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絶対音感事件: 東京地裁平成12(ワ)20058号.平成13年6月13日判決(一部認容)

〔キーワード〕 
翻訳、引用、過失、共同不法行為

 

〔事  実〕

 

1. 原告Hは、米国の作曲家の著作に係る演劇台本を日本語に翻訳し、二次的著作物である翻訳台本につき著作権を取得した。原告は、原告の許諾なく、原告の翻訳者としての氏名を表示せずに翻訳台本の一部を引用複製した被告らの行為は、原告が二次的著作物について有する複製権及び著作者人格権を侵害すると主張して、被告らに対して損害賠償の支払を求めた。
2. 前提となる事実
(1) 原告は、オーストラリアに在住して、ジャーナリスト、台本作家、翻訳家、俳優及びテレビプロデューサーとして活動している者である。一方、被告S.Hは、雑誌編集者兼ライターを経て、ノンフィクション作家として活動している者である。
(2) 原告は、平成9年ころ、かつて米国の作曲家レナード・バーン スタインが著作した英語版演劇台本「Young People's Concerts What Does Music Mean?」を翻訳し(邦題「ヤング・ピープルズ・コンサート・・音楽って何?」・以下「本件翻訳台本」という)、二次的著作物である本件翻訳台本に係る著作権及び著作者人格権を取得した。
 被告S.Hは、平成10年ころ、書籍「絶対音感」(以下「本件書籍」という。)を執筆し、被告小学館は、同書籍を出版した。本件書籍の240頁から242頁に掛けて、本件翻訳台本の一部(以下「原告翻訳部分」という。)を掲載したが、掲載に際して原告の許諾は得ておらず、翻訳者として原告の氏名を表示しなかった。
 本件書籍(初版第1刷)は、平成10年3月10日に発売された。
〔争  点〕
(1) 原告翻訳部分の掲載は適法な引用か。(複製権侵害の成否)
(2) 複製権侵害・氏名表示権侵害につて、被告らに過失があるか。
(3) 損害額はいくらか。

 

〔判  断〕

 

1. 争点1(引用の適法性)について
 被告S.Hが、本件書籍を執筆するに当たり、その240頁6行目から242頁末行に掛けて、原告翻訳部分を複製して掲載したことは当 事者間に争いがない。
 著作権法32条1項は、「公表された著作物は、引用して利用する ことができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものでなければならない。」と、同法48条1 項は、「ーーー著作物の出所を、その複製又は利用の態様に応じ合理的と認められる方法及び程度により、明示しなければならない。」と、それぞれ規定している。
 そこで、同複製行為が、適法な引用として許されるか否かを、本件の事実関係に照らして検討する。
 証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおりの事実が認められ、これに反する証拠はない。
(1) 英語版演劇台本「Young People's Concerts What Does Music Mean?」は、作曲家レナード・バーンスタインが、1958年(昭和33年)ころ、若い聴衆と音楽の楽しさを分かちあえるよう、自らニューヨーク・フィルハーモニックと共に出演し、演奏するために書き下ろした一連の台本の一つである。原告は、平成8年10月ころ、指 揮者佐渡裕がバーンスタイン役となって上演するための日本語台本として、上記英語版演劇台本を翻訳した。そして、原告は、佐渡裕が上演に当たり、ピアノを演奏しないなどの事情から、台本の一部に変更を加えた上、日本語翻訳(邦題「ヤング・ピープルズ・コンサート・・音楽って何?」)を完成させた。本件翻訳台本は、A4版17頁(表紙を含む。)からなるワープロ書きのものであり、翻訳者名は記載されていない。
(2) 本件書籍は、数多くの取材に基づき、「絶対音感」に関する様々な実話や古今東西の音楽家等のエピソード等を紹介しながら、同テーマを多角的に考察したノンフィクション作品である。なお、本件書籍の原稿は、第4回「週間ポスト」「SAPIO」21世紀国際ノンフィクション大賞を受賞した。本件書籍は、「プロローグ(書き換えられた自伝)」、「第1章(人間音叉)」ないし「第8章(心の扉)」、「エピローグ(バラライカの記憶)」、「あとがき」から構成され、319頁からなる。その「第7章(涙は脳から出る のではない)」は、239頁から261頁に掛けて、「言葉にならない言葉」「音が動き、心が動く」「コンピュータと音楽」「書かれざるもの」「神様が見えた」「リアリティ」という小見出しの下に、相互に関連はあるものの、それぞれが独立した話題が紹介されている。
(3) 本件書籍の「第7章(涙は脳から出るのではない)」の「言葉にならない言葉」という部分には、バーンスタインが、1958年1月 にカーネギーホールで「音楽って何?」と題するコンサートを行ったことが記述された後、そこで語られた言葉の一部を紹介するとして、240頁6行目から242頁末行に掛けて、別紙1のとおり、原告翻 訳部分が複製されて掲載されている。
(4) 被告S.Hは、本件書籍の執筆のための取材をしたが、その際、前記日本語のコンサートの企画、制作を担当したクリスタル・アーツ社の代表者であるSから、原告翻訳部分を含む本件翻訳台本を渡され、Sからは、原告翻訳部分を本件書籍へ利用することの了解を受けている。しかし、Sは、本件翻訳台本の著作者である原告から、本件翻訳台本を第三者に利用させることの許諾権限を付与されたことはない。
 以上の事実に照らすならば、1.本件書籍の目的、主題、構成、性質、2.引用複製された原告翻訳部分の内容、性質、位置づけ、3.利用の態様、原告翻訳部分の本件書籍に占める分量等を総合的に考慮すると、著作者である原告の許諾を得ないで原告翻訳部分を複製して掲載することが、公正な慣行に合致しているということもできないし、また、引用の目的上正当な範囲内で行われたものであるということもできない(前記のとおり、被告らは、原告翻訳部分の掲載に当たっては、正当な著作者の許諾を受けようと努め、受けられたものと誤信していたのであり、その経緯に照らしても、原告翻訳部分を許諾を得ないで自由に利用できる公正な慣行があったものと認定することは到底できない。)。
 したがって、原告翻訳部分を複製、掲載した行為は、著作権法32条1項の要件を満たす適法な引用とはいえない。
2. 争点2(被告らの過失の有無)について
 被告S.Hは、調査をすれば、本件翻訳台本を翻訳した者が原告であることを容易に知り得たにもかかわらず、調査を怠った結果、二次的著作物の著作者である原告の許諾を得ず、その氏名も表示せずに原告翻訳部分を掲載した。また、被告小学館は同様に、調査をすれば、二次的著作物の著作者が原告であることを容易に知り得たのにもかかわらず、これを怠って本件書籍を出版した。したがって、被告らには、本件翻訳台本の著作権者である原告の許諾を得ずに掲載したことについて、過失がある。
 この点、被告S.Hは、本件翻訳台本の本件書籍への掲載について、Sの了解を得ているから、過失がないと主張する。しかし、Sは、本件翻訳台本の掲載につき、許諾を与える権限を有していないことは明らかであるから、被告らが、Sに確認したり、Sから許諾を得たことをもって、過失がないとすることはできない。
 以上によれば、本件複製権の侵害につき被告らには過失があったというべきであり、被告らの上記行為は共同不法行為を構成する。
 また、被告らが本件書籍に原告翻訳部分を掲載するに当たって原告の氏名を表示しなかったことは、原告の著作者人格 権を侵害す るものであり、この点についても被告らには過失があるといえるから、被告らの行為は、共同不法行為を構成する。
3. 争点3(損害)について
 そこで、原告の被った損害について検討する。
(1) 財産的損害について
 証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件書籍は、発行された平成10年3月から同11年3月までの間に35万1000冊が出版され、その間に33万1754冊が販売(実売)され、ベストセラーとなったこと、その後も、初年度より少ないとはいえ、かなりの数が販売がされたと推認されること、定価は1600円であること(争いがない)、本件書籍は本文部分が319頁であり、一方原告翻訳部分は3頁であることが認められる。
 そこで、被告らの複製行為によって原告に生じた損害を考察する。1.原告翻訳部分の使用料率については、確かに、本件翻訳台本は、翻訳に係る二次的著作物ではあるが、原告が構成等の面で、ある程度の改変を加えて制作したこと、本件翻訳台本は、極めてわかりやすい、こなれた言葉が使用されていること等の事情を参酌すれば、概ね本件書籍の販売総額の10パーセント程度と解するのが相当であり、また、2.原告翻訳部分の本件書籍全体に占める寄与割合については、それぞれの頁数割合と同率である解するのが合理的である。そうすると、原告の被った損害額は、これらの一切の事情を総合考慮して、70万円と認定するのが相当である。
 なお、原告は、複製権侵害による損害は、被告小学館が本件書籍を販売したことによる利益額を基礎として算定すべきであると主張するが、原告は自ら書籍の出版を行なっていないことに照らすと、原告の同主張は採用できない。
(2) 精神的損害
 被告らの著作者人格権侵害により原告が被った精神的損害については、原告には、それまで演劇台本の翻訳等を行った経歴及び実績があること(証拠)、原告翻訳部分は本件書籍の主題と密接に関連し、重要な役割を果たしていること及び本件書籍は21世紀国際ノンフィクション大賞を受賞するなどして話題を呼び、相当部数が販売されたこと(証拠、弁論の全趣旨)などを考慮すると、上記精神的苦痛に対する慰謝料としては20万円が相当である。
(3) 弁護士費用
 本件における一切の事情を考慮すると、被告らの不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては10万円が相当である。
〔研  究〕
1. 他人(原告)の翻訳文を、自著(被告)に「引用」するときは、著作権法32条1項の規定によく気を付けなければならないことを 、この判決は説示している。それは、出版社の立場にあっても同様である。即ち、同条項は、「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その利用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行われるものでなければならない。」そして、「公正な慣行に合致」し、「目的上正当な範囲内で行われる」と認められるためには、「著作物の出所を明示し」かつ「当該著作物につき表示されている著作者名を示さなければならない」(著48条1項2号)のである。
 ところで、本件において、被告の書籍には、別紙1の原告翻訳文が複製掲載されていても、それは引用の形式をとっておらず、また出所についても、著作者名についても明示されていなかった。したがって、被告のこのような行為は、原告の複製権(財産権)及び著作者人格権を侵害したことになると判断されたが、正に典型的な著作権侵害行為であった。
 この事件は、かっての白川義員対マッド・アマノの写真パロディ事件(最高裁昭和55年3月28日判決)に通ずるものがあり、ともす れば軽視されがちな他人の著作物の「引用」の著作権問題に、再び脚光を浴びせたといえよう。ただ違う点は、白川事件は、「パロディ」は許されるか否かという、きわめてハイレベルな著作権論争があり、一度は東京高裁において引用に非ずと新著作物性が認められ、二回も最高裁を往復した事件であった。
2. 損害額については、判決は、複製権の財産的損害には70万円、著作者人格権の精神的損害には20万円、弁護士費用として10万円、合計100万円と認定した。しかし、これは、便宜的な計算法による ものである。損害賠償額の算定になると、常に主張の合理性と証拠の裏付けを要求している侵害裁判所のトーンが下がるのは不思議である。それとも、原告による証拠の裏付けが薄弱だったのだろうか。

[牛木理一]