|
|
第1.意匠法の特殊性と意匠の類否判断の難しさ |
|
|
|
|
|
われわれが仕事で日常取扱っている「意匠」を考えるとき、常に念頭にあるのは意匠法であり、この法律上の「意匠」の定義です。意匠法は2条1項で、「この法律で『意匠』とは、物品(物品の部分を含む)の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって、視覚を通じて美感を起させるものをいう。」と規定しています。(1)
|
|
|
1.感性−理性−悟性 さて、意匠法にいう「意匠」の定義規定に戻りますと、意匠とは人間の創作において、左脳と右脳の2つの領域にわたる活動範囲をもっているものであることがわかります。
「物品(物品の部分を含む。)の形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合であ」るとは、理性が支配する左脳の対象となるものであり、「視覚を通じて美感を起させるもの」とは、感性が支配する右脳の対象となるものです。この事実は、同じ産業上の創作保護法である特許法の発明と実用新案法の考案とが、創作程度の差こそあれ、「自然法則を利用した技術的思想の創作」という専ら理性が支配する左脳の対象となっているものと違うところです。
|
|
|
では、意匠の類否判断とはどういう作業なのかをやや哲学的に言うならば、感性が対象から触発されて得たものを、悟性によって論理的に思考して決める作業であるといえましょう。だからこそ、意匠の類否を決めるための普遍的な基準の定立が必要となるのです。この思いは、意匠権侵害事件において顕著に現われます。(7)
|
|
|
われわれは、意匠の鑑定において意匠の類否判断をしますが、その仕事の第一歩は、まず登録意匠の実体を全部知ることから始まります。即ち、登録意匠の実体を、意匠権者の立場でも、被警告者の立場でも、よく把握することなしには、先に進むことはできないのです。
|
|
このような悟性的判断によって抽出された各意匠の要部とは、真に保護されるべき意匠の創作体ですから、この要部どうしを対比することになります。しかし、この要部の対比だけで終るべきではありません。最後の仕上げは、その各要部を感性をもって見て感ずることであり、没価値と評価された周囲の周知公知の形態との関係を見直して見ることです。これが全体的観察であり、最後は再び感性によって両意匠から受ける印象が共通するか否かを見ることであり、その結果が「類似する」意匠か否かという判断となります。 |
|
|
すでにおわかりのように、意匠法の特殊性とは、他の工業所有権法の対象や著作権法の対象とは違う特殊な対象を保護する法律であることを意味します。即ち、前記したように、その保護対象である「意匠」は、人間の理性と感性の両領域にまたがる物体であり、このいずれの領域の能力をも安定的に具備していることが、意匠法に関係する者に要求されるのはもちろんのこと、この両領域を結ぶ悟性による論理的思考能力の具備が要求されるのです。
|
|
|
注 (1) 改正意匠法は、物品をカッコ書きにより「物品の部分を含む」と規定したが、その意味は、用途と機能等から成立している物品はそれぞれ物品を成立させているためのいくつかの属性を具備しているところ、そのような属性を部分といい、その属性部分についての形態的創作が保護対象となるものであると考えることが妥当である。ところが、特許庁の“運用基準”によると、初めに形態ありきであり、物品の属性部分の画定は無視されている。これは、物品の部分を物品に準じて保護することにした意匠法2条1項の意匠の定義規定の立法趣旨に反すると思う。このような“運用基準”の考え方は、意匠法による意匠の定義を離れ、物品の部分ではなく、物品上の任意箇所における形態部分を保護する考え方である。 なお、米国特許法には、「意匠」についての定義規定がないから、わが国の“運用基準”に対するような疑問は起らない。即ち、物品の属性部分と無関係に形態部分を保護対象とすることに異論はない。 (2) 特許法2条1項において「発明」とは、 「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」と規定され、 実用新案法2条1項において「考案」とは、「自然法則を利用した技術的思想の創作をいう。」と規定される。しかし、後者においては、「物品の形状、構造又は組合せ」は、考案の成立要件と解すべきである(実1条)。 (3) コンピュータープログラムは専ら左脳作品といえるが、自然法則を利用した技術的思想の創作とはいえないから、特許法の 「発明」の対象とはならず、学術作品として専ら著作権法の保護対象となっている (著2条1項10の2号、10条1項9号)。プロ グラム自体を特許法によって保護するためには、「発明」の定義を変更する必要があることは、多くの論者が指摘しているところである。 (4) 例えば、作曲家の小林亜星さんは、“望郷のバラード”で有名なバイオリニストの天満敦子さんについて、「私は天満さんの演奏を聴く度に、メロディーに生命を与えることのできる真の天才を見る気がします。しかもそれが、大らかな知性と完璧な技術という左脳に支えられているのです。」(CD天満敦子「旅人の詩」解説より)と書いている。 (5) 美の自律性と他律性については、拙著 「意匠法の研究」(四訂版)32頁を参照されたい。 (6) 東京新聞夕刊1999年3月20日1頁「放射線」 欄 (7) 意匠の類否判断の普遍的基準の定立については、拙著「判例意匠権侵害」22頁以下に詳しい。 (8) この考え方を裏付けるものとして、例えば、東京高裁による明確な判示がある。 「意匠権侵害訴訟において、意匠権の効力が侵害対象にまで及ぶものかを判断するに当たっては、当該意匠権に係る意匠が、公知意匠に示される当該意匠分野における従来意匠の水準との関係でどの程度意匠的創作として法的に保護すべき寄与があるかを客観的に評価してなさなければならない。創作的寄与の大きい意匠は、その小さい意匠よりも、法的保護を厚くしなければならず、その類似の範囲も広く認めるべきである。意匠登録がされている意匠といっても、その創作的寄与の大小はさまざまなものがあることは、当裁判所に顕著な事実である。単に、意匠登録がなされていることを理由に、すべての分野において、また、すべての登録意匠について、その類似の範囲を同じに取扱うことは、意匠権の効力を受ける国民全体の利益との関係で、意匠権に適切な保護を与えるべき法の目的に反するというべきである。」(東京高裁平成5 年(ネ)144号平成6年11月30日判決「自動車 用ホィール」事件) (9) 東京地裁平成5年(ワ)17437号平成9年4月 25日判決「ゴム紐」事件(知的裁集29巻 2号1頁)。牛木「公知意匠に酷似する登録意匠の効力」日経デザイン1997年9月号 92頁 |
|