第1-8 



バス車体上の絵の利用は自由か

牛  木  理  一


 

はじめに
 A(原告)は、1970年代後半に、横浜市の東急東横桜木町駅のガード下に描いたアウトドアペインティングで注目をあびて以来、横浜市と米国サンディエゴ市を拠点に創作活動をしている画家である。Aは平成6年、横 浜市内 の関内,伊勢佐木町,元町及び中華街など同市都心部のパシフィ コ横浜循環バス路線(通称「Yループ」)を走る横浜市営バスの車体の左右両側面部,上面部及び後面部に絵画を描いた。
 永岡書店(被告)は、平成10年、表紙及び本文14頁左上に、原告作品が車体に描かれたバスの写真を掲載した被告書籍を出版,販売した。被告書籍中には、原告作品の著作者氏名は表示されていなかった。
 この事件では次の点が争点となった。
(1) 原告作品は美術の著作物か。(2) 原告作品は、著作権法46条柱書所定の美術の著作物として自由利用ができるか。(3) 原告作品は、著作権法46条4 号所定の行為に当たるか。(4) 氏名表示権の侵害に当たるか。
 これに対し、東京地裁は平成13年7 月25日、次の理由によって請求棄却の判決をした。

争点(1)について
 原告は、平成6年、横浜市の各商店 街団体が、同市のみなとみらい21地区や関内など同市中心部の活性化を図る一環として、同地区内の路線を循環する横浜市営バスの車体に横浜市街の特色を前面に打ち出したデザインを施すことを企画したのを受けて、市営バス1台の車体の両側面部,上面部及び後面部(合計4面)に、原告作品を描いた。原告作品は、赤,青,黄及び緑の原色を用いて、人の顔,花びら,三日月,目,星,馬車,動物,建物,渦巻き,円,三角形など様々な図形を、太い刷毛を使用した独特のタッチにより、躍動感をもって、関内や馬車道をイメージして描かれた作品。
 そこでまず、裁判所は、原告作品を制作するに至った経緯,制作の目的,独特の表現手法に照らすと、原告作品は原告の個性が発揮された美術の著作物であると認定した。

争点(2)について
 著作権法46条柱書は、原作品が街路,公園その他の一般公衆に開放されている屋外の場所又は建造物の外壁その他一般公衆の見やすい屋外の場所に恒常的に設置されている場合、何人も原則として自由に利用できると規定する。
 原告作品が車体に描かれた本件バスは、横浜市営バス中の1台であり、Yループを毎日定期的に繰り返し循環し、路線運行中は不特定多数の者が本件バスを見ることができるが、夜間は横浜市営バス専用の駐車場内に駐車され、不特定多数の者は見ることができない。
 裁判所は、原告作品が車体に描かれた本件バスは、市営バスとして、一般公衆に開放されている屋外の場所である公道を運行するから、原告作品もまた、「一般公衆に開放されている屋外の場所」又は「一般公衆の見やすい屋外の場所」にあると認定した。
 この点について原告は、本件バスは夜間、車庫内に駐車されるから、恒常的なものとはいえないと主張した。しかし、裁判所は、美術の著作物一般について、保安上等の理由で、夜間、一般人の入場や観覧を禁止することは通常あるから、観覧に対する制限を設けたからといって、恒常性の要請に反すると同規定の適用を排斥する合理性はないと判示した。
 また、原告は、「設置する」とは、美術の著作物が土地や建物等の不動産に固着され、また一定の場所に固定されていなければならないと解すべきなのに、本件バスは移動するから、本件バスに絵画を描くことは設置に当たらないと主張した。しかし、裁判所は、同規定が適用されるものとしては、公園や公道に置かれた銅像等が典型的な例だが、不特定多数の者が自由に見ることができる屋外に置かれた美術の著作物は、広く公衆が自由に利用できるとするのが、一般人の行動の自由の観点から好ましいなどの同規定の趣旨に照らし、「設置」の意義について、一定の場所に固定されたもののような典型的な例に限定して解する合理性はないと判示した。

争点(3)について
 次に、裁判所は、原告作品が車体に描かれた本件バスを撮影した写真を被告書籍に掲載しこれを販売したことが、法46条4号に規定 した「専ら美術の 著作物の複製物の販売を目的として複製し、又 はその複製物を販売する場合」には、一般人が当該美術の著作物を自由に利用することはできないとした例外規定に該当するかについて考えた。
 これに対し裁判所は、次のように考えた。被告書籍は全46頁からなり、縦14.8cm,横14.8cmの比較的小さなサイズの本である。表紙には、左上部に小さく「なかよし絵本シリーズ5.」と、その下に大きく「まちをはしるーはたらくじどうしゃ」と表題が付されている。被告書籍は、幼児向けに、写真を用いて、町を走る各種自動車を解説する目的で作られたもので、合計24種類の自動車について、その外観及び役割などが説明され、各種自動車の写真を幼児が見ることを通じて観察力を養い、勉強の基礎になる好奇心を高めるとの幼児教育的観点から監修され、表紙及び本文14頁の掲載方法は格別不自然な態様とはいえず、本件書籍を見る者は、本文で紹介されている各種自動車の一例として、本件バスが掲載されているとの印象を受ける。
 これらの事情を総合すると、原告作品が描かれた本件バスの写真を被告書籍に掲載し、これを販売することは、「専ら」美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し、又はその複製物を販売する行為には該当しないと判断した。

争点(4)について
 被告書籍における著作物の利用目的及び態様に照らせば、著作者氏名を表示しなくても、その利益を害するおそれがないと裁判所は認定し、被告の行為は、原告の有する著作者人格権侵害を構成とならないと判断した。

問 題 点
1. 判決は、市営バスの車体に描かれた原告作品が、思想又は感情を創作的に表現した「美術の著作物」に該当すると認定したことは、妥当といえる。画家にとっては、表現する場が自動車の車体面であろうと、それはキャンバスに絵を表現することと変わりないことである。
 本件絵バスの場合は、作者が、市営の運行バスの車体面をキャンバス代わりに、自分の思想・感情を創作的に表現した作品だから、作者自身は屋外に恒常的に設置する絵画を描いているという認識はなかったのではないか。
 したがって、第三者が撮影した“絵バス”の写真を、作者に無断で自社発行の幼児用絵本に掲載し、しかも“絵バス”の作者の名前も表示しないで出版したことは、著作権(複製権)と著作者人格権の侵害となると考えられてもおかしくない。
2. 判決は著作権法46条柱書の趣旨について、一般人の行動の自由を適度に抑制することになって好ましくないとか、一般人による自由利用を許すのが社会的慣行に合致する等の点を総合考慮し、一般人による利用を原則的に自由としたものと判示した。
 しかし、「一般人」とはどの範囲の者をいうのか明らかでないが、ここでは善良な一般市民のことを意味するならば、常に利益の追求を考えている商業人は含まれないことになり、善良な一般市民の自由利用を許すことは社会的慣行であるとしても、商業人が自由利用することは決して社会的慣行であるとはいえないこと等を考えると、屋外の場所に恒常的に設置された美術作品であっても、それを商業的目的に商業人が利用するような場合には、著作権法46条柱書の適用はないと解するのが妥当だろう。商業人がそのような作品を商業的に利用するのは、その作品に顧客吸引力があるからである。
3. 判決が、本件のような毎日定期的にバス路線を運行し、夜間は専用駐車場に駐車される市営バスの場合でも、一般公衆に解放されている屋外の場所である公道を運行するのだから、原告作品は、「一般公衆に解放されている屋外の場所」又は「一般公衆の見やすい屋外の場所」にあると解したことは妥当だろう。しかし、定期的に運行することが予定される市営バスの車体に描いた原告作品を、屋外の場所に「恒常的に設置したもの」と解したことは疑問である。
 これは、著作権の効力を制限する例外規定である以上、屋外に設置されているロダンの「考える人」のような彫刻彫塑作品や建物の外壁面に表現された彫刻作品のような典型的事例に限定して解すべきであろう。
4. 原告作品が車体に描かれた本件バスを撮影した写真を、被告書籍に掲載して販売したことは、著作権法46条4 号に規定する場合に該当するか否かについて、同規定は、一般人の著作物の利用を自由としたことに対し、著作権者に与える著しい経済的不利益とのバランスを考慮したものであるから、裁判所はこの観点から本件の場合について考えた。
 しかし、なるほど前記のような目的をもって原告作品の写真(複製物)を掲載した被告書籍ではあっても、その写真を他のバスの写真とともに掲載して絵本シリーズの一巻として販売しているのだから、幼児教育を目的とする絵本であったとしても、商業的に利用して商業的利益をあげている以上、一般人が撮影した個人用の記念写真の場合とは違うというべきである。
 そうすると、著作者(原告)の氏名を被告絵本の該当掲載箇所に表示しなかったことに対しては、19条1項の規 定(氏名表示権)に違反すると解することは可能である。
 


〔牛木理一〕