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講談用脚本事件:東京地裁平成13年(ワ)5685号.平成14年8月28日判決(認容)〔民29〕
 
〔キーワード〕 

二次的著作物(脚本)、共同著作物、期間の定めのない上演許諾合意、債務不履行、思想信条

〔事  実〕

 原告Xは、講談用各脚本、「はだしのゲンパート1」(本件著作物1)、「はだしのゲンパート2」(本件著作物2)、「新釈四谷怪談」(本件著作物3)を創作し、著作権を取得したと主張し、被告神田香織ことYに対し、本件各著作物の上演の差止め等を請求する訴訟を起した。
1.本件各著作物の内容等
 漫画「はだしのゲン」(以下「はだしのゲン」という。)は、中沢啓治(「N」)が、広島での自らの被爆体験に基づいて、太平洋戦争末期から原爆投下及びその後の混乱の時期を力強く生き抜いた中学生ゲンの行動を通して、反戦反核を訴えた漫画作品である。また、エッセー「はだしのゲンはピカドンを忘れない」(以下「はだしのゲンはピカドンを忘れない」という。)は、Nが、自らの被爆体験をドキュメンタリー風に記述しながら、反戦反核を訴えた作品である。いずれも、本件著作物1及び2の原作である。
 本件著作物1は、「はだしのゲン」及び「はだしのゲンはピカドンを忘れない」を原作として、各作品の中の原爆投下の直前から原爆投下時までの複数のエピソードを選択、再構成して、講談用に脚色したものである。昭和61年6月ないし8月ころ、第1稿を完成させ、同年8月に、これに若干、加筆修正した初演時脚本を完成させ、被告において初期公演を行い、さらに、これに若干加筆修正して本件著作物1を完成させた。
 本件著作物2は、本件著作物1と同様に、「はだしのゲン」及び「はだしのゲンはピカドンを忘れない」を原作として、各作品の中の原爆投下時からその後の混乱期のエピソードを選択、再構成して、講談用に脚色したものであり、本件著作物1の続編である。
 本件著作物3は、鶴屋南北作の「四谷怪談」を原作として、原告が、平成4年5月に、講談用に脚色した作品であり、原告が著作権を取得した。
 被告は、現在、本件各著作物を上演している。
2.本件各著作物の上演許諾及びその解約の意思表示
 平成7年6月ころ、原告と被告との間において、被告が、本件各著作物を上演することについて、許諾する旨の合意をした(以下「本件上演許諾合意」という。)。
原告は被告に対し、平成12年10月8日、本件上演許諾合意を解約する旨の意思表示をした(ただし、その効力が生じているかについては争いがある。)。
 そこで、争点は次の点にあった。
(1) 本件著作物1は、原告が創作したか。(請求原因)
(2) 本件著作物1は、原告と被告との共同著作物であり、正当な理由がないので、原告は被告が単独で実演することに拒否できないか。(抗弁)
(3) 本件著作物2は、原告が創作したか。(請求原因)
(4) 本件著作物2は、原告と被告との共同著作物であり、正当な理由がないので、原告は、被告が単独で実演することについて拒否できないか。(抗弁)
(5) 原告、被告間に成立した本件上演許諾合意についての  の意思表示は有効か。原告が本件上演許諾合意を理解し、被告の上演の差止め等を求めることは権利濫用に当たるか。(抗弁)

 

〔判  断〕

 

〔本件著作物1について〕
1. 争点(1)及び(2)について
(1) 事実認定
昭和61年6月ないし8月ころ、第1稿が完成し、同年8月、これに若干の修正が加えられて初演時脚本が完成し、被告はこれを用いて初演を行い、さらに、若干の修正が加えられて本件著作物1が完成し、被告はこれを用いて上演を続けている。そこで、以下、第1稿の作成経緯を中心に検討する。

ア. 第1稿の作成経緯
 被告は、講談師であるが、昭和61年ころ、原告とともに、太平洋戦争の戦跡や広島の原爆資料館を訪れたことが契機となって、講談によって、戦争や原爆の惨状を伝えたいと考え、Nの漫画「はだしのゲン」を講談で上演することを思い立った。そして、Nから、同作品の脚本化について許諾を得た。
被告は、「はだしのゲン」及び「はだしのゲンはピカドンを忘れない」を基に脚色しようとしたが、被告は、脚本を作成できずに悩んでいた。そこで、夫である原告が、被告のために、講談用の脚本を作成することにした。
原告は、当時、音楽家であって、脚本作成の経験はなかったが、被告の師匠であるSが既に作成した「はだしのゲン」の講談用の脚本及び太平洋戦争や核兵器に関する資料を参照して、作成を開始した。なお、その後執筆した「新釈四谷怪談」(原告が創作したことについて争いはない。)の筆致、構成、展開等の完成度に照らして、原告は脚本作成について抜きんでた力量を有していると推認される。
原告は、「はだしのゲン」及び「はだしのゲンはピカドンを忘れない」の中から、
@ ゲンの父が戦争反対の信条を抱いており、竹槍訓練をまじめに行わない。
A そのため、ゲンとその姉弟が、父の塗装した下駄を納品にいく途中、町会長の息子らから下駄を川に落とされ、けんかになり、ゲンが町会長の息子の指を噛み切る。
B ゲンの父が警察に逮捕される。
C ゲンの家族は非国民との非難を受け、いじめを受ける。兄が耐えかねて海軍に志願する。母が、町内会長の抗議に対して、包丁を持って追い返す。
D 隣人の朝鮮人と親密な交流があった。
E ゲンの母が栄養失調で倒れ、ゲンとその弟が道端で浪花節を披露して金を稼ぎ、家計を助ける。
F 原爆が投下され、ゲンと母だけが助かり、父と兄弟が焼死する。
G 原爆の被害を受けた人々の姿、ゲンの母が錯乱する様子、妹の誕生
これらに関するエピソードを選択し、並べ替えをして、原作の地の文章や会話文をそのまま引用したり、新たに書き加えたりして、第1稿を完成させた。
原告は、「はだしのゲンはピカドンを忘れない」の中で、N自身がその心境を言葉で表現している部分については、怒りを込めているものの静かな抑制した調子でまとめ、「はだしのゲン」の中で、絵柄でストーリーを展開している部分については、リズムを重視して、徐々に盛り上げるようにした。原爆投下後の悲惨な状況については、原爆で火傷を負った人々の姿や腐乱した死体の山を詳細克明に描写することにより、聴衆に強い感動を与えるように意図した。また、ゲンの台詞部分は、原作とは異なり、未来に向かって希望を抱くような台詞に変更した。このような作業を経て、出来上がったものを被告が清書して、本件著作物1の第1稿が完成した。

イ. その後の修正(初演時脚本及び本件著作物1)
第1稿を完成させた後、初公演脚本及び本件著作物1を作成するに至るまでの経緯は以下のとおりである。
原告及び被告は、当時、演出、音楽や文芸を専門としている知人に呼びかけ、完成した第1稿に基づき講談を実演し、同人らから表現振りや演出に関する意見や感想を聴取し、これらを参考にして、2人で脚本に手直しを加えた。
具体的には、被告が第1稿を練習し、練り上げていく過程で、語りが難しい部分を語り易いように修正したり、重要でない部分や理屈っぽい部分を削除したりした。会話部分を、標準語から方言(広島弁)に修正した。また、原告及び被告は、会話が長く続く部分において、誰の台詞かが分かるように説明のためのナレーションを補ったり、語りにメリハリがつくように工夫した。さらに、結末部分についても、独白で終わっている部分を、主人公ゲンの台詞へと変更した。
被告が清書して、初演時脚本を完成させ、昭和61年8月の初演に使用した。その後、被告は、初演時脚本中の一部の言い回しを変更、削除し、本件著作物1とした。被告は、現在、本件著作物1を上演に使用している。

ウ.被告の主張について
 被告は、原告とともに、「はだしのゲン」の中で、原爆投下直後までの時期のゲンを中心とした場面に限定するという方針を立てたこと、前記A及びEのエピソードについては、特に、被告が原告に対して、選択するように意見を述べたことから、原告が単独で第1稿を創作したのではない旨主張し、乙14(被告陳述書)には、これに沿う記載が存在する。また、被告は、原告が執筆した脚本について、被告が実演に当たり語りにくい部分、説明不足で分かりにくい部分、講談用の語りとしては不自然な部分を、原告とともに推敲し、講談用に演じやすい言い回しに修正したので、原告が単独で本件著作物1を創作したのではない旨主張し、乙14には、これに沿う記載もある。
 しかし、上記陳述書を除いて、これに沿う他の証拠は存在せず、被告の上記主張を採用することはできない。
かえって、被告は、平成6年以前から、原告の許諾を受けた上で、本件著作物1をはじめとする本件各著作物の上演を行っていたこと、平成7年6月には、原告との間で、本件上演許諾合意を締結したこと、被告は、「女医レニヤの物語」を執筆したが、その著書の中でも、本件著作物1及び2について、原告が執筆したと記述していること、被告が、本件著作物1及び2について、自ら創作したと主張したのは、原告から本件訴訟を提起された後に至ってからであること等の事実に照らすと、被告の前記主張を採用することはできない。
 のみならず、被告が主張するような関与があったとしても、原告が、原作を脚色した創作性の程度に比較すると、被告の関与は、アイデアの提供や助言や上演をする上での工夫にすぎず、それにより、共同で創作したと評価することはできない。

(2) 判断
上記認定した事実によれば、本件著作物1の第1稿は、原告が単独で創作したと認めることができる。そして、初演時脚本は、第1稿を講談としての上演にふさわしいように、若干の修正を加えたものであり、さらに、本件著作物1は、初演時脚本の言い回しの一部を修正削除したものであり、いずれも、第1稿と実質的に同一であると解される。
そうすると、被告が、本件著作物1に基づいて上演することは、原告が第1稿、初演時脚本及び原告著作物1について有する著作権を侵害することになる。
なお、原告と被告との共同著作物であることを前提とする被告の主張は、採用できないことになる。
〔本件著作物2について〕
2.争点(3)及び(4)について
(1) 事実認定
証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおりの事実が認められ、これに反する証拠はない。
原告は、昭和63年5月ころ、当時米国留学から一時帰国したとき、本件著作物2を単独で執筆して、完成させた(原告が単独で脚本を執筆したことは当事者間に争いがない。)。原告は、本件著作物1と同様に、Nが著作した原作「はだしのゲン」及び「はだしのゲンはピカドンを忘れない」の中から、原爆が投下された時からその後の混乱期のエピソードを選択、再構成して、講談用に脚本化する作業を行った。原告は、本件著作物1を執筆した経験から、講談用の脚本作成に慣れたため、助力を受けずに、講談独特の修羅場調子や五、七調を盛り込んだり、結末部分をNの原作「はだしのゲン」と異なる内容にするなどの創作を加えて、独りで、第1稿を作成した。本件著作物2は、本件著作物1の続編に位置付けられる作品である。
これに対して、被告は、原告と被告とが話し合って、原作品から4つのエピソードを選択した旨主張するが、これを裏付けるに足りる証拠はない。また、被告は、第1稿の完成後、被告が単独で、第1稿について、講談独特の修羅場調子に変えたり、最終場面を、ゲンと弟の隆太が土手を歩いていくシーンに変更し、未来に希望を与えるような表現にした旨主張し、これに添う陳述記載もあるが、この主張を認めるに足りる証拠はない。のみならず、被告が主張するような関与があったとしても、原告が、原作を脚色した創作性の程度に比較すると、被告の関与は、アイデアの提供や上演をする上での工夫にすぎず、それにより、共同で創作したと評価することはできない。
(2) 判断
以上認定した事実及び前記1(1)ウ記載の事実を総合すると、本件著作物2は原告が単独で創作したと解するのが相当である。そうすると、原告と被告との共同著作物であることを前提とする被告の主張は、採用できないことになる。
〔本件各著作物について〕
3. 争点(5)について
(1)事実認定
前記争いのない事実、証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア.昭和60年2月19日、原告と被告は婚姻したが、平成4年ころから原、被告間の夫婦関係は悪化するようになった。平成6年2月19日、原、被告間で、「夫婦関係継続についての合意書」が交わされた。同合意書中には、被告は原告の許諾の下に、本件各著作物等について上演をしていたことを窺わせる条項が存在する(第9条)。その後、同年9月9日、原告から被告に対して上演中止の申入れがあった。原告と被告の夫婦関係は、さらに悪化して、平成7年4月26日、原告と被告は、調停により離婚した。
イ.平成7年6月19日及び22日に、原告及び被告の間で、本件各著作物の上演について協議をし、原告が著作権を有する『はだしのゲン』『新釈四谷怪談』について、原告は、被告がそれを上演その他実演することを許諾すること、及び、被告が上演した場合は、毎年1月1日から同年末日までの間の上演日時、場所、主催者を翌年1月末日限り原告に書面で報告することなどの許諾条件が確認された。しかし、最終段階で、「原告が、許諾の期間を1年間とし、期間満了3か月前までに原告から別段の意思表示がない場合は、更に1年間期間を更新するとの修正案を提案しため、明確な合意を形成することははできなかった。もっとも、被告は、原告から、平成12年10月8日、上演許諾に関する解約通知を受けるまでの間、本件各著作物を上演し、毎年1月1日から同年末日までの間の上演日時、場所、主催者を翌年1月末日限り原告に書面で報告し、本件著作物1及び2については、上演1回につき1000円、本件著作物3については、上演1回につき500円を支払い、原告もこれを受領していた経緯がある。そうすると、原告と被告との間で、本件各著作物の上演許諾に関して交渉がされていた平成7年6月19日ないし22日ころ、少なくとも、期間の定めのない本件上演許諾合意(原告の修正提案前の内容)が成立したと認められる。

ウ.被告は、平成12年ころ、同11年分の上演に係る許諾料の支払を怠るようになった。また、平成12年8月号婦人公論に、被告が原告やその父母を中傷する内容を発言したインタビュー記事が掲載されたりした。
 原告は、本件各著作物1及び2について、創作した当時有していた反戦反核の思想信条を変更したため、思想信条を異にする被告に上演させたくないと考えている。また、原告は、本件著作物3について、原作「四谷怪談」及び「お岩」に対して、特別な思い入れを持っており、被告に上演させたくないとの心情を有している。
 原告は、被告に対し、平成12年10月6日付け書面及び同月19日付け書面で、本件上演許諾合意を解約し、各著作物の上演禁止を求めた。

(2)判断
 以上認定した事実を基礎にして判断する。
原、被告間に成立した本件上演許諾合意は、いつでも解約の申入れをすることができると解すべきであること、被告は、平成11年分の上演に係る許諾料の支払について、その履行を怠っていること、原告は、本件著作物1及び2を創作した当時に有していた著作意図や思想信条を変え、現在同著作物の上演を好んでいないこと、本件著作物3についても、被告との関係の悪化から、思い入れの深い同著作物を被告に上演させたくないとの心情を有していること、原告と被告は離婚していること等の一連の経緯に照らすと、原告が被告に対してした解約の意思表示が効力を有しないとすべき理由はない。また、本件訴訟において、原告が被告に対して本件各著作物の上演の差止めを求めることが権利の濫用に当たるとする理由もない。

4.結論
以上によれば、原告の請求は理由がある。
なお、付言する。
本件著作物1及び2は、被告が上演する講談の中で代表的な位置を占める。ところで、本件著作物1及び2は、原告が、Nの原作「はだしのゲン」及び「はだしのゲンはピカドンを忘れない」に依拠して、そのエピソード及び場面の設定を選択、再構成し、原文の一部を生かしたり、新たな文章を書き加えたりして、創作した二次的著作物である。前記の経過から明かなように、本件著作物1及び2について原告が有する各著作権の範囲及び内容は、必ずしも広範なものではなく、二次的著作物である本件著作物1及び2において創作された表現をそのまま利用する場合及び直接感得できる程度に改変したものを利用する場合に限られる。仮に、被告が、二次的著作物を直接感得できる程度に改変するのではなく、専らNが著作した原作に依拠して、新たな講談用の脚本を作成した上で、これを上演するとすれば、当該行為は、本件著作物1及び2について有する原告の著作権に抵触することはない。したがって、上記のような試みをすることにより、被告の講談師としての活動が制約される不利益を回避することができると解される。

〔研  究〕
1.今年8月29日の朝日新聞朝刊38頁を開いて目に飛び込んで来たのは、「“はだしのゲン”の上演ダメ」前夫の作品と認定 講談師に東京地裁という見出しであった。
 “はだしのゲン”のストーリー漫画は、娘達の小学生の頃に一緒に読んだ記憶はあるが、これが講談の脚本となって講談師が上演していたとは知らなかった。しかし、そのような社会性の強いストーリーが、講談のシナリオとなり、寄席で語られるとは、講談の中味も変わってきたものだと思う。
 その脚本は、問題に積極的な講談師の妻を助けるために、専門家ではない音楽家の夫が作成したものであったが、「新釈四谷怪談」の脚本も作成した。脚本の完成に至るまでには被告も関与したと主張したが、アイディアの提供や助言や上演上の工夫だけでは、共同で創作したとは評価できないとして、共同著作物の主張は否認され、原告の単独の創作による著作物であると認定された。
 したがって、両者は離婚後、被告が原告に脚本の使用料を支払うことを条件に上演許諾の合意が成立したが、被告は原告に支払うべき使用料がきわめて少額であったにもかかわらず、その支払いを怠ったり、原告の方でも自分の思想信条の変化によって、もはや講談を上演させたくなくなったという理由から、上演の差止めを請求したのが、本事件である。

2.被告がなぜ少額の使用料を原告に支払わなくなったのか不明であるが、この事件は単に債務不履行という法律問題よりも、原告の思想信条の変化という法律以前の問題が大きく左右しているようだ。 
 しかし、被告の講談として好評を博していた「はだしのゲン」を、脚本家の都合で上演中止を訴えることは、たとえ著作物の独自性と著作権の専有的効力を考えたとしても、それ以上にすでに多くの講談ファンを有している著作物の社会性を考えたとき、これが優先されてもよいのではないかと考えてしまう。また、「新釈四谷怪談」にしても、被告との関係悪化により作品を被告に上演させたくないという心情などを、上演差止めの理由として判決は認めたが、このような理由によって原告が被告に一方的に解約を迫ったことを認めたことは、法的正義に合うのだろうか。
 判決は、両者間の本件上演許諾合意は、期間の定めのないものであることから、いつでも解約の申し入れをすることができると解したが、解約の原因としては、使用料の不払いという債務不履行の原因しか法律問題はないのではないか。
 被告は、原告による権利濫用を主張したが、控訴されても仕方がない判決であろう。

3.なお、この判決は最後に、「付言する」として、被告が、原告の講談脚本によってではなく、別の脚本を作成すれば、原作者の許諾さえあれば、講談の上演の可能性のあることを被告に示唆しているが、当然のことに言及しているだけであり、蛇足である。
 被告にとっては、自分も上演までには何らかのかたちで関与し、かつ長年演じてきた講談であるだけに、簡単に割り切って上演を中止したり、他の新しい脚本の講談を演ずるわけにはいかないだろう。
 判決は老婆心でそのようなことを付言しているのかも知れないが、逆効果となることがある。
 地裁判決には、最近、このような判決の最後に、傍論として、付言や尚書が目立つ。そこで言われていることは、法律上重要な点もあろうが、すでに裁判所の認定と判断が全部終了した後に、「もう一言」として登場するものだから、当事者はうんざりしてしまう。そして、それまでに行った判断と矛盾することすらあるから困るのである。
 侵害裁判所としては、例えば、意匠は類似しないから請求棄却すると判断すれば、それで事件に対する紛争は解決するのに、最後に付言するとすればとして、登録意匠の無効理由にまで言及しているのを見ると、それでも司法裁判所かと首をかしげたくなる例がある。
 ある裁判所OBの弁護士は、概して最近の若い人たちは書きすぎる、と評している。

[牛木理一]