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サザエさん事件: 東京地裁昭和46年(ワ)151号昭和51年5月26日判決(認容)〔無体裁集8巻1号219頁〕

〔キーワード〕 
連載漫画、登場人物、キャラクター、話題ないし筋、著作権の成立、通常受けるべき金銭の額(損害賠償金)

 

〔判示・認定事項〕 

  1. 被告の本件行為当時、既に漫画「サザエさん」は、現に当裁判所に顕著な事実である漫画「サザエさん」の内容のものであったと認められる。
  2. サザエさんは平凡なサラリーマンの妻として、家事,育児あるいは近所付合いなどにおいて明るい性格を展開するものとして描かれており、またその他の登場人物にしてもその役割,容ぼう,姿態などからして、各登場人物自体の性格が一貫した恒久的なものとして表現されており、更に特定の日の新聞に記載された特定の4齣の漫画「サザエさん」は、それ自体として著作権を発生せしめる著作物とみられ得る。
  3. 他人が作成した漫画であっても、そこに登場する人物の容ぼう,姿態等からしてその人物が原告の作成する漫画「サザエさん」に登場するサザエ、カツオ、ワカメ等と同一または類似する人物として描かれていれば、その漫画は漫画「サザエさん」と誤認される場合があるであろうと解される。
     また、右のように長期間にわたって連載される漫画の登場人物は、話題ないし筋の単なる説明者というより、むしろ話題ないし筋の方こそそこに登場する人物にふさわしいものとして選択され表現されることの方が多いものと解される。
  4. 漫画の登場人物自体の役割,容ぼう,姿態など恒久的なものとして与えられた表現は、言葉で表現された話題ないしは筋や、特定の齣における特定の登場人物の表情,頭部の向き,体の動きなどを超えたものであると解される。キャラクターという言葉は、右に述べたような連載漫画に例をとれば、そこに登場する人物の容ぼう,姿態,性格等を表現するものとしてとらえることができる。
  5. 本件頭部画と同一又は類似のものを、漫画「サザエさん」の特定の齣の中にあるいは見出し得るかも知れない。しかし、そのような対比をするまでもなく、被告の本件行為は、原告が著作権を有する漫画「サザエさん」が長年月にわたって新聞紙上に掲載されて構成された漫画サザエさんの前説明のキャラクターを利用するものであって、結局のところ原告の著作権を侵害するものというべきである。
〔主  文〕
一 被告は、原告に対し、金1,824万4,099円及びこれに対する昭和46年1月28日以降支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを2分し、その1を原告、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

 

〔事  実〕

 

1.原告(長谷川町子)は、漫画家で、漫画「サザエさん」をその代表作とする。漫画「サザエさん」は一日分4齣の画面によって構成された新聞連載漫画で、原告は、昭和21年以降これを著作し、当初は、夕刊フクニチに掲載して公表し、次いで昭和24年以降は、朝日新聞に掲載して公表し現在に至っている。
2.被告(Tバス株式会社)は、旅客自動車運送を業とする会社で、その本業である乗合バス部門のほか、昭和26年4月頃、観光バス部門を設け、その営業を開始するに当たって、その名称を「サザエさん観光」とし、昭和26年5月1日から昭和45年12月31日までの間、バスの車体の両側に、それぞれ別紙目録記載の頭部画(以下「本件頭部画」という。)を作出し(以下「本件行為」という。)、そのバスを運行して貸切バス業務を営んだ。
〔理  由〕
一 原告が漫画家であって、漫画「サザエさん」がその代表作であること、漫画「サザエさん」は一日分4齣の画面によって構成された新聞連載漫画で、原告は昭和21年以降これを著作し、当初は夕刊フクニチに掲載して公表し、次いで昭和24年以降は朝日新聞に掲載して公表し現在に至っているものであること、被告は観光バスの営業を開始するに当たって、その営業の名称を「サザエさん観光」とし、昭和26年5月1日から昭和45年12月31日までの間、観光バスの車体の両側に、別紙目録添付の写真に示すとおりの連載漫画「サザエさん」の登場人物であるサザエさんを上部中央に、カツオをその下部右側に、ワカメをその左側に配した右三者の各頭部画(本件頭部画)を作出(本件行為)し、そのバスを運行して貸切バスの業務を営んだことは当事者間に争いがない。
 漫画「サザエさん」は、昭和21年から被告の本件行為に至るまでの間、新聞紙上に連載されてきたものであり、また証人Iの証言によれば、被告の観光バスの名称「サザエさん」は昭和26年頃一般から募集したものであり、被告は同年5月から、車体の両側に本件頭部画を描いた観光バス1台をもって観光バス営業を開始し、昭和39年には右バスが27台になり、そのバスをいずれも原告からの使用差止めの要求があった昭和45年12月まで引続き使用してきたものであることが認められ、右事実によれば、被告の本件行為当時、既に漫画「サザエさん」は、現に当裁判所に顕著な事実である漫画「サザエさん」の内容、すなわち次のとおりのものであったと認められる。
 すなわち、漫画「サザエさん」には、その主役としてサザエさん、その弟のカツオ、妹のワカメ、夫のマスオ、父の波平、母のお舟等が登場し、サザエさんは平凡なサラリーマンの妻として、家事,育児あるいは近所付合いなどにおいて明るい性格を展開するものとして描かれており、またその他の登場人物にしてもその役割,容ぼう,姿態などからして各登場人物自体の性格が一貫した恒久的なものとして表現されており、更に特定の日の新聞に記載された特定の4齣の漫画「サザエさん」はそれ自体として著作権を発生せしめる著作物とみられ得る。
 右特定の4齣の漫画には、特定の話題ないし筋とでもいうべきものが存するが、たとえ原告自身が作成した漫画であって、その話題ないし筋が特定の4齣の漫画「サザエさん」の話題ないし筋と同一であっても、そこに登場する人物の容ぼう,姿態等からして、その人物がサザエ、カツオ、ワカメ等であると認められなければ、その漫画は漫画「サザエさん」であるとは言えないし、逆に話題ないし筋がどのようなものであっても、そこに登場する人物の容ぼう,姿態等からしてその人物がサザエ、カツオ、ワカメ等であると認められれば、その漫画は、原告自身が作成したものであればもちろん漫画「サザエさん」であり、また他人が作成した漫画であっても、そこに登場する人物の容ぼう,姿態等からし
てその人物が原告の作成する漫画「サザエさん」に登場するサザエ、カツオ、ワカメ等と同一または類似する人物として描かれていれば、その漫画は漫画「サザエさん」と誤認される場合があるであろうと解される。
 更にまた、右のように長期間にわたって連載される漫画の登場人物は、話題ないし筋の単なる説明者というより、むしろ話題ないし筋の方こそそこに登場する人物にふさわしいものとして選択され表現されることの方が多いものと解される。換言すれば、漫画の登場人物自体の役割,容ぼう,姿態など恒久的なものとして与えられた表現は、言葉で表現された話題ないしは筋や、特定の齣における特定の登場人物の表情、頭部の向き、体の動きなどを超えたものであると解される。しかして、キャラクターという言葉は、右に述べたような連載漫画に例をとれば、そこに登場する人物の容ぼう,姿態,性格等を表現するものとしてとらえることができる。
二 被告は、前認定のとおり、観光バスの車体の両側に本件頭部画を作出した(本件行為)ものであるところ、被告の右本件行為は、話題ないしは筋とでもいうべきものを表現したものではないし、また本件行為の主たる目的にしても、「サザエさん観光」と称する観光バスの営業に供されるバスであることを表示すること、つまり被告の営業の施設ないしは活動を表示することにあるものと解される。
 しかし、本件頭部画は、誰がこれを見てもそこに連載漫画「サザエさん」の登場人物であるサザエさん、カツオ、ワカメが表現されていると感得されるようなものである。つまり、そこには連載漫画「サザエさん」の登場人物のキャラクターが表現されているものということができる。
 ところで、本件頭部画と同一又は類似のものを、漫画「サザエさん」の特定の齣の中にあるいは見出し得るかも知れない。しかし、そのような対比をするまでもなく、本件においては、被告の本件行為は、原告が著作権を有する漫画「サザエさん」が長年月にわたって新聞紙上に掲載されて構成された漫画サザエさんの前説明のキャラクターを利用するものであって、結局のところ原告の著作権を侵害するものというべきである。
 原告は、最初に新聞に掲載された「サザエさん」から現在掲載されているものまでを含めて、全体として一個独立の著作権を有しており、被告の本件行為は、右一個の著作権の複製権を侵害するものであるとの趣旨の主張をしている。
 しかし、例えば新聞等に連載される小説等ならば、それは完結を予定されるものであり、完結した場合にはそれは全体として一個の著作物であり、一個の著作権が発生する(新聞に連載される小説等であれば、特定の日に掲載された部分も、それに著作物性− 思想又は感情を創作的に表現したもの− が認められれば、それに著作権が発生することはいうまでもない。)ことがあるとしても、本件漫画「サザエさん」のような種類のものは、そのような完結が予想されないものであり、従って原告の右主張は、内容不定のものについて一個の著作権を主張することになり、これを是認することができないが、原告はなお、一日分4齣の部分についても著作権を有することを主張しているところであり、原告の右全体として一個の著作権を有するとの主張は、原告の法律的な見解を述べたにすぎないものというべきであるから、当裁判所としてはこれに拘束されない。
三 そこで、損害の点について検討するに、前説明のとおりの被告の本件行為の態様によれば、本件行為が本件著作権を侵害するものであることについて、被告に、少なくとも過失があったものと推認することができる。
 そうすると、被告は、原告に対し、本件行為によって原告が被った損害を賠償すべき義務がある。
 被告が昭和42年3月1日から昭和45年12月31日までの間に、その運行に係る観光バス27台の車体の両側に、本件行為をしたことは当事者間に争いがない。
 ところで、原告は、被告の右行為により著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額相当額の損害を受けたというべきところ、右の通常受けるべき金銭の額はバス1台につき1か月当たり少なくとも金3万円であると主張する。証人H、同Mは、本件頭部画についての通常受けるべき金銭の額はバス1台につき運行1か月当たり金3万円が相当であるとそれぞれ供述するところであるが、これを裏付けるに足りる的確な証拠はなく、右供述部分をにわかに信用することは困難であるし、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。
 しかし、証人Mの証言によれば、漫画その他のキャラクターを商品に使用することを許諾する契約において、その使用料はキャラクターが使用される商品の販売価格の少なくとも3パーセントを下らない額で定められているのが業界の慣行であることが認められるところ(他に右認定を左右するに足りる証拠はない。)、被告の本件行為の場合は観光バスによる運行収入が右商品の販売価格に相当するものと解されるから、右認定の事実に基づき、本件頭部画が描かれた観光バスによる運行収入の3パーセントに当たる額を、本件頭部画についての通常受けるべき金銭の額であると認めるのが相当である。
 ところで、〈証拠〉によれば、被告は別紙運行実績表期間欄記載の期間に、同表バス車輛数欄記載の車輛を運行し、同表運行収入欄記載の運行収入を得たことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定の事実によれば、本件頭部画についての通常受けるべき金銭の額は、別紙使用料計算表記載のとおり、番号一の原告の請求期間の始期である昭和42年3月1日から同月31日までの1か月間は、別紙運行実績表番号一の昭和41年10月1日から昭和42年3月31日までの6か月間の運行収入金5,447万1,000円を6で除してその間の運行収入を算出し(右1か月間の運行収入を直接認めるに足りる証拠はないから、右6か月間の運行収入の1か月平均の運行収入によった。)、次いでこのうちの本件頭部画が描かれたバス車輛数27台による運行収入を算出し(右1か月の運行収入に同表侵害車輛割合欄記載の29分の27を乗じた額。本件頭部画が描かれている観光バス及び本件頭部画が描かれていない観光バスのそれぞれによる各運行収入の額を別々に算定するに足りる証拠はないから、各車輛の運行収入はすべて同一の額であるとして按分計算の方法によった。以下同じ。)、更にこれに同表使用料率欄記載の使用料率を乗じた同表使用料欄記載の金25万3,572円と認められ、また同表番号二から番号八までの期間は、同表運行収入欄記載の金額に同表侵害車輛割合欄記載の分数及び同表使用料率欄記載の使用料率を乗じた同表使用料欄記載の各金額と認められるから、従って、総合計額は金1,824万4,099円となる。
 しかして、昭和45年10月1日から原告請求期間の終期である同年12月31日までの間の通常受けるべき金銭の額は、その間の運行収入及び運行車輛数を認めるに足りる証拠がないから、これを算出することができない。
 右のとおりであるから、原告の請求期間中の観光バス27台についての本件行為に対する通常受けるべき金銭の額は、右金1,824万4,099円の限度で肯認することができる。
〔研  究〕
1. 裁判所において顕著な事実としてのキャラクター
 裁判所が、原告の漫画「サザエさん」を「現に当裁判所に顕著な事実」と認めたことは、有利であった。これは、単にその漫画の存在が顕著な事実であっただけではなく、そこに登場しているキャラクターがそうなのである。だからこそ裁判所は、これらのキャラクターが「性格が一貫した恒久的なものとして描かれている」と認定したのである。いかに時間的経過があろうとも、はたまた漫画がいかなる形式をとろうとも、そこに展開されているキャラクターの肖像の特徴は変わらない。そして、この恒久性はキャラクターの生命である。
2. 著作権の成立
 新聞に掲載された特定の4コマの漫画は、それ自体で完結された一つの著作物とみて著作権が発生したというべきである。しかし、判決では、四コマ一組の漫画に登場している個々のキャラクターに、それぞれ著作権が発生しているのかという問いに対しては、何も答えていない。しかし、個々のキャラクターにそれぞれ個々の著作権が発生していると考えていることは、判決全体の流れから十分読み取ることができたのである。
3. キャラクターとは何か
3.1 裁判所は、「キャラクター」という言葉について定義をした。しかし、これはこの言葉の定義というよりは、言葉の由来を説明しているにすぎないと解した方がよい。筆者は、「キャラクターとは登場人物の意味である。」というだけで必要かつ十分である
と思う。
 しかし、本件で関心あるのは、漫画や小説などに登場するキャラクターを、他人が真似して自分の漫画や小説に登場させた場合に、著作権法上一体どうなるのかという問題ではなく、商品やサービスの媒体として利用した場合にどうなるのかという問題で
ある。
 原告側はキャラクターというものについて、「本件漫画に即していうと、漫画に登場する人物の図柄・役柄・名称・姿態などを総合した人格とでもいうべきものである」と主張した。しかし、漫画の登場人物が特別な意味・内容をもった総合的人格であるというようないい方は、きわめて不正確なとらえ方である。
 筆者は、「サザエ」のキャラクターとはあの絵に見られるそして見られるとおりの顔や姿である、といって十分だと思う。その顔や姿の特徴は、言葉でいい表わすこともできる。原告も、そして判決も、「登場する人物の容ぼう,姿勢,性格等を表現するもの」、「登場する人物の図柄,役柄,名称,姿態などを総合した人格とでもいうべきもの」と、きわめて一般的・抽象的ないい方しかできなかったのは、不思議である。
 原告の訴訟代理人の伊藤信男氏は、判決がキャラクターという言葉を「そこに登場する人物の容貌,姿態,性格等を表現するものとしてとらえることができるものであるといえる。」と判示したことに対し、「これは、この限りでは、原告の主張の域を超えるものであり、従来の否定的見解と対立するものといえそうである。そうであるとすれば、まさに“画期的”判決と称するに足りよう。」と驚かれる。
 しかし、筆者は、漫画に登場する人物はまた、その話題や筋からは独立した著作物である以上、各人物の絵としての著作物に対する著作権侵害の成立があって当然であると思う。「キャラクター」という言葉も、「登場人物」の英語“character”の意味しかない。わが国の著作権法にはキャラクター権や商品化権についての明文はないが、複製権(著21)や翻案権(著27)は明文化されている。してみれば、この判決は別に画期的なものではなく、ごく普通の解釈をしたにすぎないというべきだろう。
 漫画のキャラクターは、形態(かたち)をもって表現されているから、客観的にその個性を把握することができる。これに対して小説や物語のキャラクターは、文字によって表現されるものであるから、客観的にその個性の把握ができにくい。過去のわが国の裁判例がキャラクターに対して否定的であったと伊藤氏がいわれているのは、このことを指しているのであろう。
3.2 原告側は、漫画キャラクターの「名前」もまたキャラクターの概念に含ませようと主張した。もしそれが真意であれば、名前だけを肖像から切離すことなく、両者を一心同体のものとした著作権の侵害を主張した方が論理に一貫性があるということになるし、先の「キャラクター権」という権利概念も意味をもってくるものと思われる。
4. キャラクターの複製・利用と著作権侵害
4.1 ところで、バス会社がその車体に表わしたものは、漫画「サザエさん」に登場していた3人のキャラクターのそのままの顔姿ではないく、いわば各キャラクターの似顔絵を描いたものである。こういう似顔絵でも、それらが「サザエさん」に登場する人物を見て描かれたものであれば、その作品に格別な創作性はなく、翻案といえる二次的著作物の発生もなく、したがって、著作物を無断で複製した著作権の侵害行為となるといえるだろう。
 判決は、観光バスの車体に「サザエさん」漫画の3人のキャラ クターの頭部画(正確には似顔絵)が無断で描かれたのもであるが、このような行為はこれらのキャラクターを「利用」するものであるから、原告の著作権を侵害することになると判示した。
 この点について原告側は「被告の本件行為は、原告が本件漫画について有する複製権を侵害するものである。キャラクターを再製したものであって、それ自体複製権の侵害を構成するものというべきである。著作者の思想感情の創作的表現としての漫画の登場人物の頭部に表現されたキャラクターを、その著作権者に無断で複製する行為は、、当該漫画の著作権者が有する当該漫画についての複製権の侵害を構成するものというべきである。」と主張していた。
 これに対し被告側は、「被告の本件行為は、単に観光バスの車体の側面に本件頭部画を作出したに過ぎないもので、キャラクターを再製したものではない。したがって、被告の本件行為は、それ自体原告が本件漫画について有する複製権の侵害を構成するということはあり得ない。原告は、被告の本件行為は本件漫画についての複製権の侵害であると主張する以上、端的に本件漫画のどの部分についてどのような複製権の侵害をしたかを具体的に主張すべきであって、抽象的なキャラクター理論をもってする著作権侵害の主張は認められるべきではない。」と反論したのである。
4.2 ここでの攻防が、著作権侵害の有無をめぐるこの事件の最大のヤマであった。思うに、観光バスというサービス物の車体に「サザエさん」漫画の3人の頭部画を描いたとしても、それは本件漫画を再製したこととは違う。原告は、本件漫画のどの部分を具体的に再製したのかについて証明すべきであった。それをせずに、抽象的にキャラクターの侵害は著作権の侵害といってみても説得力に欠けるだろう。
 しかし、裁判所は、被告の主張は理由がないものと退け、「サザエさん」漫画の長年にわたって構成された「キャラクター」を、観光用バスの車体に描いて利用したことは著作権の侵害になると認定したのである。
4.3 そこで、われわれは、原告がキャラクターの「再製による複製権の侵害」を主張したのに対し、裁判所は、キャラクターの「利用による著作権の侵害」ととらえているところに注目しよう。現行著作権法21条は、複製権について「著作者はその著作物を複製する権利を専有する。」と規定し、複製とは「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製することをいう。
」(2条1項15号)と規定する。
 原告の考え方としては、バスの車体に3人のキャラクターの頭部画を描いたことは他人の著作物を有形的に再製したことになり、そのような行為を著作権者に無断で行うことは、複製権の侵害になるというのである。
 一方、著作権の利用とは、著作物の複製ばかりではなく、著作権法第3款(21条〜28条)に規定する行為が全部含まれる。すなわち、上演権及び演奏権(22条)放送権・有線放送権等(23条)、口述権(24条)、展示権(25条)、上映権及び頒布権(26条)、翻訳権・翻案権等(27条)、二次的著作物の利用に関する原著作者の権利(28条)がある。
4.4 バスの車体に表わした頭部画は、「サザエさん」漫画にそれまで登場した3人のキャラクターの多くのコマの中に描かれている絵と正確に同一ものであり、「有形的再製」物であることは、立証されなかった(被告が指摘したとおり)。
 すなわち、原告は本事件において漫画キャラクターの複製権に固執するかぎり、事実問題として被告の強い主張に対し、「そのどれかの漫画の複製である」か、正確に答えなければならなかったはずである。にもかかわらず原告は、「本件漫画中の特定の一個の頭部画の複製であるということがいえないとしても、一般普通人によって、当該漫画中の登場人物の頭部を描出したものであるということ、すなわちその同一性が認識されれば十分であると解すべきである。」としか答えられなかった。
 この点について判決は、「本件頭部画と同一又は類似のものを漫画『サザエさん』の特定の駒の中にあるいは見出し得るかも知れない。しかし、そのような対比をするまでもなく、被告の本件の行為は前記説明のキャラクターを利用するものであって、結局のところ、原告の著作権を侵害するものというべきである。」と、いわば逃げの判断をして救済しているのである。
 しかし、これでは被告側の問題指摘に真に答えているとはいえない。問題は、本件被告の観光バスの車体に描かれた3人の似顔絵が「サザエさん」漫画の登場人物と同一の複製物ではない場合に、どの程度まで類似していれば、複製や利用ということができるのかについて考えることであり、そしてさらに、なぜ類似している絵に対しても原告の絵の著作権侵害になるのかを考えることである。
 これについての裁判所の考え方は、「出所の誤認」という商標法的な考え方である。すなわち、似顔絵を見るとその人物が何人であるかを誤認してしまうというのである。
 しかし、このような誤認論では漫画キャラクターの著作権をめぐる侵害事件は解決しない。ここはやはり、著作物の本質から考えなければなるまい。
 とすると、本件被告が観光バスの車体に描いた似顔絵は、原告の原作の本質的な特徴部分(サザエの場合は、髪型、顔の輪郭、眉、目、鼻、口のかたち)をすべて採り入れた複製模倣といえるから、原告の漫画キャラクターの著作権の侵害になる、というべきであろう。したがって、原作絵の類似といっても、この本質的な特徴を模倣したと判断される同一性の範囲にあるものまでが、著作権の侵害となる。
4.5 ところで、漫画のキャラクターの商品化利用の場合、そこに単に利用(転用)があったというにとどまらず、その漫画キャラクターが長年もってきた「大衆受入性」ないし「周知性」が、商品化利用に際しての重要な要素として作用していることを考えなければならない。そして、このような利益は、「パブリシティ・バリュウ」または「パブリシティの権利」と呼ばれているものである。
 この「パブリシティ・バリュウ」について、原告側の主張は判決理由からは必ずしも明らかでない。しかし、判決は、誰れがこれを見ても「サザエさん」の登場人物が表現されていると感知するだろうし、長年月にわたって新聞紙上に掲載されてきたキャラクターである、という理由を加えて、「結局のところ、原告の著作権を侵害するものというべきである。」と判断したのである。しかし、この権利(または利益)を著作権の利用権に含ませて考えることは無理である。
 著作権の侵害事件において、「パブリシティの権利」の理論を持ち出すならば、それは著作物の利用のカゲにかくれていなければなるまい。しかし、この権利は著作権の商品化利用を支える最大の根拠になっていることも忘れてはならない。
5. キャラクターの著作権
 「サザエさん」漫画の場合、連載された全部のものに一個の著作権が発生するのか、新聞に連載された毎日読切りのものに独立した著作権が発生するのかについて、裁判所は判示している。
 しかし、キャラクターの商品化利用の問題にあっては、このような議論よりも、個々のキャラクターに対しても独立した著作権が発生することを明言するべきであった。
 ただこの場合、著作権の存続期間との関係から、キャラクターの著作権の起算は何時からすべきなのか、疑問が残る。しかし、最初に登場した日からと解するのが妥当であろう。
6. キャラクターの利用と損害額の算定
 著作権侵害の場合の著作権者側の損害額の算定については、著作権法114条に規定されている。裁判所は、同条2項の規定に基づき、「通常受けるべき金銭の額に相当する額」を損害額と算定したことは妥当であっただろうか。
 また、この事件は財産権としての著作権に対する侵害行為の責任を追及しただけで、著作者人格権への侵害行為の責任は追及されていなかった。しかし、原告側が「サザエさん」=長谷川町子(著作権者)と考えていたように、各キャラクターの肖像や名前への侵害やパブリシティの権利に支えられた著作物への侵害行為という事実を考えるとき、著作者人格権への侵害に対する責任も問われるべきではないかと思われる。しかし、著作者人格権からの金銭的展開はなかった。
7. キャラクターとパブリシティ性
 この「サザエさん」事件は、「サザエさん」漫画に登場する3人のキャラクターの似顔絵が観光用バスの車体の側面に描かれるとともに、その観光バス事業に「サザエさん観光」という名前が使われたことに対する訴訟であった。したがって、いわゆる商品化権が問題になったケースというよりも、キャラクターの独立性が純粋に問題になったケースといった方が適切であろう。
 キャラクター自身の問題は、商品やサービスに利用される以前にある著作権固有の問題であることから、それがこの「サザエさん」事件でいろいろな角度から論議され判断されたことは、意義深いことであった。しかし、この事件で、いわゆる商品といわれるものは観光用バスであったから、これはむしろサービスといった方が正しいだろう。そして、著名周知の漫画のキャラクターがサービスや商品に使われるのは、かれらがもっている人気・名声を媒体として利用し、そのパブリシティ性によって高い利潤をあげることができるからである。
 したがって、すべての漫画のキャラクターが、サービスや商品に変わりなく用いられるとは限らないが、「サザエさん」の登場人物のようなシリーズ・キャラクターといわれる有名キャラクターではない、オリジナル・キャラクターといわれる無名キャラクターであっても、著作権法による著作物としての保護が与えられることには変わりがないのである。

[牛木理一]