C2-8

 
 

キシリトールガムの比較広告事件
東京地裁平15(ワ)15674平成16年10月20日判(棄却)
 
〔キーワード〕 
キシリトールガム,比較広告(表示),不正競争行為,品質等誤認表示,虚偽事実の陳述流布
〔主  文〕
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。

 
〔事  実〕

 
1 本件は,原告(株式会社ロッテ)が被告(江崎グリコ株式会社)に対し,被告が「ポスカム」を販売するに当たって行った広告の中の別紙第2目録記載の表示(以下「本件比較表示」という。)が不正競争防止法2条1項13号所定の品質等誤認表示及び同14号所定の虚偽事実の陳述流布に当たるとして,不正競争防止法3条,4条及び7条に基づき,上記広告における本件比較表示の使用差止,謝罪広告及び損害賠償を求めた事案である。
2 当事者及び競争関係
 原告と被告は,いずれも,ガムを含む菓子等の食料品を販売しており,競争関係にある。
3 原告の販売商品
(ア) キシリトール入りガムの発売
 原告は,天然素材甘味料キシリトールが平成9年4月に厚生省(当時)の食品添加物に指定されたのを受け,平成9年5月20日,国内初のキシリトール入り商品として「ロッテ キシリトールガム」を発売した。
 原告は,「ロッテ キシリトールガム」を発売して以降,「キシリトールはロッテ」をキャッチフレーズに,各種キシリトール入りガムを継続して多数発売してきた。そして,平成12年10月3日より,「キシリトール・ガム+2」(以下「キシリトール+2」という。)の発売を開始した。
 「キシリトール+2」は,虫歯の原因にならない天然素材甘味料キシリトールを55%以上配合し,さらに,キシリトールの他にフクロノリ抽出物(フノラン)及び第2リン酸カルシウム(リン酸−水素カルシウム)の2つをプラスして配合した商品である。「キシリトール+2」は,厚生労働省の特定保健用食品の表示の許可を取得している。
(イ) 原告が販売を継続しているキシリトール入りガム
 原告は,現在,キシリトール入りガムの主力製品として,「キシリトール+2」を,以下のとおり販売している。
 @キシリトールガム(粒)<ライムミント>   14粒  120円
 Aキシリトールガム(粒)<フレッシュミント> 14粒  120円
 Bキシリトールガム(粒)<ピンクミント>   14粒  120円
 Cキシリトールガム(粒)<ライムミント>    3P  360円
 Dキシリトールガム(粒)<フレッシュミント>  3P  360円
 Eキシリトールガム(粒)<ピンクミント>    3P  360円
 Fキシリトールガム ファミリーボトル<ライムミント>  800円
 Gキシリトールガム ファミリーボトル<フレッシュミント>800円
 Hキシリトールガム ハンディボトル<ライムミント>   460円
 Iキシリトールガム ハンディボトル<フレッシュミント> 460円
 Jキシリトールガム(板)<クールハーブ>    8枚  120円
 Kキシリトールガム(板)<ユーカリミント>   8枚  120円
 Lキシリトールガム(板)<クールハーブ>    3P  360円
 Mキシリトールガム(粒)<ライムミント>    5P  600円
 Nキシリトールガム(粒)<フレッシュミント>  5P  600円
 以上のように,原告は,平成9年5月20日,国内初のキシリトール入り商品である「ロッテ キシリトールガム」の販売開始以降,多種にわたるキシリトールガム商品の販売を継続してきた。
 「キシリトール+2」には,「歯を丈夫で健康に保ちます」と大書されており,原告は,「キシリトール+2」をデンタルサポート食品として販売している。
4 被告の行った広告
(ア) 新聞広告
 ア) 被告は,平成15年5月20日より,関東,甲信越,静岡県において,「ポスカム」の発売を開始した。「ポスカム」は,歯の再石灰化促進を目的としてリン酸化オリゴ糖カルシウムを配合した粒状のガムである。
 被告は,「ポスカム」に関し,東京都内外関東地区で配布された平成15年5月22日付け朝日新聞首都圏版夕刊3版最終面に,紙面3分の2のスペースを使用した大広告を掲載した。
 イ) 被告は,「ポスカム」について,この新聞広告において,
 a「一般的なキシリトールガムに比べ約5倍の再石灰化効果を実現。ポスカムは,歯を丈夫で健康にします。」と大きく表示し,
 b「ヒト唾液浸漬法での一般的なキシリトールガムとの比較試験」との表題の下に,「ポスカム」<クリアドライ>と「一般的なキシリトールガム」との対比表を掲載し,
 c「特許成分POs-Ca(リン酸化オリゴ糖カルシウム)を配合したポスカムは,歯の主成分であるリン酸とカルシウムを傷ついた歯に効率的に補給・浸透させることで,一般的なキシリトールガムの約5倍の再石灰化を実現しました。・・・口内を歯が再石灰化しやすい環境に整え,歯を丈夫で健康にする,ポスカム。」などと記載した。
 その後も,複数回にわたり,讀賣新聞,産経新聞,毎日新聞,日本経済新聞,朝日新聞の夕刊最終面の紙面3分の2を使用し,あるいは,全面を使用して,同様の大広告を掲載した。
(イ) ホームページでの広告
 被告は,自社ホームページ内の被告商品広告宣伝欄においても,平成15年5月20日以降,「ポスカム」について,「一般的なキシリトールガムの約5倍の再石灰化を実現しました。」との表示を継続的に行っている。
(ウ) 比較対象
 被告は,上記広告において,被告商品の「ポスカム」を「一般的なキシリトールガム」と比較し,その「約5倍の再石灰化効果を実現」すると表示した(以下,本件比較表示を含む被告の広告を「本件比較広告」ということがある。)。
 同比較広告における「一般的なキシリトールガム」とは,原告商品である「キシリトール+2」を指す。すなわち,上記広告における「一般的なキシリトールガムに比べ,約5倍の再石灰化効果を実現。」との表示(本件比較表示)は,被告商品の「ポスカム」が,原告商品の「キシリトール+2」と比較して,「約5倍の再石灰化効果を実現」することを意味する表示である。
5 原告の警告と被告の回答
(ア) 原告の警告
 原告は,被告の新聞広告掲載前の平成15年5月13日,被告が「ポスカム」に関し,キシリトールガムの5倍の再石灰化効果があるとの広告・宣伝を開始するとの情報を入手したことから,被告に対し,そのような広告・宣伝は不当かつ違法であり,中止するよう警告した。
 原告は,この警告書を送付するに当たり,東京歯科大学口腔超微構造学講座A教授(以下「A教授」という。)が行った「キシリトール・ガム+2<ピンクミント>」と「ポスカム」の再石灰化促進比較in vitro試験(試験管による試験)に基づく報告書(甲12 以下「ロッテ報告書」という。)によれば,原告の「キシリトール・ガム+2<ピンクミント>」が被告の「ポスカム」の約2倍の再石灰化効果があった旨の結果を具体的に指摘した。
(イ) 被告の回答
 これに対し,被告は,平成15年5月16日付けで原告に対する回答書を送付した。
 被告は,この回答書において,「ポスカムがキシリトールガムに比べ約5倍の再石灰化効果がある」という事実は,客観的に実証されたデータに基づくもので,誤りではないと主張した。すなわち,「ポスカムがキシリトールガムに比べ約5倍の再石灰化効果がある」ことは,日本糖質学会のオフィシャルジャーナルである学術誌である「Trends in Glycoscience and Glycotechnology」誌「Vol.15,No.82 March 2003」の75頁ないし89頁に掲載された論文(甲17 以下「TIGG論文」という。)の中で,「ポスカムと,フクロノリ抽出液及び第2リン酸カルシウムを含むキシリトールガムを実験比較し,4日間処理でキシリトールガムが5.9%の再石灰化率であるのに対し,「ポスカム」はその5.36倍の31.6%の再石灰化率である」旨の報告がされており,「ポスカムがキシリトールガムに比べ約5倍の再石灰化効果がある」ことは,客観的に実証されたデータに基づくものであり,誤りはないと主張した。
 なお,TIGG論文における「フクロノリ抽出液及び第2リン酸カルシウムを含むキシリトールガム」とは,原告商品の「キシリトール+2」を指す。
(ウ) テレビ等での広告
 被告は,同様の内容でテレビコマーシャルの準備を行っていた。原告は,平成15年5月14日付けで,株式会社東京放送,全国朝日放送株式会社,日本テレビ放送網株式会社などに対して,被告に送付した前記警告書をファクシミリ送信し,さらに,報道関係各会社に対して,「同年7月11日までに,被告の実施している本件比較広告の差止めと損害賠償を求める訴訟を提起する」趣旨の書面を交付した。このため,これらのテレビ局は,社団法人日本民間放送連盟の規定する日本民間放送連盟放送基準第100号に該当すると判断して,被告によるテレビ広告の放映を控えた。また,各新聞においても,被告による本件比較広告と同種の広告の掲載を控えている状況である(乙33,36,42)。
6 本件比較表示の根拠
 被告が本件比較広告において行った本件比較表示は,前記TIGG論文のD-2-3実験の結果に基づくものである。すなわち,D-2-3実験の結果によれば,脱灰深度ldの値により算定した再石灰化率が,4日間処理において,「ポスカム」は31.6%であり,「キシリトール+2」は5.9%であったことから,被告は,「ポスカム」の再石灰化効果が「キシリトール+2」の約5倍であると判断したものである。
〔争   点〕
(1) 「ポスカム<クリアドライ>は,一般的なキシリトールガムに比べ約5倍の再石灰化効果を実現」(本件比較表示)を含む広告宣伝を行うことは,不正競争防止法2条1項14号所定の虚偽事実の陳述流布に該当するか。
(2) 被告が行った「ポスカム<クリアドライ>は,一般的なキシリトールガムに比べ約5倍の再石灰化効果を実現」(本件比較表示)は,同法2条1項13号の品質誤認表示に該当するか。
(3) 原告の損害額

 
〔判   断〕

 
1 争点(1)(本件比較広告が虚偽の事実の陳述流布に当たるか)について
 被告は,本件比較広告における本件比較表示をTIGG論文のD-2-3実験の結果に基づいて行っている。そこで,以下ではD-2-3実験の条件及び方法が合理的なものであり,本件比較表示の根拠となり得るかどうかについて判断する。
(1) D-2-3実験の合理性
(ア) 再石灰化率の評価方法について
 ア) 原告は,D-2-3実験が脱灰深度ldのみに基づいて再石灰化率を算定したことは,脱灰−再石灰化現象の評価方法に関する国際学会合意(甲21の1)に反するから科学的妥当性を欠く旨主張する。
 イ) 国際学会合意は,口腔内モデルに関するコンセンサス会議が推奨する評価法であり,う蝕のきわめて初期の病変(基本的に表面の軟化,約0〜50μm)に有用な場合もあり,また,深度25〜150μm程度の初期の病変に有用な場合もあるとされている。国際学会合意は,脱灰−再石灰化現象の評価法の国際基準(甲22)とされ,その内容は,次のように記載されている(甲21の1,2)。
「(i) 深度>25μmの病変に関するエナメル質又は象牙質の横断マイクロラジオグラフィー(TMR) この手法は,モデルに最初に挿入した薄切片または口腔から取り出したブロックから作製した薄切片のいずれかに用いることができる。必要となる主要なパラメーターは,全群のすべての病変における処理前後のΔZ,vol%×μmとなる。ミネラルの分布を示すプロフィールと,病変の位置と数およびスキャン回数についての情報も必要となる。望ましい(desirable)「optional」パラメーターは病変の深度である(健常なエナメル質の値の5%未満)。報告書にはエナメル質と象牙質の基準点,及び病変を少なくとも100μm超えて下部の健常組織に至るプロフィールが必要となる。」
 ウ) 歯の脱灰・再石灰化に関する専門家は,再石灰化の評価パラメータについて次のような意見を述べている。
 a E教授ら「脱灰および再石灰化評価方法」J. Dent Res 71特別号924頁(乙97)
「過去20年間に,脱灰および再石灰化に関する約50件の様々なTMR研究の発表がされてきた。TMR実験から,二つの主要なパラメーター,即ち,脱灰深度Ld (μm)およびミネラル喪失量ΔZ(vol%・μmまたはkg.m-2で表示)が得られる。」
 b F・岩手医科大学歯学部予防歯科学講座教授及びC・同助教授の鑑定書(乙77 以下「F=C鑑定書」という。)
「2 初期う蝕脱灰病巣の理想的な再石灰化は,次の2点であると考える。再石灰化したエナメル質に耐酸性が獲得されていること,およびエナメル質の表層のみではなく脱灰病巣深部からミネラルの回復が生じていることである。特に再石灰化による健全歯質への修復は脱灰病巣を残さない病巣深部からの再石灰化が好ましいと考える。また,TMRによる分析の後,ミネラル分布のプロファイルから得られるミネラル喪失量ΔZ,脱灰深度ldを検討した後,プロファイルの特徴として病巣深部からの再石灰化が確認できるのであれば,最終的に再石灰化評価の重要なパラメーターである脱灰深度ldのみで評価することも間違いではない。事実,私たちは,添付文献4のD-2-3試験や添付文献6では,脱灰深度ldのみで評価した論文を発表している。」
 c G・大阪歯科大学歯学部口腔衛生学講座教授の鑑定書(乙76 以下「G鑑定書(2)」という。)
「4 TMR法で,表層下脱灰・再石灰化現象を評価する場合のパラメーターには,ミネラルプロファイルから得られる総ミネラル喪失量,脱灰深度,プロファイルの形状,表層エナメルの幅・深度などがある。脱灰現象や再石灰化現象を評価する場合,これらパラメーターのどれを使用するかは,実験目的や使用する材料,さらには各現象に対する仮説により,研究者の裁量に任されるのは当然である。」
 d H・長崎大学大学院医歯薬学総合研究科助教授の「再石灰化能評価におけるミネラル量把握の重要性」(甲20の1)
「再石灰化能の評価に当たってマイクロラジオグラフィー(MR)を使用し,ミネラル喪失量ΔZ(vol% x μm)を主要なパラメータとして用いることは,ミネラル量変化を直接的に評価する方法として代表的な方法である。その他,ミネラルの分布を示すプロフィールや,撮影された典型的なMR写真も必要である。第2のパラメータとして脱灰深度(μm:健全なエナメル質の値の5%以下)がある。脱灰深度だけの評価では,再石灰化がどの部位でどの程度のミネラル量変化を示しているかを評価できないことから考えても不充分である。再石灰化能の評価においては,主要なパラメータである,ミネラル喪失量を用いることが重要である。」
 エ) 厚生科学研究費補助金(医療技術評価総合研究事業)分担研究報告書「食品の再石灰化能をどのように評価すべきか?」(甲22)は,食品の再石灰化能の評価に関する研究報告書である。同報告書の「再石灰化の評価」の項には,次のような記載がある。
「脱灰−再石灰化現象の評価法には国際基準が定められている。(中略)脱灰−再石灰化はミネラルの選択的溶出と回復を基礎とした現象であり,従ってミネラル量の変化を直接・間接的に定量することが最優先となる。これまでの方法で直接的にミネラル量を評価できる方法は,透過タイプのマイクロラジオグラフ(TMR;Transverse microradiography)である。TMRの評価で必要とされる指標は,撮影されたMR写真から,第一に喪失ミネラル量を意味する_Z(vol%×μm)であり,第二にはミネラルの分布を表すプロファイルである。」
 オ) 歯の再石灰化に関する学術論文では,評価パラメータとして,ミネラル喪失量と脱灰深度の両者を用いるものが複数存在する(甲29の1,3ないし9,11,14,18,19,乙8,9)が,再石灰化効果の評価において,両パラメータの優劣はなく,同等に扱われている。
 カ) 判断
 a 前記のとおり,確かに,国際学会合意では,ミネラル喪失量が主要なパラメータであるとされ,脱灰深度ldは「desirable optional parameter」とされている。
 しかし,脱灰深度ldは,国際学会合意において「望ましい,選択自由なパラメータ」であるとされており,再石灰化に関する複数の学術論文において,ミネラル喪失量と脱灰深度は再石灰化効果の評価において同等のパラメータとして扱われていることからすれば,脱灰深度ldは,少なくとも重要度の低いパラメータであるということはできない。これに加えて,専門家の見解によれば,脱灰深度ldとミネラル喪失量ΔZは,TMR法から得られる2つの主要なパラメータであるとされていること(E教授ら),初期う蝕脱灰病巣では病巣深部からの再石灰化が好ましいとされ(F=C鑑定書),このような深層からの再石灰化を評価する方法としては脱灰深度ldによる評価方法が適しているといえること,TMR法で得られる再石灰化効果を評価する場合のパラメータとしては,総ミネラル総質量,脱灰深度,プロファイルの形状,表層エナメルの幅・深度などがあるが,これらのパラメータのどれを使用するかは実験目的等により研究者の裁量に委ねられていること(G鑑定書(2)),脱灰深度ldのみを用いて再石灰化率を算定した学術論文が複数存在すること(乙5,6,7)等の事実を総合考慮すれば,ミネラル喪失量ΔZと脱灰深度ldは,ともに再石灰化効果を評価する際に標準的に用いられるパラメータであるから,脱灰深度ldを単独のパラメータとして用いることも許容されていると認めるのが相当である。
 b したがって,D-2-3実験において,脱灰深度ldに基づき各ガム群の再石灰化率を算定し,再石灰化効果を比較したことは,合理的な評価方法に基づくものということができ,科学的妥当性を欠くとはいえない。
 なお,前記ウ)dのH助教授の意見では,「第2のパラメーターとして脱灰深度(μm:健全なエナメル質の値の5%以下)がある。脱灰深度だけの評価では,再石灰化がどの部位でどの程度のミネラル量変化を示しているかを評価できないことから考えても不充分である。再石灰化能の評価においては,主要なパラメーターである,ミネラル喪失量を用いることが重要である。」と述べられており,エ)の研究報告書(H助教授執筆)の記載では,脱灰深度がTMRの評価で必要とされる指標に挙げられていないが,H助教授も加わっている再石灰化に関する学術論文(乙6「糖アルコール類の再石灰化作用に与える影響」)において,脱灰深度のみにより再石灰化効果を評価している事実に照らせば,H助教授の前記ウ)dの意見やエ)の研究報告書の記載も,脱灰深度のみによる再石灰化効果の評価を否定するものとまではいえず,上記意見は,前記判断を左右するものではない。
(イ) CMRの撮影条件について
 ア) 原告は,D-2-3実験のCMRの撮影条件は,一般的なCMRに比してX線強度が強すぎ,フィルムの解像度が低いため,D-2-3実験のCMRから得られたミネラル濃度プロファイルでは,表層の低石灰化部分は不明瞭で,グラフの凹凸が強く誤差も多くなっており,最表層の位置を正確に決定できないから,これから測定される脱灰深度ld及びミネラル喪失量ΔZの値の信憑性は極めて低いと主張する。
 イ) しかし,H・長崎大学大学院医歯薬学総合研究科助教授の鑑定書(乙75)によれば,「コンタクトマイクロラジオグラフ(CMR)により再石灰化程度を数量評価するにあたり,注意しなければならない点は,撮影後にデンシトメーターなどでミネラル分布を評価する最小単位(深さ)よりも撮影された写真の粒子が細かいことである。評価にはそれが守られていることが重要である。」とされ,D-2-3実験の「CMR法に使用したフィルム粒子とミネラル分布を評価する最小単位との関係はこれが守られている。」と評価されている。
 ウ) また,D-2-3実験のCMRの撮影条件は,
  管電圧   25kV
  管電流   25mA
  照射時間  24秒
である(乙60)が,再石灰化に関する学術論文で,CMRの撮影条件として管電圧が20〜25kvのもの(甲29の1,3,5ないし8,11,16,17),管電流が20〜30mAのもの(甲29の6,17),照射時間が18〜20秒のもの(甲29の4,5)が存在し,これらと対比すれば,D-2-3実験のCMRの撮影条件が特異なものということはできない。
 エ) 以上によれば,D-2-3実験のCMRの撮影条件が科学的に不合理なものとは到底いえず,D-2-3実験のCMRの解像度も再石灰化効果を評価するのに十分なものであると認められる。
(ウ) 脱灰深度及びミネラル喪失量の計測方法
 ア) 原告は,D-2-3実験のCMRのデジタル画像はすべて表層付近に再石灰化度が高くなった層が観察されないから,これから得られるミネラル濃度プロファイルについてCらの計測方法を用いて外表面位置D0を擬制し,脱灰深度ld及びミネラル喪失量ΔZを測定することは,科学的妥当性を欠く旨主張する。
 イ) Cらの計測方法について,歯の脱灰・再石灰化に関する専門家は,次のような見解を述べている。
 a I・明海大学歯学部小児歯科学講座教授の鑑定書(乙73の1 以下「I鑑定書」という。)
「私は,C岩手医科大学歯学部助教授らが開発した歯の脱灰・再石灰化を評価する分析法(添付文献1-4に記載)は,現在の学会水準に照らしても精度の高い手法であり,標準的な分析法であると考える。本方法は,歯片の表面から初期齲触の最深部に至るまで,詳細なミネラル濃度分布に基づいて脱灰深度及びミネラル喪失量を測定するものである。さらに,細かい間隔でミネラル濃度を測定できるために,測定範囲を表面から一定の深度に限定せず最深部まで測定可能であり,当該初期齲触歯片の脱灰及び再石灰化の程度を詳細に把握できる。」
 なお,上記鑑定書の「歯の脱灰・再石灰化を評価する分析法(添付文献1−4に記載)」における脱灰深度及びミネラル喪失量の計測方法は,Cらの計測方法と同じである。
 b F・岩手医科大学歯学部予防歯科学講座教授・C・同助教授の鑑定書(乙107)
「1 Cらの方法について(2)
 X線撮影条件,フィルム解像度,デジタル画像への変換,ミネラル濃度5%を基準とする表面位置の決定の手順は,TMR法の測定変動(誤差)の厳密な分析に基づいて理論的に設定している。言うまでもなく,表層の高石灰化帯のない事例についても適切に評価できるよう設定している。」
 c H・長崎大学大学院医歯薬学総合研究科助教授の鑑定書(乙114)
「A 甲第90号証(J鑑定書)に関して
 3 最表層の有無の確認が測定値に影響を与えることが述べられているが,最表層の確認されない脱灰病変,すなわち添付文献1のP6 Fig 3Uにあるような,Surface softening(軟化型の表層)が存在することは既知の事実である。このような場合にも深さ(ld)ならびにミネラル喪失量(ΔZ)を算出することに問題はない。(中略)
 4 多くの再石灰化を議論する論文は平成16年1月19日に私が鑑定した折に言及したEらの方法に従い,ミネラル量5%のラインを表層とするのが通法である。」
 d K・東京歯科大学名誉教授の鑑定書(乙74)
「本件に関する論争の焦点の一つに,B,Cらによる「リン酸化オリゴ糖配合ガムによるエナメル質の再石灰化の評価」が挙げられているようですが,この評価法に用いられているComputer-assisted videodensitometric method to visualize mineral distribution assessment(1997年)は,エナメル質表層の再石灰化評価の世界的な第一級の研究者であるオランダのGroningen大学のE教授の研究グル−プによるものであり,現在世界的に認められている方法であります。
 現在,岩手医科大学のC助教授は,この分野における世界的な先端研究の第一人者であり,この評価法は,従来のマイクログラフィーによる観察法を著しく進歩させた方法であります。参考文献1および2にありますように,C助教授はこの評価法をオランダのGroningen大学のE教授とともに開発し,さらに信頼性の高い手法での歯の再石灰化研究分野の進展に尽力している世界的権威の一人であります。参考文献3および4に示した「リン酸化オリゴ糖配合ガムによるエナメル質の再石灰化の評価」は,この世界的に認められている方法を用いての評価法であり,科学的な見地から関連領域の文献等と比較検討した結果で評価しても,その業績のエビデンスの信頼性は極めて高い内容であることを報告いたします。」
 なお,上記鑑定書の「参考文献3および4に示した「リン酸化オリゴ糖配合ガムによるエナメル質の再石灰化の評価」」における脱灰深度及びミネラル喪失量の計測方法は,Cらの計測方法と同じである。
 ウ) 判断
 上記イ)の専門家の見解を総合すれば,Cらの計測方法は,脱灰深度及びミネラル喪失量の計測方法として極めて高い評価を得ており,表層付近に高石灰化層が存在しない場合にも利用可能な計測方法であると認められる。
 したがって,D-2-3実験のCMRのデジタル画像では表層付近に高石灰化層が存在しないとしても,これから得られるミネラル濃度プロファイルについてCらの計測方法を用いて外表面位置D0を擬制し,脱灰深度ld及びミネラル喪失量ΔZを測定することに不合理な点はなく,その測定結果が科学的妥当性を欠くということはできない。
(エ) ヒト唾液浸漬法について
 ア) 原告は,D-2-3実験のヒト唾液浸漬法は,人のライフスタイルから大きくかけ離れた,実際の口腔内では決してあり得ない極めて不自然な条件設定をした試験法であるから,科学的妥当性を欠いている旨主張する。
 イ) ヒト唾液浸漬法について,歯の脱灰・再石灰化に関する専門家は,次のような見解を述べている。
 a I鑑定書(乙73の1)
「C助教授が開発されたヒト唾液浸漬(HSI)法では,被験者のガム咀嚼時の刺激唾液を全て採取して,直ぐに本唾液に予め脱灰した歯片を浸漬するという手順が踏まれている。ヒト唾液浸漬法は,ガム咀嚼時の刺激唾液を実験日当日に採取し,この新鮮な刺激唾液に直ちに歯片を浸漬するものである。一方,カルシウムとリン酸の濃度比を適当に調整した溶液(人口唾液)を使用した実験の殆どは,可能な限り再石灰化に適した条件(最も適した濃度比は1.67である)下での再石灰化の評価が行なわれている。しかし実際の刺激唾液ではこのような理想的な濃度比にはならないことが分かっている(刺激唾液ではおよそ0.3以下)。したがってヒト唾液浸漬法は,実際の口腔内環境を再現する点から人工唾液を用いた試験系に比べて優れていると考えられる。」
 b F=C鑑定書(乙77)
「1. ヒト唾液には,口腔内の健康を維持する多くの機能が備わっている。歯の再石灰化に関しても唾液が重要な役割を担っている。特にガム食品での歯の再石灰化を議論する場合は,刺激唾液の影響が大きい。私たちの開発したヒト唾液浸漬法(添付文献1)も,ガム咀嚼時のヒト刺激唾液を採取して,唾液の再石灰化を評価する試験法である。ヒト唾液浸漬法は,ヒト口腔内試験に比べて,被験者への負担も少なく,試験に与える不確定要素も最小限にできる利点がある。さらに,近年,歯科における臨床検査において,唾液の緩衝能力や口腔内細菌の検出などの齲蝕リスク評価に採取唾液が利用されてきている(添付文献2)。これらの事実からも,採取した唾液による効能評価は,口腔内機能を評価できる適切な試験法であると考える。」
 ウ) 再石灰化効果の評価試験においてヒト唾液を使用することについて,歯の脱灰・再石灰化に関する専門家は,次のような見解を述べている。
 a D・東北大学名誉教授の鑑定書(乙1の1 以下「D鑑定書」という。)
「A 口腔内で再石灰化が起こるときは,98%がヒドロキシアパタイトで構成されるエナメル質の表面には,唾液中のプロリンリッチタンパク質などが沈着し,いわゆるペリクル(獲得皮膜)をつくり,その下で再石灰化が行われる。エナメル質表面を覆うこのペリクルの存在は,当然,再石灰化速度に影響を与える。それゆえ,再石灰化促進能を比較する実験では,エナメル質をヒト唾液に曝し,ペリクルをつくらせることは必要欠くべからざる条件である。(中略)
 再石灰化能の測定は,ヒト口腔内で行うことが最適であるが,ヒト口腔での実験は個体差などがあり,かなりのバラツキが出て,定量的な判定は困難であることがある。次善の策として,試験管内で実験するとしても,実験系に唾液が存在することは必須である。(中略)
C また,口腔内で起るpH低下,再石灰化をin vitro試験で評価する場合,できるだけ口腔内の生理・環境状態に近い状態を再現する必要がある。再石灰化効果を検証するために,実際の口腔内でガムを咀嚼して得られる唾液を用いることは,重要である。唾液全体の組成は,咀嚼その他の生理条件で大きく変化するからである。この点でも,江崎グリコ社の方法は,チューインガムの再石灰化促進能を定量的に評価する方法としてより適切であると考えられる。」
 b G鑑定書(2)(乙76)
「6 ・・・また,表層下脱灰への再石灰化効果を議論する際に,特定のカルシウム・リン酸濃度に設定した単なるミネラル溶液を用いた人工唾液系のみでヒト口腔内での効果は当然議論できない。特にガムを始めとする食品での効果を議論する際に,唾液の関与は大きく,唾液による効果を考慮せずに,被検食品のヒト口腔内での効果を立証することは難しいと考える。」
 エ) 「ポスカム」の1日摂取目安量は「1回に2粒を20分噛み,1日4回を目安に1週間続けると効果的です。」(乙25)とされ,「キシリトール+2」の1日摂取目安量は「1回に2粒を5分噛み,1日7回を目安に,1週間続けると効果的です。」(乙24)とされている。
 オ) 判断
 前記イ)の専門家の見解によれば,ヒト唾液浸漬法は,歯の再石灰化効果を評価するために試験方法として高く評価されていると認められる。また,口腔内での再石灰化効果を評価する試験では唾液の使用が重要であるとされている(前記ウ))。さらに,「ポスカム」は,「1回に2粒を20分噛み,1日4回を目安に1週間続けると効果的です。」(=20分×4回×1週間=560分)とされ,「キシリトール+2」は,「1回に2粒を5分噛み,1日7回を目安に,1週間続けると効果的です。」(=5分×7回×1週間=245分)とされていることに照らせば,D-2-3実験のヒト唾液浸漬法において,ガム咀嚼時の刺激唾液に1日当たり2時間40分を4日間ないし8日間浸漬するということは,両ガムの1日摂取目安量に比してやや浸漬時間が長いとはいえても,不自然な条件ということはできない。
 以上の点を総合考慮すれば,D-2-3実験のヒト唾液浸漬法は,口腔内で再石灰化効果を評価するための合理的な試験方法であると認められる。
(オ) ウシ歯の使用について
 ア) 原告は,D-2-3実験では,ヒト歯の代わりにウシ歯が使用されているが,ヒト歯とウシ歯ではその組織構造に大きな相違があり,現在では,ヒト歯での使用を目的とした食品の再石灰化効果の評価試験においてウシ歯を使用することは不適切と考えられている旨主張する。
 イ) 再石灰化効果を評価する試験においてウシ歯を使用することについて,歯の脱灰・再石灰化に関する専門家は,次のような見解を述べている。
 a D鑑定書(乙1の1)
「B 再石灰化の実験試料にはヒトのエナメル質を使うことが望まれるが,ヒトの歯は小さいため,比較対照のための試料として均一なものを得ることが難しい。大きなエナメル質から均一な試料を得るために,基本的にヒトのエナメル質と構成成分が同じであるウシのエナメル質を使うことは,標準的な手段として認められている。」
 b G・大阪歯科大学口腔衛生学講座教授の鑑定書
「歯の再石灰化実験へのウシの歯の使用は,歯学上の標準的な実験手段の一つとして,認められている。」(乙2の1)
「研究手法について,まず,被検材料にヒトの歯を使用するか,ウシの歯を使用するかであるが,実験の還元主義の観点からは,ヒトの歯の個体差が非常に大きく,また,歯種差,歯面差などを考慮し,歯を採集する困難さから,ウシの歯で代用する系でも,実験としては国際的に認知されている。」(乙76)
 c L・日本歯科大学歯学部教授の議事録(乙3の1)
「歯関連の実験でウシの歯を用いることは一般的である。入手しやすく,個々の歯のバラツキが少ないからである。実験は如何に単純化して不確定要素を減少させるかが重要であって,多くの臨床研究者のように何でもヒトで試験したがるのは疑問である。特にin vitroでの試験ならば,歯材料のみヒトにこだわるのは滑稽である。唾液中のタンパク質濃度などの成分のバラツキは大きく,その口内環境を再現せずに,歯だけヒトの歯を用いても意味がないからである。」
 ウ) 原告は,「キシリトール・ガム<ピンクミント>」には再石灰化促進効果があるとする特定保健用食品表示の許可申請において,ウシ歯を用いたキシリトールの再石灰化促進効果についての試験結果を「再石灰化促進効果」を明らかにする資料としている(乙19の1〜3)。
 エ) 判断
 前記イ)の専門家の意見によれば,再石灰化促進効果を評価する試験においてウシ歯を用いることは標準的な手段であると認められ,原告も,「キシリトール・ガム<ピンクミント>」の特定保健用食品表示の許可申請において,ウシ歯を用いたキシリトールの再石灰化促進効果についての試験結果を使用している。
 したがって,D-2-3実験においてウシ歯を用いたことは,合理的な実験方法ということができる。
(カ) 被告の再実験について
 ア) 被告は,D-2-3実験の再実験を行った(乙111)。再実験においては,岩手医科大学歯学部がウシ歯の脱灰歯片を作製し,被告が「ポスカム」(クリアドライ)と「キシリトール+2」(ピンクミント)について,ヒト唾液浸漬法により4日間の処理を行い,岩手医科大学歯学部のF教授及びC助教授が処理後の歯片ごとの脱灰深度及びミネラル喪失量を測定した(乙112,113)。
 イ) 上記再実験とD-2-3実験とは,脱灰歯片の作製方法が異なること,再実験では,「ポスカム」と「キシリトール+2」だけを試料とし,4日間処理のみを実施したことのほかには,実験の条件及び方法は同じであった。
 ウ) 前記再実験の結果によれば,「ポスカム」は「キシリトール+2」よりも,脱灰深度ldで約5.7倍,ミネラル喪失量ΔZで約25.9倍の再石灰化促進効果があった。
 エ) 原告は,前記再実験に対して,D-2-3実験に対するのと同様に,実験条件,方法等について不合理な点があり,科学的妥当性を欠く旨主張するが,前記(ア)ないし(オ)で判断したとおり,原告がD-2-3実験について不合理であると主張する点はいずれも理由がないから,前記再実験の実験条件,方法等についても不合理な点はないと認められる。
(キ) 小括
 以上に認定判断したところによれば,D-2-3実験は,実験条件,方法等について不合理な点はなく,しかも,「ポスカム」と「キシリトール+2」について,D-2-3実験の結果による脱灰深度ldを基準とした再石灰化促進効果の比較結果と,前記(カ)の再実験による脱灰深度ldを基準とした再石灰化促進効果の比較結果とはいずれも約5倍となっており,D-2-3実験の結果は,前記再実験により裏付けられたといえる。
 したがって,D-2-3実験の結果は合理的なものということができる。
(2) ロッテ報告書の結果との相違について
 原告は,ロッテ報告書の内容は科学的に正当であるから,これに反するD-2-3実験の結果は不当であると主張するので,この点について判断する。
(ア) ロッテ報告書(甲12)の試験方法
 ロッテ報告書は,「キシリトール+2」<ピンクミント>と「ポスカム」<クリアドライ>の再石灰化促進効果をin vitro試験で比較したものである。
 試験方法の概要は,次のとおりである。
@ 抜歯された初期う蝕のない人の歯に,人工的に初期う蝕病巣と同様の脱灰層を形成する。
A 田中の方法に準じて,再石灰化液を調整する。
B D名誉教授の方法に準じて,「キシリトール+2」10gと「ポスカム」10gに,それぞれ60℃に加熱した再石灰化液を加え,ガムの含有成分を抽出する。
C 上記Bで作り出した抽出液に,上記@の歯を14日間浸漬する。抽出液は1日おきに新しい抽出液と交換する。
D 上記Cの歯から厚さ100μmの切片を作り出し,同切片をX線を照射して撮影し,画像をMIPなる装置に取り込み,歯の表面から深さ10μmごとのグレイ値(脱灰されている部分のグレイ値が0,脱灰されていない部分のグレイ値100)を計算する。
E 表面から深さ60μmまでの部分のグレイ値を算出し,これを再石灰化率として「キシリトール+2」と「ポスカム」の再石灰化促進効果を比較する。
(イ) 判断
 ア) D-2-3実験の内容は,前記第2の1(5)(ウ)のとおりであり,これと前記(ア)のロッテ報告書の試験方法とを比べると,実験の方法,条件等において大きく相違する。すなわち,D-2-3実験ではヒト唾液浸漬法により,ガム咀嚼時の刺激唾液に脱灰歯片を浸漬しているのに対し,ロッテ報告書ではガムの成分を抽出した再石灰化液に脱灰歯片を浸漬している。また,脱灰歯片は,D-2-3実験ではウシ歯を使用しているのに対し,ロッテ報告書ではヒト歯を使用しており,歯片の浸漬時間,浸漬間隔など浸漬の態様も大きく異なる。さらに,再石灰化効果の評価について,D-2-3実験がCMRから脱灰深度ldを測定し,これに基づいて再石灰化促進効果を評価しているのに対し,ロッテ報告書では,表面から60μmまで10μmごとのグレイ値を算定し,これに基づいて再石灰化促進効果を評価している。
 イ) 以上のとおり,D-2-3実験とロッテ報告書とでは,実施した実験の方法,条件,再石灰化効果の評価法において,大きく相違する。
 したがって,ロッテ報告書の試験方法の妥当性を検討するまでもなく,両者の結果が異なることをもって,D-2-3実験の結果が不当であるとすることはできない。
 ウ) なお,原告は,D-2-3実験の結果は,M・鶴見大学歯学部解剖学第一講座教授の行った「キシリトール+2」と「ポスカム」の再石灰化促進効果の比較実験の結果(甲91)とも異なるから不当である旨主張する。しかし,D-2-3実験と甲91の比較実験との実験の方法,条件,再石灰化効果の評価方法が大きく異なることは,甲91の記載内容から明らかである。
 したがって,前記ア),イ)でロッテ報告書との比較について述べたのと同様の理由により,甲91の実験の妥当性を検討するまでもなく,両者の結果が異なることをもって,D-2-3実験の結果が不当であるとすることはできない。
(3) 不正競争防止法2条1項14号についての結論
 以上に判断したとおり,D-2-3実験は,実験の方法,条件,結果のいずれも科学的に不合理な点はないから,これに基づく本件比較表示は正当な根拠を有するものというべきである。
 したがって,「ポスカム」を「一般的なキシリトールガム」と比較し,「約5倍の再石灰化効果を実現」するとの表示を含む本件比較広告は,虚偽の事実の陳述流布には当たらない。
2 争点(2)(品質等誤認表示に当たるか)について
 前記1で判断したとおり,「ポスカム」を「一般的なキシリトールガム」と比較し,「約5倍の再石灰化効果を実現」したと表記した本件比較表示は,虚偽の事実の表示に当たらない。原告は,仮に,同表示が虚偽の事実の表示に当たらないとしても,本件比較表示は特定の一部の情報のみを表すもので,一般消費者を誤認させる表示である旨主張するので,以下,この点について判断する。
(1) 評価パラメータの表示について
(ア) 原告は,本件比較表示は,単に再石灰化効果が約5倍と表示するだけで,その「約5倍」との効果が,国際学会で再石灰化効果の評価方法として合意されているミネラル喪失量ΔZによる評価ではないこと,及びオプション的なパラメータである脱灰深度ld値による評価であることを一切表示していないので,このような表示態様は,一般消費者に対して,あたかも一般的・標準的なパラメータを用いた再石灰化効果の評価において約5倍の効果を得られると誤認させるような表示である旨主張する。
(イ) 原告の主張は,再石灰化効果を評価するに当たっては,ミネラル喪失量ΔZが一般的・標準的なパラメータであり,脱灰深度ldはオプション的なパラメータにすぎないことを前提とするものであるが,前記1(1)(ア)で判断したとおり,ミネラル喪失量ΔZと脱灰深度ldは,ともに再石灰化効果を評価する際に標準的に用いられるパラメータであり,脱灰深度ldを単独で用いることも許容されるものと認められるから,原告の主張は前提を欠く。
 したがって,本件比較広告において,「約5倍の再石灰化効果」との評価が脱灰深度ldに基づくものであることを表示していなくても,一般消費者に対して,何らかの誤認を生じさせるような表示であると認めることはできない。
(2) 4日間処理の結果のみの表示について
(ア) 原告は,D-2-3実験は8日間の期間をもって実施され,その8日間の結果によれば,「ポスカム」と「キシリトール+2」の再石灰化効果は約2.4倍の違いがあるにすぎないにもかかわらず,被告は,8日間の実験の中途である4日間の結果のみを比較して「再石灰化効果が約5倍」との広告を行ったのであるから,このような表示態様は,特定の一部の情報のみを示し,他の情報を開示しない,一般消費者に対し誤認を与える表示である旨主張する。
(イ) 証拠(甲17,乙103)及び弁論の全趣旨によれば,D-2-3実験において,4日間処理と8日間処理とは,それぞれ別の実験系として実施されたことが認められ,4日間処理の結果が,8日間処理の中途結果であるとの原告の主張は前提を欠く。また,前記1(1)(エ)に認定のとおり,「ポスカム」は,その包装に「1回に2粒を20分噛み,1日4回を目安に1週間続けると効果的です。」と記載され,「キシリトール+2」はその包装に「1回に2粒を5分噛み,1日7回を目安に,1週間続けると効果的です。」と記載されている。すなわち,「ポスカム」は,噛み始めてから合計560分経過した時点で,「キシリトール+2」は合計245分経過した時点で効果が現れると謳われている。そして,D-2-3実験の4日間処理では,脱灰歯片をガム咀嚼時の刺激唾液に合計640分間浸漬し,8日間処理では合計1280分間浸漬している。そうすると,D-2-3実験の4日間処理における浸漬時間640分間は,「ポスカム」及び「キシリトール+2」の両者において,ともに効果が現れると謳われている時間を十分に超えているといえる。
 したがって,4日間処理の結果で「ポスカム」と「キシリトール+2」の再石灰化効果を比較することは,それぞれのガム製品の包装紙に謳われている効果を比較するという意味では,何ら消費者を誤認させるような表示であるということはできない。
(ウ) 以上に判断したところによれば,本件比較広告がD-2-3実験の4日間処理の結果のみに基づく比較結果を表示したことは,「ポスカム」及び「キシリトール+2」の品質等を誤認させる表示であるとは認められない。
(3) ウシ歯の使用について
(ア) 原告は,D-2-3実験ではウシ歯を使用して実験をしているにもかかわらず,被告は,本件比較広告においてそのことを表示せず,かえって「20分間咀嚼して集めたヒト唾液に,脱灰したエナメル質歯片を37℃で1日あたり40分4回浸漬した。」,「ヒト唾液浸漬法で一般的なキシリトールガムとの比較試験」と表示しているが,このような表示態様は,あたかも人間の歯における実際の口腔内の再石灰化効果が実証されたかのように消費者を誤認させる表示であるといえる旨主張する。
(イ) 前記1(1)(オ)に認定のとおり,再石灰化促進効果を評価する試験においてウシ歯を用いることは標準的な手段であるが,ウシ歯は,人の口腔内における再石灰化促進効果を評価するために使用されるのであるから,その試験結果は,正に人の口腔内での再石灰化促進効果を実証するものである。
 したがって,本件比較表示を見た消費者が,人の口腔内での再石灰化促進効果が約5倍違うという意味に理解したとしても,それは,D-2-3実験の実験結果が表す本来の意味どおりの理解であって,この点において消費者に誤解は生じていない。
 したがって,本件比較広告においてウシ歯を使用したことを表示しなかったとしても,本件比較広告が誤認的表示であるということはできない。
(4) 不正競争防止法2条1項13号についての結論
 以上に判断したとおり,本件比較広告は,特定の情報の一部のみを表す誤認的表示であるとは認められない。
 したがって,本件比較表示を含む本件比較広告は,品質等誤認表示には当たらない。
3 結論
(1) 以上のとおり,@「ポスカムは,一般的なキシリトールガムに比べ約5倍の再石灰化効果を実現。」との本件比較表示を含む本件比較広告は,D-2-3実験を根拠とし,その実験で示されたデータのとおり表示されていること,そして,AD-2-3実験は,実験条件,方法等について不合理な点は存しないこと,B「D-2-3実験の結果」と「被告がその後実施した再実験の結果」とは,ほぼ同一の数値(約5倍)を示し,D-2-3実験の結果は,上記再実験により裏付けられていると判断できること等の事実に照らすならば,被告が本件比較広告をする行為は,不正競争防止法2条1項13号及び14号のいずれの不正競争行為にも該当しない。
(2) この点について,原告は,本件比較広告の根拠が1編の論文の1回の実験であること,TIGG論文が科学論文の体裁をなしていないこと,被告等がD-2-3実験の試料を保存していないこと等,本件比較広告が不正競争防止法2条1項13号及び14号の不正競争行為に該当する理由を縷々主張する。しかし,本件比較表示の根拠となったD-2-3実験の結果が科学的合理性を有することは,既に判断したとおりであること,原告においてD-2-3実験と同一条件の下での追試結果を提出していないこと等からすれば,原告の各主張はいずれも採用することができない。
 また,原告は,本件比較広告が不正競争防止法2条1項13号及び14号の不正競争行為に該当するかどうかの判断に当たっては,「比較広告に関する景品表示法上の考え方」(公正取引委員会事務局,乙44)を参考とすべきであると主張する。しかし,上記不正競争行為に該当するか否かについては,不正競争防止法所定の各要件を検討すれば足りるのみならず,上記の考え方を考慮してもなお,本件比較広告は不正競争防止法2条1項13号,14号に該当するものではないから,原告の主張は採用できない。
 よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がない。
〔論  説〕
1 この不競法事件は、先行する原告の「キシリトール」入りガムにおくれること数年後、被告が長年研究開発して約5倍の再石灰化効果を実現したガム「ポスカム」の発売に際し、比較広告を新聞に掲載したり、HPに継続的に発表した。
 これに対し、これらの被告の行為は、不競法2条1項14号の虚偽事実の陳述流布に該当するか、または同法2条1項13号の品質誤認表示に該当するかが争われたが、裁判所はいずれについても請求棄却の判決をした。
2 まず被告が行った両ガムの比較表示広告は、十分科学的に証明されたデータに基いたものであることが、証拠として提出された多くの専門家の鑑定書によって立証された。
 すなわち、被告の比較広告上の本件比較表示は、TIGG論文のD-2-3実験の結果に基づいて行っているとの原告の主張が、その実施の方法,条件,結果にいずれも科学的な不合理性はないことから、本件比較表示は正当な根拠を有するものと認定された。したがって、被告が行った本件比較広告は虚偽の事実の陳述流布に当たらないと判断され、14号の適用はなかった。
3 次に、品質等誤認表示についてはどうか。
 被告が、被告の「ポスカム」を「一般的なキシリトールガム」と比較して、「約5倍の再石灰化効果を実現」としたとの本件比較表示は、虚偽の事実に当たらないことは前記で証明された。
 しかし原告は、本件比較表示は特定の一部の情報のみを表すものだから、一般消費者を誤認させる表示であると主張した。
 しかし、判決は、第一に、評価パラメータの表示について、本件比較広告は、「約5倍の再石灰化効果」との評価が脱灰深度ldに基づくものであることを表示していなくても、一般消費者に対し、何らかの誤認を生じさせるような表示であると認められることはできないと判示した。
 第二に、4日間処理の結果のみの表示について、判決は、本件比較広告がD-2-3実験の4日間処理の結果のみに基づく比較結果を表示したことは、「ポスカム」と「キシリトール+2」の品質等を誤認させる表示であるとは認められないと判示した。
 第三に、ウシ歯の使用について、判決は、本件比較表示を見た消費者が、人の口腔内での再石灰化促進効果が約5倍違うという意味に理解したとしても、それはD-2-3実験の結果が表す本来の意味どおりの理解であり、この点に消費者に誤解は生じていないから、本件比較広告にウシ歯を使用したことを表示しなかったとしても、本件比較広告が誤認的表示であるということはできないと判示した。
 したがって、本件比較広告には品質等の誤認を与える表示はないと判断され、13号の適用はなかった。
4 以上の結果、被告の行為は不競法2条1項14号又は13号のいずれにも該当しないことから、裁判所が請求棄却の判決をしたことは妥当であろう。

[牛木理一]