第1-9



G1優勝馬以外にはパブリシティ権なし

牛  木  理  一


 

はじめに
 筆者は本誌2000年4月号の本欄で、「競走馬の名前に“パブリシティの権利”はあるか」と題した拙文を発表したが、これは、名古屋地裁の平成11年11月17日判決を扱ったものであった。この判決で、名古屋地裁は、G1に出走したことのある競走馬には顧客吸引力があるから、パブリシティ権があり、その馬の所有者に無断でその名前をゲームソフトに使用することは、パブリシティ権の侵害となると判断し、被告に損害賠償金の支払いを命じたのであった。この名古屋地裁判決は、「物」についてパブリシティ権を承認したわが国最初の判決として画期的なものであったが、賛否両論があった。
 この地裁判決は名古屋高裁に控訴されたが、今年3月8日、判決がなされ、地裁判決は条件付きで追認され、控訴は棄却された。今回の高裁判決は、物のパブリシティ権を、所有権とは別異の無体財産権と解したことによって問題を解決したといえるのであり、その意味で地裁判決よりも、説得力をもった理論構成をしているといえる。
 そこで、その理由を紹介するとともに、損害賠償の対象となる競走馬の資格条件について紹介することにする。

物のパブリシティ権とは無体財産権
1. 著名人ではないが、中央競馬又は地方競馬に出走する競走馬には名声、社会的評価、知名度等が発生し、著名人におけるのと同様の顧客吸引力を有し、また現に競走馬の名前、肖像等をゲームソフトで使用する会社との間で一定額の使用許諾料の支払いを受ける契約を締結しているから、現在、著名人に限らず競走馬等の物のパブリシティ権を一定条件下で承認し、保護するのを相当とする社会状況が生まれていると判示した。
2. 競走馬等の物の名称等に顧客吸引力が生じるのは、その物自体がもつ名声、社会的評価、知名度等によるものであり、これによって生じる顧客吸引力のもつ経済的利益ないし価値を支配する権利を、物の所有者に対して承認するのが物のパブリシティ権であるから、必ずしも所有者とその所有物との関連性が宣伝,広告等の中に示されている場合に限定される必要はないと判示した。
 物のパブリシティ権の場合にあっては、有体物を排他的に支配する所有権ではなく、その物の有する無体的価値を支配の対象とする無体財産権であり、その無体財産権の内容、その成立、存続又は消滅、権利の帰属等の要件を、物の所有権に関連させて把握しているにすぎないから、所有権と無体財産権とを混同するものでも、所有権概念を不当に拡張させるものではないと説示した。
3. 現在、著名人の氏名、肖像その他の顧客吸引力のある個人識別情報の有する経済的利益ないし価値(パブリシティの価値)を、排他的に支配するパブリシティ権は社会的に承認されており、このパブリシティ権に対する侵害行為がなされたときは、不法行為に基づく損害賠償請求のみならず、当該侵害行為の差止や侵害物の廃棄を求めることが許されると解するが、社会状況の変化とともに、競走馬などの動物を含む著名な物の名称等が、著名人の氏名、肖像の有する顧客吸引力がもたらす効果と同様の効果をもたらすことが認識され、これが物のパブリシティ権として承認され、保護されるようになったと説示した。
 しかし、著名人のパブリシティ権は、著名人のプライバシー権、肖像権を含む人格権と密接な関連があることから、パブリシティ権に基づく差止請求が承認されているが、物のパブリシティ権は、物の所有者の人格権等と関連するものではなく、その物の顧客吸引力という経済的利益と関連するものであり、著名人に関するパブリシティ権と同じように扱うことはできないから、現段階では、不法行為に基づく損害賠償が許されるだけであり、物のパブリシティ権に基づく差止請求を認めることは相当でないと判示した。
4. 競走馬の馬名のパブリシティ権は、競走馬についての所有権ではなく、競走馬の有する無体的価値を支配の対象とする無体財産権であり、所有権とは別個のものであるから、競走馬の死亡によりその競走馬についての所有権が消滅したとしても、それに連動して、右競走馬の馬名についてのパブリシティ権が消滅すると解する必要はない。
 右競走馬が死亡したとしても、その競走馬にかかる顧客吸引力が存続している限り、パブリシティ権は消滅することなく存在し続けることがあり得るから、このパブリシティ権は、競走馬等の物の消滅した時点における所有者に帰属すると解すべきであると判示した。
5. 本件各競走馬のうち、G1レースに出走して優勝したことがあり、その名称に顧客吸引力があるということができるが、その余の馬の名称には顧客吸引力があるということはできないから、その名称を無断で使用されたとしても、パブリシティ権の侵害となることはない。したがって、控訴人は、本件各競走馬のうち、G1に出走して優勝したことのある馬については、損害賠償義務があると判示した。

G1優勝馬を条件とした理由は弱い
1. この控訴審判決においてもっとも注目される判断は、物についてのパブリシティ権を「その物の有する無体的価値を支配の対象とする無体財産権」であると、明確に民法上の位置づけを与えたことである。そして、このような無体財産権は、物の所有者に承認されるものであることを明言した。
 しかし、同判決は、このような法的性質を有する物のパブリシティ権は、一定の要件下で承認し保護するのが現在の社会状況であると解するとともに、この一定の要件とは顧客吸引力の具備を基準とすると解しながら、競走馬の名前のパブリシティ権の発生をG1レースで優勝した馬に限定したことは疑問である。この点は、一審判決がG1レースに出走した馬であれば、優勝の有無は問わないと判示したことと異なり、一審判決を変更した部分である。
 しかし、このような控訴審判決の考え方による基準の出し方は一方的であり、このような基準をもって社会状況と考えたとすれば、競馬ファンという社会状況下では、G1レースに出走するほどの馬であれば、一度も優勝経験が無くても著名な馬名であるといえるし、G2レースや地方競馬では何度も優勝した実績をもっている馬もいる。
 しかし、被告(控訴人)が競馬のゲームソフトにおいて、実在する多数の競走馬の名前を使用したのは、競馬ファンにとってそれらはすべて顧客吸引力を有する名称であるからであろうし、それらを使用することによって商業的利益を得ようと意図したのだから、ゲームに登場した競走馬の名前はいずれもパブリシティ権を取得していると解してよいだろう。したがって、一審判決がG1レースの出走馬に限定したことにすら疑問視されていたのに、控訴審判決ではさらにしぼりをかけて、その優勝馬に限定したことは、一層の疑問を抱かざるを得ない。
 裁判所は、競走馬の名前のような物についても顧客吸引力が具備されていることは、今日の社会状況であることを認識していながら、パブリシティ権の適用に制限を加えようとする考え方は、法的妥当性を欠くといわざるを得ないだろう。
2. とはいうものの、物についても実在人物と同様に、顧客吸引力を有するからこそ第三者は使用するのであるから、一審判決も控訴審判決も一定の基準を提示した上で、競走馬名という物に対してもパブリシティ・バリュウの存在を理由に、パブリシティ権の成立を明確に承認したことは意義深ことである。
 ただ、筆者からあえて一つだけ注文をつけるとすれば、いずれの判決でも、パブリシティ権の由来は人間のプライバシー権にあり、純粋に人格権とはいえない財産的側面に注目したものであるから、動物その他の非人物にも財産的利益を生ずる側面があれば、実在人物に対するパブリシティ権に「準ずる」権利として、同性質の無体財産権を承認してよいとする理論構成をとれば、物のパブリシティ権の成立により強い説得力をもつといえよう。けだし、パブリシティ権の由来をよく知れば、人格権としてのプライバシー権(肖像権,氏名権を含む)が発生源であり、これをそのまま非人物に適用することにはためらいもあるからであり、それが物のパブリシティ権の成立を否定する論者の理由の一つとなっているからである。
3. ところで、控訴審判決も一審判決と同様に、損害賠償の請求だけを認容し、差止請求は認容しなかったことは、実在人物のパブリシティ権に対する不法行為と考え方を区別している。その理由を、控訴審は、物のパブリシティ権は物の所有者の人格権と関連するものではないことを挙げているが、実在人物のパブリシティ権自体もまた、人格権とは直接関連するものではないから、この理由では弱いのではないか。両審とも「現段階」では差止め請求を否定し、将来は肯定する含みのあることを匂わせていることを考えると、あえて人格権と関連づけて差止請求権の行使を否定したことは無理ではなかろうか。
 実在人物についてと同様に、物についてのパブリシティ権の成立を認める以上、それに対する侵害行為に対する差止請求を認めることは、損害賠償請求を認めることと同様に重要な法的判断である。
4. 控訴審判決は、競走馬が死亡した後のパブリシティ権の存続性について、競走馬の馬名のパブリシティ権は、競走馬についての所有権ではなく、競走馬の有する無体的価値を支配の対象とする無体財産権であると解する立場から、「競走馬の死亡によりその競走馬についての所有権が消滅したとしても、それに連動して、右競走馬の馬名についてのパブリシティ権が消滅すると解する必要はない。右競走馬が死亡したとしても、その競走馬についての顧客吸引力が存続している限り、パブリシティ権は消滅することなく存在し続けることがあり得る」と判示するが、この考え方は、実在人物の死後のパブリシティ権の存続を認める私の立場と共通する。
 


〔牛木理一〕