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書事件:東京地裁平成10年(ワ)14675号.平成11年10月27日判決(棄却)〔民29〕

〔キーワード〕 
書の著作物、カタログへの掲載、複製、引用、氏名表示権、同一性保持権

 

〔判示・認定事項〕 

  1. 複製というためには、原著作物に依拠して作成されたものが、原著作物の内容及び形式の特徴的部分を、一般人に覚知させるに足りるものであることを要するが、この点は、写真技術を用いて再製される場合でも何ら変わらない。
  2. 書は、文字の選択、文字の形、大きさ、墨の濃淡、筆の運びないし筆勢、文字相互の組合せによる構成等により、思想、感情を表現した美的要素を備えるものであれば、筆者の個性的な表現が発揮されている美術の著作物として、著作権の保護の対象となり得るが、書の複製がなされたか否かを判断するに当たっては、書の創作的な表現部分が再現されているかを基準とすべきである。
  3. 被告の各カタログ中の原告各作品部分は、原告各作品が、紙面の大きさ6mmないし20mm、文字の大きさ3mmないし8mmで撮影されているが、通常の注意力を有する者がこれを観た場合、書かれた文字を識別することはできるものの、墨の濃淡、かすれ具合、筆の勢い等、原告各作品の美的要素の基礎となる特徴的部分を感得することは到底できないものと解され、特徴的部分が実質的に同一であると覚知し得る程度に再現されているということはできないから、原告各作品の複製物であるということはできない。

 

〔事  実〕

 

 原告(時光太郎)は、平成4、5年頃までに「雪月花」、「吉祥」、「遊」の各作品を完成したが、各作品は原告が思想又は感情を創作的に表現したもので、美術の範囲に属する書としての著作物であり、原告は、各作品に係る複製権、氏名表示権及び同一性保持権を取得した。
 被告(O社)は、各種照明器具の製造,販売等を行う会社の宣伝、広告用として、平成7年、8年、9年の各照明器具カタログを発行し、電気工事店等に配布したが、各カタログには、照明器具を配した和室の写真中の床の間の壁面に、前記原告各作品が配置され、被写体とされている。また、被告各カタログには、原告各作品の著作者としての氏名が表示されていない。
 被告(D社)は、被告各カタログを制作した。
 これに対し原告は、被告らに、それぞれ454万円の損害賠償を請求した。
〔争  点〕
1.被告各カタログに、原告各作品を撮影した写真を掲載した被告らの行為は、原告各作品の複製行為に当たるか。
2.原告各作品の掲載は、著作権法32条所定の引用に当たるか。
3.被告らの行為は、原告各作品に係る原告の氏名表示権および同一性保持権を侵害しているか。
4.損害額はいくらか。

 

〔判  断〕

 

一争点1(複製権侵害の成否)について
1 証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下のとおりの事実が認められ、これに反する証拠はない。
(一) 原告は、時光華と称し、昭和58年日本書道美術館展推薦賞、昭和59年汲五書展朝日新聞社賞、昭和61年墨東書展日本美術協会賞等の各賞を受賞し、平成3年ころから、錦糸町西武百貨店において個展を開催して、活動している書家である。
 原告は、平成4、5年ころまでに、原告各作品を創作、完成した。
 原告作品一は、「雪月花」を縦書き2行に、縦約70ないし80cm、横約60cm程の大きさの紙面に、柔らかな崩し字で、原告作品二は、「吉祥」を右から左へ横書きに、縦約50ないし60cm、横約50cm程の大きさの紙面に、肉太で直線的に、原告作品三は、「遊」を中央に縦約40cm、横約40cm程の大きさの紙面に、流麗な崩し字で、いずれも毛筆で書した作品である。
(二)被告各カタログは、被告O社の販売に係る照明器具の宣伝、広告用に作成され、8年カタログ及び9年カタログは、縦約31cm横約25.5cmの大きさで、5、600頁の大部のカタログである。8年カタログ及び9年カタログには、照明器具を設置した和室を撮影した以
下のとおりの各写真が掲載されている。
 右各写真は、いずれも、1.天井面に被告O社の室内照明器具が設置されている、2.和室の中央に座卓が置かれている、3.後方の床の間に生花が装飾的に配されている、4.床の間の壁面に原告各作品(表装され、掛け軸とされたもの)が配されている、5.原告各作品部分における一文字の大きさは、3mmないし8mmである点で共通し、これらを含む和室全体が被写体として撮影されたものである。
 なお、被告各カタログに原告各作品が撮影された経緯は、右カタログにおいて、被告O社の販売する照明器具を室内に配置した状況を写真により紹介するため、住宅会社が展示していたモデルハウスの和室を利用して撮影をしたが、右モデルハウス内に、住宅会社が原告各作品を配置していたことによる。
(三)8年カタログ及び9年カタログ中の原告各作品部分の内容は以下のとおりである。後記(1)1.に関する写真の具体的状況は、別紙カタログ写真目録のとおりである(他は省略する。)。
 なお、7年カタログに掲載されている原告各作品については、掲載数及び掲載の態様、特徴を認める証拠はない。

(1)8年カタログ
1. 原告作品一が、縦約18mm、横約13mmの大きさ(表装部分を除く紙面の大きさ、以下同じ)で、正面よりやや右側から撮影されている(274頁)。
2. 原告作品二が、縦約9mm、横約8mmの大きさで、右側約45度方向から撮影されている(277頁)。
3. 原告作品三が、縦約7mm、横約6mmの大きさで、右側約30度方向から撮影されている(293頁)。
4. 原告の作品が、縦約9mm、横約7mmの大きさで、右約45度方向から撮影されている(298頁)。(なお、右作品は、「遊」の字を書した原告の作品と推認されるが、原告作品三とは異なる。)
(2)9年カタログ
1. 原告の作品が、縦約9mm、横約7mmの大きさで、右約45度方向から撮影されている(66頁及び360頁、いずれも、前記(1)4.と同一の写真と推認される。)
2. 原告作品二が、縦約10mm、横約9mmの大きさで、右側約45度方向から撮影されている(361頁)。
3. 原告作品一が、縦約20mm、横約15mmの大きさで、正面よりやや右側から撮影されている(363頁)。

2 以上認定した事実を基礎として、原告各作品を撮影した写真を、8年及び9年カタログに掲載した被告らの行為が、原告各作品の複製行為に当たるか否かについて検討する。
 著作権法は、複製について、「印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製すること」をいうと規定する(著2条1項15号)。右複製というためには、原著作物に依拠して作成されたものが、原著作物の内容及び形式の特徴的部分を一般人に覚知させるに足りるものであることを要するのはいうまでもなく、この点は、写真技術を用いて再製された場合であっても何ら変わることはない。
 ところで、書は、本来情報伝達という実用的機能を有し、特定人の独占使用が許されない文字を素材とするものであるが、他方、文字の選択、文字の形、大きさ、墨の濃淡、筆の運びないし筆勢、文字相互の組合せによる構成等により、思想、感情を表現した美的要素を備えるものであれば、筆者の個性的な表現が発揮されている美術の著作物として、著作権の保護の対象となり得るものと考えられる。
 そこで、書について、その複製がされたか否かを判断するに当たっては、右の趣旨に照らして、書の創作的な表現部分が再現されているかを基準とすべきである。
 この観点から、原告各作品と被告各カタログ中の原告各作品部分を対比する。
 原告各作品は、前記のとおり、原告作品一については、「雪月花」の各文字を柔らかな崩し字で、原告作品二については、「吉祥」の文字を肉太で直線的に、原告作品三については、「遊」の文字を流麗な崩し字で、原告が、40cmないし7、80cmの紙面上に、毛筆で書したものである。
 なお、本件において、原告各作品そのものは提出されていないので、細部の筆跡は必ずしも明らかでない(原告作品一及び二は、被告各カタログ中の原告作品一及び二部分を拡大複写したものによって推認した。)。
 他方、被告各カタログ中の原告各作品部分は、原告各作品が、紙面の大きさ6mmないし20mm、文字の大きさ3mmないし8mmで撮影されているが、通常の注意力を有する者がこれを観た場合、書かれた文字を識別することはできるものの、墨の濃淡、かすれ具合、筆の勢い等、原告各作品の美的要素の基礎となる特徴的部分を感得することは到底できないものと解される。
 してみれば、被告各カタログ中の原告各作品部分は、墨の濃淡、かすれ具合、筆の勢い等の原告各作品における特徴的部分が実質的に同一であると覚知し得る程度に再現されているということはできないから、原告各作品の複製物であるということはできない。
 以上のとおり、原告の複製権が侵害されたことを理由とする原告の請求は理由がない。
 なお、原告の氏名表示権侵害及び同一性保持権侵害の主張については、前記のとおり、被告らの原告各作品の利用の態様が、原著作物の内容及び形式の特徴的部分を覚知させるようなものでない以上、原告の氏名表示権及び同一性保持権による利益を損なうものと解することはできず、結局、原告の右主張は失当ということになる。
〔研  究〕
1.筆者は、昨年夏、あるインテリアデザイナーから相談を受けた。
それは、自分のデザインした室内の壁面に、アンディ・ウォーホルの制作したあの有名なマリリン・モンローの似顔絵写真を掛けたカタログを作成したが、問題はないかという質問であった。これに対する私の答えは、専ら営利目的で使用されるカタログである以上、アンディ・ウォーホル財団とマリリン・モンロー財団に許諾を求めなさい、である。
 その理由は、絵についてはその作者に著作権が専有されているし、肖像についてはその本人にパブリシティの権利が専有されているからである。
2.今回の判決を読んで驚いたのは、書道家の書いた書が、その複製の態様いかんによっては、著作権の効力が及ばなくなる場合のあることを、この事件判決は教えてくれたことである。
 しかし、こんなひどい判決があるのかと筆者は叫びたい気持ちである。
 被告のカタログ写真目録を見れば、そこには原告作品一の「雪月花」と同一の色紙が掲載されているではないか。しかも、作者の署名までそのまま現われている本ものではないのか。
 にもかかわらず、判決はなぜ被告発行のカタログを原告の書の著作物の複製と認定することをためらったのだろうか。判決は、書の著作物についてはなぜ「複製」の定義を厳格に解釈したのであろうか。
3.判決によると、書の著作物については、複製をされたか否かの判断に当たっては、「書の創作的な表現部分が再現されているか」を基準とすべきであるという。では、「書の創作的な表現部分」とは何かといえば、判決は「文字の選択、文字の形、大きさ、墨の濃淡、筆の運びないし筆勢」などによって、思想、感情を表現した美的要素を備えるものであるという。
 しかし、ここで挙げられている要件のすべてがなぜ書の複製の基準となるべきなのか理解できない。
 判決は、被告カタログ中の書には、通常の注意力を有する者にとって、墨の濃淡、かすれ具合、筆の勢い等の特徴的部分を感得することができないから、原告作品の複製物であると認定することはできないとした。しかし、書の著作物の複製か否かを判断するのに、なぜ通常人の注意力が人的基準となるべきなのかわからない。意匠の類否判断ではないのだから、この場合の判断の人的基準は、著作者自身であって然るべきである。書の著作物のことなど知らない通常人の注意力は、複製の有無の判断には関係ないことである。
4.著作権法上の問題は、被告カタログ写真中の書は、原告が書いた書であるのかないのかの一点に尽きると思う。もし肯定されるならば、それは写真という方法によって有形的に再製されたものであるから、複製であると認定されるべきである。
 墨の濃淡とか、筆のかすれ具合とか勢いとかの細部は、書を写真に再製すれば不明確になるのは当然であるし、これらのものが不明確だからといって、書の個性的特徴が失われることはないのであるから、この判決は法的妥当性を欠如しているといえよう。
 このような下級審の判決を残さないためにも、控訴されて然るべきであろう。もし、この判決が控訴されず悪い裁判例として残るとすれば、著作権法における「複製」の解釈に今後混乱が起こることは必至であろう。

[牛木理一]