D-24


 



スイカ写真事件:
東京高裁平成12(ネ)750号平成13年6月21日6民判決(原判決変更・一部認容)〈D−7参照〉
最高裁平成13年(オ)1391号、平成13年(受)1362号平成14年6月27日一小決定(上告棄却)(不受理)


〔キーワード〕 


写真著作物、依拠、翻案、本質的特徴部分、直接感得性、表現の類似性、モチーフ、作風、着想,思想・感情の創作的表現、独自性、粗雑な再製又は改変、同一性保持権、精神的損害、慰謝料

 

〔主  文〕

 

1. 原判決を次のとおりに変更する。
 被控訴人Yは、控訴人に対し、被控訴人S社と連帯して、金100 万円及びこれに対する平成10年11月21日から支払済みまで年5分の 割合による金員を支払え。
 被控訴人S社は、控訴人に対し、被控訴人Yと連帯して、金100 万円及びこれに対する平成10年11月21日から支払済みまで年5分の 割合による金員を支払え。
 被控訴人S社は、別紙写真二表示の写真を登載したカタログ「シルエットin北海道」につき、その発行も頒布もしてはならない。
 控訴人の被控訴人Y及び被控訴人S社に対するその余の請求をいずれも棄却する。
2. 訴訟費用は、第1審、2審を通じてこれを3分し、その1を被控訴人らの負担とし、その余を控訴人の負担とする。

 

〔判  断〕

 

 当裁判所は、控訴人の本訴請求につき、控訴人が、被控訴人らに対して、慰謝料100万円の連帯しての支払を求め、被控訴人会社に 、その作成した被控訴人カタログの発行及び頒布の中止を求める限度において理由があり、その余は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。

1 本件写真と被控訴人写真との対比について
 (1) 写真著作物について
 写真著作物において、例えば、景色,人物等、現在する物が被写体となっている場合の多くにおけるように、被写体自体に格別の独自性が認められないときは、創作的表現は、撮影や現像等における独自の工夫によってしか生じ得ないことになるから、写真著作物が類似するかどうかを検討するに当たっては、被写体に関する要素が共通するか否かはほとんどあるいは全く問題にならず、事実上、撮影時刻,露光,陰影の付け方,レンズの選択,シャッター速度の設定,現像の手法等において工夫を凝らしたことによる創造的な表現部分が共通するか否かのみを考慮して判断することになろう。
 しかし、被写体の決定自体について、すなわち、撮影の対象物の選択,組合せ,配置等において創作的な表現がなされ、それに著作権法上の保護に値する独自性が与えられることは、十分あり得ることであり、その場合には、被写体の決定自体における、創作的な表現部分に共通するところがあるか否かをも考慮しなければならないことは、当然である。写真著作物における創作性は、最終的に当該写真として示されているものが何を有するかによって判断されるべきものであり、これを決めるのは、被写体とこれを撮影するに当たっての撮影時刻,露光,陰影の付け方,レンズの選択,シャッター速度の設定,現像の手法等における工夫の双方であり、その一方ではないことは、論ずるまでもないことだからである。
 本件写真は、そこに表現されたものから明らかなとおり、屋内に撮影場所を選び、西瓜,籠,氷,青いグラデーション用紙等を組み合わせることにより、人為的に作り出された被写体であるから、被写体の決定自体に独自性を認める余地が十分認められるものである。したがって、撮影時刻,露光,陰影の付け方,レンズの選択,シャッター速度の設定,現像の手法等において工夫を凝らしたことによる創造的な表現部分についてのみならず、被写体の決定における創造的な表現部分についても、本件写真にそのような部分が存在するか、存在するとして、そのような部分において、本件写真と被控訴人写真が共通しているか否かをも、検討しなければならないことになるものというべきである。
 この点について、被控訴人会社は、写真については、事実上、同一のものでない限り、著作者人格権あるいは著作権の侵害とはならないというべきであると主張し、写真業界においては、これが定説であるという。しかし、被控訴人会社の主張は、写真の著作物については、著作権法の規定を無視せよというに等しいものであり、採用できない。仮に、被控訴人会社主張のような見解が写真業界において定説となっているとしても、そのことは、誤った見解が何らかの理由によってある範囲内において定説となった場合の一例を提供するにすぎず、著作権法の正当な解釈を何ら左右するものではない。
 (2) 本件写真の表現について
 証拠によれば、本件写真は、1.前面の中央に、半分に切った大きな楕円球の西瓜を、切り口を上に向けて横長に配置し、2.同西瓜の下に、ブロック状の多数の氷を配置し、3.同西瓜の上には、略三角形に切った6切れの西瓜を、右側に傾斜させて一列に並べて配置し、4.前面の半分に切った大きな楕円球の西瓜の後方やや左側には、大きな円球の西瓜を配置し、その左後方に、一部が見えるように小さい円球の西瓜を配置し、5.前面の半分に切った大きな楕円球の西瓜の後方右側には、取っ手のついた籐の籠に、横長に入れられた小さな楕円球の西瓜と小さい円球の西瓜を配置し、6.後方の3個の西瓜の上には、各西瓜にからめた葉や花の付いた蔓を配置し、7.青いグラデーション用紙により背景を夏(盛夏)の青空を思わせる青色としたものであることが認められる。
 さらに具体的にみると、半分に切った大きな楕円球の西瓜は、切り口が全面的に鋸の刃のようにV字型に切り欠かれており、その切欠きに、略三角形に切った西瓜が整然と並べられていること、配置した西瓜の全体に、水滴が付く程度に水を撒き、右前方から西瓜の表面に光を当てて、西瓜がみずみずしくみえるように工夫されていること、カメラアングルとしては、配置された西瓜が、やや下方から撮影されていることが認められる。
 (3) 被控訴人写真の表現について
  (イ) 被控訴人写真は、1.前面の中央に、半分に切った大きい楕円球の西瓜様のものを、切り口を上に向けて配置し、2.この西瓜様のものの上には、略三角形に切った6切れの西瓜を、左側に傾斜させて一列に並べて配置し、3.前面の半分に切った大きい楕円球の西瓜様のものの後方には、大きな円球の西瓜を配置し、その左後方に、小さい円球の西瓜を配置し、4.前面の半分に切った大きい楕円球の西瓜様のものの右横には、小さな円球の西瓜を配し、後方右側には、ざるに、横長に入れられた大きい楕円球の西瓜様のものを配置し、5.後方中央の大きな円球の西瓜から右前方にかけての西瓜の上には、西瓜にからめた葉や花の付いた蔓を配置し、6.青いグラデーション用紙により背景を夏(盛夏)の青空を思わせる青色としたものであることが認められる。
 撮影方法については、左方から西瓜の表面に光を当ていること、カメラアングルとしては、配置された西瓜を、やや上方から撮影していることが認められる。
  (ロ) 証拠によれば、被控訴人写真に写っている楕円球の西瓜様のものは、本件写真の西瓜と同様に楕円球ではあるけれども、表面に西瓜特有の縞模様がなく、一面が濃緑色であり、中身は白色をしていることが認められる。乙第5号証、第6号証に写っている西瓜様のものの表面と、甲第11号証(第41「懐かしい冬瓜スープ」という写真)に掲載されている冬瓜の写真のその表面とを比べると、色彩、色合い、模様が、極めてよく似ている。
 また、被控訴人Y自身も、本人尋問においては、本人の実家の隣家から入手した西瓜であることを強調しているものの、乙第3号証によれば、当初は、「大分前のことなので記憶が定かではないのですが、これは、冬瓜だったかもしれません。」と陳述していたことが認められる。
 そうすると、他に確定的に否定し得る格別の証拠でもない限り、被控訴人写真の上記西瓜様のものは、冬瓜であるとみるべきである。そして、本件全証拠を検討しても、上記認定を否定し得る証拠を見いだすことができない。
 そして、被控訴人写真の、ざるに入れられた大きい楕円球の西瓜様のものも、上記西瓜様のものとの対比により、冬瓜であると推認することができる。
 (4) 本件写真と被控訴人写真との表現の対比
  (イ) 本件写真と被控訴人写真とを対比すると、被写体の決定において、すなわち、素材の選択,組合せ及び配置において著しく似ていることが認められる。
 すなわち、前面の中央に半分に切った大きな楕円球の西瓜ないし冬瓜を、切り口を上に向けて配置し、その上には、略三角形に切った6切れの西瓜を傾斜させて一列に並べて配置し、半分に切った大きな楕円球の西瓜ないし冬瓜の後方には、大きな円球の西瓜を配置し、その左後方に、やや小さい円球の西瓜を配置し、半分に切った大きな楕円球の西瓜ないし冬瓜の後方右側には、籐の籠ないしざるに、横長に入れられた楕円球の西瓜ないし冬瓜を配置し、その楕円球の西瓜ないし冬瓜の右前方に小さい西瓜を配置し、後方には、西瓜にからめた葉や花の付いた蔓を配置し、青いグラデーション用紙により背景を夏(盛夏)の青空を思わせる青色としたという全体の構図において共通している。
 そして、前面中央の半分に切った大きな楕円球の西瓜ないし冬瓜の上に、略三角形に切った6切れの西瓜を、傾斜させて一列に並べて配置した構図においても、本件写真と被控訴人写真とが共通していることは明らかである。
  (ロ) 一方、前面の中央に半分に切った大きな楕円球のものが、前者では、楕円球の西瓜であるのに対し、後者では、冬瓜である点(相違点1.)、上記楕円球のものが、前者では、水平方向に半球状に切られ、そのうえ、上記切り口がV字型に切り欠かれているのに対し、後者では、単に、水平方向に半球状に切られているだけである点(相違点2.)、略三角形に薄く切られた西瓜が、前者では、右側に傾斜しているのに対し、後者では、左側に傾斜している点(相違点3.)、前者では、中央前面に氷が敷かれているのに対し、後者では、これがない点(相違点4.)、上記の大きな楕円球の西瓜ないし冬瓜の後方右側にあるのが、前者では、籐の籠に、横長に入れられた小さな楕円球の西瓜であるのに対し、後者では、ざるに、横長に入れられた大きな楕円球の冬瓜である点(相違点5.)、右前方の小さい西瓜が、前者では、籐の籠に入れられているのに対し、後者では、入れられていない点(相違点6.)、光の当て方等について、前者では、配置した西瓜の全体に、水滴が付く程度に水を撒き、右前方から西瓜の表面に光を当てて、西瓜がみずみずしくみえるように工夫されているのに対し、後者では、格別の工夫はなされていない点(相違点7.)、カメラアングルについて、前者では、中央に配置された西瓜及び薄く切られた西瓜を、やや下方から撮影しているのに対し、後者では、やや上方から撮影している点(相違点8.)で、それぞれ相違している。
2 被控訴人写真が本件写真に依拠したものかどうかについて
 (1) 本件写真と被控訴人写真との表現の類似性
  (イ) 本件写真と被控訴人写真とを、その使用する素材について比較すると、いずれも、大きい円球の西瓜1個、小さい円球の西瓜2個、楕円球の西瓜ないし冬瓜1個、半分に切った大きい楕円球の西瓜ないし冬瓜1個、略三角形に切った西瓜6切れ、葉や花を伴った西瓜の蔓1本、青いグラデーション用紙を選択しており、相違するのは、氷の有無、籐の籠とざるの違い、西瓜と冬瓜の違い、籠ないしざるに入った楕円球の西瓜あるいは冬瓜の大きさの違いだけである。西瓜を主題(モチーフ)とする写真を撮影する場合、多種多様な西瓜があり、その数も任意に選択できるのであり、切り方も自由に選べるのである。本件写真と被控訴人写真のように、西瓜の種類、個数、切り方から、葉や花を伴った西瓜の蔓があること、青いグラデーション用紙を使用することまで一致することは、偶然には生じ得ないこととはいえないであろうが、偶然に生じる確率を大きいものとすることもできないであろう。
  (ロ) また、本件写真と被控訴人写真とを、被写体の配列の観点からみると、いずれも、前面中央の半分に切った大きな楕円球の西瓜ないし冬瓜の上に、略三角形に切った6切れの西瓜を傾斜させて一列に並べて配置し、その背後には、大きい円球の西瓜を配置し、その左側に小さい円球の西瓜を配置し、右側には籐の籠ないしざるを用意して、同所に大きい楕円球の西瓜ないし冬瓜を配置し、その右前方に小さい円球の西瓜を配置し、これらの西瓜の上には、葉や花を伴った西瓜の蔓1本を配置し、背景として、グラデーション用紙により盛夏を思わせる青色の色彩としていることが認められる。
  (ハ) 本件写真の素材自体は、西瓜(切ったもの、丸のままのもの)、西瓜の蔓、ブロック状の氷、籐の籠、背景としての青であって、日常生活の中によく見られるありふれたものばかりであることが明らかである。しかし、その構図、すなわち、素材の選択、組合せ及び配置は、全体的に観察すると、西瓜を主題(モチーフ)として、人為的に、夏の青空の下でのみずみずしい西瓜を演出しようとする、作者の思想又は感情が表れているものであり、この思想又は感情の下で、前記のありふれた多数の素材を、本件写真にあるとおりの組合せ及び配置として一体のものとしてまとめているものと認められる。
 他の者が、このような作為的な表現についての発想を、控訴人とは全く別個に得る可能性を全くないものとすることはできないであろう。しかし、このように一致した配置及び構図の着想に至ったのが偶然であったとしたら、相当に珍しいことが生じたものということは許されるであろう。
  (ニ) 被控訴人Yは、こうした配置は、写真家であれば誰でも思いつく定石の範囲を超えるものではない旨主張する。
 しかし、被控訴人Yは、上記主張を裏付けるための何らの立証をもしていない。もし、本件写真がありふれたものであるならば、本件写真のような素材を選択し、配置した写真、西瓜の背景としてグラデーション用紙を利用した写真等を、証拠として提出できるはずである。しかし、そのような作品は、証拠として全く提出されていない。すなわち、本件全証拠を検討しても、そのような作品を見いだすことはできない。被控訴人Yは、自分自身プロの写真家なのであるから、上記主張が正しいなら、自己が過去に撮影した膨大な写真の中から、被控訴人写真と類似する写真を提出することができるのではないかと思われるのに、これをしていないのである。被控訴人Yが自己の撮影した写真として提出する乙第22号証及び第24号証によれば、同人は、北海道の大自然、風景、動植物、食材等のありのままの姿を撮影することを作風としていることが認められ、同事実からすると、被控訴人写真においてなされている作為的な表現は、被控訴人Yの作風とは、著しく異なっているものと考えざるを得ないのである。 
  (ホ) 以上、検討したところによれば、本件写真と被控訴人写真との上記類似性は、被控訴人写真が本件写真に依拠して作成されたものであることを強く推認させる事情となっているものというべきである。
 (2) 証拠によれば、本件写真は、昭和61年7月に、控訴人によっ て撮影され、同月発行の「きょうの料理」(日本放送出版協会発行)に掲載され、さらに、平成4年11月発行の「A(仮名)の旬菜果 」(誠文堂新光社発行)に掲載されたこと、被控訴人会社の代表者であるIは、平成5年2月下旬ころ、写真原稿寄託業務契約に関し、控訴人の事務所を訪問し、その後の同年3月18日、再度、控訴人の 事務所を訪れた際、控訴人の作品である「A(仮名)の旬菜果」を購入して持ち帰ったこと、被控訴人YとIは、平成4年ころから取 引を開始し、被控訴人Yは現在までに約5万枚の写真を被控訴人会社に預けていること、被控訴人Yは、平成5年8月18日ころに被控訴人写真を撮影し、その後、時期は不明であるが、この写真を被控訴人会社に寄託していたこと、被控訴人会社は、被控訴人写真を、自社の被控訴人カタログに掲載したことが認められる。
 上記認定の事実によれば、被控訴人Yが、被控訴人写真を撮影したのは、Iが「A(仮名)の旬菜果」を入手してから5か月後の時期であり、被控訴人YとIとの上記関係からすれば、被控訴人Yには、被控訴人写真を撮影する前に、本件写真に接する機会があったことが明らかである。すなわち、被控訴人Yは、Iの所持していた「A(仮名)の旬菜果」を見ることが物理的に可能であったものであり、本件写真に依拠し得る立場にいたものということができるのである。
 (3) 被控訴人Yが、平成10年11月20日の控訴人への電話で、本件写真を参考にしたことを認める発言をしたかどうかについて検討する。
  (イ) 控訴人は、被控訴人Yは、控訴人から抗議を受けた後の平成10年11月20日の電話で話した際に、控訴人の写真に感動し、参考にしたと明言しており、この場合、被控訴人Yが感動し参考にしたのは、写真集「A(仮名)の旬菜果」しかあり得ない旨主張し、他方、被控訴人Yは、どの写真を問題とされているか確認することなく控訴人に電話をかけたのであり、一般論として、「色々な先生方の写真を見ている。すばらしいものがたくさんあるので勉強している。」と述べたまでであり、控訴人の写真を見たとかまねをしたなどとは言っていない旨主張している。
  (ロ) 証拠によれば、Iは、被控訴人会社の取引先である控訴人から問い合わせを受け、平成10年11月16日、控訴人に、被控訴人カタログ2冊を送付したこと、控訴人は、同月19日、上記カタログに被控訴人写真が掲載されていることを知り、本件写真を模倣して撮影したものだと考え、直ちに、被控訴人会社に、「カタログの125 頁の中央に掲載されている「西瓜」の写真を撮影した写真家は誰ですか」、「私の写真集「A(仮名)の旬菜果」に掲載されている写真と似ている」、「意図的盗作としか思えない」などと記載した抗議文に本件写真と被控訴人写真を添付してファックスを送信したこと、Iは、同月20日、出張中であった被控訴人Yに電話し、控訴人に電話するように依頼したこと、被控訴人Yは、同日、控訴人に電話をしたこと、被控訴人Yは、同月24日、控訴人の事務所に電話をかけ、電話に出た控訴人のスタッフEに対し、被控訴人写真は被控訴人Yのオリジナル作品である、本件写真は全く見たことがない旨述べたこと、Iは、同月25日、控訴人に対し、被控訴人写真は本件写真を参考にしたものではないというファックスを送信したこと、控訴人は、20日までの被控訴人Y及びIの電話で、両名が謝罪の意を表明していると思い、その後24日に再度被控訴人Yから電話があるまで、被控訴人らに対して、何らの抗議の言動をとっていなかったことが認められる。
 上記認定の事実によれば、Iは、控訴人からの抗議のファックス(甲第32号証の1〜3)をみて、被控訴人Yに連絡しているのであり、上記ファックスでは、添付されている被控訴人写真の写し(甲第32号証の3)、あるいは、「カタログ125頁の中央に掲載さ れている西瓜の写真」との文言(甲第32号証の1)により、抗議の対象となっている写真自体は十分に特定されているのに対し、それ以外に、当該写真の撮影者を特定する資料は存在しないから、Iは、抗議の対象となっている写真がどれであるかをまず理解し、そのことを通じて、連絡すべき撮影者が被控訴人Yであることを理解したことになる。Iは、このような状況の下で、被控訴人Yに対して電話して、控訴人に電話するように依頼しているのである。この際のIと被控訴人Yとの間の電話で、問題とされているのが被控訴人写真であることが話されなかったということは、非常に考えにくいことというべきである。
 被控訴人Yが、平成10年11月20日に控訴人へ電話するまでのいきさつが上記のようなものであったとすると、どの写真が問題とされているかを確認しないままに電話をかけたのであり、一般論として「色々な先生方の写真を見ている。すばらしいものがたくさんあるので勉強している。」と述べただけであるとする被控訴人Yの主張は、簡単には納得することのできないものとなるというべきである。Iからいわれて被控訴人Yがわざわざかけた電話において、控訴人はもちろん、被控訴人Yも、問題とされている写真が被控訴人写真であることを認識しつつ話すとすれば、そこでの話は同写真のことに向かうのが自然であり、これについての具体的な話しを離れて一般的な話しで終わるということは考えにくいことというべきである。もし、被控訴人Yの返事がその程度のものであったのであれば、控訴人のこれに対する最終的な反応は、相当に厳しく激しいものとなるであろうと考えるのが合理的であるのに、控訴人に生じた反応がそのようなものであったことは、本件全証拠によっても認めることができず、控訴人が4日後に被控訴人Yからの再度の電話があ るまで抗議の言動をしていないことを基礎において、甲第35号証(控訴人の陳述書)、控訴人本人尋問の結果の関係部分を検討すれば、20日の電話による被控訴人Yの返事は、一応、控訴人を納得させるものであった見込みが極めて大きいということができる。
 以上によれば、被控訴人Yは、控訴人がどの写真を問題視しているかを十分に認識したうえ、控訴人の写真に感動し、参考にした旨伝えたものと認めるのが合理的であるということができる。そして、これを前提にすると、被控訴人Yが、被控訴人写真の撮影の経緯についての説明を変遷させたとする控訴人の供述(甲第35号証及び控訴人本人尋問の結果)は、極めて自然に理解できるものとなる。要するに、被控訴人Yは、20日の時点では、本件写真を参考にしたことを認めていたのに、その後、何らかの理由で、これを否定するようになったと認められるのである。
 したがって、少なくとも11月20日の時点では、被控訴人Yは、控訴人に対し、本件写真を参考にした旨説明していたものというべきである。
 上記認定に反する被控訴人代表者及び被控訴人Y各本人尋問の結果並びに乙第3号証(被控訴人Yの陳述書)及び丙第1号証(Iの陳述書)その他の証拠は、採用できない。
 (4) 前述したとおり、被控訴人写真に写っている楕円球の西瓜様のものは、冬瓜であると認められる。
 被控訴人写真が西瓜を主題(モチーフ)とする作品であることは、写真自体から明らかであり、被控訴人Y自身も認めるところであって、これに冬瓜を加えるのは、明らかに主題に反することであり、通常の社会常識からすれば、異例なことである。逆にいえば、そこには、冬瓜を西瓜に見せかけて加えざるを得なかった何らかの必要があったことを強くうかがわせるものである。
 (5) 以上の認定を総合すると、被控訴人Yは、本件写真に依拠して被控訴人写真を撮影したと認められ、かつ、被控訴人Yは、本件写真に依拠しない限り、到底、被控訴人写真を撮影することができなかったものと認められる。
 (6) 被控訴人Yは、平成5年8月18日、晴れか曇りの日に、知人と一緒に旭川市に果物写真の撮影に赴き、付近の西瓜畑にあった西瓜を、被控訴人Y独自の着想によって、被控訴人写真のとおりに配置し、撮影したのであり、被控訴人Yは、それまでに本件写真を見たことはない、参考にしたこともない旨主張し、これに沿った陳述書を提出し、かつ、被控訴人Y本人尋問で陳述しているが、上記認定に照らし、採用することができない。
 その他依拠を否定する被控訴人Yの主張は、いずれも採用できない。
3 被控訴人Yの侵害行為について
 (1) 相違点の検討
 相違点1.(前面の中央に半分に切った大きな楕円球の西瓜ないし冬瓜が、本件写真は、楕円球の西瓜であるのに対し、被控訴人写真は、冬瓜である点)、相違点5.(大きな楕円球の西瓜ないし冬瓜の後方右側にあるのが、本件写真では、籐の籠に、横長に入れられた小さな楕円球の西瓜であるのに対し、被控訴人写真では、ざるに、横長に入れられた大きな楕円球の冬瓜である点)については、前記のとおり、被控訴人写真も、本件写真と同様に、西瓜を主題(モチーフ)とする作品であり、このことは、被控訴人Y自身も認めているところである。被控訴人Yが、本件写真に依拠して被控訴人写真を作成しつつ、楕円球の西瓜でなく冬瓜としたことは、本件写真を改悪したものといわざるを得ない。また、本件写真において籐の籠が与える印象を、ざるに代えたことで、個性ある表現をありふれた表現にしたものといわざるを得ない。
 相違点2.(楕円球の西瓜ないし冬瓜が、本件写真は、水平方向に半球状に切られ、そのうえ、上記切り口がV字型に切り欠かれているのに対し、被控訴人写真では、単に、水平方向に半球状に切られているだけである点)、相違点4.(本件写真は、中央前面に氷が敷かれているのに対し、被控訴人写真では、これがない点)については、本件写真中の表現の一部を欠いているものである。この表現の欠如から、被控訴人写真に、本件写真とは異なる思想又は感情を読み取ることはできない。
 相違点3.(略三角形に薄く切られた西瓜が、本件写真は、右側に傾斜しているのに対し、被控訴人写真では、左側に傾斜している点)、相違点6.(右前方の小さい西瓜が、本件写真では、籐の籠に入れられているのに対し、被控訴人写真では、入れられていない点)、相違点8.(カメラアングルについて、本件写真は、中央に配置された西瓜及び薄く切られた西瓜を、やや下方から撮影しているのに対し、被控訴人写真では、やや上方から撮影している点)については、いずれも、些細な、格別に意味のない相違にすぎず、これらの相違から、被控訴人写真に、本件写真とは異なる思想又は感情を読み取ることはできない。
 相違点7.(光りの当て方等について、本件写真は、配置した西瓜の全体に、水滴が付く程度に水を撒き、右前方から西瓜の表面に光を当てて、西瓜がみずみずしくみえるように工夫されているのに対し、被控訴人写真では、格別の工夫はなされていない点)については、本件写真の改悪であることが明らかである。
 (2) 以上によれば、被控訴人写真は、本件写真の表現の一部を欠いているか、本件写真を改悪したか、あるいは、本件写真に、些細な、格別に意味のない相違を付与したか、という程度のものにすぎないのであり、しかも、これらの相違点は、そこから被控訴人Y独自の思想又は感情を読み取ることができるようなものではない。
 前述したとおり、本件写真は、作者である控訴人の思想又は感情が表れているものであるから、著作物性が認められるものであり、被控訴人写真は、本件写真に表現されたものの範囲内で、これをいわば粗雑に再製又は改変したにすぎないものというべきである。このような再製又は改変が、著作権法上、違法なものであることは明らかというべきである。
 (3) この点について、被控訴人Yは、被写体を容易かつ正確に表現できることに最大の利点がある写真について、先行著作物と被写体が同一ないし類似のものである写真を撮影してはならないとなると、写真による表現行為は著しく制約されることになり、こうした結論が創作活動の動機付けを与えようとする著作権法の趣旨に反することは、明らかである旨主張する。
 しかしながら、当裁判所は、先行著作物と被写体が同一ないし類似のものである写真一般について、そのような写真を撮影するのが著作権法に違反するといっているのではない。特に、先行著作物の被写体を参考として利用しつつ、被写体を決定し、自らの創作力を発揮して新しい写真を撮影することが、著作権法に違反するといっているのではない。当裁判所がいっているのは、先行著作物において、その保護の範囲をどのようにとらえるべきかはともかく、被写体の決定自体に著作権法上の保護に値する独自性が与えられているとき、上記のような形でこれを再製又は改変することは許されないということだけである。したがって、上記のように解したからといって、写真による表現行為が著しく制約されるということに、決してなるものではない。
4 同一性保持権侵害について  前記認定の事実によれば、被控訴人Yは、本件写真と類似する被控訴人写真を製作し、被控訴人カタログに掲載したのであり、前述したとおり、被控訴人写真が本件写真と相違していることからすれば、被控訴人Yは、本件写真の表現を変更しあるいは一部切除してこれを改変したものであることが、明らかである。
 したがって、被控訴人Yの行為は、著作者である被控訴人の承諾又は著作権法の定める適用除外規定に該当する事由がない限り、本件写真について控訴人が有する同一性保持権を侵害するものとなる(著20)。ところが、被控訴人Yにつき、控訴人の承諾を得ているとも、著作権法の定める適用除外規定に該当する事由があるとも認められないから、被控訴人Yの行為は、本件写真について控訴人が有する同一性保持権を侵害するものである。
5 被控訴人らの責任について
 (1) 被控訴人Yの責任
 前述したところによれば、被控訴人Yが被控訴人写真を撮影した行為は、控訴人の有する同一性保持権を侵害するものであり、後記認定のとおり、被控訴人写真のデュープフィルム(写真原稿)を被控訴人会社に預け、Iと打ち合わせて、これを被控訴人会社発行の被控訴人カタログに掲載し、これを頒布したことをも含めて、これらの行為全体が、一体として、故意による同一性保持権侵害の不法行為を構成するものというべきである。
 (2) 被控訴人会社の責任
  (イ) 前述したとおり、被控訴人会社は、控訴人の有する同一性保持権を侵害する被控訴人写真を、被控訴人カタログに掲載したのであるから、被控訴人会社に故意又は過失が認められれば、不法行為が成立する。
  (ロ) Iが、平成5年3月18日、控訴人の事務所を訪れた際、控訴人の作品である「A(仮名)の旬菜果」を購入して持ち帰ったことは、前記認定のとおりである。
 証拠によれば、Iは、平成5年の時点で、既に、約12年間にわたり、写真家から写真のデュープフィルム(写真原稿)を預かり、これを有償で希望する者に貸し出すことを業として営んでいたこと、Iは、その時期は明らかでないが、被控訴人会社の業務として、被控訴人Yから他の多くの写真のフィルムとともに、被控訴人写真のデュープフィルムを預かっていたこと、Iと被控訴人Yは、打ち合わせのうえ、被控訴人写真を被控訴人会社の発行する被控訴人カタログに掲載したことが認められる。
 被控訴人会社は、預かっているデュープフィルムを有償で第三者に貸し出し、デュープフィルムのもととなる写真を使用させるのであるから、そのデュープフィルム貸出しによって著作者人格権侵害が発生しないように細心の注意を払うべき義務があったものというべきである。上記認定の事実によれば、Iは、少なくとも、被控訴人写真が「A(仮名)の旬菜果」に掲載されている本件写真に類似していることを認識し得たはずであり、それにもかかわらず、被控訴人カタログに被控訴人写真を掲載したのであるから、被控訴人会社の同行為が上記義務に違反することは明らかというべきである。 そうすると、被控訴人会社は、上記侵害行為について過失があったことが認められる。
  (ハ) 被控訴人会社は、Iは、写真集「A(仮名)の旬菜果」を購入したものの、本件写真は見ていなかったのであり、本件写真の存在について全く認識がなかった旨主張するが、失当である。
 証拠によれば、被控訴人会社の代表者であるIは、控訴人に関する何らかの情報を得て、自ら望んで、控訴人に連絡し、平成5年2月25日、控訴人の事務所を訪問したが、控訴人が仕事のために十分な商談ができなかったこと、同日、Iは、控訴人のスタッフにご馳走したこと、Iは、同年3月18日、再び、控訴人の事務所を訪れて、 控訴人の写真を被控訴人会社の業務に利用させてもらうことについて商談を進め、その際、控訴人から写真に関する話を聞くとともに、前記のとおり、写真集「A(仮名)の旬菜果」を購入したこと、その後、同年5月末に、三度、控訴人の事務所を訪れて、平成5年6 月1日付けで写真原稿寄託業務契約を締結したこと、控訴人は、こ の契約に基づき、控訴人の写真のデュープフィルム85点を被控訴人会社に送付したことが認められる。
 上記認定の事実によれば、Iは、平成5年当時、控訴人の写真に 大いに関心を持っていたことが明らかであって、しかも、控訴人の写真を自己の経営する会社の事業に利用して利益を得ようというのであるから、契約の対象となっていないとしても、控訴人の作風を示す写真集「A(仮名)の旬菜果」を見ていなかったということは考えにくいことであり、写真集「A(仮名)の旬菜果」に掲載されている本件写真についても十分に知っていたものとみるのが合理的である。
6 被控訴人会社の発行する被控訴人カタログの発行差止め等について
 (1) 被控訴人会社が被控訴人写真を、被控訴人カタログに掲載したことは、上述のとおりである。
 上記カタログに掲載されている被控訴人写真が、控訴人の著作者人格権を侵害する行為によって作成されたものであることは、前述したとおりである。そうすると、上記カタログは、侵害行為によって作成された物であることが明らかであるから、控訴人は、侵害の停止又は予防に必要な措置の一つとして、上記カタログの発行及び頒布の中止を求めることができる。
 なお、本件においては、控訴人が被控訴人会社に対し被控訴人カタログの頒布の中止を求めるためのものとして、著作権法113条1項2号に定める「情を知って」の要件が問題になることはあり得ない ものというべきである。すなわち、著作権法113条1項2号は、著作 者人格権侵害の行為等によって作成された物がいったん流通過程に置かれた後に、それを更に転売・貸与する行為を全部権利侵害とすることには問題があるために、その場合に限って「情を知って」との要件を付加しているものと解すべきであり、控訴人会社は、被控訴人写真を上記カタログに掲載して発行した当の本人であって、物がいったん流通過程に置かれた後に、それを更に転売・貸与する者ではないから、被控訴人会社の行為は、同法113条1項2号にいう「 頒布」の問題として扱われるべき事柄ではないというべきである。被控訴人会社は、被控訴人写真を上記カタログに掲載して発行すること自体が許されなかったのであるから、その違法な行為によって自らが作成した物を自ら頒布することもまた許されないことは、むしろ自明である。すなわち、被控訴人写真を被控訴人カタログに掲載して発行及び頒布するという被控訴人会社の一連の行為全体が、全部であれ一部であれ、同一性保持権侵害の行為に該当するというべきである。
 (2) 控訴人は、被控訴人会社に対して、既発行の被控訴人カタログについて回収したうえ廃棄することを求めているけれども、一般的にみて、既発行の上記カタログを回収することは困難であり、本件において、そのように困難な義務を被控訴人会社に負担させるほどの必要性はないものというべきである。なお、このことは、請求の根拠に、同一性保持権侵害に加えて翻案権侵害を入れて検討したとしても、変わりはないものというべきである。
7 謝罪広告について
 弁論の全趣旨によれば、被控訴人写真は、被控訴人カタログに掲載されたのみであり、控訴人が、社団法人日本広告写真家協会の著作権委員会に所属する写真家らと協議を重ねたうえ、本訴を請求したものであることが認められ、この事情の下では、判決によって控訴人の名誉が回復されることになり、その他更に名誉を回復するための格別の処分を命ずる必要性はないものというべきである。
8 損害について
 被控訴人らは、それぞれ、本件写真についての控訴人の有する同一性保持権を侵害したのであるから、これにより控訴人に生じた精神的損害を賠償する責任を負わなければならない。
 証拠によれば、控訴人は、出版用食品広告専門の写真家であり、独特の手法により、写真映像によって食材のおいしさ、みずみずしさなどを表すことに情熱を注ぎ、我が国のみならず米国でも高い評価を受けている写真家であることが認められる。そして、本件写真も、控訴人の上記手法を反映した写真の一つであり、西瓜を主題(モチーフ)として、盛夏の青空の下でのみずみずしい西瓜を演出した作品であったのである。本件写真を、平凡な写真に再製又は改変されてしまったのであるから、控訴人は、自己の意に反するこのような再製又は改変によって、名誉感情を毀損され、精神的な損害を被ったものと認められる。そして、改変の状況及び本件に現れた諸事情を考慮すると、控訴人の被った精神的な損害に対する慰謝料としては、金100万円が相当であり、これらを、被控訴人らに連帯負 担させるのが相当であると認められる。
9 結論
 以上認定判断したところによれば、控訴人の本訴請求は、被控訴人らに対し、慰謝料100万円及びこれに対する不法行為発生後であ る平成10年11月21日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金を連帯して支払うよう求め、被控訴人会社に対し、被控訴人カタログの発行及び頒布を中止するよう求める限度で認容すべきであり、その余は棄却すべきである。そこで、これと異なる原判決を上記のとおりに変更することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法67条2項、61条、64条、65条を適用して、主文のとお り判決する。

〔最高裁の決定〕 (2002年7月3日追加)
1.上告について→棄却
民事事件について最高裁判所に上告することが許されるのは、民訴法312条1項又は2項所定の場合に限られるところ、本件上告理由は、違憲及び理由の不備・食違いをいうが、その実質は事実錯誤又は単なる法令違反を主張するものであって、明らかに上記各項に規定する事由に該当しない。
2.上告受理申立てについて→不受理
本件申立ての理由によれば、本件は、民訴法318条1項により受理すべきものとは認められない。

〔研 究〕
1. 東京地裁平成11年12月15日判決を覆したこの東京高裁判決は、著作権法における写真の著作物の保護範囲の考え方について、従来の通説のカラを破った前進があったと評価できる。きわめて重要な認定と判示をしている箇所に、筆者はアンダーラインを施した。
 裁判所は両者の写真を対比して見て、まず被告(被控訴人)の写真は原告(控訴人)の写真の複製又は翻案ではないか、と疑ったのである。したがって、その疑いの妥当性を検証したのである。
 被告は、「写真については、事実上、同一のものでない限り著作者人格権のあるいは著作権の侵害とはならない」と主張し、写真業界ではこれが定説だと主張したのに対し、判決は、このような被告の主張は、「写真の著作物については、著作権法の規定を無視せよというに等しいものであり」とし言明て採用せず、著作権法の正当な解釈ではないと説示した。
2. そこで、両写真を対比してその“表現形式”のいかんを検証した結果、まず被写体の決定において、両写真は素材の選択、組合せ、配置が著しく似ていると認定し、そこに表現されている各素材の共通性を摘示した。また同時に、相違点についても摘示した。
3. 次に、被告写真が原告の本件写真に“依拠”したものかどうかについて、両写真の表現形式の類似性を次のように検証した。
 第1に、使用する素材について比較し、「西瓜を主題(モチーフ)とする写真を撮影する場合、多種多様な西瓜があり、その数も任意に選択するものであり、切り方も自由に選べるのである」から、「本件写真と被控訴人写真のように、西瓜の種類、個数、切り方から、葉や花を伴った西瓜の蔓があること、青いグラデーション用紙を使用することまで一致することは、偶然には生じ得ないこととはいえないであろうが、偶然に生じる確率を大きいものとすることもできないであろう。」と認定した。
 第2に、被写体の配列を比較し、「いずれも、前面中央の半分に切った大きな楕円球の西瓜ないし冬瓜の上に、略三角形に切った6切れの西瓜を傾斜させて一列に並べて配置し、その背後には、大きい円球の西瓜を配置し、その左側に小さい円球の西瓜を配置し、右側には籐の籠ないしざるを用意して、同所に大きい楕円球の西瓜ないし冬瓜を配置し、その右前方に小さい円球の西瓜を配置し、これらの西瓜の上には、葉や花を伴った西瓜の蔓1本を配置し、背景として、グラデーション用紙により盛夏を思わせる青色の色彩としていることが認められる。」と認定した。
 第3に、本件写真の素材自体については、「西瓜(切ったもの、丸のままのもの)、西瓜の蔓、ブロック状の氷、籐の籠、背景としての青であって、日常生活の中によく見られるありふれたものばかりであることが明らかである。しかし、その構図、すなわち、素材の選択、組合せ及び配置は、全体的に観察すると、西瓜を主題(モチーフ)として、人為的に、夏の青空の下でのみずみずしい西瓜を演出しようとする、作者の思想又は感情が表れているものであり、この思想又は感情の下で、前記のありふれた多数の素材を、本件写真にあるとおりの組合せ及び配置として一体のものとしてまとめているものと認められる。
 他の者が、このような作為的な表現についての発想を、控訴人とは全く別個に得る可能性を全くないものとすることはできないであろう。しかし、このように一致した配置及び構図の着想に至ったのが偶然であったとしたら、相当に珍しいことが生じたものということは許されるであろう。」と認定した。
 第4に、本件写真の配置について、「被控訴人Yは、上記主張を裏付けるための何らの立証をもしていない。もし、本件写真がありふれたものであるならば、本件写真のような素材を選択し、配置した写真、西瓜の背景としてグラデーション用紙を利用した写真等を、証拠として提出できるはずである。しかし、そのような作品は、証拠として全く提出されていない。すなわち、本件全証拠を検討しても、そのような作品を見いだすことはできない。被控訴人Yは、自分自身プロの写真家なのであるから、上記主張が正しいなら、自己が過去に撮影した膨大な写真の中から、被控訴人写真と類似する写真を提出することができるのではないかと思われるのに、これをしていないのである。被控訴人Yが自己の撮影した写真として提出する証拠によれば、同人は、北海道の大自然、風景、動植物、食材等のありのままの姿を撮影することを作風としていることが認められ、同事実からすると、被控訴人写真においてなされている作為的な表現は、被控訴人Yの作風とは、著しく異なっているものと考えざるを得ないのである。」と認定した。
 この結果、「本件写真と被控訴人写真との上記類似性は、被控訴人写真が本件写真に依拠して作成されたものであることを強く推認させる事情となっているものというべきである。」と判断したのである。
 裁判所は、以上のように、両写真の“類似性”の根拠について明らかにし、被告写真の著作権侵害性の心証を得たが、これをさらに裏付けるものとして、本件写真が刊行物に掲載されたことに加えて、「被控訴人会社の代表者であるIは、平成5年2月下旬ころ、写真 原稿寄託業務契約に関し、控訴人の事務所を訪問し、その後の同年3月18日、再度、控訴人の事務所を訪れた際、控訴人の作品である 『A(仮名)の旬菜果』を購入して持ち帰ったこと、被控訴人YとIは、平成4年ころから取引を開始し、被控訴人Yは現在までに約 5万枚の写真を被控訴人会社に預けていること、被控訴人Yは、平成5年8月18日ころに被控訴人写真を撮影し、その後、時期は不明であるが、この写真を被控訴人会社に寄託していたこと、被控訴人会社は、被控訴人写真を、自社の被控訴人カタログに掲載したことが認められる。」と事実を明らかにした後、「被控訴人Yが、被控訴人写真を撮影したのは、Iが『A(仮名)の旬菜果』を入手してから5か月後の時期であり、被控訴人YとIとの上記関係からすれば、被控訴人Yには、被控訴人写真を撮影する前に、本件写真に接する機会があったことが明らかである。すなわち、被控訴人Yは、Iの所持していた『A(仮名)の旬菜果』を見ることが物理的に可能であったものであり、本件写真に依拠し得る立場にいたものということができる。」と認定するに至ったのである。
 また、裁判所は、被告写真に写っている楕円球の西瓜様のものは冬瓜であると認定し、「被控訴人写真が西瓜を主題(モチーフ)とする作品であることは、写真自体から明らかであり、被控訴人Y自身も認めるところであって、これに冬瓜を加えるのは、明らかに主題に反することであり、通常の社会常識からすれば、異例なことである。逆にいえば、そこには、冬瓜を西瓜に見せかけて加えざるを得なかった何らかの必要があったことを強くうかがわせるものである。」と説示した。
 その結果として、被告Yは、本件写真に依拠して被告写真を撮影したと認め、かつ、被告Yは本件写真に依拠しない限り、到底被告写真を撮影することができなかったと認定し、依拠を否定する被告Yの主張はいずれも採用されなかった。
 この判決は、被告写真において冬瓜が使用されていることは、原告写真の西瓜と誤認を与えるような見せかけ工作をしなければならない必要があったことを見抜いているように思われる。その点を、社会常識から外れた異例な表現と見ていることは、そこに、被告による一種の不正競争的な不法行為があったことを看破したのかも知れない。
4. そこで、裁判所は、被告Yの侵害行為について検証した。
 それは、8つの相違点の検討から入ったが、その結果、「被控訴人写真は、本件写真の表現の一部を欠いているか、本件写真を改悪したか、あるいは、本件写真に、些細な、格別に意味のない相違を付与したか、という程度のものにすぎないのであり、しかも、これらの相違点は、そこから被控訴人Y独自の思想又は感情を読み取ることができるようなものではない。前述したとおり、本件写真は、作者である控訴人の思想又は感情が表れているものであるから、著作物性が認められるものであり、被控訴人写真は、本件写真に表現されたものの範囲内で、これをいわば粗雑に再製又は改変したにすぎないものというべきである。このような再製又は改変が、著作権法上、違法なものであることは明らかというべきである。」と説示した。
 このような裁判所の説示に対し、被告は、先行著作物と被写体が同一ないし類似のものである写真を撮影してはならないとなると、写真による表現行為は著しく制約されることになり、創作活動の動機付を与えようとする著作権法の趣旨に反すると主張した。
 これに対し裁判所は、「先行著作物と被写体が同一ないし類似のものである写真一般について、そのような写真を撮影するのが著作権法に違反するといっているのではない。特に、先行著作物の被写体を参考として利用しつつ、被写体を決定し、自らの創作力を発揮して新しい写真を撮影することが、著作権法に違反するといっているのではない。当裁判所がいっているのは、先行著作物において、その保護の範囲をどのようにとらえるべきかはともかく、被写体の決定自体に著作権法上の保護に値する独自性が与えられているとき、上記のような形でこれを再製又は改変することは許されないということだけである。したがって、上記のように解したからといって、写真による表現行為が著しく制約されるということに、決してなるものではない。」と説示したのである。
5. また、著作権法20条が規定する同一性保持権に対する侵害について、裁判所は次のように判示した。
「前記認定の事実によれば、被控訴人Yは、本件写真と類似する被控訴人写真を製作し、被控訴人カタログに掲載したのであり、前述したとおり、被控訴人写真が本件写真と相違していることからすれば、被控訴人Yは、本件写真の表現を変更しあるいは一部切除してこれを改変したものであることが、明らかである。
 したがって、被控訴人Yの行為は、著作者である被控訴人の承諾又は著作権法の定める適用除外規定に該当する事由がない限り、本件写真について控訴人が有する同一性保持権を侵害するものとなる(著20)。ところが、被控訴人Yにつき、控訴人の承諾を得ているとも、著作権法の定める適用除外規定に該当する事由があるとも認められないから、被控訴人Yの行為は、本件写真について控訴人が有する同一性保持権を侵害するものである。」
 確かに、被告写真に対しては、本件写真との相違についてこのような見方をすることはできるかも知れない。これに対して、このような見方は考えすぎではないかとの批判もあるかも知れないが、依拠性を根拠とする以上、相違点を改変したものと見られても仕方がないだろう。
6. さらに、裁判所は、被控訴人らの責任について、第1に、被 告Yの一連の行為は、一体として故意による同一性保持権侵害の不法行為を構成すると判断した。第2に、被告会社の行為は、原告の有する同一性保持権を侵害する被告写真を被告カタログに掲載したことに過失があったから、不法行為が成立すると判断した。
 また、裁判所は、被告会社の代表者Iは、原告の事務所を訪問した際、原告の写真集「A(仮名)の旬菜果」を購入して帰ったのだから、原告の作風を示すこの写真集を見ていなかったということは考えにくいし、ここに掲載されている本件写真も十分知っていたとみるのが合理的であると説示している。
7. 最後に、裁判所は、被告会社発行のカタログの発行差止等について、このカタログに掲載されている被告写真が原告の著作者人格権を侵害する行為によって作成されたものである以上、原告は侵害の停止又は予防に必要な措置の一つとして、当該カタログの発行及び頒布の中止を求めることができると判断した。
 そして、被告会社は、被告写真を上記カタログに掲載して発行すること自体が許されなかったのだから、その物を頒布することも許されないのは自明だ。即ち、被告カタログを発行及び頒布するという被告会社の一連の行為全体が、全部であれ一部であれ、原告写真についての同一性保持権侵害の行為に該当すると判断したのである。
8. 謝罪広告については、原告は(社)日本広告写真家協会発行の機関紙に掲載することを要求したが、原告は、(社)日本広告写真家協会の著作権委員会に所属する写真家らと協議を重ねた上で、本訴を請求したものであるという事情下では、判決によってその名誉が回復されることになるから、その他さらに名誉を回復するための格別な処分を命ずる必要はないと判断した。
9. 損害については、本件写真について原告の有する同一性保持権という著作者人格権を侵害したのだから、これによって原告に生じた精神的損害を賠償する責任があるとして、慰謝料金100萬円を相 当と認定した。
10. ところで、筆者が「キーワード」として冒頭に挙げた数は、著作権侵害事件の解説としては多すぎるように思うが、それそれだけ本件は、著作権の保護範囲を考えるときに、注目すべき重要なキーワードを与えてくれたのである。
 原告の写真著作物への依拠による、著作物の創作的表現のための着想(アイディア,モチーフ)の共通性に由来する作品の類似性を認定し、原告の写真著作権の保護範囲を逸脱していないばかりか、粗雑な改変をしているとまで言及しているのである。
 この辺の保護範囲の認定の考え方は、登録意匠の類似範囲の認定のそれと共通するものがあるのみならず、特許権の技術的範囲の認定とも共通するものがあるといえる。ということは、知的財産権の保護範囲についての考え方には、少なくとも現在の東京高裁レベルにおいては、共通性が存するものと解しているといえるのではないだろうか。
 この辺のところを論じた最近の論文としては、拙稿「著作権の成立と保護範囲」(知財管理2001年10月号)があるから参照されたい。なお、この論文については、今回、HPに同時に掲載することにしたので、「第1 論文コーナー11」を参照されたい。

[牛木理一]