F-5

 

 

犬の図形事件:東京地裁平成13年(ワ)13758号.平成14年7月31日判決(認容)

〔キーワード〕

商標の類似、中用権、相殺の抗弁

〔事  実〕

原告N社は、次の3つの商標権の商標権者であった。
 商標権(1)
  登録第4327531号(平成11年10月22日登録)
  第25類 〔別紙第1目録記載
 商標権(2)
  登録第4195215号(平成10年10月9日登録)
  第25類 〔別紙第2目録記載
 商標権(3)
  登録第4302662号(平成11年8月6日登録)
  第18類 〔別紙第2目録記載〕
 被告S社は、業として、被告各標章を付した被服等を平成12年3月頃から現在に至るまで、製造販売していた。


〔争  点〕

(1) 被告各標章は、原告各商標と同一又は類似か。
(2) 原告各商標は、原告の商品又は営業を示すものとして周知であるか。
(3) 被告は、被告標章1について、商標法第33条所定の使用権を有するか。
(4) 相殺は認められるか。
(5) 損害額はいくらか。

 
〔判  断〕

 

1. 争点(1)(被告各標章と原告各商標との類否)について
(1) 被告標章1と原告各商標との対比
ア. 被告標章1について
 被告標章1は、別紙第3目録のとおり、左向きで立ち、首を左水平方向に 向けて、尾を右水平方向よりやや上方に延ばしている黒塗りの犬の図形である。
イ. 原告各商標について
 原告商標1は、別紙第1目録のとおり、左向きで立ち、首を左水平方向よりやや上に向けて、尾を右水平方向に延ばしている黒塗りの犬の図形である。
 原告商標2及び3は、別紙第2及び第3目録のとおり、原告商標1と同一の犬の図形とその下に横書きの「DOG・DEPT」の文字を配置したものである。
 原告商標2及び3の要部は上記図形部分であると解される。すなわち、原告商標2及び3において、図形部分は黒塗りで、大きく明瞭に描かれていること、他方「DOG・DEPT」の文字は、図形部分の下に極く小さく、細い文字で表示されていることに照らすならば、同各商標に接した者は、専ら図形部分に注意がひかれるということができるので、原告商標2及び3の要部は、図形部分であると解される。原告商標2及び3について、「DOG・DEPT」も含めて要部とする被告の主張は理由がない。
 以下、原告各商標との対比に当たっては、その要部である商標中の図形部分(原告商標2及び3の図形部分は、原告商標1の図形と同一であるので、図形のみを指す場合に、便宜上「原告商標1」ということがある。)について行う。
ウ. 対比
(ア) 両者の犬の図形はいずれも、尾をほぼ水平方向に延ばし、左向きで立った姿勢を保ち、黒塗りで描かれているという特徴が共通であり、このような基本的な特徴が、これに接した一般需要者に強く印象付けられるというべきであるから、両者は外観(観念及び称呼も同様と考えられる。)において類似する。
 確かに、被告標章1と原告商標1とは、以下のとおりの若干の相違点が存する。すなわち、被告標章1の犬の図形は、@足先が太く、前足と後足をそれぞれ開き、交互に踏み出している、A頭部が左水平方向に向いている、B胴部が全体的にわたって太い、C尾が右水平方向よりやや上方に延びて、全体に太いという点があるのに対して、原告商標1の犬の図形は、@足先が細く、前足はそろえ、後足はやや開いている、A頭部が水平方向よりやや上方に向いている、B胴部の中央付近が大きく絞られている、C尾が右水平方向に延びて、先端が細くすぼまっている点があるので、若干相違する。
 しかし、被告標章1及び原告商標1もともに、被服等にワンポイントマークとして縫いつけられたり、刺繍されたりするなど、比較的小さく表示され、上記の細部における相違点はほとんど目立たないものと認められる(証拠)ことに照らすならば、上記の相違点は、被告標章1が原告商標1に類似するとの前記判断に消長を来さないというべきある。
(イ) これに対して、被告は、被告標章1の犬の種類は「ゴールデンリトリーバー」であるのに対し、原告商標1の犬の種類は「フラットコーテッドレトリーバー」であるので、外観、称呼及び観念において類似しない旨主張する。しかし、原告商標の指定商品に係る一般的な需要者(原告商標の指定商品は、その中に「被服」を含むことから、その指定商品に係る一般的な需要者は、犬ないし動物に特段の関心を持たない者を含む広範な一般消費者であると解される。)において普通に払われる注意力を基準とすれば、原告商標1及び被告標章1の犬の図形から、直ちにその犬の種類の相違を区別できると解することはできないというべきであるから、この点の被告の主張は採用できない。
 また、被告は、被告標章1を「Sarah brand」の文字とともに使用しているので、原告各商標とは類似しない旨主張する。確かに、証拠によれば、被告標章1が使用されている被服等の中には、「SARAH」や「SARAH BRAND」「SARAH BRAND DOG」「Sarah brand」の文字と組み合わせて使用されているものが存在する(甲39、60)。しかし、被告標章1と原告商標1の基本的特徴が共通している点に照らして、被告標章において、被告の名称である「SARAH BRAND」等が付加的に表記されていたからといって、前記類似するとの判断に影響を与えるものと解するのは相当でない。
(2) 被告標章2と原告各商標との対比
ア. 被告標章2について
 被告標章2は、別紙第4目録のとおり、被告標章1と同一図形について、全体を薄い色彩で塗りつぶし、黒の輪郭線を描いた図形である。すなわち、被告標章1と同様、左向きで立ち、首を左水平方向に向けて、尾を右水平方向よりやや上方に延ばしている犬の図形である。
イ. 対比
 被告標章2は、被告標章1を単に輪郭線を施し、縁取りしたものにすぎず、輪郭線の有無、配色が異なるほかは、被告標章1との相違点はない。そこで、被告標章2と原告商標1とを対比すると、@被告標章2は、黒い輪郭線の中の地色につき、白色にして用いられているもの、濃色にしたものがあること、A輪郭線の色と地の色とのコントラストを弱めた場合には、輪郭線の有無が不明瞭となり、原告商標1との差異が存在しないかのような印象を与えること、B被服のワンポイントマークとして用いられる場合、両者の差異はほとんど目立たなくなること、C特に、本件においては、被告標章2は、本件訴訟が提起された後に、被告標章1を中止した前後に、同標章に替えて使用されたという事情があること等の事実関係に照らすならば、被告標章2は、原告商標1と、混同を来す程度に類似すると解するのが相当である。
(3) 小括
 以上のとおり、被告標章1及び2を付した被服等を製造販売する被告の行為は、原告各商標権を侵害する。
2.争点(3)(被告は、被告標章1に関し、商標法33条所定の使用権を有するか)について
 被告は、被告標章1について、平成12年3月3日商標登録を受けて以降、同13年3月15日原告商標登録を取り消すとの異議決定を受けるまでの間、異議事由があることを知らないで、被告標章1の使用を継続してきたとして、引き続き当該商標を使用する権利を有する旨主張する。
 しかし、当該商標を使用する権利が認められるためには、その商標が自己の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたことが必要であるところ(商標法33条1項柱書)、本件全証拠によっても、被告標章1に係る商標が、被告の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたことを認めることはできない。
 よって、被告が被告標章1に関して、当該商標を使用する権利(いわゆる中用権)を有することはない。
3. 争点(4)(被告標章2に関し相殺の抗弁が認められるか)について
 被告は、別紙第5目録記載の「原告縁取り標章」を付した被服を製造販売する原告の行為は、被告が被告標章2について有する被告商標権を侵害すると主張する。被告は、本件口頭弁論期日において、被告が原告に対して有する被告商標権侵害に基づく損害賠償請求権を自動債権として、原告の被告に対する損害賠償請求権に対して、対当額をもって相殺する旨主張する。
  しかし、原告の請求は、商標権侵害を理由とする不法行為に基づく請求であるから、不法行為に基づく損害賠償請求権を受働債権として自己の有する債権と相殺することはできないのであるから(民法509条)、被告の主張は、主張自体失当である。
 のみならず、「被告商標」と別紙第5目録記載の「原告縁取り標章」とは、両者とも犬の形状を縁取りして表現し、犬が左を向いている点で共通するが、「被告商標」における犬の図形は、縁取りの内側が縁取り線よりやや薄い色で着色されていること、耳及び首輪が描かれていないこと、前足及び後足がそれぞれ揃っていないことなどの特徴があるのに対し、「原告縁取り標章」の犬の図形は、縁取りの内側が白色であること、耳及び首輪が描かれていること、前足及び後足がそれぞれ揃っていることなどの特徴があり、外観において相違し、両者は類似しない。「原告縁取り標章」を付した被服を製造販売する原告の行為は、被告商標権を侵害しないので、この意味でも被告の主張は理由がない。
4. 争点(5)(損害額はいくらか)について
(1) 乙12及び弁論の全趣旨によれば、被告は、平成12年1月ないし同13年10月末までの間に、被告標章1の付された被服等を販売し、その売上額は5億3892万8559円である事(乙12におけるA−表「実質合計売上高欄」)、同13年11月ないし同14年3月末までの間に、被告標章2の付された被服等を販売し、その売上額は2億6507万6242円であること(乙12におけるB−表及びC−表の「実質合計売上高欄」の合計)が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。なお、被告は、その後、被告標章1及び2を付した被服等の販売を中止しているので、上記金額をもって、全販売額と推認できる。
(2) そこで、原告各商標の使用料相当額について検討する。
 証拠によれば、以下の事実が認められる。原告は、原告各商標を付した商品を約30店舗及びカタログで全国的に販売し(証拠)、業界新聞、日刊新聞(全国紙)及び愛犬家向け雑誌等に広告を広く掲載し(証拠)、原告各商標の周知に努めていること(証拠)、原告各商標を付した原告の商品は全国向け女性週刊誌に紹介されて話題になったこと(証拠)、原告は、正常の取引において、原告各商標の使用を許諾する場合には、販売価格の3ないし5パーセントの使用料を請求していること(弁論の全趣旨)、被告は、被服等の販売について、直営販売とともに卸販売も行っていること(証拠)、他方、原告が被服等に用いている犬の図形の標章は、原告各商標における犬の図形のほかに、少なくとも5種類は存在すること(証拠)、原告の商品及び主体を示すための各種標章で「DOG・DEPT」は周知であるといえるが、原告商標1(原告商標2及び3の犬の図形部分)が、これと同じ程度に周知であると解することは困難であることなどの事実が認められ(これを覆すに足りる証拠はないこと)、これらの諸事情を総合勘案すれば、原告各商標権の使用料率は、被告の販売額の3.5パーセントが相当である。
 そうすると、被告の商標権侵害により、原告の被った使用料相当額の損害賠償額としては、2814万円と解すべきことになる(1万円未満は切り捨てて算出した。)。
(538,928,559+265,076,242)×0.035=28,140,168
5.結論
 よって、原告の請求は、その余の点を判断するまでもなく、主文の限度で理由がある。
〔研 究〕
1.動物「犬」をワンポイントマーク用に図形化した標章は、各種商品や役務のためにいろいろと登録されているようであるが、その中で、本件の場合の原告の登録商標の図形態様は第1,第2の目録に示すとおりのものであった。
 これに対して被告の使用商標の図形態様は第3,第4の目録に示すとおりのものであった。            「犬」を図形化した標章といっても、被告によると「犬」の種類は違い、原告の犬は「フラットコーテッドレトリーバー」であり、被告の犬は「ゴールデンリトリーバー」であるという。しかし、いずれも同じようなシエルエット態様で表現されているから、標章としては類似するものといわれても仕方ないだろう。
 ただ縁取り図形である被告標章2(第4目録)と原告縁取り標章(第5目録)とは、その図形態様の違いから非類似と判断されたが、需要者から見れば類似と判断してもおかしくないだろう。
 被告は、この両標章が類似であることを理由に、商標権侵害について相殺の抗弁を主張したが、前記非類似を理由として認められなかった。
2.ところで、これも珍しい規定である商標法第33条の"中用権(継続的使用権)"が、被告の主張によって登場したので、この権利について説明しよう。
 第33条とは、登録商標を継続して善意に使用した結果、需要者の間に広く認識されるに至った商標(即ち周知商標)の場合、審判によって商標登録が無効となり、その結果他人の商標権に抵触するようになったとしても、その周知商標の使用を継続する権利を有するとする規定である。
 即ち、無効事由が存在するのに過誤によって登録された商標でも、これを正当に登録された完全な権利であると信じて自己の商品または役務に使用し、その結果、その登録商標を周知にした者は、自らの企業努力によってそのグッドウィルを登録商標に化体させたものといえることから、商標法は、このように登録商標を周知にした者に対して、すでに形成された利益について保護を与えようというのである。
 "中用権"は、先使用権(商標法32条)と似て非なる使用権であるが、当該商標権者又は専用使用権者は、中用権者から相当の対価を受ける権利を有する(33条2項)ほか、需要者による混同防止のために、当該商標に適当な表示を付すべきことを請求することができる(33条3項,32条2項)。
3.しかし、裁判所は、被告に"中用権"の成立を認めなかった。というのは、33条1項柱書に規定する周知性を裏付ける証拠の提出が、被告からはなかったからである。
 逆に、裁判所は原告が被った損害賠償額として、正常取引における販売価格の3.5%の使用料率を掛けた金額を算定したが、妥当といえるだろう。

[牛木理一]