第1−16



「職務発明」の対価問題について思う
―弁理士の“クレーム力”を重視せよ―
 
 

牛  木  理  一

 


 

1.従業者等がその発明を完成するに至るまでの行為は尊重すべきことは当然であるが、一口に「職務発明」と言っても、単に発明が完成した事実が発生しただけでは、その発明者が受取るべき合理的な相当対価の請求権が発生するものではない。実質的な相当対価の請求権の発生は、従業者等が特許権を使用者等に譲渡したり専用実施権を設定したときである。つまり、どのような発明であったとしても、最終的に特許権がまず確立しなければ、従業者等は特許法に基く相当な対価を受取ることは不可能であると考えるべきである。
 したがって、特許法35条3項が、従業者等が使用者等に特許を受ける権利を承継させたときは、相当の対価の支払を受ける権利を有すると規定するのは、実質的には無意味であるといえる。

2.特許権は、特許庁に特許出願した新技術が審査官による審査の結果、特許査定を受け、これに対して所定の特許料を特許庁に支払った後に発生する独占排他的効力を有する権利である。この特許権の対象となる発明を「クレーム」の形式にまとめたものが特許権であり、明細書の「クレーム」に記載されている範囲が特許権の効力が及ぶ範囲となる。そして、この「クレーム」を作成する者は、主として代理人の弁理士である。
 弁理士は、もし特許庁の審査官からアクションがかけられたときは、引用文献中の技術との違いを明らかにするための意見書や補正書を作成し、場合によっては審査官と面接交渉し、新たな「クレーム」を作成することもある。
 したがって、弁理士自身、当該発明の内容に精通していなければならないのはもちろんのこと、その発明がいかに大きな「クレーム」を獲得すべきかを考えることになるから、代理人の弁理士は、「クレーム」創作のための想像力と創造力という2つの“ソウゾウ力”を持ち合わせていることが要求される。
 明細書に記載される「特許請求の範囲」の解釈によって、特許発明についての独占排他権の広さが画定されるから、どんなに大発明と評価される新しい技術であっても、「特許請求の範囲」の記載に権利範囲は左右されることになる。だからこそ、発明者にとっては、弁理士との綿密な打合わせこそ、将来の彼の前記対価を決めるカギとなるといっても過言ではないのであり、「クレーム」創作のために弁理士の胃袋は、時間と闘いながら、いつもヒリヒリ悲鳴をあげているのである。これを、発明者の発明力に対して、弁理士の「クレーム力」と呼ぶことができる。
 その弁理士は、発明者から対価のおこぼれを頂戴することはなく、出願等の手数料等を出願人である依頼者から受取るだけであるのが現実の姿である。
 しかし、特許庁審査官とのやりとりを含めて、出願の経過をもっとも熟知している者は、出願代理人の弁理士であり、会社側の出願担当者である。
 「クレーム」を含む明細書を作成するのは弁理士であるから、その明細書という言語の著作物(著10条1項1号)の著作権者は弁理士と認定され得るとしても、その著作権の効力は明細書に記述されている「クレーム」に基く特許権の実施に及ぶものではない。したがって、著作権は代理人弁理士に報酬を与える根拠とはならない。

3.ところで、日亜化学工業(株)が有する特許第2628404号に係る「窒素化合物半導体結晶膜の成長方法」の特許権の「クレーム」は1つだけであるが、この記載の中に発明者の中村修二氏が、独自に開発した世界的な大発明の必須不可欠な要件が記載されており、基本特許としての金字塔を確立しているものであれば問題ない(1)。しかし、その「クレーム」を書いた者は弁理士であることを、発明者は忘れてはならないのである。
 ところが、東京地裁平成14年11月29日中間判決に係る平成10年(ワ)10832号・同12年(ワ)5572号事件において、中村修二氏は、裁判長からの本人尋問に対し、「当時、私にとっては論文を書くことが第1であった。特許を出すのも論文を公開したい一心で、その論文の公開のために会社に不利益を生じさせないよう、特許を出していたにすぎなかった。私としては明細書の技術的内容のみ興味があったので、そこしか見ていなかった。特許公報の1頁目は見たかも知れないが、関心がないので、気にとめなかった。」と証言している(東京永和法律事務所website2002年9月19日)。これは、発明者(技術者)本人は研究者としての自分の名声に関心はあっても、金の卵を生むための特許権の基礎となる「クレーム」の記載内容には全く関心がなかったことになる。ということは、発明者は当時、弁理士のしている仕事については理解していなかったばかりでなく、特許法35条3項に規定する「相当の対価」については後知恵であったようである。
 会社が得る利益は、404号特許権の「クレーム」から生まれ、その範囲内の技術の実施に基いて計算されることになるが、それとは別に会社側には、発明完成までの設備や人材の提供、発明者に対する給与の支払いがあるし、成立の前後には量産体制の設備投資、営業・宣伝活動、基本特許の防衛のために周辺を固める多くの特許出願、さらに競争会社の出願に対する特許紛争の出費などがある。
 したがって、会社に勤務している限り、発明者といえども、会社のいろいろな立場を考慮しなければならないから、第三者との間の特許権契約に基づく対価の支払いとは事情が違う。それは、退職後であっても、職務発明である以上、変わりない。
 また、最近の状況では、日亜化学工業鰍ヘ、特許戦争を長年やってきた豊田合成鰍ニ全面的に和解したと報じられているところを見ると、被告会社の将来の利益減少は予想されるし、404特許権の範囲は、青色LEDの技術について絶対的な広さを有するものでないことが明らかになりつつある。新技術といえども、改良されて進歩していくものである。
 かつて、元オリンパス光学の職務発明者が会社に請求した対価請求事件において、東京地裁平成11年4月16日判決も東京高裁平成13年5月22日判決も、その対価は、会社側の利益額5000万円から会社側の貢献度95%を差引いた5%に相当する250万円と算定した。しかし、当該特許権の成立までの経緯を判決文から読み取る限り、この5%すら疑問のある数字であり、殆んど根拠のない金額といわれても仕方のない数字である。

4.私は、特許明細書において「クレーム」を作成する外部弁理士の視点から、本制度で発明者に与えられる相当対価の問題(特35条3項)を特に取り上げて考えてみたが、いかに世界的な大発明といわれるものであっても、そしてそれに特許権が成立したとしても、その「クレーム力」があっての発明に対する経済的評価であり、対価であるから、特許権の成立に関与した弁理士及び出願担当者(リエゾン)による貢献度を十分考慮した上で、当該特許発明に対する発明者に与えられる対価は決定されなければならないことを強調したい。
 そして、彼らの貢献度は、当該特許権の発明者が使用者等に請求する相当の対価のうち、少なくとも2分の1は認定されてよいものと考える。
 ということは、職務発明に対して支払われるべき相当の対価とは、その「クレーム」についての特許権の確立に貢献(寄与)した弁理士及び出願担当者に支払われるべき金額(実際に支払われるものではないとしても)と、同等以上のものではないということである。したがって、裁判所においても、特許権をめぐる発明者に支払うべき対価については、このような観点から計算されて然るべきであると考える。
 当該発明の特許権に対する弁理士の寄与度についての法的根拠を求めるとすれば、特許法35条4項にあり、この法条が「使用者等が貢献した程度を考慮して」と規定していることに準じ、弁理士が使用者等の「代理人として貢献した程度を考慮して」、発明者である従業者等が受けるべき「相当の対価」は定められるべきであると考えることができるのではないだろうか。
 前記事件でもし原告側が勝訴すれば、被告から原告に支払われる対価額の何%かを代理人弁護士は成功報酬として原告(発明者)から受取ることができ、もし200億円の対価が認定されるならば、その報酬は目もくらむような額になるだろう。
 これに対し、その基礎となった特許権の「クレーム」を作成した弁理士は、原告である発明者に対し、その特許権の経済的評価が客観的に明らかになったことへの弁理士の寄与度に対する報酬を請求できないとするならば、いかにも不公平で法的正義に反するのではないだろうか。このような不公平の苦情は、弁理士登録をしている原告代理人の弁護士には理解することができるはずである。
 職務発明に関する限り、特許権の確立はそれに至るまでの関係者の総合的知恵の結集であり、弁理士の「クレーム力」は経済的利益を生む金の卵であるから、発明者の1人勝ちはあり得ないのである。
 したがって、勝訴による発明者(原告)の弁護士への報酬の支払いは当然であるとしても、その特許権の「クレーム力」を生んでくれた代理人弁理士への報酬はゼロであってよいはずはない。弁理士の「クレーム力」への評価は、弁理士への特許庁手続に対する手数料等とは別の、発明者に与えられる相当の対価と同様に、特許権発生後の成功報酬として実現されるべきではないだろうか。
 そして、「クレーム力」の評価は、発明者の「発明力」の評価と同様に、司法裁判所によって決定されて然るべきであろう。この弁理士の報酬請求権は特許権者に対して行使されることになるが、これは弁護士の報酬請求権が依頼者の発明者に対して行使されることと同様の立場である。

5.平成15年10月に発表された産業構造審議会知的財産政策部会の特許制度小委員会の報告書(案)「職務発明制度の在り方について」を読むと、発明者(従業者)と企業(使用者)との間の諸問題について討議された内容がいろいろ記載されているが、社内のリエゾンや代理人の弁理士の立場については何にも触れられていない。ということは、この報告書をまとめられた委員会の人々は、明細書や「クレーム」を書く現場経験がないから、これらの立場にある弁理士について考える知識も知恵も持ち合わせないのであろう。
 しかし、繰り返して言うが、世界的な大発明と評価され、発明者がノーベル賞候補者になり得ても、その発明だけからは莫大な経済的利益をあげることはできない。その発明が特許という評価を得て、特許権という独占排他権を取得してはじめて、経済的利益を得るスタートラインに立つことができるのである。その後のことは、日亜化学工業の404特許があげた実績を見れば明らかである。しかし、もし404特許の「クレーム」が確立しなかったならば、日亜化学工業(被告)は莫大な富を手にすることは困難であったであろうし、そこから発明者(原告)が取得するであろう「相当な対価」なるものも生まれないであろう。
 それだけ、特許権の実体となる「クレーム力」は、絶大な評価を受けなければならないものであることを、関係者は忘れてはならないのである。
 そして、弁理士が作成する「クレーム力」について、諸外国ではどのような評価をし、代理人報酬に反映されているのかの問題について、特許庁や日本弁理士会は調査をしてみる必要があるのではなかろうか。
 職務発明をめぐる使用者と従業員(発明者)との報酬契約は、出願人と代理人弁理士との間でもあり得る問題として考えられる。弁理士は、予め決められた出願手数料等の支払を受取るだけで満足すべきではないであろう。

6.「クレーム」がすべて弁理士の創作といえるかどうかについては異論はあるだろう。願書上の代理人欄には、特許事務所単位の代理では複数の弁理士名が形式的に記載されているから、客観的に「クレーム」を作成した創作者を特定しにくいし、また出願人会社の出願事務担当者や発明者本人が「クレーム」を含む明細書を全部作成する場合もあるから、代理人の欄は形式にすぎないが、単数の代理人の場合で中小企業による出願の場合には、弁理士が「クレーム」を創作することが殆んどであり、これが弁理士の本来の姿であると考えるべきである。

 以上の私の提言は、弁理士のエゴからのものではけっしてなく、1つの特許権の誕生をめぐり、深く関係している代理人としての立場から、一つの特許権の確立と評価について、全体のバランスをよく見て考えることの重要性を指摘し、その立場に対する妥当な経済的評価の要求に基くものである。

(1) 404特許権は平成2年10月25日に特許出願され、平成9年4月18日に特許登録されたが、その後、異議申立がなされた。その結果、発明の名称を「半導体結晶膜の成長方法」から「窒素化合物半導体結晶膜の成長方法」と明確な記載に訂正され、かつ、「クレーム」はより明確な表現の記載に訂正され、特許は維持されて確定した。(特許ニュース平成14年10月15日号)


〔筆者の既発表文献〕
@ 「青色LEDの中間判決に思う」特許ニュース平成14年10月17日号
A 「職務発明制度に対する日本弁理士会見解に対して」パテント平成15年10月号15頁
 
 


〔牛木理一〕