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書の著作物事件: 大阪地裁平成10年(ワ)11012号.平成11年(ワ)4128号.平成11年9月21日判決(棄却)

〔キーワード〕 
書の著作物、デザイン文字、字体、応用美術、美術の著作物

 

〔判示・認定事項〕 

  1. 文字を素材とした造形表現物が美術の著作物として認められるためには、当該表現物が、知的、文化的精神活動の所産として、これを見る平均的一般人の審美感を満足させる程度の美的創作性(純粋美術としての性質)を持ったものであり、かつ、その表現物に著作権による保護を与えても、人間社会の情報伝達手段として自由な利用に供されるべき文字の本質を害しないものに限ると解するのが相当である。
  2. 文字は当該文字固有の字体によって識別されるのであるから、多少の創作的な装飾が加えられた字体であっても、社会的に情報伝達手段として用いられる需要のある字体について、特定人に対し独占的排他的な著作権を認めることは、その反面でその範囲について他人の使用を排除してしまう結果になり、そのような事態は、著作権法の目的(1条)に反す るものであるから、これを認めることはできない。
  3. 文字を素材とした造形表現物の中でも、元来美術鑑賞の対象となるような書家による書は、字体、筆遣い、筆勢、墨の濃淡やにじみ等の様々な要素により多様な表現が可能な中で、筆者の知的、文化的精神活動の所産としての創作的な表現をしたものとして著作物性が認められるのは当然であり、書字による書に限らず、「書」と評価できるような創作的な表現のものは、美術の著作物(著10条1項4号)に当たると解される。
  4. 原告の「趣」及び「華」は、広義の広告のためのデザイン文字としての側面を有するものの、書又はこれと同視できるほどに、これを見る平均的一般人の審美感を満足させる程度の美的創作性を有しており、かつ、それに著作権による保護を与えても、人間社会の情報伝達手段として自由な利用に供されるべき文字の本質を害しないものと認めることができるから、美術の著作物に該当するというべきである。
  5. 作成者の主観の違いだけで同一の表現物に著作権の保護が与えられたり、与えられなかったりすることは合理的とはいえないから、広義の広告に用いることを目的とする応用美術に属する文字を素材とする造形表現物については、客観的に見て純粋美術としての性質も有すると評価し得るもの、即ち、これを見る平均的一般人の審美感を満足させる程度の美的創作性を有すると認められるものについては、美術の著作物として、著作権の保護を与えるのが相当である。
  6. 原告の「趣」及び「華」は、これを見る平均的一般人の審美感を満足させる程度の美的創作性を有することは、前記認定したとおりであり、応用美術に属するという理由で美術の著作物性を否定されるものではない。
  7. 書又はこれと同視できる創作的表現として、著作物性が認められるといっても、独占排他的な保護が認められる範囲は狭いのであって、著作物を複写しあるいは極めて類似している場合のみに、著作権の複製権を侵害するというべきであり、単に字体や書風が類似しているというだけで右権利を侵害することにはならないし、ましてや、著作権の翻案権の侵害を認めることはできない。
  8. 本件各「趣」及び本件各「華」は、字体上の類似点があることは肯定できるが、いずれも単に字体や書風が類似しているにすぎず、字体の細部のほか、筆の勢い、運筆、墨の濃淡、かすれ具合等で一見明らかな相違点を随所に認めることができるから、被告の「趣」及び「華」が原告の「趣」及び「華」を複製したものと認めることは困難であるといわざるを得ない。

 

〔事  実〕

 

1. 原告(K)は、商業書道作家と称し、文字をグラフィカルにデザインし、テレビCM、新聞広告、ポスター、商品ロゴ、店舗ロゴ等の商業目的に応じて、クライアントの求める効果を実現する技法である商業書道の確立と普及を目的とし、昭和63年10月1日、日本商業書道作字協会(JCCA)を設立し、初代理事長を務め、平成8年には名誉会長に就任した。
 第1事件の被告Sと第2事件の被告FはJCCAに入会しているか、入会していた。
 第1事件の被告P社は広告デザイン、コンピュータソフトの製作,販売等を目的とする会社で、「著作権フリー」を売り物にイラストやデザイン文字のデータを収録したCD-ROMを多数製作、販売している。
 第1事件の被告Oは被告会社の代表取締役、第1事件の被告Hはアートディレクターとして監修をしている。
 原告は、別紙二、上段右側の装飾文字「趣」を作成して昭和63年出版の書籍「商標書道を拓く」に収録し、別紙二、下段右側の装飾文字「華」を作成して平成3年出版の書籍「上坂祥元の商業書道」に収録した。
 第2事件の被告Fは、別紙二、上・下段左側の「趣」及び「華」の二文字を作成し(被告Sも作成者かどうか争いがある。)、被告会社をして、これを「Free Art Pro カリグラフィスト」と称するCD-ROMに収録させ、販売した。
2. 本件は、原告が、原告の「趣」及び「華」の著作権者であることを前提として、1.被告Sが被告の「趣」及び「華」を作成したうえ(争いあり)、被告O及び被告HがこれをCD-ROMに収録することを決定し、被告会社が収録し、販売したことが、原告の著作権、著作者人格権を侵害するとして、差止め等の請求をする事件(第1事件)、及び2.被告Fが被告の「趣」及び「華」を作成して(争いなし)、被告会社がこれをCD-ROMに収録し、販売したことが、原告の著作権、著作者人格権を侵害するとして、損害賠償の請求をする事件(第2事件)である。
〔主要な争点〕
1. 原告の「趣」及び「華」に著作物性が認められるか。
2. 被告らの行為が、原告の著作権(複製権、翻案権)及び著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)を侵害するか。
〔判  断〕
一 争点1(「原告の趣及び華」に著作物性が認められるか。)について
1 前提となる事実及び証拠によれば、次の事実を認めることができる。
 原告は、「原告の趣」を、昭和58年にダイレクトメールのタイトルロゴとして毛筆で墨書して作成し、昭和63年に「商業書道を拓く」という書籍に収録した。また、原告は、「原告の華」を、平成元年に店舗ロゴ「雪華亭」の中の一文字として指で墨書して作成し(指文字)、平成3年に「上坂祥元の商業書道」という書籍に収録した。原告は、いずれの文字も、多数の印刷等も予定される広い意味での広告に使用される「書」として、下書きをせず、なぞるようなことなく、一気に書き上げるという手法で作成しているが、それぞれの広告の目的に応じたデザイン文字であると位置づけている。
2 著作権法は、著作物について、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」と定義し(2条1項1号)、著作物の例示として、「絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物」を掲げる(10条1項4号)とともに、「この法律にいう『美術の著作物』には、美術工芸品を含むものとする。」と定めている(2条2項)。「原告の趣及び華」は、文字を素材とした造形表現物であるので、右の 「美術の著作物」に該当するかどうかが問題となる。
(一) 文字を素材とした造形表現物が、美術の著作物として認められるためには、当該表現物が、知的、文化的精神活動の所産として、これを見る平均的一般人の審美感を満足させる程度の美的創作性(後述の純粋美術としての性質)を持ったものであり、かつ、その表現物に著作権による保護を与えても、人間社会の情報伝達手段として自由な利用に供されるべき文字の本質を害しないものに限ると解するのが相当である。
 文字は、視覚的には当該文字固有の字体によって識別され、その多様な組み合わせ等により様々な意味を付与されることによって、人間社会における情報伝達手段を果たしているという特質を有する。したがって、文字自体は、情報伝達手段として、また、言語の著作物を創作する手段として、万人の共有財産とされるべきものである。そして、文字は当該文字固有の字体によって識別されるのであるから、多少の創作的な装飾が加えられた字体であっても、社会的に情報伝達手段として用いられる需要のある字体について、特定人に対し独占排他的な著作権を認めることは、その反面でその範囲について他人の使用を排除してしまう結果になる。そのような字体は、「文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与する」という著作権法の目的(1条)に反 するものであるから、これを認めることはできない。
 他方、文字を素材とした造形表現物の中でも、元来美術鑑賞の対象となるような書家による書は、字体、筆遣い、筆勢、墨の濃淡やにじみ等の様々な要素により多様な表現が可能な中で、筆者の知的、文化的精神活動の所産としての創作的な表現をしたものとして著作物性が認められるのは当然であり、書家による書に限らず、「書」と評価できるような創作的な表現のものは、美術の著作物(著作権法10条1項4号)に当たると解される。そのように解しても、書は、そのまま情報伝達手段として利用すべき社会的な需要が少なく、これに独占排他的な著作権を認めても前記のような弊害を生じることはない。
 そこで、本件についてこれをみると、前記1の事実及び別紙二上下段右側記載の「原告の趣及び華」自体によれば、「原告の趣及び華」は、確かに広義の広告のためのデザイン文字としての側面を有するものの、書又はこれと同視できるほどに、これを見る平均的一般人の審美感を満足させる程度の美的創作性を有しており、かつ、それに著作権による保護を与えても、人間社会の情報伝達手段として自由な利用に供されるべき文字の本質を害しないものと認めることができるから、美術の著作物に該当するというべきである。
(二) 被告らは、「原告の趣及び華」は、いわゆるデザイン書体であり、美術工芸品以外の応用美術に属するのであるから、著作権法2条1項1号の「美術」には含まれず、美術としての著作物性を有しないと主張する。
 応用美術とは、実用に供する物品に応用することを目的とする美術をいい、専ら鑑賞を目的とする純粋美術と対比されるものである。前記1の事実によれば、「原告の趣及び華」は、広義の広告という実用に供することを目的としているので、応用美術に属するといえる。
 前記のとおり、著作権法は、応用美術の作品の中で、それ自体が実用品である美術工芸品について、美術の著作物に含むと規定している(2条2項)が、それ以外の応用美術の作品を著作権法による保護の対象とするか否かについて明文の規定を置いていない。そこで、現行の著作権法の制定過程についてみると、著作権制度審議会が、昭和41年4月20日、文部大臣に提出し た著作権改正に関する答申では、応用美術の保護について次のように述べられている。
「1 応用美術について、著作権法による保護を図るとともに現行の意匠法等工業所有権制度との調整措置を積極的に講ずる方法としては、次のように措置することが適当と考えられる。
(一) 保護の対象
(1) 実用品自体である作品については美術工芸品に限定する。
(2) 図案その他量産品のひな型または実用品の模様として用いられることを目的とするものについては、それ自体が美術の著作物であり得るものを対象とする。
(二) 意匠法、商標法との間の調整措置
 図案等の産業上の利用を目的として創作された美術の著作物は、いったんそれが権利者によりまたは権利者の許諾を得て産業上利用されたときは、それ以後の産業上の利用の関係は、もっぱら意匠法等によって規制されるものとする。
2 上記の調整措置を円滑に講ずることが困難な場合には、今回の著作権制度の改正においては以下によることとし、著作権制度および工業所有権制度を通じての図案等のより効果的な保護の措置を、将来の課題として考究すべきものと考える。
(一) 美術工芸品を保護することを明らかにする。
(二) 図案その他量産品のひな型または実用品の模様として用いられることを目的とするものについては、著作権法においては特段の措置は講ぜず、原則として意匠法等工業所有権制度による保護に委ねるものとする。ただし、それが純粋美術としての性質をも有するるものであるときは、美術の著作物として取扱われるものとする。
(三) ポスター等として作成され、またはポスター等に利用された絵画、写真等については、著作物あるいは著作物の複製として取り扱うこととする。」
右答申のうち、1は第一次案、2は第二次案であるが、現行著作権法は、第一次案を使用せず、第二次案に基づいて立法されたものと解されている。そうすると、応用美術について、広く一般に美術の著作物として著作権の保護を与える解釈をとることは相当ではないが、応用美術であるからという理由で、一律に美術の著作物性が否定されるものでないことも明らかである。
 そこで、本件のように広義の広告に用いることを目的とする応用美術に属するところの文字を素材とする造形表現物について検討すると、右答申の第二次案である2の(三)の考え方が参考になる。これは、絵画、写真等の著作物は、ポスター、絵はがき、カレンダー等に使用される目的で作られ(応用美術)、あるいはポスター等に利用されても(純粋美術の実用化)、そのためにその著作物としての性質を失うものではなく、著作権法によって保護されるという考え方である。このような類型においては、実用に供するための応用美術と、専ら鑑賞を目的とする純粋美術とを截然と区別することは困難であり、また、作成者の右のような主観の違いだけで同一の表現物に著作権の保護が与えられたり、与えられなかったりすることは合理的とはいえない。したがって、広義の広告に用いることを目的とする応用美術に属する文字を素材とする造形表現物については、客観的に見て純粋美術としての性質も有すると評価し得るもの、すなわち、これを見る平均的一般人の審美感を満足させる程度の美的創作性を有すると認められるものについては、美術の著作物として、著作権の保護を与えるのが相当である。
 「原告の趣及び華」は、これを見る平均的一般人の審美感を満足させる程度の美的創作性を有することは、前記(一)で認定 したとおりであり、応用美術に属するという理由で美術の著作物性を否定されるものではない。
二 争点2(「被告らによる原告の著作権、著作者人格権侵害の有無)について
1 「被告の趣及び華」の作成者について、被告Sがこれらを作成したことを認めるに足りる証拠はなく(第一事件)、被告Fがこれらを作成したことは当事者間に争いはない(第二事件)。また、弁論の全趣旨によれば、被告Fは、「被告の趣及び華」を、指で墨書して作成した(指文字)ことを認めることができる。
2 そこで、被告Fによる「被告の趣及び華」の作成行為が、「原告の趣及び華」に関する原告の著作権(複製権、翻案権)、著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)を侵害するかを検討する。
 前記一のとおり、「原告の趣及び華」は、文字を素材として造形表現される美術に関する著作物である。また、文字自体は、情報伝達手段として、万人の共有財産とされるべきところ、文字は当該文字固有の字体によって識別されるものであるから、同じ文字であれば、その字形が似ていてもある意味では当然である。したがって、書又はこれと同視できる創作的表現として、著作物性が認められるといっても、独占排他的な保護が認められる範囲は狭いのであって、著作物を複写しあるいは極めて類似している場合のみに、著作権の複製権を侵害するというべきであり、単に字体や書風が類似しているというだけで右権利を侵害することにはならないし、ましてや、著作権の翻案権の侵害を認めることはできない。
 これを本件についてみると、別紙二上段左右側記載の「本件各趣」及び同下段記載の「本件各華」をそれぞれ対比検討すれば、「本件各趣」及び「本件各華」は、原告主張のような字体上の類似点があることは肯定できるが、いずれも単に字体や書風が類似しているにすぎず、字体の細部のほか、筆の勢い、運筆、墨の濃淡、かすれ具合等で一見明らかな相違点を随所に認めることができる。右事実によれば、「被告の趣及び華」が「原告の趣及び華」を複製したものと認めることは困難であるといわざるを得ない。
 したがって、被告Fによる「被告の趣及び華」の作成行為が、「原告の趣及び華」に関する原告の著作権(複製権、翻案権)、著作者人格権(氏名表示権、同一性保持権)を侵害するとは認められない。
〔研  究〕
1. この裁判所が判示した「書の著作物」についての考え方は妥当であり、本件2つの原告の書が美術の著作物に当たると認定したことは妥当である。書は文字を素材としているから、いわゆる応用美術の範囲に属するように解されるけれども、そこに一般人の審美感を満足させるほどの美的創作性(純粋美術性と同義)が認められるものであれば、十分美術の著作物として保護されるものと解した。
2. このように、著作物として著作権法による保護の対象となる本件書の「趣」と「華」が、被告らによって複製されたかどうかが争われたのが本事件であった。
 しかし、それぞれの書を対比して見て、一般人は両者が同一であるとは見ないであろう。それほどに両者の書は違って見える。
被告のSもFもかっては原告の主宰する会の会員であったというから、原告の指導は受けたであろうから、その書風や筆勢は似ているとはいえても、各字の「趣」も「華」も、それぞれ被告独自の筆で描いたものであることは認められる。したがって、原告の書を複製(コピー)したと見ることはできない。
 両書は類似しているとはいえるかも知れないが、類似のものは著作権法上、複製とはいわれない。

[牛木理一]