第1−11



著作権の成立と保護範囲
Establishment of Copyright and It's Scope of Legal Protection
 

牛  木  理  一


 

抄  録
 著作権の保護範囲は、外面的表現形式から入って内面的表現形式に及ぶが、さらに着想(アイディア)には及ばないと考えるのが通説であり、これに対し特許権や意匠権の保護範囲は着想に及ぶから、この点が同じ知的財産権にあっても違うところであると解するのは、主に著作権法関係者である。
 ところが、工業所有権法関係者から見れば、特許権にはクレームがあり、均等論はあってもその適用には限界があるし、意匠権には類似の範囲はあってもそれ以上の保護はないことと比較すれば、両者の間には知的財産権としての保護範囲の考え方について、本質的な違いは認められないのである。
 そこで、著作権侵害事件に関するわが国の目立った裁判例を解析し、そこから著作権の保護のあり方について考えたのが今回の論稿である。

目  次
1. 問題の所在
2. 法的保護の対象
 2.1 著作権法上の定義
2.2 第1の成立要件
 2.3 第2の成立要件
 2.4 第3の成立要件
 2.5 創作の意図・目的
3. 保護対象の実体
4. むすび


1. 問題の所在
1.1 はじめに
 長年、特許法、実用新案法、意匠法、商標法という工業所有権法に囲まれた中で仕事をしている者は、これらの法律によって保護されるべき発明や考案の技術的範囲とその解釈、意匠や商標の類似範囲とその解釈にいつも頭を痛めている。それは、権利を主張する立場にあっても、権利主張に反論する立場にあっても同様である。まして、侵害裁判所において説得力のある法的判断をしなければならない裁判官には想像以上のものがあるだろう。
 この頭痛の種はどこに由来するのかといえば、特許権と実用新案権についていえば、イ号物件が、“クレーム”として記載表現されている本権の「技術的思想」と同一か否かを判断しなければならないこと、意匠権と商標権についていえば、イ号物件が、本権とは同一ではないが「類似」するか否かを判断しなければならないことにある。
 しかも、この判断に際しては、両者を単に形式的に対比して考えるのではなく、特許権,実用新案権,意匠権にあっては、その各権利の出願日前に公知となっていたものと対比して、新規性と進歩性(創作力)が存していたか否かが、改めて全面的に見直されることになる。もしこれらの権利が新規性又は進歩性(創作力)を有していないことが被告によって明確に証明されたならば、権利侵害を主張して差止請求権や損害賠償請求権を行使することは、権利の濫用として許されないとの判決がなされることになり(1)、また被告か ら請求されていた特許庁への無効審判請求に対しては、無効の審決がなされることになる。
 しかし、出願前公知のものと比較したとき、全面的に公知のものと一致するのではなく、部分的にのみ一致するような場合には、原告の権利範囲が狭く解釈されることになり、いわゆる要部解釈により、その要部を被告物件が具備するといえるか否かが争われることになる。そして、その判断は形式的になされるのではなく、思想的ないし創作的になされる。特許権や実用新案権の侵害事件において行う裁判所の均等や等価についての評価や、意匠権の侵害事件において裁判所が行う意匠の類似の評価は正にこれである。けだし、強力な対世的効力の及ぶこれらの権利によって独占的排他的に保護されるものは、“クレーム”に表現されている特許発明の技術的思想であるし、意匠図面に表現されている登録意匠の創作体だからである(2)。
 このような観点から著作権の侵害問題を考えてみると、著作権法もまた商標法を除く工業所有権法と同様に、人間の精神的所産である知的創作を保護することを目的とする知的財産法であることに変わりはない。違う点といえば、知的創作を保護する条件と方法が工業所有権法と著作権法とでは違うことである。しかし、条件や方法の違いはあっても、それぞれは条約によって国際的にハーモナイズされたほぼ共通の制度を各国はもつことになる。
 そこで、著作権が保護対象とするものは何かを考えると、それは具体的な表現形式であり、その表現形式が由来する思想又は感情ではないと解するのが通説である(3)。
 しかし、「複製」か否かをめぐる著作権侵害訴訟において、対比する被告作品が必ずしも原告の著作物の外面的表現形式を模倣していなくても、また平面物から立体物への異次元物になっていようとも、これらは概して「複製」と解される(4)。け だし、前者の場合 は、原告著作物に対して被告作品に修正や 変更があったとしても、同一性を失うことなく類似していると 感得できるも のは、原告著作物の有する創作性を被告作品は共有していることになるし、後者の場合は、立体物に転用しても、そこに原告著作物とは違う創作性の存在を感得することができないからである。
 そうすると、侵害裁判所における著作物の保護についての考え方は、単なる外面的表現形式に対する複製のみではなく、内面的表現形式に対する複製にも及び、この内面的表現形式はさらに翻案として表現形式を変化しても及んでいることに気付かされるのである。
1.2 裁判例
 例えば、平成11年中に相次いで大阪地裁と東京地裁から出された次の4つの美術の著作権侵害事件の判決及び東京地裁判決に対する東京高裁判決、並びにドキュメンタリー番組の著作権侵害事件をめぐる東京地裁判決と東京高裁判決が、複製と翻案の問題について考える材料をわれわれに提供している。
(1) 「デザイン画」事件(大阪地平9(ワ)3805号平成11年7月8日民21判〈一部認容〉.知財管別冊判決CD大阪民21,1999-029.判時1731号116頁)
 被告図柄と原告著作物Cに描かれている男性の図柄の間には、丸い山高帽をかぶった男性が立っている点その他の点において共通し、また被告図柄については、左右の肩から腕、手にかけての線で類似しており、そこにはなお原告著作物Cの創作的表現が再生されているから、被告図柄においては右原告著作物Cの内容及び形式を覚知させるに足るものを再生しているといえる。
 そして、被告は原告著作物Cの複製物であるフレッチャー画に依拠して被告図柄を作成した。
 したがって、被告図柄は、少なくとも原告著作物Cの二次著作物というべきで、被告が指摘する両者の相違点は、いずれも複製物でないことの根拠とはなり得ても、二次著作物までをも否定する根拠とはなり得ないから、被告図柄を被告医薬品の包装箱等に使用した被告の行為は、二次著作物に関する原告の複製権(著28,21,11)を侵害したものというべきである。
(2) 「スイカ写真」事件(東京地平11(ワ)8996号平成11年12月15日民29判〈棄 却〉.知財管別冊判決CD東京民29,1999-066)
 特定の作品が先行著作物を「翻案」したものであるというためには、先行著作物に依拠して制作されたものであり、かつ先行著作物の表現形式上の本質的特徴部分を当該作品から直接感得できる程度に類似しているものであることが必要である。
 アイディアの点では共通するものの、この共通点は写真の著作物である原告写真の創作性を基礎づけるに足りる本質的特徴部分についてのものではないから、被告写真は原告写真の表現形式上の本質的特徴部分を直接感得できる程度に類似したものということはできない。
 東京高平12(ネ)750号平成13年6月21日6民判〈認容〉は、次の理由により逆転判決をした。
 他の者が、このような作為的な表現についての発想を、控訴人とは全く別個に得る可能性は全くないものとすることはできないであろう。しかし、このように一致した配色及び構図の着想に至ったのが偶然であったとしたら、相当に珍らしいことが生じたものということは許されるであろう。
 被控訴人Bには、本件写真を見ることが物理的に可能であったことが明らかであるから、本件写真に依拠し得る立場にいたということができる。そして、被控訴人Bは、本件写真に依拠して被控訴人写真を撮影したと認められ、かつ、被控訴人Bは、本件写真に依拠しない限り、到底、被控訴人写真を撮影することができなかったものと認められる。(5)
(3) 「キューピー」事件(東京地平10(ワ)13236号平成11年11月17日民29判〈棄却〉.知財管別冊判決CD東京民29,1999-062,牛木「キャラ商品化権」194頁 )
 原告が著作権法上の保護を求める著作物について、当該著作物が先行著作物を原著作物とする二次的著作物であると解される場合には、当該著作物の著作権は、二次的著作物において新たに加えられた創作的部分についてのみ生じ、原著作物と共通し実質を同じくする部分には生じないと解すべきである。
 本件人形は、立体的な人形とした点で、両作品の二次的著作物に当たるものということができる。
 本件人形と被告人形は、共通点を有するが、その共通点のほとんどは、既に1903年作品2.及び1905年作品に現われているし、本件人形に付加された新たな創作的部分とはいえないこと、・・・・両者には数多くの相違点が存在すること等の事実を総合判断すると、被告人形は、本件人形における本質的特徴を有しているとはいえず、両者は類似していないと解するのが相当である。
 東京高平11(ネ)6345号平成13年5月30日13民判〈棄却〉は、次の理由により原審判決を維持した。
 本件著作物の複製物である本件人形の形態は、キューピーイラストの有する上記表現上の特徴をすべて具備していることに加え、これを変形して立体的に表現したという点において新たな創作性が付与されたものと認められる。したがって、本件著作物は、R.O.がその制作に先立って創作したキューピーイラストの二次的著作物として創作性を有するというべきである。
 キューピーイラストが従来の作品における子供、天使、キューピッド等の表現として不可避又は一般的な表現にとどまらず、むしろ、新たな空想上の存在を感得させる表現上の創作性を有する以上、これを立体的に表現した本件著作物もまた、その創作性を認めることができる。
 本件著作物は、キューピーイラストを原著作物とし、これを立体的に表現したという点においてのみ創作性を有する二次的著作物であるというべきであって、被控訴人主張の先行著作物の二次的著作物ということはできない。(6)
(4) 「造形美術品」事件(東京地平7(ワ)24693号・2592
4号平成11年3月29日民29判〈一部認容〉.知財管別冊判決CD東京民29,1999-026.判時1689号138頁)
 Tは、T作品を制作するに当たり、本件著作物に依拠したのではなく、専ら、独自の創作的表現を発揮して制作したことは明らかであるから、本件著作物を「複製」したものではない。
 東京高平11(ネ)2937号・4828号平成12年9月19日6民判(判時1745号128頁)は 、控訴請求 は認めず、判決主 文と理由を変更 した。
 著作権法によって保護されるものは、直接には、「表現したもの」(「表現されたもの」といっても同じ。)自体であり、「思想又は感情自体に保護が及ぶことがあり得ないのはもちろん、思想又は感情を創作的に表現するに当たって採用された手法や表現を生み出す本(もと)になったアイディア(着想)も、それ自体としては保護の対象とはなり得ない。 著作権者に専有権の与えられている「複製」・「翻案」とは具体的にどういうものかといえば、既存の著作物に依拠してこれと同一のものあるいは類似性のあるものを作製することであり、ここに類似性のあるものとは、「既存の著作物の、著作者の思想又は感情を創作的に表現したものとしての独自の創作性の認められる部分」についての表現が共通し、この結果として、当該作品から既存の著作物を直接感得できる程度に類似したものである。
 複製・翻案の判断基準の一つとしての類似性の要件である「直接感得性」は、類似性を認めるための“必要条件”であっても、“十分条件”ではない。即ち、直接感得性は、表現されたものどおしを比較したときの共通性以外の要素によっても大いに左右される場合があるから、必ずしも常に類似性の判断基準として有効に機能することにはならない。
 公益あるいは第三者の利益との調整の観点から、おのずと著作権の保護範囲は限定されたものとならざるを得ないからである。(7)
(5) 「江差追分」事件(東京地平3(ワ)5651号平成8年9月30日民29判〈認容〉.知的裁集28巻3号464頁、東 京高平8(ネ)4844号 平成11年3月30日6民判〈棄却〉)(8)
本件番組は本件小説を「翻案」したものであるかといえば、基本的な筋、構成と一体として翻案の判断をなすべきであり、本件小説における表現形式上の本質的な特徴を本件番組から直接感得することができないから、本件小説を翻案したものであるとはいえない。
本件ナレーションは、本件プロローグを翻案したものであるかといえば、本件ナレーションは、本件プロローグの基本的骨子となる部分のみを同じ順序で表現しているものであり、外面的な表現形式でも基本的にほぼ類似の表現形式上の本質的な特徴を直接感得することができるから、本件プロローグを翻案したものと認めるのが相当である。
(以上、東京地裁判決.判時1584号39頁)
本件ナレーションの表現は、本件プロローグの江差追分全国大会に対する深い思いに基づく思想又は感情の創作的な表現を直ちに感知させるものであり、単なる客観的事実の説明とはいえない。
(以上、東京高裁判決)
 以上において、(4)の判決は「複製」(著2条1項15号,21条)に当たるか否 かを考えたし、(1)(2)(3) (5)の判決は「翻案」(著2条1項11号,27条)に当 た るか否かを考えている。そして、いずれの判決も、原著作物との関係で「 依拠」・「創作的 表現」・「本質的特徴部分」が基準となっているが、これ らは複製と翻案の有無を考えるときの共通の要素となり、翻案は複製を超えて創作的要素が付加された行為と解されている。
 また、複製か否かを考えるときに、「類似」の概念が導入されている。この概念は、裁判官によって自然に使われるのかも知れないが、その考え方の基礎には、「意匠の類似」と共通する意識があるのだろう。「意匠の類似」とは、意匠の創作の実質的同一性を意味すると解する立場からすると(9)、著作物の 類似につ いて考える裁判官の考え方が理解できる。
1.3 本稿の目的
 そこで、本稿においては、財産権としての著作権が成立する要件とそれによって保護される著作権の範囲について、裁判例を瞥見することによって考えてみることにする。
 なお、本文中で引用する拙著「キャラクター戦略と商品化権」(発明協会2000)は、牛木「キャラ商品化権」と省略した。

2. 法的保護の対象
2.1 著作権法上の定義
 わが国の著作権法は、「著作物、・・・・に関し、著作者の権利・・・・を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的とする。」(著 1条)と規定する。 ここに「著作物 」とは、英語でい えば“work”、独語でいえば“werk”であるから、日語では「作品」と訳した方がわかり易い。
 「作品」である「著作物」を、著作権法は「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」(著2 条1項1号)と定義するが、著作物の成立要件を分説すると、次の3つになる。
 1. 思想又は感情を表現したもの。
 2. 創作的に表現したもの。
 3. 文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの 。
 「思想又は感情」とは人間の精神活動全般を指し、
「創作的に表現したもの」とは厳密な意味での独創性が要求されるわけではなく、その思想又は感情の外的表現に著作者の個性が何らかの形で現われていれば足り、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属する」とは知的・文化的精神活動の所産全般を指す、と解するのが相当である。(「選挙当落予想表」事件.東京高昭和62年2月19日判、無体裁集19巻1号30頁)(10)
2.2 第1の成立要件
 第1要件の「思想又は感情を表現したもの」とは、作者独自の精神活動による成果として生み出されたものをいい、その表現が何らかの媒体に固定されている必要はない(11)。
 しかし、著作権の保護対象となるものは、具体的な外面的表現物だけか、あるいはその背後にあるその内容となる抽象的な内面的表現形態か、あるいはその表現形態の由来となる思想又は感情(アイディア)まで及ぶのかが問題となる。これについて、斉藤博教授は、「音楽や詩,抽象美術のような形式と内容がさほどに峻別できない著作物もあるが、文芸の著作物や学術の著作物の多くは内容の独自性につき保護が求められる。・・・・著作物の中には、その形式の独自性を認めることができるものもあるが、内容と形式が一体となって独自性を確保しているものもある。さらには、その内容にこそ独自性を認めうるものもある。(12)」と述べられる。
 「思想又は感情を表現したもの」といえば、機械の設計図のような実用品に関する図面も、著作権法10条1項6号に例示してあるものと解されることから、内容が機械についての技術的思想に関するものであっても、それが設計図として表現されている以上、著作物性を有することになる。
 「冷蔵倉庫の設計図」について、建築工学上の技術思想を創作的に表現した学術的な性質を有する図面であるとして、著作物性が認められた事例(大阪地昭和54年2月23日判. 判タ387号145頁)(13)、「マンショ ンの設計図書」に ついて、専門的 な知識経験に基い て創作されたものとして著作物性が認められた事例(横浜地平成10年5月23日判.行裁集40巻5号480頁)、 「建築設計図」は、一般に学術的性質を有する図面に当たり、建築家がその知識と技術を駆使して作成した建築設計図は 、そこに創作性が認められる限り10条 1項6 号の著作物性を肯定し得るから、本件設計図も前記6号の著作物に該当すると 判 示 した事例(福島地平 成3年4月9日決.知的裁集23巻1号228号.中島徹別ジ 著判3版36頁)がある(14)。
2.3 第2の成立要件
 第2要件の「創作的に表現したもの」とは、作者独自の創作活動の成果をいうから、実質的には、発明や意匠についての創作性と変わらない(15)。けだし、特許法の保護対象となる発明とは「自然法則を利用した技術的思想の創作」(特2条1項)であり、意匠法の保護対象となる意匠とは「物品の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合で、視覚を通じて美感を起させるもの」の創作(意2条1項、1条)であり、創作性のあ る技術的思想や意匠を保護対象としているからこそ、知的財産法といわれるのである。
 著作権法における「創作性」とは、著作者の個性が著作物の中に何らかの形で表現されていればよく、作者に主観的創作性(独自性)が存するだけで保護されるのに対し、特許法や意匠法では主観的創作性が存するだけでは保護されず、それが同時に客観的創作性、即ち新規性及び進歩性(創作力)ありの評価(意3条 1項,2項)を受けなければならない点が違う。
 著作権法による保護は、主観的に創作性を有するだけで十分であることを判示したのは、「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー」事件(最高昭50(オ)324昭和53年9月7日一小判.民集32巻6号1145頁、渋谷 達紀別ジ著判3版6頁)(16)であった。
 原告のA曲はX社による楽譜の出版によって公けになり、またレコード化もされた。裁判所は、被告が B曲を作曲するに当たり、A曲を知っていたか否かを認定するに際し、次の3つの要件をテストし、いずれも否定されたことから、被告によるA曲への接近の機会がなかったことを推認した。
 1. A曲は当時、わが国では音楽関係者の誰れでも 知っていた程、著名ではなかった。
 2. 被告が当時、A曲を知らなければならない特段 の事情が認められない。
 3. B曲はA曲を知らなければ作成できない程、A曲に類似していない。( 二審認定)
 その結果、B曲の歌の旋律のある小節の6割にあたる部分が、A曲のリフレイン部分と同一又は類似の旋律を使用しているから、B曲の実演を聞くと、その旋律をA曲のそれと判別するのが困難で、A曲の旋律の再製のように感じられるから、B曲はA曲の複製物だとする原告の主張は認められなかった。これについて最高裁判決は、「著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を知覚させるに足りるものを再製することをいうと解すべきであるから、既存の著作物と同一性のある作品が作成されても、それが既存の著作物に依拠して再製されたものでないときは、その複製をしたことにはあたらず、著作権侵害の問題を生ずる余地はない」とし、知らなかったことについて過失の有無は問われないと判示した。
 ところで、斉藤教授は、創作的表現とは、「描写の表層部分のみを指すのではなく、考えなり思いが滲み出されているものである(17)。」と述べられているが、この意味は、われわれはその作品を見たとき、そこに表現されている形態だけにとらわれて創作性を認定するのではなく、その作品の内側にある内容(実体)をよく把握して創作性を認定する必要があるということであろう。表現物の独自性と表現方法の独自性とは区別しなければならないから、著作物の創作性は表現物の独自性に焦点を合わせたものでなければならない(18)。
 そうすると、絵として表現する漫画のキャラクターのような美術の著作物と物品に表現する意匠(デザイン)との間には、保護対象のもつ創作性についての考え方に共通の思想が存するといえる。
 しかし、漫画のキャラクターについての裁判例は、概して、「キャラクターとは、原著作物中の人物などの名称、姿態、役割を総合した人格とでもいうべきものであって、原著作物を通じて又は原著作物から流出して形成され、原著作物そのものからは独立して歩き出した抽象的概念であって、それ自体は思想、感情を創作的に表現したものとしての著作物性を持ち得ないもの」(「ポパイ」商標権侵害第3事件大阪地昭和 59年2月28日判. 無体裁集16巻1号138頁、大阪高昭和 60年9月26日判.無体裁集17巻3号411頁、最高平成2 年7月20日 判.民集44巻5号876頁。牛木「キャラ商品化 権」270頁)という考え方がとら れている。
 ところが、科学研究論文の著作物性が争われた「野川グループ」事件の京都地平成2年11月28日判(無体 裁集22巻3号797頁,小泉直樹別ジ著別3版94頁) は、「論証の筋道の構成が著作者の創作性を示すものとして重要な位置を占めるから、その著 作権侵害の有無を判断するに当たっては、単に外形上の表現 の異同を検討するだけではなく、表現された内容の実質的異同についても検討すべきであり」、学術雑誌に発表された論文は既存の著作物と主題、構成及び表現を異にしているから、複製又は翻案したものではなく、創作性は認められるとした。
 「ビル設計図」事件の東京地昭和60年4月26日判(判タ566号267頁)は、被 告の設計図は原告の著作に係る設計図を参照し て作成されたものであり、一 部に差異はあるものの、同一性を損なうものでないとして、他人の設計図に依拠し、これを複製したものと認定した。
 また、「丸棒矯正機設計図」事件の大阪地昭61(ワ) 4752平成4年4月30日判(知的裁集24巻1号292頁,判時1436号104頁)(19)では、原告の本件設計図につ いて、「原告の設計担当の従業員らが研究開発の過程で得た技術的な知見を反映したもので、 機械工学上の技術思想を表現した面を有し、かつその表現内 容(描かれた形状及び寸法)には創作性があると認められる。したがって、本件設計図は、それぞれ丸棒矯正機に関する機械工学上の技術思想を創作的に表現した学術的な性質を有する図面(著10条1項6号)たる著作物にあたるというべきである。」と認定した上で、被告が、その表現内容である寸法及び形状をそのまま用いたことは、「同種の技術を用いて同種の機械を製作しようとすれば、その設計図の表現は自ずから類似せざるを得ないという事情によって説明しうる範囲を超えているから」、被告設計図は本件設計図を「部分的に複製したものであり」、原告が同部分について有する複製権を侵害するものであると認定した。
 すると、著作物として存在するものの本質は表現形式における創作性にあり、著作物を利用するとは、著作物の創作性のある表現形式を利用することを意味するといえる(20)。
 著作物の本質については、その創作過程から、内容、
内面的表現形式、外面的表現形式の三段階に分析する学説が紹介されているが(21)、ここに「内容」と「アイディア」との区別は明らかでないばかりか、区別する実益はないだろう。「アイディア」は著作権保護の対象とならないといわれるが、著作権者が保護を主張できる範囲は、外面的表現形式の依って来たる創作性であり、それ以上のものではないから、当該著作物の創作性として把握することができる範囲のもの(筆者はこれを「創作体」と呼ぶ。)に限られることになる。したがって、「アイディア」を仮に抽象的に説明することができるとしても、その「内容」が具体的に「外面的表現形式」として表現されていない限り、著作権は発生しないから、保護対象も存在しないことになる。
2.4 第3の成立要件
 第3要件の「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」とは、広くこの中におさまると思われる作品であれば、問題はない。著作権法10条1項は著 作物 を例示しているにすぎないから、例示されていない新たな作品が誕生す れば著作物と認定されることになる。かって、「コンピュータ・プログラム」はいくつかの裁判例の蓄積によって学術の範囲に属する著作物と認定されたことから(22)、「9. プログラムの著作物」として昭和60年6月14日法律62号に よって追加規定 されることになったものである(23)。
 「属するもの」とあって「属する物」でないのは、著作物とは「無体物」であって「有体物」でないことを意味する。絵画や写真などは有体物上に表現され、最初に著作物が固定されたものを「原作品」(著18,19,25)というが、原作品とはいってもこれは著作物そのもののことを意味するのではない(24)。
2.5 創作の意図・目的
 著作権法が規定する「著作物」とは、以上の3つの成立要件に該当するものをいうから、これ以外の要件は要求されない。例えば、創作の意図,目的は問われないから、量産される実用品に利用する目的で創作した漫画的なキャラクター(オリジナル・キャラクター)の絵であっても、それは美術の著作物と認定され、実用品への利用は、意匠法の保護対象となる意匠(デザイン)の実施となるとともに、著作権法上の著作物の複製として保護の対象となる。
 美術作品は、講学的には、純粋美術と応用美術との2つの作品類型に区分するのが一般的であるが、ここではリーディングケースとなった地方裁判所の2つの裁判例を紹介する。
 現行著作権法の立法者は、「美術工芸品」(著2条 2項)とは一品制作の美 術的な工芸 品と考えていたか ら、創作の最初 の段階から量産することを目 的に制作する「博多人形 」や「仏壇彫刻」のようなものに対し、前記条項に 該当する著作物と 認めるべきか否かについては消極的であった(25)。
 しかし、法施行後、侵害裁判所においては、前記規定を限定的ではなく、「美術工芸品を含む」とする規定に、例示的ないし注意的なものと解釈される余地があることから、拡張して美術の著作物としての成立を認める傾向にある。
(1) 人形の「姿態,表情,着衣の絵柄,色彩から観察してこれに感情の創作的表現を認めることができ、美術工芸的価値としての美術性も備わっている」以上、量産されて産業上利用されることを目的として製作されたことだけを理由に著作物性を否定すべきではないと判示したのは、「博多人形」事件の長崎地佐世保支昭47(ヨ)53号昭和48年2月7日決(無 体裁集5巻1号18頁 ,牛木キャラ 商品化権199頁)である(26)。
(2) 実用品に利用されていても、「視覚を通じた美感の表象のうち、高度の美的表現を目的とするもののみ著作権法の保護の対象とされ、その余のものは意匠法(場合によっては実用新案法等)の保護の対象とされると解することが制度相互の調整および公平の原則にてらして相当であるというべく、・・・・高度の美的表現を目的とする美術工芸品にも著作権が付与されるという当然のことを注意的に規定しているものと解される。」として、著作権法の保護の対象となると説示した上で、「本件彫刻は仏壇の装飾に関するものであるが、表現された紋様・形状は、仏教美術上の彫刻の一端を窺わせ、単なる仏壇の付加物ないし慣行的な添物というものではなく、それ自体、美的鑑賞の対象とするに値するのみならず、・・・・誰がみても、仏教美術的色彩を背景とした、それ自体で美的鑑賞の対象たりうる彫刻であると観察することができるものであり、その対象・構成・着想から、専ら美的表現を目的とする純粋美術と同じ高度の美的表象であると評価しうるから、本件彫刻は著作権法の保護の対象たる美術の著作物であるといわねばならない。」と判示し、その結果、「被告が製作した彫刻は、本件彫刻の表現上の特徴をすべて備えており、本件彫刻を複製し利用したものというべきであり」と認定し、被告の行為は原告の本件彫刻についての著作権(複製権)を侵害すると判断したのは、「仏壇彫刻」事件の神戸地姫路支昭49(ワ)291号昭和54年7月9日判(無体裁集11巻2号371頁)である。
 なお、この仏壇彫刻事件において、被告が、被告製作の彫刻は本件彫刻と全く同一でなく、その大きさ・配置等が異なるから、その複製とはいえないと主張したのに対し、判決は「著作物複製の有無は、創作にかかる具体的表現が製作物中に利用されたか否かにあり、末節において多少の修正等が施されていても、当該作品が原作の再現と感知させるものはなお複製とみるのが相当であって、本件においても、その作品の出来映えなどからすれば、被告の施した修正は微細なものにすぎず、本件彫刻と彼此対比すると、被告製作にかかる右彫刻が本件彫刻の再現であることは容易に首肯することができ、被告の本件彫刻取得の経緯、その利用の方法・目的などをも勘案するとき、被告製作の右彫刻は本件彫刻の複製であり、改作あるいは新作等には当たらないものというべく」と認定し、被告の主張は採用されなかった。

3. 保護対象の実体
 勝本正晃著「日本著作権法」(初版昭和15年.再版昭和21年)によれば、勝本博士は、「著作物の本質は、著作物の単なる外形に存するのではない。然し乍ら、又、単なる抽象的な創意、単なる小説の構想の如きものは、之亦、各人の自由に利用し得る所であって、独立の著作物と云うを得ない。著作物の本質は、その中間に存するのであって、創意が、文字、音響其他の媒介によって具体的に表現せられる際に於ける具体的意味内容に存するのである。従って、同一の具体的意味内容を別な文字で表現しても新たな著作物とはならない。・・・・著作物の本質を為す具体的意義内容の部分については、其全部分に対して著作権が及ぶ。」(89〜90頁)と述べられる。
 半田正夫著「著作権法概説〈第9版〉」において、半田教授は、著作権の本質について、著作物は多くの要素から構成されているが、これらの要素のうち著作権によって保護を必要とするものはどの部分かと自問された後、「この問題の解決はとりもなおさず著作者に留保され、したがってまた著作権の保護を受ける部分と、著作者から解放され万人の自由利用が許される公有の部分との識別に奉仕するばかりか、著作権侵害の有無を判断するに当たってのひとつの重要な基準をも提供することになろう。」(82頁)と述べられる。
 そして、半田教授は、この問題に最初に答えた哲学者としてフィヒテを挙げられ、内容と形式に分けた理由を紹介される。しかし、「内面的形式」と「内容」とは密接不可分な関係にあり区別することは不可能であるばかりか、「内容」にも著作者の個性の表象が認められることから、「形式」と「内容」の分離は無意味なものと考えられ、「最近の学説は『形式』と『内容』の峻別という方法を捨て、著作物形式の三段階たる『外面的形式』、『内面的形式』及び『内容』のおのおのについて、その中に著作者の独創的な個性の顕現を求め、これを著作物の本質と解して、著作権上の保護資格を認めるという傾向にある。」(86頁)として、ウルマーやフープマンの学説であると注記された後、「結局は著作物ごとに、著作者の個性が認められ、したがって著作権によって保護を受ける部分とは何か、また万人の自由利用が認められ公有の部分とは何か、を検討しなければならないであろう。このような著作物の本質的な捉え方は、従来ともすれば見失いがちであったことがらの本質を再認識させた点で意義があるように思われる。」(86頁)と結ばれている。
 フープマンは、「造形美術著作物の内容は、かくして常に平面あるいは空間に展開せられる観照である。すでに観照の中に芸術家の個性が働くのである。二人の画家がどこかの風景を見ている時に彼等はそれだけを見ているのではなく、どちらもその風景が含む無限の可能性、何等か特別なもの、その内的理念にした がって、彼が実施する本質的な特性を把握する。正にこの本質的な特徴は、彼には内的体験になり、外へ 向かわせ、他のすべてのものは沈殿する。その特性の中に彼は特定の側からその無尽蔵の美の観念を把握する。」(久々湊伸一訳「著作権法の理論」76頁)と述べられている。
 著作権による保護対象の実体を探ることは、著作物の複製か翻案かという著作権侵害の成立の有無に関係する問題を解明するカギが与えられることになる。前記した作品の「類似」について説示した裁判例も、結局は、保護対象となる実体の把握とその実体が有する創作性の範囲に属するか否かを認定するときに、「類似」という概念が有効な判断基準になったと思われる。
 このような判断は、正に意匠権侵害事件において行わねばならない意匠の類否判断と共通の基盤を有するものであるといえる。けだし、著作物も意匠も人間の精神的創作活動によって生み出される美的作品であり、その具体的表現形式の背後には、当然のごとく、一つの創作体が存在しているからである。
 この創作体とは、作品のもつアイディアとは違い、外面的表現形式が作出された一つの内面的表現形式といえるものであり、したがって、これ自体は類似の範囲をもつものである。類似の範囲に属すると判断できる具体的な表現形式は、同一の創作体に由来しているものといえるのである。そして、この創作体が当該著作物の保護対象となり、かつ著作権の保護範囲となるのである。

4. む す び
 著作権の保護対象は何であり、どこまで著作権の効力が及ぶのかについては、著作物の種類や質によって千差万別であるけれども、その基本的な考え方は共通する。しかし、わが国裁判所においては、著作物の複製と翻案についての解釈は、必ずしも統一されていない。それは、あたかも意匠の類似の意味が侵害裁判所において一定していないことに似ている。
 しかし、意匠も著作物の一種であると考えるならば、既に述べたように意匠の類似の問題とは、著作物の複製又は翻案を論ずるときに使われる類似と共通性をもっていると考える。そして、登録意匠に類似する意匠に対し意匠権の効力が及ぶ(意23,26)と同様に、特定の著作物(作品)と類似する著作物(作品)に対し著作権の効力が及ぶ(著21,27)のであり、それが保護範囲となるのである。
 ただ前記したように、著作物の類似を複製の範疇のものと解するか、翻案の範疇のものと解するかは、裁判例として必ずしも定まっているとはいえないばかりでなく、裁判例によっては、被告物件に対し原告著作物の複製か翻案かを詮索することなく、「又は」として同列に論ずるものがある。
 例えば、東京地裁昭和62年7月17日判の「コーポ レーション・ペンギン」事件(特管別判集1.昭62. 182頁,牛木「キ ャラ商品化権」329頁)におい て、 「コーポレーションペンギン及び原告人形と本件人形とは、いずれも類似すると認める に足りず、したがって本件人形が本件絵画又は原告人形の複 製物又は翻案物に該当」するものとは認められないと認定する。
 この裁判例は、著作権侵害訴訟においては、著作権(財産権)の侵害となるか否かが重要なのであって、著作権法の21条の適用事案か27条の適用事案かを区別する実益はないと考える著作権侵害の一元的基準を採る立場の事例と解される。(27)
 この実益論について橋本英史氏は、原告は複製権侵害の判断が困難でない事例で複製権侵害を主張立証する場合は、「その判断は外面的なもので足りる」のに対し、翻案権侵害を主張立証する場合には、「その判断は外面的なものから、内面的、本質的なものにまで及ぶものとなる」から、両者には「具体的な請求原因事実が異なる場合も多く、両者のそれぞれの判断基準を検討して、これらを定立する実益は実務上否定することができない。」(28)と述べられる。
 複製とは、第三者が他人の作品と同一又は類似の範囲にあるものをそのまま表現することである。した がって、第三者の作品には新たな創作性を感知できる表現形式は見られないことから、その表現形式は他人の作品の表現形式が有する創作体に属するものということになる。
 これに対し、翻案とは、第三者が他人の作品と同一又は類似の範囲にあるものを表現することではなく、他人の作品に別の表現形式を付加することによって他人の作品の範囲を超えて、全体として新たな創作性が感知できる表現形式となるが、その表現形式は基本的には他人の作品が有する創作体を利用しているものである。第三者による他人の作品の利用には、変形という行為が関与することが普通であるが、たとえ変形によって他人の作品が改変されたとしても、基本的には他人の作品が有する創作体が改変することはない。
 この複製と翻案との関係に似ているのが、意匠の類似と利用との関係である。即ち、著作物の複製は意匠の類似に、著作物の翻案は意匠の利用に相通ずるのである。したがって、特に意匠の不完全利用の問題は、著作物の翻案の論理で考えるならば正解が出るかも知れないのである(29)。
 すると、意匠と美術の著作物とについては、次のような関係式が成立する。
 ・意匠の同一・類似=著作物の複製=創作体の同一
 ・意匠の利用=著作物の翻案=創作体の共通
 なお、著作権法には類似という用語は存在しないことから、同一性又は実質的同一性の用語を使用することもあろうが(30)、要は原著作物の有する創作性を保護し、著作権の効力の及ぶ範囲を説明するための考え方の表現語にすぎないといえる。




(1) 特許権侵害事件につき、最高平10(オ)364平成12年4月11日三小判(判時1710号68頁) 、東京地平11(ワ)10959平成12年12月19日判(特ニNO10528)。判例 批評として、高林龍判 例評論503号(判時1728号215頁)、高林龍「特許侵害 訴訟における信義則・権利の濫用」法時53巻3号1頁。意匠権侵害事件につき、大阪地平6(ワ)6969平成8年12月24日判(特ニNO9306)、東京地平5(ワ)17437平成9年4月25日判(特ニNO9618)。商標権侵害事件につき、東京地平9(ワ)16468平 成11年4月28日判(判時1691号136 頁)、東京地平9(ワ)5505平成11年5月31日判(判時1692号122頁)。著作権侵害事件につき、 東京地平10(ワ)16389平成11年11 月17日判(判時1704号134頁)。意匠権侵害事件における判例批評として、 牛木理一「意匠権侵害訴訟における登録無効の判断」パテントVol.48 NO5 48頁(1995)、牛木理一「公 知 意匠等との関係における意匠権侵害訴訟事件」富岡健一先生追悼 記念19頁(六法出版 社1997)。
(2) 登録意匠の創作体の把握や登録意匠の構造についての詳論は、牛木理一「判例意匠権侵害」5頁(発明 協会1993)参照
(3) 加戸守行「著作権法逐条講義〈三訂新版〉」21頁(著作権情報センター2000)
(4) 橋本英史「著作権(複製権・翻案権)侵害の判断について(上)」判時1595号24頁
(5) 高裁判決は、依拠の事実を認定し、表現形式上に本質的特徴部分を直接感得できるから翻案だというのか複製だというのか明らかでないが、地裁判決の認定判示を否定していることは翻案と解したのであろう。
(6) 高裁判決は、本件著作物に係る人形の形態は、キューピーのイラストを立体的に表現したことだけで創作性を認め、それでも翻案(変形)の二次的著作物となると認定する。平面物を立体物に変形しただけで創作性が認められると解した点は「たいやきくん」事件(東京地昭和52年3月30日判.牛木「キャラ 商品化権 」121頁)の判決に通ずるが、単に 平面物を立体的に 変形しただけでは創作性はないと考えれば、「有形的に再製する」と いう複製と解される ことになる。
(7) 表現の共通性や直接感得性があったとしても、公益性や第三者利益との調整を重視する立場から、著作権法による保護は、「それにふさわしいものに対してそれにふさわしい範囲においてのみ認められるべきことになる」からこそ、「表現したもの」のみを保護することにしたものと解すべきである。そして、この条件をクリアすることが、前記した十分条件を果たしたことになるというが、著作権侵害問題において、新しい基準を打ち出した判決である。
(8) 大家重夫「要約文と翻案権侵害」(久留米大学法学第34号51頁)は東京地裁判決を批判されているが、大家教授は被告側の鑑定人として意見書を提出している。最高平成11( 受)922号平成13年6月28日判は被告の上告を認容し、第 1審判決を取消 すと自判をした。
(9) 牛木理一「意匠法の研究〈4訂版〉」123頁(発 明協会1994)
(10) 原審東京地昭和61年3月3日判(無体裁集18巻1号47頁)も同旨。斉藤博教授は、「表現の簡略化を図った表現方法を評価するのではなく、その符号による表現物が執筆者固有の考え(当落予想)に裏打ちされているからこそ著作物性が認められる。」(斉藤博「著作権法」72頁)(有斐閣2000)と述べられる。
(11) 斉藤前掲70頁
(12) 斉藤前掲70頁
(13) この事件判決は、一般論として、著作物の部分 引用については、原著作物の本質的部分でそれだけでも独創性又は個性的特徴を有している部分を引用するものは、その複製に当たると説示したが、本質的部分か否かは、具体的又は有形的な表現形式自体の独創性又は個性的特徴の存否によって決すべきであり、原著作物によって認識し、読み取り得る思想又はアイディアの存否によって決すべきではないとし、本件冷蔵倉庫の建築設計図は、既存の冷蔵倉庫の設計図と部分的に類似する表現を採るが、その複製とはいえないと判示した。しかし、建築設計図の複製は文書的複製に限られ、建物は複製物ではないとして、原告の主張は斥けられた。
(14) この仮処分決定では、一般論として、住宅の建 築設計図に著作権法10条1項6号の著作物性を認めたが、その設計図にしたがって建物を建築してもその建築行為は建築設計図の「複製」とはならず、また本件設計図に表現されている観念的な建物は、単に建築物であるばかりでなく、「建築芸術」と見られるものでなければならない。「建築芸術」といえるためには、専ら文化的精神性の表現としての建物の外観を中心に検討すべきだから、本件建築物はいまだ一般住宅の域を出ていず、建築芸術に高められているものと評価できないから、「建築の著作物」に該当しないとして、債務者らの建築行為は複製権の侵害とはならないと判断された。しかし、一般住宅の域を出ていないという評価は、創作性以外に何を基準とするのかを明らかにしなければ、理由とならないだろう。模倣されるような住宅は創作性があり、それ以外に芸術性の要素などは不要とすべきではないか。
(15) 斉藤前掲71頁は、「同じく無体財産であっても 、発明や考案,意匠について論じられる創作性とは峻別しなければならない。」と述べられるが、両者の創作性について峻別しなければならない理由はなく、「創作性」の意味の捉え方の違いだけである、と筆者は考える。
(16) 被告は、TBSに勤務していた昭和38,9年頃に「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー」という楽曲(B曲)を作成、公表し、その後Y社にその著作権を譲渡したが、その立場上、被告がA曲を知らなかったとする特段の事情はなかったのではないか。そのためか、一審の判決理由と控訴審・上告審の判決理由には違いが見られる。なお、「たいやきくん」事件(東京地昭和52年3月30日判.著作権研究9号233頁, 牛木「キャラ商品化権」121頁)では、 「原告の本件 著作権の存在は、当時、被告において、取引上必要な注意を怠 らなければ、知り得べきであったから、被告は本件著作権の侵害について、過失があったものとするのが相当である。」と認定され、損害賠償金の請求が認められた。
(17) 斉藤前掲72頁。前記「選挙当落予想表」事件で は、符号による表現物が著者固有の考えに裏打ちされていたからこそ著作物性が認められた。後記「野川グループ」事件も同旨である。
(18) 斉藤前掲71頁
(19) この事件で、原告は、被告丸棒矯正機の制作は 、本件設計図に基づく複製となると主張したが、判決が複製を認めたのは、設計図全体ではなく、特定の寸法やこれに規定された形状に過ぎないことから、「これをも侵害するとする判示は、実用品に関する特別な配慮を抜きにしても、一般的な基準に照らして既に疑問である。」(玉井克哉:「工作機械の設計図」ジ別著判選2版55頁)との批判がある。本件訴訟で原告が狙ったものは、自社機械を模倣した被告機械の製造販売を阻止することにあったが、これについては、「矯正機の如き実用の機械は、建築の著作物とは異なり、それ自体は著作物としての保護を受けるものではない(それと同一性のある機械を製作しても複製にはならない)。」から、設計図に基づく機械の製作が設計図の複製になるとの原告の主張は避けられた。
(20) 橋本前掲22頁
(21) 橋本前掲30頁
(22) 「スペース・インベーダーパート2.」事件東京 地昭54(ワ)10867昭和57年12月6日判 (無体裁集14巻3号796頁)は、ソフトウェア・プログラムは学術の著作 物であることを わが国で最初に認めた裁判例である。ここでは、オブジェクトプログラムは本件ソースプログラムの複製物であり、オブジェクトプログラムを他のROMに収納する行為は、本件ソ ースプログラムを有 形的に再製 するものとして複製に該当すると判示した。その後同旨 の判決が、横浜地昭 和58年3月30日判( 判時1081号125頁)、大阪地昭和59年1月26日判(判時1106号134頁)、東京地昭和60年3月8日判(判タ561号169頁)、東京地昭和60年6月10日判(判タ567号273頁)と続いた。
(23) プログラムの著作物は、コンピュータを作動す る指令の組合わせが表現されているものである以上、本来、技術的機能性を有するものではあるが、アイディアそのものではない。しかし、特許発明とは当然のことながら、重なり合う技術的思想の創作部分もあるから、著作権としての保護範囲はオブジェクトコードを通してソースコードにも及ぶことになる。同じ問題は、美術の範囲に属する著作物についても存在する。それは、広く「デザイン」と呼ばれる作品に対する保護問題であり、一部は意匠法によって、一部は著作権法によって保護されてはいるが、「その余の相当広範な部分は必ずしも保護の筋道が示されないまま放置されてきた。・・・・それは立法論というより、すでに解釈の次元で可能なのではなかろうか。」(斉藤・前掲81頁)そして、「立法面においても、美術の著作物の1類型として、デザインを例示する段階にあるのではなかろうか。」(斉藤・前掲81頁注12)
(24) 吉田大輔「『著作物』の射程距離」知財管理Vol.51 No.3(2001)
(25) 第61回国会における安達政府委員の答弁(昭和 44年8月発行「著作権法 案等審議経 過」60頁)。木村 豊「応用美術の 保護」(半田正夫還暦記念論 集580頁 .法学書院1993 )には、法制定の経緯が詳しい。
(26) この「博多人形」事件に影響を与えたのが、旧 著作権法時の大阪地昭45(ヨ)3425号 昭和45年12月21日 決定(大判事件 )である。この中では、「多量生産を予定している美 術工芸品であっても、それが高度の芸術性を備えてい るときは、著作 権の対象となり得る場合がある」と判示したが、創作性が認 められなかったため申請棄却となった。
(27) 橋本前掲33頁。橋本氏は、「複製権侵害と翻案 権侵害とで訴訟物を異にするか否かという訴訟物の特定という観点からは、右の考え方を否定することはできないと解される。」と述べられ、その(注14)においては、不法行為類型の侵害訴訟における訴訟物を構成する被侵害利益としては、原告の著作物を特定した上で、広義の著作権のうちの著作者人格権と著作財産権とに二分して特定すれば足りると説明される。
(28) 橋本前掲33頁
(29) 名古屋地昭55(ワ)577号昭和59年3月26日判〈棄却〉.無体裁集16巻1号199頁、名古屋高昭59(ネ)224号昭和60年4月24日判 〈棄却〉.無体裁集17巻1号183頁
(30) 橋本前掲25頁、西田美昭「複製権の侵害の判断 の基本的考え方」裁判実務大系27 131頁(青林書院1997)
 


〔牛木理一〕