第1.1−7

改正意匠法24条2項の立法理由について

 

<平成1846日参議院経産委の質疑応答から>

◎若林秀樹議員(民主)の質問
A.今回の法改正で唐突感があったのは、意匠法24条で、意匠の類似判断をするために、需要者(即ち、消費者,取引業者)の視覚を通じて起させる美感に基いて行うとある。この規定がなぜここに規定されたのか、なぜデザイナーの視点を省いたのか、その背景を伺いたい。

B.審査官は需要者ではないのに、なぜ需要者の視点になるのか。デザイナーは作る人だから、作る人の視点が当然考慮されるべきではないか。世界的にはどうなっているのか。デザイナーとか様々な関係者の判断を入れるべきでないのか。

C.やっぱりデザイナーなり作った人が申請するわけで、それを判断するのは審査官ですね。審査官も別に需要者じゃないわけですから、提出されたデザインをどうやってそれを判断するかを審査官がやるのに、ここで需要者の視覚を通じてということを明示して、それで本当にできるかどうかというのは私には分かりにくいので、何のための規定なのか、法律で規定することの意味合いが分かりにくいと思います。
→これは同議員の感想につき、答弁を求めず。

◎中嶋長官の答弁
A.1.2つの意匠が類似するかどうかは、もちろん特許庁の審査官が判断する。
2.裁判上争われた事件で、最高裁では、一般の需要者の視覚から見た美感の類否で判断すると解釈している。(判例)
3.実務の世界の一部では、デザイナー等の当業者の視点から意匠の類否判断をすると解釈する立場もある。
4.意匠の類似の判断が、法律の明文上は明確になっていない。
5.現在確立している最高裁の判例を参考に、意匠の類似判断は、需要者の美感に基くことを明文化して明確にすることによって、統一性をもった判断の根拠を与えることにする。需要者とは、最終消費者又は取次ぎ業者をいう。
6.審査官は、需要者を想定して審査を行う。
  →審査資料として、内外のカタログ,雑誌,ウェッブサイト,展示会などから収集したり、日頃から勉強している。
  →最終的に需要者の注意を引きつける点,部分が重要なのかを考慮して、意匠の類似判断をする。
B.1.欧米の実際の制度や運用の実務を見ても、具体的な類似,類否の判断を需要者の視覚で行うことは共通になっている。
2.日本では、最高裁の判例によって基本的にそれが実務として定着している。
3.消費者や取扱い業者が、どの点に着目して見ているかに基づいて判断されるべきだ。
  →この点は、先進国共通の実務にしたがって手当てしたということ。

◎長官答弁に対する解析
A.1に対して
 意匠法24条とは、「登録意匠の範囲」の見出しがあるように、もともと第4章意匠権・第1節意匠権の中の規定であるから、登録意匠自体の範囲を画定する規定である。また、その第2節は権利侵害についての規定である。
 すると、登録意匠に対して自己又は他人の実施意匠が類似するか否かについての判断基準を規定したものであって、出願意匠に対し審査官が引用する公知意匠との類否を判断する基準についてまで及んで規定しているものではないと理解すべきである。
 したがって、長官の答弁は誤りである。もし出願意匠に対しても、登録意匠に対して同様に審査官に適用させたいのであれば、第2条の「定義」規定において規定すべき事項である。

2.に対して
 この最高裁の判例とは、「可撓伸縮ホース」に係る出願意匠に対する拒絶査定系の審決取消事件であり、しかも最高裁昭和49年3月19日判決という古い事案である。したがって、登録意匠に係る意匠権の侵害事件に対する判例ではないから、意匠権侵害の場合にまで及んで適用されることはないと解すべきである。即ち、意匠の類否判断は、登録性の有無を判断する特許庁と権利侵害の有無を判断する裁判所とでは違うと考えるべきである。

3.に対して
 実務の世界では、むしろデザイナー(創作者)を含む当業者(供給者)の視点から意匠の類否判断をするものと解する立場が普通であって、一部ではない。
 意匠権侵害訴訟において裁判所は、登録意匠の類似範囲を画定する手法として、登録意匠の出願前の公知周知の意匠の存在を確認した上で、登録意匠の真の創作体はどこにあるかを把握する作業をする。この把握作業が登録意匠の要部の認定である。類否判断のための意匠の対比はその後の作業である。

4.に対して
 意匠の類否判断をする者は、特許庁では審査官・審判官であり、裁判所では裁判官であり、実務界では弁理士であるが、法律上の明文がなくてもこれまで100年以上にわたって事実上、合理的に判断をして来ているのだから、今更、問題の多い判断条件を基準として規定する必要はない。かえって、混乱を起す原因となるだけである。

5.に対して
 前記事件とは、意匠法3条1項3号(意匠の類似)と3条2項(意匠の創作力)との適用において、その判断主体を、東京高裁(裁判長は後日最高裁長官に就任した服部高顕氏)では両者とも当業者としていたのを、最高裁では前者を一般需要者,後者を当業者に区分けしたというだけのことである。
 これを特許庁長官は、需要者について最終消費者(エンドユーザー)又は取次ぎ業者と理解しているが、すると意匠法は商標法と同じ立法目的となってしまい、意匠法が特許法と同根の「創作保護法」だという法の目的と矛盾する。したがって、そのような考え方は明らかに誤りである。前記古い判例については批判も多い。この判決は、「需要者」と「一般需要者」との具体的違いを明らかにしていないし、全物品分野に適用できる基準といえるのかも明らかでない。長官からは、佐藤最高裁調査官の判決解説をどう理解しているのかの見解の表明はない。
 しかし、意匠法が創作保護法であるという根本に立てば、美感という単に視覚を通じて見て判断するだけではなく、その実体を見通して把握した創作体の異同によって判断するのが意匠の類否判断の原則だ、ということを長官は知らない。

6.に対して
 長官がここまで答弁している事柄は、むしろ例外であって、審査官は庁内で机上での調査と判断をするのが普通である。審査用の関係資料は、全世界から収集されており、そのデータ数は世界一ではないか。

→審査官は、美感の有無の審査などをしていないのが現実だから、美感の類否による判断などはできない。創作の異同によって類否判断をしているのが現実の姿である。

B.1に対して
 このような大雑把な説明でゴマ化すことは答弁になっていない。具体的に説明されたい。デザイン保護の世界では、大別してコピーライト・アプローチかパテント・アプローチかの2つの考え方があり、前者はヨーロッパの伝統的思想、後者は日本、米国などの伝統的思想である。近年、EUデザイン法が採るデザインアプローチの考え方があるが、前記2つのアプローチの中間を行く、デザイン保護の独自性を説くものである。しかし、いずれのアプローチ論とも創作を保護する点では共通の基盤をもつ。
 改正法のようなトレードマーク・アプローチないしアンフェアコンペティション・アプローチを採る国は世界にはない。

2.に対して
 最高裁判決の内容は前記のとおりだから、これがすべての意匠の類否判断で定着していると解することは誤解である。特許庁の審査自体から違う。

3.に対して
 前記のとおり、デザイン保護の基本的考え方が大別してパテント・アプローチかコピーライト・アプローチかに二分されている以上、先進国共通の実務や法制にしたがって手当するとの考え方は通用しない。長官の答弁にはすべて具体的がなく、その場しのぎのゴマ化しの姿勢がありありと見える。

◎質問Cに対する解析
 この質問に対しては、長官の答弁はなかったが、長官は救われた感じがするだろう。
 意匠法は、デザインを創作して供給する側を保護するのか、市場に流通して買う側を保護するのか、意匠法と商標法の各目的を読めば、その違いはおのづからわかることなのだが、長官は終始両法の違いを理解していない姿勢をとっている。

<平成18526日衆議院経産委の質疑応答から>

◎牧原秀樹議員(自民)の質問
 需要者の視覚による美感という判断基準を入れたとしても、日本で大体コンセンサスがあったとしても、中国や外の国に行ったときに、この需要者による美感という判断基準が用いられているわけでは必ずしもないわけで、同じ判断になったとしても随分違いがあり得る。海外における模倣では、現実的にどう被害に直面しているのか。

◎中嶋長官の答弁
 中国,韓国を初めとする模倣品がアジア全域に流通するだけでなく、わが国に逆流してくる形で模倣品被害が大きな広がりを見せている。
 諸外国の意匠の類似判断の基準は、制度上、EUデザイン法では類似の判断主体は情報に通じた使用者,ユーザーと規定する。米国は判例法では、判断主体は通常の観察者である。中国でも、判例や特許庁の意匠の審査基準では、類似判断の主体は一般消費者となっている。その意味で、主要各国の意匠の類似の判断主体は、おおむね一般の消費者ととらえられている。
 今後は、アジア諸国に日本から意匠の審査官等の専門家を派遣し実務レベルの会合を開くとか、アジアの途上国の意匠審査官を研修生として受け入れとか、類否の判断基準に関する情報を共有していくことに努める。

◎質疑応答の解析
1.質問がダメだから、この程度の答弁にしかなっていない。
 審議している法案はわが国意匠法であり、意匠法24条2項で当該規定を挿入することの当否を質問すべきである。この判断基準は、その規定位置からすると、登録意匠に対するそれであって、特許庁の審査における出願意匠に対するものではないことになるから、そこを明確に指摘し、明解な答えを引き出すべきであったにもかかわらず、その不可思議を指摘していない。

2.長官は、EU,米国,中国における意匠の類否判断の主体をユーザーや通常の観察者をあげているが、その判断とは特許庁におけるそれなのか、侵害裁判所におけるそれなのか明らかにしていない。
 筆者は、JICAや発明協会ペースで行っている発展途上国の政府関係者に対する研修を毎年しているが、常に創作保護法の哲学を遵守するように講義している。
 一般消費者やユーザーの立場は千差万別であるから、その美感たるや平均的に共通したものではない。これに対し、発展途上国の研修生に対しては、創作保護の観点からの説明が確実に理解されている。

◎野田佳彦議員(民主)の質問
1.意匠法2条の定義規定と実際の意匠実務の間の乖離があるのではないか。「視覚を通じて美感を起こさせるもの」とは、人の主観によって随分違い、解釈の余地が相当あると思う。

2.美感とは、美という表現を使うことがいいかどうかは疑問。今度は、24条、意匠の類似判断で、需要者の視覚による美感に基づいて行うと、あえて「需要者」という言葉が今回の法改正の中で明記されたが、需要者とは物品を買う消費者とか、それを取り扱う業者が需要者と思うが、あえて24条に需要者による視覚という文言を入れた理由を明らかにしてほしい。

◎中嶋長官の答弁
1.意匠の定義規定から、審査に当たって美感の有無も判断することになっている。
 ただ実際上は、実務上一番大事な意匠の審査における判断は、新規性と創作容易性が一番のコアである。
 実務的に例を見ると、機能とか作用の効果を主目的としたもので、殆ど美的処理がなされていないものや、煩雑な感じを与えるだけで美的処理がなされていないものは、美感を起こさせないということで、拒絶の対象となり得る審査基準となっている。
 美感は主観的なものであり、一義的に詳細にわたり明確に規定することは容易でないが、審査実務の積み重ねによって可能な限り審査官間の判断差違を防止する。
 美感の有無を理由に登録を認めない例は少なく、若干はある。

2.2つの意匠が類似するか否かの判断は、登録の可否を判する審査の際、あるいは侵害か否かの争い時に、意匠権の効力の範囲を定める際に必要となる重要な要素でる。 具体的には、新規性の判断において、また侵害かどうかの意匠権の効力範囲について、必要となってくる。 これには、最高裁の判例があり、一般需要者の視点から見た美感の類否で判断すると解釈された。しかし、実務の一部には、デザイナーなどの当業者が、プロの専門家の視点から評価すべきとの主張があり、意匠の類似判断が不明瞭になっているという懸念が指摘されている。
 意匠の新規性における類似判断は、ヨーロッパ、米国を見ても一般需要者,消費者の視点で行っている。意匠の創作容易性の判断は、ある意味でデザイナーなどの当業者の視点が必要になってくる。今回の改正では、意匠の類似判断については需要者の美感に基づいて行うことを明確化し、関係者において認識の統一性をもって類似判断が可能となるようにした。

◎質疑応答の解析
1.長官は、美感の有無についても審査上、判断していると答弁しているが、もしそれが本当であれば、実例を具体的に示してほしい。もしそれがあったとしても、現行の昭和34年法が施行された直後の頃にはあったかも知れないが、その後今日まで「美感」なしで拒絶された審査例はない。

2.ここでも、意匠法24条2項の規定の位置が問題になっているが、この位置では専ら意匠権侵害事件においてのみ適用されるはずであり、出願意匠に対しては適用されないと考えるべきである。
 そうすると、特許庁における運用はどうするのか。また、侵害裁判所においては、従来、公知例を引用して登録意匠の要部を把握した上で意匠の類否判断をして来た蓄積した多くの裁判例による意匠の類否判断の方法ないし基準の確立はどうするのか。
 しかし、今後は両庁において改正法下の混乱が続くことになるだろう。そして、短いうちに再改正問題が起こるかも知れない。

 

 


〔牛木理一〕