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登録商標「MOSRITE」不正使用取消審決取消請求事件:最高平成13年(行ヒ)7号平成14年9月17日判決<原判決破棄、差戻し>

〔キーワード〕 


登録商標の不正使用、故意、商品の混同、職権審理

〔事  実〕


 

 遊佐典之(請求人)は、(有)黒雲製作所(被請求人)が有する登録商標第1419427号に係る「Mマークmosrite」(本件商標)に対し、同社がこの登録商標に「of California」(筆記体)の標章を付記してエレキギターに使用(使用商標)したことは、セミー・モズレー又は彼の会社が製造・販売していた「モズライトギター」や、フィルモア(遊佐典之)が米国カリフォルニア州ハリウッドで製作委託して輸入販売していた「モズライトギター」と、同一商標を故意に使用して、他人の業務に係る商品と混同を生ずるものをしたことを理由に、商標法51条1項に基く不正使用による商標登録の取消審判を平成10年5月7日に特許庁に請求した。
 これに対し、平成11年9月8日、特許庁は次のように判断して請求認容の審決をし、前記登録商標の登録を取り消したのである。

 

〔審決の理由〕


 

1.商標法第51条による取消審判について
 商標法第51条による取消審判は、商標権者が故意に指定商品(指定役務)についての登録商標に類似する商品の使用又は指定商品(指定役務)に類似する商品(役務)についての登録商標若しくはこれに類似する商標の使用をして一般公衆を害したような場合についての制裁規定である。すなわち、商標権者が上記した商標の使用により商品の品質(役務の質)の誤認又は商品(役務)の出所の混同を生ずるおそれがあるものの使用を故意にしたとき、何人も本審判を請求することにより、商標登録を取り消すことができることとしたものである。この規定の趣旨は、商標の不当な使用によって一般公衆の利益が害されるような事態を防止し、かつ、そのような場合に当該商標権者に制裁を課すものである。
2.そこで、上記見地に立って、本件商標につき商標法第51条に定める商標登録を取り消す事由が存するか否かについて検討する。
 当事者の主張の趣旨及び甲第7号証(「ザ・ベンチャーズ−結成から現在まで」1995年(株)河出書房新社発行)、甲第8号証(ファーストマン楽器製造(株)1968年発行「mosrite」ギターの商品カタログ)、甲第13号証(商標登録第736316号商標公報)、乙第1号証(商標登録第736316号商標登録原簿)、甲第40号証(乙第4号証、月刊音楽専門誌「PLAYER」1992年8月号掲載の「モズライトギター」40周年記念モデルの広告)、甲第45号証(ユニファイド・サウンド・アソシエーション・インクの副社長からの1992年8月18日付文書、同文書添付の覚書)、甲第54号証(リュートミュージック・ムック第2号1993年3月10日発行、ファーストマン楽器製造株式会社社長森岡一夫氏へのインタビュー記事)によると、次の事実が認められる。
(1) 「MOSRITE」ギターについて
(ア)セミー・モズレー(Semie Moseley)は、1952年カリフォルニア州ベーカーズフィールドで宣教師のレイ・ボートライト(Ley Bootrite)の後援を得て独自のエレキギターの製作を開始するためモズライト社(Mosrite Inc.)を創立した(因みに、モズライト社の名称とエレキギターの商標を「MOSRITE」と命名したのは、エレキギターの製作者セミー・モズレーと前記後援者レイ・ボートライトの2人の名前を合体したのが由来である。)。 そして、セミー・モズレーが製作したエレキギターには「Mマークmosrite of California」のロゴ商標が表示されていた。
 「of California」のロゴ(筆記体)は、エレキギター製作者セミー・モズレーによるもので、「Mマークmosrite of California」の標章表示は、セミー・モズレーが1952年にカリフォルニア州ベーカーズフィールドに工房を開設し「モズライト・ギター」の製造を開始した時以来のものである。
(イ) ところで、「ザ・ベンチャーズ(THE VENTURES)」は、1959年秋にボブ・ボーグル(Bob Bogle)とドン・ウィルソン(Don Wilson)が米国ワシントン州シアトルで結成したエレキギターによるロックンロールのグループで、1960年春にはベースギターのノーキー・エドワーズ(Nokie Edwards)とドラムのハウェー・ジョンソン(Howie Johnson)の2人が加わり、4人のグループが結成された。
 1962年に「ザ・ベンチャーズ」のノーキー・エドワーズは、「モズライト・ギター」に出会い、使い始めた。1963年には3人全員が「モズライト」を使い始めたことから、「モズライト・ベンチャーズモデル」が誕生し、モズライト社は工場設備を拡張して大量生産に入った(1963年年間200本、1964年800本、1965年1800本、1966年2100本となった。)1965年ザ・ベンチャーズは、来日講演し、エレキギターの威力とサウンドの魅力を日本人に与え、同時に彼らが手にしている「モズライト・ギター」への憧れを強固なものにした。
(ウ) そして、遅くとも1965年(昭和40年)には「Mマークmosrite of California」の標章表示したセミー・モズレー製作の「モズライト・ギター」は、エレキギターを取り扱う取引者、需要者に周知の標章となっていたものと認められる。
 なお、我が国において、ベンチャーズモスライト・インク(米国カリフォルニア州ハリウッド市ノースランド1215)は、商標「MOSRITE」について第24類「楽器、演奏補助品、その他本類に属する商品」を指定して、1965年(昭和40年)5月8日登録出願し、当該商標は、1967年(昭和42年)3月20日商標登録第736316号として設定登録がされ、1977年(昭和52年)3月20日期間満了により消滅、1979年(昭和54年)9月10日その登録が抹消されている。
(エ) 1965年6月に我が国では飛鳥貿易株式会社が「モズライト・ギター」の輸入を開始した。
 1968年5月には、モズライト社から生産ライセンスを取得したファーストマン社が生産を開始、最初の日本製「モズライト・ギター」が誕生した(その当時、被請求人は木部分の下請をしていた。)その後ファーストマン社は1969年7月に倒産した。
(オ) 米国のモズライト社も1969年7月に1回目の倒産、1970年再建、1973年に2回目の倒産をした。
 1992年4月に米国アーカンソー州ブーンビルにセミー・モズレーらによってユニファイド社が設立された。
(カ) 1992年5月30日請求人は、ユニファイド社(社長セミー・モズレー)に、「モズライト・ギター」の40周年記念モデル(「モズライト・ギター」を1952年にカリフォルニアで製造開始して40周年経過したことによる。)と同一品質のものの製造を依頼する契約を行った。
 契約締結後の1992年5月31日に同工場で40年記念モデルを製造した。しかし、1992年8月7日にセミー・モズレーは死亡した。そして、ユニファイド社は、妻のロレッタ・モズレーが社長となったが、製造技術及び経営能力のなさから、1994年4月に倒産した。
(キ) なお、現在も故セミー・モズレーらにより製作されたビンテージギター(数千本程が存在する。)は、極めて高額(1本百万前後又はそれ以上)で日本国で取引されている。

(2) 被請求人の本件商標取得の経緯
(ア) 被請求人は、1968年ファーストマン社の下請として、本件商標を付したギターを製造、ファーストマン社に納めた。
 ところが、被請求人が本件商標を付したギターを本格的に製造し始めて間もなくして、ファーストマン社が倒産、本家のベンチャーズ―モズライト・インクも倒産したため、被請求人は、売掛金の支払いを受けることができず、かつ、大量の在庫を抱えることとなった。
 そこで、被請求人はやむなく、本件商標を付したギターの在庫の販売を続けたところ、これが好評であり注文が相次いだので、さらにこれらのギターの製造、販売を続けた。
(イ) 被請求人は、本件商標を付したギターの製造、販売を順調に伸ばしていたところ、黒沢商事株式会社から、このままでは被請求人は本件商標の使用ができなくなる、ついては本件商標(出願中)を買い取られたき旨の通告を受けた。
 被請求人は、今後これが使用できなくなっては、その営業に重大な支障をきたすことになるので、1977年(昭和52年)9月に黒沢商事株式会社より本件商標を買い取った。
 当時、本件商標に類似する先登録の商標として商標登録第736316号の商標「MOSRITE」及び商標登録第736317号の商標「VENTURES―MSORITE」が存在していた。この2つの商標は、いずれも、前記ベンチャーズ―モスライト・インクが所有するものであったが、更新登録されず、商標権は期間満了により消滅した。本件商標は、上記のとおり登録障碍事由が解消したため、1980年(昭和55年)5月30日設定登録、その後商標権存続期間の更新登録がされ現在に至っている。
 以上のとおりであり、他にこれを覆すに足りる証拠はない。
(3) 本件商標
 本件商標は、別紙に表示するとおり、左に、外周上に小さな突起のある黒塗りの円形内に白抜きで欧文字の「M」を表示した図形を配し、その右に、「mosrite」の欧文字を横書きしてなるものである。
(4) 被請求人の使用商標
 被請求人の答弁書の記載及び甲第14号証(1990年(平成2年)2月2日の更新登録願書に添付した商品カタログ)、乙第5号証(1990年(平成2年)被請求人ら発行の商品パンフレット)、乙第6号証(1993年(平成5年)頃被請求人ら発行の商品パンフレット)、乙第7号証(1995年(平成7年)頃被請求人ら発行の商品パンフレット)、乙第8号証(被請求人ら発行の現在の商品パンフレット)によれば、被請求人は、1988年(昭和63年)遅くとも1989年(平成1年)初め頃までには、本件商標「Mマークmosrite」の表示のほかに「of California」の表示を付記し、乙第5号証ないし乙第7号証の商品カタログの下部には「ジャパンモズライト(有)」と記載して、被請求人の販売するエレキギター及びその商品カタログに使用し、現在も使用している事実が認められる。
 そして、「of California」の表示を付記している点について、被請求人は、セミー・モズレーが製作した「モズライト・ギター」が米国カリフォルニア州で生まれたので、その出生地の地名をギター本体に飾りとして、セミー
モズレーが1963年ないし1965年に製作した「ベンチャーズ・モデル」といわれる「モズライト・ギター」に付記されているのと同一の書体にて添付してほしいとの被請求人の多数の顧客からの強い要望があり、付記するようになったと述べている。
 以上の認定事実については、被請求人が自認するところである。
(5) 商品の品質の誤認又は出所の混同
 前記(1)(イ)及び(ウ)で認定したとおり「Mマークmosrite of California」の標章表示したセミー・モズレー製作の「モズライト・ギター」は、エレキギターを取り扱う取引者、需要者に周知の標章となっていたものである。
 甲第16号証ないし甲第20号証、甲第27号証ないし甲第30号証、甲第32号証、甲第34号証、甲第37号証及び甲第38号証、甲第47号証(「モズライト・ギター」を購入した者の書簡)、甲第24号証(山田英雄が石橋楽器店に出したE・メール)及び甲第25号証(石橋楽器店が山田英雄に対して出したE・メールの返事)、甲第46号証(石橋楽器店のインターネットによる広告)、甲第48号証(インターネットのホームページに掲載された記事、発信者不明)によれば、エレキギターの取引者、需要者は、「Mマークmosrite」の表示に「of California」(筆記体)の表示を付記した被請求人製作のエレキギターについて、「Mマークmosrite of California」の標章表示したセミー・モズレー製作の「モズライト・ギター」と同様の品質を有するものと誤認していること、しかも、乙第5号証ないし乙第7号証の商品カタログの下部には「ジャパンモズライト(有)」と表示され、セミー・モズレー製作の「モズライト・ギター」に関連する会社であるかのような表示がされていたこと、さらには前記(1)(キ)で認定したとおり、現在も故セミー・モズレーらにより製作された「Mマークmosrite」の表示に「of California」(筆記体)の表示が付記されたビンテージギターが我が国で取引されていることをも併せ考慮すると、「Mマークmosrite」の表示に「of California」(筆記体)の表示を付記した被請求人製作のエレキギターは、セミー・モズレーが製作したエレキギターと同様の品質であるかのように商品の品質について誤認を生じ、又はセミー・モズレー若しくは同人と何らかの関連のある者が製作したものではないかと出所について混同を生じていたものといわなければならない。
 そして、被請求人は、前記(4)で認定したとおり「Mマークmosrite」の表示に「of California」(筆記体)の表示を付記したのは、セミー・モズレーが製作した「モズライト・ギター」が米国カリフォルニア州で生まれたので、その出生地の地名をギター本体に飾りとして、セミー・モズレーが1963年ないし1965年に製作した「ベンチャーズ・モデル」といわれる「モズライト・ギター」に付記されているのと同一の書体にて添付してほしいとの被請求人の多数の顧客からの強い要望があり、付記するようになったと述べていることから、被請求人が「of California」(筆記体)の表示した意図は、セミー・モズレーが製作したエレキギターに表示されていた「Mマークmosrite of California」の商標が周知のものであり、「of California」書体についてセミー・モズレーの筆記に倣って表示を行ったことは明らかである。そうすると、被請求人は、自己が製作したエレキギターに「of California」の表示をすることにより、商品の品質の誤認又は出所の混同が生ずるという結果について認識があったというべきであって、被請求人の上記行為については「故意」があったものといわざるを得ない。
 してみれば、本件商標の商標権者である被請求人は、本件商標「Mマークmosrite」の表示に、故意に「of California」(筆記体)の表示を付記した本件商標に類似する商標を、その指定商品「エレキギター」について使用することにより、商品の品質について誤認を生じ、又は他人の業務に係る商品と混同を生ずるものをしたものである。
3.被請求人は、「本件商標『Mマークmosrite』は、我が国において被請求人が所有登録するものとして周知となっているから、『of California』の表示を看て商品の品質について誤認を生ずることはない」旨主張する。 しかしながら、被請求人提出の証拠を精査するも、本件商標が被請求人の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されているに足りる証左は見出すことはできない。却って、甲第7号証によると、セミー・モズレーが製作した「モズライト・ギター」が前記した「ザ・ベンチャーズ」によりエレキギターの需要者の間に広く認識されるに至った事実が認められる。したがって、請求人の主張は採用できない。
 また、証人椎野秀聰の証言によれば、「of California」の表示は、「カリフォルニア・サウンド」即ち「カリフォルニアの乾いた音」の意味合いに認識されている旨述べるが、一般に米国風の音楽において「California」の表示について証人の証言のような意味合いがあるとしても、被請求人は、セミー・モズレーが製作した「モズライト・ギター」が米国カリフォルニア州で生まれたので、その出生地の地名をギター本体に飾りとして、セミー・モズレーが1963年ないし1965年に製作した「ベンチャーズ・モデル」といわれる「モズライト・ギター」に付記されているのと同一の書体にて添付してほしいとの被請求人の多数の顧客からの強い要望があり、付記するようになったと述べていることからすると、エレキギターに「Mマークmosrite」の表示に「of California」(筆記体)の表示を付記した本件の場合においては、前記2(5)で認定したとおりセミー・モズレーの筆記に倣って表示を行ったものであって、これに反する証人椎野秀聰の証言は、採用することはできない。
4.結び 以上のとおりであって、本件商標の商標権者である被請求人が故意に本件商標に類似する商標を使用し、商品の品質の誤認又は他人の業務に係る商品と混同を生ずるものをしたものであるから、商標法第51条第1項の規定により、本件商標の登録は、取消を免れない。

〔東京高裁の判断/平成12年10月12日判決〕
 前記審決に対して不服の被請求人(原告)は、東京高裁に審決取消の請求をしたところ、高裁はその請求を認容し、前記取消審決を取り消す判決をした。
 そこで、請求人(被告)はその判決を不服として、平成12年12月18日、最高裁に上告受理申立て理由書を提出して上告したのである。
 
〔最高裁への上告受理申立て書から〕
第1.特許庁の審判における審理についての法令解釈の誤り(総論)
1.職権審理に基く審決
 審判手続が法令に違反し、その違反の瑕疵が審決の結論に影響を及ぼす場合は、審決そのものが違法であるとして取り消されることは当然である。
 しかしながら、原判決のように、本件審決が商品の品質の誤認又は出所の混同を生じていたものと判断したことは「請求人である被告が主張した審判請求の理由以外の理由について認定、判断をした瑕疵がある」と認定し、審決取り消しの理由の一つとしたことは失当である。けだし、申立人(審判請求人被告)は、相手方(審判被請求人原告)の使用商標は、米国カリフォルニア州のスガイ社が製造し被告が独占的に輸入してわが国で販売する「モズライト」ギターに表示されている商標と誤認、混同を起していることだけを主張していたのではない。「Mマークmosrite」の構成態様から成る本件商標に「of California」の表示を付記した「モズライト」ギターは、「モズライト」ギターの発明者で、そのギターの商標を「MOSRITE」と命名したセミー・モズレー又は彼の関係会社が製造し、わが国に大量に輸入されているものであるから、そのような「モズライト」ギターとの誤認、混同を起していることも主張し立証しているからである。そして、本件審判における事実認定と判断は、真実発見のための職権審理の成果であり、申立人の主張と証拠の中から、最も取り消しに価する理由を見出して審決したものといえるのである。
 審判においては、当事者が申し立てない理由についても審理することができる(商標56条、特153条1項)とされているほどであるから、まして申立人が主張している事実関係の中から、有利と考えられる理由が発見されたときは、それを採用して結論を導き出すことは職権審理主義をとる審判にあっては許される行為といわれるべきである。のみならず、本件は商標法51条1項という公益性の強い規定の適用をめぐる事件であることも考慮されている。 本件審判においては、商標「MOSRITE」の由来(審決理由の要点(1)−2−1〜5)についての申立人主張の中には、本件商標とその付記表示との経過をすべて明らかにしているのであり、相手方の不正使用行為は正にここに由来するのである。
 次に挙げる東京高裁の判決は、特許庁の審判における職権審理の意義を判示した事案である。
 東京高裁平成12年(行ケ)71号平成12年9月6日判決(知的所有権判決速報平成12年12月20日発行NO305「9633」)は、次のように判示して、特許庁の審判における職権審理の正当性を認めている。
 「商標登録無効審判手続においては、不答弁ないし不出頭に係る擬制自白の規定(民事訴訟法159条)も準用されていない(商標法56条1項、特許法151条〜153条)以上、被告(被請求人)が答弁をしなかったとしても、審判手続上、原告(請求人)の主張する商標登録の無効理由の判断が不要となるものではない。殊に、原告(請求人)の主張している商標登録の無効理由が商標法4条1項11号に該当するというものであれば、同号に定める類似の有無の判断は、法的判断事項に属するから、審判官がそれについて実質的に判断しなければならないことは当然であって、同号の該当性について実質的な審理判断を行った審決に違法はない。
 審決中には、職権審理を行う理由を説明する部分があるが、請求人による無効理由の主張立証がなされている以上、その当否の判断を行うことは職権探知主義とは直接関係のないことであって、その部分の説示は不適切であるものの、実質的な審理判断を行う必要があることを述べているにすぎないから、違法とすべき誤りとはいえない。また、審決は、原告(請求人)の主張に係る無効理由(引用商標との類似)について、職権証拠調べ等による新たな証拠を援用して判断したものでもないから、原告(請求人)に再反論の機会を与えることなく判断したとしても、何ら違法ということはできない。」
 右事件は、特許庁審判において被請求人が全く答弁書を提出しないままで審決がなされた事案であるが、それでも職権審理の適法性を認めたのである。
2.職権探知と事実認定
 右の判決例は、本件の場合と事案内容は異なるものの、特許庁の審判における職権審理のあり方について判示した意義を考えるならば、本件審決にあっては、申立人が特許庁の審判事件において審判請求書及び弁駁書で主張し立証した全ての事実の中から、肯首できる事実を選定してなされたものといえるのであり、まして想像に基いてなされたものでない以上、右判決例と共通の考え方で判決されて然るべきであろうと考えるものである。
 右判決例は、被告が審判時に答弁書すら提出せず放置していたにもかかわらず、審判ではその自白状態にある被告の意思を無視し、職権探知の原則に基いて、認定、判断したほどであるのだから、本件申立人が審判において種々の事実関係を主張し立証した理由の中から妥当な事実を認定し、それを理由として判断した審決には決して瑕疵がある とはいえないのである。
 にもかかわらず、原判決は、審決理由の要点(1)−4の部分のみを捕らえて、「審決は、スガイ社が製造し被告が独占的に輸入し我が国で販売するエレキギターと誤認混同しているとの被告の審判における主張事実について認定することなく(スガイ社がセミー・モズレーと何らかの関連のある者であるとの認定もない。)、上記の認定、判断をするに至っており、そこには、請求人である被告が主張した審判請求の理由以外の理由について認定、判断をした瑕疵があるといわざるを得ない。」と認定したことは、経験則上、重要な事実に関する誤認があるといわねばならない。
 審決理由の要点(3)−2以下において審決が認定している事実は、すべて申立人が審判請求書及び弁駁書において主張し立証している事実に基くものであり、想像に基くものではない。
3.申立人の立場
 「モズライト」ギターの発明者であり商標命名者であるセミー・モズレーとスガイ社とは、「モズライト」ギターの製作技術とその品質維持については、申立人遊佐典之をはさんで間接的にではあるが事実上1本の太い糸で結ばれていたといえるのである。これに対して、セミー・モズレーと相手方とは、事実上1本の糸で結ばれていたことは全くないばかりか、相手方はセミー・モズレーから長年「ブラックスパイダー」と呼ばれ、警告の対象になっていたのである。
 申立人自身は、その楽器店「フィルモア」を1976年(昭和51年)5月に開設以来、セミー・モズレー又は彼の関係会社が製作した「モズライト」ギターの「ベンチャーズモデル(THE VENTURES Model)」の中古品(オールド)や復刻品(ニュー)を輸入して販売していたし、セミー・モズレーとは米国においてまた日本国内(自店)において何回も会っているし、文通もしていたし、「モズライト」ギターのベンチャーズモデルの構造、製作組立て技術は全部マスターしていたからこそ、セミー・モズレーに乞われて1992年5月に渡米し、アーカンソー州ブーンビルのセミー・モズレーのユニファイド社の工場において、村おこしのために集められた素人工員に対し、「モズライト」ギターの製作組立ての技術指導をしながら自らその製作にも従事していたし、そこで製造されたギターやベースは、自店で販売するために日本に輸出し、輸入されたものは自ら検査して不良品は返送し、修理可能なものは自ら修理して販売していた。しかし、セミー・モズレーが1992年8月に死去し、同社が1994年4月に倒産した後は、わが国に待っている多くの「モズライト」ギターファンのために、申立人は、1996年に米国カリフォルニア州ハリウッドのスガイ社(同社は長年「PERFORMANCE」という商標の下で米国人プロプレーヤー向けのカスタムギターを製造販売している実績がある。)の工場において、「モズライト」のベンチャーズモデル(1963・1964・1965年の各モデル)の製作組立て技術を全部指導して製造を委託し、これをわが国に輸入し、セミー・モズレー又は彼の関係会社が製造していた右各年のベンチャーズモデルの品質が維持されているか否かを厳重に検査した上で販売し、今日に至っているのである。
 今年8月から9月にかけて全国ツアーコンサートを行った加山雄三の芸能生活40周年記念のために特別に製造した「YUZO Model(ユーゾーモデル)」の「モズライト」ギターは、右スガイ社で製造されたものであり、加山氏に絶賛を受けている。申立人経営の楽器店「フィルモア」においては、この「ユーゾーモデル」の「モズライト」ギターを、40本限定で顧客に販売予約をとったところ、直ちに予約は完売した。加山雄三の全国ツアーコンサートには、「ザ・ベンチャーズ」の初期にリードギターを担当していたノーキー・エドワーズ(Nokie Edwards)も共演したが、彼はセミー・モズレー製作の「モズライト」に1962年に出会って以来のモズライト愛用者であり、今回、彼は申立人から提供された新しい2本の「モズライト」ギターを加山雄三とともに使用したのであった。
 したがって、セミー・モズレーとスガイ社との間には過去に法的関係も取引関係も直接なかったけれども、この両者は「モズライト」ギターの右ベンチャーズモデルの品質維持に関しては、申立人自身による一貫した検査証明によって事実上結ばれているといえるのである。
4.認定、判断に瑕疵はない
 本件商標に対する商標法51条1項に基く商標登録取り消しの審判請求の理由は、申立人が最初に提出した審判請求において主張した理由だけがすべてではなく、全弁駁書において主張し立証したすべての事実関係が、本件商標に対する登録取り消し理由の対象となると考えるべきである。したがって、本件審決は、申立人の主張及び証拠を総合的に精査した上で認定し判断されたものであるから、経験則上、瑕疵があるとは到底考えられないのである。
 経験則上、瑕疵があるのは、原判決における重要な事項に関する事実認定の明らかな誤りであり、次節以降ではそれについて指摘する。

〔最高裁の上告受理申立て決定:平成14年5月10日三小決定〕
 上記当事者間の東京高等裁判所平成11年(行ケ)第366号審決取消請求事件について、同裁判所が平成12年10月12日に言い渡した判決に対し、申立人から上告受理の申立てがあった。申立ての理由によれば、本件は、民訴法318条1項件に当たるが、申立ての理由中、上告受理申立て理由書第一を除く部分は、重要でないと認められる。

〔最高裁の判決理由/平成14年9月17日三小判決〕
上告代理人牛木理一の上告受理申立て理由第一について
1.原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) 被上告人は、登録第1419427号の登録商標(昭和47年6月22日商標登録出願、同55年5月30日設定登録。以下「本商標」という。)の商標権者である。本件商標は、原判決別紙「本件商標」記載のとおり、左側に、外周上に多数の小さな突起がある黒塗りの円形内に白抜きで「M」の欧文字を表示した図形(以下「Mマーク」という。)を配し、その右側に、「mosrite」の欧文字を横書きして成るものである。その指定商品は、商標法施行令(平成3年政令第299号による改正前のもの)別表第24類「楽器、その他本類に属する商品」である。
(2) 上告人は、平成10年5月7日、本件商標の商標登録取消しの審判を請求した(平成10年審判第30446号)。上告人が申し立てた審判請求の理由は、次のとおりである。
ア. 被上告人は、本件商標の指定商品であるエレキギターに、原判決別紙「原告の使用商標」記載のとおり、本件
商標の下方に筆記体の「of California」の欧文字を付記した商標(以下「使用商標」という。)を使用している。
イ. 使用商標は、アメリカ合衆国カリフォルニア州所在のスガイ・ミュージカル・インストルメント・インコーポレーテッド(以下「スガイ社」という。)が製作し、上告人が独占的に輸入して日本国内で販売しているエレキギターに付された表示と同一である。また、使用商標は、アメリカ合衆国のギター製作者であるセミー・モズレーが、昭和27年にカリフォルニア州に工房を開設してエレキギターの製作を開始した時以来、同人又はその設立した会社が製作するエレキギターに使用されている表示とも同一である。被上告人は、セミー・モズレーが死去した後に、本件商標にセミー・モズレーのものと同一の筆記体表示を付記した使用商標の使用を開始したものである。
ウ. 以上のとおり、被上告人は、故意に、本件商標の指定商品に、本件商標に類似する使用商標を付して、その需要者に対し、アメリカ合衆国カリフォルニア産のエレキギターの品質を有するとの誤認を生ずる行為、又はスガイ社及び上告人の業務に係るエレキギターとの混同を生ずる行為を現に行っているから、本件商標の商標登録は、商標法51条1項の規定により取り消されるべきである。
(3) 特許庁は、平成11年9月8日、以下のとおり、本件商標の商標登録を取り消すべき旨の審決(以下「本件審決」という。)をした。
ア. セミー・モズレーは、昭和27年、カリフォルニア州に「Mosrite、Inc.」という会社を創立して、エレキギターの製作を開始した。セミー・モズレーの製作したエレキギターには、「Mマーク」の右側に「mosrite」の欧文字を横書きし、その下方に筆記体の「of California」の欧文字を付記するという、使用商標と同様の表示が付されており、この表示は、遅くとも昭和40年までに、我が国において、エレキギターを取り扱う取引者、需要者に周知となった。そして、現在も、セミー・モズレーの製作したエレキギターは、我が国において極めて高額で取引されている。
イ. 被上告人は、昭和63年ないし平成元年初めころ、本件商標に類似する使用商標の使用を開始した。被上告人が本件商標に「of California」の欧文字を付記したのは、多数の顧客から、セミー・モズレーが製作したエレキギターのものと同一の書体で付記してほしいとの要望を受けたことによるものである。また、被上告人は、その商品カタログに、「ジャパンモズライト(有)」という、セミー・モズレー製作のエレキギターに関連する会社であるかのような記載をしている。エレキギターの取引者、需要者の中には、使用商標を付した被上告人製作のエレキギターについて、セミー・モズレー製作のエレキギターと同様の品質を有すると誤認する者がいる。
 そうすると、被上告人がエレキギターに使用商標を付する行為は、セミー・モズレーが製作したエレキギターと同様の品質であるかのように商品の品質について誤認を生じ、又はセミー・モズレー若しくは同人と何らかの関連のある者が製作したものではないかと商品の出所について混同を生ずるものということができる。また、被上告人は、セミー・モズレーの筆記に倣って「of California」の表示を行ったものであり、被上告人の製作するエレキギターにこの表示を付することにより商品の品質誤認又は出所混同が生ずるとの認識があったと認められる。
ウ. 以上によれば、本件商標の商標権者である被上告人は、故意に、本件商標に類似する使用商標について、商品の品質の誤認又は他人の業務に係る商品と混同を生ずる使用をしたものというべきであるから、本件商標の商標登録は、商標法51条1項の規定により、取消しを免れない。
2.本件は、被上告人が本件審決の取消しを求めた訴訟である。原審は、次のとおり判示して、被上告人の請求を認容した。
(1) 本件審決は、被上告人が使用商標をエレキギターに使用する行為につき、スガイ社が製作し、上告人が独占的に輸入して我が国で販売するエレキギターとの間で品質誤認又は出所混同を生ずるという上告人主張の審判請求の理由について審理することなく、上告人が主張していないセミー・モズレーが製作したエレキギターとの間で品質誤認又は出所混同を生ずるという理由について審理したものである。したがって、本件審決には、審判の請求人である上告人が申し立てた審判請求の理由以外の理由について審理した瑕疵がある。
(2) 被上告人は、スガイ社が上告人から依頼を受けてエレキギターの製作を始めた7、8年以上前から、使用商標をエレキギターに使用してきたのであるから、商標法51条1項所定の「他人」であるスガイ社及び上告人(上告人が審判で主張した「他人」)の業務に係る商品と出所の混同が生ずることにつき、被上告人に同項所定の「故意」があったと認めることはできない。
3.しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。
(1) 商標法に基づく審判については、商標法56条において特許法152条、153条が準用されており、職権による審理の原則が採られている。特許法153条1項によれば、審判においては当事者の申し立てない理由についても審理することができる。これは、第三者に対する差止め、損害賠償等の請求の根拠となる特許権や商標権の性質上、特許又は商標登録が有効に存続するかどうかは、当該審判の当事者だけでなく、広く一般公衆の利害に関係するものであって、本来無効とされ又は取り消されるべき特許又は商標登録が当事者による主張が不十分なものであるために維持されると
したのでは第三者の利益を害することになることから、当事者が申し立てない理由についても職権により審理することができるとしたものである。したがって、審判の請求人が申し立てなかった理由についての審理がされたとしても、そのことによって審決が直ちに違法になるものではない。
 他方、特許法153条2項は、審判において当事者が申し立てない理由について審理したときは、審判長は、その審理の結果を当事者に通知し、相当の期間を指定して、意見を申し立てる機会を与えなければならないと規定している。これは、当事者の知らない間に不利な資料が集められて、何ら弁明の機会を与えられないうちに心証が形成されるという不利益から当事者を救済するための手続を定めたものである。殊に、特許権者又は商標権者にとっては、特許又は商標登録が無効とされ又は取り消されたときにはその権利を失うという重大な不利益を受けることになるから、当事者の申し立てない理由について審理されたときには、これに対して反論する機会が保障されなければならない。しかし、当事者の申し立てない理由を基礎付ける事実関係が当事者の申し立てた理由に関するものと主要な部分において共通し、しかも、職権により審理された理由が当事者の関与した審判の手続に現れていて、これに対する反論の機会が実質的に与えられていたと評価し得るときなど、職権による審理がされても当事者にとって不意打ちにならないと認められる事情のあるときは、意見申立ての機会を与えなくても当事者に実質的な不利益は生じないということができる。したがって、審判において特許法153条2項所定の手続を欠くという瑕疵がある場合であっても、当事者の申し立てない理由について審理することが当事者にとって不意打ちにならないと認められる事情のあるときは、上記瑕疵は審決を取り消すべき違法には当たらないと解するのが相当である。
(2) 本件についてこれをみると、本件審決が上告人による申立てのない理由について審理したものであるとしても、審判において当事者の申し立てない理由について審理すること自体は、何ら違法でないから、上記2(1)の原審の判断は、商標法56条において準用する特許法153条1項の規定に違反するといわざるを得ない。また、同(2)の原審の判断も、本件の審判において商標法51条1項の規定にいう「他人」として審理の対象となるのはスガイ社及び上告人の みであるという同(1)の判断を前提とするものであるから、これを是認することはできない。
 さらに、上告人が申し立てた審判請求の理由と、本件審決が本件商標の商標登録を取り消すべきものと判断した理由とを比較すると、両者は、セミー・モズレー製作のエレキギターに付された表示が我が国の取引者、需要者の間に広く知られていたかどうかなど、本件商標の商標登録を取り消すべきか否かの判断の基礎となる事実関係が主要な部分において共通すると認められる。しかも、記録によれば、セミー・モズレー又は同人と関連のある者の製作したエレキギターとの間で誤認混同が生ずるという理由は、上告人が審判において提出した弁駁書に記載されており、この点に関して被上告人が審判手続上立証活動をしていたことがうかがわれるのである。そうすると、本件においては、上告人の申し立てない理由について審理した結果を被上告人に通知して意見申立ての機会を与える手続が執られていなかったとしても、被上告人にとって不意打ちにならないと認められる事情があったということができる。
4.以上によれば、被上告人の請求を認容した原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、原判決は破棄を免れない。論旨は以上の趣旨をいうものとして理由がある。そして、被上告人主張のその余の審決取消事由について更に審理させるため、本件を原審に差し戻すこととする。

〔研  究〕

本件は、最高裁による判決はあってもまだ確定せず、東京高裁に差し戻されて審理されるが、その審理の範囲は最高裁の判決に拘束された中での主張しかできないから、短期間のうちに終結されると思われる。

[牛木理一]