第1−17



競走馬名にパブリシティ権はなぜないのか
―最高裁平成16年2月13日判決への疑問―
 

牛  木  理  一


 

はじめに
 わが国に戦後、名実ともに輸入された法律用語の一つに「プライバシーの権利(the Right of Privacy)」があり、この権利は個人に固有の人格権である。ところが、人格権では割り切れない保護されるべき価値を有している個人もいる。特に芸能人,スポーツ選手,政治家などの有名個人が有する財産的価値である。それが、他人の氏名や肖像の営利的利用に対する保護の必要から生まれたものが「パブリシティの権利(the Right of Publicity)」である。( 1)
 「パブリシティの権利」の由来を考えると、その権利は個人に固有のものであって、人間以外の「物」についても広く認められるべき権利であるかどうかについては、わが国では消極説が有力のようであるが、筆者は以前から積極説を出していた。(2 )
 例えば、東京タワーや東京ドームを背景に新車の写真を撮り、これを自社の宣伝広告用に使用することは、それぞれの建築物が有するパブリシティ・バリュー(大衆的価値)を利用しているのだから、これを商品の背景として利用する場合、その所有者と顧客吸引力を有する建築物の広告利用についての契約を締結するのが社会的常識であり、慣習となっているといえるだろう。米国にはかつて、マジソン・スクウェア・ガーデン事件において、マジソン・スクウェア・ガーデンという建築物にパブリシティの権利を認めた裁判例(255 App. Div. 459, 7N.Y.S. 2d845, 1938)がある。( 3)

馬名のゲームソフトへの使用
 さて、テルモが製作販売した本件各ゲームソフトの商品名「ジョッキーレーシングゲーム『ギャロップレーサー』1、2」は、プレイヤーが騎手となり、登録されている競走馬の中から選択した馬に騎乗し、実在の競馬場を模した画面でレースを展開するという内容のもので、本件各ゲームソフトに登録されている競走馬の名称は実在の競走馬のものであった。
 そこで、JRA主催のG1レースにかつて出場した競走馬の名称が、前記ゲームソフトに登場する多くの競走馬に使用されたことに対し、個人、会社を含む22名の馬主はテルモを相手に、ゲームソフトの製作販売の差止め及び不法行為に基づく損害賠償を請求した訴訟を名古屋地裁に起した。
 これに対し同地裁は、平成12年1月19日、原告20名についての損害賠償請求を認めたが、使用禁止の差止め請求については棄却した。
 この馬名の中には、「ホクトベガ」、「ライスシャワー」、「オグリキャップ」、「ナイスネーチャ」、「ビワハヤロデ」、「トウカイテイオー」のような競馬ファンにとっては超有名馬の名前もあった。
 この判決において、同地裁は次のように理論構成し、パブリシティの価値は顧客吸引力がある限り、人に限定されず、物にも認めることができるから、「物のパブリシティ権」が認められてよいと考えた。

パブリシティ価値は財産権
 著名人の氏名、肖像等が有する経済的な利益ないし価値は、著名人自身の名声、社会的評価、知名度等から派生するものであるから、著名人はこの経済的利益ないし価値を自己に帰属する固有の権利と考え、他人の無断使用を排除する排他的な支配権を主張することは正当な請求であり、このような経済的利益ないし価値は、現行法上これを権利として認める規定は存しないものの、財産的な利益ないし権利として保護されるべきであると判示した。このように人が、その氏名、肖像その他の顧客吸引力のある個人識別情報の有する経済的利益ないし価値(パブリシティの価値)を、排他的に支配する権利がいわゆる「パブリシティ権」と称されるものである。
 「パブリシティ権」は、排他的にパブリシティの価値を支配する権利であるから、無断で他人の氏名、肖像その他顧客吸引力のある個人識別情報を利用するなど、パブリシティの価値を侵害する行為がなされた場合には、不法行為に基づく損害賠償請求権が認められるのみならず、当該侵害行為の差止めや侵害物の廃棄等を求めることができる。
 大衆が、著名人に対すると同様に、競走馬などの動物を含む特定の物に対し、関心や好感、憧憬等の感情を抱き、右感情が特定の物の名称等と関連づけられた商品に対する関心や所有願望とし、大衆を当該商品に向けて吸引する力を発揮して販売促進に効果をもたらすような場合には、当該物の名称等そのものが顧客吸引力を有し、経済的利用ないし価値(パブリシティの価値)を有するに至ることもある。
 競馬は、騎手が競走馬に騎乗して速さを競うものであるが、大衆の関心は、騎手のみならず、競走馬そのものに対しても集まり、重賞レースに優勝するなど、競争に強い馬の知名度、好感度は増し、プロスポーツ選手同様にファンからスター扱いされていることは、公知の事実である。このような競走馬の人気を他人が商業的に利用した場合には、著名人と同様の顧客吸引力を発揮するものと考えた。
したがって、競走馬の名称等がもつパブリシティの価値は、その物の名声、社会的評価、知名度等から派生するものであるから、その物の所有者(物が消滅したときは所有していた者が権利者となる。)に帰属する財産的な利益ないし権利として、保護すべきであるとした。
 このような、物の名称等の顧客吸引力のある情報の有する経済的利益ないし価値を支配する権利は、従来の「パブリシティ権」の定義には含まれないが、これに準じて、広義の「パブリシティ権」として保護の対象とすることができると考えた。
 「物」一般について、物の有する顧客吸引力を所有者以外の者が利用するのは自由であるという根拠はなく、その物の内容、顧客吸引力の程度とこれを備えるに至った事情によっては、所有者以外による顧客吸引力の利用は制約されるべきであるとの商業的通念が形成される場合もあり、顧客吸引力が主としてその運動能力によって形成され、広範囲にわたり大衆の人気を得ているなど、他のプロスポーツ選手の場合と現象的には異ならない本件のような競走馬については、顧客吸引力の商業的利用の制限についての通念が形成されている可能性が大であり、どのような利用も違法にはならないと断言することはできないと考えた。

物のパブリシティ権は所有権に付随
 「物のパブリシティ権」は新しい権利であり、公示手段の不明確性とあいまって種々の問題があり、その権利の主体や客体、成立要件や権利期間、譲渡方法、公示方法、侵害手段等が明確にされる必要がある。しかし、社会状況の変化によって新たな権利が認められてきたことは歴史的事実であり、その価値ないし利益が社会的に容認され、かつ、その社会において成熟したものであれば、これを保護する必要があり、また社会的正義にもかなうと考えた。
 パブリシティ価値は、所有権の内容の一部ではなく、所有権とは別個の性質の権利であるが、パブリシティ価値は、飽くまでも物自体の名称等によって生ずるのであり、所有権と離れて観念することはできないから、所有権に付随する性質を有するものと考えた。
 しかし、物に関するパブリシティ権は、その物が顧客吸引力を有している限り日々発生するから、物の譲渡などにより所有権が移転した場合には、特段の合意がない限り、移転の日以前の分は以前の所有者に残るが、以後のパブリシティ権は新所有者に移転する。
 物に関するパブリシティ権は、対象が消滅した場合であっても、パブリシティ価値が存続している限り、対象が消滅した時点における所有者が、パブリシティ権を主張できるものと考えた。
 物に関するパブリシティ権が侵害された場合に権利者がとり得る手段としては、不法行為に基づく損害賠償を請求することは認められるが、差止めは許されないものと考えた。物のパブリシティ権が経済的価値を取得する権利にすぎないことを考慮すると、現段階においては、物についてのパブリシティ権に基づく差止めを認めることはできないとした。
 パブリシティ価値を持ち得る要素としては、馬名、性別、産種及び毛色ということになる。しかし、性別、産種及び毛色はそれ自体として、顧客吸引力が生ずるものということは考えられず(これらの要素が本件各競走馬の肖像の一部を構成し得るものであることは認められるものの、本件各ゲームソフトは、現実の競走馬ではなく、架空の映像で表現されるものであるから、その一部に過ぎない要素のみで顧客を吸引することは考えがたい。)、パブリシティ価値が生じ得る要素としては、馬名のみを考慮することとする。G1に出走したことがある競走馬については、顧客吸引力があるものとしてこれを無断で使用した場合、パブリシティ権の侵害になるものと判断した。

損害賠償金の算定
 その結果、名古屋地裁は、被告は、本件各競走馬のうちG1に出走したことのある馬について損害賠償の責任を負うと認定し、被告が別件契約において本件各ゲームソフトに登場する馬の一部の馬主との間で、製品上代の3%の使用料を、本件各ゲームソフトに登場する馬数で除した金額を支払う合意をしていたことを基準に、被告と同様の契約をしていたら同様の金額を対価として得られる額と同様の算定による額が相当と認めて計算し、裁判所認定の損害額を別紙一覧表にして判決文に添付した。
 この中で被告に対しもっとも高額の支払いを命じたのは、「ホクトベガ」など4頭の所有者であった金森商事への600,842円であった。

名古屋地裁判決から名古屋高裁判決へ
 以上のように、名古屋地裁は、G1レースに出走した競走馬の名称には顧客に対する吸引力があるから、馬主には、その所有権に基く名称にパブリシティ権があると判示した。
 したがって、原告である22人の馬主に無断で、被告がその名称をゲームソフト「ギャロップレーサー」に使用することは、パブリシティ権の侵害となるとして、被告に損害賠償金の支払いを命じた。この地裁判決は、人以外の「物」についてパブリシティ権を承認したわが国最初の判決として注目された。
 この地裁判決は名古屋高裁に控訴されたが、2001年3月8日、控訴棄却の判決がなされ、地裁判決は条件付きで追認された。高裁判決は、物のパブリシティ権を、所有権とは別異の無体財産権と解することによって問題を解決したといえるのであり、その意味で地裁判決より説得力をもった論理構成をしているといえる。以下は、名古屋高裁の判決理由の要旨である。
 
物のパブリシティ権は無体財産権
1. 人ではないが、中央競馬又は地方競馬に出走する競走馬には名声、社会的評価、知名度等が発生し、著名人におけるのと同様の顧客吸引力を有し、また現に競走馬の名前、肖像等をゲームソフトで使用する会社との間で一定額の使用許諾料の支払いを受ける契約を締結しているから、現在、著名人に限らず競走馬等の物のパブリシティ権を一定条件下で承認し、保護するのを相当とする社会状況が生まれている。
競走馬等の物の名称等に顧客吸引力が生じるのは、その物自体がもつ名声、社会的評価、知名度等によるものであり、これによって生じる顧客吸引力のもつ経済的利益ないし価値を支配する権利を、物の所有者に対して承認するのが物のパブリシティ権であるから、必ずしも所有者とその所有物との関連性が宣伝,広告等の中に示されている場合に限定される必要はない。
 物のパブリシティ権の場合にあっては、有体物を排他的に支配する所有権ではなく、その物の有する無体的価値を支配の対象とする無体財産権であり、その無体財産権の内容、その成立、存続又は消滅、権利の帰属等の要件を、物の所有権に関連させて把握しているにすぎないから、所有権と無体財産権とを混同するものでも、所有権概念を不当に拡張させるものではない。
現在、著名人の氏名、肖像その他の顧客吸引力のある個人識別情報の有する経済的利益ないし価値(パブリシティの価値)を、排他的に支配するパブリシティ権は社会的に承認されており、このパブリシティ権に対する侵害行為がなされたときは、不法行為に基づく損害賠償請求のみならず、当該侵害行為の差止や侵害物の廃棄を求めることが許されると解するが、社会状況の変化とともに、競走馬などの動物を含む著名な物の名称等が、著名人の氏名、肖像の有する顧客吸引力がもたらす効果と同様の効果をもたらすことが認識され、これが物のパブリシティ権として承認され、保護されるようになった。
 しかし、著名人のパブリシティ権は、著名人のプライバシー権、肖像権を含む人格権と密接な関連があることから、パブリシティ権に基づく差止請求が承認されているが、物のパブリシティ権は、物の所有者の人格権等と関連するものではなく、その物の顧客吸引力という経済的利益と関連するものであり、著名人に関するパブリシティ権と同じように扱うことはできないから、現段階では、不法行為に基づく損害賠償が許されるだけであり、物のパブリシティ権に基づく差止請求を認めることは相当でない。
2. 競走馬の馬名のパブリシティ権は、競走馬についての所有権ではなく、競走馬の有する無体的価値を支配の対象とする無体財産権であり、所有権とは別個のものであるから、競走馬の死亡によりその競走馬についての所有権が消滅したとしても、それに連動して、右競走馬の馬名についてのパブリシティ権が消滅すると解する必要はない。
 右競走馬が死亡したとしても、その競走馬にかかる顧客吸引力が存続している限り、パブリシティ権は消滅することなく存在し続けることがあり得るから、このパブリシティ権は、競走馬等の物の消滅した時点における所有者に帰属すると解すべきである。
本件各競走馬のうち、G1レースに出走して優勝したことがあり、その名称に顧客吸引力があるということができるが、その余の馬の名称には顧客吸引力があるということはできないから、その名称を無断で使用されたとしても、パブリシティ権の侵害となることはない。したがって、控訴人は、本件各競走馬のうち、G1に出走して優勝したことのある馬については、損害賠償義務がある。

G1優勝馬を条件とした理由
1. この高裁判決において最も注目される判示は、物についてのパブリシティ権を「その物の有する無体的価値を支配の対象とする無体財産権」であると、民法上の位置づけを明確に与えたことである。そして、このような無体財産権は、物の所有者に承継されると明言した。
 しかし、同判決は、このような法的性質を有する物のパブリシティ権は、一定の要件下で承認し保護するのが現在の社会状況であると解するとともに、この一定の要件とは、顧客吸引力の具備を基準とすると解しながら、競走馬の名前のパブリシティ権の発生をG1レースで優勝した馬に限定したが、これは疑問である。この点は、一審判決が、G1レースに出走した馬であれば、優勝の有無は問わないと判示したことと異なり、一審判決を変更した部分である。
 このような控訴審判決の考え方による基準の出し方は一方的であり、このような基準をもって社会状況と考えたとすれば、競馬ファンという社会状況下では、G1レースに出走するほどの馬であれば、優勝経験が一度も無いとしても著名な馬名であるといえるし、地方競馬(高知)では一度も優勝の実績のない現在105連敗中の8歳の牝馬「ハルウララ」のような超有名馬もいる。( 4)
 被告(控訴人)が競馬のゲームソフトにおいて、実在する多数の競走馬の名前を使用したのは、競馬ファンにとって、それらはすべて顧客吸引力を有する名称であったからであろうし、それらを使用することによって商業的利益を得ようと意図したのだから、ゲームに登場した競走馬の名前はいずれもパブリシティ権を取得していると解してよいだろう。ただ、一審判決がG1レースの出走馬に限定したことにすら疑問視されていたのに、控訴審判決でさらにしぼりをかけて、その優勝馬に限定したことは問題として残る。
2. とはいうものの、物についても実在人物と同様に、顧客吸引力を有するからこそ第三者は使用するのであるから、一審判決も控訴審判決も一定の基準を提示した上で、競走馬名という物に対してもパブリシティ・バリュウの存在を理由に、パブリシティ権の成立を明確に承認したことは意義深ことである。
 ただ、筆者からあえて注文をつけるとすれば、いずれの判決でも、パブリシティ権の由来は個人のプライバシー権にあり、しかし純粋に人格権とはいえない財産的側面に注目したものであるから、動物その他の非人物にも財産的利益を生む側面があれば、実在人物に対するパブリシティ権に「準ずる」権利として、同性質の無体財産権を承認してよいとする理論構成を明確にとれば、物のパブリシティ権の成立により強い説得力を与えたといえるだろう。けだし、パブリシティ権の由来をよく知れば、人格権としてのプライバシー権(肖像権,氏名権を含む)が発生源であり、これをそのまま非人物に適用することにはためらいもあるからであり、それが物のパブリシティ権の成立を否定する論者の根拠の一つとなっているからである。しかし、名古屋地裁も名古屋高裁も、実質的にこのような理論構成をとっていることは見える。
3.名古屋高裁は次のように判示して、1審原告らの各差止請求を棄却したが、損害賠償請求については、1審原告らのうちの14名の各請求の一部を認容し、その余の1審原告らの各請求を棄却した。
 競走馬の名称等には、著名人の名前等が有するのと同様の顧客吸引力を有するものがあり、そのような場合には、その名称自体等に経済的価値がある。この競走馬の名称等が有する経済的価値を保護するためには、商標法、不正競争防止法等の現行の知的財産関係の法律が認める権利や救済方法だけでは不十分であり、競走馬の所有者は、競走馬の名称等が有する経済的価値を独占的に支配する無体財産権(物のパブリシティ権)を有するものと解すべきであり、これを保護しなければならない。
 現に、競走馬の所有者が、ゲームソフトを製作し販売する会社との間で、所有する競走馬の名称等の使用を許諾するにつき、使用料の支払を受ける旨の契約を締結している例があることも、現在、競走馬等の物のパブリシティ権を一定要件の下に承認し、これを保護するのを相当とする社会的状況が生まれているといえる。したがって、顧客吸引力を有する競走馬の名称等を、第三者がその所有者に無断で使用するなどして上記の無体財産権を侵害した場合には、不法行為が成立し、損害賠償請求権が発生する。
 もっとも、上記の無体財産権は、現段階においては、排他性を有する権利とまではいえないから、差止請求を認めることはできない。

最高裁の判断
1.これに対して、最高裁2小は今年2月13日、原審の上記判断のうち、一部については結論において是認することができるが、その余の判断は是認することができないと破棄自判し、理由を次のように述べる。
(1) 1審原告らは、本件各競走馬を所有しまたは所有していた者であるが、競走馬等の物の所有権は、その物の有体物としての面に対する排他的支配権能であるにとどまり、その物の名称等の無体物としての面を直接排他的に支配する権能に及ぶものではないから、第三者が、競走馬の有体物としての面に対する所有者の排他的支配権能を侵すことなく、競走馬の名称等が有する顧客吸引力などの競走馬の無体物としての面における経済的価値を利用したとしても、その利用行為は、競走馬の所有権を侵害するものではないと解すべきである。
 本件においては、1審被告は、本件各ゲームソフトを製作、販売したにとどまり、本件各競走馬の有体物としての面に対する1審原告らの所有権に基づく排他的支配権能を侵したものではないから、1審被告の上記製作、販売行為は、1審原告らの本件各競走馬に対する所有権を侵害するものではない。
(2) 現行法上、物の名称の使用など、物の無体物としての面の利用に関しては、商標法、著作権法、不正競争防止法等の知的財産権関係の各法律が、一定の範囲の者に対し、一定の要件の下に排他的な使用権を付与し、その権利の保護を図っているが、その反面として、その使用権の付与が国民の経済活動や文化的活動の自由を過度に制約することのないようにするため、各法律は、それぞれの知的財産権の発生原因、内容、範囲、消滅原因等を定め、その排他的な使用権の及ぶ範囲、限界を明確にしている。
 すると、競走馬の名称等が顧客吸引力を有するとしても、物の無体物としての面の利用の一態様である競走馬の名称等の使用に、法令等の根拠もなく、競走馬の所有者に排他的な使用権等を認めることは相当ではなく、また競走馬の名称等の無断利用行為に関する不法行為の成否について、違法とされる行為の範囲、態様等が法令等により明確になっているとはいえない現時点において、これを肯定することはできない。したがって、本件において、差止め又は不法行為の成立を肯定することはできない。
(3) 原判決が説示するような競走馬の名称等の使用料の支払を内容とする契約が締結された実例があるとしても、それらの契約締結は、紛争をあらかじめ回避し円滑に事業を遂行するためなどの目的で行われているのであり、上記のような契約締結の実例があることを理由として、競走馬の所有者が競走馬の名称等が有する経済的価値を独占的に利用することができることを承認する社会的慣習又は慣習法が存在するとまではいえない。
(4) 以上によれば、1審原告らは、1審被告に対し、差止請求権はもとより、損害賠償請求権を有するということはできない。

2.したがって、14名の1審原告らの損害賠償請求を一部認容した原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、原判決中1審被告の敗訴部分は破棄を免れないとした。そして、上記損害賠償請求は理由がないから、その一部を認容した1審判決を取り消したうえ、同請求の全部を棄却すべきであるとした。

最高裁の判断への疑問
 同じ馬主らが、アスキー(現メディアリーヴス)を相手に、同社のゲームソフト「ダービースタリオン」における競走馬の名称の使用に対し、パブリシティ権に基く損害賠償を請求していた東京地裁−東京高裁における事件( 5)では、いずれの判決も物のパブリシティ権の成立を否定し、請求棄却の判決をしていたので、馬主側が上告していた。これに対して最高裁2小は、前記事件判決と同日に、上告を棄却しかつ不受理とする決定を出した。
 したがって、前記「ギャロップレーサー」に対する名古屋地裁−高裁の判決が最高裁によって破棄されたことは、結果的には、東京地裁−高裁の判決が法的妥当性を有することが証明されたことになったが、最高裁は物のパブリシティ権の根拠を、専ら馬主の有する所有権の観点から考えようとした。
これについて名古屋高裁は、G1のような重勝レースに優勝した馬の有名性を認め、そのような競走馬の名称自体が有する保護法益を広く無体財産権ととらえ、それは民法709条によって保護に価いする財産的利益と考えたのである。このような利益ないし権利を、「パブリシティ権」と呼ぶかどうかは別の問題であろうと筆者は考えるが、名古屋高裁がそれをもって一種の「無体財産権」と把握したことは、卓抜な考え方であるというべきだろう。
 最高裁判決は、物のパブリシティ権を保護する法令等の不存在を最大の理由としているが、民法709条の規定の拡張解釈は不可能ではなく、司法裁判所に法の創造ないし前進を期待する国民の利益を考えるならば、他人が創作し有名にした特殊な競争馬の名称は、第三者が営利的目的をもってしても自由に使用することができるような公共財ではないのだから、彼らの無断使用から馬主らを保護することは、裁判所に与えられた使命と考えるべきではないだろうか。
 にもかかわらず、最高裁が法の欠缺を理由に名古屋高裁の判決を破棄したことは、最高裁に求められている司法の役割を放棄しているように見えてならない。物のパブリシティ権の意義や性質について解明しようと議論を展開して保護法益を見い出そうとした名古屋地裁及び名古屋高裁の判示に対して、十分に答えているとはいえず、説得力に欠ける判決であるといわねばならない。( 6)
最高裁判決が、現行法には、G1に登場したり優勝したりする競走馬の名称が有する顧客吸引力を保護する規定の不存在を指摘していることは、原告等の関係者や業界に対し法の欠缺を埋めるための立法化運動を示唆しているともいえる。したがって、関係者は必要ならば最高裁判決に対する単なる批判を超えて、立法化の努力を繰返しすべきであろう。
 これと似た法的保護の争いがかってあったことを筆者は知っている。それは、「タイプフェイス(印刷用文字書体)」に関する最高裁における2つの和解である。(最高裁昭58(オ)7999昭和60年4月1日和解.著作権をめぐる「ヤギ書体」事件。最高裁昭57(オ)841昭和60年10月16日和解.不競法をめぐる「タイポス」事件)( 7)これらの最高裁和解は、明らかに保護の立法化を示唆していたといえる。
なお、最高裁判決は、実定法の一として不正競争防止法をあげているが、本件無体物の場合、同法2条1項2号(著名表示のフリーライド禁止)の適用を考えることは一法かも知れないことを付言しておきたい。

(1)  プライバシーの権利は人格権に属する権利であり、財産権とは区別される個人の生存そのものに伴う基本的権利である。このようなプライバシーの権利の保護利益の性質と侵害行為の態様の双方からとらえて、プロッサー教授はプライバシーの権利を次の4つの類型に分類した。(W. Prosser “Privacy” Calif. L. Rev. Vol.48 p.383)
  @ 他人の私生活への侵入
  A 他人の私事の暴露
  B 他人を誤認させる表現
  C 他人の氏名・肖像の営利的使用
プライバシーの権利が本来的にもつ複雑多岐な性質と内容からすれば、体系的な理解のためには、このプロッサーの類型分析は、きわめて有意義である。
  プロッサーのプライバシーの権利への侵害態様に見られる第4類型は、他人による「氏名・肖像の営利的利用」をあげているが、これは他の3つの侵害態様の場合と同様に、あくまでも個人の精神に与えた苦痛に対する損害賠償を予想している。
  ところが、「パブリシティの権利(the right of publicity)」は、有名無名を問わず、個人が所有する大衆への広告宣伝用のビジネス評価として表われ、その権利への侵害は個人の商業的・財産的利益への侵害となる。パブリシティの権利はプライバシーの権利の理論から生まれたといえるが、今日ではそれから独立した独自の法的カテゴリーをもって発達しているとマッカーシー教授はいう(J.T. McCarthy “Public Personas and Private Property: The Commercialization of Human Identity” Vol.79 TMR p.687 1989)。
(以上につき、牛木「キャラクター戦略と商品化権」発明協会385頁2000)
 なお、「著作権研究」第26号(1999)には、著作権法学会主催のシンポジュウム「パブリシティの権利」についての記事が掲載されている(1〜81頁)。 
(2) 消極説は伊藤真「物のパブリシティ権」田倉整古稀記念論文集507頁1996。
 積極説は牛木「商品化権」297頁1980。消極説についてはその後、龍村全「不正競業法と知的財産法の狭間」コピライトNo.496 8/2002 2頁があるが、同氏は東京地裁事件の被告代理人であった。
(3)  ニューヨーク市の「マジソン・スクウェア・ガーデン」では、毎年恒例のプロアイスホッケーの試合が行われることで有名であるから、劇映画に登場したアイスホッケーの試合場の外観や内部の様子が不明であり、この名称が映画上使用されていなくても、ニューヨーク市の試合場といえば1箇所しかないことから、市民はその映画を見て直ちに判別ないし誤認することになると考えたことは、もっともであると裁判所は考え、「マジソン・スクウェア・ガーデン」という名称のパブリシティ・バリュウを認め、その名称は保護に価いすると判断した。 阿部浩二「パブリシティの権利と不当利得」注釈民法(18)債権(9)556頁。牛木前掲「キャラクター」524頁。
 わが国著作権法46条は屋外設置の美術作品や建築物の利用の自由を規定しているが、これら公共性の高い作品でも、第三者が営利目的をもって商業的に利用する場合には適用されるべきではないと解する。
(4) 「ハルウララ」は3月22日の高知競馬場第10レースで、わが国競馬界の第一人者・武豊が騎乗して出走するというし、また多くの商品化がなされ、映画の制作や書物の出版もあるというほどの人気馬である。(朝日新聞3月16日39頁「青鉛筆」・同日夕刊3月16日5頁「芸能」)
(5) 東京地判平成13年8月27日、東京高判平成14年9月12日 
(6 ) 「NBL」No.780(16.3.1)7頁は、最高裁判決について、「物のパブリシティ権についても、物の所有権とは独立の、その物の有する顧客吸引力を中核とする、または当該顧客吸引力から派生する財産的な権利として構成することが、はたして本件最高裁判決がいうほどに無理な構成となるのであろうか。」と批判する。
(7) 「ヤギ書体」事件については、牛木「意匠法の研究(四訂)」発明協会433頁。「タイポス」事件については、牛木同書445頁。最近まで、「タイプフェイス」の立法化運動は結実していない。

 


〔牛木理一〕