F-10

 

 

「蕎心庵」事件:京都地裁平成16()2960,平成171124日判決(一認)

〔キーワード〕
類否判断の基準,取引の実情,造語,ウェブサイト,弁護士費用

〔主  文〕
1 被告は、原告に対し、25万1200円及びこれに対する平成17年3月
  1日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを100分し、その97を原告の負担とし、その余は被
  告の負担とする。
4 この判決は、1項に限り、仮に執行することができる。


〔事  実〕
(1)原告(中野 久)は、栃木県那須塩原市においてそば屋を営んでいる。
 被告(有限会社京都蕎心庵)は、京都府内においてそば屋を営業している。
 有限会社有喜屋は、そば等の料理飲食業を営んでおり、その代表者は被告代表者である。
 被告ないし被告代表者は、平成8年から「有喜蕎心流」との名称で、一般市民向けのそば打ち塾を開設、運営している。
(2)原告は、別紙2記載の本件商標に関し、第43類「蕎を主とする飲食物の提供」を指定役務として、平成14年2月8日に出願し、平成15年1月31日に設定登録した商標登録第4641004号の商標権者である。
(3)被告は、平成16年6月24日から同年10月14日まで、そばの提供等につき、別紙3記載の標章(以下「被告標章1」という。)ないしその一部を使用し、そば屋を営業していた(弁論の全趣旨。なお、別紙4記載の標章は、平成16年6月ないし9月ころの被告店舗の暖簾(甲8、乙19の1)を図示したものであり、上記被告標章1の使用方法の一態様であると認められる。)
 被告は、平成16年10月15日以降、そばの提供等につき、別紙5記載の標章(以下「被告標章3」という。)を使用し、そば屋を営業している(弁論の全趣旨。)なお、別紙6記載の標章は、平成16年11月ころ以降の被告店舗の暖簾(甲8)を図示したものであり、上記被告標章3の使用方法の一態様であると認められる。)
(4)本件の争点は、次のとおりである。
 1 被告は、被告標章1を使用することにより、原告の商標権を侵害したか。
 2 被告は、「被告標章2」を使用することにより、原告の商標権を侵害し
たか。
 3 被告は、被告標章3を使用することにより、原告の商標権を侵害してい
   るか。
 4 損害の有無及び範囲

〔判  断〕
1 被告は、被告標章1を使用することにより、原告の商標権を侵害したか
(争点1)について
(1)商標の類否は、同一又は類似の商品に使用された商標が外観,観念,呼称等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を統合して全体的に考察すべきであり、かつ、その商品の取引の実情を明らかにし得る限り、その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものである。商標の外観,観念又は呼称の類似は、その商標を使用した商品につき出所を誤認混同するおそれを推測
させる一応の基準にすぎず、したがって、上記3点のうち類似する点があるとしても、他の点において著しく相違するか、又は取引の実情等によって、何ら商品の出所を誤認混同するおそれが認められないものについては、これを類似商標と解することはできないというべきである
(最三小平成9年3月11日・民集51巻3号1055頁参照)。
 以上を前提として、被告標章1が本件商標と類似しているかどうかについて検討する。
(2)ア 本件商標は、別紙2記載のとおり「蕎心庵」の3文字を横書きした標章であって、その外観は、別紙2記載のとおりであり、「キョウシンアン」の呼称を生じ、また、そばを連想させる「庵」の文字が使用されていることからすれば「そば屋」の観念を想起させる。
 これに対し、被告標章1は、「手打そば」の4文字、「京都」の2文字、「蕎心庵」の3文字「produce by UKIYA」の14文字をそれぞれ横書きとした標章であり、その構成は、別紙3のとおりである。そして、@「手打そば」との文言は商品ないし役務の普通名称であると認められること、A「京都」は地名であり、かつ「蕎心庵」との文言に比較して明らかに小さい文字で表記されていることから、観る者の注意を引きつける力が「蕎心庵」との文言に比べると弱いと認められること、B「produce by UKIYA」は、後記(3)のとおり、「有喜屋」との商標が著名とまでは認められず、「蕎心庵」と比較して明らかに小さい文字で表記されており、かつ、その意味内容からして当該店舗の店舗名そのものではなく、当該店舗を運営する主体を表示する文言であると認められるから、観る者の注意を引きつける力が「蕎心庵」との文言に比べると弱いと認められることなどからすると、被告標章1の自他識別機能を果す要部は「蕎心庵」の部分であると解するのが相当である。したがって、その呼称及びその想起される観念は、本件商標1と同様、「キョウシンアン」及び「そば屋」であり、かつ、その外観も、本件商標と類似の関係にあるということができる。
イ このように称呼及び観念が同一であり、かつ、外観が類似していることに
加え、原告が、本件商標を原告店舗の看板やウェブサイト上の広告宣伝等に用いていた(甲14の1ないし5,15,乙1,2)のに対し、被告も被告商標1を被告店舗の看板やウェブサイト上の広告宣伝等に用いていたことや、原告店舗と被告店舗は、共にそばを提供する店舗であったこと、さらには、原告店舗に、同店舗が所在する栃木県那須塩原市在住の者のみならず近畿地方等からの観光客も利用していること(甲14の4)などを総合すると、有喜屋ないし「有喜屋」との商標「乙54,57」が京都市内で一定の周知性を有していると認められること(乙14,15,16の1・2,17,18,27ないし29,31,32,36,37,38の1・2,43ないし53,59ないし104,116,117,122ないし126)や、被告が被告店舗において「有喜蕎心流そば打ち塾 京都蕎心庵 塾生による店」等と大書きした看板を店頭に掲げていたこと(乙19の1・2,125,126)や、被告標章1に
「produce by UKIYA」の記載があることや、原告店舗と被告店舗とが地理的に
離れていることなどを考慮に入れたとしても、被告による被告標章1の使用により、原告が提供する役務と出所混同のおそれが生ずることを否定することはできず、本件商標を被告標章1は類似していると解するのが相当である。
(3)これに対し、被告は、原告,被告双方の取引の実情を考慮すれば、被告の店舗を訪れる客は、被告店舗が有喜屋グループの一員であり、かつ、有喜蕎心流そば打ち塾塾生による店舗であることを容易に認識でき、原告店舗に由来するものと誤認混同することはあり得ないなどとして、本件商標と被告標章1とは類似していないと主張する。しかし、有喜屋あるいは有喜蕎心流そば打ち塾が、そば屋を利用する一般需要者の間で著名であるとまでは証拠上認められないことや、上記判示内容に照らすと、被告の主張は採用できない。

2 被告は、被告標章2を使用することにより、原告の商標権を侵害したか(争点2)について
 原告は、被告が、被告標章2を、本件商標の指定役務あるいはそれに類似する役務等に使用していた旨主張する。しかし、原告が提出する甲8号証は、有喜屋作成のウェブサイトを印刷したものであると認められるから、これをもって、上記主張事実を認めることはできず、他に、原告の上記主張事実を認めるに足りる証拠はない。
 よって、争点2に関する原告の主張は理由がない。
3 被告は、被告標章3を使用することにより、原告の商標権を侵害しているか(争点3)について
(1)被告標章3は、別紙5のとおり「UKIKYOSHINAN」の12文字、「手打ちそば」の4文字,「有喜蕎心庵」の5文字,「produce by UKIYA」の14文字からなる標章であるが、@「UKIKYOSHINAN」とは、「有喜蕎心庵」の発音をローマ字により表記したものであり、かつ、「UKI」と「KYOSHINAN」との文字が連続的に使用されていること、A「手打そば」は商品ないし役務の普通名称であると認められるから、観る者の注意を引きつける力が「有喜蕎心庵」との文言に
比べると弱いと認められること等を総合すると、その自他識別機能を果たす要部は「有喜蕎心庵」であると解するのが相当である。したがって、被告標章3の呼称は「ウキキョウシンアン」であり、そばを連想させる「蕎」の文字及び飲食店を連想させ得る「庵」の文字が使用されていることからすれば「そば屋」の観念を想起させる。
 そうすると本件商標(「蕎心庵」)と被告標章3の要部(「有喜蕎心庵」)は、観念においても同一あるいは類似の関係が認められるものの、2文字の相違があり、その称呼も「キョウシインアン」と「ウキキョウシンアン」と異なっているから、その外観及び称呼において同一あるいは類似であるとは認められない。
 そして、本件商標あるいは被告標章3から生じ得る観念は、それ自体は特徴的なものではなく、強い出所識別機能を有しているとはいえないのに比較して、その称呼及び外観の出所識別機能が強いと解される点に加え、@原告店舗と被告店舗の所在地が離れていること,A1(2)で判示したとおり、有喜屋ないし「有喜屋」との商標が一定の周知性を有している事実が認められるところ、上記商標のうち、「屋」とは店舗等を表示する一般的な名称であり、被告商標3にも含まれる「有喜」との単語は、単なる形容詞的な単語とは解されず、一定の出所識別能力があると認められることなどの取引の実情を考慮すると、被告が被告商標3を使用したとしても、原告が提供する役務との出所混同が生ずるとは認められないから、本件商標と被告標章3は類似しているとはいえない。
(2)これに対し、原告は、@本件商標と被告商標3との類否判断に当たっては、原告側の取引の実情を考慮するべきではない、A被告標章3に含まれる「有喜蕎心庵」との文言につき、「有喜」及び「蕎心庵」とに分離して観察すべきであるなどして主張する。
 しかし、確かに、ある標章が、他社の登録商標に類似するか否かは、当該標章の実際の使用形態や使用方法等の取引の実情を考慮して判断すべきものであるが、その判断に必要な限りにおいて、登録商標の使用形態等を検討することまでが否定されるとは解されない。また、(1)に判示したとおり、「有喜」との単語は、単なる形容詞的文言と解されず、一定の出所識別能力を有する一方で、「有喜」及び「蕎心庵」がそれぞれ別個の単語として一般需要者において著名であるとまでは認めるに足りる証拠がないから、「有喜蕎心庵」は一つの造語として捉えるのが自然であり、これを「有喜」「蕎心庵」と分離して観察し、本件商標との類否判断を行うことが適切とは解されない。
 したがって、原告の上記主張は採用できない。
(3)なお、原告は、被告標章3が商標登録された旨の被告の主張に対し、当該商標登録には無効原因があるから、無効原因のある商標権をもって抗弁とすることは権利の濫用である旨の主張をするが、本件全証拠をもってしても、上記商標登録が無効であると認めるに足りる証拠はない。

4 損害の有無及び範囲(争点4)について
(1)ア 前記のとおり、被告が、平成16年6月24日から同年10月14日までの間、被告標章1を使用したことは本件商標権を侵害するものであり、被告には過失の存在が推定されるから、被告は本件商標権侵害によって原告が被った損害を賠償する義務がある。
  イ そして、次のとおり、原告が本件商標の使用に対し受けるべき金銭の額に相当する金額は15万1200円であるから、原告は15万1200円を被告に対し請求できる。
(ア)平均日商額(甲13,弁論の全趣旨)            5万円
(イ) 営業日数
平成16年6月24日から同月30日           96日間
(被告店舗が定休日である月曜日を除く。)(乙42等)    6日間
平成16年7月1日から同年9月30日          78日間
(平均月間営業日26日×3)(弁論の全趣旨)
平成16年10月1日から同月14日           12日間
(被告店舗が定休日である月曜日を除く。)(乙42等)
(ウ)使用料
 本件商標が著名なものとまでは認められないこと等、本件に現れた一切の事情を考慮すれば、その相当な使用料は売上げの3パーセントであると解するのが相当である。
(エ)使用料合計
   5万円×96日×1,0.5×0.13=15万1200円
ウ また、本件事案の性質、難易度等、本件に現れた一切の事情を考慮すると、被告による本件商標権の侵害と相当因果関係にある弁護士費用相当額は、10万円と解するのが相当である。
エ よって、原告は、被告に対し、25万1200円及びこれに対する遅延損害金を請求することができる。
(2)これに対し、被告は、被告の本件商標権侵害により原告には何ら損害を生じていない旨主張する。
 そこで、この点につき検討すると、本件全証拠によっても、本件商標に顧客吸引力が全く認められないといった事実を認めるに足りる証拠はないし、被告は、被告標章1を被告店舗の看板やウェブサイト上の広告宣伝等に用いていることからすれば、被告標章1が被告の売上げに何らかの寄与をしたと認められるから、被告の本件商標権侵害により原告に損害が生じていないとはいえない。
よって、被告の上記主張は採用できない。
5.結語
 以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し、損害金25万1200円及びこれに対する不法行為日の経過後である平成17年3月1日から支払い済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条、64条本文を、仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

〔論  説〕
1.商標の類否が争われた本件商標権侵害において裁判所は、まず最高裁判決(判例)を引用し、われわれ弁理士が特許庁における審査・審判時に基準とする商標の外観,称呼又は観念の類似について、「その商標を使用した商品につき出所を誤認混同するおそれを推測させる一応の基準にすぎず」と説示する。
そして、権利侵害事件にあっては、「上記3点のうち類似する点があるとしても、他の点において著しく相違するか、又は取引の実情等によって、何ら商品の出所を誤認混同するおそれが認められないものについては、これを類似商標と解することはできないというべきである。」と判示する。 
 したがって、本地裁は、この判例の考え方を前提として、被告標章1について本件商標との類否を判断しているが、これは被告標章2及び3に対しても共通していることではある。しかし、被告標章2及び3については、別の角度からの問題点の検討によって解決している。
 本件において、被告が使用していた標章の態様には、次の3つがある。
@ 被告標章1(別紙3):「手打そば」+「京都」+「蕎心庵」+「produced by UKIYA」→類似と認定
A 被告標章2(別紙7):(ウェブサイト)「手打そば」+「京都」+「京都蕎心庵」+「produced by UKIYA」→認定外
B 被告標章3:「UKIKYOSHINAN」+「手打そば」+「有喜蕎心庵」+「produced by UKIYA」→非類似と認定

2.裁判所は、被告標章1に対しては、自他識別機能を果す要部は「蕎心庵」の部分と認定し、原告提供の役務と出所混同のおそれがあるから、本件商標と類似すると判断したが、被告標章3に対しては、自他識別機能を果す要部は「有喜蕎心庵」の部分であるところ、本件商標とは2文字の相違と称呼の相違があるから、外観及び称呼において類似しないし、一定の出所識別能力があるとの取引の実情を考慮し、原告提供の役務との出所混同が生ずるとは認められないから、本件商標とは類似しないと判断した。また、被告標章2に対しては、これは有喜屋作成のウェブサイトであるから、本件商標権を侵害したことにはならないと認定した。
 このうち、被告標章3に関る標章態様は、文字の結合標章から成るところから、2つの造語を分離することなく全体として本件商標と対比して判断したが、非類似と判断されたぎりぎりのところである。しかし、もし本件商標「蕎心庵」が単なる登録商標ではなく、周知ないし著名商標に属するものとなっていたならば、取引の実態を考慮し、役務の出所を誤認混同するおそれがあるから、類似すると判断されたかも知れない。
 問題は、被告標章2に対する認定である。裁判所は、ウェブサイト上の広告であることを理由に原告の主張を認めなかったが、商標法上では、役務標章の使用の概念に電気通信回線を通じて提供する行為は含まれると解すべきである。

3.損害額の算定について、使用料率を3%として151,200円にプラスして弁護士費用として100,000円を認めたが、この金額は本件商標権の侵害と相当因果関係があるものと認定した。しかし、弁護士費用の妥当性はいつの事件判決においても、殆ど根拠がないものと思われる。

〔牛木理一〕