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登録商標「キューピー引越センター」無効審決取消請求事件:東京高裁平15(行ケ)103平成15年9月18日判決(棄却)

〔キーワード〕 
役務の混同、混同の判断基準(出願時+登録査定時

 

〔事  実〕


 
 原告ら(キューピー株式会社「原告A」/株式会社キューピー流通システム「原告B」)は、被告が指定役務を第39類「貨物自動車による輸送」について、平成4年4月6日に出願し、平成10年12月4日に設定登録した商標登録第3370852号商標(本件商標)に対し、平成11年10月29日に登録無効審判の請求をしたところ、特許庁は平成15年2月12日に本件審判の請求は成り立たないとの審決をした 

 

〔審決理由の要旨〕


 
 要するに、@被告が本件商標(別掲(1))をその指定役務に使用しても、原告Aが、登録第595694号の商標(昭和35年5月31日登録出願され、同37年8月24日設定登録されたもので、別紙審決書写しの別掲(2)に表示した構成から成り、指定商品を第31類「調味料、香辛料、食用油脂、乳製品」とする。以下、「引用商標1」という。)、及び、登録第832283号商標(昭和41年8月11日登録出願され、同44年9月24日に設定登録されたもので、別紙審決書写しの別掲(3)に表示した構成から成り、指定商品を第31類「調味料、香辛料、食用油脂、乳製品」とする。以下、「引用商標2」という。)を使用した商品又は役務との間に、誤認混同を生ずるおそれはなく、また、「株式会社キューピー流通システム」の商号及び「キューピー人形」の図形を使用している原告Bの業務と混同を生じるおそれはないから、本件商標は、商標法4条1項15号に該当しない、A被告による本件商標の使用は、不正競争の目的でなされたものではなく、改正商標法附則5条が定める、使用に基づく特例の適用の要件を具備しており、同法附則7条1項で定められた商標法15条の規定に違反して登録されたものではない、とするものである。

判  断

1 取消事由1(原告Aの商品又は役務との混同のおそれ)について
(1) 商標法4条3項は、同条1項15号に該当する商標であっても、商標登録出願時に同号に該当しないものについては、同号の規定は適用しない、と規定している。これにより、登録出願された商標は、登録査定時と登録出願時の二つの時点のいずれにおいても同号に該当するのでない限り、同号の適用を受けることはない、ということになる。そこで、まず、本件商標が、本件出願時(平成4年4月6日)において、商標法4条1項15号に該当するかどうかについて判断する。
 原告Aの引用商標1及び2が、マヨネーズ、ドレッシング、タルタルソース、マスタード、ミートソースなどの加工食品に使用され、本件出願時において、その取引者、需要者の間で広く知られていたことは、原告らが主張し、審決が審決書12頁5行ないし9行で認定しているとおりである(被告もこの点は特に争わない。)。
 しかし、当裁判所は、次に述べる理由により、被告が、本件出願時において、本件商標(「キューピー引越センター」)をその指定役務である第39類「貨物自動車による輸送」に使用した場合に、原告Aの業務に係る商品又は役務と混同を生じるおそれがあると認めることはできない、と判断する。すなわち、「キューピー人形」とその愛称「キューピー」は、戦前戦後を通じ、日本人に古くから親しまれてきた人形であり、原告Aのみならず、いくつかの企業が「キューピー人形」又はその愛称を模した商標を様々な分野で使用し、商標登録していること、原告Aの引用商標1及び2は、マヨネーズ、ドレッシング、その他の加工食品に使用されていて、加工食品の取引者、需要者の間において広く知られていたものではあるものの、被告が営んでいる引越運送業務を始めとする「貨物自動車による輸送」業務における取引者、需要者の間においても広く知られていたと認めることはできないこと、また、本件商標と引用商標1及び2とは、識別可能なものであることからすれば、被告が本件商標をその指定役務に使用しても、原告Aの商品又は役務と混同するおそれはない、というべきである。
(ア) 「キューピー人形」は、米国人の女流画家ローズ・オニール・ウイルソンが1912年に家庭雑誌に描いたキューピッドの絵が評判になり、1913年にこれを模したセルロイド製の人形として発売されたものである。「キューピー人形」は、その後、人気を博し、世界的に広く販売され、日本にも輸入され、人気を博していた。「キューピー人形」は、その後、日本でも製造されるようになり、1936年ないし1937年にかけては、日本で大量に安価に生産された「キューピー人形」が、当時全盛期を迎えていたセルロイド玩具産業の花形商品となって、欧米に大量に輸出された。また、「キューピー人形」については、平凡社の大百科事典(1984年発行)や広辞苑第4版(1991年発行)にも、その説明が記載されているだけでなく、平成3年9月15日には、「キューピー人形」を紹介した「キューピー讃歌」と題する書籍(著者・大澤秀行)が出版芸術社から発行されている。
 原告Aの引用商標1及び2は、いずれも大正14年ころから使用され、昭和35年あるいは同41年に出願され、その後登録されたものであり、原告Aがその使用を継続してきたことにより、マヨネーズ、ドレッシング、その他の加工食品の分野においては、その取引者、需要者に広く知られた商標となったことは前記のとおりである。しかし、上記のとおり、「キューピー人形」及びその愛称の「キューピー」は、戦前はもちろん、戦後も、日本人に広く知られ、親しまれていたものであり、原告Aが、古くから一般に広く知られ、親しまれているこの「キューピー人形」の人気や普及性に着目し、引用商標1及び2を商標としてマヨネーズ、ドレッシング、その他の加工食品に採択し、その使用を継続してきたものであることは、否定することができない。
 「キューピー人形」が日本人に広く知られていたことを示すものとして、「キューピー人形」をモチーフとした商標を採用し、これを商標登録している会社は、原告Aのほかにもいくつか存在する、という事実がある。例えば、商標登録第3287716号(商標権者・鞄本興業銀行、指定商品ないし役務・第36類、平成4年出願)、商標登録第1086987号(牛乳石鹸共進社株式会社、第4類、昭和46年出願)、商標登録第362865号(共進社油脂工業株式会社、第5類、昭和18年出願)、商標登録第3128248号(鞄本興業銀行、第36類、平成4年出願)、商標登録第2397243号(牛乳石鹸共進社株式会社、第4類、平成4年出願)、商標登録第4087650号(関東株式会社、第25類、平成8年出願)、商標登録第2182050号(牛乳石鹸共進社株式会社、第4類、昭和57年出願)、商標登録第2182051号(牛乳石鹸共進社株式会社、第4類、昭和57年出願)、商標登録第3128254号(鞄本興業銀行、第36類、平成4年出願)、商標登録第3085483号(葛サ銀情報開発センター、第38類、平成4年出願)、商標登録第3135769号(鞄本興業銀行、第36類、平成4年出願)、商標登録第3128247号(鞄本興業銀行、第36類、平成4年出願)、商標登録第2397244号(牛乳石鹸共進社梶A第4類、昭和60年出願)、商標登録第261311号(鞄c村駒商店、旧第29類、昭和9年出願)、商標登録第4167703号ないし第4167705号(日本臓器製薬梶A第3類、平成8年出願)等の商標が登録されている。
 以上のように、「キューピー人形」自体が戦前戦後を通じて日本人に広く親しまれてきたものであることを考慮すれば、「キューピー人形」を模した原告Aの引用商標1及び2の原告Aを示すものとしての周知性は、マヨネーズ、ドレッシングその他の加工食品の分野あるいはこれに密接に関連する分野について認めることはできるものの、その範囲を超える分野については、簡単には認めることができない、というべきである。
(イ) 原告Bは、昭和41年に、原告Aの倉庫部門を分離独立させ、本店所在地を調布市とし、「キューピー倉庫株式会社」との商号で設立された会社である。原告Bは、その商号を、昭和51年には「キューピー倉庫運輸株式会社」に変更し、平成元年には「株式会社キューピー流通システム」に変更している。原告Bは、コンピュータにより、原告A及びその他の会社の冷凍・冷蔵食品等の在庫を管理し、顧客からの受注後、必要な商品を迅速に輸送することを業とする物流を主たる目的とする会社である。原告Bは、全国に多数の営業所と配送センターを有しており、昭和54年当時は、売り上げが約120億円で、原告Aとその関連会社の商品を主として取り扱っていた。原告Bは、平成5年には、その売上げが約517億円に増加し、一般の顧客の商品の割合も増加してきているものの、原告Aとその関連会社の商品の割合も依然として多く、その割合は平成10年ころも全体の4割弱を占める。また、原告Bは、平成元年からは、貨物運送(共同配送便)に、「キューソー便」の名称を使用し、その商号も、平成12年には「株式会社キューソー流通システム」と変更している。原告Bの貨物自動車には、「キューソー便」との表示が付されているものはあるものの、「キューピー」の語あるいは「キューピー人形」の図形が付されているものはほとんど存在しない。
 物流子会社は、電機、鉄鋼、化学、食料品その他の様々な分野の製造業者(メーカー)により設立されている。日立物流、東芝物流などのように、親会社の名前をその社名に使用している子会社が多い。製造業者である親会社の資材、部品の調達、製品の保管と輸送・配送等の業務を営むことを主たる目的とするものが多く、ほとんどが「貨物自動車による輸送」を業とするものである。このような物流子会社は、その親会社あるいはその関連会社を主たる需要者とする限りにおいては、貨物自動車による輸送業者として広く一般の顧客にその商標を知られている必要はないことから、一般に向けて広告、宣伝をする必要性は多くない。原告Bも、その年間売上高は、上記のとおり、決して少ない金額ではないとはいえ、原告Aを親会社とする物流子会社であり、原告Aとその関連会社を重要な顧客としている。一般の顧客の商品の割合も増加していること、「株式会社キューピー流通システム」との看板を各営業所に掲げていること、及び、会社案内に同商号を明記していることは認められるものの、原告Bが一般の取引者、需要者に向けて広く宣伝広告をしていることを認めるに足りる証拠はない。このような状況の下で、原告Bの「株式会社キューピー流通システム」の語あるいは「キューピー人形」の図形が、「貨物自動車による輸送」の分野における一般の取引者、需要者の間において、原告Bの商標として広く知られていると認めることはできない。
(ウ) 被告は、昭和48年に、本店所在地を調布市として設立された、引越運送業務等を主たる目的とする会社であり、昭和57年ころから現在まで、本件商標(「キューピー引越センター」)及び「キューピー人形」を模した絵を引越業務の宣伝広告に使用しており、そのNTT電話帳における広告にも、本件商標と「キューピー人形」を模した絵を記載した上で、「アラマキ運輸(株)」等の被告の名称を表示し、被告が引越業務を営むことを記載している。本件商標中の「引越センター」との表示が、引越運送業務を意味する表示であることからすると、本件商標は、その商標の構成自体から、引越運送業務を想起させるものである。
(エ) 以上のとおり、「キューピー人形」及び「キューピー」の愛称は、古くから日本人に親しまれてきたものであって、原告Aのみならず、いくつかの有力企業により「キューピー人形」を模した商標が使用され、商標登録されてきていることからすれば、原告Aの引用商標1及び2は、マヨネーズ、ドレッシングその他の加工食品の分野あるいはこれに密接に関連する分野では原告Aを示すものとして広く知られているものの、その周知性の範囲は、マヨネーズ、ドレッシング、その他の加工食品及びこれと密接に関連する分野を超える分野については簡単には認めることができず、マヨネーズ、ドレッシングその他の加工食品の分野とは社会通念上著しく異なる業務と考えられている、引越業務を含む「貨物自動車による輸送」の分野においては、物流子会社である原告Bの営業活動を考慮しても、原告A又はその関連会社を示すものとして広く知られているものと認めることはできない。また、被告が本件商標(「キューピー引越センター」)をその指定役務に使用した場合には、被告が引越を主たる業とする会社であること、あるいは、被告が引越を基礎にして発展してきた会社であることが本件商標の構成自体から明らかとなるものであり、マヨネーズ、ドレッシング、その他の加工食品を製造販売する原告Aと社会通念上著しく異なる業務について、原告A又はその関連会社が参入すると考えることも不自然であることからすれば、被告が本件商標を引越運送業務を含む「貨物自動車による輸送」業務に使用したとしても、原告A又はその関連会社による役務と混同するおそれがあると認めることはできない。
 審決の「本件商標は、「キューピー引越センター」の文字よりなるものであり、その構成中に、請求人Aの業務に係る商標として広く知られている「キューピー」の文字を有するとしても、「キューピー人形」及びその愛称「キューピー」は請求人がその業務に係る商品に使用する以前より一般に親しまれ広く認識されていること、本件商標の指定役務と請求人Aの使用する商品とは業種、目的、用途、質(内容)等が著しく異なること、被請求人は、本件商標を引越等の業務に、昭和57年頃には既に使用していたことを総合してみると、請求人Aが使用する引用商標1及び引用商標2の著名性、請求人A及びその関連会社の業務の多様性を考慮するとしても、本件商標をその指定役務に使用した場合、請求人Aの使用する引用商標を連想、想起するものとはいえないものである。したがって、本件商標は、これをその指定役務について使用しても、請求人Aの使用する商品との間に出所の誤認混同を生ずるおそれはないものといわなければならない。」(審決書12頁21行〜34行)との判断に誤りはない。
(2)(ア) 原告らは、本件商標の指定役務である第39類においても、引用商標1及び2と同一の標章について、防護標章登録が認められており、本件商標の指定役務に係る取引者、需要者間においても、引用商標1及び2が、原告Aを出所として示す商標として著名である、と主張する。
 確かに、原告Aは、引用商標1及び2と同一の標章について、指定役務第39類において、防護商標の登録を得ている。しかし、この防護標章登録の各出願は、平成5年10月6日と平成8年2月1日であり、その登録は、平成9年3月以降と平成11年12月であり、いずれも本件出願時より後のことであるから、本件出願時における混同のおそれについての判断が示されたものとみることはできない。また、防護標章登録の制度は、商標権者の登録商標がその指定商品において周知である場合に、他人が指定商品と類似する商品又は役務以外の商品又は役務に、登録商標を使用することにより、他人の業務と混同を生ずるおそれがあるときに、その登録が認められる制度であり(商標法64条参照)、原告Aの商標として、マヨネーズ、ドレッシング、その他の加工食品において周知である引用商標1及び2と同一の商標を、他人が他の指定商品又は役務において使用した場合を想定したものである。これに対し、本件は、被告が、引用商標1及び2と同一の商標とはいえない本件商標(「キューピー引越センター」)を使用した場合に、原告の役務との混同が生じるかどうかの問題であるから、そもそも原告Aの上記防護標章登録が認められているとの事実をもって、本件商標についての混同の問題を論じることは相当ではない。さらに、上記のような防護標章が登録されたことは、特許庁の審査官等による判断が特定の出願について示されたことを意味するにすぎず、これをもって、本判決の結論に直ちに影響を与えるものとすべき理由もない。原告らの主張は、採用することができない。
 原告らは、食品関連分野及びその他の分野に属する多くの企業が、「貨物自動車による輸送」の分野に属する物流子会社を有しているとの事実は、「貨物自動車による輸送」の分野の一般的な取引者、需要者により十分に認識されていることから、被告が「貨物自動車による輸送」の分野で、「キューピー」を要部とする本件商標を使用すれば、取引者、需要者は、被告を原告A又はその関連企業であると誤認混同するおそれがある、と主張する。
 しかし、本件商標は、「キューピー引越センター」であって、その主体が引越を主たる業務とする者であること、あるいは、その主体が引越を基礎として発展してきた者であることを、その構成自体から想起させるものであることは既に述べたとおりであり、加工食品の製造・販売を主とする者である原告Aとの間での出所の混同が問題とされている本件において、「キューピー」をもって「要部」とするのを当然とする原告らの主張には、その前提において既に誤りがある。のみならず、「貨物自動車による輸送」の分野の一般的な取引者、需要者が、食品関連分野及びその他の分野に属する多くの企業が、「貨物自動車による輸送」の分野に属する物流子会社を有しているとの事実を認識していることを認めるに足りる証拠はない。確かに、物流関係の業界誌において、食品関連分野のみならず様々な分野に属する多くの企業が、「貨物自動車による輸送」の分野に属する物流子会社を有しているとの事実は紹介されているものの、このような業界誌を読む者が、「貨物自動車による輸送」の分野における一般的な取引者・需要者の中において多数存在しているとの事実を認めるに足りる証拠はない(むしろ、この分野の一般的な取引者、需要者(特に需要者)は、このような業界誌を読むことは多くはないとみる方が自然である。)。
(イ) 原告らは、本件調査報告書から、被告が本件商標を使用すれば、原告Aの役務と混同を生じるおそれがあることが明らかである、と主張する。
 しかし、本件調査報告書は、2000年(平成12年)5月に実施された調査を基にして作成されたものであり、本件出願時における「貨物自動車による輸送」の分野に属する取引者、需要者を対象とした調査ではない。したがって、本件調査報告書は、そもそもこの点において、上記立証事実を証明する証拠としての適格性に欠けるものというべきである。
 また、調査年月日の点をおくとしても、本件調査報告書の調査結果によって本件商標による原告Aの役務との混同のおそれを肯定することについては、次のような疑問が残るものであり、直ちにこれを肯定することはできない。
 確かに、本件調査報告書には、本件商標を見てどのような会社だと思うか(Q2)、何という会社の関連会社だと思うか(Q3)との質問に対し、「キューピー/キューピーマヨネーズ」の関連会社であると思う人が45.7%との調査結果が記載されている。しかし、他方で、本件商標を見て、「独立した運送会社だと思う」あるいは「わからない」という人が、合計で48.4%との調査結果も記載されていることも考慮する必要がある(なお、Q6では、同趣旨の質問について、「関連があると思う」との答えが63.2%あったとの調査結果が示されているものの、Q6は、明らかな誘導質問であるため、この質問に対する調査結果は、直ちには採用し難いものである。)。また、本件調査報告書をよく見ると、本件商標を見て、引越を依頼するか、との質問(Q4)に対し、「頼みたい」という人は、わずか0.6%にすぎず、「頼んでもよい」という人も26.2%と余り多くはなく、「あまり頼みたくない」あるいは「頼みたくない」という人が合計73.2%との調査結果が記載されている。このことは、「貨物自動車による輸送」の一分野である引越運送業務において、本件商標中の「キューピー」がもつ顧客吸引力がほとんどない、あるいは、顧客獲得に余り影響力がない程度のものであることを優に示しているものである。
 商標法4条1項15号の「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれ」における「他人」とは、通常は、当該商品又は役務の分野において顧客吸引力を有する商標を使用している者を意味する。引越運送業務において「キューピー」との商標が持つ顧客吸引力が上記のようにわずかなものであるということは、同業務においては、本件商標を使用しても、原告A又はその関連企業の業務と混同を生ずるおそれがあるとは直ちにはいえないことを意味するものである。
 いずれにせよ、本件調査報告書をもって、同法4条1項15号における「混同を生ずるおそれ」についての前記認定を覆すものとすることはできない。
(ウ) 原告らは、本件出願時において、「キューピー人形」及びその愛称「キューピー」が広く知られていたのは、あくまで原告Aらの継続的かつ大々的な宣伝広告活動や販売活動等によるところであるから、「キューピー人形」及び「キューピー」の語は、原告Aらと関連づけられて、一般に広く知られている、審決の「「キューピー人形」及びその愛称「キューピー」は・・・一般に親しまれ広く認識されている」(審決書12頁23行〜25行)との認定は誤りである、と主張する。
 しかし、「キューピー人形」は、前記のとおり、1936年ないし1937年にかけて、日本で大量に安価に生産され、当時全盛期を迎えていたセルロイド玩具産業の花形商品となって、欧米に大量に輸出されたものであり、戦前戦後を通じて、日本人に広く知られ、親しまれてきたものである。
 確かに、「キューピー人形」は、戦後、日本の経済が発展し、これに代替し得る様々な商品が登場するにつれ、現在においては一時のような人気がなくなっていることは、当裁判所にも顕著な事実である。しかし、「キューピー人形」を模した商標が、本件出願時である平成4年ころに、当時の(株)日本興業銀行によって出願され、その後登録されたことは、前記のとおりである。このことからみても、「キューピー人形」は、本件出願時において、人形として販売される数量が激減していたとしても、多くの日本人の記憶の中で、広く親しまれた人形として残っているものということができる。
 原告らの上記主張は、原告らの宣伝広告活動が、「キューピー人形」の存在を日本人の記憶の中にとどめることに貢献している部分があるという限度では、正当と認めることができる。しかし、原告らの主張は、それにとどまらず、本件出願時において、「キューピー人形」及びその愛称「キューピー」が広く知られているのは、あくまで原告Aらの継続的かつ大々的な宣伝広告活動や販売活動等のみによるところであり、「キューピー人形」及び「キューピー」の語は、原告Aらとのみ関連づけられて、一般に広く知られている、というに帰するのであり、採用することができないことは明らかである。
(エ) 原告らは、食品メーカーが物流子会社を有することが一般的であることから、「本件商標の指定役務と請求人Aの使用する商品とは業種、目的、用途、質(内容)等が著しく異なる」(審決書12頁25行〜26行)とする審決の認定は誤っている、と主張する。
 しかし、原告Aに物流子会社である原告Bが存在することによっても、原告Aが製造販売するマヨネーズ、ドレッシング、その他の加工食品において引用商標1及び2が広く知られていることから、直ちに、「貨物自動車による輸送」の分野において、引用商標1及び2と同一の商標が周知であると認めることができないことは、前記のとおりである。審決の認定に誤りはない。
 原告らは、被告が本件商標を昭和57年ころから使用しているとの事実は、それだけでは、本件商標と原告らの商品、役務と混同を生じるおそれがあるかどうかとは、関係がないから、審決がこの点を根拠としたのは誤りである、と主張する。確かに、この点は、原告ら主張のとおりであろう。しかし、そうであるとしても、本件商標について混同のおそれを認めることができない理由は、前記のとおりであり、これは、被告が本件商標を昭和57年から使用しているかどうかに関係のないことである。したがって、この点は、審決の結論に影響を与えるものではない。
2 取消事由2(原告Bの役務との混同のおそれ)について
 原告らは、審決が、「「株式会社キユーピー流通システム」の商号(名称)及び「キューピー人形」図形が、輸送の分野において本件商標の登録出願時には、取引者、需要者の間に広く知られていたものと認めることはできない。」(審決書13頁11行〜14行)と認定判断したことが誤りである、と主張する。
 しかし、原告Bが、「株式会社キューピー流通システム」との看板を各営業所に掲げていること、及び、会社案内に同商号を明記していることは認められるものの、同原告が一般の取引者、需要者に向けて広く宣伝広告をしていることを認めるに足りる証拠はなく、原告Bの「株式会社キューピー流通システム」との商号あるいは「キューピー人形」の図形が、本件出願時において、「貨物自動車による輸送」の分野における取引者、需要者間に広く知られていたと認めることができないことは、前記認定のとおりである。審決の上記認定判断に誤りはない。原告らの主張は、採用することができない。
3 取消事由3(不正競争の目的)について
(1) 被告は、昭和48年に本店所在地を調布市として設立された、引越運送業務等を主たる目的とする会社であり、昭和57年ころから現在まで、本件商標(「キューピー引越センター」)及び「キューピー人形」を模した絵を引越業務の宣伝広告に使用してきていること、そのNTT電話帳における広告にも、本件商標と「キューピー人形」の図形を記載した上で、「アラマキ運輸(株)」等の被告名称を表示し、被告が引越業務を営むことを記載していること、並びに、本件商標中の「引越センター」との表示が、引越運送業務を意味する表示であることからすると、本件商標は、その商標の構成自体から、引越運送業務を想起させるものであることは、前記認定のとおりである。
 これに対し、原告Bは、昭和41年に、原告Aの倉庫部門を分離独立させ、本店所在地を調布市として、「キューピー倉庫株式会社」との商号で設立された会社であり、その商号を、昭和51年には「キューピー倉庫運輸株式会社」に変更し、平成元年には「株式会社キューピー流通システム」に変更していることも、前記認定のとおりである。
 以上からすれば、被告は、昭和57年ころあるいは遅くとも本件出願時には、原告Bが、同じ調布市において「キューピー倉庫運輸株式会社」あるいは「株式会社キューピー流通システム」の商号で、原告Aの物流子会社として貨物運送事業を行っていたことは知った上で、その引越運送業務に本件商標を使用してきたものということができる。
 しかし、「キューピー人形」及び「キューピー」の愛称は、古くから日本人に親しまれてきたものであって、原告Aのみならず、いくつかの有力企業により「キューピー人形」を模した商標が使用され、商標登録されてきていることからすれば、原告Aの引用商標1及び2は、マヨネーズ、ドレッシングその他の加工食品の分野あるいはこれに密接に関連する分野では広く知られているものの、その周知性の範囲は、マヨネーズ、ドレッシング、その他の加工食品及びこれと密接に関連する分野を超える分野については簡単には認めることができず、マヨネーズ、ドレッシングその他の加工食品の分野とは社会通念上著しく異なる業務と考えられている、引越業務を含む「貨物自動車による輸送」の分野においては、物流子会社である原告Bの営業活動を考慮しても、原告A又はその関連会社を示すものとして広く知られているものと認めることはできないこと、また、被告が本件商標(「キューピー引越センター」)をその指定役務に使用した場合に、被告が引越を主たる業務とする会社であること、あるいは、被告が引越を基礎にして発展してきた会社であることが本件商標の構成自体から明らかとなるものであり、マヨネーズ、ドレッシング、その他の加工食品を製造販売する原告Aの業務と社会通念上著しく異なる業務について、原告A又はその関連会社が参入すると考えることも不自然であることからすれば、被告が本件商標を引越運送業務を含む「貨物自動車による輸送」業務に使用したとしても、原告A又はその関連会社による役務と混同するおそれがあると認めることはできないことは、前記認定のとおりである。
 以上からすれば、昭和48年に調布市において設立され引越業務を営んできた被告が、原告Aの物流子会社である原告Bの活動を知りながら、昭和57年ころから本件出願時まで、本件商標の使用を継続してきたとしても、被告が原告Aの周知商標である引用商標1及び2の信用にただ乗りする意図、すなわち、不正競争の目的をもって本件商標を使用してきたものと認めることはできない、というべきである。
 審決の「本件商標の使用が不正競争の目的でなされていたものということはできない。」(審決書13頁33行〜34行)との判断に誤りはない。 
(2) 原告らは、被告が、原告Aの本店所在地である東京都渋谷区を本店所在地として、被告の子会社である、「キューピーサービス株式会社」を設立していることを、被告の不正競争の意図を表したものである、と主張する。しかし、この子会社も、「貨物取扱業」等をその業務目的とするものであるから、被告が渋谷区にこのような子会社を設立したとの事実を、不正競争の目的を推認するための資料として重視することはできないというべきである。
 原告らは、被告が、平成元年ころ、食料品の配送サービスのためのダイレクトメールを送付したことをとらえ、被告に不正競争の意図があることが明白である、と主張する。
 確かに、被告の子会社であるキューピーサービス株式会社が、平成元年ころ、「オムツ宅配センター」との表示をも使用して、顧客に対し、紙おむつの宅配サービスのダイレクトメールを送付するのと同時に、「フルーツエキスプレス」との表示をも使用して、果物や食料品の宅配サービスのダイレクトメールを送付したとの事実があったことが認められる。しかし、これは、被告ではなく被告の子会社が、本件商標ではなく、「オムツ宅配センター」とか「フルーツエキスプレス」とかの表示を使用してなしたものであるにすぎない。また、被告の子会社がこのような営業活動を繰り返し行ったとの証拠もない。これらのことからすれば、被告の子会社による上記の単発的行為は、被告による本件商標の使用とは無関係のことというべきであり、これをもって、被告による本件商標の使用について、不正競争の目的があったとするための資料とすることはできないというべきである。
(3) 原告らは、審決が、「「キューピー」の語は「キューピー人形」の愛称として親しまれ広く認識されているものであって創造標章ではない」(審決書13頁30行〜32行)ことを、不正競争の目的がないとの判断の根拠としている、しかし、このような事実を示す証拠はない、と主張する。
 しかし、「キューピー人形」とその愛称である「キューピー」の語が日本人に古くから広く親しまれてきたものであることは、前記認定のとおりである。原告らの上記主張は理由がない。
4 取消事由4(使用に基づく特例の適用における誤り)について
(1) 被告が、昭和57年ころから、本件商標を使用して、引越運送業務を営んできたことは前記認定のとおりである。引越運送事業は、貨物自動車を使用して行われるものであるから、被告が本件出願時において本件商標を使用して「貨物自動車による輸送」の役務を行っていたものであることは明らかである。審決が、被告の本件出願について、「改正商標法(平成3年法律第65号)附則第5条の規定に基づき、使用に基づく特例の適用の要件を具備していたものというべきである。」(審決書14頁3行〜5行)と認定判断したことに誤りはない。
(2) 原告らは、特許庁の「類似商品・役務審査基準」では、「引越の代行」と「貨物自動車による輸送」は、いわゆる異なる「短冊」の役務とされている、仮に、引越の代行に貨物自動車による輸送が伴うとしても、被告は、あくまでも引越の輸送に限って本件商標を使用しているだけであり、貨物自動車による輸送全般について、本件商標の使用の事実が認められるわけではない、と主張する。
 しかし、被告は、引越運送業務に本件商標を使用していたことを根拠に、改正商標法附則5条に基づき、第39類「貨物自動車による輸送」を指定役務として、本件商標の登録を得たものである。そして、被告の行ってきていた引越運送業務が、第39類「貨物自動車による輸送」に含まれることは明らかである。原告らのいう「引越の代行」は、特許庁が、平成7年7月に、平成4年4月以降に出願された新規の類似役務(群)に属すると認められるものの一つとして公表したものであって、引越貨物の梱包に関する役務であり、被告が行ってきた引越運送業務とは異なる態様の新たな業務であると認められるから、これが「貨物自動車による輸送」とは異なる「短冊」の類似役務であることは、引越運送業務が「貨物自動車による輸送」に含まれるとの上記認定に何ら影響を与えるものではない。
 また、出願人は、指定役務に係るすべての役務を業として行ってきていない限り、これにつき使用に基づく特例を受けることができない、というわけのものではない、と解すべきであるから、原告らの上記主張はいずれも理由がなく、審決の上記判断に誤りはない。
第6 以上のとおり、原告ら主張の取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき誤りは見当たらない。

論  説

 この事件は、被告は役務についての登録商標を有していたのに対し、商品について登録商標を有する原告Aが請求した登録無効審判事件に関する審決取消訴訟であるが、この事案では、標章自体が周知であることから、商品や役務の枠を超えて出所の混同を生ずるおそれがある場合に救済を与えるために用意された商標法4条1項15号が適用される。
 しかし、本件の場合は、無効審判の請求人は、商品商標の権利者のほかにその子会社の運送会社(原告B)が加わっていたが、本件商標「キューピー引越センター」と出所の混同を起すおそれはないと判断されたことは、裁判所が原告Bと被告がその役務で使用している商標の具体的な構成態様の違いを認定したことが決め手となった。
 このような裁判所の認定と判断は、特許庁が審査・審判で通常行う観念的な認定と判断とは違い、現実社会における妥当性を考えているから、説得力があるといえる。

[牛木理一]