B2-3

 

 

登録意匠「床下通風口」無効審決取消請求事件: 東京高裁平成11(行ケ)168号平成11年10月26日判決(審決取消・認容)〔18民部〕

〔キーワード〕 
意匠の容易創作性、看者が最も注目する部分、意匠の要部、美感・印象、広く知られた形状

 

〔判示・認定事項〕 

  1. 本件意匠と審判甲第9号証意匠とを対比すると、両者は、外周の細幅の枠体の有無という点において差異はあるが、いずれも通風孔の周囲に段部を形成して周縁を額縁状とし、段部の内側に余地部を設けて通風孔を20個等間隔に配置し、各通風孔の上下端を円弧状に形成し、通風孔の背面側全面に網板を被套している点で共通するものと認められ、両者は正面から見る形態及び背面から見る形態が酷似しているものということができる。
  2. 本件意匠に係る通風孔部の外周囲に縁カバーなどを突出させることは、床下通風口を土台の通風口部に挿入して設置し易くするという施工作業上の便に起因するもので、機能面上の要請からその形態が選択されるものであり、通風口を建物の床下に取り付けた後は、主として正面図が看者の目に触れるものとなるし、建物に取り付けられる前でも、本件意匠は正面から見た形態が看者に圧倒的な印象を与えるのに比し、その外周の枠体は縁枠が細巾で扁平な凾体状で、斜視ないし側面からでないと観察しにくいものであるから、縁枠の形状も美感上顕著な印象を与えるものではなく、その印象は薄いものと認められる。
  3. 本件意匠の正面部に観察される通風孔板は、看者の視覚が最も注目する部分となって表れ、本件意匠の要部は、正面部から観察される通風孔板における通風孔の数及びその形状などにあるというべきである。本件意匠の外周の細幅の枠体は、この要部に比し、看者に与える印象は小さく、本件意匠の容易創作性の判断に当たり、格別のものということはできない。
  4. 証拠によれば、床下通風口において枠体を設ける構成とし、凾体状のものとすることは広く知られていたものと認められるから、審判甲第9号証意匠との間に存する枠体の有無の差異点に関する本件意匠の態様も、当業者において、容易に創作することができる範囲内のものにすぎない。

 

〔事  実〕

 

 被告(S社)は、「床下通風口」に係る意匠を平成7年9月12日に出願し、平成9年2月10日に設定登録した意匠登録第980431号の意匠別紙一の意匠権者である。
 原告(U社)は、原告が製造販売していた床下通風口に係る意匠が、被告の前記登録意匠に類似するから意匠権侵害となるとの警告を受けた。そこで、被告に実施許諾の交渉をしたが、まとまらなかったことから、その実施を一時中止するとともに、平成10年1月9日、特許庁に前記登録意匠の登録無効審判を請求した(審判平10-35009号)。しかし、特許庁は平成11年4月19日、成り立たない との審決をしたので、審決取消訴訟を提起した。
 原告は、審決取消事由を、本件意匠は、(1)意匠法3条1項3号(公知意匠と類似)、(2)意匠法9条(先願意匠と類似)、(3)意匠法3条2項(創作容易性・創作力なし)の三つの規定の適用があり得る旨を主張した。

 

〔判  断〕

 

1 当裁判所は、審決は本件意匠の容易創作性についての判断を誤ったものであり、取り消されるべきものと判断する。その理由は以下のとおりである。
2 本件意匠が、外周に細幅の枠体を設けた横長長方形状の通風孔部に縦長通風孔を多数平行に形成している扁平なほぼ函体状であって、構成各部の態様をみると、外周の枠体は、下側を斜状に形成し、左右両端及び下端の先端に外方に向かって細幅の縁枠を設け、通風孔部は、通風孔の周囲に段部を形成して周縁を額縁状とし、段部の内側に余地部を設けて通風孔を20個等間隔に配置し、各通風孔の上下端を円弧状に形成し、通風孔の背面側全面に網板を被套しており、更に詳細にみると、各通風孔の周縁にわずかな段差を形成している態様としたものであることは、別紙第一から明らかであり、審決が認定したとおりである。
3 審判甲第9号証意匠が、全体の構成は、横長長方形の通風孔部に縦長通風孔を多数平行に形成している平板状であって、構成各部の態様をみると、通風孔部は、通風孔の周囲に段部を形成して周縁を額縁状とし、段部の内側に余地部を設けて通風孔を20個等間隔に配置し、各通風孔の上下端を円弧状に形成し、通風孔の背面側全面に網板を被套しており、更に詳細にみると、通風孔部の外周は背面側に向かってフランジ状に平板状部とほぼ同一幅の細枠を形成し、各通風孔の周縁にわずかな段差を形成している態様としたものであることも、別紙第5から認めることができ、これも審決の認定したとおりである。
4 本件意匠と審判甲第9号証意匠とを対比すると、両者は、外周の細幅の枠体の有無という点において差異はあるが、いずれも通風孔の周囲に段部を形成して周縁を額縁状とし、段部の内側に余地部を設けて通風孔を20個等間隔に配置し、各通風孔の上下端を円弧状に形成し、通風孔の背面側全面に網板を被套している点で共通するものと認められ、両者は正面から見る形態及び背面から見る形態が酷似しているものということができる。
5 ところで、甲第5号証(審判甲第5号証)によれば、本件意匠に係る通風孔部の外周囲に縁カバーなどを突出させることは、床下通風口を土台の通風口部に挿入して設置し易くするという施工作業上の便に起因するものであって、機能面状の要請からその形態が採択されるものであることが認められ、通風口を建物の床下に取り付けられた後は、本件意匠及び審判甲第9号証意匠はともに、主として正面図が患者の目に触れるものとなることが明らかである。しかも、建物に取りつけられる前においても、本件意匠は、正面から見る形態が看者に圧倒的な印象を与えるものとなるのに対して、その外周の枠体は、縁枠が細幅で扁平な函体状であって、それが、斜視ないし側面からでないと観察しにくいものであること、したがって、枠縁の形状の美感上顕著な印象を与えるものではないものということができ、その印象は薄いものと認められる。
 確かに、床下通風口は、それ自体が取引される際には斜視ないし側面床下通風口は、それ自体が取引される際には、斜視ないし側面からの印象も美感に影響を与えるものであり、この印象も無視することはできないが、上記の各事情に照らせば、建物の床下土台部に設置された後は、斜視ないし側面からの印象はほとんど美感に影響がなくなるものということができるし、特に、枠体が細幅で扁平な函体状の本件意匠においては、床下通風口自体の取引の際にも正面からの観察に対し、斜視ないし側面からの観察から与えられる印象は薄いものと認められる。
 このように、本件意匠の正面部に観察される通風孔板は、看者の視覚が最も注目する部分となって表れ、本件意匠の要部は、正面部から観察される通風孔板における通風孔の数及びその形状などにあるというべきである。本件意匠の外周の細幅の枠体は、この要部に比し、看者に与える印象は小さく、本件意匠の容易創作性の判断に当たり、格別のものということはできない。
6 審決は、「本件意匠は、意匠の創作として見た場合、審判甲第9号証意匠及び審判甲第5号証意匠とは、枠体の構成と、通風孔の態様が異なり、これらの枠体の形状に基づいて本件意匠の細幅の枠体及び通風孔の態様を容易に創作することができたとはいえず、また、当業者において常套手段の改変のための範囲内であるとするには当たらず、審判甲第9号証意匠及び審判甲第5号証意匠に容易に創作をすることができたものとすることはできない」と判断している。この認定中、通風孔の態様が異なるとした部分は、主として本件意匠と審判甲第5号証意匠との間の対比を念頭に置いたものと理解され、また、審決がここで本件意匠と審判甲第9号証意匠との間の差異点を認定したのは、主として枠体の構成の点(枠体の有無)にあると理解される。 
 しかしながら、前認定のとおり、本件意匠と審判甲第9号証意匠とは、本件意匠の要部たる正面部から観察される通風孔板における通風孔の数及びその形状においてほとんど共通するものであり、酷似している一方で、審決が異なると認定した枠体の構成は、上記のように、本件意匠において格別のものではないと認められる。
 そして、外周に広幅の枠体を設けた横長長方形状の通風孔部に縦長通風孔を多数平行に形成しているほぼ函体状であると認められる審判甲第5号証意匠の形態及び審判甲第12号証意匠の形態(その態様は、審決の理由の要点(7)で認定されているとおりである。)並びに甲第6ないし第8号証によれば、床下通風口において枠体を設ける構成とし、函体状のものとすることは広く知られていたものと認めることができる。したがって、審判甲第9号証意匠との間に存する枠体の有無の差異点に関する本件意匠の態様も、当業者において、容易に創作することができる範囲内のものであって、その印象が薄いことからすると、審判甲第5号証意匠及び審判甲第12号証意匠の枠体が幅広のものであっても、本件意匠の枠体の幅の程度は格別のものではなく、容易創作性の判断に影響を及ぼさない。
7 そうすると、本件意匠は審判甲第9号証意匠と広く知られた形状とによって当業者が容易に創作することができたものであるから、これに反する審決の事由3に対する判断は誤りであり、この誤りは、本件審判請求を成り立たないとした審決の結論に影響を及ぼすものであることが明らかである。

〔研  究〕

1.この事件は筆者が担当したものであるが、原告の代理人として 、登録意匠の調査(本件意匠は、原告の実施開始時には、登録されていなかった。)、権利侵害被警告交渉、実施契約交渉、登録無効審判請求、審決取消訴訟と、一貫して遂行して来た。
 本件審判及び審決取消訴訟においては、本件意匠が登録要件を欠如している原因として前記3つの規定に該当することをあげたが、訴訟時には第3の意匠法3条2項の問題に重点をおいたつもりである。その理由は、審決にはこの規定適用の可否に本質的な弱点があったことと、最近の東京高裁の審決取消訴訟事件の判決例の傾向を見ていると、3条1項3号の類似よりも3条2項の創作容易で判断している事例が比較的多く、この方が闘い易いと考えたからである。
 ということは、意匠の類似とは、同一又は類似の物品間における創作性の同一・共通をいうと考える筆者らの創作説を多くの裁判所では採らず、混同説の考え方にウエイトをおいているところに根本的な理由がある。即ち、裁判所では意匠の創作性というと、意匠法3条2項のことと短絡ないし誤解している向きがあるから、筆者は、3条2項の規定については「創作力」という用語を使用し、3条1項3号の類似を意味する「創作性」とは常に区別してい る。
 ただ、旧意匠法では、類似は公知意匠との対比判断でなされるのに対し、創作力は広知(周知)形態との対比判断となるから、創作力の有無の判断に際しては、当業者が容易に創作できたものといえるかどうかの確たる判断基準を、審査官も審判官も持っていることが必要であるという認識から始めなければならない困難さがある。
2. 本件の場合、別紙第五の意匠(審判甲第9号証意匠)の周知性は、別件の新潟地裁三条支部における不正競争防止法事件(平成6年(ワ)101号.平成9年3月21日判決〈認容〉)ですでに認定されていたし、これに別紙第四の公開実用新案公報上の図面意匠(審判甲第5号証意匠)の周知性が認定されたことから、当業者がこれらの意匠から容易に創作できたものと判断されたが、そのウエイトは前者の意匠がはるかに大きく、後者はむしろ付随的なものであったようである。このことは、本件通風口を建物の床下部に取付けた後に人目に触れる部分や取付け前でも看者に圧倒的な印象を与える部分は、正面部に全面的に見られる通風孔の形態であると認定していることから明らかである。
 ということは、裁判官の頭の中には、前者の周知意匠だけとの類似の考え方も当然あったと思われる。しかし、類似を創作性で考えることに踏み切れなかったのか、主物とした前者意匠(別紙五)に、従物として後者意匠(別紙四)を付けることによって、創作容易と判断し、意匠法3条2項の適用を可能にしたとものいえる。そして、登録無効とするためには、この考え方の方が類似と考えて判断するよりも説得力をもっていたといえるだろう。

[牛木理一]