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文字ロゴ事件: 東京地裁平成12(ワ)2415号.平成12年9月28日判決 (棄却)〔民46〕〈判時1731号111頁〉

〔キーワード〕 
ロゴタイプ、美的感興、美的創作性

 

〔事  実〕

 

 原告は、被告ないしその前身の会社から、被告の使用するロゴの有償での制作を依頼され、これを別紙一のとおり制作した(以下「本件ロゴ」という。)。
 被告ないしその前身の会社は、原告に対し、右制作の対価の少なくとも一部として、85万円を支払った。
 被告は、現在まで本件ロゴを使用し続けている。
〔争  点〕
1 本件ロゴの著作物性
2 原告・被告間では、本件ロゴの使用に関する問題は和解契約により解決済みか否か。

 

〔判  断〕

 

一. 争点1(本件ロゴの著作物性)について
1. 本件ロゴを原告が制作したこと、被告が右ロゴを現在使用している事実は、当事者間に争いがない。
 著作権法2条1項1号は、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」を、著作物とすると規定し、さらに同条2項は、「この法律にいう『美術の著作物』には、美術工芸品を含むものとする。」と規定している。右規定は、意匠法等の工業所有権制度との関係から、著作権法により著作物として保護されるのは、純粋な美術の領域に属するものや美術工芸品であって、実用に供され、あるいは産業上利用されることが予定されている図案やひな形など、いわゆる応用美術の領域に属するものは、鑑賞の対象として認められる一品製作のものを除き、原則として、これに含まれないことを示しているというべきである。ところで、本件で著作物性が問題となっている文字の書体についていえば、文字は万人共有の文化的財産であり、もともと情報伝達という実用的機能を有することをその本質とするものであるから、そのような文字そのものと分かち難く結びついている文字の書体も、その表現形態に著作物としての保護を与えるべき創作性を認めることは、一般的には困難であって、仮に、デザイン書体に著作物性を認め得る場合があるとしても、それは、当該書体のデザイン的要素が、見る者に特別な美的感興を呼び起こすに足りる程の美的創作性を備えているような、例外的場合に限られるというべきである。
2. そこで、本件ロゴについて検討するに、本件ロゴは、角ゴチック体と丸ゴチック体を適宜組み合せ、文字の太さ等を工夫することにより、力強いイメージや安定感を表現し、被告の会社名を表現したものである。本件ロゴを子細に検討すると、特に文字の右端を丸くしている点など、一般の書体には見られない特徴を有していることが認められるが、他方、親会社である住友重機の社名ロゴ(別紙二)と対比すると、これを基本に、同様なイメージを表現したものであって、美術としての格別の創作性を有するものではなく、見る者に特別な美的感興を呼び起こすような程度には到底達していないといわなければならない。右によれば、本件ロゴをもって、著作物と認めることはできない。
3. 著作物性の有無については、対象物自体を客観的に観察することによって判断されるべきであり、本件ロゴの制作過程として原告の主張する事情は、本件ロゴの著作物性の判断に影響しないというべきである。また、商標は、創作性の有無とは無関係に商標登録を受けることができるのであるから、本件ロゴが商標登録されているという事実は、本件ロゴの著作物性の有無とは無関係である。
4. 右のとおり、原告の制作した本件ロゴをもって、著作物と認めることはできないから、本件ロゴが著作物であることを前提としてその使用料を求める原告の請求は、理由がない。
二. 争点2(原告・被告間で、本件ロゴの使用に関する問題が和解契約により解決済みか否か。)について
1. 前記争いのない事実に証拠及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
(一) 被告は、親会社である住友重機の建設機械部門として、昭和61年に設立された。もともと、建設機械の販売会社として、昭和38年に住機建設機械販売株式会社が設立されたが、同社は昭和44年に「住友重機械建機販売株式会社」と、さらに昭和58年に「住友重機械建機株式会社」と商号変更した(以下、前身の会社を含めて、単に「被告」という。)。同社は代理店を通じて住友重機の製造に係る建設機械を販売していたが、建設機械の製造部門と販売部門を一体化し、建設機械部門を分離独立させるという経営戦略に基づき、建設機械専業の会社を設立することになり、被告が設立されたもので、被告は設立の際、右住友重機械建機を吸収合併した。
(二) 他方、原告はもともと「株式会社スペースフォト」といい、昭和43年ころ、被告の前身の会社のころから、被告と取引を開始した。被告は、建設機械という、規格に沿った量産品を扱う関係から、カタログの充実を図る方策をとっており、その中で当時の原告との取引が開始された。原告は、主に被告のカタログに使用する写真を撮影し、カタログ等を制作して被告に納入するという密接な継続的取引を行っていた。そのような中で、被告が建設機械専業の会社として設立されることとなったので、親会社の住友重機の社名ロゴとは若干異なる書体のロゴを被告の社名ロゴとすることとし、被告設立に先立って、住友重機械建機が、原告にその制作を依頼した。原告は、本件ロゴの制作を請け負い、様々な案を経て、これを制作して被告に納入した。それ以来、被告は、本件ロゴを社名ロゴとして使用し、現在も使用を継続している。昭和61年7月ころ、本件ロゴ制作の 対価として、被告から原告に85万円が支払われたが、その際、代金の一部の支払の趣旨であるとは述べられていない。
(三) 平成9年ころ、原告の撮影したカタログ用写真等を被告が無 断で使用したという問題が起きた。被告としても、これら写真等をカタログに使用することができなくなると業務に支障が出ることから、原告・被告とも、この問題を早急に解決するため、それぞれ代理人弁護士を依頼して交渉に入った。この交渉は、主にカタログ写真等の問題について話し合われたが、その中で、本件ロゴについても言及された。当時の被告代理人のファクシミリ文書の中には、本件ロゴの著作物性を認め、その使用料が高額になるとの認識を示したものもあった。しかし、和解交渉全体の中では、本件ロゴについてはそれほど話題に上らなかった。結局、この交渉を経て、平成9年9月30日、原告・被告間において、「和解書」により、和解契約が締結された。その内容は、1.被告が、原告に対し、原告の撮影に係るカタログ、写真等を無断で複製したことを陳謝し、2.原告は、被告に対し、必要なフィルム等を譲渡し、被告がカタログを増刷することを許諾する、3.被告は、原告に対し、和解金2630万円を支払う、などとなっている。本件ロゴについては、右和解書の8条に おいて、「甲(原告)は乙(被告)に対し、乙及び乙の販売会社グループが、それらの現在の社名ロゴ及びマークを使用し続けることについて異議を述べない。」と定められているのみであり、右和解書において、他に本件ロゴに言及する条項等はない。
(四) 原告・被告間に、この和解成立以降交渉が継続されることはなく、被告は本件ロゴを引き続き使用していたところ、平成11年11月になって、原告は、代理人弁護士を通じて、以前の和解交渉で未解決の分と称して、金銭の支払を請求した。その中で、本件ロゴについては、原告は使用につき異議は唱えないが、使用は無償でないとして、著作権使用料30年分3000万円の支払のほか、1000万円で著作権を買い取るよう申し入れた。
2. 右認定事実によれば、前記和解書の8条では、爾後被告が本件 ロゴを使用することに原告が異議を述べない趣旨が記載されており、対価の支払については何らの記載もないのであるから、和解契約締結の前後の経緯に照らしても、本件ロゴの使用に関しては、右和解契約において、原告が使用の対価を請求しないという合意が成立したものとして、解決済みと解するのが相当である。右のとおり、本件ロゴの使用料については、右和解契約において、原告が請求しないという合意が成立して解決済みであるから、本訴において、原告がその支払を請求することはできないというべきである。
三. 以上によれば、原告の請求は、本件ロゴの著作物性が認められない点において既に理由がないというべきであるが、加えて、原告・被告間において既に和解契約により原告が本件請求をしないことが合意されている点においても、理由がないというべきである。
〔研  究〕
1. 漢字から成る会社の名称を広告やカタログに使用する場合に、一般看者に注意を与えるために、タイポグラファー又はイラストレーターと呼ばれるデザイナーにその書体を依頼することが多い。日常われわれが見ている明朝体やゴチック体と呼ばれている書体ではない、そのために特別に創作された書体である。本件被告の「住友建機株式会社(別紙一)」は、原告(株式会社キャドム)に依頼してそのロゴタイプを創作してもらった。
 この制作されたロゴタイプの対価85万円は、すでに被告から原告に支払われたが、この対価は全制作料の一部と原告は思い、被告は全部であると思っていたところに、この事件の始まりがあった。しかし、この対価の名目が、原告が制作したロゴタイプに係る「著作権」の譲渡金であったのかどうかは別として、原告の労作に対して支払われたものであることだけは確かである。この地裁判決に対しては控訴されたが、控訴理由として考えられることは、争点となった(1)ロゴタイプの著作物性の否定、(2)ロゴタイプの対価支払い済み、との地裁の判断を争っているものと思われる。
 しかし、ここでは、前者の点のみについて論評したい。
2. この判決もまた、これまでの多くのタイプフェイス判決と同様に、著作権法2条2項にいう「美術の著作物」には美術工芸品を含むとする規定を類推して、文字の書体を応用美術の領域に属する作品と位置づけ、書体は文字そのものと分かち難く結びついているから、その表現形態に著作物としての保護を与えるべき創作性を認めることは困難と認定し、「見る者に特別な美的感興を呼び起こすに足りる程の美的創作性を備えているような、例外的場合に」限り、著作物性を認め得る場合があると説示している。ということは、本件ロゴでは、「角ゴチック体と丸ゴチック体を適宜組み合わせ、文字の太さ等を工夫することにより、力強いイメージや安定感を表現し」ている書体であるとは認めたが、特別な美的感興を呼び起こす程度には達していないとして著作物性は否認されたのである。
3. しかし、「看者」という主体を何人に置いているのか不明であるし、また書体から受ける美的感興を起すかどうかは、人によって様々であり平均という評価をすることは困難である。
 依頼者(被告)によって制作者(原告)に対価が支払われているのであるから、この間に広告代理店が介在していれば当然、両者間には当該ロゴに関する契約書があり、その中核にある権利はロゴの著作権であり、この著作権をめぐる変動が規定されているものと推測する。
 そうではなく、契約書の中核にあるべきロゴについての権利には全く触れず、ロゴ自体の変動についての規定だけであったとすれば、きわめて曖昧な内容の契約書といわざるを得ない。
 契約書の作成には、弁護士が介在していればなおさら、当事者双方が納得すれば当該ロゴを著作物と認め、この著作権は、制作者甲から依頼者乙へ、乙から甲へ約定対価の支払いをもって譲渡され、乙は完全に著作権を取得する旨を規定するが、念のために、継続使用料の請求を甲は乙にしない旨の規定をおくとよいだろう。
 このような著作権(財産権)の変動はあっても、著作者人格権は依然として甲に帰属するから、その後に起こるであろうロゴの改変の場合についての注意規定は契約上必要となるだろう。

[牛木理一]