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打撃理論書事件:東京地裁平14(ワ)26691号平成15年3月6日判決(棄却)、東京高裁平15(ネ)1906号平成15年7月15日判決(控訴棄却)

〔キーワード〕 
著作物、アイディア
〔事  実〕
原告(下居俊機)は、別紙「文書」(原告著作物)<一部>を、被告(松井稼頭央・プロ野球選手)が無断で使用したと主張した。

 

〔地裁の判断〕

 

1 本件において、原告は、別紙2(訴状訂正書写し)記載の文書(以下、「原告著作物」という。)を原告作成に係る著作物と主張した上で、被告がこれを無断で使用したとして、著作権の侵害に基づく損害賠償30万円の支払を求めている。
 別紙1(訴状写し)及び別紙2(訴状訂正書写し)によれば、原告の主張するところは、要するに、原告が、野球の打撃理論等に関する文書である原告著作物を被告に送付し、被告はこれを利用してプロ野球の公式戦等において競技を行っているものであるところ、被告のこのような行為は原告著作物を使用したものとして著作権侵害を構成するというものである。
 しかし、仮に、原告の主張するように、原告著作物に記載されている野球の打撃理論等を被告が公式戦等の試合において実践したとしても、当該行為は著作権法にいう著作者の権利を侵害するものではない。けだし、著作物とは、「思想又は感情を創作的に表現したもの」(著2条1項1号)であり、著作権法は、著作者の思想又は感情の創作的な表現を保護するものであって、具体的な表現を離れた単なる思想又はアイデア自体は、著作権法上の保護の対象とはされていないからである(最高平成11年(受)第922号同13年6月28日一小判決・民集55巻4号837頁)。そして、本件において、原告が著作権侵害として主張する内容は、単に、被告が原告著作物に記載された内容を参考にして競技をしたというにとどまるものであって、原告著作物の具体的な表現を利用したものとはいえない。
 上記によれば、本件において、原告が著作権侵害として主張する内容は、主張自体失当であり、著作権侵害を理由とする原告の本件請求は、理由がない。
2 なお、念のために、著作権法の規定する著作権の各支分権について検討しても、被告の行為が著作権侵害を構成するものでないことは、明らかである。
3 結論
以上によれば、被告の行為は著作権侵害を構成しないから、原告の請求は、その余の点について検討するまでもなく、理由がない。
〔高裁の判断〕
  1 控訴人の主張は、必ずしも明確ではないが、証拠及び弁論の全趣旨に照らせば、要するに、野球のバッティングに関する控訴人著作物を作成して、被控訴人に送付したが、これは有料の技術情報提供であって、無料の試用期間後引き続き使用するときは購入するとの条件であったこと、そして、試用期間経過後も被控訴人が控訴人著作物を使用していることは、録画されたビデオテープ(テレビの実況中継やスポーツニュースにおける被控訴人のバッティング場面を録画したものと認められる。)により証明されること、試用期間経過後にも代金の支払いをすることなく、上記のように使用することは著作権侵害であることを主張しているものと理解される。
2 検討するに、本件全証拠、特に当審で提出された証拠を精査しても、被控訴人の行った野球競技(バッティング)が控訴人著作物を使用してされたものであるという控訴人の主張事実自体を認めるに足りないばかりか、種々の観点から検討しても、被控訴人が控訴人著作物の著作権を侵害したことを根拠付ける事由を見出すことはできない。よって、控訴人の本訴請求は、理由がないというべきである。
3 以上によれば、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないので、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
  〔論  説〕
1. 高裁で認定したところによれば、控訴人(原告)の主張は必ずしも明確でないが、証拠および弁論の全趣旨に照らし、控訴人はバッテングに関する著作物を作成して被控訴人(被告)に送付したが、これは有料の技術情報であり、無料の試用期間後引続き使用するときは購入するとの条件であったもかかわらず、その後も支払いなしに使用していることは著作権侵害になると主張したものと認定した。
 しかし、全証拠を精査しても、種々の観点から検討しても、控訴人の著作物の著作権を侵害したことを証拠づける事由は見出せないと判断した。
2. 原告著作物は、野球における打撃理論を独自の考えでまとめた文書と思われるが、そこに記述されている作者の考え方(アイディア)を選手が実践したとしても、著作権侵害の問題にはならない。
著作権侵害の場合、「複製」(著2条1項15号)に該当する行為か否かがまず問題になるが、前記事実は、これに該当するものではない。書物を読んでそれにしたがって打撃方法を実践したとしても、それは著作物の複製には当らない。
また、舞踊の振付けの模倣(盗用)のようなものでもない。「上演」(著2条1項16号)にもならない。
しかし、もし被告が単なる実践にとどまらず、原告の著作物から影響を受けて、被告がその理論をさらに深めて新しい理論を展開した文書を印刷して発行したならば、その場合は複製又は翻案として著作権侵害問題が発生する可能性があるかも知れないが、本件のような事案ではそのような可能性すらない。
 

[牛木理一]