した取引者、需要者は、これより直ちに引用商標を連想、想起し、その役務が被告A若しくは被告Aと何らかの関連のある者の業務に係るものであるかの如く、その役務の出所について混同するおそれがあるものとみるのが相当である。
 したがって、本件商標は、他人の業務に係る商品と混同を生じるおそれがあるにもかかわらず登録されたものであるから、その登録は商標法4条1項15号に違反してされたものである。

判  断

1 商標法4条1項15号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」には、当該商標をその指定商品又は指定役務に使用したときに、当該商品又は役務が他人の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれがある商標のみならず、当該商品又は役務が上記他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれがある商標を含むものと解するのが相当である。そして、上記の「混同を生ずるおそれ」の有無は、当該商標と他人の表示との類似性の程度、他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や、当該商品の指定商品又は指定役務と他人の業務に係る商品又は役務との間の性質、用途又は目的における関連性の程度並びに商品又は役務の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし、当該商標の指定商品又は指定役務の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として、総合的に判断されるべきものである(最高裁平成12年7月11日第3小法廷判決・民集54巻6号1848頁)。
 また、商標法4条3項は、同条1項15号に該当する商標であっても、商標登録出願の時に同号に該当しないものについては、同号の規定は適用しない旨規定するので、登録出願された商標は、登録出願時及び登録査定時の両時点において同号に該当するのでない限り、同号の適用を受けることはない、ということになる。
 そこで、上記見地から、本件商標が、その登録出願時(平成4年4月6日)及び登録査定時(平成9年1月31日ころ)において、上記15号に該当するか否かについて判断する。
2 当事者間に争いのない事実及び後掲各証拠並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
(1) 「キューピー人形」の由来
 「キューピー人形」は、米国人の女流画家ローズ・オニール・ウイルソンが1912年に家庭雑誌に描いたキューピッドの絵が評判になり、翌1913年にこれを模したセルロイド製の人形として発売され、世界的に広く販売されて日本にも輸入された。その後、セルロイドの主要原料である樟脳が特産品の日本でも製造されるようになり、1936年から1937年にかけて、日本で大量に安価に生産された「キューピー人形」が、当時全盛期を迎えていたセルロイド玩具産業の花形商品となって、欧米に大量に輸出された。このようにして、「キューピー人形」は、日本人に広く親しまれ、角川外来語辞典第2版(株式会社角川書店昭和52年発行)には「キューピッドをこっけい化した、頭の先のとがった裸体人形。」と、また、平凡社大百科事典(株式会社平凡社昭和59年発行)には「ローマ神話の恋愛の神キューピッドをかわいらしい表情のマスコットにつくったもの。頭髪のとがった裸形のベビー人形で背中に羽がある。」と、さらに、広辞苑第4版(株式会社岩波書店平成3年発行)には「頭の先が尖り、目の大きい裸体の人形」とそれぞれ記載されているだけでなく、平成3年9月15日、「キューピー人形」とともに、マヨネーズ、銀行マスコット、石けんなど日本で開発されたキューピー商品の数々を紹介するなどした「キューピー讃歌」と題する書籍(大澤秀行著)が株式会社出版芸術社から発行された。
(2) 「キューピー人形」をモチーフとした商標
 被告Aは、引用商標及び「キユーピー」の文字商標をいずれも大正14年ころから使用し、前者については昭和35年、後者については昭和41年にそれぞれ登録出願し、その後登録を受けた。引用商標は、被告Aが上記のとおり、その使用を継続してきたことにより、マヨネーズ、ドレッシング、その他の加工食品の分野においては、その取引者、需要者の間に広く知られるようになった(争いのない事実)。
 「キューピー人形」をモチーフとした商標を採用し、これを商標登録している会社は、被告Aのほかにも存在し、例えば、商標登録第3287716号(商標権者・株式会社日本興業銀行(以下「日本興業銀行」という。)、指定商品ないし役務・第36類、平成4年出願)、商標登録第1086987号(牛乳石鹸共進社株式会社(以下「牛乳石鹸社」という。)、第4類、昭和46年出願)、商標登録第362865号(共進社油脂工業株式会社、第5類、昭和18年出願)、商標登録第3128248号(日本興業銀行、第36類、平成4年出願)、商標登録第2397243号(牛乳石鹸社、第4類、昭和60年出願)、商標登録第4087650号(開東株式会社、第25類、平成8年出願)、商標登録第2182050号(牛乳石鹸社、第4類、昭和57年出願)、商標登録第2182051号(牛乳石鹸社、第4類、昭和57年出願)、商標登録第3128254号(日本興業銀行、第36類、平成4年出願)等の商標が登録されており、上記商標権者らは、実際に、これらの登録商標を使用している。
 上記被告Aの引用商標等はいずれも「キューピー人形」をモチーフとした商標であるところ、とりわけ被告Aの引用商標と日本興業銀行の登録第3287716号商標とは、指定商品及び指定役務が異なるとはいえ、人形の全体的な特徴として、@頭の中央部分の先がとがっている、A目は丸くて大きい、B両手は腕を伸ばし、掌を広げている、Cほぼ直立した乳幼児の体型のふっくらとした裸体の中性的な人形である点において共通しており、共進社油脂工業株式会社の登録第362865号商標の人形もほぼ上記特徴点を有するということができる。
(3) 本件商標の構成と引用商標との対比
 本件商標は、引用商標と同様に全体を線画として描かれ、頭頂部に突出部を有し、ふくよかな体型からなる幼児であって、「キューピー人形」の特徴を備えた人形が、両腕を広げ、手に直方体の手荷物を持ち、自動車のタイヤ様の物の上を歩いている姿を描いた図形よりなるものである。これを引用商標と比較すると、本件商標のみが、手に直方体の手荷物を持ち、自動車のタイヤ様の物の上を歩いている点において異なっており、両者の構成は、一般の取引者、需要者にとって容易に識別可能なものと認められる。
(4) 原告会社の業務内容
原告は、昭和48年に本店所在地を東京都調布市として設立された、引越運送業務等を主たる目的とする会社であり、昭和53年ころから現在まで、本件商標及び「キューピー引越センター」の文字を横書きした商標を引越運送業務の宣伝広告や求人案内等に使用しており、そのNTT電話帳における広告にも、上記両商標を記載した上で、「アラマキ運輸(株)」等の原告の名称を表示し、原告が引越運送業務を営むことを記載している。
(5) 被告Bの業務内容
 被告Bは、昭和41年に被告Aの倉庫部門を分離独立させ、本店所在地を東京都調布市とし、「キユーピー倉庫株式会社」との商号で設立された会社である。被告Bは、その商号を、昭和51年に「キユーピー倉庫運輸株式会社」に、また平成元年に「株式会社キユーピー流通システム」にそれぞれ変更した。被告Bは、当時、引用商標とともに「株式会社キユーピー流通システム」との看板を各営業所に掲げ、会社案内に同商号を明記していた。被告Bは、コンピュータにより、被告Aを含む顧客の冷凍・冷蔵食品等の在庫を管理し、顧客からの受注後、必要な商品を迅速に輸送すること等を業として食品分野での総合物流サービスを提供しており、全国に多数の営業所と配送センターを有する食品物流業界のトップ企業である。被告Bは、昭和54年当時、売上高が約120億円で、そのうち被告A及びその関連会社を含む被告Aグループに対する部分が約6割を占めていたが、その後売上高が増加するとともに被告Aグループに対する部分の割合も低下し、平成5年には、その売上高が約517億円になり、そのうち被告Aグループに対する部分は約4割弱となった。また、被告Bは、平成元年11月から、貨物運送(共同配送便)に、「キユーソー便」の名称を使用し、その商号も、平成12年4月には「株式会社キユーソー流通システム」と変更している。被告Bの貨物自動車には、「キユーソー便」との表示が付されているものはあるが、「キューピー」の語あるいは「キューピー人形」の図形が付されているものはほとんど存在しない。それ以外に、被告Bが一般の取引者、需要者に向けて広く宣伝広告をしていることを認めるに足りる的確な証拠はない。
3 上記2認定の事実のとおり、「キューピー人形」及び「キューピー」の愛称が、古くから日本人に親しまれてきたものであって、被告Aのみならず、いくつかの有力企業により「キューピー人形」を模した商標が商標登録され、使用されてきているところ、被告Aの引用商標は、とりわけ日本興業銀行の登録第3287716号商標と「キューピー人形」の全体的な特徴において酷似している反面、手に直方体の手荷物を持ち、自動車のタイヤ様の物の上を歩いている「キューピー人形」よりなる本件商標とは、一般の取引者、需要者にとって容易に識別し得る程度に異なるというべきである。また、引用商標が「キューピー人形」をモチーフとした商標であることから、その独創性が必ずしも高くはないこともあって、引用商標がマヨネーズ、ドレッシングその他の加工食品の分野又はこれと密接に関連する分野では被告Aを表示するものとして広く知られているといえるけれども、上記分野以外の分野での引用商標の周知性を肯定することはできないというべきである。
 さらに、本件商標の指定役務である「貨物自動車による輸送」の分野において、被告Aの物流子会社である被告Bが、昭和51年以降「キユーピー」の語を含む社名により営業活動を行っており、また、その年間売上高も平成5年には約517億円に達しており、被告Aグループを除く一般の顧客に対する売上高の割合も増加しているものの、他方、被告Bは、今なお、被告Aの物流子会社として被告Aとその関連会社を重要な顧客としていることに変化はなく、平成元年以降は「キューピー」の語を含まない「キユーソー便」の名称を貨物運送に使用した上、平成12年には商号自体を「株式会社キユーソー流通システム」と変更している。そして、被告Bの貨物自動車に「キューピー」の語あるいは「キューピー人形」の図形が付されているものはほとんど存在しないばかりでなく、一般の取引者、需要者に向けて広く宣伝広告をしているわけでもないから、食品物流業界は別として、「貨物自動車による輸送」の分野における一般の取引者、需要者の間において、「株式会社キユーピー流通システム」の語あるいは「キューピー人形」の図形が、本件商標の登録出願時において、被告Bの商標として広く知られていたと認めることはできない(なお、乙27の1ないし44の証明書は、予め記載された定型文書に被告Bの取引先が記名押印等をしたものであって、その3分の1の者はコメント欄が白紙のままであり、また、コメントを記載した者も大半の者はその内容が同一であることなどから、直ちに採用することはできない。)。
 してみると、被告Aの引用商標が、引越運送業務を含む「貨物自動車による輸送」の分野における一般の取引者、需要者の間において、被告A又はその関連会社を示すものとして広く知られているものと認めることはできない。
 加えて、原告が昭和53年ころから本件商標登録出願時点において既に約14年間にわたり本件商標及び「キューピー引越センター」の文字を横書きした商標を引越運送業務の営業に使用しており、また、NTT電話帳等にも継続的に本件商標等を使用した宣伝広告をしてきたこと及び被告Aの引用商標の周知性が認められるマヨネーズ、ドレッシングその他の加工食品の製造販売と原告の主要な営業目的である引越運送業務を含む「貨物自動車による輸送」とは社会通念上著しく異なる業務に属することを総合すれば、被告が本件商標を引越運送業務を含む「貨物自動車による輸送」業務に使用したとしても、被告A又はその関連会社による役務と混同するおそれがあると認めることはできないというべきである。
4 これに対し、被告らは、「本件商標の登録出願時において「キューピー人形」及びその愛称「キューピー」が広く知られていたのは、あくまで被告Aらの継続的な宣伝広告活動や販売活動等によるところであるから、「キューピー人形」及び「キューピー」の語は、あくまで被告Aらと関連づけられて一般に広く知られているものであり、このことは一般需要者を対象とする調査結果(乙18)からも明らかである。」旨主張する。
 なるほど、被告らの宣伝広告活動が、「キューピー人形」の存在を日本人の記憶の中にとどめることに貢献している部分があるということは否定できない。しかしながら、「キューピー人形」は、前記のとおり、1936年から1937年にかけて、日本で大量に安価に生産され、当時全盛期を迎えていたセルロイド玩具産業の花形商品となって、欧米に大量に輸出されたものであり、戦前戦後を通じて、日本人に広く知られ、親しまれてきており、現に被告A以外のいくつかの有力企業により、これを模した商標が商標登録され、使用されてきたものであるから、「キューピー人形」及び「キューピー」の語が被告Aらとのみ関連づけられるものとして一般に広く知られている、ということは到底できない。
 また、上記調査結果は、平成12年7月に実施された調査を基にして作成されたものであるばかりでなく、本件商標の登録出願時及び登録査定時における「貨物自動車による輸送」の分野に属する取引者、需要者を対象とした調査でもない。
 さらに、上記調査結果には、確かに、「本件商標を見て、思い浮かべる商品、サービス、会社名などを自由に知らせてほしい。」との質問(Q1)に対し、「キューピーマヨネーズ」「キューピー梶v「マヨネーズ」と回答した者が61.3%であったとの結果が記載されている。しかしながら、同時に、「本件商標を使用する「キューピー引越センター」はキューピーマヨネーズと関連のある会社だと思うか。」との質問(Q6)に対して、「関連があると思う」との答えが58.4%であった反面、「関連がないと思う」との答えや「わからない」との答えが合計41.6%もあったとの結果が記載されており、このような明らかな誘導質問に対してさえ、関連性があると認識してはいない者が4割以上もいることが記載されている。また、「本件商標を使用する「キューピー引越センター」に、引越を依頼したいと思うか。」との質問(Q4)に対し、「頼みたい」という答えはわずか1.0%にすぎず、「頼んでもよい」という答えも21.7%とあまり多くなく、「あまり頼みたくない」あるいは「頼みたくない」との答えが合計77.3%もあったとの結果が記載されており、これは、「貨物自動車による輸送」の1分野である引越運送業務において、「キューピー人形」の特徴を備えた本件商標や「キューピー」の語を含む商標の持つ顧客吸引力がそれほど高いものではないことを示している。これらの点を考慮すると、上記調査結果は、むしろ、本件商標を使用しても、被告A又はその関連企業の業務との混同を生ずるおそれがあるとは直ちにはいえないことを示しているものというべきである。
 したがって、被告らの上記主張は理由がない。
5 以上のとおり、本件審決は、本件商標が他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがあると誤って判断したものであり、この誤りがその結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、本件審決は取消を免れない。

論  説

 この事件は、被告らが請求した原告の登録商標に対する登録無効の審決に対し、商標権者である原告が請求した審決取消訴訟であるが、被告らの単純なキューピーの図形と原告の創作されたキューピーの図形とは、対比して見て、直感的に類似せずかつ混同を起すことはないと一般需要者は思うだろう。
 ところが、審決は、両商標は指定区分が商品と役務とで全く違っているにもかかわらず、役務の出所について被告らの業務に係るものと混同を生ずるおそれがあると判断して、商標法4条1項15号の規定を適用した。
 しかし、判決は、そのようなおそれはないと認定し判断したが、これもまた、現実社会における一般需要者の眼から見ている妥当性のある判断といえるのであり、説得力がある。これに対し、特許庁の審査・審判において通常とっている観念的な判断では説得力がない。

[牛木理一]