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登録商標「天一」無効審決取消請求事件:東京高裁平成13年(行ケ)253号.平成14年5月29日判決(認容=審決取消)



〔キーワード〕 


特例商標登録出願(平成3年改正法附則5条)、重複登録、周知性、出所の混同、商号

 

〔事  実〕


 

 被告(株式会社天一,太田市)は、指定役務第42類について、商標登録第4017645号に係る商標「天一」(ロゴ)(以下「本件商標」という。)の商標権者であった。
 本件商標は、商標法の一部を改正する法律附則(以下「改正法附則」という。)5条1項による使用に基づく特例の適用を主張して登録出願され、拒絶の査定がされたが、拒絶査定に対する不服審判において、平成9年4月21日、原査定を取り消した上、同条3項により、その商標及び指定役務において競合(類似)する請求人(原告)に係る別紙商標目録(2)記載の商標〔(イ)商標登録第4028534号商標、(ロ)同第4028535号商標、(ハ)同第4028536号商標及び(ニ)同第4028538号商標。以下、これらを併せて「原告商標」という。〕と、相互に重複する商標(重複商標)として登録すべき旨の審決(以下「登録審決」という。)がなされ、権利設定されたものである。
 原告は、平成10年8月7日、被告を被請求人として、本件商標の商標登録を無効にすることについて審判を請求したが、特許庁は、平成13年4月19日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。 

 

〔審決の理由〕


 

審決は、@本件商標は、改正法(平成3年法律65号)の附則5条2項所定の「自己の業務に係る役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標であって、その役務について使用をするもの」に当たらないとして商標法4条1項10号違反をいう請求人(原告)の主張について、本件商標は、その登録出願時である平成4年9月ないし登録時(注、登録審決時の趣旨と解される。以下、同じ。)である平成9年4月当時において、少なくとも上毛(群馬県の古称)地方を中心にその近県地域一帯において需要者の間に広く知られたいわゆる周知商標と認め得るものであるから、改正法附則5条2項の適用があるとし、A本件商標は、請求人に係る「需要者の間に広く認識されている」原告商標と類似し、同一又は類似する役務について使用がされるものであり、また、請求人の業務に係る役務と混同を生ずるおそれがあるとして、商標法4条1項15号違反をいう請求人の主張について、本件商標は、その登録出願時ないし登録時において、上記の地域、範囲を中心に需要者間に広く知られたいわゆる周知商標と認め得るものであり、また、原告商標の周知、著名性は、特例適用を主張する本件商標の登録(重複登録)を排除し得るほどの歴然とした格差をもって需要者間に広く知られたいわゆる著名商標であるとは認め難いとし、B本件商標の使用が不正競争の目的でされたものとはいい難いとして、本件商標の登録は、改正法附則7条2項の規定によって読み替えて適用する商標法46条1項により無効とすることはできないとした。
〔判  断〕
1.取消事由1(本件商標の周知性の認定判断の誤り)について
(1) 本件商標は、別紙商標目録(1) 記載のとおりの構成からなり、第42類「日本料理を主とする飲食物の提供、アルコール飲料を主とする飲食物の提供、コーヒー・清涼飲料又は果実飲料を主とする飲食物の提供」を指定役務として、改正法附則5条1項による使用に基づく特例の適用を主張して、平成4年9月30日に登録出願し、平成9年4月21日の登録審決を経て、同年6月27日に設定の登録がされ、改正法附則5条3項により、その商標及び指定役務において競合(類似)する原告商標と相互に重複する商標(重複商標)として権利設定されたものであることは、当事者間に争いがない。そして、同目録の記載によれば、本件商標は、いずれも横書きした「天一」、「Tenichi」の文字からなり、構成中の「Tenichi」の欧文字部分は同左上部に大書された「天一」の漢字に相応する表音「テンイチ」を「天一」の「一」の下部に小さく欧文表記したものであることが認められる。
 他方、甲号証及び弁論の全趣旨によれば、原告商標は、商標登録第4028534号商標(以下「原告商標(イ) 」という。)が同目録(2) (イ) 記載のとおりの構成からなり、商標登録第4028535号商標(以下「原告商標(ロ) 」という。)が同目録(2) (ロ) 記載のとおりの構成からなり、商標登録第4028536号商標(以下「原告商標(ハ) 」という。)が同目録(2) (ハ) 記載のとおりの構成からなり、商標登録第4028538号商標(以下「原告商標(ニ) 」という。)が同目録(2) (ニ) 記載のとおりの構成からなること、原告商標(イ) ないし(ハ) は平成4年9月2日に登録出願、同(ニ) は同月22日登録出願、いずれも第42類「てんぷら料理の提供」を指定役務として、平成9年7月18日に設定の登録がされたこと、原告商標(イ) は、横書きした「天一」の文字からなり、原告商標(ロ) は、縦書きした「天一」の文字からなり、原告商標(ハ) は、「天一」の表音「テンイチ」の欧文表記を横書きした「Ten−ichi」の文字からなり、原告商標(ニ) は、いずれも横書きした「TEN−ICHI」、「deux」の文字からなり、「天一」の表音「テンイチ」の欧文表記した「TEN−ICHI」の下部に、「2」を意味するフランス語の「deux」を配したものであることが認められる。
(2) ところで、改正法附則5条の使用に基づく特例の適用の主張を伴う商標登録出願(以下「特例商標登録出願」という。)に係る商標は、商標法の一部を改正する法律(平成3年法律第65号)の施行(平成4年4月1日)後6月を経過した日の当時、実際に使用をしているものであるから、その中には、既に需要者の間に自己の業務に係る役務を表示するものとして広く認識されているものも含まれており、その商標同士が同一又は類似の役務について使用をする同一又は類似の商標である場合もある。 
このような需要者の間に広く認識されている商標は、より大きな信用が化体されているものであり、本来、その保護が特に重要と考えられるところ、上記改正後の商標法4条1項10号をそのまま適用すると、このような関係にある商標は、その双方が商標登録を受けられないことになるが、これは、同じ抵触関係にありながら、広く認識されているような事情にないいわゆる未周知の役務に係る商標が同条3項の規定により双方とも商標を受けられることとの関係からすれば、衡平を失し、既に使用されている役務に係る商標を適切に保護しようとの趣旨に反することとなる。
改正法附則5条2項は、このような問題を回避するため、特例商標登録出願に係る商標の中でも、自己の業務に係る役務を表示するものとして広く認識されている商標については、商標法4条1項10号の適用を排除することとしたものである。もっとも、特例商標登録出願であっても、商標法4条1項10号及び同法8条2項以外の規定については、上記改正法の施行後6月の間にされた通常の役務に係る商標登録出願と同様の適用があるから、改正法附則5条2項により商標法4条1項10号の適用から排除された商標も、同項15号の規定の対象となり、同号の「混同を生ずるおそれ」は、類似の概念と異なり、個々の商標の周知性の程度を勘案した具体的な出所の混同のおそれを問題とすることになる。
そうすると、周知性の程度が著しく異なり混同を生ずるおそれがある場合には、その程度において劣後する商標についての特例商標登録出願は拒絶されることとなる結果、使用に基づく特例の適用を主張したことにより重複登録が認められるのは、いわゆる周知商標同士又は著名商標同士の場合になるものと解される。そして、使用に基づく特例の適用を主張したことにより重複登録が認められるのは、上記のとおり需要者の間に広く認識されている商標はより大きな信用が化体されており、このような商標として保護を受けることによるものであって、特例商標登録出願により重複登録が認められた登録商標も、重複登録に係る当事者以外の第三者が当該商標権の侵害行為を行うときは、単独で商標登録された通常の商標権と同様の効力を有し、差止請求、損害賠償請求又は信用回復措置請求によりこれを排除することができ、また、商標権の移転や使用権の設定も可能である。
飲食物の提供に係る役務は、特定の店舗地において提供されるという役務の性質上、需要者が一定の地域に限定されるのが通常であるが、上記の諸点に加えて、交通機関と通信手段の発達に伴い、現在では、人の動きは特定の狭い範囲に限定されるものではなく、飲食店であっても、雑誌、新聞、テレビ放送等のマスコミを通じて広く宣伝あるいは紹介されていることなどを考慮すれば、本件商標について、改正法附則5条2項所定の周知性を肯定するためには、登録出願時である平成4年9月30日及び登録審決時である平成9年4 月21日当時のいずれの時点においても、1県内のごく狭小地域の需要者の間に認識されている程度の周知性があるだけでは足りないものと解すべきである。
(3) そこで、本件商標の周知性について検討する。
ア. 証拠によれば、被告は、昭和38年11月26日に設立され、当初は家具店を営んでいたが、昭和45年10月、群馬県太田市の東武鉄道伊勢崎線、同小泉線太田駅南側の通称南一番街に店舗を構え、1階を食堂、2、3階を宴会場とし、「天一」の表示を使用した和食料理店を経営するようになったこと、同被告店舗(以下「被告本店」という。)は、数度の増改築を経て、昭和56年には3階建てとなり、1階が客席13、うち1室は和室、58人収容の和室レストラン、2階が180人収容の大宴会場、3階が和風個室7室の小宴会場となっており、料理は、生物、揚げ物、うなぎ料理、鍋料理、かに料理、ふぐ料理など和食が主であり、一般客のほか、忘年会、新年会、法事などにも利用されていることが認められる。
 なお、審決は、「その報道時(注、平成3年12月23日)において被請求人(注、被告)店舗は太田市を中心に既に4店舗あり」(審決謄本15頁9行目〜10行目)とし、同日ころ発行の「おおたタイムス」には、「市内に三店、足利に一店」との記載がある。しかし、被告代表者の陳述書によれば、被告は、被告本店のほかにサンドイッチ販売店、居酒屋、カラオケなども経営しているが、これらの店舗においては、「天一」とは異なる営業表示を使用していることが認められ、被告が被告本店のほかに本件商標ないし「天一」の営業表示を使用した店舗を営業していることを認めるに足りる証拠はない。
イ. ところで、被告は、本件商標は、登録出願時及び登録審決時において周知である旨主張して、証拠を提出する。
 これら乙号各証のうち、乙第1号証(平成3年12月23日付け上毛新聞)には、平成3年に、当時被告の常務取締役を務めていたTが、皇居で開催される同年の天皇誕生日の祝賀会と平成4年の元旦の新年祝賀会の料理人に選ばれたことについての記事が掲載されているが、同記事は、「太田のTさん」、「皇居で祝膳を調理」等の見出し、Tの写真及び6段の本文から成り、被告を和食料理店「天一」として紹介するものである。また、甲第8号証(そのころ発行の「おおたタイムス」)にも同様の記事が掲載され、同記事は、「天皇誕生日に祝膳を調理」、「日本料理店『天一』のTさん」の見出し、Tの写真及び6段の本文から成り、被告は太田市内に3店舗、足利に1店舗を有しているなどと紹介している。しかし、これらの新聞記事中に本件商標それ自体の記載がないことはもとより、その内容も被告の経営する「天一」の商号を使用した飲食店を紹介するというよりは、皇居で開催される祝賀会の料理人に選ばれたTを紹介する内容のものであって、しかも1回掲載されたにすぎない。そうすると、審決のいう「報道内容の特殊性、地方独特のこの種報道に関する伝播性ほか諸般の社会事情」(審決謄本14頁末行〜15頁1行目)を考慮しても、上記新聞記事の被告の役務を表示するものとして本件商標を認識させる効果を過大に評価することはできない。
 乙第3号証(ミニコミ誌)には、「手頃な価格でおいしい天ぷらが食べられると評判のお店、天一」などと被告本店を紹介する記載があり、乙第4号証(求人広告誌)には、本件商標類似の標章を付した被告の求人記事が掲載されているが、これらの頒布時期、頒布地域及び頒布部数は不明である。また、乙第33号証(被告代表者の陳述書)によれば、被告は、忘年会、新年会の時期や改装時などに、適宜、新聞折り込みによる広告をしていることが認められ、乙第6〜第11号証、第19号証(被告本店の折り込み広告)中には、本件商標を付したものもあるが、これらの頒布時期、頒布地域及び頒布部数は不明であり、被告が新聞広告などは出していないことは、乙第33号証の記載から明らかである。
 乙第5号証(写真)によれば、被告の送迎用バスの車体側面には青色で「日本料理」の記載とともに本件商標が表示されていることが認められるが、上記写真の撮影時期は不明であり、また、本件商標を表示したバスを使用して客を送迎していたとしても、上記表示は特に目立つ表示ではなく、その宣伝効果が大きいものとは認め難い。また、乙第31号証(昭和59年当時の被告本店を撮影した写真)によると、被告本店の駐車場には「天一専用駐車場」との赤色の看板が設置され、店舗には正面、側面及び正面アーケードに本件商標の構成の一部である「天一」の看板が設置されていることが認めれるが、いずれも通常の看板であり、特段の宣伝効果を発揮しているものとは認め難い。
 乙第13〜第18号証、第20号証(被告本店のメニュー)には、本件商標が付されているが、これらの使用時期は不明であり、また、メニューは来店者が目にすることはあっても、それ以外の者が目にすることはないのが通常であるから、本件商標の周知性を基礎付けるものということはできない。なお、甲第11号証(被告の本件商標に係る平成4年9月30日付け商標登録願)に添付された「商標の使用の事実を示す書類」中の被告の箸袋及びメニューの写真によれば、被告が当時使用していた箸袋及びメニューには本件商標が付されていることが認められるが、これらも本件商標の周知性の的確な証拠といえないことは、上記と同様である。 
なお、乙第2号証(自由民主党総裁の平成4年2月27日付け感謝状)は、被告の常務取締役であったTの調理文化の向上、発展に寄与した功績を賞するものではあっても、直ちに本件商標の周知性を基礎付けるものではない。
 さらに、本件原告は、本件被告に対し、不正競争防止法(平成5年法律第47号による改正前のもの。以下「旧不正競争防止法」という。)1条1項2号、1条の2第1項、商法20条、21条及び商標法に基づき、「株式会社天一」の商号及び「天一」の営業表示の使用差止等を求める訴え(東京地裁昭和59年(ワ)第6476号、東京高裁昭和62年(ネ)第1462号、以下「前訴」という。)を提起し、第1、2審とも本件被告が勝訴したが、その第1審判決及び控訴審判決中では、営業表示としての周知性ではあるが、本件被告は昭和45年以来今日(注、控訴審の判決言渡日は昭和63年3月29日)まで、和食料理店「天一」として太田市及びその近隣地域の住民により広く利用され親しまれてきているとされているにすぎない。
 また、昭和62年4月28日付け毎日新聞は、前訴第1審判決を報道する記事を掲載し、昭和63年3月30日付け日本経済新聞及び同日付け上毛新聞は、前訴控訴審判決を報道する記事を掲載しているが、これらの記事は、いずれも判決の内容を客観的に報道するものであり、各1回掲載されたにすぎないから、本件商標の周知性を基礎付けることはできない。
 そして、他に上記認定を左右するに足りる証拠はない。
ウ. そうすると、上記認定の事実によれば、被告が本件商標を使用している店舗は、太田市内に1店舗を有するのみであり、広告、宣伝も、適宜新聞折り込み広告を行っていたことはうかがえるが、頒布地域、部数等は明らかでなく、他に特段のものは見当たらないのであるから、これらの事情に照らすと、本件商標は、登録出願時(平成4年9月30日)において、たかだか太田市及びその近隣地域において被告の役務を表示するものとして需要者の間に認識されていたものと認めるのが相当であり、その後、登録審決時(平成9年4月21日)までの間に、格別の事情の変更があったことをうかがわせる証拠はない。したがって、本件商標が、「少なくとも上毛(群馬県の古称)地方を中心にその近県地域一帯において本件商標の登録出願時である平成4年(9月)ないしその登録時である平成9年4月当時においてなお相当程度の周知性を有していた」(審決謄本15頁2行目〜4行目)として、改正法附則5条2項所定の周知性を肯定した審決の認定判断は誤りというべきである。
(4) しかし、本件商標は、特例商標登録出願に係る商標であり、原告商標の重複商標として権利設定されたものであるから、本件商標が周知性を欠くものであっても、原告商標の周知性の程度いかんによっては、重複商標として認められ、改正法附則5条2項の規定によって読み替えられた商標法4条1項10号に該当しないこととなる余地もあることは、上記(2) のとおりである。そこで、進んで、原告商標が、原告の役務を表示するものとして本件商標の商標登録出願時及び登録審決時において需要者の間に広く認識されていたか否かについて検討する。
ア. 証拠によれば、次の事実が認められる。
原告の創業者であるYは、昭和5年に東京日本橋の人形町に「天一」の商号で個人営業のてんぷら料理店を開業し、昭和7年には銀座8丁目に店舗を移転した上、店内に換気扇を設置したり、てんぷら油等を工夫するなどの改良を重ね、てんぷら料理店「天一」の評価を高めて、昭和23年、個人営業を株式会社組織に改めて原告を設立した。原告の店舗は著名人によっても利用されるようになり、昭和59年2月発行の雑誌「財界」(甲第25号証)には、「天ぷらを芸術にした天下一の天一商法」の見出しの下に、原告を著名なてんぷら料理店として紹介する記事が掲載された。
 原告は、「天一」の営業表示を使用した店舗を、てんぷら料理店及びてんぷら惣菜専門店を含めて、昭和62年ころには、東京都内に18支店23店舗、神奈川県内に3支店3店舗、千葉県内に3支店4店舗、浦和市に1支店1店舗、広島市及び札幌市に各1支店2店舗、合計27支店35店舗を有していたが、その後も全国に出店を進め、本件商標が商標登録出願された平成4年9月30日当時、関東地方では、東京都内に33店舗、千葉県内に8店舗、埼玉県内に5店舗、横浜市に3店舗、関東地方以外では、広島県内に6店舗、札幌市に3店舗、奈良市に2店舗、金沢市、大阪市及び愛知県豊田市に各1店舗、合計63店舗を有するに至っていた。その後、登録審決がされた平成9年4月までの間に、東京都内に4店舗、神戸市に2店舗、福岡県北九州市に2店舗、広島市、静岡県浜松市、金沢市及び高松市に各1店舗、合計12店舗を出店した。
 原告は、前訴の係属する以前から雑誌、新聞等による広告、宣伝をし、ガイドブック、雑誌等にも広く紹介されていたが、前訴の判決後においても、東京新聞(甲第137号証)及び日本経済新聞(甲第138号証)に原告商標(イ) 又は同(ロ) を表示した広告を定期的に掲載し、朝日新聞(甲第79、第104号証)及び中国新聞(甲第112号証)にもスポットで広告を掲載したほか、平成4年3月発行の雑誌「日経ビジネス」(甲第140号証)に原告商標(イ) を表示した広告を掲載した。
 原告商標(イ) ないし(ニ) は、原告の営業表示「天一」とともに、前訴の判決後において、平成元年12月発行の雑誌「AERA」(甲第62号証)に、原告商標(ニ) の構成文字「TEN−ICHI deux」について「有名ブランドの後ろに、小さく『2』とか『bis』の符号をつけ『妹(弟)』ブランドを作るのが、流行っている。イメージは下げず、大衆化、多様化に対応する企業戦略」と、平成8年1月発行の雑誌「料理天国」(甲第135号証)に「天ぷらを広く国際的に認知されるまでにしたのは銀座の天一の功績が大きい」と紹介されたのを始め、新聞記事や多数の週刊誌、月刊誌等に紹介記事が掲載された。また、原告は、ガイドブックあるいは料理店、レストランを紹介する一般向けの書籍等においても、著名なてんぷら料理店として紹介する記事が多数掲載されており、テレビのグルメ番組でも、数回、著名なてんぷら店として紹介され、テレビコマーシャルも放映した。
イ. 上記認定の事実を総合すれば、原告商標は、本件商標の商標登録出願時(平成4年9月30日)及び登録審決時(平成9年4月21日)において、原告の役務を表示するものとして、少なくとも関東地方ないし首都圏の需要者の間に広く認識されていたものと認めるのが相当である。前訴判決は、原告の「天一」の表示がその営業を示すものとして、太田市及びその近隣地域の居住者に広く知られていると認めることはできないとするが、同判決は、本件商標の登録出願時より4年余り前における旧不正競争防止法上の営業表示としての周知性に係る認定判断にすぎないから、上記認定を左右するものではない。
(5) 以上の認定判断によれば、本件商標は、上記いずれの時点においても、原告商標と周知性の程度において著しい隔たりがあるというべきであるから、本件商標について改正法附則5条2項所定の周知性を肯定した審決の認定判断の誤りは、本件商標の商標登録は商標法4条1項10号に違反してされたものとはいえないとした審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。付言するに、被告が本件商標につき改正法附則3条による継続的使用権を有する余地のあることは別論である。

2.以上のとおり、原告主張の審決取消事由1は理由があり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、その余の点について判断するまでもなく、審決は取消しを免れない。

〔研   究〕
1.本件における2つの商標は、平成3年10月1日から導入されたサービスマーク登録制度を施行した改正商標法の附則5条1項の規定による「使用に基づく特例の適用」によって出願されたものであったが、商標法4条1項は規定する不登録要件に該当する商標か否かについての審査は普通に行われるところ、同条項10号の規定の適用についてだけは、ある例外の場合以外は、除外されている(同条2項)。ところが、本件の場合は、この除外規定の例外が適用されたのである。
 審決は、原告から請求された本件商標の登録無効性について、原告商標と本件商標とを比較しても、本件商標には需要者間に広く知られた周知商標性が認められ、原告商標には本件商標の重複登録を排除し得るほどの歴然とした格差をもって需要者間に広く知られた著名商標性は認め難いと判断したのに対し、高裁判決は、原告商標には"著名商標性"が認められるから、"周知商標性"のレベルしかない本件商標は劣後にあるとして重複登録の適用が排除され、審決を取り消したのである。
2.平成3年改正商標法の附則5条1項は、法律施行日から6ヵ月間は先願主義の原則を排除し、不正競争の目的でなく使用していた商標についての複数の出願登録を認めた特例規定である。しかし、高裁判決は、法4条1項10号の規定の適用だけは、周知性の度合の高低差によって一人の出願人にのみ登録を認めると判示したが、附則5条2項の解釈としては、はたして妥当だろうか。
 法4条1項10号の規定には周知性の度合、換言すれば単なる周知より著名と認定された商標を優先的に登録するという解釈は附則5条1項の特例原則の規定からは出てこない。また、同5条2項の「使用するもの(・・・・を除く)」の規定からも、同様に周知より著名の商標を優先的に登録するとは読めない。(不競法2条1項1号・2号を参照されたい。)
 そこで、判決は、法4条1項15号の規定によってフォローしようとした。しかし、15号の適用によって、一方の重複登録を無効にするためには、他人の業務に係る役務と混同を生ずるおそれがある商標に限られるから、周知性を超えた著名性の域に達していることが証明されなければならない。
 しかしながら、地方周知と全国周知とのバランスをかけた本件判決は、地方周知の重複登録者に対して厳しい判決のように思える。上告されてもよい事案と思う。
3.ところで、周知商標は、商品又は役務の出所の混同を生ずるおそれをなくし、不正競争を防止し、業務上の信用を確保するために、これと同一又は類似の商品又は役務に使用する同一又は類似の商標は、他人に登録すべきでないことを意味する。そして、この周知の程度は、他人の業務に係る商品又は役務を表示するものとして、需要者の間に広く認識されていることが必要で、その程度は、商標として使用された期間の長短、場所の広狭、特定人の商標として認識されたかどうか等を考慮して、ケースバイケースで判断すべきであることは一般に言われている。
 ところが、同一の周知商標が全国的に又は地方的に2以上存するときは、一はたとえ自己の周知商標であっても、他は他人の周知商標であるから、そのような商標は何人も登録を受けることができないというべきである。けだし、商標権の効力は全国的に及ぶものだからである(吉原隆次「商標法説義」53頁)。
 したがって、商標法4条1項10号の立法趣旨には同項15号の規定の趣旨に照らし、役務の出所の混同を防止することが含まれていると解されるところ、この立法趣旨に鑑みると、他人が使用する商標が、その役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている場合には、たとえ商標登録を受けた者の使用する商標がその役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているものであるとしても、両商標が類似するものであるときは、出所の混同のおそれのあることが明らかであるから、本件商標は登録を受けることができないと解される。(「ハッピータッグ」事件.東京高裁平成9年(行ケ)318号平成10年12月24日判決,知的裁集30巻4号1076頁)
4.判決は最後に、付言するとして、被告が本件商標の使用について、改正法附則3条による継続的使用権を有する余地のあることは別論としているが、たとえ被告自身に継続的使用権(一種の先使用権)が認められたとしても、地元の需要者(顧客)にとっては、東京銀座の「天一」より、地元の「天一」の方が老舗として著名と見るだろう。すると、もし銀座の「天一」が太田市に分店を出せば、需要者は混同を起すことになる。
 このような場合には、商標法の問題ではなく、不正競争防止法の問題として処理すればよいだろう。けだし、不競法2条1項1号における周知性の認識地域は狭い範囲のものについても認められているのが裁判例である。
 しかし、このような問題が残るとすれば、商標法の上ではやはり、周知のレベルから見て、その度合の高低を考慮することなく、いずれの使用商標にも商標権を与えるべきではないとするのが衡平というものであろう。

[牛木理一]