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虚偽事実流布事件:東京地裁平12(ワ)11657号平成13年9月20日判(棄)〔知財管理Vol.53 No.9“判例研究”1481頁〕
 
〔キーワード〕 
虚偽事実の告知流布、第三者への警告

 
〔事  実〕

 
 原告(同和鑛業株式会社)は、磁気信号記録用金属粉末の製造・販売等を事業目的とする株式会社、被告(バイエル・アクチエンゲゼルシャフト)は、ドイツに本拠を置く化学企業である。本件は、被告が平成6年3月17日付け書簡をもって、原告の顧客である訴外ソニー株式会社に、原告の製造・販売する磁気信号記録用金属粉末(以下「原告製品」という。)は被告の有する日本国第1733787号特許(以下「被告特許」という。)を侵害すると考える旨告知したことは、競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知又は流布する行為(不正競争防止法2条1項13号)に当たると主張し、原告が被告に対し、同法4条に基づき損害賠償を求めるとともに、同法7条に基づき謝罪広告の掲載を求めた事案である。

 
〔判   断〕

 
1.不競法2条1項13号は、競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為を不正競争行為の一類型として規定するが、これは、営業者にとって重要な資産である営業上の信用を虚偽の事実を挙げて害することによって競業者を不利な立場に置くことを通じて、自ら競争上有利な地位に立とうとする行為であり、不公正な競争行為の典型というべきであるから、これを不正競争行為と定めて禁止する。
 この立法趣旨に鑑みれば、競業者に特許権等の知的財産権を侵害する行為があると、競業者の取引先等の第三者に対して警告を発したり、競業者による侵害の旨を広告宣伝する行為は、その後、特許庁又は裁判所の判断によって当該特許権等が無効となるか、または競業者の行為が当該特許権等を侵害しないことが確定した場合には、不競法2条1項13号所定の不正競争行為に該当するというべきである。
 しかし、他方、特許権等の知的財産権を行使する行為は、正当行為として許されるものであるから、特許法は、物の発明について、その物を生産する行為のみならず、その物を使用しあるいは譲渡する行為等をも、発明の実施としているから(特2条3項1号)、特許権者は、その競業者が当該特許権を侵害する製品を製造し、これを譲渡している場合に、その譲受人が業として当該製品を使用し、また再譲渡しているときには、特許権者は、競業者たる譲渡人のみならず、譲受人に対しても、その行為が特許権を侵害するとして責任を問うことは可能である。 
 そこで、競業者が特許権侵害を疑わせる製品(以下「侵害被疑製品」という。)を製造販売している場合に、特許権者が競業者の取引先に対し、競業者が製造し販売する当該製品が自己の特許権を侵害する旨を告知する行為が、虚偽の事実の告知として不正競争行為に該当することがあるかどうかが問題となる。
 特許権者が競業者の取引先に対して行う告知は、競業者の取引先に対して特許権に基づく権利を真に行使することを前提として、権利行使の一環として警告を行ったのであれば、当該告知は特許権の行使として正当な行為というべきである。しかし、外形的に権利行使の形式をとっていても、その実質がむしろ競業者の取引先に対する信用を毀損し、当該取引先との取引ないし市場での競争において優位に立つことを目的でされたものである場合には、当該告知の内容が結果的に虚偽であれば、不正競争行為として特許権者は責任を負うべきものと解するのが相当である。
 当該告知が、真に権利行使の一環としてされたものか、競業者の営業上の信用を毀損し市場での競争において優位に立つことを目的としてされたものかは、当該告知文書等の形式・文面のみによって決すべきでなく、当該告知に先立つ経緯、告知文書等の配布時期・期間、配布先の数・範囲、告知文書等の配布先である取引先の業種・事業内容、事業規模、競業者との関係・取引態様、当該侵害被疑製品への関与の態様、特許侵害争訟への対応能力、告知文書等の配布への当該取引先の対応、その後の特許権者及び当該取引先の行動等、諸般の事情を総合して判断するのが相当である。
2.これを本件についてみると、本件においては、(1)被告は、当初、原告との交渉を行ったが、交渉が進展しないことから、ソニーに本件書簡を送付したものであること、(2)本件書簡等のソニー宛ての書簡において、被告は、本件特許及び対応外国特許の内容を示した上で、ソニー自身の行為が特許権侵害に該当するから、自身の行為についての対応として自らの判断により交渉に応じてほしい旨を繰り返し述べていること、(3)ソニーは原告製品を用いてビデオテープを自ら製造販売しているのであり、単に侵害被疑製品の流通に関わるか又はこれを使用するだけの者とは異なること、(4)ソニーは世界有数の大企業であり、高度の技術陣を擁し、特許権侵害訴訟に対処する能力・経験を十分に有すること、(5)ソニーは、被告宛ての書簡で、特許侵害の有無について被告と直接議論しないことによる自身の危険を十分に承知していると述べていること、(6)現に、被告は、ソニー等を相手として、米国において訴訟を提起していること、といった事情が存在するから、これらの事情に照らせば、被告がソニーに対して本件書簡を始めとする一連の書簡を送付したのは、真にソニーに対して本件特許等の権利を行使することを前提として、訴訟提起に先立って直接の交渉を持つために行ったものと認めるのが相当である。
 そうであれば、被告がソニーに本件書簡等を送付した行為は、権利行使の一環として正当行為と評価すべきものであり、単に市場において優位な立場に立つことを目的として第三者に対して虚偽の陳述を行った行為と同視することはできず、不競法2条1項13号所定の不正競争行為に該当するとはいえない。
 なお、被告がソニーに送付した本件書簡を始めとする書簡においては、本件特許のみならず、米国第4290799号特許等の対応外国特許をも挙げて、原告製品がこれらの権利を侵害する旨が記載されていた。しかし、本件特許については、原告と被告との間で、原告製品について本件特許に基づく差止請求権等が存在しないことを確認する判決が確定しているし、前記米国特許等については、特許の有効性や原告製品が技術的範囲に属するかどうかの司法判断は示されておらず、現に米国特許についてこの点が米国裁判所において審理されている。
 被告によるソニーに対する特許侵害の指摘は、米国において販売されていたビデオテープについてされていたのであるから、ソニー宛ての書簡においては、前記米国特許の侵害が重要な比重を占めていたというべきところ、当該米国特許の侵害の点についての本件書簡の記載は、現時点においては、いまだこれを虚偽の事実ということはできない。したがって、この点からも、本件書簡の送付をもって、直ちに不競法2条1項13号所定の不正競争行為に該当するとはいえない。
論  説
 1.東京地裁判決は、特許権者が競業者のみならず、その取引先に対して特許権侵害に該当する行為(物の発明は、その物を使用,譲渡する行為をも発明の実施としているから、その取引先が業として当該製品を使用し,再譲渡する行為も含まれる。)には2つの場合があると考えた。一は権利行使の一環として警告を行う場合、他は外形的に権利行使の形式をとっていても、実質は競業者の取引先に対する信用を毀損し、当該取引先との取引や市場での競争において優位に立つことを目的とする場合であり、当該警告がどちらを目的とする場合に該当するかは、各種の事情を総合して判断するのが相当であるという。
 本件の場合は、ソニーに対する告知行為の前に原告と数次にわたるやり取りがあったこと、ソニーは米国における特許権侵害訴訟の当事者であるなど、純粋な第三者とはいえない立場にあったことなどの事実関係が重視されたといえる。
 そこで、本件警告の場合、前者に該当するものといえることから、不正競争行為とはならないと判断された。そして、この認定判断の理由は、東京高裁〔平13(ネ)5555平成14年8月29日判〕における控訴審でも認められた(最高裁HP)。
2.ところで、本件は、東京地裁判決が説示した競業者の取引先に対する警告目的の2つの場合のうち、前者に該当すると認定されたものであるが、後者に該当すると認定された事案が、本件判決後の平成14年2月14日に、同部に係属中の平13(ワ)27317号事件の反訴として請求された〔東京地平14(ワ)2980号〕。この判決では、被告意匠は本件意匠に類似しないし、本件意匠は意匠法3条2項に該当し登録無効の理由のあることが明らかであるから、原告が被告の取引先に警告書を送付した行為は、虚偽の事実の告知,流布に該当するとして反訴請求を認容し、被告各自が主張した各25万円の損害賠償額を認容した〔平成14年8月22日判/A−15参照〕。
 これに対し、東京高裁平14(ネ)4764号の控訴審では、本訴請求事件については、本件登録意匠には無効理由が存するから、本件意匠権に基づく差止めは権利の濫用に当たり、本訴請求は理由がないと認定しながら、反訴請求については、被告意匠は本件意匠と類似すると認定した上で、被控訴人(被告)らの反訴請求は、これが類似しないことを前提に、控訴人(原告)による本件警告書の内容が虚偽であることを理由に不正競争行為に該当すると主張するものであるから、その前提を欠く以上、反訴請求は理由がないとし、被控訴人らの反訴請求を棄却した〔平成14年12月12日判〕。
 この東京高裁は、特許権の技術的範囲や意匠権の類似範囲に属することが明らかな場合は、権利者による警告は虚偽の事実の告知,流布に当たらないから、反訴請求は理由がないと認定し、無効理由が明らかな場合は、請求権の行使は権利の濫用に当たるから、本訴請求は理由がないと認定し、区別している。
 しかし、疑問は、少なくとも警告当時は権利者として相手方の取引先に対する権利侵害の告知は真実であったが、請求されていた無効審判の審決が後日になってなされたときに、その結果を遡及させて、被告の行為は虚偽の事実を告知,流布した過失があったと認定することは、特許無効の遡及効(特125)との関係からやむを得ない判断ということになるのであろうか。
 しかし、前記東京地判平成14年8月22日にあっては、特許庁における無効審決が確定していたわけではないし、無効の適用規定は地裁では意匠法3条2項、高裁では3条1項3号であったから、地裁は一方的に心証を得ただけで虚偽の事実の告知と認定したことになり、説得力に欠ける判断といえる。
 最近、実用新案権の行使の一環として原告の取引先に対して警告した行為が、不正競争防止法2条1項14号に該当する不正競争行為と認定され、被告は原告に損害賠償の義務を負うと判示した中間判決が、やはり東京地裁民46部においてなされた〔平12(ワ)25382平成15年1月30日判/最高裁HP〕。中間判決ばやりの昨今、損害賠償金をどのように算定するかが注目される。

[牛木理一]