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登録商標「MOSRITE」無効審決取消請求事件:東京高裁平成14年(行ケ)283号.平成14年11月28日判決(6民)=棄却/最高裁平成15年(行ツ)70号・(行ヒ)65号平成15年5月30日三小決=上告棄却・上告不受理→無効確定

〔キーワード〕 
商標の周知性、他人の周知商標の引用、不正競争の目的、商品出所の混同

 

〔事  実〕


 
 平成12年12月8日、請求人(潟tィルモア)は、商標権者(有)黒雲製作所を被請求人として、同社の商標登録第1419427号に係る「Mマークmosrite」の登録商標(本件商標)に対し、商標法第4条12項10号その他の規定を適用して、商標登録無効審判(無効2000−35661)を請求したところ、特許庁は平成14年4月22日、同登録商標の指定商品中、「楽器,演奏補助品,蓄音機,レコード」についての登録を無効とするとの審決をした。
 この審決に対して不服の商標権者は、平成14年6月6日、審決取消訴訟を請求したが、2回の口頭弁論があった後、3回目には判決言渡しがなされ、請求棄却となった。

 

〔審  決〕


 
(1)利害関係について
 本件審理に関し、当事者間に利害関係の有無について争いがあるので、まずこの点について判断する。
  確かに、請求人が利害関係の根拠として挙げている東京地方裁判所平成10年(ワ)第11740号事件において、本件商標権に基づく侵害差止等の請求を受けているのは、「フィルモア楽器こと遊佐典之」であって、本件審判事件の請求人である「株式会社フィルモア」ではない。
  しかし、甲第33号証(株式会社フィルモアの商業登記簿謄本 乙第2号証も同じ)、同第25号証ないし同第32号証(顧客からの書翰)及び請求人の主張によれば、フィルモア楽器こと遊佐典之は、平成12年4月5日に、営業組織を個人から会社に変更したが、営業の場所も内容も実質的に全く変更はなく、しかも、個人名義による営業時であっても、その営業名称(屋号)は「フィルモア」であったこと、その名称で長年営業を行ってきたものであること、メールアドレスのドメインネームも「fillmore」であったことを認めることができる。
  そうとすれば、法律上の人格からみれば、本件審判の請求人である「株式会社フィルモア」と「フィルモア楽器こと遊佐典之」とは別人格であることは被請求人の主張のとおりではあるが、上記事情からすれば、請求人は、本件審判の請求をすることについて、実質的に重大な利害関係を有するものとみるのが相当である。
  併せて、請求人は、現在及び将来において、セミー・モズレーが開発した「MOSRITE」エレキギターの技術を承継し、かつ普及していくためには、本件商標の存在が障害になっている旨主張しており、この点からしても、請求人は、本件審判の請求をすることについて、重大な利害関係を有するものということができる。
  なお、請求人が「マルM mosrite/of California(筆記体)」の標章等をその輸入、製造、販売にかかるエレキギターやその部品並びに雑誌やインイターネット上の宣伝広告に使用しているからといって、また、請求人の代表者が本件商標と同一の商標の出願を行っているからといって、請求人が本件無効審判の当事者適格を欠くことになったり、あるいは、本件審判請求が権利の濫用になるものということはできない。

(2)商標法第4条第1項第10号について
(ア)引用商標の周知性について
  請求人の提出に係る甲第1号証ないし同第32号証及び請求人の主張の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
  セミー・モズレーは、昭和28年(1953年)頃から、アメリカ合衆国において、エレキギターの製造を始めた。その後、セミー・モズレーは、モズライト社を設立し、引用商標が付されたエレキギターの製造販売をするようになった。
  「モズライト」とは、“セミー・モズレー”と、同人の初期の後援者である“レイ・ボートライト”の名前を合体したものである。
  わが国には、昭和40年(1965年)頃から、引用商標が付されたモズライト・ギターが輸入販売されるようになった。ファーストマン社は、モズライト社から許諾を得て、「アベンジャーモデル」という「MOSRITE」の標章を付したエレキギターの製造販売をしていたが、被請求人は、その生産に、下請けとして関与していた。
  人気ロックグループであるザ・ベンチャーズが昭和40年(1965年)に来日してモズライト・ギターを使用したこと、寺内タケシ、加山雄三といった人気ミュージシャンがモズライト・ギターを演奏に使用したことなどから、遅くとも、本件商標登録の出願時には、引用商標は、モズライト・ギターの商標として、エレキギターを取り扱う業者やエレキギターの愛好家の間では、よく知られるようになっていた。
  モズライト社は、昭和44年(1969年)に倒産した。また、ファーストマン社も、同年7月に倒産した。モズライト社は、再建されたが、昭和48年(1973年)に再び倒産した。
  被請求人は、上記のとおり、ファーストマン社の下請けをしていたが、昭和43年(1968年)頃から、モズライト・ギターの複製品である本件商標を付したエレキギターを製造販売するようになった。被請求人は、その後、引用商標を付したモズライト・ギターの複製品を製造販売するようになり、現在に至るまで、その製造販売を継続している。
  佐藤尚武は、昭和47年(1972年)6月22日、本件商標登録の出願をした。ベンチャーズーモスライト・インクがわが国で有していた「MOSRITE」等の商標は、昭和52年(1977年)3月20日に、期間満了により消滅し、昭和54年(1979年)9月10日にその登録が抹消された。本件商標の登録出願権は、昭和52年(1977年)6月16日に、佐藤尚武から黒澤商事株式会社に移転したが、同社からこの権利を買い取るよう求められた被請求人は、これを400万円で買い取り、本件商標の登録出願権は、同年9月28日に、黒澤商事株式会社から被請求人に移転した。本件商標権は、昭和55年(1980年)5月30日に設定登録された。
  セミー・モズレーは、上記2度目の倒産後しばらくして、エレキギターの製造を再開し、一時中断した期間はあったものの、継続的にエレキギターの製造販売を続けた。セミー・モズレーは、引用商標を付したモズライト・ギターを製作し、それらは、モズライト・ギターの人気が高かったわが国にも輸出、販売された。
  請求人は、昭和51年(1976年)5月に、フィルモア楽器店を開店し、モズライト・ギターの販売を開始した。
  セミー・モズレーが、平成4年(1992年)、ユニファイド社を設立したことから、請求人は、同年5月30日、同社にモズライト・ギターの40周年記念モデルの製造を依頼し、引用商標が付された同モデルを輸入販売した。
  同年8月、セミー・モズレーが死亡し、ユニファイド社も、平成6年(1994年)に倒産したため、請求人は、平成8年(1996年)11月から、米国カリフォルニア州のスガイ社が製造したエレキギターを輸入し、販売している。
  加山雄三や寺内タケシは、モズライト・ギターを使用して演奏活動を続けており、また、日本には、モズライト・ギターの愛好者が多数存在する。モズライト・ギターの中古品は、市場において高い価格で取引されている。引用商標は、現在に至るまで、モズライト・ギターの商標として、エレキギターを取り扱う業者やエレキギターの愛好家の間で、よく知られている。
  以上の事実によれば、引用商標は、本件商標登録の出願時には、セミー・モズレー又は同人が設立した会社が製造するエレキギター(モズライト・ギター)を表示するものとして、需要者の間に広く認識されており、そのことは、本件商標の登録時においても変わらなかったものと認められる。

(イ)商標及び商品の類否について
  本件商標は、別掲(1)に示したとおり、外周上に小さな突起のある黒塗りの円形内に、白抜きで欧文字の「M」を表示した図形を配し、その右に「mosrite」の欧文字を横書きにしてなるものである。
  これに対し、引用商標は、別掲(2)に示したとおり、外周上に小さな突起のある黒塗りの円形内に、白抜きで欧文字の「M」を表示した図形を配し、その右に「mosrite」を横書きにした部分が、本件商標とほぼ同一である。引用商標では、この下に欧文字の筆記体で、「of California」と表記されているが、「of California」の部分は、「Mマーク mosrite」の下に小さく、欧文字の筆記体で、付加的に記載されているにすぎないし、また、「of California」の部分は、「カリフオルニア州の」といった観念が生じるから、この部分が特段出所識別機能を有するとはいい難い。これらのことからすると、本件商標は、引用商標に類似するものと認められる。
  また、引用商標は、楽器であるエレキギターに使用されているところ、エレキギターと本件商標の指定商品中の「エレキギターを含む楽器、演奏補助品、蓄音機、レコード」とは、その用途、販売部門等を共通にすることの多い互いに類似する商品と認められるものである。

(ウ)不正競争の目的の有無について
  商標法47条は、同法4条1項10号に違反してされた商標登録であっても、商標権の設定の登録の日から5年を経過した後は、不正競争の目的で商標登録を受けた場合を除き、商標登録の無効審判請求をすることができないと規定するところ、本件無効審判の請求は、商標登録の日である昭和55年5月30日から5年以上経過していることから、本件商標登録が不正競争の目的で受けたものかどうかについて検討する。
  請求人、被請求人の提出した証拠及び主張の全趣旨を総合し、前記東京地方裁判所平成10年(ワ)第11740号事件において認定された事実をも併せ考慮すると、佐藤尚武が本件商標の登録出願をした当時には、引用商標は、モズライト・ギター(セミー・モズレー又は同人が設立した会社が製造するエレキギター)を表示するものとして、需要者の間に広く認識されていたのであり、しかも、ベンチャーズーモスライト・インクが「MOSRITE」等について商標権を有していたのであるから、引用商標と類似する本件商標を出願した佐藤尚武には、不正競争の目的があったものと認められる。
  その後、ベンチャーズーモスライト・インクが有していた商標権は、期間満了により消滅したが、引用商標がモズライト・ギターを表示するものとして、需要者の間に広く認識されていたことには変わりがなく、また、モズライト社は、昭和44年(1969年)及び昭和48年(1973年)に倒産したものの、セミー・モズレーは、倒産後もエレキギターの製造を続けており、引用商標が付されたセミー・モズレー製造にかかるエレキギターがわが国に輸入されていたものと認められる。
  一方、被請求人は、昭和39年頃から、ファーストマン楽器製造株式会社の孫請けとして「モズライト・ギター」の木部の製作をしてきたこと、昭和44年(1969年)頃から、ファーストマン楽器製造株式会社の下請として、本件商標を付したギターの製造をして、これをファーストマン楽器製造株式会社に納め始めたが、同年7月にファーストマン楽器製造株式会社が倒産したことにより、親会社が組立て完成させていた「Avenger」印の「Mマークmosrite」のギターの全部を自社で製造し、かつ、商標「Mマークmosrite」のみならず、「THE VENTURES」の商標までも使用して、エレキギターを販売していたこと、甲第25号証ないし同第32号証(顧客からの書翰)によれば、被請求人が製造販売していたモズライト・ギターの複製品をモズライト・ギターと誤認して購入した者がいたこと、また、書翰のなかには「本物として販売されている」旨の記載があることも認めることができる。更に、登録後に係ることではあるが、被請求人は、昭和59年(1984年)頃から、「モズライト・ギター」の本件商標の下部に「of California」の文字をも付記し始めたことを認めることができる。
  そうとすれば、被請求人が本件商標(出願中)を譲り受けるに至った経緯が被請求人の主張のとおりであったとしても、上記した事実関係に照らしてみれば、被請求人は、引用商標がセミー・モズレー又は同人が設立した会社が製造するエレキギター(モズライト・ギター)を表示するものとして、需要者の間に広く認識されていたことを十分認識していたものというべきであり、かつ、その製造販売にかかるエレキギターを、それがモズライト・ギターの単なる複製品ではなく、セミー・モズレー又は同人が設立した会社と何らかの関係があるとの誤認を生じさせる方法で販売してきたものと認められるから、本件商標の登録時に、被請求人には、不正競争の目的があったものといわざるを得ない。
 
(エ)なお、被請求人は、商標法第4条第1項第10号は、私益を保護する規定であるから、セミー・モズレー又は同人が設立した会社と関係のない請求人が、同号に該当することを主張することはできない旨主張しているが、同号は、商品の出所の混同を防止する趣旨をも含んでいるから、請求人が、セミー・モズレー又は同人が設立した会社と関係がないからといって、同号に該当することを主張することができないということにはならない。
また、被請求人は、甲号各証は、本件商標出願日以降のものばかりであり、証拠価値は無きに等しい旨主張しているが、甲号各証が出願日以降に出版された雑誌等であるとしても、それらの記載内容は、本件商標の出願日以前からのモズライト・ギター等に関する事情が掲載されており、本件審判事件の判断にあたり、十分斟酌し得るものである。
更に、被請求人は、周知商標主が複数存在するとの主張は、大審院の判例に反する旨主張しているが、大審院の判決における「特定人」が一人に限定される趣旨のものでないことは明らかなところというべきである。


(オ)してみれば、本件商標は、その指定商品中の「楽器、演奏補助品、蓄音機、レコード」は、商標法第4条第1項第10号に違反して登録されたものといわなければならない。
しかし、本件商標の指定商品中の「楽器、演奏補助品、蓄音機、レコード」以外の指定商品である「おもちゃ、人形、娯楽用具、運動具、釣り具」については、エレキギターとは、生産部門、販売部門、需要者、用途等を全く異する非類似の商品であるから、同号に違反して登録されたものということはできない。

〔高裁の判断〕
1 商標法4条1項10号の解釈適用の誤りについて
(1) 引用商標と既登録商標との関係について
 原告は、引用商標は、ベンチャーズ−モズライト登録商標と類似するから、引用商標が周知であった、との被告の主張は、ベンチャーズ−モズライト登録商標が周知であったとの主張と同じであるとした上で、ベンチャーズ−モズライト登録商標の商標権が更新登録手続がなされないまま消滅したことにより、引用商標も消滅した、と主張する。
 しかし、被告が主張し審決が認定した、引用商標がセミー・モズレー又は同人が設立した会社が製造するエレキ・ギターであるモズライト・ギターを表示するものとして我が国の需要者の間に周知となっていた、ということと、セミー・モズレーが設立した会社とは別個の会社であるベンチャーズ−モズライト社の我が国における登録商標(ベンチャーズ−モズライト登録商標)が我が国の需要者間に周知となっていた、ということとは、別個の事柄であることが明らかである。引用商標が周知商標であると主張したことと同じになるものではない。このことは引用商標とベンチャーズ−モズライト登録商標とが類似しているか否かとは関係なくいい得ることである。
 原告は、審決は、引用商標とベンチャーズ−モズライト登録商標との類似性について判断を示していない、と主張する。しかし、両商標の類似性についての主張が主張自体失当であることは上述したところから明らかであるから、この点について審決が判断を示さなかったとしても、そのことによって審決が違法となることはあり得ない。
 原告の主張は、その前提において、既に失当である。
 この点をおくとしても、原告の主張は失当である。
 既登録商標が周知性を有するに至っている場合には、その商標権が期間満了により消滅したからといって、そのことにより、直ちに、当該商標の周知性が消滅することになるわけのものではないことは、当然である。ベンチャーズ−モズライト登録商標の商標権が周知性を有するに至っていたと仮定した場合、その商標権が期間満了により消滅したからといって、それに伴い、直ちにその商標の周知性が消滅するということはできない。まして、ベンチャーズ−モズライト登録商標とは別個の商標である引用商標の周知性が消滅することになるものではないことは、論ずるまでもなく明らかというべきである。
 いずれにせよ、原告の主張は、採用することができない。
(2) 周知商標主に故意又は悪意があることによる商標法4条1項10号の不適用の主張について
 原告は、ベンチャーズ−モズライト社がベンチャーズ−モズライト登録商標を現実に使用していたと主張し、これを前提に、周知商標であるとされる引用商標の商標主は、ベンチャーズ−モズライト登録商標の使用の事実について故意又は悪意がある、と主張する。しかし、ベンチャーズ−モズライト社が、上記登録商標を現実に使用していたことについては、証拠が全くない。
 仮に、ベンチャーズ−モズライト社がベンチャーズ−モズライト登録商標を現実に使用していた、との事実があり、かつ、そのことを引用商標の商標主(セミー・モズレー又は同人の設立した会社)が知っていたとしても、そのことだけで、当然に引用商標が商標法4条1項10号の周知商標の資格を失うことになるわけではない。仮に、引用商標が上記資格を失うことがあるとしても、引用商標の商標主とベンチャーズ−モズライト社との関係などの中に、それを根拠付ける事情が認められるときに限られるというべきである。ところが、上記事情に当たるものは、本件全証拠によっても見出せないのである。
 いずれにせよ、原告の主張は採用することができない。
(3) 引用商標が既登録商標の一使用態様にすぎないことによる商標法4条1項10号の不適用の主張について
 原告は、引用商標は、上記登録商標の一使用態様にすぎず、引用商標の商標主であるセミー・モズレー又は同人の設立した会社は、ベンチャーズ−モズライト社から上記登録商標につき使用許諾を得て引用商標を使用してきた通常使用権者にすぎない、と主張する。しかし、原告の主張については、証拠が全くない。
 原告は、引用商標がベンチャーズ−モズライト登録商標と類似することをその主張の根拠として挙げる。しかし、両商標が類似するからといって、そのことから、直ちに一方の商標が他方の商標の一使用態様となると解することも、一方商標の商標主が他方の商標の通常使用権者となると解することもできないことは、明らかである。 
 仮に、原告の上記主張を認めるとしても、いったん獲得された引用商標の周知性が、ベンチャーズ−モズライト登録商標に係る商標権が期間満了により消滅したからといって、それに伴い消滅することになるものではなく、周知商標の商標主が通常使用権者であるからといって、そのことによって、同商標の商標法4条1項10号の周知商標としての資格が失われることになるものでもない。
 原告の主張は、いずれにせよ、採用することができない。
(4) 引用商標が商標法4条1項11号により登録することができないものであることによる商標法4条1項10号の不適用の主張について
 原告は、引用商標は、それより前に登録されたベンチャーズ−モズライト登録商標に類似するため商標法4条1項11号に該当し、商標登録を受けることができないものであるから、商標法4条1項10号による保護の対象とならない、と主張する。しかし、商標法4条1項10号は、その保護の対象となる商標につき、商標登録を受けることができるものであることを要件としていないことが、明らかである。
 原告の主張は、採用することができない。
(5) 本件商標が商標法4条1項11号及び13号に該当しないものとして登録を受けたものであることによる商標法4条1項10号の不適用の主張について
 原告は、本件商標は、その登録査定時、ベンチャーズ−モズライト登録商標の商標権が消滅し、その後1年が経過していたから、商標法4条1項11号、13号の登録障碍事由が解消しており、したがって、同項10号の適用もない、と主張する。しかし、商標法4条1項11号、13号の適用がないからといって、周知商標との関係について規定した商標法4条1項10号の適用がないことにはならないのは明らかである。
 原告の主張は失当である。
(6) 商標法4条1項10号により保護を受けるのは周知商標主のみであるとの主張について
 原告は、商標法4条1項10号により保護を受けるのは周知商標主のみである、と主張する。しかし、商標法の規定中には、商標法4条1項10号によって守るべき利益の主体を当該未登録周知商標の使用主に限るとするなど、同号を理由とする無効主張の主体を制限する趣旨の文言はない、との事実や、同号に違反する商標の使用が一般に与える影響を考慮すると、原告の主張するように限定解釈すべき根拠はないというべきである(後記2参照)。
 原告は、周知商標主以外の者も商標法4条1項10号該当性を理由とする無効審判請求を行うことができるとすると、一方で無効審判請求を行いながら、他方で、この無効審判請求をしたのと同一ないしこれと同視すべき者が、当該周知商標と同一態様の商標について商標登録出願を行うという権利の濫用となる事態を招来することになる、と主張する。しかし、権利の濫用となる場合があり得ることが、周知商標主以外の者には、一切、無効審判請求を許さない、との解釈を正当化する根拠にはなり得ないことは、明らかである。
 原告の主張は、採用することができない。
(7) 商標法4条1項10号にいう周知商標の特定人による使用の要否の主張について
ア. 原告は、商標法4条1項10号にいう周知商標というためには、特定人により使用されていなければならず、審決が、引用商標の主体について、「セミー・モズレー又は同人が設立した会社」として複数存在する旨認定しながら、同商標を周知商標と判断したのは誤りである、と主張する。 
 商標法4条1項10号にいう周知商標というためには、一定の何人(なにびと、なんぴと)かの商品の識別標識であるという点において周知でなければならないものの、現実にそれが何人であるかまで明確にされることは、必ずしも必要ではないというべきである。原告が、周知商標というためには、特定人により使用されていなければならないと主張する趣旨が、上記の程度では足りないとの趣旨であれば、誤りであるというべきである。
 審決が認定した「セミー・モズレー又は同人が設立した会社」が、実質的に同一の主体を指していることは、その記載自体から明らかである。そうすると、審決は、引用商標が一定の何人かの商品の識別標識として周知であると認定しているということができる。この点につき、審決に商標法4条1項10号の解釈適用の誤りはない。
 原告の主張は、採用することができない。
イ. 原告は、商標法50条を挙げ、商標法4条1項10号が適用されるためには、当該商標が継続して適法に使用されていることを要件とすべきである、と主張する。
 しかし、商標法50条は、商標の不使用による取消しに関する規定であって、商標の不登録事由について定めた商標法4条1項10号とは直接の関係がない規定であるから、商標法50条の要件が、そのまま商標法4条1項10号の適用の要件となるものでないことは、明らかとうべきである。
 原告は、未登録商標が商標法4条1項10号による保護を受けるためには、当該未登録商標が、後に出願された商標の出願時及び登録査定時の二つの時点において周知であることが証明されることが必要であるのに、本件において、被告が提出した証拠は、そのほとんどが本件商標の出願日以降に出されたものであるから出願日における周知性の立証についての証拠価値がなく、登録査定日における周知性の立証についての証拠価値がなく、登録査定日における周知性についてもこれを立証するに足りるものではない、と主張する。
 しかし、証拠及び弁論の全趣旨によれば、審決書12頁15行ないし13頁31行に記載されたとおりの認定事実、即ち、要約すると、@セミー・モズレーは昭和28年(1953年)ころから、アメリカ合衆国において、エレキ・ギターの製造を始め、その後、モズライト社を設立して、引用商標が付されたエレキ・ギターの製造販売をするようになったこと、A我が国において、引用商標が付されたモズライト・ギターは、昭和40年ころから、輸入販売されるようになったこと、B人気ロックグループであるザ・ベンチャーズが昭和40年に来日してモズライト・ギターを使用したこと、Cそのころ、寺内タケシ、加山雄三といった、我が国の人気ミュージシャンもモズライト・ギターを演奏にしようしたことなどから、遅くとも、本件商標登録の出願時には、引用商標は、モズライト・ギターの標章として、我が国の取引者・需要者の間でよく知られるようになっていたこと、Dその後も、モズライト・ギターは、モズライト社が倒産するなどしたため、製造が一時中断されたことはあったものの、その後もセミー・モズレーによって、同人が死亡する平成4年(1992)ころまで、継続的に製造され、我が国にも輸出、販売されていたこと、Eその後も、最近に至るまで、加山雄三や寺内タケシは、モズライト・ギターを使用して演奏活動を続けていること、F我が国には、現在でも、モズライト・ギターの愛好者が多数存在し、モズライト・ギターの中古品は、市場において高い価格で取引されていること、が認められ、これらの事実によれば、引用商標は、本件商標登録の出願事にはセミー・モズレー又は同人が設立した会社が製造するエレキ・ギター(モズライト・ギター)を表示するものとして、需要者の間に広く認識されており、そのことは本件商標の登録査定時においても変わらなかったものということができ、以上の認定判断を覆すに足りる主張、立証はない。
 上記の各証拠は、原告が主張するとおり、ほとんどが、本件商標の登録出願及び登録時以降に発行された雑誌等である。しかし、証拠の記載内容によっては、その証拠から作成時期より前の事実を認定し得ることは、論ずるまでもなく明らかである。原告の主張は、証拠の記載内容のいかんにかかわらず、その作成日付以前の事実を認定することは一切できないと主張するに等しいものであり、失当である。
 原告は、上記の各証拠からは、引用商標の使用期間、使用方法や態様、同商標を使用したエレキ・ギターの製作、輸入又は販売地域、広告宣伝の内容や回数が明らかにされていないから、これらの証拠により引用商標の周知性を認めることはできないと主張する。しかし、引用商標の使用期間,使用方法,態様については、上記認定したところから明らかである。また,ある商標の周知性に関し,原告が主張するとおり,その商標を使用した商品等の製作,輸入又は販売数量,販売地域,広告宣伝の内容や回数が明らかにされることが,周知性の認定判断にとって有効であることは,その限りにおいて正しいといえるものの,これらの事実が認定されなければ,周知性を認定することが一切許されないとする根拠はないというべきである。本件においては,上記の各証拠等は,周知性を認めるに十分である。
 原告の上記主張は,いずれも採用することができない。
2 商標法46条の解釈適用の誤りについて
原告は,商標法46条に基づく無効審判請求は,商標登録の無効を求めるについて法律上正当な利益を有するものに限り行うことができ,商標法4条1項10号に該当することを理由に商標登録の無効を主張する法律上の利益を有するのは,当該未登録周知商標の使用主(本件ではセミー・モズレー又は,同人が設立した会社)だけであると主張する。
しかし,商標法の規定中には,商標法4条1項10号によって守るべき利益の主体を当該未登録周知商標の使用主に限るとするなど,同号を理由とする無効主張の主体を制限する趣旨の文言はないこと(同項8号の括弧書きが,「その他人の承諾を得ているものを除く。」として除外事由を設けていること,参照)を前提に,同号に違反する商標の使用が一般に与える影響を考慮すると,原告の主張するように限定解釈すべき根拠はないものというべきである。
被告が本件商標登録の無効を主張することは許されない,との原告の主張は採用することができない。
3 商標法47条の解釈適用の誤りについて
(1) 原告は,我が国において,昭和44年(1969年)7月以降は,引用商標を付したエレキ・ギターが1本も出回らなくなったから,それから10年以上経過した本件商標の登録査定時において,存在しない引用商標を付したエレキ・ギターと,本件商標を付したエレキ・ギターとが出所の混同を生じるはずがなく、原告に「不正競争の目的」が存在しないことは明白である、と主張する。
 しかし、モズライト・ギターは、モズライト社が倒産するなどしたため、製造が一時中断されたことはあったものの、その後もセミー・モズレーによって、同人が死亡する平成4年(1992年)ころまで、継続的に製造され、現在でも、モズライト・ギターの中古品は、市場において高い価格で取引されていることは前記認定のとおりであり、昭和44年(1969年)7月以降は、我が国において引用商標を付したエレキ・ギターが一本も出回らなくなったということはできない。原告が不正競争の目的を有しないとの上記主張は、その前提において誤っており、採用することができない。
(2) 原告は、本件商標は、登録されてから本件審判請求まで20年以上が経過しているから、被告は、本件商標登録を無効とすることについて審判を請求することはできない、と主張する。
 しかし、前記1(7)で認定した事実及び証拠並びに弁論の全趣旨によれば、本件商標の出願人である佐藤尚武は、引用商標が周知であることを知りながらこれと類似する本件商標の登録出願をしたものであって、不正競争の目的を有していたこと、原告も、引用商標が周知であることを知りながら、昭和52年に本件商標の出願にかかる権利を買い受け、その製造販売にかかるエレキ・ギターに引用商標等を付し、原告の名前を出さずにジャパンモズライト有限会社という架空の会社の名前を用いて販売するなどして、その製造販売に係るエレキ・ギターがモズライト・ギターの単なる複製品ではなく、セミー・モズレー又は同人が設立した会社と何らかの関係があるとの誤認を生じさせる方法で販売していたものであることが認められ、上記認定によれば、審決の述べるとおり、原告は、本件商標の登録査定時において、不正競争の目的を有していたということができる。
 商標法47条は、明文の規定により、不正競争の目的で商標登録を受けた場合においては、同条の5年間の除斥期間は適用されないとしているから、上記のとおり出願時の出願人である佐藤尚武にも登録時の出願人である原告にも不正競争の目的が認められる本件においては、同条の5年間の除斥期間は適用されないことが明らかである。
 原告の主張は、商標法47条の明文の規定に反するものであり、採用することができない。
4 権利の濫用について
 原告は、被告は、他人の周知商標であると主張する引用商標と同一態様の商標につき、自ら商標登録出願を行い、かつ使用し、モズライト・ギターの複製を本物であると偽って我が国において、販売している者であるから、本件商標登録の無効を請求することは、権利の濫用に当たり許されない、と主張する。
 しかしながら、被告が、引用商標と同一態様の商標につき自ら商標登録出願を行い、かつ使用しており、かつ、原告主張のとおり、モズライト。ギターの複製品を本物と偽って販売していることが真実であったとしても、周知商標と類似する本件商標の主体である原告自身が、このことをとらえて、権利の濫用であると主張し、商標登録の無効を免れることは、許されないというべきである。
 原告の主張は、採用することができない。
第6 以上のとおりであるから、原告主張の取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
 

〔最高裁の判断〕

  主  文
 本件上告を棄却する。
 本件を上告審として受理しない。
 上告費用及び申立費用は上告人兼申立人の負担とする。

理  由 
1 上告について
  民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは、民訴法312条1項又は2項所定の場合に限られるところ、本件上告理由は、理由の不備・食違をいうが、その実質は単なる法令違反を主張するものであって、明らかに上記各項に規定する事由に該当しない。
2 上告受理申立てについて
  本件申立ての理由によれば、本件は、民訴法318条1項により受理すべきものとは認められない。
  よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

〔解  説〕

1.「モズライト」といえば、かってフェンダーやギブソンと並んでエレキギターの世界では著名な商標であった。しかし、そのギターの創作者であり命名者であったセミー・モズレー氏が1992年8月に死去した後は、あわれな運命をたどっている。それは、わが国において、かってセミー・モズレー氏のモズライト社と、同社の製造したモズライトギターの「ベンチャーズモデル」を毎月一定量販売することを条件に、「mosrite」の商標を使用することが許諾されたファーストマン楽器製造鰍フ木部分の下請をしていた(有)黒雲製作所が、ファーストマン社倒産の損害を受けたことを奇貸として、「モズライトギター」の製造を見よう見真似で始めたのが事の発端であり、かたち作って魂を入れない所業が今日まで続いている。
しかし、同社は運良く(?)、同社の所業を知った他人が不正競争の目的をもって出願していた「Mマークmosrite」の商標を買取らされ、それが登録されたことから、大手を振ってモズライトギターの販売を始めるようになった。しかし、それを購入したモズライトファンからは品質の悪さで苦情が絶えなかったことは、裁判所に証拠として提出された多くのファンからの書翰によって明らかにされている。
2.ところで、特許庁において、商標法4条1項10号(他人の周知商標)に違反して登録されたことを理由に、登録無効の審決がなされた黒雲の「Mマーク mosrite」は、同社が請求した東京高裁への審決取消訴訟においても、その登録無効の審決は覆ることなく承認された。これに対し同社は、一応、最高裁に上告受理の申立をした。しかし、最高裁は上告を棄却しかつ不受理の決定をしたのである。これによって、特許庁による本件登録商標に対する「無効」の審決が確定したことになったから、本件商標権はその設定登録日の昭和55年5月30日に遡及して消滅したのである。最高裁の判決日は平成15年5月30日であったから、奇しくもちょうど23年後に当たる日に判決が出たことになる。これによって、黒雲は何人に対してももはや権利行使をすることは全く不可能となった。
  したがって、フィルモアは商標"Mマークmosrite"を自由に使用することができるから、こんごは品質の勝負となろう。モズライトファンは、モズライトギターを購入するに際し、よく注意しなければならないことになる。
  それにしても、法治国家においては、法的正義を実現するために、いくつかの煩雑な手続をとらなければならない不便さがあり、当事者はいらいらすることが多いけれども、これも民主主義のルールと割り切らなければならない。フィルモア(遊佐典之)にとっては5年越しの紛争をようやく解決したことになるが、代理人としては、その不屈の精神を讃えるとともにいい仕事をさせてもらったという満足感を味わっていることに感謝している。フィルモアと遊佐典之さんのこんごの成功を祈念したい。
セミー・モズレー氏の技術を伝承し、それも1963〜1965年のベンチャーズモデルのサウンドを基本にさらにその技術力を高めている遊佐典之さんの夢は、国の内外にもっと広がっている。興味ある方は一ど三鷹にある同氏の店を訪ねてみるとよい。http://www.mosrite.co.jp

[牛木理一]