第1-5   

 

人形の著作権行使と権利の濫用

牛  木  理  一

 


この事件判決は、原告の著作権に係る人形は最初発表のイラストの二次的著作物であると認定したものの、被告のイラストも人形も本件人形の本質的特徴を有していないと認定した結果、類似しないと判断し請求棄却としたが、判決はそれだけの理由にとどまらず、原告自身、当該著作権の譲渡を受ける前に著作権侵害をして利益を得ていたのだから、被告に対し著作権侵害を主張して差止め請求と損害賠償請求をすることは、権利の濫用となると判示した事案である。
 

1.はじめに
2.事実関係
3.争点
4.判断
5.研究
6.むすび

 

1.はじめに
 戦前戦後を通じて、「キューピー」の名前で呼ばれている人形は、少なくともわが国では、オリジナル・キャラクター(1)のはしりといえるだろう。ローズ・ オニールという米国人が創作したこの人形の最初の絵には、著作権が発生していただろうことは想像に難くない。
 この古いキューピー人形が、最近、日本人により人形の著作権が行使されたことによって、再び急にクローズアップされるようになったのである。
 ここに紹介するキューピー事件の判決は、人形についての著作権者であることを主張する北川和夫氏(原告)が、長年、商標としても会社名としても「キューピー」の名前を使用してきたキューピー株式会社(被告)に対し、著作権侵害に基く差止め請求と損害賠償請求をした事件である。
 筆者が、この事件判決を読んで特に注目した点は、被告の行為は本件人形についての著作権侵害とはならないと判断されたことよりも、原告の著作権行使が権利濫用となると判断されたことである。

2.事実関係
 原告は、(1)キューピー人形についての著作権を有すること、(2)「キューピー」の商品等表示が原告の著名な商品等表示に当たることから、(1)被告によるキューピーの図柄等の複製行為等が著作権(複製権、翻案権)の侵害に当たること、(2)被告による使用行為が不正競争を構成することを主張し、被告に対し、各行為の差止め、損害賠償及び不当利得返還を求めた事案である。
 原告が請求した事項は、次の14点である。
1.被告は、別紙物件目録一記載のイラストを商標、商品包装、商品容器、テレビ番組及びインターネット・ホームページにおいて複製してはならない。
2.被告は、別紙物件目録一記載のイラストを複製した商標、商品包装又は商品容器を使用する商品を頒布してはならない。
3.被告は、別紙物件目録一記載のイラストを複製した商標、商品包装又は商品容器を使用する商品を廃棄せよ。
4.被告は、別紙物件目録一記載のイラストを複製したテレビ番組を放送してはならない。
5.被告は、別紙物件目録一記載のイラストを複製したインターネット・ホームページをインターネット・サーバーにアップロードしてはならない。
6.被告は、別紙物件目録二記載の人形を複製し、又は複製した人形を頒布してはならない。
7.被告は、別紙物件目録二記載の人形の複製物を廃棄せよ。
8.被告は、商号に「キューピー」の表示を使用してはならない。
9.被告は、昭和32年9月11日東京法務局中野出張所において商号変更登記した商号「キューピー株式会社」のうち「キューピー」部分の抹消登記手続をせよ。
10.被告は、商標に「キューピー」又は「kewpie」の表示を使用してはならない。
11.被告は、その製造又は販売に係る商品に「キューピー」若くは「kewpie」の表示を使用し、又は右表示を使用した商品を販売してはならない。
12.被告は、「キューピー」又は「kewpie」の表示を使用した商品を廃棄せよ。
13. 被告は、インターネット・サーバーのドメインネームに「kewpie.co.jp」を使用してはならない。
14.被告は、原告に対して金10億円及びこれに対する平成10年6月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3.争点
3.1 争点1は、「本件人形の創作と発行」の時期についてである。
 原告は、米国人のローズ・オニールが1913年11月20日に、著作物目録記載の「キューピー(Kewpie)」人形を、米国において発行し、わが国において製造販売し、わが国における著作権を取得した、と主張した。
 これに対し被告は、本件人形は米国輸出用のもので、日本国内で販売されたことはない。したがって、1913年当時わが国において、本件人形が存在していたという証拠はない、と反論した。
3.2 争点2は、「本件人形の創作性の有無」についてである。
 原告は、本件人形の特徴は、単に、子供、天使、キューピットないしキューピッド(プット)の表現として不可避ないし一般的なものに止まるものではなく、同一の題材を扱った作品であっても、その表現形態はそれぞれ異なると主張した。しかし、本件人形は、ローズ・オニールの創作した先行著作物の複製物ないし二次的著作物には当たらないから、本件人形自体が創作性を欠くことはないと主張し、また、キューピーは1909年以降にローズ・オニールが創作した著作物群であるから、2005年まで著作権は存続すると主張した。そして、原告は、ローズ・オニールの著作権について譲渡を受けているから、被告が本件人形は先行著作物の二次的著作物であると主張することは無意味であるとも主張した。
 これに対し被告は、原告のいう本件人形の特徴の要素は、いずれも「かわいらしい幼児の天使の立像」の一般的特徴であり、創作的な表現形態とはいえないと主張し、本件人形は、1903年作品2.等の複製物にすぎず、別個独立の新たな創作的な表現はないと反論した。そして、被告は、日米間の最初の著作権保護に関する日米著作権条約の批准交換日である1906年4月28日以前に発行された著作物がわが国で保護される根拠はないから、本件人形はすでにパブリック・ドメインとなった1903年作品2.等の複製物にすぎないと主張した。
3.3 争点3は、「著作権法上の保護の有無(量産品・応用美術)」につ。
 原告は、本件人形は、大量に複製・頒布されたが、家具、装身具、文鎮等実用品に応用される応用美術品ではなく、著名なイラストレーターが創作した美的鑑賞性に富む美術作品である、と主張した。
 これに対し被告は、本件人形はローズ・オニール自らが作成したものではなく、ジョセフ・カラスら人形製作者がローズ・オニールの創作した図柄等に基づいて、金型を用いて機械的に製造した玩具たる人形であるから、ローズ・オニール独自の著作物として著作権法上の保護をうけることはないと反論した。
 本件人形が製作された1913年当時、旧著作権法下では、工業上の利用を目的とするものについては旧著作権法による保護はないと解されていたし、現行著作権法下では、応用美術は美術工芸品に限って保護されると解され、仮に専ら美の表現を追求して制作された応用美術に限って著作権法による保護を認めると解したとしても、(2)本件人形は専ら美の表現を追及して制作されたものとはいえないと反論した。

3.4 争点4は、「米国著作権の成否」についてである。
 被告は、ローズ・オニールは本件人形と同一内容のデザインについて、1913年3月4日にデザインパテントの登録をし、特許局はデザインパテントの登録公報に著作権表示を付していない。ローズ・オニールが、本件人形のデザインについてデザインパテントによる保護を受けることを選択した以上、本件人形に著作権法上の保護は与えられないと主張した。
 これに対し原告は、被告の前記主張に対して直接反論していない。
3.5 争点5は、「著作権の保護期間」についてである。
 原告は、ローズ・オニールは、本件人形について、日本著作権条約下で、旧著作権法に基づきわが国において著作権を取得した。現行著作権法上、著作権の保護期間は、著作者の死後50年間であり(51条)、また連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律4条に基づき、3794日(10年5月弱)の戦時加算があり、ローズ・オニールは、1944年4月6日に死去したから、本件人形の著作権は2005年5月まで存続すると主張した。
 これに対し被告は、本件人形の著作権は、米国著作権法による保護期間の更新をしていないから、最初の創作の日である1913年11月20日から28年後の1941年11月20日に満了したと反論した。
3.6 争点6は、「原告による著作権の承継取得の有無」についてである。
 原告は、本件著作権は、ローズ・オニールの死後、同人の遺産の管理を目的とするローズ・オニール遺産財団に継承され、原告は平成10年5月1日、この遺産財団から本件著作権を譲り受けたと主張した。
 これに対し被告は、そうであれば、売買契約の具体的内容についての主張立証がないと反論した。
3.7 争点7は、「著作権の喪失の有無」についてである。
 被告は、遺産財団の3代目管理人のポール・イー・オニールは、おそくとも1948年6月5日まで、布製キューピーの抱き人形以外のキューピーに関する著作権を、カメオ・ドール・プロダクツのジョセフ・エル・カラスに譲渡したから、遺産財団は本件著作権を喪失した。
 これに対し原告は、ジョセフ・カラスへの著作権譲渡の登録は米国著作権局に存在しないから、被告の主張は事実でないと反論した。
3.8 争点8は、「著作権放棄の意思表示の有無」についてである。
 被告は、本件著作権は、1941年の時点で米国著作権法上の更新手続をとらなかったから、28年後の1941年11月20日に消滅した。ということは、わが国における著作権を放棄したと評価できると主張した。
これに対し原告は、争うとだけした。
3.9 争点9は、「依拠の有無」についてである。
 これについて、原告は、本件人形が1913年頃から、わが国に販売され大流行していたから、被告は登録商標に「キューピー」を採用し、この商標は本件人形と実質的同一性を有するから、被告イラスト及び被告人形の作成は本件人形に依拠したものであることは明らかであると主張した。
 これに対し被告は、当時、本件人形の存在及び内容を知らなかったから、被告イラスト及び被告人形の作成に当たり、本件人形に依拠したことはあり得ないと反論した。
3.10 争点10は、「類似性の有無」についてである。
 原告は、被告イラスト及び被告人形は通常人が見たとき、本件人形の内容及び形式を覚知させるに足りるもので、又は少なくとも本件人形の本質的な特徴を直接感得することは明らかだから、本件人形の複製又は翻案に当たると主張しながら、本件人形は先行著作物の二次的著作物に当たらないと主張した。
 これに対し被告は、被告イラスト及び被告人形の各部分は異なるから、本件人形と同一ないし類似とはいえないと反論した。仮に、本件人形は、先行著作物に対し何らかの創作的部分が新たに付加されたものであるとしても、本件人形は先行著作物を原著作物とする二次的著作物に当たり、本件著作権は新たに付加された創作的部分についてのみ生ずるが、本件人形の前記創作的部分が被告イラストや被告人形において再生されているようなものは一切ないから、本件人形の複製物であると解する余地はないと主張した。
3.11 争点11は、「不正競争」についてである。(略)
3.12 争点12は、「権利失効の有無についてである。(略)
3.13 争点13は、「権利濫用の有無」についてである。
 被告は、原告は昭和54年頃からキューピーのデザインに関する事業を開始し、今日まで、自らデザインしたキューピー人形等を製造,販売して生計を立てているということは、原告自ら、著作権侵害及び不正競争防止法違反の行為を業として行い生計を立てていた者であり、原告は、権原を取得できない時期に、本件著作権を有することを前提に、一方では被告その他の第三者に対し本件著作権に基づく権利行使をして著作権使用の支払いを求め、他方では、自らの事業のために、正当な著作権者に対し、著作権使用料を支払うことなく営業活動を継続していたことは、権利の濫用に該当すると主張した。
 これに対し原告は、著作権侵害を行った者であっても、後に適法に著作権の譲渡や許諾を受けて権利行使をすることができるのは当然であり、原告は、現在では本件著作権を適法に譲り受けた上で本件人形を複製しているから、正当な活動ということができると反論した。
3.14 争点14は、「訴訟信託」についてである。(略 )
3.15 争点15は、「不法行為、不当利得の成否」についてである(略)

4.判断
一争点10(類似性)について
1まず、被告イラスト及び被告人形が、本件人形に係る本件著作権を侵害する複製物等であるか否か (著作権の成否、著作権の帰属、保護期間の満了による著作権の消滅の有無の点はさておき)について検討する。
 本件人形に関しては、ローズ・オニールによって創作された先行著作物があること、その一例として1903年作品2.及び1905年作品が存在すること、右各作品は、いずれも日米著作権条約の効力発生前に発行され、我が国においてその著作権は保護されないことは、いずれも当事者間に争いがない。
 ところで、原告が著作権法上の保護を求める著作物について、当該著作物が先行著作物を原著作物とする二次的著作物であると解される場合には、当該著作物の著作権は、二次的著作物において新たに加えられた創作的部分についてのみ生じ、原著作物と共通しその実質を同じくする部分には生じないと解すべきである。二次的著作物が原著作物から独立した別個の著作物として著作権法の保護を受けるのは、原著作物に新たな創作的要素が付加されたためであって、二次的著作物のうち原著作物と共通する部分は、何ら新たな創作的要素を含むものではなく、別個の著作物として保護すべき理由がないからである(最高裁平成9年7月17日第一小法廷判決・民集51巻6号2714頁参照)。(3)
 以上の点に鑑みて、後記のとおり、本件人形は1903年作品2.及び1905年作品の二次的著作物であると認められるから、被告イラスト及び被告人形と本件人形との類否を判断するに当たっては、第一に、原告が本件において保護を求める本件人形と1903年作品2.及び1905年作品とを対比して、本件人形において創作的部分があるか否か、あるとして創作的部分はどの部分かを検討し、第二に、被告イラスト及び被告人形と本件人形とを対比して、右の創作的部分において共通するか否かを検討することとする。争いない事実及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおりの事実が認められ、これを覆す証拠はない。
 2本件人形と1903年作品2.及び1905年作品とを対比する。
(一)本件人形も、1903年作品2.及び1905年作品も、古くから連綿と描き続けられた「子供の姿をした天使」を題材にした作品の特徴を有している。また、子供の身体に羽が生えているという表現形態は、既に多数存在していた。
(1) 本件人形の特徴は、以下のとおりである。
全体的な特徴としては、1.ほぼ直立の人形である。2.乳幼児の体型であり、頭部が全体と比較して大きく、概ね三頭身である。3.裸である。4.性別がはっきりせず、中性的である。5.ふっくらとしている。6.体格、骨格は、欧米人のようである

細部の特徴としては、7.頭部の骨格について、後頭部の中心が後方に突き出したように張っている。8.頭の中央部分及び左右の部分にとがった形状の髪の毛が生えており、中央部分の毛は前に垂れており、頭部のその他の部分には髪の毛がない。9.顔は、縦長の楕円形状であり、頬はふっくらしている。10目は、丸く大きい。瞳は、左方向(向かって右)を向いている。11眉は、目から離れた位置に点のように描かれている。12鼻は、目立たず、小さく丸い。13口は、唇につき、細く長い下向きの円弧状に描かれ、微笑んでいるような表情に描かれている。14青く彩色された小さな双翼が、首の後方部左右に付けられている。15両手は 、腕を伸ばし、掌を広げている。16腹部は、下腹部が前方に突き出ている。17胴は、中央が最も太い。18背中部分は、平坦であり、尻部は、下方に向けて窄まっている。
(2) これに対し、先行著作物の特徴は、以下のとおりである。
(ア) 1903年作品2.の特徴は、以下のとおりである。
全体の特徴としては、1.正面向きでひざまづいた姿勢の図柄である。2.乳幼児の体型であり、頭部が前身と比較して大きい。3.裸である。4.性別がはっきりせず、中性的である。5.ふっくらとしている。6.体格、骨格は、欧米人のようである。細部の特徴としては、7.頭の中心の部分にとがった形状の髪の毛が生えており、それが前に垂れているように描かれ、頭部のその他の部分には髪の毛がない。8.顔は、縦長の楕円形状であり、頬はふっくらしている。9.目は、必ずしも明らかでない。瞳は点状に描かれている。10眉は、上瞼に接して描かれているようであるが、必ずしも明らかでない。11鼻は、点状に小さく描かれている12口は、点状に描かれ、目立たない。13双翼が 、後頭部ないし首の部分から左右に付けられている。14手を前で合わせて、祈りを捧げているような姿勢である。15腹部は、突き出ているように描かれている。16胴は、中央部が最も太い。
(イ) 1905年作品の特徴は、以下のとおりである 
 全体の特徴としては、1.横向きで正座したやや前屈みの姿勢の図柄である。2.乳幼児の体型であり、頭部が前身と比較して大きい。3.裸である。4.性別がはっきりせず、中性的である。5.ふっくらとしている。6.体格、骨格は、欧米人のようである。細部の特徴としては、7.頭部の骨格について、後頭部の中心が後方に突き出したように張っている。8.頭の中心部分にとがった形状の髪の毛が生え、前頭部に垂れているように見え、横の耳の上部に髪の毛が生えており、頭部のその他の部分には髪の毛がない。9.目は、下を向き、うつむき加減である。10眉は、目から離れた位置に点状に描かれている。11鼻は、小さく目立たない。12双翼が、後頭部から首の部分に横に向かって付けられている。13腕は、下方に伸ばし、手を膝頭に置いている。
(3) そうすると、本件人形と1903年作品2.及び1905年作品とは、以下の点で共通する。すなわち 、全体的な特徴として、1.乳幼児の体型であり、頭部が全身と比較して大きい。2.裸である。3.性別がはっきりせず、中性的である。4.ふっくらとしている。5.体格、骨格は、欧米人のようである細部の特徴として、6.頭部の骨格について、後頭部の中心が突き出したように張っている(ただし、1903年作品2.は正面向きなので、この点はない。)。7.頭の中央部分及び左右の部分にとがった形状の髪の毛が生えており、中心部分の毛は前に垂れており、その余には髪の毛がない(ただし 、1905年作品は横向きなので、横の部分の髪の毛の形状ははっきりしない。)。8.顔は縦長の楕円形状であり、頬はふっくらしている(ただし、1905年作品は横向きなので、この点はない。)。9.鼻は目立たず、小さく丸い。10双翼が、後頭部から首の部分に左右に付けられている。11腹部が突き出ている。胴の中央が最も太い(ただし、1905年作品は横向きなので、この点ははっきりし
ない。)。
(二)以上のとおり、本件人形は、1903年作品2.及び1905年作品と比較して、目、眉、口、手の形状に相違がある(なお、立像かイラストかは相違点として重要とはいえない。)が、この相違点を考慮しても、前記のとおり多くの共通点があり、とりわけ、頭部の極めて特徴的な頭髪と背部の双翼とを備えている裸の中性的なふっくらした乳幼児を表現したという特徴において共通していることに鑑みれば、本件人形は、既に1903年作品2.及び1905年作品において表現された特徴のほとんどすべてを備え、新たに付加された創作的要素は、些細な点のみといえる。本件人形と両作品とは類似するといえる。本件人形は、立体的な人形とした点で、両作品の二次的著作物に当たるものということができる(なお、本件人形と両作品は、いずれも、ローズ・オニールによって作成されたものと認められるから、本件人形が両作品に依拠して作成されたものと推認される。)。
3右の前提に立って、本件人形と被告イラスト及び被告人形が類似するか否かについて検討する。
(一)まず、被告人形について検討する。
(1) 被告人形の特徴は、以下のとおりである。全体的な特徴としては、1.直立の人形である。2.乳幼児の体型であり、頭部が前身と比較して際だって大きく概ね2.5頭身である。3.裸である。 4.性別がはっきりせず、中性的である。5.ふっくらとしている。細部の特徴としては、6.頭の中央部分及び左右の部分にとがった形状の髪の毛が生えており、中心部分の毛は前に垂れており、頭部のその他の部分には髪の毛がない。髪の毛は、茶色に彩色されいてる。7.顔は、縦がやや長く、頬がふっくらしている。8.目は丸く大きい。目全体が黒く塗りつぶされている。9.睫毛は、細長く、明瞭に描かれている。10眉は、目から離れた位置に、円弧状にやや厚みをもって描かれている。鼻は、目立たず 、小さく丸い。12口は、唇が短く厚みをもって描かれ、微笑んでいる表情に描かれている。13貝殻形状の双翼が、両肩から上向きに付けられ、茶色に彩色されている。14両手は、腕を伸ばし、掌を広げている。15腹部は全体が前に張り出している15胴は、尻のあたりが最も太い。17背中は平坦であり、尻は背中部分と比べ後方に突き出ている

(2) そうすると、本件人形と被告人形は、以下のような共通点を持つ。
全体的な特徴として、1.ほぼ直立の人形である2.乳幼児の体型であり、頭部の割合が大きい。3.裸である。4.性別がはっきりせず、中性的である。5.ふっくらとしている。細部の特徴としては 、6.頭の中央部分及び左右の部分にとがった形状の髪の毛が生えており、中央部分の毛は前に垂れており、頭部のその他には髪の毛がない。7.頬がふっくらしている。8.目は丸く大きい。9.眉は、目から離れた位置に描かれている。10鼻は目立たず、小さく丸い。11口は、やや微笑んでいる表情に描かれている。12双翼が付けられている。13両肩に両手は、腕を伸ばし、掌を広げている。14腹部は、前に張り出している。しかし、右共通点のうち、2.ないし7.、10、12、14の点は、1903年作品2.及び1905年作品と共通であり、1.の点は重要な特徴とはいえない。
これに対し、本件人形と被告人形とは、以下のような相違点がある。1.全身のプロポーションについて、前者は概ね三頭身であるのに対し、後者は概ね2.5頭身である。2.髪の毛は、前者は僅かに彩色が施されているのに対し、後者は茶色に彩色されている。3.瞳について、前者は左方向を向いているのに対し、後者は黒色で大きく塗りつぶされている。4.睫毛について、前者は全く描かれていないのに対し、後者は明瞭に描かれている。5.眉について、前者は点のように描かれているのに対し、後者は円弧状にやや厚みをもって描かれている。6.口について、前者が唇が細く長い、下向きの円弧状に描かれているのに対し、後者は短く厚みをもって描かれている。7.双翼について、前者は後頭部から首の後方部左右に、青く彩色されて付けられているのに対し、後者は両肩部に、茶色に彩色された貝殻状のものが付けられている8.胴について、前者は中央が最も太いのに対し 、後者は尻の当たりが最も太い。9.尻について、前者は背中部分から突き出すことなく連続して、下方に向けて窄まっているのに対し、後者は背中部分に比べ後方に突き出ている。
以上のとおり、本件人形と被告人形は、共通点を有するが、その共通点のほとんどは、既に1903年作品2.及び1905年作品に現われているし、本件人形に付加された新たな創作的部分とはいえないこと、他方、右認定したとおり、両者には数多くの相違点が存在すること等の事実を総合判断すると、被告人形は、本件人形における本質的特徴を有しているとはいえず、両者は類似していないと解するのが相当である。
(二)被告イラストについて検討する。
(1) 被告イラストの特徴は、以下のとおりである。全体的な特徴としては、1.立った姿勢が描かれている。2.乳幼児の体型であり、頭部が全身と比較して大きく、約三頭身位である。3.裸である。4.中性的である。5.ふっくらとしている。6.極めて平板に描かれている。細部の特徴としては、7.頭の中央部分にとがった形状の髪の毛らしいものが生えており、中心部分の毛は前に垂れているようにも見えるが、その他の部分には(左右の部分も含めて)髪の毛がない。8.顔は、やや縦長の楕円形状に描かれ、顎が膨らんでいるが、頬の膨らみはほとんどない。9.目は丸く大きい。瞳は、左下(向かって右側)を向いているように描かれている。10眉は描かれていない。11耳は、大きく丸みを帯びて表現されている。12鼻は、浅いV字型の線として描かれている。13口は、短めの唇が線で表現されている。14肩越しに丸みを帯びた双翼状のものがある。16腕は、ほぼ水平方向に伸ばして、掌を広げている。16へそが、下腹部にはっきりと描かれている。17胴から両足に掛けての輪郭線は、円弧状に連続的に描かれている。18足は、乳幼児特有のくびれは描かれず、直線的に表現されている。
(2) 以上のとおり、本件人形と被告イラストは、以下のような共通点を持つ。全体的な特徴としては、1.乳幼児の体型であり、頭部の割合が大きい。2.裸である。3.中性的である。4.ふっくらとしている。細部の特徴としては、5.頭の中央部分にとがった形状の髪の毛が生えており、中心部分の毛は前に垂れている。6.目は丸く大きい。7.鼻は目立たず、小さい。8.口は、線により表現されている。9.双翼状のものが描かれている。10腕を伸ばして掌を広げている。しかし、右共通点のうち1.ないし5.、7.、9.の点は、既に1903年作品2.及び1905年作品に表現されている。
これに対し、本件人形と被告イラストには、以下のような相違点がある。1.髪の毛について、前者は頭の左右の部分にとがった形状の髪の毛が生えているのに対し、後者は頭の左右の部分に髪の毛がない。2.顔について、前者は頬がふっくらと表現されているのに対し、後者は頬の膨らみは強調されず、顎の膨らみが目立つ。3.眉について、前者は目から離れた位置に点のように描かれているのに対し、後者は描かれていない。4.耳について、前者は(描かれていないか)ほとんど目立たないのに対し、後者は大きく、丸みを帯びて描かれている。5.唇について、前者が細く長い下向きの円弧状に描かれ、頬の描き方と相まって微笑んでいるような表情に描かれているのに対し、後者は単に線として表現されているのみで、必ずしも微笑んでいるような表情に描かれていない。6.腹部は、前者がへそが目立たないのに対し、後者はへそが強調されて描かれている。7.胴から両足に掛けての部分について、前者は乳幼児特有のくびれが表現されているのに対し、後者は輪郭線が円弧状に連続的に描かれ、くびれは描かれていない8.全体の印象として、後者は極めて平板な印象を与えるように描かれている。
以上のとおり、本件人形と被告イラストは、共通点を有するが、その共通点のほとんどは、既に1903年作品2.及び1905年作品に現われているし、本件人形に付加された新たな創作的部分とはいえないこと、他方、右認定したとおり、両者には数多くの相違点が存在すること等の事実を総合判断すると、被告イラストは、本件人形における本質的特徴を有しているとはいえず、両者は類似していないと解するのが相当である。
二争点11(不正競争)について
 原告は、「キューピー」(kewpie)という商品等表示(本件商品等表示)が著名であるとして、不正競争防止法2条1項2号が適用されるべきであると主 張する。
 しかし、本件商品等表示が、原告ないしローズ・オニール関係者の商品ないし営業を示す商品表示ないし営業表示として著名ないし周知であることを認めるに足りる証拠はない。したがって、この点についての原告の主張は理由がない。
三争点13(権利濫用)について
 以上のとおり、原告の本件請求は、その余の点を判断するまでもなく失当であるが、権利濫用の点についても、付加して検討する。
1証拠(甲20ないし22、51、乙1、8ないし10、56、57、101ないし104)、当裁判所に職務上顕著な事実及び弁論の全趣旨をあわせれば、以下の事実が認められる。
(一)原告は、昭和54年ころから、キューピーの図柄等のデザインに関連する業務を行い、また、自己がデザインしたキューピーに関連する商品を販売している。
 原告は、ハマナカ株式会社、キクチ株式会社及び株式会社オビツ製作所等とキューピーに関連する商品等の取引を行った。ハマナカ株式会社が昭和54年から56年に掛けて発行した手芸作品集には、原告がデザインしたキューピーの図柄が掲載されている。
 平成7年に原告がデザインし、同社が発売したキューピー商品には、原告の指示により、「designed by CKewpie Club」、「OMOIDE KOUBOUC」という表示が付されている。原告は、右商品の取引に関連して、同社から、少なくとも60万円の支払を受けている。原告は、キクチ株式会社とも取引を行い、同社は、平成3年ころ、原告がデザインしたキューピー人形を製造した。原告は、株式会社オビツ製作所とも取引を行い、同社は、平成5年ころから、原告がデザインしたキューピー人形を製造した。
 また、原告は、昭和63年、京都市に「思い出博物館」を開設し、自ら収集したキューピー人形を含む古いおもちゃ類等を展示し、土産品の販売を行うなどしたり、平成6年、神戸市にキューピー専門の博物館兼販売店である「キューピークラブイン神戸」を開設したりした。原告は、平成6年ころから、「インターナショナルローズオニール協会(I.R.O.C)」日本支部を自称する「日本キューピークラブ」を主宰し、「Japan Kewpie Club News」なる機関紙を発行した。この機関紙には、ローズ・オニールが作成したとされるキューピーのイラストが多数掲載されており、キューピーの関連商品、Tシャツ等を有償で販売する案内が紹介されたりしている。
 ところが、原告は、平成10年ころに至って、ハマナカ株式会社及び株式会社オビツ製作所に対し、原告がキューピーの著作権について独占的使用権を取得したとして、キューピーに関する商品(原告の制作するキューピーに関する商品に限らない。)について、使用許諾料の請求をするなどした。
(二)原告は、平成5年5月ころ、株式会社日本興業銀行との間で、原告の製造・販売するキューピーの図柄を付した商品を販売促進用品として、販売したりした。その取引は、平成7年3月ころまで継続した。
 日本興業銀行は、原告に対し、1億円を超える各種 商品の購入代金を支払った。
ところが、原告は、平成8年11月20日、日本興業銀行に対し、「ローズ・オニールの財産を管理しているローズ・オニール・エステートという米国の団体と日本におけるローズ・オニールの著作権に関して総代理店契約を締結した」として、被告に対し「ローズ・オニールのキューピー」の使用・購入を求めた。
(三)牛乳石鹸共進株式会社は、自社の石鹸、シャンプー等の商品に「キユーピー」の文字及び図形からなる商標を付していた。原告は、平成11年1月ころ、同社に対して、原告がキューピーに関する著作権を所得したこと、同社が「キユーピー」の商標を付した商品を製造、販売することは原告の有する著作権を侵害することを理由として、使用許諾料の支払をするように求めた。
2以上認定した事実、すなわち、原告は、一方において、本件著作権を平成10年5月1日に譲り受けたと主張しているにもかかわらず、1.正当な権原を取得したとする時期よりはるか前である昭和54年ころから、キューピーの図柄等のデザイン制作、及びキューピーに関する商品の販売等を行い、自らが本件著作権の侵害となる行為をして、利益を得ていたこと、2.自らが主催するキューピーに関する団体の活動においても、ローズ・オニールが作成したキューピーの複製品(原告の主張を前提とする。)を製造、販売したこと、3.さらに、キューピーに関する原告の商品には原告が著作権を有するかのような表示を付したりしていたこと、4.原告は、自己がデザインしたキューピーに関する商品を販売していた取引相手に対して、キユーピー商品一般(原告の制作したキューピー商品以外のもの)について、使用許諾料の請求をするなどしている等の事実に照らすならば、自らが本件著作権の侵害行為を行って利益を得ていた原告が、本訴において、被告に対し、本件著作権を侵害したと主張して、差止め及び損害賠償を請求することは、権利の濫用に該当すると解するのが相当である。したがって、この点からも、原告の請求は失当である。

5.研究

5.1 原告のイラストと人形との関係
 この判決は、争点が、15もあったにもかかわらず、各争点を順番にそれぞれ判断することなく、またそうしないことについての説明もなく、争点10の「類似性の有無」から入っている。ということは、争点1,2,3,4,5,6,9などの本件人形の著作物性 や著作権の存続に関する基本問題についての判断は、飛び越していることを意味する。
 この考え方は、判決は、原告が保護を求めた本件人形の著作物性については黙認しており、それを前提として、被告のイラストや人形は、本件人形の複製物等といえるか否かという問題について直に判断していることになる。
 しかし判決は、その前に、原告の本件人形が、先行する著作物を原著作物とする二次的著作物といえるかどうかについて検討し、二次的著作物にあっては、原著作物と対比して新たに加えられた創作的部分についてのみ著作権が発生し、原著作物に共通しその実質を同じくする部分には生じないと判示したその上で、判決は、本件人形は、1903年作品2.(乙14)及び1905年作品(乙17)を原著作物とする二次的著作物であると認定したが、その理由は、本件人形は原著作物の創作的部分をほぼ全部、立体的に表現しているものと考えたからである。
 そして、本件人形は、原著作物の特徴のほとんどすべてを備え新たに付加された創作的要素を有していないことを理由に、両者は類似するものとした。したがって、判決は、後記するように、被告のイラスト及び人形について、本件人形と対比してその類否を検討したが、実質的には原著作物である原告イラストと対比していることと同じである。しかし、原告にあっては、専ら本件人形の著作権についての保護を求めたのである。
 判決が、「本件人形は、立体的な人形とした点で、両作品の二次的著作物に当たるものということができる。」と認定したことは、本件人形を原著作物(1903年作品2.及び1905年作品)の変形(著27)と解したのであり、変形物であったとしても、前記両作品に「依拠」した作品と考えたのである。原著作物に依拠した場合は、複製(著2条1項15号)の考え方で解決するのが普通であるが、変形等の翻案となる場合であっても、原著作物に依拠することに変わりはない。その意味で、原著作物−依拠−翻案(変形)という考え方は妥当であろう。

5.2 両人形の類似関係
 次に、判決は、第1に本件人形と被告人形とを対比して検討し、第2に本件人形と被告イラストとを対比して検討した。
 この対比検討の目的は、本件人形における本質的特徴を、被告人形や被告イラストが具備しているか否かにあったが、具備していないと認定し、かえって両者間には数多くの相違点が存在すると認定したが、判決はここでも、両者は「類似」していないと解したのである。しかし、前記指摘のように、著作権侵害事件において意匠権侵害事件と同様に、「類似」の概念を使用することは適切ではない。(4)ここに「類似」とは、著作権法上の用語ではなく、意匠法で使用される概念であるから、適切を欠くといえる。著作権法において、著作物や二次的著作物の複製とは、それと同一又は同一性の範疇のものに限られ、それからはみ出した類似といわれるものについては、複製ではないと解することが定説である。
 これに対し、意匠権侵害事件において、イ号意匠が本件意匠に類似するか否かの判断に際しては、まず登録意匠の創作の要部を把握し、この要部をイ号意匠が具備しているか否かを判断することによって意匠の類否判断を行うという手法をとるのが普通であるから、この判決の手法は正に意匠の類否判断についての考え方によく似ている。違うことは、登録意匠について使われるその出願日前の公知意匠等との対比による創作度合の把握作業がないことである

5.3 意匠の類否判断
 この判決の思考方法は、そのまま意匠の類否判断に適用できる。あるいは、この判決は、意匠権侵害に対する思考方法を人形の著作権侵害に導入したのだろうか。即ち、この思考方法は、筆者が意匠の類否判断法について昔から論じているものと共通する考え方である。即ち、筆者は、次のように説いている。
 「物品において発揮しているこの『美的特徴』は、客観的に判断されるとき、これが『意匠の創作の要部』といわれるものである。したがって、意匠の類否判断において、よく意匠の要部はどこにあるかといわれるけれども、その意味内容は、その物品のかたちが発揮している美的特徴のことである。物品の新しい外観をかたちづくるときには、デザイナーによる創作活動があり、そこがいわゆる意匠の要部を構成することになる。したがって、意匠の類否を判断する者は、物品におけるこのような意匠の創作の要部、即ち美的特徴をまず的確に把握しなければならない。
 紙上のスケッチデザインから紆余曲折と量産工程を経て出来上がった物品のデザインを見たとき、そこに発揮されている美的特徴が従来には見られなかったものであるならば、それは十分評価を受けるだろう。評価を受けるということは、そこに新しい『創作体』をもったデザインが客観的に認められることである。換言すれば、同一の美的特徴を感受するようなデザインは、すでに存在するデザインの『創作体』の範囲にいまだ属するものということである。美的特徴に触れない部分についての変更は、同一の創作体の範囲の中での変形でしかないということになる。」(5)
 また最近では、次のようにも説く。
 「われわれは、意匠の鑑定において意匠の類否判断をするが、その仕事の第一歩は、まず登録意匠の実体を全部知ることから始まる。即ち、登録意匠の実体を、意匠権者の立場でも、被警告者の立場でも、よく把握することなしには、先に進むことはできない。
 その実体とは、出願日を基準とした登録意匠の創作性の度合いの把握である。そのためには、出願時に存した公知の意匠の中に登録意匠を置き、これらとの相対的関係から把握することになり、このようにして把握した創作体が登録意匠の要部ということになる。したがって、特に創作性が認められる要部以外の部分は、意匠法が保護する登録意匠にとっては本来、没価値なものである。」(6) 
 「登録意匠を公知意匠の中に置き、それらとの相関関係を明らかにする作業と同時に行うべき作業は、イ号意匠も公知意匠の中に置き、それらとの相関関係を明らかにすることである。そのような対比の思考作業から、自由意匠の抗弁論も生まれるのである自由意匠の抗弁は、登録意匠に対する全部公知の主張であり、登録無効に通ずるものであるから、公知形態を部分的に含む登録意匠に対しては通用しない。この考え方は、自由技術の抗弁や公知技術の主張をめぐる特許発明に対する場合と同様である。」(7)
 美術的作品と意匠とは、意匠保護についてコピーライトアプローチの考え方もあるように、本質的に共通の思想を有する作品であることを、この判決を通じて理解することができる。そして、意匠の類似とは、彼此の意匠が美的特徴を共通にする創作体を有しているものであるから、ここにはいわゆる物品の混同の考え方が入り込む余地はない。
 このように意匠の類似とは、創作体の同一性をいうと考えることは、意匠法を学ぶ者にとってはごく自然のことであり、それは説などというものではないのである。その意味で、いわゆる混同説なるものは邪説であり、意匠法にとっては論外である。(8)

5.4 不正競争
 判決は、原告の著作権侵害の主張と並んで、争点 11の不正競争防止法2条1項2号の主張に対しても証 拠がないとして退けた。

5.5 権利濫用論
 判決はまた、その余の争点については判断の要なしとして、原告の本件請求を失当としたが、付加的に争点13の権利濫用論を特に取り上げて判断したことに筆者は注目した。
 本稿において、筆者が最も大きく取り上げたかったこの判決の問題点は、諸般の事実に照らすならば、「自らが本件著作権の侵害行為を行って利益を得ていた原告が、本訴において、被告に対し、本件著作権を侵害したと主張して、差止め及び損害賠償を請求することは、権利の濫用に該当すると解するのが相当である。」と認定した点である。
 それは、原告が、本件著作権をローズ・オニール遺産財団から平成10年5月1日に譲り受けたと主張して本訴を請求したとしても、原告は昭和54年頃から自ら本件著作権の侵害となるような行為をしていたのだから、被告に対し本件著作権を侵害したと主張して差止めと損害賠償を請求することは、正に「権利の濫用」となると判断した点である。この判決は、アンクリーンハンドを持つ原告による権利行使にお灸をすえたものといえるのであり、妥当である。
 このような事案は、わが国の産業界においては比較的多いようであり、被告側で登録無効や登録取消の審判を請求して対抗しても時間がかかることから、和解せざるを得なくなる場合もある。
 著作権のみならず、新規性が問われない商標権においても権利濫用に該当する場合がある。例えば、外国人の商標権の存続中に商標権侵害行為を行っていながら、その商標権は将来更新登録されないだろうことを予想して出願をしておいた商標が運よく登録された場合に、第三者も先の商標権の消滅後その商標を使用開始した時に、商標権侵害の差止めと損害賠償の請求訴訟が提起されたような場合は、キューピー事件で判示された権利濫用の抗弁が有効となるであろう。
 


6.むすび

 「キューピー」人形をめぐる著作権侵害事件は、もう1件あった。それは、前記キューピー事件よりも前に東京地裁に係属していた平成10年(ワ)16389号平成11年11月17日判決である。この事件の原告は、口頭弁論終結段階では本訴を取下げており、訴訟参加していた参加人北川和夫が残り、被告は日本興業銀行であった。
 この事件における参加人の請求は、(1)被告はイラスト及び人形の複製をしないこと、(2)被告は各イラスト及び人形の複製物を廃棄すること、(3)被 告は参加人に金10億円を支払うことであったが、いずれも請求棄却の判決であった。争点は11あったが、判断されたのは、前記判決事件と同様に、争点7の類似性と争点9の権利濫用についてであった。後 者について、判決は、ここでも次のように認定し判示したが、妥当である。
 「参加人は、その主張を前提とすれば、自らが、本件著作権の侵害となる行為を多年にわたって継続し、多額の利益を得ていたばかりか、被告に対して、積極的な著作権侵害行為を誘発していたことになる。このような事実経緯に照らすならば、長年にわたり連綿と被告イラスト等の使用を継続してきた被告に対して、本件著作権を侵害したと主張して、差止め及び損害賠償を請求する参加人の行為は、正に権利の濫用に該当すると解すべき
である。」
 したがって、このような事案を扱う侵害裁判所にあっては、被告によるこのような主張に謙虚に耳を傾けられ、原告のアンクリーンハンドの事実が証明されたときは、権利濫用を理由とした請求棄却を方向づけるようにしてもらいたいものである。(9) 
 その意味で、今回のキューピー著作権事件の判決は、権利行使者は確実にクリーンハンドの持ち主でなければならないことを教訓としているのである。
 なお、「キューピー」人形をめぐる2つの著作権侵害訴訟の判決に対しては、控訴された。



(1) 「オリジナル・キャラクター」とは「シリーズ・キャラクター」に対立するキャラクターであり、それ自体最初からは顧客吸引力を持たないキャラク ターである。牛木理一「商品化権」27頁。
(2) 「博多人形赤とんぼ」事件(長崎地裁佐世保支部昭和47年(ヨ)53号昭和48年2月7日決定・認容).牛木理一「応用美術」著作権研究第6号(1973)37頁、牛木理一「意匠法の研究(四訂版)」377頁。
(3) この最高裁判決については、牛木理一「連載漫画の原作とキャラクターの絵との関係」パテント1999年7月号61頁。
(4) 東京地裁民29部平成11年12月15日判決には、スイカの写真の著作物をめぐる事件において、被告写真が原告写真を翻案(被告カタログへの掲載発行)したといえるためには、「先行著作物に依拠して制作されたものであり、かつ先行著作物の表現形式上の本質的特徴部分を当該作品から直接感得できる程度に類似しているものであることが必要である。」と判示した後、「原告写真と被告写真とは、そもそも異なる素材を被写体とするものであり、その細部の特徴も様々な点で相違するから、類似しないというべきである。被告写真は、原告写真の表現形式上の本質的特徴部分を直接感得できる程度に類似したものということはできない。」と認定し、被告写真は原告写真の翻案ではないと判断した。しかし、ここは類似の概念ではなく、同一性の概念で考えるべきであろう。
 なお、不競法事件ではあるが、不競法2条1項3号の適用第1号となった「キーホルダー」に関する東京地裁民29部平成8年12月25日判決は、被告のキーホルダーの形態が原告のそれと酷似(類似)するという認定で、商品形態の模倣という原告の主張を認容したが、東京高裁18民部号平成10年2月26日判決は、両者は実質的に同一の形態ではないと認定して原判決を取り消した。この東京高裁判決は、不競法2条1項の適用において、類似については、その1号・2号の場合と3号の場合とでは、当然のことながら、峻別すべきことを示唆している。
(5) 牛木前掲「研究」123頁。
(6) 牛木理一「意匠法の特殊性と意匠の類否判断の難しさ」パテント1999年5月号62頁。
(7) 牛木同上論文63頁。
(8) 牛木前掲「研究」127頁。
(9) 「ゴルフクラブ・ヘッド」に関する実用新案権侵害訴訟において、登録実用新案に登録無効事由が存在することにより損害賠償請求が棄却された最近の東京地裁民29部平成11年10月6日判決の根底には権利濫用論があったものと思われる。なお、意匠権侵害の場合について、牛木理一「公知意匠等との関係における意匠権侵害訴訟事件」富岡健一先生追悼記念論文集19頁(1997年)参照。
 

〔牛木理一〕