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出願意匠「吸着具」拒絶審決取消請求事件:東京高裁平成10年(行ケ)207号.平成11年3月25日判決(認容・審決取消)[民6部]

〔キーワード〕 

意匠の類似、対比観察、一般需要者、美観、意匠の創作性、先願意匠

 

〔判示・認定事項〕 

  1. 意匠法における意匠とは、意匠の創作として秩序立てられた一つの全体形態としてのまとまりをいうのであるから、全体の中から、その一部の態様に限定してこれを対比観察することは許されるものではない。
  2. 需要者は、この種物品を手に持ったような状態の至近距離から観察して購入するため、需要者は、本願意匠と引用意匠の構成態様の共通点を有していても、細部についての差異をそれがありふれたものでないならば、明らかな差異と感じるものというべきであるから、意匠の類否判断に当たってはその事実を考慮すべきである。
  3. 引用意匠における網状模様は、雌雄吸着具の吸着面の大部分にわたって施されており、引用意匠の特徴となっているから、本願意匠と引用意匠との間に審決の認定する共通点があるとしても、このような特徴の有無という差異がある以上、両意匠が類似するということはできない。
  4. 本願意匠の一部の形態がその出願前に公知ないし周知であって新規ではないからとして、これを類否判断の対象から除外することは誤りというべきである。
  5. 意匠の類似とは、一般需要者の立場から見た美感の類似であって、「類似」とは「似ている」ことをいうのであるから、引用意匠に特徴があり、そのために本願意匠と似ていないのであるならば、その結果として、本願意匠もまた、引用意匠とは似ていないといわざるを得ない。
  6. 審決が根拠とする意匠法9条1項は、「同一又は類似」の意匠が、異なった日に2以上の意匠登録出願があった場合に、最先の意匠登録出願人のみがその意匠について意匠登録を受けることができるとする規定であって、意匠の創作性の程度を問題として類似しない意匠の登録を排除する規定ではないから、被告の主張は、意匠の類似と意匠の創作性とを混同するものであって、失当である。

 

〔事  実〕

 

原告(T社)は、意匠に係る物品「吸着具」について、平成2年7月12日に別紙第一記載の意匠の出願をしたところ、平成5年3月30日に拒絶査定を受けたので、同年5月14日に拒絶査定不服の審判を請求した。審判平5-9365号事件として審理した結果、特許庁は、平成10年5月27日に「成り立たない。」旨の審決を出した。
審決理由の要旨は、次のとおりである。
昭和60年意匠登録出願第32636号の意匠(別添審決書の別紙第二記載の意匠、すなわち、審決の「引用の意匠」)を「引用意匠」という。また、審決が、本願意匠と引用意匠の具体的構成態様について、共通点と認定した「1)雄吸着具の吸着面の周縁をアール状としている点」を「共通点1」、差異点と認定した「1.各吸着具基部の径について、本願の意匠は、雄吸着具の径が雄吸着具の径よりわずかに大きいのに対して、引用の意匠は、雌雄吸着具が同径である点」を差異点1.、「2.雄吸着具の係止爪の数について、本願の意匠は、4個であるのに対して、引用の意匠は、5個である点」を差異点2.、「3.雄吸着具の吸着面周縁のアールの態様について、本願の意匠の方が引用の意匠よりやや大きいアールである点」を差異点3.、「4.雄吸着具の吸着面について、引用の意匠はその略全面に網状模様を施しているのに対して、本願の意匠はそのような態様がみられない点」を差異点4.とそれぞれいう。
 

 

〔理  由〕
 
  1. 取消事由1について
     甲第1号証によれば、雄吸着具の吸着面について、引用意匠はその略全面に網状模様を施しているのに対して、本願意匠はそのような態様がみられない点で、引用意匠と本願意匠には差異があるが、審決は上記差異点を摘示・判断していないことが認められる。しかし、審決は、差異点4.として、雄吸着具の吸着面の網状模様の有無を摘示し、これについて判断しているところ、被告は、雄吸着具の吸着面における網状模様の有無の差異についての判断は、差異点4.についての判断と同様であるから、審決の上記誤りは、審決の結論には影響しない旨主張し、また、原告も、取消事由2として、雄吸着具の吸着面における網状模様の有無を含めた類否の判断について、審決の誤りを主張する。そこで、まず、雌雄吸着具の吸着面について、引用意匠はその略全面に網状模様を施しているのに対して、本願意匠はそのような態様がみられない点(以下「網状模様の差異点」という。)を差異点とした場合における類否判断について、取消事由2に即して判断することとする。

  2. 取消事由2について
    (1) 意匠法における意匠とは、意匠の創作として秩序立てられた一つの全体形態としてのまとまりをいうのであるから、全体の中から、その一部の態様に限定してこれを対比観察することは許されるものではない。したがって、意匠法9条1項の「同一又は類似の意匠」であるか否かの判断に当たっては、出願意匠と先願として引用された意匠との形態を全体として観察すべきであり、その意匠の一部の態様に限定して対比観察を行うべきものではない。したがって、審決において、本願意匠と引用意匠の類否を判断するに当たって、審決が共通点として認定した基本的構成態様及び具体的構成態様を考慮の対象としたことに誤りはない。
     なお、甲第1号証及び弁論の全趣旨によれば、本願意匠と引用意匠は、共通点1においても共通するものと認められる。

    (2) もっとも、甲第2ないし第4号証及び弁論の全趣旨によれば、本願意匠及び引用意匠の意匠に係る物品は、かばん等の係合具として使用される小型の物であって、需要者は、この種物品を手に持ったような状態の至近距離から観察して購入するため、需要者は、例えば、本願意匠と引用意匠の構成態様の共通点(ただし、共通点1を除く。)を有していても、雄吸着部の吸着面の周縁の隆起部の形成の有無や、係合用凹部の形状を単に円形穴のみで形成しているか、大小の円形穴で組み合わせて形成しているか等の差異をも、それがありふれたものではないならば、明らかな差異と感じるものというべきである。したがって、意匠の類否の判断に当たっては、上記事実をも考慮すべきである。

    (3) そこで、差異点1.について検討するに、差異点1.は、意匠全体からみて極めて僅かな差である上、甲第2号証、乙第11、第12号証によれば、本願意匠及び引用意匠の意匠に係る物品の意匠においては、雌雄吸着具基部の径にわずかな差があるものもないものも、本願意匠の出願前によく知られていたことが認められ、上記事実によれば、差異点1.は、両意匠の類否の判断を左右するものではないと認められる。また、差異点2.の係止爪は、意匠全体から見れば小さいものというべきである上、甲第2、乙第2、第3、第5、第11号証及び弁論の全趣旨によれば、上記係止爪は、物品がバッグ等に取付けられた時には、全く目に触れなくなるものであること及び両意匠の係止爪の態様とも、本願意匠の出願前によく知られていたことが認められ、以上の事実によれば、差異点2.は、両意匠の類否の判断を左右するものではないものと認められる。

    (4) 次いで、差異点3.について検討する。
    ア 乙第6、第7号証によれば、本願意匠及び引用意匠の意匠に係る物品の分野の意匠において、吸着具の吸着面の周縁に、成形により生じたアールないしは面取りには止まらない、引用意匠ないしそれ以上の程度の意図的なアールを施したものが、本願意匠の出願前に周知であったことが認められる。なお、乙第6号証に記された意匠については、アールは、基部を肉厚の円盤状とした吸着具の吸着面の周縁に施されているのであるから、それが、永久磁石の内蔵されていない側であるか否かは、上記認定の妨げとはならない。
     一方、本願意匠の雄吸着具は、下端部から約半分の位置までは垂直面となっており、アールの態様は、雄吸着具の高さの約半分についてのみ施されたものにすぎない。
     そうすると、差異点3.は、ありふれたアール状の態様における多少の大小に過ぎないものというべきであるから、これをもって、両意匠の類否の判断を左右するほどのものということはできない。
    イ もっとも、原告は、本願意匠は、雄吸着部の全体の高さの約半分の位置まで垂直面を有し、残り半分をアール面としていることにより、雄吸着具の平担部の面積を大きく減少させており、この結果、本願意匠を三次元的に把握した場合には、本願意匠と引用意匠とは、雄吸着具の吸着面側の様子が全く異なると主張する。しかし、差異点3.がありふれたアール状の態様における多少の大小に過ぎないことは、前認定のとおりであって、雄部材の平担部の面積の差異も、アール状の多少の大小に伴う程度のものに過ぎないものというべきである。

    (5) 網状模様の差異点について検討する。
    ア 引用意匠における網状模様は、雌雄吸着具の吸着面の大部分にわたって施されており、引用意匠において特徴となっているものと認められる。そうすると、本願意匠と引用意匠において、審決の認定に係る共通点があるとしても、前記2.の事実を考慮すれば、このような特徴の有無という差異がある以上、両意匠が類似するということはできない。

    イ もっとも、被告は、網状模様の差異点について、両意匠の差異に係る態様が視覚的に区別できるものであるとしても、引用意匠の方に特徴があり、本願意匠に格別新規な特徴がないから、その差異を評価することができない旨主張する。しかし、意匠法9条1項の「同一又は類似の意匠」であるか否かの判断に当たっては、出願意匠と先願として引用された意匠との形態を全体として観察すべきであり、その意匠の一部の態様に限定して対比観察を行うべきものではないことは前示のとおりである。したがって、本願意匠の一部の形態がその出願前に公知ないし周知であって新規ではないからとして、これを類否判断の対象から除外することは、誤りというべきである。
     また、意匠の類似とは、一般需要者の立場からみた美感の類似であって、「類似」とは「似ている」ことをいうのであるから、それは、本願意匠と引用意匠のいずれに新規な特徴があるかということとは別の問題である。すなわち、引用意匠に特徴があり、そのために本願意匠と似ていないのであるならば、その結果として、本願意匠も、また、引用意匠とは似ていないといわざるを得ないのである。
     したがって、被告の主張は、採用することができない。

    ウ この点に関して、被告は、差異点4.ないし網状模様の差異点を評価するとすれば、特徴(創作)のない意匠を登録することになり、意匠法の目的に照らし不合理である旨主張する。しかし、審決がその根拠とする意匠法9条1項は、「同一又は類似」の意匠について異なった日に2以上の意匠登録出願があった場合に、最先の意匠登録出願人のみがその意匠について意匠登録をうけることができるとする規定であって、意匠の創作性の程度を問題として類似しない意匠の登録を排除する規定ではない。被告の主張は、意匠の類似と意匠の創作性とを混同するものであって、失当である。

  3.  以上の事実によれば、網状模様の差異点を含めて検討した場合に、本願意匠は、引用意匠とは類似しないものというべきである。したがって、本願意匠が引用意匠と類似するとした審決の認定判断は、類否の判断を誤ったものというべきであるところ、この誤りは審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

 

〔研  究〕
 
  1. 判示事項の1で判決が考えていることは、意匠というものは、一つの全体形態のまとまりであるから、2つの意匠を対比して類否を判断するときには、各意匠の一部(この場合は一般に要部といわれる。)の態様に限定し、それを対比して行うべきではない、ということである。これは、換言すれば、意匠の構成に含まれている周知・公知の態様と創作の態様とを区別することなく、それらを合わせた全体を対比して2つの意匠の類否を判断すべきことを説示しているのである。
     このような考え方は、伝統的な考え方であるといえるが、意匠は創作であり、意匠法は意匠の創作を奨励し保護するものであることは、意匠法第1条の目的としていることを考えるならば、必ずしも妥当な考え方であるとはいえない。
     特許法も実用新案法も、その第1条に、発明又は考案を奨励し保護することを宣言していることを考えれば、意匠法をこれらの法律と区別して考えることはできない。
     意匠の構成というものは、当該物品のもつ固有の基本的形態の制約を受けつつ、これに周知・公知の形態も含みつつ、部分的に創作的形態を構成することが多いから、一つの意匠を構成する創作形態(要部)と非創作形態とを区別して観察することは、有意義なことである。この考え方は、非創作形態部を意匠全体から除外するのではなく、創作形態部との比重を異なるものと考えるのである。創作形態部の存在は、非創作形態部の存在が前提となることは、新種物品の場合でないかぎり、しごく当然のことである。
     しかし、法的保護の観点からすると、創作形態部(要部)は価値のあるもの、非創作形態部は没価値的なものと考えられる。
     したがって、判示事項4で判決が考えていることは、妥当であろう。けだし、事実上、意匠の対比観察において、創作形態部と非創作形態部とを区別する際に、後者を完全に除外して見ることは不可能だからである。これらの形態部は互に関係しあって、物品の外形を構成しているのである。
  2. ところで、判決は、判示事項5において、「意匠の類似とは、似ているということをいう」と説示しているが、これでは答えにならないのである。けだし、意匠が似ているとは、どういう状態にあることをいうのかという意味を考えていないからである。識者は、長年、この問題を考えて論争をつづけてきているのだから、判決のような説示では納得しない。
     判決はここで、「美感の類似」というが、これは換言すれば、意匠全体から受ける美感が両意匠において共通することを意味するから、その限りにおいて、たとえ周知・公知の形態を包含していても、これに付加されている創作的形態が、引用意匠には見られない別異の美感を明確に発揮しているならば、意匠全体から受ける美感は異なるといえるから、非類似の意匠と判断することになろう。
  3. 判決は、判示事項6において、意匠法9条1項の「同一又は類似」の意匠についての先後願関係について、「意匠の創作性の程度を問題として類似しない意匠の登録を排除する規定ではない」とあるが、ここは「意匠の創作性の程度を問題として類似する意匠の登録を排除する規定ではない」とすべきである。
     判決がここでいいたいことは、意匠の類似(3条1項3号、9条1項)とは意匠の創作性(3条2項)とは意味が違うものであるということであろうが、判決は意匠の創作性とは創作容易性(自明性)が問題となる「創作力」の意味にとっている。
     しかし、意匠法3条1項3号及び9条1項に規定する「類似」とは、当該意匠が有する創作性の範囲(創作体)に属するものと解するならば、判決の考え方はおかしいことになる。
     したがって、意匠の類似についての創作説の立場からはこの判決の考え方は失当ということになるから、この判決は大別して、創作説を否定し、混同説をとるものということになろうが、しかし「美感の類似」という概念を使っていることを考慮すると、感性的に似ているかどうかという考え方をとっているといえよう。
  4.  審決について被告は、引用意匠における吸着具の吸着面の網状模様を除いた本体の形状だけをとらえ、引用の先願意匠にはすでに本体の形状が現われているのだから、それを先願意匠として引用したことは妥当であると主張したが、両意匠の全体的まとまりから見れば、それぞれ別異の美感を発揮して似ていない以上、網状模様のある吸着具とその模様のない吸着具とは類似しない、と裁判所は判断したのである。
  5.  旧法9条1項における類似の意匠の考え方としては、判決のような考え方は妥当であろう。しかし、現行法下においては、もはや拒絶確定先願の意匠は存在しないから、現行法では問題にならず、専ら3条1項3号又は3条2項の問題となる。
  6.  そこで、発展して次のような場合を考えてみる。
  7.  物品の「形状」だけである本願意匠は広い範囲をもち、公知意匠は網状模様を含むが故に「形状+模様の結合」という狭い範囲の意匠となるが、このような場合、後願の登録意匠は、先願の公知又は登録意匠には対抗できないとしても、さらに後願の新たな「形状+模様の結合」から成る登録意匠の形状部分が本願登録意匠の形状と同一または類似する場合には、どのような意匠権の効力を発揮することができるだろうか。意匠法26条の利用意匠の問題とともに考えなければならない問題である。
別紙第一
別紙第二

[牛木理一]