第1−13


 
青色LEDの中間判決に思う

牛  木  理  一


 

1.青色LED404特許権の帰属をめぐる東京地裁の9月19日の判決は、われわれの目から見ると、予想されたところである。というのは、原告の中村修二氏が請求したのは、被告の日亜化学鰍ノ譲渡した職務発明についての特許を受ける権利に基いて発生した特許権の全面的な移転請求ではなく、会社持分の1000分の1についての移転という極めて小さい持分に対する請求であったからである。
 中村氏がなぜ1000分の1という小持分の移転請求としたのか、実質的な根拠はないだろう。特許法35条1項の職務発明の規定は、特許を受ける権利は原則として発明者にあるとしているが、同法35条2項によれば、契約や勤務規則等に職務発明による特許を受ける権利の帰属を会社とし、譲渡証書などの証拠があれば、発明者は権利の持分を全く持たないことは明らかである。
 したがって、東京地裁が譲渡証書の成立を適法と認めた上で、原告の請求を棄却する中間判決をしたのは妥当であったといえる。

2.次の問題は、特許法35条3項,4項に基く職務発明者に支払われるべき対価の額となる。
 被告は原告に対し、特許出願時と特許成立時にそれぞれ1万円の褒賞金を支払っただけで、その特許発明によって得た被告の利益額に対する相当対価の支払いを原告はまだ受けていないから、その対価として、とりあえず20億円を支払ってほしいと請求している。この金額の根拠は、未確定利益額の内金のようだが、特許法で規定する「請求の対価」とは何が根拠となるかが問題である。将来にわたって、特許権が存続している期間中は、毎年、被告会社の利益額の何%かを支払ってもらうことになろうから、会社が元従業員に支払う一種のロイヤリティである。仮に5%とすると、会社の一年当たりの売上額を最低400億円と見積もったことになるが、この利益額の見積が妥当かどうかは不明である。

3.会社が得る利益は、404号特許権の権利範囲から生まれ、その範囲内の技術の実施に基いて計算されることになるが、会社側には、発明完成までの会社設備や人材の提供、発明者に対する給与の支払いがあるし、成立の前後には量産体制の設備投資、営業・宣伝活動、基本特許の防衛のために周辺を固める多くの特許出願、さらに競争会社の出願に対する特許紛争の出費などがある。
 したがって、会社に勤務している限り、発明者といえども、会社のいろいろな立場を考慮しなければならないから、部外者との間の特許権の契約に基づく対価の支払いとは事情が違う。それは、退職後であっても、職務発明である以上、変わらない。
 最近の状況では、日亜化学鰍ヘ、特許戦争を長年やってきた豊田合成鰍ニ全面的に和解したと報じられているところを見ると、被告会社の将来の利益減少は予想されるし、404特許権の範囲は、青色LEDの技術について絶対的な広さを有するものでないことが明らかになりつつある。新技術といえども、改良されて進歩していくものである。

4.ところで、どんなに世界的な大発明でも、特許権となると、違う評価を受けることになる。即ち、そのような発明を法的に保護するものは特許権であるが、特許明細書上に記載される「特許請求の範囲」の解釈によって、特許発明についての独占排他権の広さが画定されるから、どんなに大発明と評価される新しい技術でも、「特許請求の範囲」の記載に権利範囲は左右されるのである。
 この特許明細書や「特許請求の範囲」を書くのは、出願代理人である弁理士の仕事である。したがって、発明者にとっては、弁理士との綿密な打合わせこそ、将来の彼の前記対価を決めるカギとなるといっても過言ではない。これを、発明者の発明力に対して、弁理士の「クレーム力」といってよい。その弁理士は、発明者から対価のおこぼれを頂戴することはなく、出願等の手数料を出願人である依頼会社から受取るだけである。
 特許庁審査官とのやりとりを含めて、出願の経緯をもっとも熟知している者は、出願代理人であり、会社側の担当者である。
 発明の名称を「半導体結晶膜の成長方法」と題した404特許権の「クレーム」は1つだけであるが、この中に中村氏が独自で開発した世界的な大発明の必須不可欠の要件が記載されており、基本特許としての金字塔を確立しているものであれば問題ないが、それを書いたのは弁理士である。
 発明自体は研究の成果であり、それ自体は金になることはない。この成果を金にするものは特許権であり、その中の「クレーム力」であることを忘れてはならない。
 かつて、元オリンパス光学の職務発明者が会社に請求した対価請求事件において、東京地裁平成11年4月16日判も東京高裁平成13年5月22日判も、その対価は、会社側の利益額5000万円から会社側の貢献度95%を差引いた5%に相当する250万円と算定した。しかし、当該特許権の成立までの経緯を見ると、この5%すら疑問のある数字であった。

5.弁理士登録をしている弁護士も多い中で、今年4月に成立した弁理士法の一部改正では、特定の知的財産権の侵害訴訟における訴訟代理権を弁理士に条件付で付与することが認められたが、これは権利侵害事件の当事者にとっては、特許権等の取得の経緯を熟知している弁理士こそ訴訟代理人となることが適任だとする司法制度改革審議会の意見に沿っている。
 その意味で、権利侵害訴訟において、出願代理人である弁理士の役割は大きいことを関係者は認識すべきだろう。

6.筆者が10月17日付本紙で発表した「青色LEDの中間判決に思う」を脱稿した後の10月9日に、すごいニュースがわが国に飛び込んできた。43才のサラリーマンの田中耕一氏が、今年のノーベル化学賞を授与されることになった。
 田中氏は新聞によれば、「もうけを考えずに研究して良いという職場に居られたことも良かった。」といわれている。その意味では、島津製作所の研究環境は、中村修二氏が勤務していた日亜化学のそれとはだいぶ違うようである。
 ただ2人の研究者に共通していることは、自分で研究テーマを設定し、それに全身全霊を打ち込んで邁心するという、変人でなければできないようなサラリーマン人生をしてきたことである。変人サラリーマンに喜んで研究させる環境を与える企業こそ、明日が約束されているともいえるようである。
 中村修二氏は一足先に時の人となったが、同氏もまたその発明によってノーベル賞候補といわれている人である。
 田中氏の発明の場合、1985年に特許出願され、1993年に特許登録されたが、出願時に5,000円、登録時に5,000円を補償料として会社は支払われたという。(会社は田中氏に被害を与えたわけではないのだから、補償料という考え方はおかしいが。)
 しかし、本人はむしろ好きな研究を自由にやらせてくれてきた会社に感謝すると、あくまでも謙虚であり、対価とか昇進とかの会社による今後の報奨にはこだわっていないようである。それよりも、昇進して好きな研究ができないことをおそれている。その意味では、会社としては、そのバランスを考えることになろうが、本人が現在の職場環境で「やる気」を起こしている以上、これを尊重することは会社のプラスとなる。

7.この点は、表面的には、中村修二氏と好対照に見えるかも知れない。しかし、中村氏が元の勤務会社と争っているのは、自分の「発明」に対する金銭的要求ではなく、「特許権」という独占排他権を会社が取得したことによって得ている商業的利益に対する何%かの配分の要求である。中村氏がまず、特許権の持分の1000分の1を共有することの確認を東京地裁に中間判決で求めたのは、特許権に対する相当対価を請求するための法的根拠を確保しておきたかったからだろう。
 特許法35条3項に規定する「相当の対価」とは正にこのことであるから、会社が発明者に対して支払う報奨金とは別性質のものである。したがって、会社がその発明の特許権を実施しなかったり、実施しても然るべき利益を上げるに至らなかったりすれば、対価の請求はできないことになる。

8.また、新しい技術開発のプロジェクトのために莫大な時間と研究費を投資しても、結局、何の成果も得られなかったとなれば、損失を負担するのは会社であって、研究者ではない。それでも、会社は研究者には従業員として給与を払わねばならないし、休暇も与えなければならない。
 したがって、企業経営側としては、1つの発明の実施と特許権の取得によって得られた商業的利益と、その他の多くの発明の実施や特許権の取得にもかかわらず得られなかった商業的損失とのバランスを考慮しなければならないことになるから、企業において研究開発に従事する以上、研究者は他の従業員との連帯意識を十分もつことが必要だろう。

9.いずれにせよ、中村氏の東京地裁における対価請求訴訟は、正当な権利行使であるといえるし、それに真摯に応えるのが、その発明の特許権によって商業的利益を上げている会社側の誠意というものである。
 奇しくも、わが国が世界に誇れる2人のエンジニアが、われわれの眼前に好対照な対象として登場したことから、注目されることになったが、両者に共通する“変人”こそが、大発明を生む下地となっている。ということは、変人に喜んで研究させる環境を与える企業こそ、明日が約束されているともいえるようである。だから、とかく冷たい目で見られ勝ちな日本的国土の中にあって、あらゆる可能性を持ち続けて研究している“変人”を、企業を含む周囲が理解する心と視野を持つことが必要である。
 


〔牛木理一〕