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「ポケット吸い殻入れ」商品形態・差止等請求事件:東京地裁平成8年(ワ)24887号平成11年3月29日判決(棄却)〔民29部〕

〔キーワード〕 
不競法2条1項1号、商品形態の特徴、当然有する機能、商品出所の識別力、商品表示の周知性

 

〔判示・認定事項〕 

  1. 原告製品の形態は、全体を見ると名刺に近いもので、その形態はありふれたものであり、特徴的なところは認められない。投入口の開閉、折込み易さ、シンプルさ、薄さは、前記形態を取るゆえに当然有する効果、機能である。
  2. 原告製品の発売以前(昭和44年10月)の吸い殻入れに原告製品のような形態のものがなく、その後も、被告製品を除いては、同様の形態のものがなかったことが認められるが、そうであっても、原告製品の形態には特徴的なところが認められない以上、その形態の識別力は乏しいといわざるを得ない。
  3. 原告製品の需要者は、宣伝広告媒体として原告製品を採用するに当たり、宣伝広告の効果や費用を十分に調査検討するものと推認されるから、原告製品は単に形態を見ただけで取引が行われているものではなく、需要者による慎重な検討を経て取引が行われたということができる。そして、原告製品の形態には、特徴的なところが認められないことを総合すると、原告製品が新聞等で取り上げられ、多数納入された事実があるとしても、原告製品の需要者が、形態により原告製品の出所を識別していたとまで認めることはできない。したがって、昭和47年頃に、原告の商品表示として周知であったとは認められないし、それ以降、現在に至るまでも、原告の商品表示として周知であったとは認められない。
  4. 「ポケット吸いがら入れ」という表示は、携帯用の小型の吸い殻入れである原告製品につき、その用途、形状を普通に用いられる方法で表現したもので、それ自体が出所の識別機能を備える表示であるとは認められない。
  5. 需要者は、宣伝広告媒体として適当と判断して原告製品を採用するものと推認され、また、需要者は取引に際し、掲載する宣伝広告について原告と交渉した上で注文すると認められるから、特に「ポケット吸いがら入れ」という表示に注目して取引が行われるものではない。
  6. 原告製品が新聞等で取り上げられ、多数納入された事実があるとしても、「ポケット吸いがら入れ」という表示が昭和47年ころ、原告の商品表示として周知であったとまでは認められないし、それ以降、現在に至るまでも、原告の商品表示して周知であったとは認められない。

 

〔事  実〕

 

1 原告(E社)は、昭和44年10月から原告製品を製造販売し、被告(D社)は、平成8年6月頃には被告製品を製造販売していた。両製品の形態は、切り込み線の位置が、原告製品では上辺から約13mmであるのに対し、被告製品では上辺から約16mmであるほかは、ほぼ同一であった。原告製品には「ポケット吸いがら入れ」の表示が、被告製品には「ポケット吸殻入れ」の表示が付されていた。
 そこで、原告は、第一物件目録記載の吸い殻入れ用袋の形態と原告製品に付した「ポケット吸いがら入れ」の表示が、原告の商品表示として周知であり、被告が平成5年から第二物件目録記載の吸い殻入れ用袋を製造販売したことにより、原告製品との混同を生じたとして、不競法2条1項1号、3条に基づき、被告製品の製造販売、上記表示の使用の差止め、被告占有の被告製品の廃棄を求め、また同法4条に基づき、損害賠償として金750万円の支払いを求めた。
〔争  点〕
1.原告製品の形態は、昭和47年頃には、原告の商品表示として周知であったか。
2.「ポケット吸いがら入れ」という表示は、昭和47年頃には、原告の商品表示として周知であったか。
3.損害額

 

〔判  断〕

 

一 争点1について
1(一) 〈証拠〉及び弁論の全趣旨によると、原告製品の形態は、縦95mm,横65mmの矩形であって、上辺から約13mm離れたところに、上辺と平行に切り込みが設けられており、厚さは約0.1ないし0.2mmであることが認められる。原告製品の形態は、全体を見ると名刺に近いものであり、その形態は、ありふれたものであって、特徴的なところは認められない。
 原告は、原告製品がかさばらず、重さが極めて軽量であること、原告製品の表裏両面に宣伝広告文字を印刷することができること、上端からやや離れたところに切り込みを設けて投入口としたことにより、投入口の開閉、折込がしやすく、かつシンプルさ、薄さが維持されていることなどを、原告製品の特異性として挙げている。しかし、これらは、原告製品が、前記認定のような形態をとるがゆえに当然有する効果、機能であって、これらについても、特徴的なところは認められない。
(二) 〈証拠〉及び弁論の全趣旨によると、原告製品の発売以前の吸い殻入れに原告製品のような形態のものがなく、その後も、被告製品を除いては、同様の形態のものがなかったことが認められるが、そうであっても、右のとおり、原告製品の形態には、特徴的なところが認められない以上、その形態の識別力は乏しいといわざるを得ない。
2(一) 〈証拠〉及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。原告代表者は、昭和44年ころ、出願中であった煙草の吸い殻入れ用袋の実用新案の実施許諾を得て、原告製品の商品化を行った。原告製品は、携帯用の吸い殻入れの機能を備えており、原告は、注文者の希望する宣伝広告を原告製品の表裏面に掲載した上で、原告製品を注文者に納入していた。原告は、昭和44年10月には50万枚を日本専売公社に納入し、同年12月には25万枚をS製薬に納入した。
 原告代表者は、歌手の遠山一を代表者として「日本を美しくする会」を結成し、その事務局長に就任した。
 日本を美しくする会は、自治省消防庁に原告製品の検査と後援を依頼し、昭和45年1月14日、その後援の許諾を得、同年6月24日、日本専売公社の後援を得た。日本を美しくする会は、これらの後援の下、各企業、公共団体に対して、原告製品を用いたクリーン運動に参加するように呼びかけた。
 原告製品は、昭和47年7月には、連合赤軍浅間山荘事件で出動した機動隊員に配布され、続いて同年11月には総選挙に向けて自治省の委託を受けた公明選挙連盟によって全国的に配布され、昭和48年3月には、日本専売公社によって沖縄特別国体、海洋博覧会の宣伝に採用されて、煙草販売店などを通じて配布された。原告製品は、週刊朝日や週刊読売などの週刊誌において紹介されたほか、昭和46年8月30日、福日新聞、同年12月23日、熊本日日新聞、昭和47年4月30日、北海道新聞、同年6月3日、中日新聞、同年7月5日、朝日新聞、同月21日、新潟日報、同年11月17日、読売新聞、サンケイ新聞、中国新聞、愛媛新聞、大分合同新聞、昭和48年3月31日、琉球新報の各記事によって紹介された。こうした状況の下において、原告製品の需要は増加し、同年8月には神奈川県箱根町のクリーン運動に採用され、京浜急行や日本たばこ産業などの企業や静岡県、滋賀県などの公共団体により宣伝広告の媒体として使われた。
 原告製品の販売実績は、別紙販売実績目録のとおりであり、昭和44年から平成8年4月までの合計販売数は、約2億0600万枚であった。
(二) 右(一)の認定事実によると、原告製品は、平成8年4月までに、新聞、雑誌等で取り上げられて紹介されたことがあるほか、企業や公共団体等に対して多数納入されたことが認められる。
 ところで、右(一)の認定事実及び弁論の全趣旨によると、原告製品の需要者は、原告製品に宣伝広告を掲載することを希望する企業等の事業者や公共団体等であることが認められるが、これらの需要者は、宣伝広告媒体として原告製品を採用するに当たり、宣伝広告の効果や費用を十分に調査検討するものと推認され、原告製品についても、原告製品は、受け取った者が一定期間所持し吸い殻入れとして使用するから、宣伝広告としての機能が持続すること、原告製品は価格が安く、大量の配布が可能であることなどを考慮し、宣伝広告の媒体として適当であると判断して採用するものと推認される。また、原告製品は、需要者の希望する宣伝広告を掲載して納入されるものであるから、需要者は、取引に際して、掲載する宣伝広告について原告と交渉等を経た上で注文するものと認められる。そうすると、原告製品は、単に形態を見ただけで取引が行われているものではなく、需要者による以上のような慎重な検討を経て取引が行われているということができる。そして、この事実に、原告が、原告製品について、これらの需要者に向けて、宣伝広告をしたことを認めるに足りる証拠がないこと、右(一)掲載の証拠によると、原告製品を取り上げて紹介した新聞等において、原告製品の形態を細かいところまで特定して紹介しているわけではないと認められること、右1のとおり、原告製品の形態には、特徴的なところが認められないことを総合すると、右のとおり原告製品が新聞等で取り上げられ、多数納入された事実があるとしても、原告製品の需要者が、形態により原告製品の出所を識別していたとまで認めることはできない。
3 以上によると、原告製品の形態は、原告製品の出所を識別させる機能を備えていたとまでは認められず、原告製品の形態は、昭和47年ころに、原告の商品表示として周知であったとは認められないし、それ以後、現在に至るまでも、原告の商品表示として周知であったとは認められない。
二 争点2について
1 〈証拠〉及び弁論の全趣旨によると、「ポケット」という言葉は、「ポケットチーフ」、「ポケットブック」、「ポケットベル」など、他の言葉の前に付けて、「小さな」、「小型の」という意味で普通に用いられて、その旨国語辞典にも記載されていることが認められる。また、「吸いがら入れ」という言葉が普通名詞であることは明らかである。さらに、〈証拠〉によると、原告製品及び被告製品以外の携帯用吸い殻入れに、「ポケット吸いがら入れ」、「ポケット灰皿」という名称を付した製品が複数存在することが認められる。
 したがって、「ポケット吸いがら入れ」という表示は、携帯用の小型の吸い殻入れである原告製品につき、その用途、形状を普通に用いられる方法で表現したものであり、それ自体が出所の識別機能を備える表示であるとは認められない。
2 また、右一2(一)のとおり、原告製品は、平成8年4月までに、新聞、雑誌等で取り上げられて紹介されたことがあるほか、企業や公共団体等に対して多数納入されたことが認められる。しかし、右一2(二)のとおり、需要者は、宣伝広告の媒体として適当であると判断して原告製品を採用するものと推認され、また、需要者は、取引に際して、掲載する宣伝広告について原告と交渉等を経た上で、注文するものと認められるから、特に「ポケット吸いがら入れ」という表示に注目して取引が行われているものではない。さらに、右一2(二)のとおり、原告が、原告製品について、これらの需要者に向けて、宣伝広告をしたことを認めるに足りる証拠はなく、右一2(二)掲載の証拠によると、原告製品を取り上げて紹介した新聞等においても、常に「ポケット吸いがら入れ」という名称が紹介されているわけではないと認められ、昭和49年以降においては、原告製品が雑誌や新聞に取り上げられたことを認めるに足りる証拠はない。
3 そうすると、右のとおり原告製品が新聞等で取り上げられ、多数納入された事実があるとしても、「ポケット吸いがら入れ」という表示が、昭和47年ころに、原告の商品表示として周知であったとまでは認められないし、それ以後、現在に至るまでも、原告の商品表示として周知であったとは認められない。
〔研  究〕
 まず、この判決の事実認定には疑問がある。
 原告製品の形態は、タテ95mm、ヨコ65mmの矩形で、上辺から約13mm離れたところに上辺と平行に切り込みがあり、厚さは0.1〜0.2mmであり、その全体は名刺に近いから、その形態はありふれたもので、特徴的なところは認められないと認定した。さらに、原告製品がかさばらず、軽量で宣伝広告媒体になり、投入口の開閉、折込みがし易く、薄いなどの特異性については、当然有する効果、機能であり、これについても特徴的なところは認められないと認定した。
 しかし、原告製品のような商品は、その発売以前には全く存しなかったのだから、新種商品であったわけで、それだけでもその商品形態には特徴があると認めるべきものであった。そのような特徴が認められるものである以上、従来これと比較になるような商品形態は存しないことから、商品形態の独自性を発揮しており、自他商品の識別力は十分有していたと認めるべきであっただろう。
 原告製品のごとき新種商品は、実用的目的で創作されたものであり、携帯用の灰皿としての機能を発揮するものではあるけれども、同時にその全体の形態からは、模様や色彩の表現とは別に、看者に何らかの美感を引き起させているものである。
 そのような商品が、各種商品やサービスの宣伝広告媒体となっていたとしても、そのことによって原告製品の形態が商品表示性を発揮していないことにはならないし、原告製品の広告媒体として使用されている数の巨大さを考え、また最初の販売時には、従来他に存したものがなかった新種商品であったことを考えるならば、昭和47年当時、その製品の形態自体は、すでに原告の商品表示として需要者間に周知となっていることを否定することは不可能であると考えられる。
 しかし、もし原告が当時他の競争会社も同一製品を製造販売したのを見逃していたとすれば、自社の周知の商品形態についての希釈化現象の発生を野放しにしていたことになったという弱点があるから、それに伴う自己責任を負わなければならないだろう。
 その意味では、判決の結論はやむを得ないのかも知れない。

[牛木理一]