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スローガン事件: 東京地裁平成13(ワ)2176号.平成13年5月30日民29 判決(棄却)、東京高裁平成13(ネ)3427号.平成13年10月30日6民判 決(控訴棄却)

〔キーワード〕 
スローガン、著作物性、著作権の範囲

 

〔事  実〕

 

 原告(T)は、「ボク安心 ままの膝より チャイルドシート」というスローガンを創作し、(財)全日本交通安全協会が主催した平成6年秋の全国安全スローガン募集に応募したところ、優秀賞に 選定され、平成6年12月1日付の毎日新聞の第1面に掲載された。
 被告(日本損害保険協会)は、平成9年度後半の交通事故防止キ ャンペーンとして、チャイルドシートの装着を訴える啓発と宣伝のため、被告(電通)にその宣伝を依頼し、同被告は「ママの胸より チャイルドシート」というスローガンを作成し、被告らは協議の上、被告スローガンを各テレビ局に放映させた。
〔争  点〕
(1) 原告スローガンの著作物性の有無
(2) 原告の著作権(複製権)侵害の有無
(3) 消滅時効の成否
(4) 損害額

 

〔判  断〕

 

1 著作物性の有無について
 著作権法による保護の対象となる著作物は、「思想又は感情を創作的に表現したものである」ことが必要である。「創作的に表現したもの」というためには、当該作品が、厳密な意味で、独創性の発揮されたものであることまでは求められないが、作成者の何らかの個性が表現されたものであることが必要である。文章表現による作品において、ごく短かく、又は表現に制約があって、他の表現がおよそ想定できない場合や、表現が平凡で、ありふれたものである場合には、筆者の個性が現れていないものとして、創作的に表現したものということはできない。
 そこで、原告スローガンについて、この観点から著作物性の有無を検討する。
 弁論の全趣旨によれば、原告は、親が助手席で、幼児を抱いたり、膝の上に乗せたりして走行している光景を数多く見かけた経験から、幼児を重大な事故から守るには、母親が膝の上に乗せたり抱いたりするよりも、チャイルドシートを着用させた方が安全であるという考えを多くの人に理解してもらい、チャイルドシートの着用習慣を普及させたいと願って、「ボク安心 ママの膝(ひざ)より チャイルドシート」という標語を作成したことが認められる。そして、原告スローガンは、3句構成からなる5・7・5調(正確な字数は6字、7字、8字)調を用いて、リズミカルに表現されていること、「ボク安心」という語が冒頭に配置され、幼児の視点から見て安心できるとの印象、雰囲気が表現されていること、「ボク」や「ママ」という語が、対句的に用いられ、家庭的なほのぼのとした車内の情景が効果的かつ的確に描かれているといえることなどの点に照らすならば、筆者の個性が十分に発揮されたものということができる。 
 したがって、原告スローガンは、著作物性を肯定することができる。
 被告は、原告スローガンは、ありふれた表現として創作性に欠けること、文化的所産として著作権の対象にするだけの創作性がないこと、キャッチフレーズやスローガンは字数や用いる言葉の制約が多すぎて選択の余地がないこと、公衆に周知徹底させる目的があり特定の者の独占に親しまないこと等の理由から、その著作物性は否定されるべきであると主張するが、前記判断に照らして、いずれも採用できない。
2 被告スローガンの内容及び著作権侵害の有無
 証拠(乙2)によれば、被告電通は、被告協会から、チャイルドシートの着用促進を目的とした広告の作成を依頼されたこと、街角調査の結果、チャイルドシートの普及率が低いのは、親が幼児を抱く方がチャイルドシート着用より安心であるとの誤った考えが残っていたことが判明したこと、そこで、そのような考えを改めるための広告表現として、「ママの胸より チャイルドシート」というスローガンを採用したことが認められる(なお、被告は、被告スローガンは、広告表現の中で使用された一部であり、独立のスローガンとしての意味はない旨主張するが、乙2に照らして採用できない。)。そして、被告スローガンは、2句構成の7・5調(後の句の字数は8字)が採用され、前記の趣旨が、極めて短い語句で、簡潔かつ直裁的に表現されている。
 そこで、原告スローガンと被告スローガンの各表現を対比する。
 両スローガンは、「ママの」「より」「チャイルドシート」の語が共通する。
 上記共通点については、両スローガンとも、チャイルドシート着用普及というテーマで制作されたものであるから、「チャイルド シート」という語が用いられることはごく普通であること、また車内で母親が幼児を抱くことに比べてチャイルドシートを着用することが安全であることを伝える趣旨からは、「ママの より」という語が用いられることもごく普通ということができ、原告スローガンの創作性のある点が共通すると解することはできない。
 これに対し、原告スローガンは、被告スローガンと対比して、1.「ボク安心」の語句があること、2.前者が「膝」であるのに対し、後者は「胸」であること、3.前者は、6字、7字、8字の合計21字が3句で構成されているのに対し、後者は、7字、8字の合計15字が2句で構成されている点において相違する。そして、1.原告スローガンにおいては「ボク安心」という語句が加わっていることにより、子供の視点から見た安心感や車内のほのぼのとした情景が表現されているという特徴があるのに対し、被告スローガンにおいては、そのような特徴を備えていないこと、2.「ママの膝」と「ママの胸」とでは与えるイメージ(子供の年齢、抱きかかえた姿勢等)に相違があること、3.原告スローガンにおいては、3句構成からなる5・7・5調が用いられ、全体として、リズミカル、かつ、ゆったりした印象を与えるのに対し、被告スローガンにおいては、2句構成からなる7・5調が用いられ、極めて簡潔で、やや事務的な印象を与えること等から、前記各相違は、決して些細なものではなく、いずれも原告スローガンの創作性を根拠付ける部分における相違といえる。
 そうとすると、両者は、前記の共通点があっても、なお実質的に同一のものということはできない。
 以上のとおりであるから、被告スローガンは、原告スローガンについて原告が有する複製権を侵害しない(なお、前記と同様の理由から翻案権侵害もない。)。
3 結語
 よって、その余の点を判断するまでもなく、本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
4 審理経過について
 本件は、第1回口頭弁論期日の審理をした後、続行期日を指定することなく、即日終結した。これは、双方訴訟代理人の迅速な訴訟活動の成果である。
 すなわち、被告側は、第1回期日より1か月以上の余裕をもって、詳細な答弁書及び証拠を提出し、原告側も、第1回期日当日に、答弁書に対する反論のための詳細な準備書面及び証拠を提出したため、裁判所は、第1回期日に必要な審理のすべてを行うことができた。そして、裁判所は、双方代理人の進行意見を聴取した上、弁論を終結した(なお、弁論を終結した後に和解手続を1回実施した。)。
 我が国の民事訴訟では、弁論期日を何回か開いて順次内容を深めていく審理が慣行的に行われており、そのような審理方式には合理性があるといえる。しかし、訴訟代理人の十分な協力と理解があれば、第1回目の弁論期日において審理を尽くして終了させることもできるのであって、当裁判所としては、事件の性質に応じて、今後もこのような審理方法を拡大していくための努力を続けたい。迅速審理のための尽力に対し、双方訴訟代理人に深甚なる敬意を表する。
〔研  究〕
1. 「ボク安心 ママの膝より チャイルドシート」対「ママの胸より チャイルドシート」というスローガン(標語)なるものに、著作物性があると認めたことは妥当である。単純に言葉の長短によって「著作物」か否かを決めることができないことは、この判決で明らかになったといえる。一つの表現物に対し、「思想又は感情を創作的に表現したもの」であることが認められるならば、それで著作物性は成立するのである。
 しかし、前者には「ボク安心」という第1句があるのに対し、後者にはこの第1句が欠如していることが、両者の創作性の違いを大きく左右したものといえる。しかし、「ママの膝」が「ママの胸」とは類似する表現であるから、この違いは両者の違いの決め手にはならないと思う。幼児が抱っこされるのはママの膝から胸にかけての部分であるから、イメージとしては、共通の情景が自然に浮かぶのである。
 したがって、もし原告スローガンが「ママの膝より チャイルドシート」だけであったならば、被告スローガンの創作性は実質的に同一ということができるであろう。
2. ところで、この判決において注目すべきは、判決の最後に触れている「4 審理経過について」の裁判所の見解である。このような見解をわが国の裁判所が示すのは最初ではなかろうか。しかし、このような見解を民事裁判の判決文に記載するのはいかがなものか。これは判決の傍論というよりは、単に裁判所の感想というべきものであり、特に最後のパラグラフは蛇足である。

〔高裁の判断〕
 当裁判所も、控訴人の請求には理由がないと判断する。その理由は、次のとおりである。
1.控訴人は、被告スローガンは、原告スローガンと比べた場合、多少の修正ないし変更がなされているとはいえ、原告スローガンとの間に同一性があると解すべきである、と主張する。
 原告スローガンは、「ボク安心 ママの膝(ひざ)より チャイルドシート」という交通標語であり、チャイルドシートの使用を一般に広めようとする趣旨で作成されたものである(甲8)。これに対し、被告スローガンは、「ママの胸より チャイルドシート」という交通標語であり、原告スローガンと同趣旨で作成されたものである(乙2)。両スローガンを対比すると、両者は、「ママの・・・よりチャイルドシート」の部分において共通するものの、原告スローガンは3句構成であるのに、被告スローガンは2句構成である、被告スローガンには原告スローガン中の「ボク安心」に対応する語句が存在しない、原告スローガンでは「ママの膝(ひざ)より」となっているのに対し、被告スローガンでは「ママの胸より」となっているという各点で相違することが認められる。
 原告スローガンや被告スローガンのような交通標語の著作物性の有無あるいはその同一性ないし類似性の範囲を判断するに当たっては、1.表現一般について、ごく短いものであったり、ありふれた平凡なものであったりして、著作権法上の保護に値する思想ないし感情の創作的表現がみられないものは、そもそも著作物として保護され得ないものであること、2.交通標語は、交通安全に関する主題(テーマ)を盛り込む必要性があり、かつ、交通標語としての簡明さ、分りやすさも求められることから、これを作成するに当たっては、その長さ及び内容において内在的に大きな制約があること、3.交通標語は、もともと、なるべく多くの公衆に知られることを、その本来の目的として作成されるものであること(原告スローガンは、財団法人全日本交通安全協会による募集に応募した作品である。)を、十分考慮に入れて検討することが必要となるというべきである。
 このような立場に立った場合には、交通標語には、著作物性(著作権法による保護に値する創作性)そのものが認められない場合も多く、それが認められる場合にも、その同一性ないし類似性の認められる範囲(著作権法による保護の及ぶ範囲)は、一般に狭いものとならざるを得ず、ときには、いわゆるデッドコピーの類の使用を禁止するだけにとどまることも少なくないものというべきである。
 これを本件についてみると、まず、原告は、母親が幼児を膝の上に乗せて抱いたりするよりもチャイルドシートを着用させた方が安全であるという考え方を広めたいとの趣旨から、「ママの膝(ひざ)より チャイルドシート」との対句的表現を用いたものであり(甲8)、この表現の前に更に、「ボク安心」との表現を配置して、両者を対句的に用いることにより、家庭的なほのぼのとした車内の情景を効果的に的確に表現し、これらを全体として5・7・5調で表現している。他方、「チャイルドシート」は、もともと、保護者が車内に同乗する幼児の安全を守るために着用させるものであり、また、幼児を同乗させる車内の光景としては、父親が車を運転し、母親が幼児を保護するのがその典型的なものとして連想されるため、幼児とその母親とチャイルドシートは密接に関連する題材であるということができ、このことから、「ボク」、「ママ」及び「チャイルドシート」という三つの語句は、チャイルドシートに関する交通標語において、使用される頻度が極めて高い語句であると推認することができる。また、チャイルドシートの使用を勧めるに当たり、チャイルドシートを使用しない従前の状態との対比を明らかにすることにより、その効果を高めようとして、「・・・よりチャイルドシート」とすることは、ごくありふれた手法に属する。このようにみてくると、原告スローガンに著作権法によって保護される創作性が認められるとすれば、それは、「ボク安心」との表現部分と「ママの膝(ひざ)より チャイルドシート」との表現部分とを組み合わせた、全体としてのまとまりをもった5・7・5調の表現のみにおいてであって、それ以外には認められないというべきである。
 これに対し、被告スローガンにおいては、「ボク安心」に対応する表現はなく、単に「ママの胸より チャイルドシート」との表現があるだけである。そうすると、原告スローガンに創作性が認められるとしても、それは、前記のとおり、その全体としてのまとまりをもった5・7・5調の表現のみにあることからすれば、被告ス ローガンを原告スローガンの創作性の範囲内のものとすることはできないという以外にない。
2. 上述したところによれば、被告スローガンを、原告スローガンを複製ないし翻案したものということはできず、控訴人の著作権侵害に基づく損害賠償の請求も、不当利得返還の請求も、いずれも理由がないことは、その余の点について判断するまでもなく、明らかである。

[牛木理一]