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エスキース事件: 東京地裁平成11(ワ)29127号.同平成12年(ワ)5331号.平成12年8月30日判決(一部認容、一部棄却)〔民29〕 〈判時1727号147頁〉

〔キーワード〕 
エスキース、広告、同一性保持権、氏名表示権、一部切除

 

〔事  実〕

 

 原告らは、エスキース5点に関する著作者の遺族であり、かつ、著作権を承継した者であるところ、右エスキースを掲載した書籍、雑誌を被告が発行したことが、(1)著作者が存しているとしたなら ば、その著作者人格権の侵害となるべき行為、及び(2)複製権を侵害する行為に当たると主張し、被告に対し、右書籍、雑誌の発行の差止め、廃棄、損害賠償等を請求した。
〔争  点〕
1 本件書籍、本件雑誌についての著作権侵害の成否
2 本件雑誌についての著作権者人格権侵害の成否
3 損害

 

〔判  断〕

 

一 争点1(本件エスキースについての著作権侵害の成否)について
 被告は、本件エスキースの著作権が、昭和42年4月ころ、兼次 から池原に、平成7年10月、池原から早稲田大学に、それぞれ贈 与され、本件書籍及び本件雑誌の出版については同大学の承諾を受けた旨主張するので、検討する。
 証拠によれば、昭和42年4月ころ、早稲田大学理工学部が新設 の大久保キャンパスに移転するため、同大学名誉教授であった兼次が本部キャンパス内の理工学部研究室を明け渡す際、本件エスキースについては、教育研究の資料として使ってほしい、いずれ資料館ができたらそこに収めて一般に公開してほしい旨指示して建築学科助教授であった池原に引き渡し、その後、同人の研究室で使用保管されてきたことが認められる。
 しかし、右事実からは、兼次が池原に対し、本件エスキースについての著作権を譲渡したことまでは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はなく、この点に対する被告の主張は理由がない。
 そして、兼次が、昭和62年5月20日死亡したこと、原告今井兼介が兼次の長男であり、その余の原告らが兼次の養子であることは、当事者間に争いがないから、結局、原告らは、相続により、それぞれ本件エスキースについての著作権を各3分の1ずつの割合で取得した。したがって、本件エスキースを複製し、本件書籍を発行した行為は、原告らの有する複製権侵害に当たることになる。なお、被告は、本件エスキースを複製し、本件書籍を発行するに際し、著作権者である原告らの承諾を受けなかったのであり、右行為について少なくとも過失があることは明らかである。
二 争点2(本件雑誌についての著作者人格権侵害の成否)について
1 本件広告について判断する。
(一) 証拠及び弁論の全趣旨によれば、被告が本件雑誌に掲載した本件広告は、本件エスキース一が、その色調の濃度を大幅に薄くした上で、A4版の頁全面にわたって下絵として使用され、その上に、本件書籍に関する広告(書籍の題号、紹介文、構成、内容の要約、企画者、監修者の表示、定価、注文方法等)が頁全面にわたって重ねて印刷されていることが認められる。
 被告の右行為は、本件エスキース一の表現を大幅に改変したものというべきであるから、著作者が存しているとするならばその同一性保持権の侵害となるべき行為に当たる。
 この点につき、被告は、このような広告方法は社会的に許容されており、やむを得ないと認められる改変に当たる旨主張する。しかし、本件エスキース一の上に広告文を重ねることについて、合理的な理由を見出すことはできず、結局、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないものということはできない。また、著作者ないしその遺族の了解を得ないまま右のような改変を行うことが社会的に広く行われていることを認めるに足りる証拠はない。
 なお、右行為が過失に基づくことも明らかである。
(二) 本件広告において本件エスキース一を使用するに際し、著作者である兼次の名を表示していないから、被告の右行為は、著作者が存しているとするならばその氏名表示権の侵害となるべき行為に当たる。なお、右行為が過失に基づくことも明らかである。
 この点につき、被告は、本件広告の対象である本件書籍を見れば、著作者名が直ちに判明するから、著作者が創作者であることを主張する利益を害するおそれもなく、公正な慣行にも反しない旨主張する。しかし、本件広告を見た者が必ず本件書籍を見るとは限らないから、右行為が右利益を害するおそれがないとはいうことができない。また、被告は、本件エスキース一は無記名である旨主張するが、弁論の全趣旨によれば、本件エスキース一の公衆への提示の際に兼次の氏名が表示されていたことは明らかである。したがって、被告の主張は採用できない。
2 本件エスキース一の切除掲載(本件雑誌一1の49頁)について判断する。
 証拠及び弁論の全趣旨によれば、右掲載においては、本件エスキース一の上下左右の一部分がそれぞれ帯状に切除されているが、その切除幅は左右下部においては本件エスキース一全体の縦、横の長さの50分の1以下であり、上部の切除幅も全体の縦の長さ の20分の1以下であり、上部では建築物屋根上の3本の柱状構築物の先端が一部切除されているが、建築物全体に比べると、極くわずかな部分であることが認められる。
 右事実によれば、本件エスキース一の一部切除は、著作者が存しているとするならば、社会通念に照らし、その名誉感情が害されるほどの表現上の変更ということはできず、同一性保持権の侵害となるべき行為には当たらない。
三 争点3(損害)について
1 本件書籍の発行によって生じた原告らの損害(弁護士費用)について判断する。
 前記のとおり、被告による本件書籍の発行は、原告らの複製権の侵害に当たる。一切の事情を総合すると、右不法行為と相当因果関係のある弁護士費用に係る損害は、30万円が相当と認められる。原告らはそれぞれ本件エスキースについての著作権を各3分 の1ずつの割合により相続したものであるから、原告らの損害は 、それぞれ10万円になる。
2 本件雑誌の発行による損害について判断する。
(一) 財産的損害
 本件雑誌における本件広告の掲載は、原告らの複製権の侵害に当たる。証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件エスキース一の雑誌への1回の掲載についての使用料相当額は3万円と認め られるので、11回分の合計額は33万円となる(原告らそれぞれにつき各11万円)。
(二) 精神的損害
 前記のとおり、右掲載は、著作者が存しているとするならばその同一性保持権及び氏名表示権の侵害となるべき行為に当たる。そして、証拠によれば、原告らは、兼次の子であるという立場を超えて、同人の作品の整理、研究を続けているなど同人の作品に対し深い愛着を有していると認められることを考慮すると、原告らは、右行為により、固有の精神的損害を被ったものと認められ、右損害の慰謝料としては原告らそれぞれについて各20万円が相当である。
(三) 弁護士費用
 被告の前記(一)、(二)記載の行為と相当因果関係が右不法行為と相当因果関係のある弁護士費用に係る損害は、原告らそれぞれについて各10万円が相当である。
四 結論
 以上の次第で、本件請求のうち、著作権法112条、116条に基づく差止め、廃棄を求める部分は理由がある。また、損害賠償を求める部分は、原告ら各自に対し、各51万円及び内金10万円に対する平成12年1月8日から、内金41万円に対する平成12年3月24日か ら、それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求め る限度で理由がある。
〔研  究〕
1. エスキースのような絵(美術の著作物)を広告の下地絵として利用し、その上に広告文を重ねるという印刷物はたまに見られるが、本判決はこのような広告用印刷物は、エスキースに著作権が存在すれば、そのような使われ方は著作者人格権の支分権の一つである同一性保持権の侵害となることを認定した事案である。
 被告の行為は、「著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除その他の改変を受けないものとする。」(著20条1項)との規定に違 反した行為となったが、重ね印刷という手法が使用されたことは、下地絵自体に変更はないとしても、著作者が創作したエスキース自体を広告文に重ねて使用したことは、実質的に改変となると認定され、同一性保持権の侵害と認定されたことは妥当である。
2. ところが、同判決は、雑誌への本件エスキースの一部切除による掲載については、描かれている建築物全体から見ると、ごく僅かな部分であるから、著作者が生存しているとすれば、「社会通念に照らし、その名誉感情が害されるほどの表現上の変更ということはできず」と認定し、その程度の切除は改変とまではいえないから、同一性保持権の侵害に当たらないと判断したことは、疑問である。けだし、著作者自身の意思や感情を全く無視した判断だからである。そして、そのようなことには、社会通念が入り込む余地はないと考える。
 この判決に対しては、被告は控訴したが、原告もこの点については不服を申し立てているものと思われる。

[牛木理一]