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MOSRITE事件:
東京地裁平成10(ワ)11740号.平成13年9月28日判決〈民47〉(棄却)
東京高裁平成13年(ネ)第5748号平成14年4月25日判決〈6民〉(棄却)
最高裁平成14年(受)第1195号平成14年9月24日決定(不受理)


〔キーワード〕

セミー・モズレー、モズライト・ギター、他人の周知商標、商品の混 同、品質の誤認、不正競争目的の登録、権利の濫用


〔事  実〕

1.原告(有限会社黒雲製作所)は、別紙1に示した構成態様の標章から成る登録商標の 商標権者であるが、自分で創作して出願した商標ではない。即ち、本件商標は、佐藤尚武 が昭和47年6月22日に出願し、佐藤から黒沢商事(株)に昭和52年6月16日に譲渡さ れ、さらに黒沢商事(株)が原告に昭和52年9月28日に譲渡した後、昭和55年5月30 日に設定登録されたものである。別紙1の本件商標に係る標章態様の創作者は、後記する とおり、モズライト・ギターの生みの親であるセミー・モズレー氏であった。被告(フィ ルモア楽器こと遊佐典之)は、以下3種のギター、その部品及び付属品を米国から輸入し、 販売のための展示をしている。
1.セミー・モズレーが米国において設立したモズライト社によって1960年代までに製造 されたエレキギター(以下,「被告商品A」という。)。
2.セミー・モズレーがモズライト社倒産後に製造したエレキギター又は同人がモズライト 社倒産後に米国において設立したユニファイド・サウンド・アソシエーション・インコー ポレーテッド(以下,「ユニファイド社」という。)が製造したエレキギター(以下,「被 告商品B」という。)。
3.米国のスガイ・ミュージカル・インストルメント・インコーポレーテッド(以下,「ス ガイ社」という。)が製造しているエレキギター(以下,「被告商品C」といい,被告商品 A及びBと併せて「被告商品」という。)。
2.本件は,本件商標権を有している原告が,被告に対し,「被告は,別紙標章目録1ない し5の標章(以下「被告標章1」などという。)を付したエレキギター等の輸入販売等を しているところ,これらの標章は,いずれも本件商標と同一又は類似しているから,この 輸入販売等は,本件商標権の侵害である。」と主張して,この輸入販売等の差止め並びに この侵害による損害の賠償及び不当利得の返還を求める事案である。


〔争  点〕

(1)別紙標章目録記載の各標章が本件商標と類似しているか
(2)被告の行為
(3)原告の本件商標権に基づく請求が権利濫用に当たるか(1)(本件商標の商標登録に無効 事由又は取消し事由が存在することが明らかであるか)
(4)原告の本件商標権に基づく請求が権利濫用に当たるか(2)(ベンチャーズーモズライ ト・インク(以下,「ベンチャーズーモズライト社」という。)が有していた商標権との関 係で、同請求が権利濫用に当たるか)
(5)本件商標権に基づく被告商品A及びB等についての請求の可否
(6)先使用による通常使 用権の有無
(7)損害の発生及び額等

 

〔判  断〕

 

1.争点(3)について
(1)本件商標登録に商標法4条1項10号が定める事由が存するかどうかについて,まず判 断する。
(2)前記第2の1の事実に証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。 セミー・モズレーは,昭和28年ころから,米国において,エレキギターの製造を始めた。 その後,セミー・モズレーは,モズライト社を設立し,被告標章2が付されたエレキギタ ーの製造販売をするようになった。「モズライト」とは,セミー・モズレーと,同人の初 期の後援者であるレイ・ボートライトの名前を合体したものである。 わが国では,昭和40年ころから,ベンチャーズーモズライト社を通じて被告標章2が付 されたモズライト・ギターが輸入販売されるようになった。ベンチャーズーモズライト社は,昭和40年5月8日,「MOSRITE」,「VENTURE−MOSRITE」等の商 標をわが国で出願し,これらの商標は昭和42年3月20日に商標登録された。ファースト マン社は,このころから,モズライト社から許諾を得て,「アベンジャーモデル」という 「MOSRITE」の標章を付したエレキギターの製造販売をしていたが,原告は,その 生産に,下請けとして関与していた。 人気ロックグループであるザ・ベンチャーズが昭和40年に来日してモズライト・ギター を使用したこと,寺内タケシ,加山雄三といった人気ミュージシャンがモズライト・ギタ ーを演奏に使用したことなどから,遅くとも,本件商標登録の出願時には,被告標章2は, モズライト・ギターの標章として,エレキギターを取り扱う業者やエレキギターの愛好家 の間では,よく知られるようになっていた。 モズライト社は,昭和44年に倒産した。また,ファーストマン社も,同年7月に倒産し た。モズライト社は,再建されたが,昭和48年に再び倒産した。 原告は,上記のとおり,ファーストマン社の下請けをしていたが,昭和43年ころから, モズライト・ギターの複製品である本件商標を付したエレキギターを製造販売するように なった。原告は,その後,被告標章2を付したモズライト・ギターの複製品を製造販売す るようになり,現在に至るまで,その製造販売を継続している。 佐藤尚武は,昭和47年6月22日,本件商標登録の出願をした。ベンチャーズーモズライ ト社がわが国で有していた「MOSRITE」等の商標は,昭和52年3月20日に,期間 満了により消滅し,昭和54年9月10日にその登録が抹消された。本件商標登録出願権は, 昭和52年6月16日に,佐藤尚武から黒沢商事に移転したが,同社からこの権利を買い取るよう求められた原告は,これを400万円で買い取り,本件商標登録出願権は,同年9月 28日に,黒沢商事から原告に移転した。本件商標権は,昭和55年5月30日に登録され た。 セミー・モズレーは,上記2度目の倒産後しばらくして,エレキギターの製造を再開し, 一時中断した期間はあったものの,継続的にエレキギターの製造販売を続けた。セミー・ モズレーは,被告標章2を付したモズライト・ギターを製作し,それらは,モズライト・ ギターの人気が高かったわが国にも輸出,販売された。 被告は,昭和51年5月に,フィルモア楽器店を開店し,モズライト・ギターの販売を開 始した。 セミー・モズレーが,平成4年,ユニファイド社を設立したことから,被告は,同年5月 30日,同社にモズライト・ギターの40周年記念モデルの製造を依頼し,被告標章2が付 された同モデルを輸入販売した。 同年8月,セミー・モズレーが死亡し,ユニファイド社も,平成6年に倒産したため,被 告は,平成8年11月から,スガイ社が製造したエレキギター(被告商品C)を輸入し, 販売している。 加山雄三や寺内タケシは,モズライト・ギターを使用して演奏活動を続けており,また, 日本には,モズライト・ギターの愛好者が多数存在する。モズライト・ギターの中古品は, 市場において高い価格で取引されている。被告標章2は,現在に至るまで,モズライト・ ギターの標章として,エレキギターを取り扱う業者やエレキギターの愛好家の間で,よく 知られている。
(3)上記(2)で認定した事実によると,被告標章2は,本件商標登録の出願時には,モズラ イト・ギター(セミー・モズレー又は同人が設立した会社が製造するエレキギター)を表 示するものとして,需用者の間に広く認識されており,そのことは,本件商標の登録時に おいても変わらなかったものと認められる。 本件商標は,外周上に小さな突起のある黒塗りの円形内に,白抜きで欧文字の「M」を表 示した図形を配し,その右に「mosrite」の欧文字を横書きにしてなるものである。 これに対し,被告標章2は,外周上に小さな突起のある黒塗りの円形内に,白抜きで欧文 字の「M」を表示した図形を配し,その右に「mosrite」を横書きにした部分が, 本件商標とほぼ同一である。被告標章2では,この下に欧文字の筆記体で,「ofCal ifornia」と表記されているが,「ofCalifornia」の部分は,「Mマー クmosrite」 の下に小さく,欧文字の筆記体で,付加的に記載されているにすぎないし,また,「of California」の部分は,「カリフォルニア州の」といった観念が生じるから, この部分が特段出所識別機能を有するとはいい難い。これらのことからすると,本件商標 は,被告標章2に類似するものと認められる。 被告標章2は,楽器であるエレキギターに使用されているところ,本件商標の指定商品は, 楽器その他第24類に属する商品である。 以上述べたところからすると,本件商標登録には,商標法4条1項10号が定める事由が 存することが明らかであるというべきである。
(4)商標法47条は,同法4条1項10号に違反してされた商標登録であっても,商標権の 設定の登録の日から5年を経過した後は,不正競争の目的で商標登録を受けた場合を除き, 商標登録の無効審判請求をすることができないと規定するところ,本件商標登録の日であ る昭和55年5月30日から5年以上経過していることから,本件商標登録が「不正競争の 目的」で受けたものかどうかについて検討する。 ア証拠及び弁論の全趣旨によると,原告による本件商標等の使用について次の事実が認め られる。 原告は,その製造販売にかかるモズライト・ギターの複製品に,本件商標を付して販売し, 広告にも本件商標を付してきた。 原告は,その製造販売にかかるモズライト・ギターの複製品を,製造元日本モズライト有 限会社という名称で,原告の名前を出さないで販売していた。また,原告のパンフレット には,「今,蘇るエレキのロールスロイス」といった表示をしていたが,この表示は,エ レキギターの愛好家等には,モズライト・ギターが「蘇った」という意味に理解されるも のである。 原告は,遅くとも平成元年ころには,その製造販売にかかるモズライト・ギターの複製品 に,被告標章2を付すようになり,広告にも,これを用いるようになった。そして,この ころには,原告は,その製造販売にかかるモズライト・ギターの複製品を,製造元ジャパ ンモズライト有限会社という名称で販売していた。 原告のパンフレットには,「今蘇るエレキのロールスロイス」という表示があるほか,「若 大将やベンチャーズが持っていたあこがれのギター。まだ学生であるお父さんたちにはと うてい手のとどくものではありませんでした。心地よいサウンド,王者の名にふさわしい 風格,やはり素晴らしいものは輝きを失うことはありません。近年,懐かしいサーフィン サウンドが再び脚光を浴び,あの当時の感動を知らない若者たちが再びモズライトギター に注目しました。でも今やモズライトは手の届かないものではありません。モズライトは, 当時のポリシーをそのままに現在も日本人職人の手によって生き続けているのです。当時 研究を繰り返しながら開発を続けていったヴィブラートユニットやブリッジ等,現代の日 本の最高テクノロジーによってさらに磨きをかけていったのです。」と記載されている。 また,保証書には,製造元有限会社日本モズライトと記載されていて,原告の名称は記載 されていない。 なお,ジャパンモズライト有限会社,日本モズライト有限会社という名称の会社は実在せ ず,有限会社日本モズライトという名称の会社は,実在したが,平成8年6月1日に解散 した。 原告が製造販売しているモズライト・ギターの複製品を,モズライト・ギターと誤認して 購入した者がいる。上記(3)認定のとおり,本件商標登録の出願時には,被告標章2は,モズライト・ギタ ー(セミー・モズレー又は同人が設立した会社が製造するエレキギター)を表示するもの として,需用者の間に広く認識されていたのであり,上記(2)認定のとおり、ベンチャー ズーモズライト社が「MOSRITE」等について商標権を有していたのであるから,被 告標章2と類似する本件商標を出願した佐藤尚武には,不正競争の目的があったものと認 められる。その後,上記(2)認定のとおり、ベンチャーズーモズライト社が有していた商 標権は,期間満了により消滅したが,上記(3)認定のとおり,被告標章2が,モズライ ト・ギターを表示するものとして,需用者の間に広く認識されていたことには変わりがな く,また,上記(2)認定の事実によると,モズライト社は昭和44年及び昭和48年に倒産 したものの,セミー・モズレーは,倒産後もエレキギターの製造を続けており,被告標章 2が付されたセミー・モズレー製造にかかるエレキギターがわが国に輸入されていたもの と認められる。さらに,上記ア認定の事実によると,原告は,その製造したエレキギター を販売するに当たり,被告標章2と類似する本件商標又は被告標章2を用いていること, 原告は,「モズライト」を含む架空の会社名のみを表示して,原告名を表示していないこ と,原告は,その製造販売にかかるエレキギターは,モズライト・ギターが「蘇った」も ので,「当時のポリシーをそのままに」製造されており,「当時研究を繰り返しながら開発 を続けていった」技術がさらに磨きをかけられたものである旨の説明を行っていること, 以上の事実が認められ,これらの事実からすると,原告が,その製造販売にかかるエレキ ギターを,それがモズライト・ギターの単なる複製品ではなく,セミー・モズレー又は同 人が設立した会社と何らかの関係があるとの誤認を生じさせる方法で販売してきたものと 認められる。そうすると,本件商標の登録時に,原告には,不正競争の目的があったこと が明らかであるというべきである。以上のとおり,原告は,本件商標登録を不正競争の目的で受けたことが明らかであるか ら,現在でも無効審判請求をすることが可能である。
(5)原告は,商標法4条1項10号は,私益を保護する規定であるから,セミー・モズレー 又は同人が設立した会社と関係のない被告が,同号に該当することを主張することはでき ないとも主張するが,同号は,商品の出所の混同を防止する趣旨も含んでいるから,被告 が,セミー・モズレー又は同人が設立した会社と関係がないからといって,同号に該当す ることを主張することができないということにはならない。
(6)以上のとおり,本件商標登録には,無効理由が存在していることが明らかであるとこ ろ,このような商標権に基づく請求は,権利の濫用というべきである。 2.以上の次第で,原告の本訴請求は,いずれも理由がないので,棄却する。

〔研 究〕
1.筆者は、商標権侵害事件においては珍しく3年以上もかかった本件訴訟の補佐人とし て係わってきたが、訴訟を提起される前から、原告代理人との交渉もつづけていた。しか し、商標権者の立場にある原告代理人の理解を得ることができなかった。そこで、この事 件は受けて立つことを依頼者である被告に告げた。 平成10年6月1日に東京地裁に請求された本件は、途中、被告が平成10年5月7日に特 許庁に請求した商標法51条1項に基く商標登録の取消審判(登録商標の不正使用による 取消)は、平成11年9月8日に認容され登録取消の審決があったが、原告(被請求人) が東京高裁(18民部)に出訴した結果、その審決が取消されたので、現在、被告(請求 人)は最高裁に上告したり、また、被告は平成12年12月8日に特許庁に商標法46条1 項に基く商標登録の無効審判を請求して今日に至っている、という複雑な経過をたどって いるので、侵害裁判所における通常の審理時間よりも2倍の時間がかかった次第である。 平成13年7月6日に口頭弁論が終結したこの事件については、その判決が待たれていた が、筆者は、この判決の主文をまず読んだとき、やはり「正義が勝った」という思いで胸 が一ぱいになったのである。 商標登録の取消と無効との法的効果の違いは、「取消」では商標権は審決が確定した後に 消滅するのに対し、「無効」では設定登録日に遡って消滅するから、登録無効の審決の効 果は取消の効果を含みかつこれよりはるかに強力なものである。
2.さて、被告(審判請求人)は、本件商標に対する登録無効審判の請求原因として、商 標法4条1項10号をまず考えたが、同法47条による除斥期間の壁があった。しかし、原 告(審判被請求人)にはその登録出願時にも登録査定時にも、明らかに「不正競争の目 的」があったと確信したから、主位的請求原因を前記10号とした。これに補足的ないし 予備的の請求原因として15号,16号,19号を主張した。(注) 今回の東京地裁判決は、本件商標には10号に該当する明らかな登録無効理由が存在して いるから、そのような商標権に基づく本件請求は権利の濫用というべきであると断言した が、この判示は、同一の証拠が特許庁審判においても提出されていることを考えると、登 録無効の審決が出されることは必至であろう。 特許裁判所の組織ではないわが国の侵害裁判所が、本件登録商標は登録要件を欠如してい るから無効となるだろうことを言明することに対しては、行政庁の行うべき行政処分に対 する越権行為ではないかとの批判もあるかも知れない。 しかし、商標権という対世的に強力な排他独占的効力を専有する商標権者による第三者に 対する権利行使、即ち、差止請求権や損害賠償請求権の行使は、その登録商標が十分に登 録要件を具備していてはじめて適法といわれるものであり、かつその登録商標が登録要件 を欠如していることが証拠によって客観的に明らかとなった場合には、その登録を無効に することができる制度が存在している以上、侵害裁判所の立場としては原告の請求を認容 するわけにはいかないのであり、それが法的正義というものである。その意味で、本件判 決は法的妥当性があると評価される。 さらにまた、この判決は、現在、審議されている司法制度改革問題に直結し、現在の審判 制度と裁判制度との関係を批判し、特許裁判所の設置への機運を促しているようにも思え るのである。
3.本件判決に対しては控訴されることが予想されるが、「正義が勝つ」という信念はいつ の場にあっても変わるものではない。そして、裁判においてその信念を確実に支えるもの は、説得性のある客観的証拠とともに、依頼者と代理人・補佐人との一致団結したチーム ワークであり、勝利への情熱とたゆまぬ努力であることを、本事件を通じて筆者は痛感し た。 本件判決によって、特許庁からも登録無効の審決が出されるのはそう遠くない時期であろ う。 なお、本件判決と同様趣旨の内容による判決は特許権侵害事件や意匠権侵害事件でも現存 するから、「第1論文コーナー3」を参照して下さい。こんごも、侵害裁判所においては、 特許庁における無効審決を待つまでもなく、無効の確率がきわめて高い明白性の心証が得 られたときには、原告による権利行使を権利濫用の法理に基いて請求棄却するケースが増 えることであろう。 また、権利濫用の法理は、著作権侵害事件においても通用していることは、D−3「キュ ーピー」事件の東京地裁判決を参照されたい。この事件では、かって著作権侵害行為をし ていた原告が、その後、著作権を取得したことを奇貨として、被告に対し権利行使をする ことは権利濫用に当たると評価している。この評価は、正に前記「MOSRITE」商標 にも当てはまっている。原告のアンクリーンハンドによる権利行使に対しては、侵害裁判 所は常に厳しい態度で臨んでいるといえるのである。

(注)商標登録を受けることができない商標法第4条1項10号の規定とは、次のとおり である。
「他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されて いる商標又はこれに類似する商標であって、その商品若しくは役務又はこれらに類似する 商品若しくは役務について使用をするもの」

〔高裁の判断〕

当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないと思料する。その理由は、次のとおり当審に おける控訴人の主張に対する判断を付加するほかは、原判決の事実及び理由「第4当裁判 所の判断」と同じであるから、これを引用する(ただし、原判決14頁下から3行の「乙 10の2」は、「乙10の1」の誤記と認める。)。
1.控訴人の主張(1)(商標法4条1項10号の解釈適用の誤り)について
(1)控訴人は、被告標章2が周知商標であるとの被控訴人の主張は、ベンチャーズ−モズ ライト登録商標が周知商標であるとの主張と同じであるとした上で、ベンチャーズ−モズ ライト登録商標権が更新登録手続がなされないまま消滅し、その後1年以上が経過したか ら、本件商標について商標法4条1項11号,13号の登録障碍事由は解消したとし、その ことから、本件商標について商標法4条1項10号の適用はないと解すべきである、と主 張する。 しかしながら、被控訴人の主張する、被告標章2がセミー・モズレー又は同人が設立した 会社が製造するエレキギターであるモズライト・ギターを表示するものとして我が国の需 要者間に周知となっていた、ということと、セミー・モズレーが設立した会社とは別個の 会社であるベンチャーズ−モズライト社の我が国における登録商標(ベンチャーズ−モズ ライト登録商標)が我が国の需要者間に周知となっていた、ということとは、別個の事柄 であることが明らかである。被告標章2が周知商標であると主張したからといって、当然 に、ベンチャーズ−モズライト商標が周知商標であると主張したことと同じになるもので はない。控訴人の主張は、その前提において、既に、失当である。 この点をおくとしても、控訴人の主張は失当である。 既登録商標が周知性を有するに至っている場合には、その商標権が期間満了により消滅し たからといって、そのことにより、直ちに、当該商標の周知性が消滅することになるわけ のものではないことは、当然である。ベンチャーズ−モズライト登録商標の商標権が周知 性を有するに至っていたと仮定した場合、その商標権が期間満了により消滅したからとい って、それに伴い、直ちにその商標の周知性が消滅するということはできない。まして、 ベンチャーズ−モズライト登録商標とは別個の商標である被告標章2の周知性が消滅する ことにならないことは、論ずるまでもなく明らかというべきである。 控訴人は、ベンチャーズ−モズライト登録商標の商標権が消滅し、その後1年が経過した から、本件商標について商標法4条1項11号,13号の登録障碍事由が解消し、同項10 号の適用もない、と主張する。しかし、商標法4条1項11号,13号の適用がないからと いって、周知商標との関係について規定した商標法4条1項10号の適用がないことには ならないのは明らかであるから、控訴人の主張は失当である。 控訴人は、商標法4条1項10号にいう、周知商標には、既登録商標は含まれない旨主張 する。しかしながら、既登録商標であっても、周知性を有するに至っている場合に、商標 法4条1項10号の適用を排除すべき理由は全くないというべきである。既登録商標につ いては、登録の事実を立証すれば、周知性を立証するまでもなく、同項11号による保護 を受けられるものの、そのことは、既登録商標につき周知性を主張、立証して、同項10 号による保護を受けることを妨げるものではない。そもそも、本件において、被告標章2は、既登録商標であるベンチャーズ−モズライト商標とは、別個の商標であるから、被告 標章2は、既登録商標であるとはいえず、控訴人の主張は、その前提を欠くというべきで ある。 以上述べたとおりであるから、控訴人の上記主張は、採用することができない。
(2)控訴人は、商標法4条1項10号にいう周知商標というためには、特定人により使用さ れていなければならず、原判決が、周知商標と認定した被告標章2の主体について、「セ ミー・モズレー又は同人が設立した会社」と複数存在する旨認定判断したのは誤りである、 と主張する。 商標法4条1項10号にいう周知商標というためには、一定の何人かの商品の識別標識で あるという点において周知でなければならないものの、現実にそれが何人であるかまで明 確にされることは、必ずしも必要ではないというべきである。控訴人が、周知商標という ためには、特定人により使用されていなければならないと主張する趣旨が、上記の程度で は足りないとの趣旨であれば、誤りであるというべきである。 原判決が認定した「セミー・モズレー又は同人が設立した会社」が,実質的に同一の主体 を指していることは、その記載自体から明らかである。そうすると、原判決は、被告標章 2が一定の何人かの商品の識別標識として周知であると認定しているということができる。 この点につき、原判決に商標法4条1項10号の解釈適用の誤りはない。 控訴人の主張は、採用することができない。
(3)控訴人は、商標法50条及び32条を挙げ、商標法4条1項10号が適用されるためには、 当該商標が継続して適法に使用されていることを要件とすべきである、と主張する。 しかしながら、商標法50条は、商標の不使用による取消しに関する規定であり、同法32 条は、商標の先使用によりその商標の使用をする権利に関する規定であって、商標の不登 録事由について定めた商標法4条1項10号とは直接の関係がない規定であるから、商標 法50条及び32条の要件が、そのまま商標法4条1項10号の適用の要件となるものでな いことは、明らかというべきである。 控訴人の主張は、採用することができない。
(4)控訴人は、原判決が被告標章2の周知性の認定の根拠とした証拠は、いずれも、その 作成時期が本件商標の登録出願前である昭和47年6月22日より後のものであるため証明 力がないと主張する。 しかしながら、原判決摘示の当事者間に争いのない事実及び証拠並びに弁論の全趣旨によ れば、
1.我が国において、被告標章2が付されたモズライト・ギターは、昭和40年ころ から、輸入販売されるようになったこと、
2.人気ロックグループであるザ・ベンチャーズ が昭和40年に来日してモズライト・ギターを使用したこと、
3.そのころ、寺内タケシ、 加山雄三といった、我が国の人気ミュージシャンもモズライト・ギターを演奏に使用した ことなどから、遅くとも、本件商標登録の出願時には、被告標章2は、モズライト・ギタ ーの標章として、我が国の取引者・需要者の間でよく知られるようになっていたこと、
4. その後も、モズライト・ギターは、モズライト社が倒産するなどしたため、製造が一時中 断されたことはあったものの、その後もセミー・モズレーによって、同人が死亡する平成 4年ころまで、継続的に製造され、我が国にも輸出、販売されていたこと、
5.その後も、 最近に至るまで、加山雄三や寺内タケシは、モズライト・ギターを使用して演奏活動を続 けていること、
6.我が国には、現在でも、モズライト・ギターの愛好者が多数存在し、モ ズライト・ギターの中古品は、市場において高い価格で取引されていること、が認められ、 これらの事実によれば、被告標章2は、本件商標登録の出願時にはモズライト・ギターを 表示するものとして、需要者の間に広く認識されており、そのことは本件商標の登録査定 時及び登録時においても変わらなかったものということができ、以上の認定判断を覆すに 足りる主張、立証はない。 上記の各証拠中には、控訴人が主張するとおり、本件商標の登録出願及び登録時以降に発 行された雑誌等もある。しかしながら、証拠の記載内容によっては、その証拠から作成時 期より前の事実を認定しうることがあることは、論ずるまでもなく明らかである。控訴人 の主張は、証拠の記載内容のいかんにかかわらず、その作成日付以前の事実を認定するこ とは一切できないと主張するに等しいものであり、失当である。 控訴人は、上記の各証拠からは、被告標章2の使用期間、使用方法や態様、同商標を使用 したエレキギターの製作、輸入又は販売数量、販売地域、広告宣伝の内容や回数が明らか にされていないから、これらの証拠により被告標章2の周知性を認めることはできないと 主張する。しかし、被告標章2の使用期間、使用方法、態様については、上記認定したと ころから明らかである。また、ある商標の周知性に関し、控訴人が主張するとおり、その 商標を使用した商品等の製作、輸入又は販売数量、販売地域、広告宣伝の内容や回数が明 らかにされることが、周知性の認定判断にとって有効であることは、その限りにおいて正 しいといえるものの、これらの事実が認定されなければ、周知性を認定することが一切許 されないとする根拠はないというべきである。本件においては、上記の各証拠等は、周知 性を認めるに十分である。 控訴人の上記主張は、いずれも採用することができない。
(5)控訴人は、商標登録の無効事由の有無の判断の基準時は、登録査定時であるのに、原 判決が、本件商標の登録時としたのは誤りである、と主張する。 商標登録の無効事由の有無の判断の基準時が、登録査定時であることは、控訴人の主張の とおりである(ただし、登録出願時が基準となることがあり得る。)。ところが、原判決は、 商標法46条、4条1項10号に定める無効事由の有無に関し、「被告標章2は、本件商標 登録の出願時には、モズライト・ギター(セミー・モズレー又は同人が設立した会社が製 造するエレキギター)を表示するものとして、需要者の間に広く認識されており、そのこ とは、本件商標の登録時においても変わらなかったものと認められる。」(原判決13頁23 行〜14頁1行)として、「本件商標の登録時」との表現により基準時を示しているから、 この点についての原判決の説示には、厳密にいえば、誤りがあることになる。 しかしながら、控訴人の上記主張は、本件商標の登録査定時にも商標登録の無効事由が存 在することを認めることができる場合には、結局のところ、意味を有しない主張である。 被告商標2は、本件商標の出願時には、既に、我が国において周知性を獲得しており、そ のことは、本件商標の登録査定時を経て登録時まで継続していたことが認められることは、 前記説示のとおりである。 控訴人の主張は、採用することができない。
2.控訴人の主張(2)(商標法46条の解釈適用の誤り)について 控訴人は、商標法46条に基づく無効審判請求は、商標登録の無効を求めるについて法律 上正当な利益を有する者に限り行うことができ、この理は商標権侵害訴訟において商標登 録に無効事由が存在することを主張する場合にも当てはまる、と主張する。商標登録の無 効を請求する者に、無効を求めるにつき正当な利益が必要であること、この理が商標権侵 害訴訟において商標登録に無効事由が存在することを主張する場合にも当てはまることは、 控訴人の主張するとおりである。 しかしながら、本件において、被控訴人は、本件商標権の侵害を理由に販売の中止や損害 賠償などを請求されている者であるから、抗弁として本件商標の登録に無効事由が存在す ることを主張する、法律上の正当な利益を有することが明らかである。 控訴人は、商標法4条1項10号に該当することを理由に商標登録の無効を主張する法律 上の利益を有するのは、当該未登録周知商標の使用主(本件ではセミー・モズレー又は同 人が設立した会社)だけであると主張する。しかし、商標法の規定中には、商標法4条1 項10号によって守るべき利益を当該未登録周知商標の使用主に限るとするなど、同号を 理由とする無効主張の主体を制限する趣旨の文言はないこと(同項8号の括弧書きが、 「その他人の承諾を得ているものを除く。」として除外事由を設けていること、参照)を 前提に、同号に違反する商標の使用が一般に与える影響を考慮すると、控訴人の主張する ように限定解釈すべき根拠はないものというべきである。 以上のとおりであるから、被控訴人が本件訴訟において本件商標の登録に無効事由がある ことを主張することは許されない、との控訴人の主張は採用することができない。
3.控訴人の主張(3)(商標法47条の解釈適用の誤り)について
(1)控訴人は、原判決が、不正競争の目的の存否について、登録査定時を基準にすべきで あるのに登録時を基準にしたのは、誤りであると主張する。 商標法47条にいう「不正競争の目的」が、登録査定時に存在しなければならないもので あることは、控訴人主張のとおりである。 原判決は、「本件商標の登録時に、原告には、不正競争の目的があったことが明らかであ るというべきである。」(原判決17頁3行〜4行)として、「本件商標の登録時」との表現 により基準時を示しているから、この点についての原判決の説示には、厳密にいえば誤り があることになる。 しかしながら、控訴人の上記主張は、本件商標の登録査定時にも不正競争の目的が存在す ることを認めることができる場合には、結局のところ、意味を有しない主張である。原判 決摘示の証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件商標の出願人であるBは、被告標章2が周 知であることを知りながらこれと類似する本件商標の登録出願をしたものであって、不正 競争の目的を有していたこと、控訴人も、被告商標2が周知であることを知りながら、本 件商標の出願にかかる権利を買い受け、遅くとも平成元年ころからその製造販売にかかる エレキギターに被告標章2等を付し、原告の名前を出さずに、ジャパンモズライト有限会 社又は日本モズライト有限会社という架空の会社の名前を用いて販売するなどして、その 製造販売に係るエレキギターがモズライト・ギターの単なる複製品ではなく、セミー・モ ズレー又は同人が設立した会社と何らかの関係があるとの誤認を生じさせる方法で販売し ていたものであることが認められ、上記認定によれば、控訴人は、本件商標の登録査定時 において、不正競争の目的を有していたということができ、上記認定判断を覆すに足りる 主張、立証はない。 控訴人は、上記証拠のうち、甲第11号証,乙第6ないし第8号証,第12号証の1,2, 第13号証は,いずれも本件商標の登録査定時である1980年(昭和55年)1月11日よ り後に作成されたものであるから、本件商標の登録査定時に不正競争の目的があったこと について、証明力を有しない、と主張する。しかしながら、証拠の記載内容によっては、 その証拠から作成時期より前の事実を認定しうることがあることは、前記説示のとおりで あり、本件においては、前記各証拠は、本件商標の登録査定時における不正競争の目的を 認定するに足りるものであるというべきである(控訴人は乙第11号証、第31ないし第 48号証についても同様の主張をする。しかし、これらの証拠は、上記認定の証拠として は用いられていないから、控訴人の主張は、その前提を欠くものであって、失当である。)。 控訴人は、本件商標の出願人であるBの不正競争の目的は、ベンチャーズ−モズライト登 録商標の商標権が消滅した昭和52年3月20日から1年を経過したことにより消滅した、 と主張する。しかしながら、被告標章2が本件商標の登録出願時に既に周知であり、その 周知性は、本件商標の登録査定時まで継続して存在したことが明らかであることは前記認 定のとおりであるから、ベンチャーズ−モズライト登録商標が消滅したことにより、Bの 不正競争の目的が消滅したなどということは、到底いうことができない。 控訴人の上記主張は、いずれも、採用することができない。
(2)控訴人は、商標法47条の 5年の除斥期間が、本件においても適用される、と主張する。しかしながら、同法47条 は、明文の規定により、不正競争の目的で商標登録を受けた場合を、同条適用の対象から 除外しているから、前記のとおり、控訴人に不正競争の目的が認められる本件においては、 同条の適用はないものというべきである。 控訴人は、上記主張の根拠として、平成8年法律第68号による改正前の商標法19条2項 ただし書において、出所の混同を生じることを更新拒絶事由としていないことを挙げる。 しかし、上記の規定が、商標法47条の明文の規定に反することになる解釈をする根拠と なり得るものではないことは、明らかである。控訴人の上記主張は、採用することができ ない。
4.控訴人の主張
(4)(権利濫用)について 控訴人は、被控訴人は、不正競争の目的で、他人の周知商標であると主張する被告標章2 を自ら使用し、モズライト・ギターの複製を本物であると偽って我が国において、販売し ている者であるから、本件訴訟において、本件商標権が無効であると主張することは、権 利の濫用に当たり許されない、と主張する。 しかしながら、本件商標は、商標法4条1項10号に違反して登録された、その登録に無 効事由が存在することが明らかな商標である。このように、その登録に無効事由が存在す ることが明らかな本件商標に基づき、控訴人が、他人に対し、本件商標権の侵害を理由に、 差止め請求権や損害賠償請求権を行使することは、いかなる場合であっても、権利の濫用 に当たり許されないというべきである。仮に、被控訴人が、控訴人の主張どおり、モズラ イト・ギターの複製品を本物と偽って販売していることが真実であったとしても、そのこ とをもって、無効事由が存在することが明らかな本件商標権に基づく請求を許すべき根拠 とはなり得ないというべきである。 控訴人の主張は、採用することができない。
5.以上によれば、控訴人の主張は、いずれも理由がなく、他に、原判決の結論に影響を及 ぼすに足りる事由の主張、立証はない。

〔研究〕

1.控訴審判決は、被控訴人(被告)側の主張を殆ど認め、控訴人(原告)側の主張を否定し、一審判決を支持したが、弁論が開かれたのは3回というきわめて短い期間で結論が出た。
2.ところで、一審判決の〔研究〕の冒頭で記載した原告の本件登録商標の不正使用による登録取消審決を覆した東京地裁(18民)の判決に対し、被告は上告していたところ、一年半近く経った先日、口頭弁論を開く旨の連絡が最高裁(三小)からあった。このような連絡は良い知らせである。口頭弁論の開廷日は7月16日に決まった。⇒G-15
3.また、被告側が請求していた本件登録商標の登録無効審判は、平成14年4月22日に、「楽器,演奏補助品,蓄音機,レコードについての登録を無効とする。」との審決がなされ、その審決文は5月7日に代理人に送達された。その理由によると、請求人(被告)側が主張し立証していた商標「Mマーク mosrite」は他人(セミー・モズレー又は彼の会社)の周知商標であった事実を、特許庁は全面的に認めたのである。(詳細は次号に掲載)
 ということは、権利侵害訴訟事件において、東京地裁も東京高裁も、原告(被請求人)側の主張を全部否定し、その商標権には無効事由が確実にあることを認め、原告の権利行使を権利濫用行為として請求棄却したのである。これによって、被告側の商標使用の正当性が客観的に認められ、原告側はもはや口を出すことは不可能となったのである。
4.「登録無効」と「登録取消」との法律効果は、前者は商標法第46条の2第1項に規定するように、商標権は初めから存在しなかったものとみなされるし、後者は同法第54条第1項に規定するように、商標権はその後、将来に向って消滅するとあるように、全く違うのである。したがって、もし登録無効の審決が確定した時には、登録取消の効果は登録無効の効果に含まれてしまうことになる。

〔最高裁の判断〕
「上記当事者間の東京高等裁判所平成13年(ネ)第5748号商標権侵害差止等請求事件について、同裁判所が平成14年4月25日に言い渡した判決に対し、申立人から上告受理の申立てがあったが、申立て理由によれば、本件は、民訴法318条1項により受理すべきものと認められない。」

以上によって、「MOSRITE」をめぐる商標権侵害訴訟事件は、全部終結したのである。

[牛木理一]