第1−14



権利侵害事件における司法裁判所の役割

牛  木  理  一


 

1.はじめに
 筆者に最初に与えられたテーマは、特許裁判所についてであった。しかし、論説としてまとめるには、このテーマは現実性のないものであった。けだし、わが国憲法は、第76条第2項において、「特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行うことができない。」と規定する。
 憲法改正論議の中で、特許裁判所の設立を議題の一つとすることは結構であるとしても、現在わが国で緊急を要するとして議論されている司法制度改革問題の一環として、特許庁の審判制度との関係のあり方を考えるとき、憲法条項に抵触する議論は避けなければなるまい。特許裁判所のような特別裁判所の設立は、それが終審とならないとしても無理である。
 そこで、筆者が今回論ずるテーマは、昨年7月3日に発表された「知的財産戦略大綱」にある知的財産の保護強化の一環として提示された「実質的な“特許裁判所”機能の創出」について弁理士の立場から考えたものである。さらに荒井寿光氏が本誌「年頭所感」で述べられた知財訴訟改革に言及する。

2.司法裁判所の役割
 さて、司法制度改革推進本部の知的財産訴訟検討会において、第1に取り上げている「侵害訴訟における無効の判断と無効審判の関係等に関する検討」は、特許裁判所制度が憲法条項として存在せず、特許庁における無効審判制度が存在するわが国現行法制下においては、検討して正解を期待することは不可能であると思っていた。
 にもかかわらず、現実の問題として、権利者である原告が、被告の侵害行為の差止め等を請求する訴訟において、被告が主張し立証した権利の実体の出願前全部公知の場合に、司法裁判所はどの理由によって請求棄却の判決をするのが妥当であるかを考えることが、前記検討会において検討された。
 「戦略大綱」第3章2(2)@@)によると、現存する東京・大阪の両地方裁判所の専門部を、“実質的な特許裁判所”機能を果たさせるための専属管轄とする裁判所機構の改正法案を用意しているという。このような両地裁の専門部による実質的な特許裁判所化が実現すると、特許権の有効性の審理は、特許庁審判部との間の二元対立構造が益々顕著なものとなる。そして、審理の迅速化を考えるとき、特許庁審判部の存在意義は益々薄弱なものになってしまうことが予想されるが、それでよいのか。
 前記二地方裁判所による実質的特許裁判所化を図ろうとするのであれば、民訴法6条に規定された権利に限定した差別的訴訟ではなく、意匠権,商標権,著作権,不正競争防止法等の知的財産権に対する全侵害事件を、専門の両地方裁判所の専属管轄として集中させることが必要であろう。
 さらに、前記大綱は、同章2(2)@@)によると、「特許権、実用新案権等」の侵害訴訟の控訴事件は、東京高等裁判所に集中させることを専門的処理体制の強化等として検討しているという。これは、専門裁判官の人材不足を理由とするものであろうが、疑問である。
 なるほど、東京地裁と大阪地裁とでは、専門部数も事件数も大きな開きがある。しかし、大阪地裁を一審とする判決に対する控訴審は大阪高裁とする裁判制度の根幹を犯すことになるから、たとえ知財権侵害事件とはいえ、ここまでは踏み込むべきではない。終審としては、東京に存在する最高裁判所があるのだから、大阪高裁もまた専門部とするのが公平というものである。

3.侵害裁判所における権利の無効性の判断
3.1 過去における多数の裁判例を研究して筆者にわかることは、「特許請求の範囲」の解釈として、実施例限定説、自由技術(意匠)抗弁説、請求権不発生の抗弁説、無効事由抗弁説などがあることである。自由技術抗弁説と無効事由抗弁説との違いは、前者は自己の実施する技術(意匠)が出願当時公知の技術(意匠)でありそれを利用することの自由を主張立証してなされる抗弁であるが、後者は当該権利の実体は全部公知であるから無効事由があることを直接的に主張立証しかつ無効審判を請求してなされる抗弁である。そして、権利濫用論はこの両説から自然に引き出される民法第1条の原則に由来する説のようである。
 そこで、原告が被告の侵害行為の差止め等を請求する訴訟において、被告が主張した当該特許権,実用新案権又は意匠権の実体が出願前全部公知であることが立証された場合には、被告が同時に請求しているであろう無効審判事件の審理促進の協力方を、侵害裁判所は特許庁に強く要求し、審決が出るまでの期間は、訴訟を中止するのが妥当というものだ。これによる裁判の遅延は、当事者主義の原則から原告も了解できるから、問題はないというべきであり、裁判所の都合で中止しないことを決めるべきではない。
 しかし、この場合、もし訴訟中止は不要であり、審判請求書等における当事者の主張立証も検討した上で、客観的に無効事由の存在の心証を侵害裁判所が確実に得たときは、当事者に和解をすすめ、原告に訴訟を取下げるように勧告すればよい。
 したがって、実体が全部公知の権利の場合には、当該権利の有効性を前提に、被告物件は当該権利の範囲に属さないとの判断をすれば、侵害裁判所の権限としては必要かつ十分であり、この判断にさらに付加して、当該権利の無効性に言及することは無用であるのみならず、越権行為であるといわねばならない。
 「イオン歯ブラシ事件」の東京地裁平成2年11月28日判決(無体裁集22巻3号760頁)は、自由技術の抗弁すら否定した判決(裁判官:房村精一・三村量一・若林辰繁)(注1)である。  
 同判決によれば、この抗弁を肯定すると、非権利者の製品が特許発明の技術的範囲に属する場合でも、特許権に基づく差止請求が認められないことになるから、このような結果を容認することは、特許権の本質的内容である差止請求権の行使を否定し、結局、特許庁で行う無効審判手続きを経ずして特許権を無効なものとして取り扱うことに帰着するが、このような取り扱いは何ら実定法上の根拠はなく、かえって特許法の予定する制度の趣旨に反するものであると判示している。
 キルビー特許事件として有名な最高裁平成12年4月11日三小判決(判時1710号68頁)は、原告(上告人)の特許発明が、拒絶査定が確定した原発明と実質的に同一のものと認定されたものであるから、特許法39条1項違反によって特許庁において無効とされる確実性が高いと判断された事案であり、そのような当然無効の特許権の行使を権利の濫用と判断したことは、きわめて稀なケースとして妥当である。
3.2 「ゴム紐事件」東京地裁平成9年4月25日民29判決(裁判官:西田美昭・高部真規子・池田信彦)(注2)(知的裁集29巻2号435頁)では、地方裁判所はまず意匠法は3条1項1号及び2号の公知意匠及び公知意匠に類似する意匠については意匠登録されることがないこと、「逆から言えば、登録意匠の範囲には、当該登録意匠との関係で公知意匠及び公知意匠に類似する意匠は含まれないことを前提としているものということができる。」と考え、「実際の意匠登録出願に対する審査の過程で、公知意匠の存在又は出願に係る意匠が公知意匠に類似することが看過された結果、当該出願意匠が登録されるに至る場合があることは当裁判所に顕著であるが、そのような場合に、公知意匠の存在又は出願に係る意匠が公知意匠に類似することを理由に、意匠登録を無効とする審判を請求して意匠登録を無効とする審決を得られることは、権利成立の要件を本来具備しない意匠登録への対応として意匠法の予定しているところである(48条)。」と説示する。
 その上で、判決は、被告としては、成立に瑕疵のある意匠権に基く差止請求や損害賠償請求に対抗して前記登録無効の審判を請求することとは別に、裁判所において実施意匠が本件登録意匠との関係で公知意匠と同一あるいは実質的に同一であることを主張立証し、本件登録意匠の範囲に含まれないという意味での請求権不発生の抗弁をすることはできると判示した。
 その理由は、「意匠法3条1項は、登録意匠の範囲には当該登録意匠との関係での公知意匠及び公知意匠に類似する意匠は含まれないことをも規定したものと解釈することができ、これに意匠権の効力が登録意匠及びこれに類似する意匠に及ぶとの趣旨の意匠法23条の規定を併せ考えても、登録意匠の意匠権の効力は、少なくとも当該登録意匠との関係での公知意匠には及ばないというのが意匠法の条文の趣旨と解されるばかりでなく、実質的に考えても、公知意匠の存在によって無効事由があるのにこれを看過して登録された意匠権に基づいて当該公知意匠と同一の意匠の実施の差止請求等の請求を認容するのは、ものの道理に合わないからである。」と説示する。
 しかし、判決は、このような理由によって、被告による公知意匠の抗弁を認めるにしても、「裁判所は、相手方(被告、債務者等)の実施している意匠が公知意匠と同一あるいは実質的に同一であることを認定して、当該実施意匠が登録意匠の範囲にも登録意匠と類似する範囲にも属さないことを判断するのであって、当該意匠登録が無効である旨判断するものでないことは当然である。」と説示して釘をさしている。即ち、この説示は、侵害裁判所においては、従来から存する権利当然無効論に基く請求棄却の考え方を採るものでないことを明示している。
 時期をほぼ同じくして係属していた「建物用扉の把手事件」において、裁判所は、「原告は自ら、本件登録意匠に類似する本件類似意匠に係る扉の把手の掲載された原告カタログを本件登録意匠の出願日より相当前に頒布して自ら無効事由を作出しておきながら、本件登録意匠について意匠登録を受けたのであるから、本件意匠権の侵害を理由とする原告のイ号物件に対する製造販売の差止請求と損害賠償請求は、権利の濫用に当たり、許されない。」と判示し、請求棄却の判決をした(大阪地裁平成8年12月24日判決・特許ニュース9724・9726)。
 この判決が、前記ゴム紐判決と違う点は、公知意匠の抗弁による請求権不発生の抗弁を認めるというよりも、無効理由の抗弁による権利当然無効論を容認しようとしているように思われる。そして、自ら無効事由を作っておいてそれを隠して権利行使をすることは、キルビー特許の場合と同質の事案といえるから、このような請求に対して権利濫用が適用されてもやむを得ないだろう。

4.意匠権侵害訴訟で分れた地裁・高裁の理由認定
 最近、一つの意匠権侵害事件をめぐる東京地裁と東京高裁とにおいて起った登録意匠の無効理由についての認定の矛盾について紹介する。
(1) 東京地裁判決(裁判官:三村量一・和久田道雄・田中孝一、平成14年8月22日民46判)
 原告(意匠権者)の登録意匠は、被告が提出した実施証明書による公知意匠との間にその基本的構成が一致するから、その具体的構成に認められる相違点に特徴がありこれが要部であるのに対し、被告のイ号・ロ号意匠は前記本件意匠の要部を有さず看者の印象も違うから、両意匠は類似しないと認定し、この争点1に対する判示によって原告に対し請求棄却の判断をしたかといえば、さにあらずであった。
 判決は、最後に、「なお、念のために、争点2についても付加的に判断することとする。」と付加して、本件意匠に対しその出願前から公知の意匠から、当業者が容易に創作することができる(意3条2項)と、創作力の欠如を理由に無効理由を有することが明らかであると認定し、原告の本訴請求は権利の濫用に当たるから許されないと判示した。そして、最高裁平成12年4月11日判決の「キルビー判決」を援用し、地裁判決の妥当性の裏付けとした。
(2) 東京高裁判決(裁判官:永井紀昭・古城春実・田中昌利、平成14年12月12日18民判)
 本件登録意匠とイ号・ロ号意匠とは類似するが、さらに公知意匠(乙1)もまた相互に類似すると認定したから、争点1の意匠の類否について、イ号・ロ号意匠は本件意匠に類似しないと判示した地裁判決を否定した。
 しかし、争点2について、本件意匠は公知意匠との類似を認め、本件意匠は意匠法3条1項3号に違反して登録され無効理由を有することが明らかだから、本訴請求は権利の濫用に当たると判示した。地裁判決が援用したキルビー特許事件の判例は援用していない。
(3) この2つの判決で見られるように、登録意匠に対し、東京地裁は意匠法3条2項を適用しての登録無効理由をあげ、東京高裁は意匠法3条1項3号を適用しての登録無効理由をあげたが、いずれも本訴請求の権利濫用に結びつけて請求棄却の判決をしている。したがって、高裁は、「原判決の理由は是認し得ない」としながらも、原判決の結論は相当であるとしたが、実は、被告が請求した登録無効審判については、平成14年6月24日に無効審決がなされ、その理由は東京高裁が適用した意匠法3条1項3号の規定であり、東京地裁が適用した意匠法3条2項の規定ではなかった。
 この無効の審決文が送達された後、当事者はいずれも地裁に対して審理再開の上申書を提出したが、地裁はいずれも無視して前記判決を言い渡した。しかし、当事者からは審決文が添付されていたのだから、それを一読すれば、意匠法3条1項3号が適用されたことがわかり、それに合わせて判決文を書き直すなりすればよいものを、当事者の上申に耳を貸すことなく、特許庁の審決における理由を無視したことは、司法裁判所において、権利設定をする特許庁の立場を尊重しようとする姿勢に欠ける根元的な問題があるといえる。一審の侵害裁判所が、控訴審において無効理由が修正されるかどうかとは無関係に認定・判断してよいと考えているのであれば、せめて特許庁による無効審決の理由は尊重すべきであっただろう。  
 この審判事件といえば、請求から審理終結まで4か月という異常な早い進行であった。今日の審理方法は、原則として当事者からの審判請求書と答弁書の提出によって審理に入り、例外的には答弁書に対する弁駁書1回の提出で合議に入るようになっているにせよ、あまりにも早すぎる結審であった。(後でわかったことだが)本件は、審判長の都合による辞職という予定が入っていたから、このように早い審理終結となったようだが、審決文が当事者に送達した時点では、彼はもう特許庁にはいなかった。(この審決に対しては審決取消の訴訟を請求したが、控訴審と同じ裁判部であったから、逆転することはなかった。)
 本事件については上告されなかったが、地裁と高裁の判決を比較すると、証拠となった公知事実立証のための証明書に対する信用性の疑問は別として、地裁より高裁の考え方がまだ説得力があるように見える。しかし、適用条文は異なるものの無効理由の存在を根拠に本訴請求の権利濫用に言及したことは、両裁判所に共通しているから、やはり現行意匠法の予定する制度の本旨に違反した判決といわねばなるまい。

5.無効理由としての創作容易性
 ところで、特許発明や登録意匠の無効事由には、新規性の欠如だけではなく、進歩性(創作力)の欠如の場合があり、権利侵害訴訟において、被告はこの要件欠如を理由に無効事由ありを主張立証することがある。
 しかし、進歩性(創作力)の有無の判断は、特許庁においてもある程度審査官の自由裁量によるところもあるから、審査官の知識・経験・評価力・世界観などによる個人差がある。まして、裁判所においては、調査官の意見を借りるにしても、進歩性(創作力)の判断は裁判官にとっては困難な問題である(竹田稔「知的財産侵害要論改訂版83頁」)。
 侵害訴訟における審理の結果、進歩性(創作力)のないことが明確に判断できる場合はきわめて微妙だろうから、専らこの理由をもって権利濫用の結論に導くことは困難である。
 前記東京地裁平成14年8月22日判決は、この判決は公知意匠との関係で本件登録意匠の類似範囲を狭く解釈した上で、イ号意匠との非類似性を認定して請求棄却したが、これで終ることなく最後に付加するとして、公知意匠からの容易創作(意3条2項)による無効理由があるとまで踏み込んでいることは、裁判を自分の手掌の上で弄んでいるような印象を受ける。

6.特許庁審判への裁判所からの鑑定嘱託
 特許庁は平成12年1月から、裁判所から次の事項の鑑定の嘱託があったときは、鑑定を行うとする特許法等の規定についてHPで告示した(平成11年12月)。
 (1) 特許発明・登録実用新案の技術的範囲についての鑑定(特許法71条の2、実用新案法26条で特許法71条の2を準用)。
 (2) 登録意匠及びこれに類似する意匠の範囲についての鑑定(意匠法25条の2)。
 (3) 商標権の効力についての鑑定(商標法28条の2)。
 今までこのような鑑定の嘱託依頼は3件あったと聞いている。ということは、事案のほとんどは侵害裁判所の審理の中で消化していることを意味する。
 しかし、無効審判制度は特許庁の専属管轄であるから、その限りでは、侵害裁判所が特許発明・登録意匠・登録商標に対して無効を宣言することは許されない。許されるのは、権利の「範囲」の解釈だけである。
 特許庁に対する侵害裁判所からの鑑定嘱託は「範囲」についてだけではあるけれども、これに関係するものとして、無効審判請求があったときは、侵害裁判所は訴訟を中止することができる(特168条2項)ことになっている。
 このように、実定法は、行政機関である特許庁と司法裁判所とは密接な関係下にあることを規定しているのだから、前者の存在を無視して後者は独断専行すべきではない。

7.知財訴訟改革の実現
 荒井寿光氏は、本誌第4号の「年頭所感」で8つの課題をあげられているが、この中でもっとも注目すべき課題は、特許侵害訴訟と無効審判の重複の解消である。
 しかし、現状でこの両者が重複しているという問題を起しているのは司法裁判所であり、制度上は第一次的に特許庁が専属管轄とされているから、司法裁判所が権利の有効性に深く立ち入ることは違法というべきである。
 提言として注目されるのは、「特許ニュース」平成14年12月6日号4頁以下に記載されている2つの提案についてである。即ち、第1案は無効審判と拒絶査定不服審判の両制度を廃止すること、第2案は無効審判だけを廃止することであるが、果してこれでよいのか。 
 この提案によると、無効の判断は、米国と同様に専ら司法裁判所において行うことになる。米国にあっては、特許商標庁が付与する特許権等はその有効性を推定するだけであるから、侵害裁判所において被告がその有効性を争うことは全く問題はなく、裁判所は特許無効を宣言することができる。
 荒井氏が知財訴訟改革としてあげているその他の提言も、単に将来への要望でしかないが、特許庁と裁判所との間の慎重な議論の繰返しが必要である。
 しかし、その中で、特に理工系の人材を特許弁護士に登用するための前提となるロースクール問題は実現可能性があり、そこから理工系の裁判官も誕生し、実質的特許裁判所の実現に近づくことになる。されば、これによってはじめて、米国流の特許弁護士(Patent Attorney)が誕生することになる。(注3)
 ただ、この提案には、特許弁護士制度が確立した場合、現在着々と実現のレールが敷かれている、訴訟代理権を付与された弁理士との関係をどう調製するのかの問題が全く欠落している。

8.むすび
 被告が立証した公知の事実が、客観的に納得できる証拠に基づくものと認定できるものであるならば、被告の実施物件が自由技術(意匠)を利用しているとの抗弁は、請求棄却の理由として妥当である。したがって、その限りでは、侵害裁判所の権限を越えることにはならない。(注4)
 しかし、公知による自由技術(意匠)の認定を無効理由にまで昇華し、これをもって原告の請求権の行使を権利濫用と解することは、侵害裁判所の権限を越えている。
 したがって、実定法上の根拠のないわが国侵害裁判所による無効理由を原因とする権利濫用論では合理的解決とはならず、かえって違法性の疑いの濃い紛争解決法であるといわれることになる。

(注1) 房村精一判事は東京地裁から法務省司法法制部長に就任されたが、現在は民事局長である。三村量一判事は、東京地裁から最高裁調査官に就任されたが、現在は東京地裁民事46部の裁判長である。
(注2) 高部真規子判事は現在、最高裁調査官である。この事件判決については、拙著「公知意匠等との関係における意匠権侵害訴訟事件」富岡健一先生追悼記念論文集19頁(六法出版社1997)。なお、http:www.u-pat.com 第1−3参照。
(注3) 荒井氏が代表する知的財産国家戦略フォーラムが構想している「知的財産高等裁判所」とは、従来の高等裁判所とは別格の9番目の高等裁判所を東京に創設することのようである。すると、これは「実質的な特許裁判所」構想とは別異のものである。しかし、これこそ特別裁判所の設立になるのだから、たとえ最高裁判所に上訴できる道が開かれているとしても、合憲性は疑問である。また、知財弁護士制度を提言するが、これと一般のロースクールとの関係や一般弁護士制度との関係などの諸問題をどう調整するのか不明である。わが国の司法制度の改革問題を考えるとき、その一端として知財訴訟機構の改革と称して、知的財産権だけが他の財産権とは別格扱いで保護されなければならない社会的必然性があるとは考えられないから、このような構想や提言は、国民的コンセンサスを得ることは困難だろう。
(注4) 司法裁判所が、現在、原告の請求を権利濫用論で請求棄却の判決をする理由には、大きく分けて2つの場合がある。一つはその権利自体に無効理由がある場合、他は差止請求の行為自体が条理や公正な競争秩序に反するような場合である。そして、後者の場合であれば、キルビー特許の最高裁判決がそうであったように妥当といえる。
 


〔牛木理一〕