第1.1−5

改正意匠法案の問題点について

 はじめに

1.意匠の類否判断の基準について
2.意匠権の存続期間と起算日
3.無審査登録制度の導入
 (ダブルトラックシステムの導入)

はじめに
 特許庁は今年3月7日、「意匠法等の一部を改正する法律案」と題する法案を国会に提出した。今回提出した法案の表題を見ると、意匠法が改正の主役であり、商標法,特許法,実用新案法及び不正競争防止法は脇役的な改正となっている。
 この法案によると、主役の意匠法の改正点は「デザインの保護」として6点が挙げられている中で、意匠法の在り方にとってもっとも重大かつ本質的な問題は、Bの「意匠の類否判断基準」についてである。
 そこで、まず@の存続期間の延長について考えた後、Bの意匠の類否判断の基準について集中的に取り上げて議論する。
 @意匠権の存続期間を延長する。
 A情報家電等の操作画面のデザインの保護対象を拡大する。
 B意匠の類似判断は需要者(消費者、取引業者)の視覚による美感に基づい
 て行うことを明確化する。
 Cデザインのバリエーション(関連意匠)や部品・部分のデザイン(部分意
 匠)の出願期限を延長する。
 D秘密意匠制度(3年を限度に登録意匠を公開しない制度)の請求可能時期
 の追加を行う。
 E公知となった自らの意匠によって出願した意匠が新規でないとされないた
 めの証明書類の提出期限を延長する。

1.意匠権の存続期間と起算日
 現行意匠法において、意匠権の存続期間は設定登録の日から15年である(意21条1項)が、大正10年法では10年であった(旧意12条1項)。
 問題となるのは、意匠と応用美術との交錯とベルヌ条約パリアクト7条4項の規定である。即ち、前者については同条約パリアクト2条7項本文に、「応用美術の著作物及び意匠の保護の条件は、第7条(
4)の規定にしたがうことを条件に、同盟国の法令の定めるところによる。」との規定があり、後者については「美術の著作物として保護される応用美術の著作物の保護期間を定める機能は、同盟国の立法に留保される。但し、その保護期間は、それらの著作物の製作の時から25年よりも短くてはならない。」と規定する。
 そこで、英国CDPA1988では、美術の著作物が工業的手段によって物品に製作され、流通におかれた場合には、最初に販売された年末から25年間で終了する(52条(
2))と規定したことから、英国登録デザイン法も存続期間を登録日(出願日)から25年と改正した。そして、英国におけるこの立法は、デザインと応用美術作品との間には実質的な境界がないことを証明している。
 すると、わが国においても、登録日から15年以上経過してもなお実施されているデザインが多数ある事実を考えれば、最長25年間の保護は妥当である。20年間という数字は何の根拠もない。
 ただ存続期間の起算日について、出願日とするか、審査後の登録日とするかは、問題であるところ、改正法案ではいぜんとして後者を採っている。しかし、意匠保護のためには設定登録を停止条件として出願日への遡及効を認めることが妥当であり、これもEUデザイン法と整合するのである。

2.意匠の類否判断の基準について
 昨年12月に発表された「報告書」では、「意匠の類否判断を明確化するため、意匠の類似について、最高裁判例、裁判例等において説示されている需要者からみた意匠の美感の類否であることを明確にすることが適切であると考えられる。」と述べられている。
 しかし、ここに挙げられている判例や裁判例は、いずれもかなり古いものであり、最近のものでないことは明らかであるから、信頼に足るものとはいえない。
 ところで、意匠の類否判断の基準を考えるときには二つの大きな問題がある。一つは人的基準、二つは物的基準である。今回の法改正は、この二つの基準を立法化して、意匠法でもっとも難題の意匠の類否判断の問題を一気に解決しようとしているように見える。

2.1 規定の位置
 「登録意匠とそれ以外の意匠が類似であるか否かの判断は、需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行うものとする。」
 この規定は、意匠法等の一部を改正する法律案要綱の「第八
意匠の類似の範囲の明確化」の中の問題とされている。すると、これは意匠法の中で最大のキーワードである「意匠の類似」という概念を第2条の定義条項で規定しているかと思いきや、そうではない。それでは、「第3条の3」としてかと思いきや、そうでもない。では「第23条2項」としてかと思いきや、それも違う。それは意外にも、「第24条2項」として規定するのであった。
 現行意匠法第24条の見出しは「登録意匠の範囲」であり、これは登録意匠の類似のこととは無関係の規定であるから、もし「登録意匠」が主語であり、それに類似する意匠との関係を規定するのであれば、第23条2項の方がまだ適切である。
 しかし、意匠の類似の問題は、登録意匠のみならず、出願意匠についても同様にあるのだから、このような規定をどうしても入れたいのであれば、その位置関係に十分留意すべきである。そして、第2条の定義条項で規定するのが最も適切である。

2.2 登録意匠の構造
 意匠権の実体である登録意匠は、多種多様な形態の構成要素から成り立っているものである。その登録意匠を抽象的に図解するならば、次のようなピラミッド形の構造から成り立っている。

  


このうち、物品の基本的形態(A)は、何人も概念的には、物品の用途,機能,性質などの属性からある程度把握することができるであろうが、周知的形態
()と公知的形態()との間には具体的に判然と区別できないものが多い。後者の場合、事実関係についていえば、周知とは誰もが知っているから殆ど立証の必要がないほどの形態、公知とは誰もが知っているとはいえないから立証が必要な形態、ということができよう。
 また、同じ公知的形態であっても、
()()との間には事実上大きな相違がある。即ち、()の公知的形態は、現実に公然と実施されて知られた事実が立証される必要があるのに対し、()の公知的形態は、現実に知られていなくても、公然と知られ得る状態にある事実が立証されればよい。
 そして、これらの形態部分にはない残った新規な形態が創作的形態といえるものであり、法的保護の対象となる登録意匠の要部である。
 しかし、「意匠の類似」の問題は、登録意匠の範疇だけではなく、出願意匠との範疇も当然あるのだから、意匠法全体を考えるならば、やはり第2条の定義規定において用語の概念として規定すべきである。ここに規定すれば、出願,登録,その他を問わず、意匠法において重要な用語を意匠法を通して解釈の根拠として使用することができるのだから、われわれ関係者は迷うことはない。
 ところが、第24条又は第23条に規定することは、特に「登録意匠」に限定されることになるから、「出願意匠」には適用されないと解することになる。

2.3 美感と創作
 次に「登録意匠」と類似するか否かの問題は、自己の他の意匠が自己の登録意匠と類似する範囲に属するか否かを考えるばかりでなく、他人の意匠が自己の登録意匠と類似する範囲に属するか否かを考えることにもなるから、意匠権侵害事件に直に関係することになる。
 したがって、侵害訴訟において被告側は抗弁として、当該物品が固有する基本的形態や周知公知的意匠を証拠として提出する意味がなくなることになる。また、登録意匠の類似範囲の縮小限定論や全部公知による登録無効論による権利濫用の判決はできなくなる。けだし、判断主体となる需要者にとっては、裁判所で後出しされる公知意匠の資料などは、単に意匠全体を対比して美感の異同を判断するだけの作業であれば無関係なことであるばかりでなく、需要者は当該物品の基本的形態や周知公知的意匠が何んであるかについての知識などは殆ど持っていないからである。
 にもかかわらず、前記のような新規定を設けることは、今までに侵害裁判所が裁判例として確立してきた努力が水泡に帰してしまうことになりかねないが、これに対して立法者はどう答えるのか。
 立法者が本当に「第24条2項」の内容のような規定の導入を考えているのであれば、意匠法第1条その他の規定の中から「意匠の創作」なるものを削除すべきである。
 また、登録意匠に対して適用するだけでなく、登録意匠を発生する基因となる出願意匠自体が美感性を欠除したものであった場合には、第3条1項柱書にいう「意匠の創作」をしたものではないことになるから、それだけの理由で登録無効の審判請求をすることが可能となるが、それでよいのか。
 のみならず、審査においてはこれまで、出願意匠の美感性の有無などは対象とならなかったのが真相であるところ、今後は美感性を審査対象とし、専ら引用意匠との間の美感の異同によって意匠の類否を判断しなければならないことになるが、それでいいのか。しかし、これは意匠の創作を奨励することを目的としているわが国意匠法と矛盾することになり、おかしいではないか。
 専ら美感の類否で意匠の類否判断をするというのであれば、立法者は、意匠権侵害訴訟において蓄積されている公知例を参酌した多くの裁判例を否定することになるばかりでなく、意匠法第41条で準用する特許法第104条の3の規定とも整合しなくなる。登録意匠がなぜ無効となるのかをよく考えるべきである。意匠法では美感がないことを理由とする無効の蓋然性がある場合だけを予想しているのか。
 結局、今回この規定を立法した者(行政官)は、知的財産法という法体系の中における意匠法の本質や意匠という存在の特殊性をよく理解していない者といわねばならないのである。

2.4 意匠の特殊性
 意匠法にいう「意匠」の定義規定(2条1項)を読むと、意匠とは人間の創作活動において、右脳細胞と左脳細胞の2つの別領域にわたる活動範囲をもっているものであることがわかる。「物品(物品の部分を含む。)の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合である」とは、“理性”が支配する左脳の対象となるものであり、「視覚を通じて美感を起させるもの」とは、“感性”が支配する右脳の対象となるものである。この事実は、同じ産業上の創作保護法とはいえ、特許法の発明と実用新案法の考案とが創作程度の差こそあれ、「自然法則を利用した技術的思想の創作」という専ら理性が支配する左脳の対象となるものと違うところである。
 意匠は前記のように、まず感性が支配する右脳の対象となる点では美術作品と共通の創作領域をもち、工業的に生産され日常使用される物品への表現物である他律性が成立要件となる点では、すべてから自由な表現物である自律性が成立要件となる美術作品とは異質のものである。
 そういう意匠の特殊性を行政官は承知していない。

2.5 美的特徴と創作体
 物品への一つの具体的な創作の表現において、デザイナーにとってもっとも重大な関心事は、かれの頭脳と感覚の中にある「美的特徴」がその物品に表現されているかどうかである。
 物品において発揮しているこの「美的特徴」は、客観的に論理的に判断されるとき、「意匠の要部」といわれるものである。したがって、意匠の類否判断において、意匠の要部はどこにあるかと問われる意味は、その物品の形態が発揮している美的特徴のことである。物品の新しい外観をかたち作るときには、デザイナーによる創作活動があり、この創作活動の結果として美的特徴がどこかに発揮されている形態を有する物品が完成し、それがいわゆる意匠の要部を構成することになる。したがって、意匠の類否を判断する者は、物品におけるこのような意匠の創作の要部、即ち美的特徴を的確に把握しなければならない。
 このように、物品の形状や模様などの外観について、同一の美的特徴を発揮していると見られる意匠を同一の創作体の範囲に属する意匠というとき、それを意匠法では「類似する意匠」という。
 意匠法が、他人の登録意匠や公知意匠に類似する意匠の出願を拒絶してこのような意匠を保護するのは、その意匠が発揮している美的特徴と同一の特徴を発揮する意匠は、先行するこれらの意匠の創作体の範囲に潜在的に存するものだからである。
 このように、同一および類似の物品内における同一の美的特徴を有する形態は、同一の意匠の創作体の範囲にあることから、類似の意匠と呼ばれることになり、登録意匠や公知意匠は積極的または消極的に保護を受けることになる。そして、一定範囲を有する意匠の創作体を保護することは、意匠法の目的に適うことになる。

2.6 現象としての意匠
 そこで、登録意匠に類似して侵害となる意匠とは、意匠に係る物品がどのような形態をしているのかといえば、次のようにまとめることができる。
 具象的には、人が視覚を通じて2つの“物品”の形態を対比して見たとき、その物品の外観から受ける美感や印象を同じくするものであり、その結果、流通の場において2つの“商品”を取引者需要者が混同することになるのであり、抽象的には、具象的形態の背後にある2つの意匠の形態をつくり出した創作体が同一であることを意味する。したがって、逆にいえば、同一の創作体から発生している形態は、その外観から受ける美感や印象が同じものであり、その結果としてほぼ混同を来たすことになるというのである。
 意匠をめぐるこのような現象は、原因と結果に分けて考えることができる。ここにいう原因とは意匠の創作をいう。即ち、この世に意匠が存在して意匠権が発生するためには、まずデザイナーによる創作ありきという原因があるのであり、逆のまず需要者による混同があるのではない。この原因に目をやれば、意匠の創作を保護するのが意匠法であることになる。その意味から、意匠法は創作者を含む当業者を保護する法律であり、意匠の類否判断は当業者の立場からなされなければならなくなると自然に考えることになる。
 これに対し、結果に目をやれば、需要者を流通の場における意匠(商品形態)の混同から保護するのは不正競争防止法と考えることになる。

 この現象を図示すれば、次のようになる。

 

2.7 意匠の定義との関係
 意匠法は、「意匠」を定義して、「物品」(物品の部分を含む。)の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって、視覚を通じて美感を起させるものをいう。」(意2条1項)と規定する。
 需要者という名の人には、性別,年齢,学歴,職業,経験,知識,性格,気質,環境,状況など思いつくような様々な条件によって千差万別であることは当然のことであるところ、法律がもし二つの同一物品の外観形態を見ての類否判断には日本人共通の普遍性があると考えているとすれば、それは迷信である。したがって、もし人の観察眼が単に生理的現象としての美感や印象に留まっているのであれば、正確な意匠の類否判断などはできるはずがない。
 意匠権侵害事件においてまず問題となる、登録意匠が新規性や創作力などの登録要件を具備しているか否かを判断する時点はその意匠の出願時であるから、登録意匠の範囲はその出願時に確定しているということができる。即ち、出願時における物的基準が問題となるのであって、出願時における人的基準が問題となることはない。そしてこの両基準は、特許権及び実用新案権の場合と全く共通である。したがって、そこでは人的基準としての需要者が出る幕は全くないのが真実である。
 また、「視覚を通じて」とは、人が単に生理的に肉眼を通じて物品の形態を眺めるというだけではなく、実はその形態を見て通すという意味に解さなければ、定義の真意はわからない。
 人が見て通すということは、物品の外観形態を漫然と眺めるということではなく、その表現物の意味内容を把握することである。意匠の類否判断をするときに、当該意匠の創作の要部を把握しなければならないということは、正に意匠を見て通す作業である。これによって、意匠の類否判断にはじめて客観性をもたらすことができるのである。
 また、「美感を起こさせる」とは、視覚を通じて物品の外観形態を見たときに、看者に何らかの美しい感じを抱かせることをいうから、何らかの美感も起させないような意匠は、意匠法上の意匠とはいえない。
 しかし、ここに「美感」とは、実用新案法が保護対象とする「物品の形状」とを区別するために注意的に明記しただけにすぎないものである。

2.8 実用新案との違い
 同じく物品を保護対象とする実用新案法上の「考案」は、自然法則を利用した技術的思想の創作をいうと定義するが、そのような考案は、「物品の形状、構造又は組合せに係る」ものでなければならない、と同法第1条は規定する。ここに「物品の形状」とは、前記意匠法が保護対象とする「物品の形状」と同一の概念である。
 そこで、二つの「物品の形状」を区別して各法の保護対象の違いを決める要素はといえば、前記の「美感」の有無である。したがって、意匠法が意匠の定義において、「美感」を成立要件としている理由は、実用新案法の保護対象と区別しているだけのことであるから、ことさら意匠法の定義規定にある「美感」を、意匠の類否判断の基準にまで高揚しなければならない必然性は全くない。

2.9 類否判断と混同
 侵害裁判所が意匠の類否判断をする際に、「美感」・「印象」・「注意」の用語を使用するのは、前記図示のとおり、対比する登録意匠と被告意匠の各形態に表われている現象を見ているからであるが、実はその「現象」を通してその意匠の創作体という実体を見通さなければ類否判断をしたことにはならない。即ち、看者は、まず登録意匠に係る物品の形態を表現している「原因」である創作の何たるかを把握しなければならないということである。
 しかる後に、看者は被告意匠が本件登録意匠の創作体を具備しているか否かを、その形態を見て通して判断するのである。それが意匠の類否判断というものである。これが創作説であるが、これは説以前の意匠法の本質に根ざすものである。
 これに対し、いわゆる混同説は意匠法にとっては問題外の説であり、商標法や不正競争防止法における「類似」の意義と混同している考え方である。

2.10 最高裁判決の意義
 報告書によれば、意匠の類似範囲の明確化のためには、「意匠の類否判断は、現在の公知意匠の参酌、意匠の要部の認定、意匠の全体観察等の複数の観点をまとめた総合的な判断であり、物品の形状に関する美感の評価であることから、客観的な分析や定量化が難しい側面があるが、判断主体の視点を明確にすることにより、簡潔で明瞭な説明が可能となると考えられる。」と結論づけている。
 また、「意匠の類似概念は、意匠の根幹をなす意匠の登録要件や意匠権の効力範囲を規定するものであるから、統一性をもって判断されることが望ましいと考えられる。」と述べている。
 もしそうであれば、本規定の位置づけは、第24条2項ではなく、意匠法の総則ともいうべき第2条の定義規定にあるべきである。
 それを証明するかのように同報告書が、「意匠の類否判断を明確化するため、意匠の類似について、最高裁判例、裁判例等において説示されている需要者からみた意匠の美感の類否であることを明確にすることが適切であると考えられる。」と述べているのは、出願意匠に対してのことである。即ち、報告書が挙げている最高裁の2つの判例とは、「可撓伸縮ホース」(最高判昭和
49319日)と「帽子」(最高判昭和50228日)に係る意匠登録出願に関し、意匠法3条1項3号と3条2項との適用をめぐる事件であり、いずれも同時期頃になされた古い判決であるところ、前者判決について、当時の最高裁調査官の佐藤繁判事は次のように解説している。
 「意匠が権利として独占的保護に値するのは、それが頭脳の創造的活動の所産としての創作であるためである。創作でない意匠は保護に値しない。しかし、この意味の創作性を要件としたところで、具体的にいかなる意匠をもって創作とみるか直には明らかになるわけではない。そこで、法はその標準を二つに分けて規定した。その一つは、客観的標準ともいうべきもので、従来未知のものとして評価される意匠であるかどうかということであり(3条1項)、他の一つは、主観的標準ともいうべきもので、その創作過程において独創力を用いたとみられる意匠であるかどうかということである(同条2項)。この二つは、ともに創作性の要件に関するものではあるが、それぞれ異なる観点から右の要件を具体化したものとみることができるのであり意匠の類否は前者の範疇に属する。このような見地に立ち、意匠が看者の視覚を通じて美感を起こさせるものである(2条1項)ことから考えると、同一又は類似の物品の公知意匠と構成要素において部分的差異があっても、その全体より生ずる美感ないし意匠的効果の面においてなんら異なるところのない意匠は、本質的に公知意匠に含まれるものであり、創作として未知のものと評価するに値しない。法3条1項3号は、かかる意匠を、公知意匠そのものと同一の意匠に準じ、類似の意匠として登録しないこととしたものである。」(最高裁民事判例解説
昭和49 318頁)
 最高裁判決について、このように解説されたのち佐藤繁判事は、「その類否判断の人的基準を『一般的需要者』としていることから、前述の物品混同説と結びつけて理解する向きがあるとすれば、おそらく判決の真意ではないであろう。」
(325)と警告している。

2.11 最高裁判決にいう需要者と美感
 需要者といい一般需要者といい、このような人的基準は極めて抽象的な概念であるが、これは創作者の立場を離れた商標法や不正競争防止法において採用されている人的基準である。特許法と並んで創作保護法である意匠法における登録要件の新規性及び創作力の判断基準日はその意匠の出願日であるから、需要者が判断主体として顔を出すことはない。そして、意匠の人的判断基準として、物品(製品)に創作される意匠(デザイン)は製造者(デザイナー)の立場からの判断基準を確立しなければ、意匠法の目的は達成されないことになる。にもかかわらず、なぜ商品が相手の消費者を含む需要者の立場を判断主体としなければならないのか、わからない。

2.12 最高裁判決の真意
 そこで、今回の立法化に影響を与えたとみられる前記「ホース事件」の判決理由において、最高裁が説示しているところを紹介すると、次のとおりである。
 「さらに敷衍すれば、同条1項3号は、意匠権の効力が、登録意匠に類似する意匠、すなわち登録意匠にかかる物品と同一または類似の物品につき、一般需要者に対して登録意匠と類似の美感を生ぜしめる意匠にも及ぶものとされている(23条)ところから、右のような物品の意匠について一般需要者の立場からみた美感の類否を問題とするのに対し、3条2項は、物品の同一または類似という制限をはずし、社会的に広く知られたモチーフを基準として、当業者の立場からみた意匠の着想の新しさないし独創性を問題とするものであって、両者は考え方の基礎を異にする規定であると解される。」
 ここに、キーワードとして「一般需要者」と「類似の美感」が出ており、これは意匠法23条に規定する意匠権者の専有的効力が登録意匠及びこれに類似する意匠の範囲まで及ぶことから、共通の美感を消費者が受けるものの場合に「類似の意匠」というと同判決が説示しているとすれば、一見して前記新規定は妥当のように見えるかも知れない。
 しかし、佐藤最高裁調査官の解説によれば、同事件の判決は、「創作でない意匠は保護に値しない。」ことを基本的な考え方に置き、現象としての出願意匠を見て通している以上、実体である創作体の存在を見抜いていたといえる。即ち、私が図示したとおりの考え方は維持していたのである。
 最高裁判決が美感といい、意匠的効果といっている背後には、現象としての意匠を存在づけている創作体を認識していることは、東京高裁が説示した意匠の創作性をめぐる3条1項3号と3条2項の適用において、人的基準に対しては否定しても、物的基準に対しては否定していないことからも明らかである。

2.13 判断主体を規定することの実益はない
 しかし、実際には、審査や審判の現場においても、また侵害裁判の現場においても、意匠の類否判断をする主体は、端的にいえば審査官や審判官であったり、裁判官であるから、そして彼らは出願意匠や登録意匠に対して登録要件の有無を精査して判断する者であるから、法律があえて「需要者」という人的基準を規定したところで実益はない。
 むしろ重要な問題は物的基準であり、それについて最高裁の前記判決は、自他商品の混同の考え方によって意匠の類否判断をしているのではない、と佐藤判事が解説していることの方がはるかに重要である。
 その裏を返せば、佐藤判事は、意匠の類否判断の物的基準は、意匠を存在あらしめている創作体の異同にあると示唆しているのは、前記「創作でない意匠は保護に値しない。」と解説されていることからも明らかである。
 しかし、意匠の類否判断の基準については、これまでの実務どおりでよく、あえて法規定としておく必要はない。最近の法改正の動機としては、例えば特許法104条の3の規定に見られるように、侵害裁判所の最近の裁判例の蓄積(判例法)を基礎に立法化しようとする姿勢をとっているようであるが、これは米国流の立法態度であるといえよう。
 しかし、英国法の場合にあっては、1941年の「ポパイ事件」の貴族院判決以来の歴史に見られるように、CDPA1988の第52条に見られ著作権の効力の制限規定に至るまでの非常に長い時間をかけて論議している。
 したがって、わが国にあっても、裁判例を立法に導入するまでには、各裁判例を熟考し分析して一つずつ蓄積して確実なものにした後にすべきである。
 また、あえて立法化することなく、判例法のままでよい場合もある。意匠の類否判断基準における人的基準にあっては、あえて需要者を明記することによって、その反対論に対して合理的に説得することができない以上、規定することによるマイナス効果が起こることを肝に銘ずるべきである。

2.14 むすび
 上記内容の法案は、「意匠の類似範囲の明確化」の一環として立法されたとあるが、けっして類似範囲の明確化には貢献しないばかりでなく、意匠の類否判断がますます困難な藪の中の存在になってしまうように見えてならない。
 意匠の類否判断は、出願意匠に対する場合と侵害意匠に対する場合とでは区別しなければならないが、その判断基準となるべき原則は、意匠の「類似」という概念が有する意味内容に関しては同じである。
 その原則とは意匠の「創作」の保護であり、この原則から出願意匠に対しても侵害意匠に対しても、視覚を通じて見通すことによって現象としての意匠の中に存在する創作体を把握するのであり、その創作体を出願意匠や侵害意匠が共有しているか否かによって、特許庁や侵害裁判所において意匠の類否判断がなされるものであることを、立法者はよく認識しなければならない。そして、その判断時には美感も需要者も入り込む余地はない。キーワードは「意匠の創作」であり、対比する意匠の創作体の異同を合理的に考えて把握することにより、意匠の正確な類否判断はなされるのである。美感の異同によってなされるものでは断じてないのである。

3.無審査登録制度の不導入について
 英国やEUデザイン法における非登録デザイン権のわが国意匠法への導入は、今日のわが国の国民性に残念ながらまだ適応できない制度であり、無審査による登録意匠権制度の導入こそが、有審査による登録意匠権制度との両立を考える場合の要となる。
 意匠の保護に関する2つの登録制度の存立は、特許庁の受入れ体勢次第で実現可能であり、産業界にとってメリットの大きい制度となることは、不競法2条1項3号の導入が競争者に対するデザイン模倣の抑止力となり、実質的な非登録デザイン権の保護となっている事実は、多くの裁判例によって実証されている。そして、非登録デザイン権以上に、登録によって客観的に明らかとなる無審査登録デザイン権による保護は、より実効性ある制度として産業界では期待されていると考える。
 無審査登録制度を導入するならば、出願意匠は方式審査にかかる約1ヵ月後には設定登録がなされ、半月以内には「意匠登録証」が発行され、その後に「意匠公報」も発行されることになるから、意匠権の行使は模倣品が市場に出回った時には十分可能となっている。権利行使の濫用は、不競法3号型の適用実績を見れば杞憂である。
 この新制度を導入しても、特許庁の意匠審査部への直接の影響は殆どなく、出願・登録業務を取扱う部課の仕事が増えるだけのことであるから、準備態勢の確立は困難なことではない。

 

 


〔牛木理一〕