第1-4



 

競走馬の名前に「パブリシティの権利」はあるか

牛  木  理  一


 

はじめに
 わが国に戦後、名実ともに輸入された法律用語の一つに「プライバシーの権利」があり、この権利は個人に固有の人格権である。ところが、人格権では割り切れない保護されるべき価値を有している個人もいる。特に芸能人,スポーツ選手,政治家などの有名人が有する価値である。それが、他人の氏名や肖像の営利的利用による保護の必要から生まれたのが「パブリシティの権利」である。
 「パブリシティの権利」の由来を考えると、その権利は個人固有のものであって、人間以外の「物」についても広く認められるべき権利であるかどうかには、消極説が支配的であったが、筆者は積極説を出していた。
 例えば、東京タワーや東京ドームを背景に自動車の写真を撮り、これを自社の宣伝広告用に使用することは、それぞれの建築物が有するパブリシティ・バリュー(価値)を利用しているのだから、これを商品の背景として利用する場合には、その所有者に何らかの挨拶をして然るべきであろう。米国にはかつて、マジソン・スクウェア・ガーデン事件において、建築物にパブリシティの権利を認めた裁判例がある。
 

 

馬名のゲームソフトへの使用
 ところで、JRA主催のG1レースにかつて出場した競走馬の名前が、ゲームソフトの商品名「ジョッキーレーシングゲーム『ギャロップレーサー』1.、2.」に登場する多くの競走馬に使用されたことに対し、個人、会社を含む22名の馬主が、ゲームソフトの製作販売をしたT株式会社(東京都千代田区)を相手に、ゲームソフトの製作販売の差止めと不法行為に基づく損害賠償を請求した訴訟を名古屋地裁に起した。
 これに対し同裁判所は、平成12年1月19日、原告20名についての損害賠 償請求を認めたが、使用禁止の差止め請求については棄却した。
 この馬名の中には、「ホクトベガ」、「ライスシャワー」、「オグリキャップ」、「ナイスネーチャ」、「ビワハヤロデ」、「トウカイテイオー」のような超有名馬の名前もあった。

パブリシティ価値は財産権
 この訴訟において、裁判所は次のように理論構成し、パブリシティ価値は顧客吸引力がある限り、人間に限定されず、「物」にも認めることができるから、「物のパブリシティの権利」が認められてよいと考えた。
 著名人の氏名、肖像等が持つ経済的な利益ないし価値は著名人自身の名声、社会的評価、知名度等から派生するものであるから、著名人はこの経済的利益ないし価値を自己に帰属する固有の利益ないし権利と考え、他人の無断使用を排除する排他的な支配権を主張することは正当な欲求であり、このような経済的利益ないし価値は、現行法上これを権利として認める規定は存しないものの、財産的な利益ないし権利として保護されるべきであると判示した。このように著名人が、その氏名、肖像その他の顧客吸引力のある個人識別情報の有する経済的利益ないし価値(パブリシティの価値)を、排他的に支配する権利がいわゆる「パブリシティ権」と称されるものである。
 「パブリシティ権」は、排他的にパブリシティの価値を支配する権利であるから、無断で他人の氏名、肖像その他顧客吸引力のある個人識別情報を利用するなど、パブリシティの価値を侵害する行為がなされた場合には、不法行為に基づく損害賠償請求権が認められるのみならず、当該侵害行為の差止めや侵害物の廃棄等を求めることができるとされている。
 大衆が、著名人に対すると同様に、競走馬などの動物を含む特定の物に対し、関心や好感、憧憬等の感情を抱き、右感情が特定の物の名称等と関連づけられた商品に対する関心や所有願望とし、大衆を当該商品に向けて吸引する力を発揮して販売促進に効果をもたらすような場合には、当該物の名称等そのものが顧客吸引力を有し、経済的利用ないし価値(パブリシティの価値)を有するに至ることもあると考えた。
 競馬は、騎手が競走馬に騎乗して速さを競うものであるが、大衆の関心は、騎手のみならず、競走馬そのものに対しても集まり、重賞レースに優勝するなど、競争に強い馬の知名度、好感度は増し、プロスポーツ選手同様にファンからスター扱いされていることは、公知の事実である。このような競走馬の人気を商業的に利用しようとした場合には、著名人と同様な顧客吸引力を発揮するものと思われると考えた。

著名人に限られない権利
 著名人について認められるパブリシティ権は、プライバシー権や肖像権といった人格権とは別個独立の経済的価値であるから、必ずしも、パブリシティの価値を有するものを人格権を有する著名人に限定する理由はないと考えた。
 競走馬の名称等がもつパブリシティの価値は、その物の名声、社会的評価、知名度等から派生するものといえるから、その物の所有者(物が消滅したときは所有していた者が権利者となる。)に帰属する財産的な利益ないし権利として、保護すべきであるとした。
 このような、物の名称等の顧客吸引力のある情報の有する経済的利益ないし価値を支配する権利は、従来の「パブリシティ権」の定義には含まれないが、これに準じて、広義の「パブリシティ権」として保護の対象とすることができると考えた。
 「物」一般について、物の有する顧客吸引力について所有者以外の者が利用するのは自由であるという根拠はなく、その物の内容、顧客吸引力の程度とこれを備えるに至った事情によっては、所有者以外による顧客吸引力の利用は制約されるべきであるとの商業的通念が形成される場合もあり、顧客吸引力が主としてその運動能力により形成され広範囲の大衆の人気を得ているなど、他のプロスポーツ選手の場合と現象的には異ならない本件のような競走馬については、顧客吸引力の商業的利用の制限についての通念が形成されている可能性が大であり、どのような利用も違法にはならないと断言することはできないと考えた。

物のパブリシティ権の性質
 「物のパブリシティ権」は新たな権利であり、公示手段の不明確性とあいまって種々の問題があり、その権利の主体や客体、成立要件や権利期間、譲渡方法、公示方法、侵害手段等が明確にされる必要がある。しかし、社会状況の変化によって新たな権利が認められてきたことは歴史的事実であり、その価値ないし利益が社会的に容認され、かつ、その社会において成熟したものであれば、これを保護する必要があり、また社会的正義にもかなうと考えた。
 パブリシティ価値は、所有権の内容の一部ではなく、所有権とは別個の性質の権利であるが、パブリシティ価値は、飽くまでも物自体の名称等によって生ずるのであり、所有権と離れて観念することはできないから、所有権に付随する性質を有するものと考えた。
 物に関するパブリシティ権は、その物が顧客吸引力を有している限り日々発生するから、物の譲渡などにより所有権が移転した場合には、特段の合意がない限り、移転の日以前の分は以前の所有者に残るが、以後のパブリシティ権は新所有者に移転する。
 物に関するパブリシティ権は、対象が消滅した場合であっても、パブリシティ価値が存続している限り、対象が消滅した時点における所有者が、パブリシティ権を主張できるものと考えた。
 物に関するパブリシティ権が侵害された場合に権利者がとり得る手段としては、不法行為に基づく損害賠償を請求することは認められるが、差止めは許されないものと考えた。物のパブリシティ権が経済的価値を取得する権利にすぎないことを考慮すると、現段階においては、物についてのパブリシティ権に基づく差止めを認めることはできないとした。
 パブリシティ価値を持ち得る要素としては、馬名、性別、産種及び毛色ということになる。しかし、性別、産種及び毛色はそれ自体として、顧客吸引力が生ずるものということは考えられず(これらの要素が本件各競走馬の肖像の一部を構成し得るものであることは認められるものの、本件各ゲームソフトは、現実の競走馬ではなく、架空の映像で表現されるものであるから、その一部に過ぎない要素のみで顧客を吸引することは考えがたい。)、パブリシティ価値が生じ得る要素としては、馬名のみを考慮することとする。G1に出走したことがある競走馬については、顧客吸引力があるものとしてこれを無断で使用した場合、パブリシティ権の侵害になるものと判断した。

損害賠償金の算定
 その結果、裁判所は、被告は、本件各競走馬のうちG1に出走したことのある馬について損害賠償の責任を負うと認定し、被告が別件契約において本件各ゲームソフトに登場する馬の一部の馬主との間で、製品上代の3%の使用料を、本件各ゲームソフトに登場する馬数で除した金額を支払う合意をしていたことを基準に、被告と同様の契約をしていたら同様の金額を対価として得られる額と同様の算定による額が相当と認めて計算し、裁判所認定の損害額を別紙一覧表にして判決文に添付した。
 この中で被告にもっとも高額の支払いを命じたのは、「ホクトベガ」など4頭の所有者であった金森商事株式会社への600,842円であった。
 

むすび
わが国において、他人の氏名や肖像の営利的利用が、他人の「パブリシティの権利」の侵害となるとの判決が最初に出たのは、1976年6月29日の「マーク・レスター」事件であった。当時、英国の子役俳優として有名であったマーク・レスターが登場した映画の一カットが、本人に無断で、ある会社のチョコレートのTVCMに使用されたのだが、被告が主張した「フィルムタイアップ」システムの存在による非違法性は認められなかった。この判決において東京地裁は、個人の氏名や肖像に関する精神的利益とは別に財産的利益の存在を認めたのであった。
 しかし、個人以外の「物」について、「パブリシティの権利」の存在を認めた裁判例は今までなかったから、画期的なものといえる。
 こんご、他人の動物、建築物、商品などの「物」を無断に使用したときには、その「物」の所有者から「パブリシティの権利」の侵害として訴えられるケースが予想されるから、特に広告関係者は注意すべきであろう。