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登録商標「ダリDARI」無効審決取消請求事件:東京高裁平成13年(行ケ)443号平成14年7月31日判決(13民)〈認容・審決取消〉

〔キーワード〕 
著名死者、サルバドール・ダリ(Salvador Dali)、略称、公序良俗

 

〔事  実〕


原告(請求人)のオランダ国アムステルダム市のテマート・プロ・アルト・ベー・ヴィは、名古屋市の有限会社野乃川商事が有する商標登録第3370476号に係る本件商標「ダリDARI」に対し、原告が有する商標登録第2583183号に係る引用商標と類似する他、商標法4条1項7号、同15号に該当するとして、登録無効審判を請求した。
 これに対し特許庁は、次の理由によって、原告の請求をいずれも成り立たないと審決した。

〔審   決〕


 
(1) 商標法4条1項7号について
 請求人の提出した甲第2号証及び甲第3号証に徴すれば、「Salvador Dali」(サルバドール・ダリ)が、スペインの有名な画家であり、我が国においても広く知られていることは認め得る。
 本件商標をみると、本件商標は、「ダリ」、「DARI」の文字よりなる。
 本件商標の英文字部分は「DARI」であって、前記した氏の部分「Dali」とは綴りが相違し、片仮名文字部分も「DARI」の欧文字の読みを、単に、特定したものとしか認識、理解しえないものというのが相当である。
 してみれば、本件商標は造語よりなるものと理解され、本件商標に接する取引者、需要者が、画家である「Salvador Dali」(サルバドールダリ)を想起するとは言い難い。
 そうとすれば、本件商標は、前記した画家の遺族の名誉を毀損するものとはいえないし、本件商標をその指定商品に使用することが国際信義や商道徳に反するものとはいえないから、公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標ということはできない。
(2) 商標法4条1項11号について
 本件商標は、その構成文字に相応し「ダリ」の称呼を生じること明らかである。
 他方、引用商標は前記したとおりの構成よりなるところ、引用商標は、「Salvador Dali」の欧文字を筆記体風に表示したものと認識、理解される。
 その構成各文字は、外観上、まとまりよく一体のものとして表示されているばかりでなく、これより生ずると認められる「サルバドールダリ」の称呼も格別冗長ということもなく、淀みなく一連に称呼し得るものであり、他に構成中の「Dali」の文字部分のみが独立して認識されるとみるべき特段の事情は見出せない。
 そうとすれば、引用商標は、その構成文字に相応して「サルバドールダリ」の称呼のみを生ずるものというのが相当である。
 してみれば、本件商標より生ずる「ダリ」の称呼と引用商標より生ずる「サルバドールダリ」の称呼とは、「サルバドール」の音の有無という明らかな差異を有するものであるから、充分聴別し得る。
 また、本件商標を構成する「ダリ」、「DARI」の文字は特定の意味を有しない造語と認められるのに対し、引用商標を構成する「Salvadore Dali」の文字よりは、スペインの有名な画家「サルバドール・ダリ」を表すものであるから、両者は観念については比較することはできない。
 さらに、両商標は、外観においても互いに区別し得る。
 してみれば、本件商標と引用商標とは、その称呼、外観及び観念のいずれの点においても非類似の商標といわざるを得ない。
(3) 商標法4条1項15号について
 被請求人の提出した甲各号証をみるに、引用商標を商品「香水」に使用していることは認め得るとしても、単に「ダリ」の標章を使用し著名であるという証左は認められないばかりでなく、前記したとおり、本件商標と引用商標とは非類似の商標であり、別異のものと認識、看取されるものであるから、本件商標をその指定商品に使用した場合、請求人又は請求人と何らかの経済的な関係にある者の業務に係る商品であると認識し、商品の出所について混同を生ずるおそれのあるものということはできない。
 したがって、本件商標は、商標法4条1項7号、同11号及び15号に違反して登録されたものでないから、同法46条1項の規定により、その登録を無効とすべきでない。

 

〔判  断〕


 
1.取消事由1(商標法4条1項7号該当性の認定判断の誤り)について
(1) 本件商標は、別紙目録(1)記載のとおりの構成からなり、指定商品を商標法施行令別表の区分による第3類「せっけん類、香料類、化粧品、かつら装着用接着剤、つけづめ、つけまつ毛、つけまつ毛用接着剤、歯磨き、家庭用帯電防止剤、家庭用脱脂剤、さび除去剤、染み抜きベンジン、洗濯用漂白剤、洗濯用でん粉のり、洗濯用ふのり、つや出し剤、研磨紙、研磨布、研磨用砂、人造軽石、つや出し紙、つや出し布、靴クリーム、靴墨、塗料用剥離剤」として、平成6年12月1日に登録出願し、平成10年7月23日の登録査定を経て、同年10月16日に設定の登録がされたものである。

(2)本件商標は、いずれも横書きした「ダリ」、「DARI」の文字を上下2段に配してなり、構成中の「ダリ」の片仮名文字部分は「DARI」の欧文字に相応する表音「ダリ」を「DARI」の上部に表記したものであることが認められるところ、原告は、「ダリ」が故サルバドール・ダリの著名な略称であると主張するので、この点について検討する。
 「広辞苑第四版」(平成3年11月15日株式会社岩波書店発行、甲第2号証)には、「ダリ【Salvador Dali】」の見出し語の下に「スペイン、カタルニア生れの超現実派の画家。異常な幻覚を緻密な古典的手法で描く。商業美術にも活躍」と記載されている。
 平成元年1月24日付の朝日新聞には、サルバドール・ダリが同月23日に死亡したことについて記事が2件掲載されているが、1件は「シュールレアリスム巨匠ダリ死去」の見出し、同人の顔写真、5段の本文から成り、同人がシュールレアリスム絵画の第一人者であり、文字盤が曲がった時計「記憶の固執」など、幻想的な情景を極めて精緻に描いて、独特の境地を開いたこと、ピカソ亡き後今世紀(注、20世紀)最大の画家ともいわれることを紹介するものであり、社会面に掲載された他の1件は、「独自の世界奇行が彩り」の見出し、作品と一緒に撮影されたサルバドール・ダリの写真、4段の本文から成り、同人の業績、作品をその奇行とともに紹介するものである。同日付けの読売新聞にも、同様に同人の死亡及び略歴を伝える記事(「超現実派の巨匠ダリ死去」の見出し、顔写真、4段の本文から成る。甲第5号証)と、社会面には、同人の業績、作品をその奇行とともに紹介する記事(「『私は天才』奇行も数々」の見出し、作品の写真、夫人と一緒に撮影されたスナップ写真、4段の本文から成る。)が掲載され、同日付けの日本経済新聞(「ダリ氏死去」の見出し、作品の写真、顔写真、5段の本文から成る。)、産経新聞(「ダリ氏が死去」の見出し、顔写真、7段の本文から成る。)及び東京新聞(「幻想の画家ダリ逝く」の見出し、顔写真、7段の本文から成る。)にも、同人の顔写真とともにその死亡及び画家としての業績等を紹介する記事が掲載された。
 平成6年6月17日付の日本経済新聞には、ソニー・クリエイティブプロダクツがサルバドール・ダリに関する商品化権を獲得したことについての記事が掲載されているが、同記事は、「ダリの絵画や写真 商品化権を獲得」との見出し、3段の本文から成り、上記商品化権獲得の事実とともに、サルバドール・ダリを画家としてだけではなく、建築、舞台装置、ファッションデザイナーなど様々な分野で活躍し、作品を残していることを紹介するものである。
 上記認定の事実によれば、故サルバドール・ダリは、スペイン生れの超現実派(シュールレアリスム)の第一人者の画家として世界的に著名な存在であり、平成元年1月23日に死亡したが、その死亡時から本件商標の登録出願時(平成6年12月1日)にかけて、我が国でも、上記超現実派の画家としての業績のほか、その奇行などからも、著名な存在であったことが明らかである。そして、故サルバドール・ダリが、上記のとおり、「広辞苑第四版」には、「ダリ」の見出し語で表示され、上記新聞記事の見出しにおいては、いずれも「ダリ」と表示されていることからすれば、「ダリ」は同人の略称として、著名であったと認めることができ、その後、本件商標の登録査定時(平成10年7月23日)までの間に、その著名性が減少したことをうかがわせる証拠は全くない。

(3) 本件商標から「ダリ」の称呼が生ずることは当事者間に争いがなく、本件商標の上記構成に照らせば、「ダリ」以外の称呼は生じないものと認めることができる。また、本件商標は、別紙目録(1)記載のとおり、「ダリ」及び「DARI」を通常の書体で横書きしたものを、「ダリ」の片仮名部分を「DARI」の欧文字部分の上部に表記したにすぎないものであり、本件商標は、その外観自体は特段の印象を与えるものではない。そして、構成中の「ダリ」の片仮名文字部分は、上記認定の故サルバドール・ダリの略称として著名である「ダリ」と同一であり、同部分からは故サルバドール・ダリの観念を生ずるものと認めるのが相当である。
 被告は、上記欧文字部分は、「DARI」であって、「Salvador Dali」の氏の部分「Dali」とは綴りが相違し、その略称とはなっておらず、上段の片仮名文字部分は、下段の「DARI」部分の読みを特定した「ダリ」からなり、上下2段を分離して観察する理由は存在しないから、本件商標は、造語であって、本件商標に接した需要者が画家サルバドール・ダリと何らかの関係があると関連付けて認識することはあり得ない旨主張する。
しかし、日本語においては、「ラ」行の音は1種類しかないため、日本語を母国語とする者にとっては、「R」の音と「L」の音を区別することが難しく、このため、欧文字を使用する言語において「R」と「L」の綴りを区別することが必ずしも容易ではないことは当裁判所に顕著である。加えて、上記(2)の認定からも明らかなとおり、サルバドール・ダリは、我が国では、一般に「サルバドール・ダリ」ないし「ダリ」と表記され、「Salvador Dali」ないし「Dali」と欧文字表記されることは少ないことにかんがみると、本件商標に接した指定商品の取引者、需要者において、本件商標の構成部分である「DARI」は「Salvador Dali」の氏の部分「Dali」と綴りが相違することを特に認識するものとは認め難く、被告の上記主張は採用することができない。
 また、上記のとおり、本件商標は、「ダリ」の称呼のみを生じ、外観自体は特段の印象を与えるものではないところ、本件商標の登録査定時において、「ダリ」は故サルバドール・ダリの略称として著名であり、「ダリ」の称呼からは、このほかに一般に知られた対応する言葉は存在しない。なお、「広辞苑第四版」には、「ダリ」と同一の表音を有する見出し語として唯一「ダリ」が収載され、その解説には「近世、かごかきや馬方の隠語で、四のこと」とあるが、これが一般に知られた言葉ではないことは、当裁判所に顕著である。そうすると、本件商標からは、「ダリ」の称呼のみを生じ、故サルバドール・ダリの略称としての観念を生ずるものと認めるのが相当である。

(4) 被告は、被告のグループ会社である株式会社ダリヤがダリヤ商標及びDARIYA商標を長年にわたりハウスマークとして使用し、これらの商標は周知商標となっているところ、これらの商標の構成部分である末尾の「ヤ」及び「YA」が屋号を表示する「屋」につながることから、これらの商標との関係で、本件商標を採択したものである旨主張する。そして、証拠によれば、被告は、ダリヤ商標、すなわち、別紙目録(3)記載のとおりの構成からなり、指定商品を旧商標法施行規則(大正10年農商務省令第36号)15条に規定する商品類別の区分による第3類「クリーム、ポマード、其他本類ニ属スル商品」とする商標登録第370619号商標(昭和21年10月15日登録出願、昭和23年1月8日設定登録)及びDARIYA商標、すなわち、別紙目録(4)記載のとおりの構成からなり、指定商品を平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令別表の区分による第4類「石鹸類(薬剤に属するものを除く)歯みがき、化粧品(薬剤に属するものを除く)香料類」とする商標登録第2179129号商標(昭和62年1月28日登録出願、平成元年10月31日設定登録)の商標権者であること、株式会社ダリヤは、被告のグループ会社であり、昭和25年11月に設立されて以降、本件商標の指定商品である化粧品等を製造販売していることが認められる。
 しかし、株式会社ダリヤの社名は、設立時の「ダリヤ商事株式会社」から昭和33年12月に「ダリヤ工業株式会社」と、昭和40年9月に「株式会社ミスダリヤ」と、昭和43年1月に「株式会社ダリヤ」と順次変更したが(乙第1号証の2)、一貫して「ダリヤ」の文字が含まれていること、被告は本件商標の登録出願時(平成6年12月1日)までにダリヤ商標の商標権を46年余、DARIYA商標の商標権を5年余にわたって保有しており、現に、上記登録出願後の平成14年1月作成に係る株式会社ダリヤの同年春用総合カタログ及びこれに所載されている化粧品等にも「ダリヤ」の片仮名文字を横書きにした商標及びDARIYA商標が使用されていること、株式会社ダリヤにおいて、これらの商標のように、「ダリヤ」ないし「DARIYA」の構成文字を一体として使用することなく、「ダリヤ」を「ダリ」の部分と「ヤ」の部分に分離したり、「DARIYA」を「DARI」の部分と「YA」の部分に分離した構成からなる商標等を使用した事実を認めるに足りる証拠は全くないことなどを併せ考えると、屋号を表示する「屋」につながるとしてダリヤ商標及びDARIYA商標の末尾の「ヤ」及び「YA」の文字を除外した構成からなる本件商標を採択したとする被告の主張は、それ自体、甚だ不自然というほかはない。そして、他に合理的に説明し得る特段の事情について主張立証のない本件においては、本件商標の登録出願は、世界的に著名な故サルバドール・ダリの著名な略称の名声に便乗する意図に出たものと見られてもやむを得ないというべきである。

(5) 以上に検討したところによれば、本件商標は、その構成に照らし、指定商品の取引者、需要者に故サルバドール・ダリを想起させるものと認められるところ、同人は、生前、スペイン生れの超現実派(シュールレアリスム)の第一人者の画家として世界的に著名な存在であり、その死後、本件商標の登録査定時である平成10年7月23日当時においても、「ダリ」はその著名な略称であったのであるから、遺族等の承諾を得ることなく本件商標を指定商品について登録することは、世界的に著名な死者の著名な略称の名声に便乗し、指定商品についての使用の独占をもたらすことになり、故人の名声、名誉を傷つけるおそれがあるばかりでなく、公正な取引秩序を乱し、ひいては国際信義に反するものとして、公の秩序又は善良の風俗を害するものといわざるを得ない。
 そうすると、本件商標が、公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標ということはできず、その商標登録は商標法4条1項7号に違反してされたものとはいえないとした審決の認定判断は、誤りというべきである。

〔研  究〕

1.この事件の判決において注目されるのは、世界的に著名な画家のサルバドール・ダリのサインを登録したものと思われる引用商標と類似として無効の判断をしたのではなく、ダリという著名死者の名前を想起させるものだから、「世界的に著名な死者の著名な略称の名声に便乗し、指定商品についての使用の独占をもたらすことになる」と認定し、これは「国際信義に反する」から、公序良俗を害するものといえると判断したことである。
 筆者としては、著名死者の名前に対しても、商標法4条1項8号の適用があってよいのではないかと解しているが、特許庁は、伝統的に審査基準として、この規定の適用は生者に限り死者は含まれないとしているから、原告もそれを主張せず、かえって同条項7号の適用を主張したのであり、裁判所もその主張を決めたことは妥当といえよう。
 しかし、考え方としては、8号の規定の適用を認めることの方が、パブリシティの権利を本来有する有名人の保護にとっては妥当というべきである。けだし、そのような人物は顧客吸引力となるPublicity Valueを本質的に有しており、無体財産権を保持する商標法の目的に適合するからである。
2.なお、この問題を取り扱った拙稿としては、次の2つの論文と1つ著書があるので、参照されたい。
@「商標法における著名死者の保護」
   工業所有権法研究1989年5月号
A「パブリシティの権利の肖像権」
 工業所有権法研究1990年4月号
B『キャラクター戦略と商品化権』
 400頁以下(2000年発明協会)

[牛木理一]