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登録意匠「キャスター」無効審決取消請求事件:知財高裁3部平成17(行ケ)10274平成17年9月28日判決(棄)

〔キーワード〕

公知意匠,看者の注意を惹く点,支配的部分,意匠的まとまり,意匠の類似(意匠法3条1項3号)

〔事  実〕

 原告(潟ーエイキャスター)は、平成15年5月26日に出願し、平成15年10月24日に設定登録された意匠登録第1192386号(本件登録意匠)に係る「キャスター」の意匠権者であった。
 被告(鞄熨コ製作所)は、平成16年10月15日に登録無効の審判請求を特許庁にした(無効2004−88032)ところ、平成17年2月16日に登録無効の審決がなされたので、原告は審決の取消訴訟を請求した。

〔審決の理由〕

 審決は、意匠登録第946347号の意匠(引用意匠)を引用し、これと類似するとして意匠法3条1項3号を適用して無効とした。両意匠を無効とした理由は、次のとおり。
[共通点]
(1)全体が,水平な略平板状の取付板と,その取付板の下部に,ベアリング部を介して回動自在に設けた略円筒形状の本体と,本体下端寄りに水平に設けた車軸ボルトによって支持した車輪とからなる,基本的な構成態様のものである点,
 各部の具体的な態様において,
(2)取付板は,四隅を小円弧状に隅切りした略隅丸正方形状であって,四隅寄りに取付ボルト用の小円孔を設けており,中央に本体取付用主軸の頭部が円形に現れ,その周囲にベアリング受け溝を円環状に設けたものである点,
(3)本体は,取付板の一辺よりやや短い横幅であって,下側の正面及び背面側を切り欠いて,上部の円筒部と,下部の左右一対の脚部とからなるものである点,
(4)車輪は,幅(厚さ)が直径よりも短い,略倒円柱形である点,
(5)脚部は,正面寄り略半分を内側に窪ませて平坦状の軸受部を形成し,そこに車軸ボルトを本体の中心軸よりやや正面側に偏心して設けている点,
(6)本体の切欠部は,正面側が下方に開放した略コ字形状であり,背面側が下広がりに開放する略等脚台形状である点,
(7)本体上部と取付板との間のベアリング部周囲に,本体とほぼ同幅で薄い円柱形状部材を設けている点,
(以下,順に「共通点
(1)」などという。)
[差異点]
(イ)本体上部の正面側形状について,本件登録意匠は,正面側切欠部とほぼ同幅で角張った庇部を突出形成しているのに対して,引用意匠は円筒形状である点,
(ロ)本体上部と取付板との間に設けられた円柱形状部材について,形状が,本件登録意匠の方が引用意匠より厚く,また,本件登録意匠は,暗調子であるのに対して,引用意匠は,明調子である点,
(ハ)軸受部の側面視形状について,本件登録意匠は,正面側端部を上方が正面側にやや傾斜する直線状とし,上部の境界線を正面側が上がる傾斜直線状としているのに対して,引用意匠は,平坦部の正面側端部をほぼ垂直状とし,上部の円筒形状部との境界線をほぼ水平状としている点,
(ニ)本体切欠部の形状について,正面側切欠部の上辺の二隅を,本件登録意匠は略直角状としているのに対して,引用意匠は円弧状としており,背面側切欠部の上辺を,本件登録意匠は上方に膨らむ円弧状としているのに対して,引用意匠は水平な直線状としている点,
(以下,順に「差異点
()」などという。)

 

〔判  断〕

1 審決の共通点の評価について
 原告は,審決が認定した共通点
(1)ないし(7)の構成態様は,キャスター意匠一般に共通するありふれた形態であって,看者の注意を惹く形態ではないから,当該構成態様が共通することを理由に,本件登録意匠と引用意匠とが類似すると判断したのは誤りであると主張する。
 本件訴訟において,原告は共通点
(1)ないし(7)の組合せが周知のものであるとして,甲4,甲7ないし12,乙4ないし7,乙10を挙げるが,これらの意匠をみるに,これらのうちには共通点(1)ないし(7)のうちいくつかを備え,また,共通点(1)ないし(7)のすべてを備えるもの(甲4の別紙4に記載の「FAULTLESSキャスター」,甲12の2枚目上段記載の意匠)もあることが認められる。また,本件登録意匠の出願前に引用意匠が周知となっており,共通点(1)ないし(7)が周知ないしありふれた形態であったことは被告もこれを認めるところである。
 しかし,意匠法3条1項3号該当性の判断においては,登録出願に係る意匠が公知の意匠に見られないような看者の注意を惹く点を有するかどうかを検討すれば足りるものであって,その際に,当該対比に用いる公知意匠についてそれ以前の公知意匠に見られない特徴的部分の範囲を確定することを要するものではない。
 本件において,引用意匠における共通点
(1)ないし(7)の組合せが,引用意匠の出願前の公知意匠に既に見られるものであり,また,引用意匠自体が周知となることにより本件登録意匠の出願前に既にありふれたものとなっていたとしても,これらの組合せが本件登録意匠及び引用意匠において,意匠全体における支配的部分を占め,意匠的まとまりを形成し,看者の注意を強く惹くものであるときは,これを両意匠に共通して見られる特徴として類否判断を行うのは,当然というべきである。
2 審決の共通点の認定について
(1)本件登録意匠(甲1)と引用意匠(甲2)とを比較すると,審決の指摘するとおり,まず,両意匠は,いずれも,基本的な構成態様として「全体が,水平な略平板状の取付板と,その取付板の下部に,ベアリング部を介して回動自在に設けた略円筒形状の本体と,本体下端寄りに水平に設けた車軸ボルトによって支持した車輪とからなる,基本的な構成態様のものである点」(共通点
(1)),具体的な構成態様として,「取付板は,四隅を小円弧状に隅切りした略隅丸正方形状であって,四隅寄りに取付ボルト用の小円孔を設けており,中央に本体取付用主軸の頭部が円形に現れ,その周囲にベアリング受け溝を円環状に設けたものである点」(共通点(2)),「本体は,取付板の一辺よりやや短い横幅であって,下側の正面及び背面側を切り欠いて,上部の円筒部と,下部の左右一対の脚部とからなるものである点」(共通点(3))及び「車輪は,幅(厚さ)が直径よりも短い,略倒円柱形である点」(共通点(4))が,意匠としての基調をなし,全体としての美感を支配するものということができる。加えて,両意匠は,具体的構成態様として,「脚部は,正面寄り略半分を内側に窪ませて平坦状の軸受部を形成し,そこに車軸ボルトを本体の中心軸よりやや正面側に偏心して設けている点」(共通点(5)),「本体の切欠部は,正面側が下方に開放した略コ字形状であり,背面側が下広がりに開放する略等脚台形状である点」(共通点(6)),「本体上部と取付板との間のベアリング部周囲に,本体とほぼ同幅で薄い円柱形状部材を設けている点」(共通点(7))において,共通するものである。
 (2)原告は,共通点
(1)(3)について,本件登録意匠に庇部が存在することを挙げて,審決が本体を「円筒形状」と認定していることを非難するが,審決は,本体を「円筒形状」と認定する一方で,庇部の存在を差異点()として認定しているものであり,審決の認定に原告の主張するような誤りがあるということはできない。また,原告は,共通点(5)について,本件登録意匠の脚部の窪みの形状を挙げて,審決が軸受部につき「正面寄り略半分を内側に窪ませた」と認定していることを非難するが,審決は,軸受部につき上記のとおり認定する一方で,両意匠の窪みの形成の相違に基づく軸受部の側面視形状の差異を差異点()として認定しているものであり,審決の認定に原告の主張するような誤りがあるということはできない。さらに,原告は,共通点(7)について,引用意匠に「円柱形状部材」が存在するということはできないと主張する。しかし,審決は,両意匠につき「円柱形状部材を設けている点」を共通点として認定する一方で,両者の「円柱形状部材」の形状の差異を差異点()として認定しているものであり,審決の認定に原告の主張するような誤りがあるということはできない。
3 審決の類否判断(差異点の評価)について
(1)原告は,審決の差異点
()()及び()についての認定判断を誤りであると主張する。
 しかし,本件登録意匠(甲1)と引用意匠(甲2)とを比較すると,審決の指摘するとおり,本体上部の正面側形状における切欠部の上部の庇部の存否(差異点
())は,庇部の位置,形状や大きさに照らし,看者の注意を惹くような差異とはいえず,類否判断に与える影響はわずかなものといわざるを得ない。本体上部と取付板との間に設けられた円柱形状部材の厚さ等の相違(差異点())も,当該円柱形状部材自体がその位置,大きさ等に照らして意匠全体において目立たない部分にすぎないことや差異の程度などからすれば,この点も類否判断に与える影響は微弱である。また,軸受部の側面視形状の相違(差異点())も,およそ傾斜の態様という看者の目を惹きにくいものであって,しかも,側面視において,本件登録意匠が線画として表現されることによって初めて看取することが可能な程度のものであり,差異の程度に照らしても,類否判断に影響するとしても極めて微弱な影響を与えるにすぎない。
 上記のとおり,審決の差異点
()()及び()の認定及びこれらの差異点が類否判断に与える影響についての判断に誤りがあるということはできない。
 (2)原告は,審決は,本件登録意匠と引用意匠との間に各部寸法比率の大きな差異が存在するにもかかわらず,これを看過するという誤りを犯していると主張する。
 しかし,本件登録意匠(甲1)と引用意匠(甲2)とを比較すると,両意匠の間には,審決の指摘する共通点
(1)ないし(7)が共通することが認識されるものであるが,一方,原告の挙げるキャスターの全高,水平・垂直寸法比,本体幅,車輪径,車輪幅,偏心距離等の各部寸法比率における差異は,看者が一見して認識するものではなく,その注意を惹くものとは到底いえないから,この点の差異が類否判断に影響するものとはいえない。
 (3)上記のとおり,審決の差異点の認定判断には,原告の主張するような誤りがあるということはできない。
4 原告の公知意匠の存在を前提とした類否判断の主張について
 原告は,引用意匠の出願以前から存在する公知意匠の存在を前提として,引用意匠が公知意匠との関係で意匠的創作として有する特徴点を明確にした上で,本件登録意匠との類否判断を行えば,本件登録意匠と引用意匠は非類似である旨を主張する。
 しかし,意匠法3条1項3号該当性の判断においては,登録出願に係る意匠が公知の意匠に見られないような看者の注意を惹く点を有するかどうかを検討すれば足りるものであって,その際に,当該対比に用いる公知意匠についてそれ以前の公知意匠に見られない特徴的部分の範囲を確定することを要するものではないことは,上記
1において説示したとおりである。
 原告の上記主張は,類否判断における共通点の認定につきその前提において既に誤っているものであり,その結果,共通点として認定すべき点を先行の公知意匠に存在するものとして除外する誤りを犯しているほか,両意匠の差異点を過大に評価しているものであって,上記2,3において説示したところに照らしても,採用することができない。
5 結論
 本件において,本件登録意匠と引用意匠を比較すれば,審決の指摘するとおり,共通点
(1)ないし(4)は,共通点(5)ないし(7)と相まって,視覚的な印象としての両意匠の強い類似性を示しているものであって類否判断に支配的な影響を与えるものということができ,他方,差異点()ないし()はいずれもその内容に照らし,類否判断に与える影響は微弱なものにすぎないから,両意匠は類似するというべきであり,本件登録意匠が意匠法3条1項3号に違反して登録されたものとした審決の認定判断に誤りはない。
 したがって,原告主張の取消事由は理由がなく,その他,審決に,これを取り消すべき誤りは認められない。
 よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

 

〔論  説〕

1.まず最初に言っておきたいことは、特許庁の審査・審判にからむ意匠の類否判断と、意匠権侵害にからむ意匠の類否判断は、それぞれ違う手法によるものであるということである。即ち、出願意匠に意匠権を設定すべきかどうかの判断は、引用される公知意匠との全面対決であるのに対し、イ号意匠が意匠権侵害をしているかどうかの判断は、保護対象である登録意匠との要部対決である。この理論の詳細については、拙著「意匠権侵害」(経済産業調査会 2003)を参照されたい。
 これについて、本件では、原告は審決取消の理由として、引用意匠の出願前に存在する公知意匠との対比で引用意匠の創作の特徴点を把握し、これと出願意匠との対比によって類否を判断すべきだとして非類似であると主張したのに対し、判決は「登録出願に係る意匠が公知の意匠に見られないような看者の注意を惹く点を有するかどうかを検討すれば足りる」といい、「その際に、当該対比に用いる公知意匠についてそれ以前の公知意匠に見られない特徴的部分の範囲を確定することを要するものではない」と判示したことが、前記指摘の相違に相当するといえる。
2.ただ、この判示で気になることは、意匠の類否判断を「看者の注意を惹く」かどうかという表面的な観察ですまそうとしていることである。しかし、そこは、単に現象としての「注意」の背後にある「創作」に思いを至らせるべきである。そして、引用意匠が有する全面的な創作体を把握した上で出願意匠(登録意匠)と対比し、後者の創作体はすでに前者のそれに含まれているものと理解し、だから後者は前者に類似すると判断すればよいのである。

 

[牛木理一]