第1.1−3

改正意匠法案を批判する

 

はじめに
1.意匠の類否判断の基準について
 1.1 規定の位置
 1.2 登録意匠の構造
 1.3 美感と創作
 1.4 意匠の特殊性
 1.5 美的特徴と創作体
 1.6 現象としての意匠
 1.7 意匠の定義との関係
 1.8 実用新案との違い
 1.9 類否判断と混同
 1.10 最高裁判決の意義
 1.11 最高裁判決にいう需要者と美感
 1.12 最高裁判決の真意
 1.13 判断主体を規定することの実益
 1.14 むすび
2.意匠権の存続期間について
3.主なパブリックコメントから
 3.1 権利期間の延長
 3.2 意匠の類似の範囲の明確化
 3.3 無審査登録制度の導入によるダブルトラック化
 3.4 関連意匠制度の見直し
 3.5 その他
むすび




はじめに

 特許庁は今年3月7日、「意匠法等の一部を改正する法律案」と題する法案を国会に提出した(参議院先議)。今回提出した法案の表題を見ると、意匠法が改正の主役であり、商標法,特許法,実用新案法及び不正競争防止法は脇役的な改正となっている。
 さて、この法案によると、主役の意匠法の改正点は「デザインの保護」として次の6点が挙げられている中で、意匠法の在り方にとってもっとも重大かつ本質的な問題は、Bの「意匠の類否判断基準」についてである。
 @意匠権の存続期間を延長する。(登録から15年→20年)
 A情報家電等の操作画面のデザインの保護対象を拡大する。
 (初期画面以外の画面や別の表示機器に表示される画面)
 B意匠の類似判断は需要者(消費者、取引業者)の視覚による美感に基づい
 て行うことを明確化する。
 Cデザインのバリエーション(関連意匠)や部品・部分のデザイン(部分意
 匠)の出願期限を延長する。
 D秘密意匠制度(3年を限度に登録意匠を公開しない制度)の請求可能時期
 の追加を行う。(出願と同日のみ→登録料納付時も可能に)
 E公知となった自らの意匠によって出願した意匠が新規でないとされないた
 めの証明書類の提出期限を延長する。(出願から14日以内→30日以内)
 そこで、私は、本誌2005年12月号から2006年3月号の四回にわたって論じた「意匠法改正問題の論点」に引き続き、目の前に出されたBの意匠の類否判断基準に関する規定について大きく取り上げたい。3月15日に公表された1月25日開会の第10回小委員会議事録を見ると、案の定、この改正規定の内容について議論が集中したことがわかるから、この小委員会における応酬についても紹介する。
 また、3月15日に公表されたパブリックコメントの結果についても、いくつかの重要点を取り上げる。
 なお、ここで論述することの中には、すでに本誌で論述してしまっている部分もあるが、問題の展開上、繰返し触れざるを得なくなったものもあることをお赦しいただきたい。


1.意匠の類否判断の基準について
 昨年12月に発表された「報告書」では、「意匠の類否判断を明確化するため、意匠の類似について、最高裁判例、裁判例等において説示されている需要者からみた意匠の美感の類否であることを明確にすることが適切であると考えられる。」と述べられている。
 これを受けて「デザインの保護」と題された前記6つの改正点のうち、最大の問題点は、「意匠の類似判断は需要者(消費者、取引業者)の視覚による美感に基づいて行うことを明確化する。」である。
 意匠の類否判断の基準を考えるとき二つの大きな問題がある。一つは人的基準、二つは物的基準である。今回の法改正は、立法でこの二つの基準を確立して、意匠法でもっとも難題の意匠の類否判断の問題を一気に解決しようとしているように見えるが、果してその首尾は成功したといえるだろうか。
1.1 規定の位置
 「登録意匠とそれ以外の意匠が類似であるか否かの判断は、需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行うものとする。」
 この規定は、意匠法等の一部を改正する法律案要綱の「第八 意匠の類似の範囲の明確化」の中の問題とされている。すると、これは意匠法の中で最大のキーワードである「意匠の類似」という概念を第2条の定義条項で規定しているかと思いきや、そうではない。それでは、「第3条の3」としてかと思いきや、そうでもない。では「第23条2項」としてかと思いきや、それも違う。それは意外にも、「第24条2項」として規定するのであった。
 現行意匠法第24条の見出しは「登録意匠の範囲」であり、これは登録意匠の類似のこととは無関係の規定であるから、もし「登録意匠」が主語であり、それに類似する意匠との関係を規定するのであれば、第23条2項の方がまだ適切である。しかし、意匠の類似の問題は、登録意匠のみならず、出願意匠についても同様にあるのだから、このような規定をどうしても入れたいのであれば、その位置関係に十分留意すべきであるところ、詳細については後述する。
1.2 登録意匠の構造
 ところで、意匠権の実体である登録意匠は、多種多様な形態の構成要素から成り立っているものである。その登録意匠を抽象的に図解するならば、次のようなピラミッド形の構造から成り立っているといえる。




 (A) 物品自体が存在するために本来属性として固有する基本的形態
 (B) 当該物品において、古くから広く知られている周知的形態
 (C) 当該物品において、事実上公然と実施されている公知的形態
 (D) 当該物品において、刊行物に記載された又はインターネットを通じて
    公衆に利用可能となった公知的意匠
 このうち、物品の基本的形態(A)は、何人も概念的には、物品の用途,機能,性質などの属性からある程度把握することができるであろうが、周知的形態(B)と公知的形態(C)との間には具体的に判然と区別できないものが多い。後者の場合、事実関係についていえば、周知とは誰もが知っているから殆ど立証の必要がないほどの形態、公知とは誰もが知っているとはいえないから立証が必要な形態、ということができよう。
 また、同じ公知的形態であっても、(C)と(D)との間には事実上大きな相違がある。即ち、(C)の公知的形態は、現実に公然と実施されて知られた事実が立証される必要があるのに対し、(D)の公知的形態は、現実に知られていなくても、公然と知られ得る状態にある事実が立証されればよい。この2つの公知的形態の内容相違を指摘している裁判例は多いが,(1)現行意匠法3条2項の規定は、同法3条1項の1号と2号との違いを意識した上で、1号の場合だけを予想した規定となっているから、(2)特許庁審査官・審判官そして裁判官はその適用に注意すべきである。
 なお、意匠法5条3号や不競法2条1項3号に規定する「物品(商品)の機能を確保するために不可欠な形態」とは、前記(A)の基本的形態は含まれるものと解することができる。関係者はまた、「物品」と「商品」との違いをよく認識すべきである。
 しかし、「意匠の類似」の問題は、登録意匠との関係だけではなく、出願意匠との関係も当然あるのだから、意匠法全体を考えるならば、やはり第2条の定義規定において用語の概念として規定すべきである。ここに規定すれば、出願,登録,その他を問わず、意匠法において重要な用語を意匠法を通して解釈の根拠として使用することができるから、われわれ関係者は迷うことはない。
 ところが、第24条又は第23条に規定することは、特に「登録意匠」に限定されることになるから、「出願意匠」には適用されないと解することになるが、それでよいのだろうか。否である。
1.3 美感と創作
 次に「登録意匠」と類似するか否かの問題は、自己の他の意匠が自己の登録意匠と類似する範囲に属するか否かを考えるばかりでなく、他人の意匠が自己の登録意匠と類似する範囲に属するか否かを考えることにもなるから、意匠権侵害事件に直に関係する。
 すると、侵害訴訟において被告側は、抗弁として、当該物品が固有する基本的形態や周知公知的意匠を証拠として提出する意味がなくなることになる。また、登録意匠の類似範囲の縮小限定論や全部公知による登録無効論による権利濫用の判決はできなくなる。けだし、判断主体となる需要者にとっては、裁判所で後出しされる公知意匠の資料などは、単に意匠全体を対比して美感の異同を判断するだけの作業であれば無関係なことであるばかりでなく、需要者は当該物品の基本的形態や周知公知的意匠が何んであるかについての知識などは殆ど持っていないからである。
 にもかかわらず、前記のような新規定は、今までに侵害裁判所が裁判例として確立してきた努力が水泡に帰してしまうことになりかねないが、これに対して立法者はどう答えるのか。
 立法者としては本当に「第24条2項」の内容のような規定の導入を考えているのであれば、意匠法第1条その他の規定の中から「意匠の創作」なるものを削除すべきであろう。
 また、登録意匠に対して適用するだけではなく、登録意匠を発生する基因となる出願意匠自体が美感性を欠除したものであった場合には、第3条1項柱書にいう「意匠の創作」をしたものではないことになるから、それだけの理由で登録無効の審判請求をすることが可能となる。
 のみならず、審査においてはこれまで、出願意匠の美感性の有無などは対象とならなかったのが真相であるところ、今後は美感性を審査対象とし、専ら引用意匠との間の美感の異同によって意匠の類否を判断しなければならないことになる。しかし、意匠の創作を奨励することを目的とするわが国意匠法と矛盾することになり、おかしいではないか。
 専ら美感の類否で意匠の類否判断をするというのであれば、立法者は、意匠権侵害訴訟において蓄積された公知例を参酌した多くの裁判例を否定することになるばかりでなく、意匠法第41条で準用する特許法第104条の3の規定とも整合しなくなる。登録意匠がなぜ無効となるのかを考えるべきである。意匠法では美感がないことを理由とする無効の蓋然性がある場合のみを予想しているのだろうか。
 結局、今回この規定を立法した者(行政官)は、知的財産法という法体系の中における意匠法の本質や意匠という存在の特殊性をよく理解していない者といわねばならないのである。それについては、次によく説明する。
1.4 意匠の特殊性
 意匠法にいう「意匠」の定義規定(2条1項)を読むと、意匠とは人間の創作活動において、右脳細胞と左脳細胞の2つの別領域にわたる活動範囲をもっているものであることがわかる。「物品(物品の部分を含む。)の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合である」とは、理性が支配する左脳の対象となるものであり、「視覚を通じて美感を起させるもの」とは、感性が支配する右脳の対象となるものである。この事実は、同じ産業上の創作保護法とはいえ、特許法の発明と実用新案法の考案とが、創作程度の差こそあれ、「自然法則を利用した技術的思想の創作」という専ら理性が支配する左脳の対象となるものと違うところである。
 意匠は前記のように、まず感性が支配する右脳の対象となる点では美術作品と共通の創作領域をもち、工業的に生産され日常使用される物品への表現物である他律性が成立要件となる点では、すべてから自由な表現物である自律性が成立要件となる美術作品とは異質のものである。
 しかし、絵画の場合のみならず、図面や写真によって表現される意匠の形態についても、それを言葉で表現することは非常に難しいことを、われわれは経験上知っている。しかも、外観にとどまらずその中味に立ち入らなければならない意匠の類否判断を行う者は、感性と理性と悟性の全人格的能力を発揮しなければならないのであり、その意味で、その苦労たるや特許発明の審査や鑑定を行う者の比ではない。これが、知的財産の中でも意匠はわからないと言わせる特殊性と困難性の所以である。
1.5 美的特徴と創作体
 物品への一つの具体的な創作の表現において、デザイナーにとってもっとも重大な関心事は、かれの頭脳と感覚の中にある「美的特徴」がそこに表現されているかどうかである。
 物品において発揮しているこの「美的特徴」は、客観的に論理的に判断されるとき、「意匠の要部」といわれるものである。したがって、意匠の類否判断において、意匠の要部はどこにあるかといわれる意味は、その物品の形態が発揮している美的特徴のことである。物品の新しい外観をかたちづくるときには、デザイナーによる創作活動があり、この創作活動の結果として美的特徴がどこかに発揮されている形態を有する物品が完成し、それがいわゆる意匠の要部を構成することになる。したがって、意匠の類否を判断する者は、物品におけるこのような意匠の創作の要部、即ち美的特徴を的確に把握しなければならないのである。
 このように、物品の形状や模様などの外観について、同一の美的特徴を発揮していると見られる意匠を同一の創作体の範囲に属する意匠というとき、それを意匠法では「類似する意匠」という。
 意匠法が、他人の登録意匠や公知意匠に類似する意匠の出願を拒絶してこのような意匠を保護するのは、その意匠が発揮している美的特徴と同一の特徴を発揮する意匠は、先行する意匠の創作体の範囲に潜在的に存するものだからである。
 また、美的特徴が同一であるということは、まず物品の形状や模様を見てする感性による判断であるから、それにより同一の創作体の範囲に属し意匠が類似であると判断する前提には、物品の類似性の問題が当然出てくることになる。
 物品の類否は用途や機能などによって決められるものであるところ、一つの創作体が発揮している美的特徴は物品の形状や模様という形式に表現されるから、その美的特徴の表現には、意匠の他律性からおのずから限界があることになる。そして、類似の物品もまた、意匠の類否を決めるときの条件となる。
 このように、同一および類似の物品内における同一の美的特徴を有する形態は、同一の意匠の創作体の範囲にあることから、類似の意匠と呼ばれることになり、登録意匠や公知意匠は積極的または消極的に保護を受けることになる。そして、一定範囲を有する意匠の創作体を保護することは、意匠法の目的に適うことになる。
1.6 現象としての意匠
 そこで、登録意匠に類似して侵害となる意匠とは、意匠に係る物品がどのような形態をしているのかといえば、次のようにまとめることができる。
 具象的には、人が視覚を通じて2つの“物品”の形態を対比して見たとき、その物品の外観から受ける美感や印象を同じくするものであり、その結果、流通の場において2つの“商品”を取引者需要者が混同することになるのであり、抽象的には、具象的形態の背後にある2つの意匠の形態をつくり出した創作体が同一であることを意味する。したがって、逆にいえば、同一の創作体から発生している形態は、その外観から受ける美感や印象が同じものであり、その結果としてほぼ混同を来たすことになるというのである。
 意匠をめぐるこのような現象は、原因と結果に分けて考えることができる。ここにいう原因とは、意匠の創作をいう。即ち、この世に意匠が存在して意匠権が発生するためには、まずデザイナーによる創作ありきという原因があるのであり、逆のまず需要者による混同があるのではない。この原因に目をやれば、意匠の創作を保護するのが意匠法であることになる。その意味から、意匠法は創作者を含む当業者を保護する法律であり、意匠の類否判断は当業者の立場からなされなければならなくなると自然に考えることになる。
 これに対し、結果に目をやれば、需要者を流通の場における意匠(商品形態)の混同から保護するのは不正競争防止法と考えることになる。
 この現象を図示すれば、次のようになる。




 以上において、私が「美感」や「美的特徴」という言葉を使っている裏では、創作体に及ぶ感性−理性−悟性という精神作用を経ることによる意匠の特殊性と類否判断の困難性を示唆しているのである。

1.7 意匠の定義との関係
 意匠法は、「意匠」を定義して、「物品」(物品の部分を含む。)の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって、視覚を通じて美感を起させるものをいう。」(意2条1項)と規定する。
 需要者という名の人には、性別,年齢,学歴,職業,経験,知識,性格,気質,環境,状況など思いつくような様々な条件によって千差万別であることは当然のことであるところ、法律がもし二つの同一物品の外観形態を見ての類否判断には日本人共通の普遍性があると考えているとすれば、それは全くの迷信である。したがって、もし人の観察眼が単に生理的現象としての美感や印象に留まっているのであれば、正確な意匠の類否判断などはできるはずがない。
 意匠権侵害事件においてまず問題となる、登録意匠が新規性や創作力などの登録要件を具備しているか否かを判断する時点はその意匠の出願時であるから、登録意匠の範囲はその出願時に確定しているということができる即ち、出願時における物的基準が問題となるのであって、出願時における人的基準が問題となることはない。そしてこの両基準は、特許権及び実用新案権の場合と全く共通である。したがって、そこでは人的基準としての需要者が出る幕は全くないのが真実である。
 また、「視覚を通じて」とは、人が単に生理的に肉眼を通じて物品の形態を見るというだけではなく、実はその形態を見て通すという意味に解さなければ、定義の真意はわからない。
 人が見て通すということは、物品の外観形態を漫然と眺めるということではなく、その表現物の意味内容を把握することである。意匠の類否判断をするときに、当該意匠の創作の要部を把握しなければならないということは、正に意匠を見て通す作業である。これによって、意匠の類否判断にはじめて客観性をもたらすことができるのである。
 また、「美感を起こさせる」とは、視覚を通じて物品の外観形態を見たときに、看者に何らかの美しい感じを抱かせることをいうから、何らかの美感も起させないような意匠は、意匠法上の意匠とはいえない。
 しかし、ここに「美感」とは、実用新案法が保護対象とする「物品の形状」とを区別するために注意的に明記しただけにすぎないものと解すべきである。
1.8 実用新案との違い
 同じく物品を保護対象とする実用新案法上の「考案」は、自然法則を利用した技術的思想の創作をいうと定義するが、そのような考案は、「物品の形状、構造又は組合せに係る」ものでなければならない、と同法第1条は規定する。ここに「物品の形状」とは、前記意匠法が保護対象とする「物品の形状」と同一の概念である。
 そこで、二つの「物品の形状」を区別して各法の保護対象の違いを決める要素はといえば、前記の「美感」の有無である。したがって、意匠法が意匠の定義において、「美感」を成立要件としている理由は、実用新案法の保護対象と区別しているだけのことであるから、ことさら意匠法の定義規定にある「美感」を、意匠の類否判断の基準にまで高揚しなければならない必然性は全くない。
 ということは、意匠法2条1項の意匠の定義で「美感を起させるもの」とあるのは、実用新案法が保護対象とする物品の形状と区別するための注意的な言語にすぎない。昭和34年法のモデルとなった英国登録デザイン法1949の1条(3)項の定義規定の中には、「視覚によって(by the eye)」の要件はあっても、「美感」という要件は見られない。
1.9 類否判断と混同
 侵害裁判所が意匠の類否判断をする際に、「美感」・「印象」・「注意」の概念を使用するのは、前記図示のとおり、対比する登録意匠とイ号意匠との各形態に表われている現象を見ているからであるが、実はその現象を通して創作体という実体を見なければ類否判断をしたことにはならない。即ち、登録意匠に係る物品の形態を表現している原因である創作の何たるかを把握しなければならないということである。
 しかる後に、イ号意匠が本件登録意匠の創作体を具備しているか否かを、その形態を見て通して判断するのである。それが意匠の類否判断というものである。
 これに対し、いわゆる意匠の類似についての混同説は意匠法にとっては問題外の説であり、商標法や不正競争防止法における「類似」と混同している考え方であるといわねばならない。
 ところが、1月25日の会議の議事録を見ると、峯委員(弁理士)や牧野委員(元東京高裁判事)の痛烈な指摘にもかかわらず審議室側の答弁は、「意匠法自体が保護しおうとするのは、当然そのデザインでございますけれども、実際にそれを評価するフィールドというのはやはり市場ということでございます。商標的な誤認・混同の方に傾くというよりも、意匠法の前提として、そうした経済活動というもの、あるいは需要者といったものを前提にした議論というものはそれほどおかしいものではないのではないかと思っております。」と、反意匠法的で親商標法的な考え方をしている。
 しかしながら、意匠法や登録意匠について、立法者がこの程度の認識であるとすれば、同じレベルから特許法や特許発明を論じても商標法的な議論しかできないことになるだろう。これでは、独自の見解を述べているようなものである。
 繰返しになるが、私が前記した原因−現象−結果の図表の関係と意味をよく考えていただきたいと思う。
1.10 最高裁判決の意義
 報告書によれば、意匠の類似範囲の明確化のためには、「意匠の類否判断は、現在の公知意匠の参酌、意匠の要部の認定、意匠の全体観察等の複数の観点をまとめた総合的な判断であり、物品の形状に関する美感の評価であることから、客観的な分析や定量化が難しい側面があるが、判断主体の視点を明確にすることにより、簡潔で明瞭な説明が可能となると考えられる。」と結論づけている。
 また、「意匠の類似概念は、意匠の根幹をなす意匠の登録要件や意匠権の効力範囲を規定するものであるから、統一性をもって判断されることが望ましいと考えられる。」と述べられている。
 そうであれば、本規定の位置づけは、第24条2項ではなく、意匠法の総則ともいうべき第2条の定義規定にあるべきである。
 それを証明するように同報告書が、「意匠の類否判断を明確化するため、意匠の類似について、最高裁判例、裁判例等において説示されている需要者からみた意匠の美感の類否であることを明確にすることが適切であると考えられる。」と述べていることは、出願意匠に対してのことである。即ち、報告書が挙げている最高裁の2つの判例とは、(4)「可撓伸縮ホース」(最高判昭和49年3月19日と(5)「帽子」(最高判昭和50年2月28日に係る意匠登録出願に関し、意匠法3条1項3号と3条2項との適用をめぐる事件であり、いずれも同時期頃になされた判決があるところ、前者判決について、当時の最高裁調査官の佐藤繁判事は次のように解説している(6)
 「意匠が権利として独占的保護に値するのは、それが頭脳の創造的活動の所産としての創作であるためである。創作でない意匠は保護に値しない。しかし、この意味の創作性を要件としたところで、具体的にいかなる意匠をもって創作とみるか直には明らかになるわけではない。そこで、法はその標準を二つに分けて規定した。その一つは、客観的標準ともいうべきもので、従来未知のものとして評価される意匠であるかどうかということであり(3条1項)、他の一つは、主観的標準ともいうべきもので、その創作過程において独創力を用いたとみられる意匠であるかどうかということである(同条2項)。この二つは、ともに創作性の要件に関するものではあるが、それぞれ異なる観点から右の要件を具体化したものとみることができるのであり、意匠の類否は前者の範疇に属する。このような見地に立ち、意匠が看者の視覚を通じて美感を起こさせるものである(2条1項)ことから考えると、同一又は類似の物品の公知意匠と構成要素において部分的差異があっても、その全体より生ずる美感ないし意匠的効果の面においてなんら異なるところのない意匠は、本質的に公知意匠に含まれるものであり、創作として未知のものと評価するに値しない。法3条1項3号は、かかる意匠を、公知意匠そのものと同一の意匠に準じ、類似の意匠として登録しないこととしたものである。その意匠を考案するについて独創力を要したか否かは、それより生ずる美感ないし意匠的効果の異同の判断には直接関係せず、それは同条2項において問題とされるべき事柄である。」(最高裁民事判例解説 昭和49年 318頁)
 最高裁判決について、このように解説されたのち佐藤繁判事は、「その類否判断の人的基準を『一般的需要者』としていることから、前述の物品混同説と結びつけて理解する向きがあるとすれば、おそらく判決の真意ではないであろう。」(同325頁)と警告している。したがって、審議室側の前記のような理解と答弁は明らかに誤りである。
1.11 最高裁判決にいう需要者と美感
 需要者といい一般需要者といい、このような人的基準は極めて抽象的な概念であるが、これは創作者の立場を離れた商標法や不正競争防止法において採用されている人的基準である。特許法とならんで創作保護法である意匠法における登録要件の新規性及び創作力の判断基準日はその意匠の出願日であるから、需要者が判断主体として顔を出すことはない。そして、意匠の人的判断基準として、物品(製品)に創作される意匠(デザイン)は製造者(デザイナー)ないし当業者の立場からの判断基準を確立しなければ、意匠法の目的は達成されないことになる。にもかかわらず、なぜ商品が相手の消費者を含む需要者の立場を判断主体としなければならないのか、審議室側の説明はしっかりせず、きわめて曖昧である。
 「需要者」の問題について、峯委員の質問に対して答えている審議室側の答弁を整理すると次のようになる。
「問題意識としては繰り返しでございますが、意匠権の範囲の予見可能性というのが非常に狭いと、すなわち類否の判断の基礎というものがきちんと定まっていないのではないかということでございます。例えば看者ということである場合には、当業者、デザイナーなりある場合には需要者となるということでございます。これにつきましては、既に最高裁判例におきまして、需要者に与える美感というものを基礎とするということが既に定着をしております。それをはっきりさせることによって、類否判断の手法や類否判断の基準をつくる場合にも、まず、その主体というものをはっきりさせることによって、明確化が図られると考えているところでございます。」
 また、峯委員が「そうすると各事案において、需要者がだれなのかということを個別に特定しなければいけない。そういう作業がさらに加わってくるのではないか。その特定次第によっては、類否判断において、細かさ、視点というものがまた変わってくるかもしれない。とするならば、この「需要者」という言葉をいれることで創作者の目で判断するということを否定したいという趣旨だと、以前にお伺いいたしましたけれども、そのことを離れて、さらに需要者はだれなのだということについて、新たな問題を引き起こすおそれがある、そういう問題をはらんでいるのではないかと思いますが、それはいかがでしょうか。」と質問しているのに対し、次のように答弁している。
「そこは物品の性格によって、当然に需要者の性格というのは変わってくると思います。結局この需要者、ある物品にとって最も経済的な価値を評価し得る需要者というところが実際には判断の基準になってくるのではないかというふうに考えております。」
 さらに、峯委員が「ここで一たん『需要者』という言葉が入ってきますと、客観的な看者、想像上の判断者である看者というものが需要者という市場における個々の集合体として、あたかも現実に存在し得る、あるいは現実に存在する観察者であるかのように位置づけられるようになりはしないか。そして、その結果として、市場における混同という面が強調されて、現在では運用を変えないというお気持ちかと思いますが、次第に、5年、10年経るうちに需要という言葉に基づいて混同というような方向に強く傾いていく、そういうおそれはないのでしょうか。」と迫ったのに対し、次のように答弁している。
「ご指摘の点は、創作法である意匠法というものが、商標的な誤認・混同説に傾いていく可能性がないかということでございますけれども、意匠法自体が保護しようとするのは、当然そのデザインでございますけれども、実際にそれを評価するフィールドというのはやはり市場ということでございます。商標的な誤認・混同の方に傾くというよりも、意匠法の前提として、そうした経済活動というもの、あるいは需要者といったものを前提にした議論というものはそれほどおかしいものではないのではないかと思っております。」
「『ホース事件』による最高裁判例、確かに昭和40年代の判例ではございますけれども、現在でもその考え方はほとんどの判例におきまして、踏襲をされていると考えております。その消費者の視点を見て、今回、私どもの問題意識というのは、まさしくデザインを保護するに際して、意匠権の範囲というものが予見可能性が低いのではないかというところにまず問題点がございます。それとご指摘のいろんなデザイン観の変遷というのはあると思いますけれども、デザイン観の変遷と権利範囲をどういうふうに解釈していくかということは、これは両立し得る議論ではないかというふうに思っております。いずれにしても現在の類否判断の実務というものが変更されるものではございません。あくまでもその予見可能性を高めるための基礎づけとして『需要者』ということを今回盛り込みたいということでございます。」
 これらの質疑応答で注目すべきことは、峯委員が指摘しているように、審議室側は、意匠の類否判断を創作者の目で行うことを否定しており、専ら流通市場における「消費者の目」で行うと認識していることである。さらに、登録意匠の類似範囲とは、その「予見可能性」という不可思議な見地から判断することから、その人的基準は需要者がよいと考えているようである。
 しかしながら、もし前者の発言が本当であれば、知的財産法の全体像における意匠法の位置づけや存在意義についての不勉強を証明しているようなものであるが、それについて意匠課は表立って何の異論も示していないのはもっと不思議である。
 また、審議室側が引用している前記「ホース事件」は出願系の審決取消訴訟の事案であり、意匠法第3条1項3号(意匠の類似)と第3条2項(創作力)の適用に際し、最高裁は、前者については一般需要者、後者については当業者であると判示したのに対し、東京高裁がいずれについても判断主体は当業者と解したのには、今では幻となった法的根拠があったのである。
 それは、実は最高裁判決も指摘しているように、昭和34年法の旧第49条3号の規定(意匠登録の無効審判請求の除斥期間)にあった。そして、ここに記載されている規定こそは、意匠の類似の意味を考えるにはきわめて有意義であったのである(7)
 また、後者の「予見可能性」についての発言は、前記のとおり、人の美感などは千差万別であることを考慮すれば、美感によって平均的需要者が一致した類否判断をすることを期待することは到底不可能である。
1.12 最高裁判決の真意
 そこで、今回の立法化に影響を与えたとみられる前記「ホース事件」の判決理由において、最高裁が説示しているところを紹介すると、次のとおりである。
 「さらに敷衍すれば、同条1項3号は、意匠権の効力が、登録意匠に類似する意匠、すなわち登録意匠にかかる物品と同一または類似の物品につき、一般需要者に対して登録意匠と類似の美感を生ぜしめる意匠にも及ぶものとされている(23条)ところから、右のような物品の意匠について一般需要者の立場からみた美感の類否を問題とするのに対し、3条2項は、物品の同一または類似という制限をはずし、社会的に広く知られたモチーフを基準として、当業者の立場からみた意匠の着想の新しさないし独創性を問題とするものであって、両者は考え方の基礎を異にする規定であると解される。」
 ここに、キーワードとして「一般需要者」と「類似の美感」が出ており、これは意匠法23条に規定する意匠権者の専有的効力が登録意匠及びこれに類似する意匠の範囲まで及ぶことから、共通の美感を消費者が受けるものの場合に「類似の意匠」というと同判決が説示しているとすれば、一見して前記新規定は妥当のように見えるかも知れない。
 しかしながら、佐藤最高裁調査官の解説によれば、同事件の判決は、「創作でない意匠は保護に値しない。」ことを基本的な考え方に置き、現象としての出願意匠を見て通している以上、そこには実体である創作体の存在を見抜いていたといえる。即ち、私が図示したとおりの考え方は維持していたのである。最高裁判決が美感といい、意匠的効果といっている背後には、現象としての意匠を存在づけている創作体を認識していることは、東京高裁が説示した意匠の創作性をめぐる3条1項3号と3条2項の適用において、人的基準に対しては否定しても、物的基準に対しては否定していないことからも明らかである。
1.13 判断主体を規定することの実益
 しかしながら、実際には、審査や審判の現場においても、また侵害裁判の現場においても、意匠の類否判断をする主体は、端的にいえば審査官や審判官であったり、裁判官であるから、そして彼らは出願意匠や登録意匠に対して登録要件の有無を精査して判断する者であるから、法律があえて「需要者」という人的基準を規定したところで実益はない。
 むしろ重要な問題は物的基準であり、それについて最高裁の前記判決は、自他商品の混同の考え方によって意匠の類否判断をしているのではない、と佐藤判事が解説していることの方がはるかに重要である。
 その裏を返せば、佐藤判事は、意匠の類否判断の物的基準は、意匠を存在あらしめている創作体の異同にあると示唆しているのは、前記「創作でない意匠は保護に値しない。」と解説されていることからも明らかである。
 この「需要者」の点について、牧野委員は審議会の質疑の中で、弱いけれども次のように発言されている。
 「今の類否判断の点ですけれども、確かに峯委員がおっしゃるように、法文上『需要者』という言葉を判断主体として規定した場合に、ともすれば物品の混同であるだろうと思います。ただ、このご提案の趣旨というのは、そうではなくて、むしろ判断主体を『需要者』と明確にすることによって、従来から特許庁の審査でもとられていた意匠の創作の保護という観点、これを維持していかれるというお話で、またそうでなければならないと思います。
 こういう規定ぶりが出てきたのは、恐らく欧州意匠規則等の影響だろうと思いますが、要は需要者として、『需要者』という言葉を用いたから、直ちに非常に具体的な需要者が判断主体になるのではなくて、やはりそれは抽象化されたあるべき需要者みたいなものが判断主体となるのであろう。そうすれば、何とかこの法改正の趣旨は貫かれるのではないかと思いまして、私は消極的賛成という立場でございます。」
 その前には、審議室側がこの問題について、「いずれにしても現在の類否判断の実務というものが変更されるものではございません。あくまでもその予見可能性を高めるための基礎づけとして「需要者」ということを今回盛り込みたいということでございます。」と答弁している。
 しかしながら、そうであるのであれば、これまでの実務どおりでよく、あえて法規定として記載しておく必要はない。最近の法改正の動機としては、例えば特許法104条の3の規定に見られるように、侵害裁判所の裁判例の蓄積(判例法)を基礎に立法化しようとする姿勢をとっているようであるが、これは米国流の立法態度であるといえよう。しかし、英国法の場合にあっては、1941年の「ポパイ事件」の貴族院判決以来の歴史に見られるように、CDPA1988に至るまでの非常に長い時間をかけて論議している。(8)したがって、わが国にあっても、裁判例を立法に導入するまでには、その流れを一つずつ蓄積して確実なものにした後にすべきである。
 また、あえて立法化することなく、判例法のままでよい場合もある。意匠の類否判断基準における人的基準にあっては、あえて需要者を明記することによって、その反対論に対して合理的に説得することができない以上、規定することによるマイナス効果が起こることを肝に銘ずるべきである。
1.14 むすび
 上記内容の法案は、「意匠の類似範囲の明確化」の一環として立法されたとあるが、けっして類似範囲の明確化には貢献しないばかりでなく、意匠の類否判断がますます困難な藪の中の存在になってしまうようにみえてならない。
 私は、意匠の類否判断は、出願意匠に対する場合と侵害意匠に対する場合とでは区別しなければならない掟があることを、長年の実務経験と研究とによって理解している。しかし、その判断基準となるべき原則は、意匠の「類似」という概念が有する意味内容に関しては同じであってよい。その原則とは意匠の「創作」の保護であり、この原則から出願意匠に対しても侵害意匠に対しても、視覚を通じて見通すことによって現象としての意匠の中に存在する創作体を把握するのであり、その創作体を出願意匠や侵害意匠が共有しているか否かによって、特許庁や侵害裁判所において意匠の類否判断がなされるものであることを、われわれはよく認識しなければならないのである。そして、その判断時には美感も需要者も入り込む余地はない。
 このとき、美感は入口にあっても出口にはもはやないのであり、出口にあるものは創作である。そして、対比する意匠の創作体の異同を合理的に考え把握することによって、意匠の正確な類否判断はなされるのである。

2.意匠権の存続期間について
 私は、意匠権の存続期間は登録日から25年間とEU法並みに考えるべきであることを提案していたが、20年間となった。20年間を適当とした理由について審議室は、電気電子機械器具や通信機械器具などの技術的な意匠の長期化から、特許権の存続期間と乖離しない方がよいことをあげている。
 しかしながら、私は意匠権の場合にあってはむしろ、英国法とEU法がそうであったように、応用美術作品の著作権の保護期間との関係を念頭に置き、最短25年とするベルヌ条約7条4項の規定に注目すべきであったと思う。
 また、電気電子機械器具や通信機械器具などの技術的製品は、果して「意匠」の成立要件である美感性が存在するのか否かという疑問のある分野であるから、特許権の存続期間(出願日から20年)との関係を理由としている。しかし、そうであるならば私が長年提唱しているように、次のような立法をすることである。
 意匠保護制度を有審査登録制度だけに固執するのであれば、せめて設定登録を停止条件として出願日に遡及して意匠権の効力の発生を認めることである。したがって、出願中に実施した出願人は、無許諾者が模倣をしたときは警告をし、設定登録後に損害賠償請求権を行使する旨を予告する。しかし、出願中には差止請求権の行使を認めない。
 そして、この考え方を導入しているのは、実体審査を行っている英国法であり、設定登録までの間は差止請求権の行使はできないが、設定登録後は遡及して損害賠償請求権を行使できることにしている。存続期間の起算日も、審査後の設定登録を停止条件として出願日に遡及するようにしている。
 ところが、これについて「資料2」によれば、私の前記のような考え方を無視ないし理解せず、見当違いの説明をしている。
「権利存続期間の起算日を出願日とすることについては、意匠法においては、
特許法のような審査請求制度が採用されていないことから、出願日を存続期
間の起算点とする場合、登録までの期間は、審査待ち期間等の長短によって
異なり、出願人間において保護期間が異なるという不平等が生ずるおそれが
ある。なお、欧州における意匠権は出願日が起算日となっているが、欧州の意匠権は無審査登録制度を採用しており出願日が権利の発生時点である。審査登録制度を採用している我が国では意匠権の発生時点は出願日ではなく登録日であり、権利発生時点から権利期間を起算するという点では欧州と同じである。」
 しかしながら、このような考え方は全くおかしいのである。
 この前半部分で説明していることは、実体審査にかかる時間の長短によって、意匠登録されるまでの期間が一定でないのは当然であるから、出願人間で保護期間が異なるという不平等を生ずると考えること自体、ナンセンスである。特許権の場合にあっては不平等ではないというのだろうか。否、そうではあるまい。

3.主なパブリックコメントから
 私も意見書を提出した立場から、審議室が個人や団体の国民からの声をどのように編集しているかに注目してみた。今年1月25日に行われた小委員会での配布資料によれば、「資料2 パブリックコメントに提出された主な意見に対する考え方」とそれに付随するかたちで「参考資料パブリックコメント項目別概要表」が公表されている。本来ならば、その逆であるべきだろうから、ここでは後者の声から見てみる。
 なお、団体については具体的名称は出ているが、個人については氏名も職業も出ていないのはどうしたの説明もない。
3.1 権利期間の延長
 存続期間を25年とすることを今後の検討課題とするとの意見は、団体では日本タイポグラフィ協会、日本知的財産協会、日本自動車工業会が出しているが、個人では2人が25年を妥当としている。その1人は私であるが、私は存続期間の起算日を設定登録を停止条件として出願日に遡及させるべきであるとの意見を出したのだが、その部分はカットされている。
 また、存続期間の延長措置は、本法施行時に出願中の意匠については特別措置で適用すべきだと私だけが提言していた。
3.2 意匠の類似の範囲の明確化
(1)人的判断基準について
 需要者と明記することには、団体としては日本機械輸出組合、日本知的財産協会、日本弁理士会、大阪弁護士会が反対し、1人の個人が反対していた。
 私は、この基準については、まさかと思い無視していた。この需要者を人的基準として明確化することの問題は、類似範囲の明確化のためには全く無意味なことだからである。
(2)物的判断基準について
 私は、登録意匠の類似範囲の明確化とは、23条本文にいう類似する意匠の範囲のことに尽きるから、旧10条の「類似意匠登録制度」の復活を提案した。
 この物的基準問題は、人的基準は従来どおりの実務で処理できるのだから、はるかに重要な問題であるのに、審議室では前者のみに力点を置いていることは不思議である。
3.3 無審査登録制度の導入によるダブルトラック化
 この制度の導入は、私が持論として展開して来ていたのだが、個人では私、団体では日本タイポグラフィ協会が賛成、他の個人も団体もわが国ではそのような制度を導入する環境にはまだないとして反対であった。
 しかし、産業界がわが国の現状はそのような環境にはなく、今までどおりの時間のかかる有審査登録制度の運用だけで十分であると考えているのは不思議である。また、ファッション性やエンタメ性の高い産業界からアンケートをとったり意見書を入手したりはしていないのだろうか。その意味では、韓国はわが国よりも先進国であるといえる。不競法2条1項3号の有効利用性や、侵害裁判所における登録意匠の全部剥ぎ取り姿に接するとき、従来の有審査登録制度のままの現行法に疑問を感ずるのである。
3.4 関連意匠制度の見直し
 関連意匠の出願時期の制限は撤廃すべきだとする2人の個人がいたが、その1人の私は、前記の類似意匠登録制度の復活を提案した。これについて、日本知的財産協会は、関連意匠の権利範囲の確認のための簡易判定制度の導入を検討せよと提言しているが、判定制度では実効性がないことを私は指摘した。
3.5 その他
 私は、次の3つの提言をした。
(1)タイプフェイスの保護はすでに独国,英国,EU,韓国で行われているが、わが国でも保護対象とすべきであり、その場合はドイツ方式(無審査登録制度)を導入することが妥当である。
(2)「特徴記載書」についての意施規6条3項の規定は廃止すべきである。特徴記載は願書に準じて本法での規定事項であるとすべきである。
(3)意匠法3条2項の適用の場合の公知意匠とは、3条1項1号どおりの「事実上公知」のものに限り、刊行物公知のものは含まれず引用すべきではないから、そのような実務は早く是正されるべきである。

むすび
 特許庁が意匠制度全般の「在り方」について審議してまとめた改正法案を検討すると、各論についてのまとめは見られても、総論についてのまとめは見られない。
 意匠制度全般の「在り方」とは、その目的規定から始まるべきであるのに、かえって現行法の目的とは矛盾する意匠の類否判断の基準を各論で定めようとしている。しかも、この基準を登録意匠についてのみ規定し、出願意匠については無関係の立法にしようとしている。
 制度の「在り方」といえば、わが国の立法者が国際的見地から、これからの意匠法の方向性を示す哲学の開示を国民は期待していたが、そういうものは総論として説かれていないから、結局、国民はこんどの意匠法改正は何だったのかと、特許庁に問うことになる。
 世界には意匠法の保護哲学として、大別するとパテント・アプローチとコピーライト・アプローチがあり、またEUデザイン法ではMPIが提言したデザイン・アプローチを採るところ、わが国の意匠法は需要者の美感による混同という考え方を採ることによって、トレードマーク・アプローチに向おうとしている。これはいまだ世界にはない画期的な思想である。
 しかしながら、このような間違ったアプローチをとる日本は世界から孤立するばかりでなく、やがて意匠法の存在意義は否定され、商標法に併合される運命にあることを物語っている。その意味で、今回の改正意匠法案の国会通過は、意匠法最大の危機を含んでいると考えても過言ではないだろう。



1.意匠法3条1項1号と2号との適用条件の違いについては、「パチンコ球用計数器事件」(東京高裁昭51年1月20日判・棄)、「サンドペーパーグラインダー事件」(東京高裁昭54年4月23日判・認)、「電子オルガン事件」(東京高裁昭54年5月30日判・認)。なお、牛木理一「意匠法の研究」107〜113頁に詳しい。

2.現行法の改正法案の途中段階では、3条1号又は2号の両公知的形態に基づくことが規定されていたが、最終法案では2号の場合の適用は削除された経緯に注目すべきである。

3.旧意匠法10条1項では、意匠権者は自己の登録意匠が及ぶ類似の範囲を予め確認しておくために、類似する意匠について登録意匠を本意匠として類似意匠の出願と登録をしておくことができたから、類似意匠の出願前に他人の公知意匠や先願意匠が存在しても、その他人の公知意匠や先願意匠が自己の登録意匠(本意匠)に類似していれば、類似意匠は本法10条1項の規定により類似意匠として登録することができた(「端子盤事件」東京高判昭和59年9月17日,同昭和61年2月12日,同平成3年11月21日、「天井用埋込灯事件」東京高判平成3年3月28日)。この事実は、登録意匠の類似範囲は、客観的にはその出願時に確定していることを意味するところ、侵害訴訟において大阪地裁は「元来、本意匠の類似範囲は、類似意匠の先願意匠の存否いかんによって、その類似範囲に実質的な変動を来たすような解釈を採ることは許されないものというべく、被告の右主張は失当というほかない。」と判示する(「磁気治療器事件」大阪地判昭和58年7月29日)。

4.昭39審判2489昭和41年8月26日審決、東京高裁昭41(行ケ)167
 昭和45年1月29日判決(棄)、最高裁昭45(行ツ)45昭和49年3
 月19日判(棄)。牛木前掲128頁。

5.昭47審判6486昭和47年11月24日審決、東京高裁昭45(行ケ)1
 昭和48年5月31日判(棄)、最高裁昭48(行ツ)82昭和50年2月28
 日判(棄)。牛木前掲131頁。

6.佐藤最高裁調査官の解説では、この事件判決を取り上げた論稿として、牛木理一「意匠の類似と創作力-二つの東京高裁判決を考える」パテントVol.27 No.2 P.15.(1974)と同「意匠法3条2項の新しい解釈」パテントVol.27 No.5 P.47.(1974)があることを紹介している。
 なお、牛木「帽子の迷い」パテントVol.29 No.1 P.37.(1976)。

7.旧49条3号には、「意匠登録出願前にその意匠の属する分野における通常の知識を有する者が前2号に掲げる意匠に基づいて容易に意匠の創作をすること
ができた場合における意匠」とある。これは、立法案初期のものが修正されず残されたままであり、現行法3条1項3号に規定する「類似する意匠」に相当するものとされていた。旧49条は意匠登録無効審判請求の除斥期間(5年間)の制度の廃止にともない、類規の特許法124条、実用新案法38条とともに昭和62年6月1日施行の改正法から、商標法47条を除いて全部削除された。しかし、その規定には、当時の立法者が考えていた公知意匠との「類似」の意味が表現されていたといえる。なお、「帽子事件」において東京高裁は、「ホース事件」よりも詳細な事実認定をする中で、「意匠法が意匠の創作の奨励を目的としていることに鑑みれば」として、3条1項3号と2項の適用意義の違いを説示し、「このように解するならば、登録無効審判請求の除斥期間を定めた意匠法49条と意匠登録の無効理由を定めた同条1項3号とを相互に矛盾なく解釈することができる。」と述べている。

8.著作権法の適用と登録デザイン法の適用とが問題となった英国の「ポパイ事件」1941年判決以来の歴史については、牛木理一「英国における商品化権の歴史」小野昌延先生古稀記念論文集911頁(2002)に詳しい。

◎私が本稿で論じている問題点については、すべて下記の著書において詳述しているから、意匠法の理論と実際を理解しようと努めたい人々には、一冊でもよいから、ぜひ読んでいただきたい。
(1)意匠法の研究(1974,1980,1985,1994 発明協会)
(2)判例意匠権侵害(1993 発明協会)
(3)意匠権侵害-理論と実際(2003 経済産業調査会)
(4)不正競争防止法と商品形態の保護(2004 経済産業調査会)
(5)デザイン キャラクター パブリシティの保護(2005 悠々社)


 


〔牛木理一〕