第1−2

 

連載漫画の原作とキャラクターの絵との関係
A Study of Copyright in terms of Legal Relationship between an Original Comic Series and the Pictures depicting its Characters

牛  木  理  一

 


1.はじめに〈事件の背景と訴訟物〉
2.裁判所による事実認定
3.漫画の非二次的著作物性の主張に対し
4.特別原画の作成とその利用
5.問題点〈小説と絵との関係〉
6.共同著作物とは
7.二次的著作物とは
8.「サザエさん」事件判決との比較 
9.むすび
 

 

1.はじめに〈事件の背景と訴訟物〉

 今日、少年や少女向けの漫画雑誌を見ると、漫画家の名前のほか、原作者の名前、場合によっては脚本家の名前も出ている連載漫画がある。このような原作者と漫画家とのタイアップシステムの先鞭をつけたのは、講談社が昭和34年から刊行した「週刊少年マガジン」であるといわれている。
 今回とり上げるストーリー漫画「キャンディ・キャンディ」は、昭和50年4月号から連載を開始し昭和54年3月号までつづいた長編ものであった。
 講談社の少女コミック月刊誌「なかよし」の担当編集者は、昭和50年4月号から新連載するストーリー漫画の企画をまず立て、当時、講談社と専属契約を結び実力もついてきていた五十嵐優美子(いがらしゆみこ)を漫画家に選んだ後、大型の名作物の連載を考えて、原作者として児童文学者として活動していた名木田恵子(水木杏子)を選んだ。そして、作品の基本的コンセプトから設定は、担当編集者と原作者と漫画家の三者で話し合って決め行った。したがって、この三者は常に一体となって「キャンディ・キャンディ」のストーリー漫画の連載を仲良く続けたのであった。
 この連載漫画のリーダーシップを常にとり2人にアドバイスをして来たのは、講談社の担当編集者であったから、著作権は前記二者だけではなく、当時の担当編集者にも3分の1はあったといってもよい位だ、と筆者の取材に関係者は話していたほど、担当編集者は重要な役割を占めていたようである。主人公の「キャンディ」という名前のヒントは五十嵐優美子が出したようであるが、「キャンディ・キャンディ」という題名は、編集部で出したいくつかの候補の中から、最終的に編集長が決定したという。
 さて、そのような仲良し関係の2人ではあったが、原作者の名木田恵子が原告として、漫画家の五十嵐優美子を、商品化事業を行った株式会社フジサンケイアドワークとともに被告として、平成9年9月16日、東京地方裁判所に出版差止等の請求訴訟(東京地裁平9(ワ)19444号)を提起することになった原因は、被告五十嵐が原告に無断で許諾して製作された「プリクラ」を原告が発見したのが発端であり、またオフセット印刷物を「高級版画」と称して通信販売していることがわかったからである。(訴訟を提起するまでの詳しい経過については、原告の開いているインターネット上のホームページを見ていただくことにする。)(1)
 そこで、本件連載漫画は、毎月連載の各回ごとに、原告がストーリーを創作し、小説形式にした原稿を編集担当者に渡し、その原稿のコピーを被告五十嵐に渡し、被告は原稿を読んで紙面にコマ割を行い、人物の絵をごく簡略化した形で描き、吹き出し(セリフ)を加えて1回分の漫画の下書きをするが、これを「ネーム」といって、その回の作品の全体のイメージをつかむためにもっとも重視され、担当編集者は漫画家と何回も打合せしたという。
 本件連載漫画はこのような手順で制作されたものであるから、原告は、連載漫画について、共同著作物の著作者の権利、またはこれを二次的著作物としその原作を原著作物とする原著作者の権利を有する、と主張したのである。
 原告が対象とした漫画は3件あった。そのうちの2件については、その主人公「キャンディ」の“コマ絵”と“表紙絵”は共同著作物の著作者の権利を有すること、または漫画は本件連載漫画のストーリーを原著作物とする二次的著作物であるから、原著作者の権利を有することの確認を求め、他の1件は、被告アドワークが被告五十嵐の許諾を得て、その書き下ろしの絵を“原画”とするリトグラフと絵はがきを作成し販売しようとしたことに対し、原告は、その“原画”は本件連載漫画のストーリーの主人公の絵の複製又は翻案であるから、その原画の作成,複製または配布の禁止を求めたのである。(2)

 別紙目録一記載の漫画について
 “本件コマ絵”は、「なかよし」に掲載された本件連載漫画の一コマであるから、これについても原告は、共同著作物の著作者の権利,又はこれを二次的著作物とし本件連載漫画の原作を原著作物とする原著作者の権利を有すると主張した。
 しかし、被告らは原告がこの各権利を有することを争った。
 そこで、原告は、原告と被告らとの間において、“本件コマ絵”につき、原告が、共同著作物の著作者の権利,又は右漫画を二次的著作物とし本件連載漫画の原作を原著作物とする原著作者の権利を有することの確認を求めた。

 別紙目録二記載の絵について
 “本件表紙絵”は、本件連載漫画の連載期間中に、被告五十嵐が作成し、「なかよし」の表紙に掲載された本件連載漫画の主人公キャンディを描いた絵であり、本件連載漫画の一部,又は本件連載漫画における主人公キャンディの絵、を複製若しくは翻案したものである。
 “本件表紙絵”が本件連載漫画の一部であれば、これについて、原告は、共同著作物の著作者の権利,又はこれを二次的著作物とし本件連載漫画の原作を原著作物とする原著作者の権利、を有する。また、“本件表紙絵”が本件連載漫画における主人公キャンディの絵を複製若しくは翻案したものであれば、“本件表紙絵”は、原告の創作に係る本件連載漫画の原作との関係でも二次的著作物になるというべきであるから、これについては原告は、これを二次的著作物とし本件連載漫画の原作を原著作物とする原著作者の権利を有すると主張した。
 しかし、被告らは、原告がこの各権利を有することを争った。
 そこで、原告は、原告と被告らとの間において、“本件表紙絵”につき、原告が、共同著作物の著作者の権利,又は右絵を二次的著作物とし本件連載漫画の原作を原著作物とする原著作者の権利を有することの確認を求めた。
 別紙目録三記載の絵について
 原告は、本件連載漫画について、共同著作物の著作者の権利、又は、これを二次的著作物としその原作を原著作物とする原著作者の権利を有する。
 “本件原画”は、被告五十嵐が平成10年8月上旬に書き下ろしとして作成したもので、被告アドワークは被告五十嵐の許諾を受けて、この絵を原画とするリトグラフ及び絵はがきを作成し販売しようとした。
 これに対し、“本件原画”は、本件連載漫画の主人公キャンディを描いたものであり、本件連載漫画における主人公キャンディの絵を複製又は翻案したものである、と原告は主張した。

 そこで、原告は、被告らに対し、本件連載漫画についての、共同著作物の著作者としての著作権(複製権若しくは翻案権),又はこれを二次的著作物としその原作を原著作物とする原著作者としての著作権(複製権若しくは翻案権)に基づき、本件原画を作成し複製し又は配布することの禁止を求めたのである。
 被告は原告のいずれの請求に対しても争ったが、東京地裁は、平成11年2月25日、原告の主張をほぼ全部認める判決をしたのである(特許ニュース平成11年5月12日号)。その判決主文は次のとおり。
「1.原告と被告らとの間において、別紙目録一記載の漫画及び同二記載の絵につき、原告が右漫画及び絵を二次的著作物とし漫画「キャンディ・キャンディ」の原作を原著作物とする原著作者の権利を有することを確認する。
2.被告らは、別紙目録三記載の絵を作成し、複製し、又は頒布してはならない。
3.訴訟費用は被告らの負担とする。」
 

 

2.裁判所による事実認定

 裁判所が事実関係についてまず認定したことは、原告と被告五十嵐との間で平成7年11月15日に本件連載漫画の二次的利用の場合は、双方の同意を要すること、使用料を一定の割合に応じて配分することなどを内容とする契約が締結されていたことである。しかし、契約違反に対しては特に判断されていない。
 次に、原作原稿の内容とこれに対応する本件連載漫画の内容とを、証拠に現われた範囲で対比して次の事実を認定した。しかし、残念ながらこれらの対比は、証拠として提出された各書面を見ながらの対比であって、原告が別紙目録として提出した対比表によるものではないから、第三者は具体的に明確に知ることができない。(東京地裁平8(ワ)10218号平成10年6月29日判決.判タNo.992p.256は、テレビドラマが原告著作の漫画を翻案したとは認められなかった事件であるが、これには、原告の「本件著作物」と被告らの「本件番組」とが言語による説明で対比されている。)
1. 本件連載漫画の各連載回ごとの具体的なストーリーの展開は、おおむね原作原稿の内容に沿ったもので、原作原稿にある場面が省略されたり、ない場面が付加されたり、場面展開の順序が原作原稿と異なったりする部分も見られるが、それによってストーリーの基本的な展開が異なるとまでは評価できない。
2. 本件連載漫画中の登場人物の吹き出しの台詞や内容における思考・心情の記述は、原作原稿の記載をそのままあるいは同趣旨の内容を多少表現を変えて用いているものが多く、原作原稿にないものを付加したり、あるものを省略している部分もあるが、それによってストーリーの基本的な展開に変更を来すようなものではない。
3. 人物の表情・服装・動きや風景については、原作原稿中に指示があり、これに基づいて漫画が作成されている部分もあるが、原告原稿中に格別の指示がない部分もある。
4. 以上の対比結果は、本件連載漫画のうちの一部の連載回に関するものであるが、本件連載漫画の内容と原告作成に係る原作原稿の内容との関係は、他の連載回も含め全体として、おおむね上記対比結果と同様のものである。

 このように、本件連載漫画は、当初から原告が作成した原作原稿を被告五十嵐が漫画化するものとして「なかよし」編集部によって企画され、実際にも連載の各回ごとに原告が小説の形式で原作原稿を作成し、これを被告五十嵐が漫画化するという手順で制作が行われたもので、本件連載漫画とこれに対応する原作原稿の各内容を対比してみても、本件連載漫画はおおむね原作原稿の記載内容に沿って具体的なストーリーが展開され、登場人物の吹き出しの台詞や思考・心情の記述もその多くが原作原稿中の記載に基づくものと認められ、また出版物における著者の表示や二次的利用の際の権利関係の処理においても、原告は終始、本件連載漫画につき原作者としての権利を有するものとして処遇され、被告五十嵐もこれを容認してきたものである、と認定した。
 これらの事情を総合すると、本件連載漫画は、連載の各回毎に、原告の創作に係る小説形式の原作原稿という言語の著作物の存在を前提とし、これに依拠して、そこに表現された思想・感情の基本的部分を維持しつつ、表現の形式を言語から漫画に変えることによって、新たな著作物として成立したものといえるから、本件連載漫画は、原告の創作に係る原作原稿という著作物を翻案することによって創作された二次的著作物に当たる、と認定したのである。
 

 

3.漫画の非二次的著作物性の主張に対し

 被告は、各漫画は原告原作の二次的著作物ではないと主張したことに対し、判決は次のように認定判示した。
3.1本件連載漫画は、連載の各回毎に、原告がその回に掲載されるストーリー部分を小説の形式で原稿に記載し、これに依拠して被告五十嵐が当該連載分の漫画を作成する、という手順を繰り返すことによって制作され、連載の各回毎の漫画がそれに対応する分の原作原稿を翻案したものといえるから、結局、本件連載漫画全体は、原告の創作に係る原作原稿全体を翻案した二次的著作物と評価されると認定した。
 一部において、場面の省略、付加、順序の入れ替えなどは認められても、ストーリーの基本的展開は、被告五十嵐が原告作成の原作原稿を大幅に変更して本件連載漫画を作成したとは認められないから、本件連載漫画のストーリーの骨子を創作したのが被告五十嵐であるとはいえないと認定し、また被告らが指摘した本件連載漫画の一部と原作原稿との相違点については、いずれも物語の細部における変更にすぎず、ストーリーの基本的展開を変更するものとはいえないと認定した。
 被告らは、人物の容姿・表情・服装・背景について原作原稿中に具体的な指示がなく、専ら被告五十嵐がこれらを創作したことを指摘するが、このような点は、言語の著作物を漫画の形式に翻案するに当たって、本来漫画家が創作性を発揮すべき作画表現の問題というべきであるから、このような点について原作原稿中に具体的な指示がないとしても、それによって、本件連載漫画が原稿作成に係る原作原稿の翻案であることを否定する理由にはならないと判示した。
 判決は、原告は、本件連載漫画についてこれを二次的著作物とし、その原作を原著作物とする原著作者の権利(著28条)を有すると認められるから、本件連載漫画の一部である“本件コマ絵”(別紙目録一記載の絵)についても、同様の権利を有すると認定した。その結果、“本件コマ絵”について、原告と被告らとの間に、原告が右漫画を二次的著作物とし、本件連載漫画の原作を原著作物とする原著作者の権利を有することの確認を求める原告の請求は、理由があると判断されたのである。

3.2また、“本件表紙絵”(別紙目録二記載の絵)についても、本件連載漫画のどの場面の絵に対応するものであるかを特定するまでもなく、本件連載漫画のキャンディの絵の複製に当たるというべきであると認定された。
 したがって、判決は、本件連載漫画は、原告の創作に係る原作の二次的著作物に当たるものであるから、本件連載漫画のキャンディの絵の複製物である“本件表紙絵”についても、やはり原告の創作に係る原作との関係において、二次的著作物に当たるというべきであり、原告は“本件表紙絵”についても、これを二次的著作物として本件連載漫画の原作を原著作物とする原著作者の権利(著28条)を有すると認定した。その結果、“本件表紙絵”についても原告による確認を求める請求は、理由があると判断されたのである。
 

 

4.特別原画の作成とその利用

 判決は、原告は、本件連載漫画につきこれを二次的著作物としその原稿を原著作物とする原著作者の権利を有するから、本件連載漫画の利用に関してその著作者が有するものと同一の種類の権利を専有し(著28条)、本件連載漫画の絵について複製権を有する(著21条)と認定した。
 そして判決は、被告五十嵐が被告フジサンケイアドのために特別に作成した“本件原画”(別紙目録三記載の絵)は、本件連載漫画の主人公を描いたものであることは当事者間に争いがないから、“本件原画”も“本件表紙絵”の場合と同様に、本件連載漫画のキャンディの絵の複製に当たると認定し、被告らに対し、本件連載漫画を二次的著作物とし、その原作の原著作者として有する本件連載漫画の複製権に基づいて、本件原画の作成、複製又は配布の差止めを求める原告の請求は、理由があると判断した。
 被告らは、本件連載漫画における登場人物の絵は専ら被告五十嵐の独創によるもので、そこには原告の創造性が全く介入していないから、原告には、本件連載漫画の登場人物につき被告五十嵐が新たに書き下ろす絵については、その作成等を差し止める権利はないと主張した。
 これに対し、判決は、本件連載漫画は原告の創作に係る原作という言語の著作物を、被告五十嵐が漫画という別の表現形式に翻案することによって、新たな著作物として成立したものであり、この翻案に当たっては漫画家である被告五十嵐による創作性が加えられ、特に絵については専ら被告五十嵐の創作によって成立したことは当然のことというべきであると認定した。
 しかし、本件連載漫画は、絵のみならず、ストーリー展開、人物の台詞や心理描写、コマの構成などの諸要素が不可分一体となった一つの著作物というべきであるから、本件連載漫画中の絵という表現要素のみを取り上げて、それが専ら被告五十嵐の創作によるからその部分のみの利用は、被告五十嵐の専権に属するということはできないと判断した。
 そして、本件連載漫画が原告作成の原作との関係において、その二次的著作物であると認められる以上、原告は、絵という要素も含めた不可分一体の著作物である本件連載漫画について、原著作物の著作者として、本件連載漫画の著作者である被告五十嵐と同様の権利を有することになり、他方、“本件原画”のような本件連載漫画の登場人物を描いた絵は、本件連載漫画における当該登場人物の複製と認められるから、これを作成、複製又は配布する被告らの行為が、原告の有する複製権を侵害することになるのは当然であると判断した。
 

 

5.問題点〈小説と絵との関係〉

5.1この東京地裁判決が含む問題点は、次の3点であろう。
 第1に、小説形式の原稿を書いた小説家の原告名木田とその小説のストーリーに合わせて絵画形式の漫画を描いた漫画家の被告五十嵐とは、本件連載漫画についての「共同著作者」という関係になるのか否か。
 第2に、本件連載漫画の登場人物(キャラクター)の顔姿及び情景その他の絵画は、漫画家である被告五十嵐が創作した作品であるのに、なぜ原告名木田の小説原稿を原作品とし、絵画の作品は「二次的著作物」という関係になるのか否か。
 第3に、本件連載漫画に登場したキャラクターの絵を商品化のために依拠転用しているのではなく、商品化用に特に書き下した「本件原画」に対し、なぜ小説原稿(原作)の著作権の効力が及ぶのか。
 なお、原告は、本件連載漫画の「原作」を書いた証拠として、次のものを提出した。(3)
1. 原作の生原稿2. 原作のメモ(ノート)3. 当時の担当の陳述書4. 講談社としての、原作の扱いについての陳述書5. 原作者の陳述書6. 講談社、および、他の出版社の契約書7. いがらし氏との契約書8. キャンディのことを書いたエッセイ

5.2原告は、対象とした3件の漫画のうち、ストーリー漫画に登場する主人公の「コマ絵」と「表紙絵」の2件について、被告五十嵐と共同著作物であることの確認、又は原告の小説を原著作物とする二次的著作物であることの確認を求めたのに対し、判決は、前者の共同著作物についての主張は採用せず、後者の二次的著作物についての主張を採用したのである。
 そこで、本稿においては、まず判決は前記2件の絵に対し、なぜ共同著作物の成立を認めなかったのかについて考え、その後でなぜ二次的著作物と認めたのかについて考えてみよう。
 

 

6.共同著作物とは

6.1著作権法において「共同著作物」とは、「二人以上の者が共同して創作した著作物であって、その各人の寄与を分離して個別的に利用することができないものをいう。」(著2条1項12号)また、共同著作権の著作者人格権は、「著作者全員の合意がなければ、行使することができない。」(著64条1項・3項)し、共同著作物の著作権その他の共有著作権については、「各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その持分を譲渡し、又は質権の目的とすることができない。」(著65条1項)し、「その共有者全員の合意によらなければ、行使することができない。」(著65条2項)。これらは、通常の著作者にはない制約である。(4)
 ところで、共同著作者と認められるためには、単一の著作物であり、かつ各人の寄与を分離して個別的に利用することが不可能であることが要件となるから、この要件を満たさない「結合的著作物」の著作者とは区別される。(5)
 「結合的著作物」とは、外観上は1個の著作物であるが、作品全体の創作に共同行為がなく、それぞれ独立した著作物が単に結合しているにすぎないものをいう。
半田正夫教授は、共同著作物と結合著作物との区別の基準について、分離可能性説と個別的利用可能性説とを挙げ、旧著作権法は前者に拠り、現行法は後者に拠るものと解される。そして、「理論的にみても、形式的な分離可能性によって区別するよりも、実質的な判断を加えた利用可能性説のほうがすぐれているということができ」(6)る、と述べられる。
 すると、本件「キャンディ・キャンディ」のようなストーリー漫画の場合にあっては、明らかに小説と漫画とは分離可能であるのみならず、それぞれ個別的利用が可能なものであるといえる。したがって、本件の連載漫画の場合は、小説自体は原稿の段階にとどまり外部には発表されていないものであるから、漫画家の漫画自体を、小説原稿から独立して個別に利用することは、小説の著作者の著作権を侵害することにはならないといえるから、共同著作物であるという原告の主張は採用できないと考えたものと思われる。
 しかしながら、判決は、本件の「コマ絵」と「表紙絵」が共同著作物であるか否かについての判示をしていない。選択的に主張した原告の2つの考え方のうち、漫画は小説に依拠した二次的著作物であるとの考え方を妥当としたものと思われる。

6.2そこで考えるに、第1の本件連載漫画は2人の共同著作物かとの問題に対しては、1人は思想又は感情を創作的に表現した小説の著作者であり、他の1人は思想又は感情を創作的に表現した漫画(絵画)の著作者であり、後者の漫画作成は前者の小説のストーリー内容に依拠しているとはいえ、各自はそれぞれ独自の作品についての著作権を専有していると考えられるから、一方が他方の作品の著作権を専有し合うこと、即ち共有化することはないと考える。その意味で、判決が、本件連載漫画は2人の共同著作物であると認定しなかったことは妥当であろう。
 漫画の場合に共同著作物といえるものの典型は、藤子不二雄氏(故藤本弘氏+安孫子素雄氏)の漫画の場合であろう。

6.3では、被告五十嵐が創作した主人公「キャンディ」の顔姿の絵はすべて、原告が創作した小説の主人公の二次的著作物といえるのか、という第2の問題について、次項において考えてみよう。
 さらに、第3の問題としては、別紙目録三記載の絵(本件原画)を、被告五十嵐が被告フジサンケイアドによる商品化のために作成したことが、やはり同絵に対して有する原告の二次的著作物の利用に関する権利(著28条)を侵害することになる、と判断した判決の妥当性を考えてみよう。
 

 

7.二次的著作物とは

7.1わが国著作権法は、「二次的著作物」を定義して、「著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案することにより創作した著作物をいう。」(著2条1項11号)と規定する。二次的著作物といわれる以上、他人の原著作物の存在が前提となるが、原著作物の著作権者自身は、「その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する。」(著27条)から、二次的著作物の著作権は発生の最初から原著作物の著作権につきまとわれかつ対立することになる。けだし、原著作物の著作権者は、「当該二次的著作物の利用に関し、この款に規定する権利で当該二次的著作物の著作者が有するものと同一の種類の権利を専有する。」(著28条)からである。
 このように、わが国著作権法は二次的著作物に対して原著作者の著作権を厚く保護するが、二次的著作物と判断する基準をどこにおくかが問題になる。この基準について半田教授は、次のように述べられる。(7)
 乙著作物によって甲著作物の存在が推知できるとき、乙著作物は二次的著作物であり、乙著作物の利用に際しては原著作物たる甲著作物の著作権者の許諾をも必要とする。
 甲著作物を換骨奪胎してまったく別の著作物が作られ、乙著作物からは甲著作の存在を推知できないとき、乙著作物は原著作物であり、したがって、乙著作物の利用に際しては甲著作物の著作権者の許諾を必要としない。
 二次的著作物と原著作物の関係について、最高裁三小は「パロディ・モンタージュ写真」事件(昭51(オ)923号昭和55年3月28日判決)において、次のように判示している。(8)
 「自己の著作物を創作するにあたり、他人の著作物を素材として利用することは勿論許されないことではないが、右他人の許諾なくして利用をすることが許されるのは、他人の著作物における表現形式上の本質的な特徴をそれ自体として直接感得させないような態様においてこれを利用する場合に限られるものであり、したがって、上告人の同意がない限り、本件モンタージュ写真の作成にあたりなされた本件写真の前記改変利用をもって正当とすることはできないし、また、例えば、本件写真部分とスノータイヤの写真とを合成した奇抜な表現形式の点に着目して本件モンタージュ写真に創作性を肯定し、本件モンタージュ写真を一個の著作物であるとみることができるとしても、本件モンタージュ写真のなかに本件写真の表現形式における本質的な特徴を直接感得することができること前記のとおりである以上、本件モンタージュ写真は本件写真をその表現形式に改変を加えて利用するものであって、本件写真の同一性を害するものであるとするに妨げないものである。」

7.2そこで、本件「キャンディ・キャンディ」の小説の漫画化が、言語による物語形式を原作として翻案した二次的著作物かどうかについて、前記パロディ事件の最高裁判決の判断基準に基いて考えてみる。
 このパロディ写真事件の最高裁判決では、自己の著作物を創作するにあたり、他人の著作物を素材として無許諾で利用できるのは、「他人の著作物における表現形式上の本質的な特徴を、それ自体とし直接感得させないような態様において利用する場合に限られる」とする。しかし、被告のパロディ・モンタージュ写真は、その風刺の効いた奇抜な表現形式の点に着目し創作性を肯定して1個の著作物とみることはできても、その写真の中から原告の本件写真の表現形式における本質的な特徴を直接感得することができる以上、モンタージュ写真にその表現形式を改変して利用したことは、本件写真の同一性を害するものと認定し、原告の著作者人格権に対する侵害を認めたのである。(9)
 ところで、ストーリー漫画の「キャンディ・キャンディ」の場合は、そのストーリーを書く人と漫画を描く人とは全く別人であったから、裁判官が主人公「キャンディ」の絵を見ても、その絵が、言葉で書かれた小説原稿によるストーリーの本質的な特徴を表現したものであると、直接感得することは到底できなかったはずである。すると、前記最高裁の判断基準に依拠するかぎり、被告五十嵐の絵自体は、原告の小説に登場する人物を確実に視覚的に表現したものということは困難であるから、二次的著作物と断定するのは無理ではないだろうか。(10)
 しかしながら、判決は、本件漫画について、人物の容姿・表情・服装・背景は小説原稿中に具体的な指示がなく、専ら被告五十嵐がこれらを創作したとの被告らの主張に対し、「このような点は、言語の著作物を漫画の形式に翻案するに当たって、本来漫画家が創作性を発揮すべき作画表現の問題というべきであるから、このような点について原作原稿中に具体的な指示がないとしても、それによって、本件連載漫画が原稿作成に係る原作原稿の翻案であることを否定する理由にはならない」と判示している。
 また、判決は、「本件連載漫画は原告の創作に係る原作という言語の著作物を、被告五十嵐が漫画という別の表現形式に翻案することによって、新たな著作物として成立したものであり、この翻案に当たっては漫画家である被告五十嵐による創作性が加えられ、特に絵については専ら被告五十嵐の創作によって成立したことは当然のことというべきである」が、「本件連載漫画は、絵のみならず、ストーリー展開、人物の台詞や心理描写、コマの構成などの諸要素が不可分一体となった一つの著作物というべきであるから、本件連載漫画中の絵という表現要素のみを取り上げて、それが専ら被告五十嵐の創作によるからその部分のみの利用は、被告五十嵐の専権に属するということはできない」と説示していることは、著作権侵害の方向づけをしようとする地裁の強い意思を物語るものといえる。
 したがって、同判決は、目録三記載の「本件原画」についても、「本件連載漫画が原告作成の原作との関係において、その二次的著作物であると認められる以上、原告は、絵という要素も含めた不可分一体の著作物である本件連載漫画について、原著作物の著作者として、本件連載漫画の著作者である被告五十嵐と同様の権利を有することになり」と考え、原告の有する複製権の侵害となるのは当然であると判断したのである。

7.3しかしながら、著作権法27条に規定するいかなる態様の表現形式への翻案であろうとも、二次的著作物であると認定するためのテストは、「依拠」した特定の原著作物が存在し、これを「利用」していることが客観的に明瞭に認識でき、かつ原著作物における「本質的特徴を直接感得」することができるほどに利用しているか否かによるものと思われる。(11)
 そこで、目録一,二,三記載の各絵について考えると、これらの絵自体は被告五十嵐が創作した著作物であり、その目的立場上、観念的には原告名木田の小説原稿中の登場人物に由来しているものであるとしても、その登場人物の本質的特徴を利用して具体的に表現しているものと直接感得することは困難であろう。その原因の根本は、原告の著作物は視覚によらない言語的・理性的な表現物であるのに対し、被告の著作物は視覚による絵画的・感性的な表現物であるところにある。
 したがって、「キャンディ・キャンディ」のストーリー漫画の場合は、同じテーマやストーリーではあっても、利用という関係にはならないと考える。
 特に、目録三記載に係る“本件原画”について判決は、「本件連載漫画における当該登場人物の複製と認められる」から、被告らの行為は原告の複製権の侵害と一方的に認定し、理由を省略している。しかし、目録三の絵は、目録二の絵とはその出所が違い、本件連載漫画に登場したキャラクターの直接の絵ではなく、被告五十嵐が商品利用のために特別に描いた絵であったのだから、原告の原作原稿の翻案物としての本件連載漫画に依拠した作品ではないのである。
 このように、目録三の絵については、その依拠すべき著作物が存在し、その著作物を利用した作品であることが事実上明らかにならない限り、目録二の絵の場合と同列に論ずることはできないのである。したがって、“本件原画”を本件連載漫画のキャラクターの複製であると認定したことは誤りというべきだろう。
 “本件原画”自体は、原告の原作という言語の著作物のストーリー展開、人物のセリフや心理描写、コマの構成などとは、全く無関係である。同様に、この無関係性は、目録一、目録二の各絵についても言えるかも知れない。けだし、これらの各絵は、小説原稿に展開されているストーリーや人物のセリフや心理描写などとは直接関係がない絵だからである。

7.4著作権法28条は、「二次的著作物の原著作物の著作者は、当該二次的著作物の利用に関し、この款に規定する権利で当該二次的著作物の著作者が有するものと同一の種類の権利を専有する。」と規定する。この規定の意味は、原著作物の著作権者には他人が創作した当該二次的著作物を当然に利用する専有権があると解することになる。したがって、Aの小説を英訳したBは、Aが許諾すればその英訳本を出版することができるが、AはBの英訳本を無許諾で出版することができることになる。
 しかし、このような解釈は衡平の原則と法的正義に反するのではないか。原著作物の著作権者が他人の二次的著作物を利用したいときは、当該二次的著作物の著作権者による許諾を必要とすべきであろう。
 もしそのように解さないと、知的財産権法上の法秩序が、著作権の独善によって保たれなくなってしまう。即ち、特許法72条及び意匠法26条の規定と比較しよう。これらの規定はいずれも、自己の特許出願日前に出願した他人の特許発明や登録意匠を利用したり、自己の意匠出願日前に出願又は発生した他人の登録意匠や著作権と利用又は抵触するときは、自己の特許権や意匠権の実施を禁止している規定であり、実施のためには他人の許諾がなければならないのである。(12)
 例えば意匠法26条が適用され、後願の登録意匠の意匠権者が、先願の登録意匠と類似する意匠の実施をしたことが登録意匠の無断利用と認定された事件においては意匠権侵害が成立したが、同時に、先願の意匠権者は後願の登録意匠と類似する意匠の実施をした(利用意匠を無断実施した)と認定され、意匠権侵害が成立した事案があるから、参考になるだろう(いずれも大阪地裁事件で、前者は昭45(ワ)507号昭和46年12月22日判決「机」事件、(13)後者は昭44(ワ)3847号昭和46年12月22日判決「学習机」事件(14))。
 なお、著作権法には意匠法26条に対応するような規定がないのは均衡を欠くものであり、この面からの改正が強く望まれる。(15)

7.5漫画のキャラクターには、大別して、シリーズ・キャラクターとオリジナル・キャラクターとがある。後者の代表的なものは、サンリオが商品化のために創作し発表した「キティ」である。(これは最初「ぬいぐるみ」として発表されたものであるが、著作物として保護されるためには、「たいやきくん」の場合と同様に、原画があることが前提である。)
 1974年生まれのキティちゃんは今年で25才となるのに恋人がいないのはどうかというファンの声に応えて、今年3月3日にダニエルくんがお目見えしたが、(16)もしこれを知ったサンリオと無関係の漫画家がラブストーリー漫画を創作し、コミック誌に発表することは、二次的著作物の複製となり、著27条,28条の適用を受けることになるだろうか。この場合、漫画はなく、「キティ」を主人公とした小説だけを発表した場合はどうだろうか。読者に考えていただきたい。
 

8.「サザエさん」事件判決との比較

8.1今回の東京地裁判決は、小説を原作とする著作権の保護をめぐる漫画作品とその著作者に対し大きな影響を与えるはじめての判断である。漫画作品は、連続シリーズものではなく四コマものであっても、多くのキャラクターの絵とかれらの発する言葉との2つの要素から成り立っていることは知られているが、その言葉は、伝統的に、漫画家が絵を描いている時に同時にバルーンを出して書くものであった。
 ちなみに、「サザエさん」観光バスの著作権侵害事件において、東京地裁(昭和46年(ワ)151号昭和51年5月26日判決)(17)は次のように判示しているが、これと今回の「キャンディ・キャンディ」事件の東京地裁判決の考え方との間には、大きな開きがあるように思われる。果して、予めストーリーが存する場合、このストーリーに沿って漫画家が創作的に描いた多くのキャラクターを含む絵画は、常に二次的著作物という運命の下にあることになるのだろうか。
 ただ「サザエさん」と「キャンディ・キャンディ」との漫画の違いは、前者が四コマで完結しているのに対し、後者は長いシリーズとなって完結しているのである。しかし、この違いは、漫画の著作権の存続期間の始期を確定するのに影響を与えても、登場するキャラクター自身の著作権の発生には影響を与えない。(18)

8.2 「サザエさん」事件判決の要旨(19)
1. 被告会社が、「サザエさん」の名称と3人のキャラクターの頭部画を使い始めた時点では、すでに原告の漫画「サザエさん」の存在と内容は、「現に当裁判所に顕著な事実」であったことが認められる。
 その内容とは、漫画「サザエさん」には、その主役としてサザエさん、その弟のカツオ、妹のワカメ、夫のマスオ、父の波平、母のお舟等が登場し、サザエさんは平凡なサラリーマンの妻として、家事、育児あるいは近所付合いなどにおいて明るい性格を展開するものとして描かれており、またその他の登場人物にしてもその役割、容ぼう、姿態などからして各登場人物自体の性格が一貫した恒久的なものとして表現されているものである。
2. 特定の四コマの漫画には、特定の話題や筋というものはあるが、たとえ原告自身が作成した漫画でありその話題や筋が特定の四コマの漫画「サザエさん」の話題や筋と同一であっても、そこに登場する人物がもしサザエ、カツオ、ワカメであると認められなければ、その漫画は漫画「サザエさん」であるとはいえない。
3. 話題や筋がどのようなものであっても、そこに登場する人物がサザエ、カツオ、ワカメであると認められるならば(その漫画は原告自身が作成したものであれば)、漫画「サザエさん」である。また、他人が作成した漫画であっても、そこに登場する人物が原告の作成する漫画「サザエさん」に登場するサザエ、カツオ、ワカメと同一または類似していれば、その他人の漫画は、漫画「サザエさん」と誤認される場合があるだろう。
4. 「サザエさん」のように、長期間にわたって連載される漫画の登場人物は、話題や筋の単なる説明者というよりも、むしろ話題や筋の方が登場人物にふさわしいものとして選択され表現されることの方が多いだろう。これは、漫画の登場人物の役割、容貌、姿態のような恒久的なものとして与えられた表現(物)は、言葉で表現される話題や筋や、特定の人物の表情、頭部の向き、体の動きなどを超えたものであるからである。
5. 被告の行為は、観光バスの営業に供されるバスであることを表示したものであるとしても、3人の頭部画は、誰れがこれを見ても、そこに「サザエさん」の登場人物であるサザエ、カツオ、ワカメが描かれていると感得されるようなものである。そこには「サザエさん」の登場人物のキャラクターが表現されているものということができる。本件頭部画と同一または類似のものは、「サザエさん」の特定のコマの中にあるいは見い出し得るかも知れないが、そのような対比をするまでもなく、被告の行為は、原告が著作権を有する漫画「サザエさん」が長年月にわたって新聞紙上に掲載されて構成された前説明のキャラクターを利用するものであって、結局のところ、原告の著作権を侵害するものというべきである。

8.3「サザエさん」事件判決の注目点
 前記要旨の1.で示したように、裁判所が、原告の漫画「サザエさん」を「現に当裁判所に顕著な事実」と認めたことは、大きい。これは、単にその漫画の存在が顕著な事実であっただけではなく、そこに登場しているキャラクターがそうなのである。だからこそ裁判所は、これらのキャラクターが「性格が一貫した恒久的なものとして描かれている」といったのである。いかに時間的経過があろうとも、はたまた漫画がいかなる形式をとろうとも、そこに展開されているキャラクターの肖像の特徴は変わらない。この恒久性はキャラクターの生命である。
2. 前記要旨の2.で判決がいっていることは、他人の連載漫画において登場した人物が、サザエ、ワカメ、カツオと認められなければ、たとえかれらが登場した漫画「サザエさん」と同じ話題や筋のものであったとしても、著作権の侵害にならない、ということである。これは、漫画においては、登場する人物の顔や姿が重要なのであって、かれらが喋っているセリフや話題は問題にならないことを意味する。
3. 前記要旨の3.で判決がいっていることは、他人の連載漫画に登場した人物がサザエ、ワカメ、カツオと認められれば、たとえかれらが登場した漫画「サザエさん」にはない話題や筋のものであったとしても、著作権の侵害になる、ということである。判決は「サザエさん」のキャラクターと認められるものとして、同一のみならず類似のものまで含ませていることは注目に価いする。これは、サザエと類似の顔をした人物は、結局、原告長谷川町子の漫画「サザエさん」と誤認されるというのである。ここでいう誤認には、世人をしてその出所や品質を誤まって認めさせて買わせるという、商標法的な考え方が入っている。
4. 前記要旨の4.で判決がいっていることは、著作権関係者にとってきわめて興味深い見解である。長年にわたり連載されている「サザエさん」のような漫画にとっては、そこに登場する人物が話題や筋の説明者となっているというよりも逆に、話題や筋がその登場人物に合わせて作られるものである事実を喝破しているのである。この問題は、「続篇」に登場するキャラクターとの関係でも問題になる。
 キャラクターの「続編」への登場をめぐる問題は、漫画という絵で表現したものでも小説や物語という文字で表現したものでも、「フィクショナルキャラクター」としては共通の問題である。ただ小説や物語の場合は、かれが活躍する場が漫画のような人の目に見える視覚的作品として現わされていないところに、登場人物の特定をめぐる法的保護の困難さがある。
 ところが、「サザエさん」事件の東京地裁判決は、対象物件上に、登場人物が文字ではなく、絵という具体的なかたちをもって表現されていたから、サザエやワカメやカツオの各肖像を、確固として「恒久的なものとして与えられた表現物」と考えており、だからこそ、これらを誤認させるようなかたちのものは著作権の侵害となるといい切ることができたのであろう。裁判所としては、サザエなどのキャラクターが登場する場が漫画の中であれ自動車の車体であれ、そして各種の商品や人形であれ、目に見えるかたちのものにはすべて恒久的な著作物の利用として著作権の効力が及ぶと考えたと思われる。
5. 前記要旨の5.で判決がいっていることは、ともすれば、著作権侵害問題を考えるときに、やや邪論に属する見解である。このような見解の所以は、原告側における調査の困難性によることもあろうが、裁判所において顕著な事実としての漫画のキャラクターにあろう。この考え方は、「キャンディ・キャンディ」事件の判決でも採用している。即ち、“本件表紙絵”(別紙目録二記載の絵)について、本件連載漫画のどの場面の絵に対応するかを特定するまでもなく、キャンディの絵の複製に当たると認定されたが、著作権侵害の基本は、常に被告から指摘される原著作物のどこの複製かを原告が明らかにすることである。「キャンディ」の場合は、「サザエさん」の場合と違い、そのキャラクターの周知度は必ずしも裁判所において顕著な事実といえるものではないから、判決の認定は一方的であるといわねばならない。根拠となるべき理由をもっと述べるべきである。
 

9.むすび

 今回の地裁判決は、初めに言葉ありきを優先し、このストーリーを原作という「主」の座におき、言葉によって表現されたイメージを、画家が想像力を駆使して具体的に創造したキャラクターその他の絵を「従」の座においたことから、後者を前者に対する二次的著作物と考えたものと思われる。そして、このような主従の考え方は、著作権侵害をめぐる侵害裁判所としての一つの理論的方向性を明確に示したものといえる。しかし反面、そのような考え方の妥当性をめぐっては、控訴審で争われることになるであろう。
 その意味で、この地裁判決の理由自体、前記理論的方向性の調子の強さを見ると、控訴されることも予想した含みのある内容のものになっているように思われる。ということは、控訴審においては、一審判決が採った理論的方向性を否定し、もう一つの理論的方向性を示す判決が出されることも予想されなくはないからである。
 「キャンディ・キャンディ」事件は、キャラクターのイメージをめぐる原告の小説原稿と被告の具体的な漫画絵とが共同著作物または二次的著作物といえるかどうかという疑問が、わが国著作権法に問われている事案である。
 なお、「キャンディ・キャンディ」に登場するキャラクターの商品化利用などの二次的使用については、平成7年11月15日に、原告と被告五十嵐との間で、本件連載漫画の二次的利用については双方の同意を要すること、使用料を一定の割合に応じて配分することなどを内容とする契約が締結されていたというから、原告は、本件問題を著作権侵害の事件として議論する以前に、契約違反の事件として解決する方法もあったと思われる。
 しかし、本事件の原告も地裁も裁判に臨む姿勢は、原告の立場を無視した被告らの商品化利用行為を、純粋に著作権法上の保護法益に対する侵害問題として取り上げ、新しい裁判例の確立を目指した点では評価されるだろう。(20)しかし、当事者にとっては、契約違反問題で解決して最初に戻った方が円満になり、両者の関係も修復することができるだろう。
 さらに、欲を言うならば、本件キャラクターの名前「キャンディ」及び原作漫画の題名「キャンディ・キャンディ」は、講談社が命名したものといわれているから、同社も訴訟事件に参加して命名者の立場からは、それらについての著作権保護を主張し、裁判所の判断を確認することも必要ではなかっただろうか。(21)また、キャラクターの名前は、その顔姿の絵と一心同体のものであるから、それについては商標登録によって商標権を確保しておくことは、商品化権契約上重要な要素であるといえるだろう。(22)
 

(1)水木杏子ホームページhttp://www.k-nagi.com/aindex.himl

(2)判例時報No.1673p.66。かつて大阪地裁では、「キャンディ・キャンディ」刑事事件に有罪判決があった。この事件は、被告人が子供用シャツ237,331枚に、当時放映されていた東映動画株式会社製作のアニメーションの主人公「キャンディ」の絵を捺染複製し、そのうち222,347枚を販売したから、東映動画の著作権を侵害したとされた事案である。この判決理由において裁判所は、「キャンディ」なるキャラクターの「産みの親」が原作漫画であるとすれば、本件映画は「育ての親」であると考え、原作者と本件映画製作者の双方のそれぞれ独自の創作性を認め、「被告人の判示行為は、原著作物たる原作漫画の著作権を侵害することはもちろん、第二次著作物たる本件映画の著作権をも侵害する。」と判示した。(大阪地裁昭53(ワ)4299号昭和54年8月14日第15刑事部判決.判例タイムズNo.396p.64)

(3)水木杏子ホームページ「漫画の原作という仕事について」より。

(4)共有特許権は、「各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その持分を譲渡し、又はその持分を目的として質権を設定することができない。」(特73条1項)が、特許発明の実施にあっては、「契約で別段の定をした場合を除き、他の共有者の同意を得ないで」(特73条2項)できることになっている。特許権の行使については規定はないが、前記実施規定を類推して、契約で別段の定めをした場合以外は、他の共有者の同意を得ないで単独でできると解することが通説・判例である(吉藤幸朔「特許法概説〔第10版〕」461頁)。著作権との違いは、特許権等の工業所有権には「人格権」の保護はなく、専ら所有権の保護であることによるものと思われる。
 なお、本件脚本が「原案」を提供した原告と脚本家の被告との共同著作物かが争われた「私は貝になりたい」事件(東京地裁昭49(ワ)237号昭和50年3月31日判決.判例タイムズ328号362頁)において、判決は、仮に原告の主張の事実が認められたとしても、それは原告が本件原案を創作したというにとどまり、その事実だけからは、原告と被告が本件脚本自体について共同して創作に関与したことにはならず、原告はそれ以上に本件脚本自体の創作に被告と共同して関与したとの主張立証をしていないから、原告が本件脚本の共同著作者であることを前提とする本訴請求は理由がないとして棄却した。中村稔「原案の提供」別冊ジュリスト著作権判例百選(第二版)116頁。

(5)半田正夫「著作権法概説〔第九版〕」64頁。原告は、そのホームページにおいて「判決後の気持ち」として、「『共同著作物』は言葉通り物語と絵が渾然一体となったつまり、ふたりで物語にも絵にもかかわる作品をさすといいます。・・・・『キャンディ・キャンディ』の作品全体を通すと、担当編集者を含めて漫画家と力をあわせてひとつの作品にしあげたのですから、わたしの認識としては『共同』の『作品』であると思っています。しかし、本来一人で描けるはずの漫画に『原作』をわざわざつける意味は、『物語作者』としての仕事を与えられるわけですから、『物語』は『共同』ではありません。『キャンディ』の場合は自分の心の中から生まれた『物語』だと断言できます。」と述べている。

(6)半田前掲65頁。半田教授は、歌謡曲の著作物については、作詞家と作曲家とが創作の際の影響の度合に応じて二つに分れると述べられる(前掲65頁)。なお、小説と挿絵の場合について、加戸守行氏はこれを結合著作物と解される(「著作権法逐条講義(改訂新版)」37頁)。

(7)半田前掲108頁

(8)民集34巻244頁

(9)第一審の東京地裁昭和47年11月20日判決(無体集4巻2号619頁)は、旧著30条1項2号の「自己ノ著作物中ニ正当ノ範囲内ニ於テ節録引用」したものでないと、専ら著作権侵害として慰謝料の支払いと謝罪広告掲載による信用回復措置を命じたのに対し、差し戻し審の東京高裁昭和58年2月23日判決(判例タイムズNo.490p.49)は最高裁昭和55年3月28日判決に沿って、「原著作物の著作者人格権ことに同一性保持権との関連において、これを保護する法の趣旨を減損しない程度においてなすべき旨の法律上の限界がある」と認定し、「本件写真の主要部分を取込み利用してこれを改変を加えた本件モンタージュ写真は、右の限界を超えた違法のものと評さざるをえない。」と説示した。しかし、被告の不法行為は、財産権としての著作権への侵害も当然考慮されるべきである。

(10)最高裁が示した判断基準は、写真という同一の表現形式間における二次的著作物に対して示されたものであり、小説と絵という別異の表現形式間の著作物に対しては通用しないとの反論はあろう。しかし、二次的著作物か否かの認定に際し、表現形式の異同は考慮されず、共通であってよいであろう。

(11)加戸氏は、原著作物は二次的著作物の母体として観念的にしか存在しないことを認めながら、「本条に規定する原著作物の著作者の権利は、『二次的著作物の著作者が有するものと同一の種類の権利』とされていますから、たとえば小説が映画化されたり漫画化されたりした場合には、原著作物である小説の本来的な利用権には含まれていない権利でございます。映画の上映権とか漫画作品の展示権といった二次的著作物の利用権と同じ権利を原著作物の著作者が持つということになりまして、その意味では、原著作物の利用態様を越えた利用に原著作物の著作者の権利が及ぶわけであります。」(前掲168頁)といわれる。

(12)牛木理一「意匠法の研究〔四訂版〕」286頁。このような場合、後願に係る発明や意匠は、先願に係る発明や意匠に比して改良されている場合が多いから、当事者間でクロスライセンスして相互の権利を実施し合うこともある。しかし、この場合、先願者がイニシャテブを有していることに変わりない。

(13)無体裁集3巻2号414頁.牛木理一「判例意匠権侵害」187頁

(14)無体裁集3巻2号389頁.牛木「判例意匠権侵害」197頁

(15)牛木前掲「意匠法の研究」297頁

(16)朝日新聞平成11年3月4日39頁

(17)無体裁集8巻1号219頁

(18)最高裁一小平4(オ)1443号平成9年7月17日判決は、漫画キャラクター「ポパイ」の絵の著作権の存続期間満了の可否が争われた上告事件において、原告(被上告人)が著作権保護を求めた「ポパイ」の絵の著作権の発生日は、1929年(昭和4年)1月17日であると認定し、公表日の翌年の1930年1月1日を起算日とし、連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律に基づく戦時加算3794日を加えて保護期間を算定し、本件著作権の保護期間の終期は1990年(平成2年)5月21日と確定した。その結果、本件著作権はすでに消滅しているから、被上告人の「ポパイ」のキャラクターについての著作権に基づく請求は理由がないとして上告を認容し、原審判決を破棄した。シリーズ・キャラクターの著作権の存続期間の終期については、牛木理一「商品化権」92頁においてすでに指摘されていた。

(19)牛木前掲「商品化権」79頁

(20)本件の出版差止等請求事件は、東京地裁民事46部による判決であるが、この部の裁判長は前任の最高裁調査官時代に「ボールスプライン軸受」特許権侵害事件(最高裁三小廷平6(オ)1083号平成10年2月24日判決.判例時報No.1630p.32)を担当した人として知られている。この事件判決は、特許権侵害に際し、技術の均等性を認めるための3つの積極的要件と2つの消極的要件を説示したところ、本件特許権が後者の要件を具備するか否かの審理を原審がしていなかったことに鑑み東京高裁へ差し戻されたが、その後、本訴自体が取下げられた。(牛木理一「均等論と自由技術論」知財管理Vol.48No.10p.1569)

(21)漫画のキャラクターには必ず名前があり、「サザエさん」といえば人は必ず彼女の顔を思い浮かべるし、「ポパイ」といえば人は必ず彼の姿を思い浮かべる。ということは、キャラクターの名前の場合その絵と表裏一体のものである。これは、シリーズ・キャラクターに限らず、オリジナル・キャラクターでも同じである。サンリオの「ハロー・キティ」や「キキとララ」などはその代表例である。前掲東京地裁「サザエさん」事件において、原告は「キャラクターとは漫画に登場する人物の図柄、役柄、名称、姿態などを総合した人格というべきものである。」と主張したのに対し、判決は「キャラクターという言葉は、そこに登場する人物の容ぼう、姿態、性格等を表現するものとしてとらえることができる」と判示し、「名称」を加えることを避けた。ということは、名称をキャラクターの構成要素に含めることをためらったものと思われる。漫画のキャラクターには、特徴のあるユニークな呼び名がついているものが多い。また、キャラクターの商品利用となると、その名前だけが独り歩きし絵とは別に使われることもよくあることである。「キャンディ」の名前を言ったり見たりすれば、直に「キャンディ」のあの絵が自然に浮かんでくる。してみれば、「キャンディ」のような特徴のあるキャラクターの名前の場合は、キャラクターの絵と同格に思想又は感情の創作的な表現物といえるから、その名前自体にも著作物性を肯定できるのではないか。牛木前掲「商品化権」82頁。牛木理一「著作権法におけるキャラクターと商品化権」半田正夫教授還暦記念論集571頁。菊池武「漫画のキャラクター(1)」別冊ジュリスト著作権判例百選(第二版)38頁。

(22)連載漫画の題名の「キャンディ・キャンディ」の商標権は、多くの区分について、現在も東映動画が専有しているが、これは問題である。商標権の帰属は、キャラクターの名前を含めて原作の著作権者と漫画の著作権者との共有とすることが妥当というべきであろう。東映動画の立場は、アニメーション映画の製作者という二次的著作物の著作権者の立場にすぎない。また商品化権契約においては、著作権と商標権の両者が使用許諾の対象となるべきである。