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タイプフェイス事件:大阪地裁平成5年(ワ)2580号.9208号平成9年 6月24日判決(共棄却);大阪高裁平成9年(ネ)1927号平成10年7月 17日判決(棄却);最高裁平成10年(受)第332号平成12年9月7日判 決(棄却)

 

〔キーワード〕

タイプフェイス(印刷用文字書体)、美術の著作物、独創性、美的特性、実用的機能、情報伝達機能
〔事  実〕
 株式会社写研と株式会社モリサワは、わが国において古くから新書体の開発と制作に尽力し、当業界をリードしてきたことは、自他ともに認めるところである。この両社が独自に創作した各書体について、互いに相手の無断使用を理由に、それぞれを著作物であると著作権侵害を主張して争った本訴事件と反訴事件が、大阪地裁においてあった。
 まず本訴事件においては、写研が原告、モリサワ及びモリサワ文研が被告となった。写研は、「ゴナU」「ゴナM」という名称の書体に美術の著作物としての保護を求め、モリサワがFDに記録し、モリサワ文研が写植用文字盤に搭載した「新ゴシック体U」「新ゴシック体L」という名の書体は、著作権侵害となると主張した。
 これに対し、モリサワも一般論としては、創作性のある書体は著作権法によって保護されるものであることを争わなかった。つまり、当事者間では、書体は美術の著作物の一種として著作権法による保護があることを認め合った訴訟をしたのである。
 これに対し裁判所はまず、書体が美術の著作物として著作権の保護を受けるか否かは著作権法規定の解釈適用の問題であることを理由に、「裁判所は当事者の主張に拘束されずに判断できることはいうまでもない」と判示した。これは、当事者弁論主義を採る民事訴訟であっても、法律適用の解釈問題に及ぶときは、当事者の主張に拘束されることなく、裁判所は独自の立場で考えることができることを意味する。
〔地裁の判断〕
1. そこで、裁判所は、印刷用書体が著作権法10条1項4号にいう美術の著作物といえるかどうかを検討した結果、写研の「ゴナ」のようなタイプフェイスは、各字体を統一的コンセプトに基いて制作された文字や記号の一組のデザイのンであり、大量に印刷、頒布される新聞等の見出しや本文の印刷に使用される実用的なもであり、万人にとって読み易いという文字本来の情報伝達機能が重視されるから、従来規格化された書体の形態に相当部分依拠せざるを得ず、その枠内で制作されるものであると考えた。
 したがって、書体であっても、広く美術の著作物として著作権による保護を受けることができるものとは、文字が本来有する情報伝達機能を失うほどのものである必要はないが、本来の情報伝達機能を発揮するような形態で使用されたときの見易さ、見た目の美しさとは別に、「当該書体それ自体として美的鑑賞の対象となり、これを見る平均的一般人の美的感興を呼び起こし、その審美感を満足させる程度の美的創作性を持ったものでなければならない」ことを裁判所は強調した。
 さらに判決は、原告が、書体に著作権を与えても字体の使用は自由であるから、何ら文字の独占になるわけではないと主張したのに対し、前記したような要件を満たさない書体が著作権として保護されると、「出版された言語の著作物を複写によって利用する場合、当該言語の著作物の著作権者の許諾だけではなく、印刷に使用された書体の著作権者の許諾をも受ける必要があるから、言語の著作物の利用に対する重大な支障になり、著作権法の目的(1条)に反することにもなる」と、2人の学者の論説を引用する。
 裁判所は、書体について現行著作権法を適用するに際しての要件を前記のように固めた後、原告の「ゴナU」と「ゴナM」とが、著作権法によって保護に値する美術の著作物といえるかどうかを、次のように考えた。
2. 原告は、「ゴナU」は一定のコンセプトに基づき創作された特徴を有する書体であり、また「ゴナM」は「ゴナU」のファミリー書体として同じコンセプトに基づき、ウエイト(太さ)を変更して創作された同じ特徴を有する書体であると主張した。
 これに対し裁判所は、「ゴナ」は従来からのゴシック体のデザインからそれほど大きく外れるものではなく、見易さ、見た目の美しさとは別に、書体それ自体として美的鑑賞の対象となり、平均的一般人の美的感興を呼び起こし、その審美感を満足させる程度の美的創作性を持ったものには未だ至っていないと認定した。その結果、「ゴナ」は現行著作権法上の美術の著作物として著作権の保護を受けることはできないと判断された。
3. 原告は予備的に、被告の行為は民法709条の不法行為に当たると主張した。これについて裁判所は、「それが真に創作的な書体であって、過去の書体に比べて特有の特徴を備えたものである場合に、他人が不正な競争をする意図をもって、その特徴ある部分を一組の書体のほぼ全体にわたってそっくり模倣して書体を制作、販売したときは、書体の市場における公正な競争秩序を破棄することは明らかである」から、それによって被った損害の賠償を請求できる余地はあると説示した。
4. 次に、被告らの新ゴシック体の制作、販売の経緯について、まず「太ゴシック体直B101」を発表後、この数を増やすことにより主として見出し用書体の「ツデイM」を完成した。その後、時間をおいてウエイトの違うファミリー書体として、「ツデイB」、「ツデイL」、「ツデイR」をそれぞれ発表した。さらに、被告らは「ツデイ」を発展させた新書体として「新ゴシック体」を開発し、数種のファミリー書体も発表した。
 そこで、この「新ゴシック体」について裁判所は、「形態がゴナとかなり似ている文字が少なからず存在し、被告らが新ゴシック体の制作に当たりゴナを参考にしたことが窺われるものの、新ゴシック体の制作に当たり、K及びMを中心とするスタッフがゴナを手元においてこれを模倣したとの事実を直接認定できるだけの証拠はない」と認定し、かつ「ゴナは、そのデザインコンセプト自体からして基本的に従来のゴシック体の形態を踏襲するものであって、それから大きく逸脱しない書体を目指したもので」あるから、ゴシック体の書体を制作した場合、ある程度「ゴナ」と似た書体になることは避けられない。「ゴナ」は特有の特徴を備えたものとは言い難いし、被告らがゴナの特徴ある部分を一組の書体のほぼ全体にそっくり模倣した新ゴシック体を制作、販売したとまでは言えないから、被告らの新ゴシック体の制作販売に不法行為は成立しない。
5. また、被告らの原告に対する反訴請求は、原告の書体「ゴナM」は被告の書体「ツデイL」を無断複製したとの主張に始まるが、書体は著作物として保護されるものではないとする前記の理由から、棄却された。

〔高裁の判断〕
 大阪高裁は、大阪地裁の判断をやや補正して次のように述べている。
1.ゴナ等のようなタイプフェイスは、個々の漢字、仮名、アルファベット等の字体を実際に印刷などに使用するために、統一的なコンセプトに基づいて制作された文字や記号の一組のデザインで、大量に印刷、頒布される新聞、雑誌、書籍等の見出し及び本文の印刷に使用される実用的な印刷用書体であり、その性質上、万人にとって読解可能で読みやすいという文字が本来有する情報伝達機能を備えることが最低限必要で、何よりも重視される。
 したがって、その形態については、そこに美的な表現があるとしても、情報伝達という実用的機能を十全に発揮し、特定の文字・として認識され得るように、字体を基礎とする基本的形態を失ってはならないという制約を受ける。書体における創作性は、情報伝達機能を発揮するような形態で使用されたときの見やすさ、見た目の美しさ、読み手に与える視覚的な印象等の実用的な機能を発揮させることを目的とし、その目的にかなう手段として一定の特性を持たせるという側面が大きい。
 書体のデザイナーは、その制作において、骨格の決定、文字を形成する縦線・横線等のウエイト、へん・つくりのバランス、はらい等のエレメントのバランス、字画の多少によるウエイトの調整等の工夫を行うものであり、それにはかなりの労力・時間・費用を要するものであることは推察するに難くない。
 しかし、書体は、字体を分かりやすく、読みやすいものとして表現しなければならないということから来る大きな制約があり、骨格の決定においても、字体から遊離することは許されず、その裁量の幅は大きくなく、過去に成立した各種書体からの大きな差異を創出する余地もあまりない。
2.このような書体に内在する制約や書体の実用的機能を考えると、書体は、純粋美術として成立する「書」とは趣を異にし、一般的に、知的・文化的活動の所産として思想又は感情を創作的に表現する美術作品としての性質まで有するに至るものではないから、これに著作権の成立を認めることは困難といわなければならない。
 仮に、書体に著作権の成立を肯定すると、類似した著作権が、成立時期も不明確なまま、数多く、かつ権利者が法人であれば50年、個人であれば更に長期にわたって成立し得ることとなり、その登録制度もない我が国においては、著しい混乱を誘発するおそれがあり、結果的に、広く利用されるべき文字の使用自体にも支障をもたらすおそれがある。さらに、このような書体が印刷物等における言語の著作物に常に伴う関係にあることからして、言語の著作物の利用にも支障を生ずる事態も考えられる。このような観点からも、書体について著作物性を肯定し得る余地があるとしても、相当の制約を受けざるを得ない。
3.したがって、それ自体が美的鑑賞の対象となる「書」の範疇に入るようなものは格別、ゴナのような印刷用書体であってなお美術の著作物として著作権保護を受けるものがあるとすれば、それは、文字が本来有する情報伝達機能を失うほどのものであることまでは必要でないが、本来の情報伝達機能を発揮するような形態で使用されたときの見やすさ、見た目の美しさとは別に、実用性の面を離れてもなお当該書体それ自体が一つの美術作品として美的鑑賞の対象となり得ることが社会通念上認められるものでなければならない。そのためには、これを見る平均的一般人の美的感興を呼び起こし、その審美感を満足させる程度の美的創作性を持ったものである必要がある。

〔最高裁の判断〕
 最高裁は、前記控訴審の判決理由を繰返すように、次のように述べている。
1.著作権法2条1項1号は、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」を著作物と定めるところ、印刷用書体がここにいう著作物に該当するというためには、それが従来の印刷用書体に比して「顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要」であり、かつ、「それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならない」と解するのが相当である。
 印刷用書体についてこの独創性を緩和し、実用的機能の観点から見た美しさがあれば足りるとすると、この印刷用書体を用いた小説、論文等の印刷物を出版するためには、印刷用書体の著作者の氏名の表示及び著作権者の許諾が必要となり、これを複製する際にも著作権者の許諾が必要となり、既存の印刷用書体に依拠して類似の印刷用書体を制作し又はこれを改良することができなくなるおそれがあるから、著作物の公正な利用に留意しつつ、著作者の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与しようとする著作権法の目的に反することになる。
 また、印刷用書体は、文字の有する情報伝達機能を発揮する必要があるために、必然的にその形態には一定の制約を受けるものであるところ、これが一般的に著作物として保護されるものとすると、著作権の成立に審査及び登録を要せず、著作権の対外的な表示も要求しない我が国の著作権制度の下においては、わずかな差異を有する無数の印刷用書体について著作権が成立することになり、権利関係が複雑となり、混乱を招くことが予想される。
2.これを本件についてみると、原審の確定したところによれば、一組の書体(ゴナU)及び一組の書体(ゴナM)は、従来から印刷用の書体として用いられていた種々のゴシック体を基礎とし、それを発展させたもので、「従来のゴシック体にはない斬新でグラフィカルな感覚のデザインとする」とはいうものの、「文字本来の機能である美しさ、読みやすさを持ち、奇をてらわない素直な書体とする」という構想の下に制作され、従来からあるゴシック体のデザインから大きく外れるものではない。
 したがって、上告人書体は、前記の独創性及び美的特性を備えているということはできないから、著作権法2条1項1号所定の著作物に当たるということはできない。
 また、このように独創性及び美的特性を備えていない上告人書体が、文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約上保護されるべき「応用美術の著作物」であるということもできない。

 

〔研  究〕

 

 実用的なタイプフェイスの創作に対する地裁から最高裁までの一貫した考え方は、意匠法が保護対象とする意匠自体は、物品に表現された美的創作であっても、美術の著作物として著作権法による保護は排除されるという考え方と同じである。即ち、デザインというものは、物品という他律性を本質的に固有するから、その制約の中に美の花を咲かせるものであり、タイプフェイスも正にそのとおりのものということになる。
 最高裁はかつて、著作権法による保護をめぐる「ヤギ事件」(東京地裁昭和49年(ワ)1959号.昭和54年3月9日判決(棄却);東京高 裁昭和54年(ネ)590号.昭和58年4月26日判決(棄却);最高裁昭和 58年(オ)7999号.昭和60年4月1日和解)や不正競争防止法による保 護をめぐる「タイポス事件」(東京地裁昭和51年(ワ)6007号.昭和 55年3月10日判決(棄却);東京高裁昭和55年(ネ)689号.昭和57年 4月28日判決(棄却);最高裁昭和57年(オ)841号.昭和60年10月 16日和解)で、それぞれ双方に和解をすすめ、和解させた先例があるから、創作されたタイプフェイスについては何らかの保護が必要なことは十分承知している。しかし、現行の著作権法による保護では無理なことも承知している。ということは、司法府は、その保護のためには、特別法の制定が必要であることを立法府に促しているものといえる。
 この立法府を動かす力は、産業界からのニーズでありプレッ シャーであることを関係団体や関係者はよく承知すべきである。その範となるのは、保護期間を通常の著作権並みにする運動を実らせた日本写真家協会(JPS)の一致団結した活動である。
 アナログ時代の世紀からデジタル時代の新世紀に移ろうとしている今日、業界は競争の中にも協調の精神をもち、互いに背中を押し合うようにして進むことが肝要であろう。
 なお、「タイプフェイスの法的保護」の問題については、拙著 『意匠法の研究』(四訂版)398ページ以下に詳しい。

[牛木理一]